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第十七章

弱小店舗と言われても

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今までの人生で最高の営業スマイルを浮かべながら差し出された手を、ベンゼンはジッと見つめ続けた。

そりゃそうだろう、皮肉全開で挨拶してくるような男の手だ、どう対処するべきか考えているに違いない。

これだけ大きな店を経営しているんだし当然だろう。

そんなことを考えていると、差し出した手をその男はしっかりと握り返してきた。

それも、かなり強い力で。

「まさか賭けの勝者が今日の客だとは思わなかったがこれも何かの縁だ。同じダンジョン商店同士仲良くしようじゃないか。」

痛みで顔を顰めそうになったが根性で耐える。

こいつ、詫びも言わずに俺の皮肉に真っ向から反撃してきやがった。

そのやり取りを不思議そうな顔でマリアンナさんから察するに、長い時間のように感じたが実際はそうでもなかったかもしれない。

「急な訪問にもかかわらず手厚い歓迎どうもありがとうございます。ここは賭け事も承認されているんですね。」

「おっと、あの女には言うなよ、バレると面倒だ。」

「あの女?」

「俺達の上司だよ、小さくて小言の多い熱い女さ。」

「本人に聞かれたら燃やされますよ。」

「お前が言わなかったら大丈夫だ。な、どんな理由で来たか知らないが面倒見てやるから黙っとけよ。」

それは脅しというんじゃないだろうか。

俺は被害者だからバラしたところで問題ないんだけど、これからの事を考えると言わない方が何かと都合がいい。

なんせ向こうから色々と面倒を見てやると言ってくれているんだ、面倒見てもらおうじゃないか。

「仕方ありませんね、こちらとしても色々と聞きたいことがありますので今回は黙っておきます。」

「へへ、話が分かるじゃないか。それで、店を見せてやってくれと言われているんだが何が知りたいんだ?」

「売上帳簿を拝見することはできますか?」

「おいおいいきなり来てそれは無理だろ。」

「ですよね。」

「なんだ、監査でも頼まれているのか?」

「まさか、純粋な興味ですよ。これから上を目指していく中でこれだけの規模の店ならどれぐらいの売上があって、どのぐらいの利益が出るのかなと思いましてね。」

王都の一等地に店を構え、冒険者ギルドよりも多くの冒険者が来る店。

メルクリア女史から一度見ておくべきと言われる理由がそこにあると思ったのだが、さすがに無理だったか。

「まぁ、そこまでまっすぐ言われるのは悪い気はしねぇが・・・。そうだな、帳簿は見せられないが店の裏ぐらいなら見せてやってもいいぞ。」

「本当ですか!」

「在庫や買い取り量を見ればある程度の規模はわかるだろ。」

「助かります。」

バックヤードだけでも大歓迎だ。

どんな商品があるのか参考にさせてもらえれば、中級冒険者や上級冒険者がどんな物を求めてるかがわかる。

それに関しては経験がものをいうからなぁ。

「俺も思い出したぜ、シュリアン商店っていえばこの間の冒険者排斥運動の時にやり玉に挙がってた店だろ?何をしたか知らないけど随分面倒な相手に目をつけられたもんだな。」

「お陰様でその件も一先ずの解決を見せました。といっても、私の力ではありませんけど。」

「お前の為に貴族や議会が動いたって話じゃないか。そんな奴をちっこいなんて言っちまって、悪かったな。」

「いえ、この規模の店からすればまだまだ弱小店舗です。」

「なに、いくら辺境とはいえ店とダンジョンが良ければ客は来る。参考になるかはわからんが好きなだけ見ていけよ。」

「勉強させて頂きます。」

最初はどんな奴だよっておもったけど、なんだ話の分かるやつじゃないか。

ちょっと癖が強いだけ・・・なんだとおもう。

多分。

「で、それだけでいいのか?そんなわけないよな。」

「あはは、わかります?」

「そんなギラギラした目をしたやつがそれぐらいで引き下がるかよ。後ろの嬢ちゃんが関係してるんだろ?こいつらを見てビビるどころか賭け金を要求するなんざ、やるじゃねぇか。」

「そんなことありません、イナバ様が正当に稼がれたお金を回収するだけです。」

いや、それがすごいって言っているんです。

でも確かにそうだ。

これだけの冒険者に囲まれて委縮するどころか活き活きしている。

もちろん、憧れの冒険者が目の前に!っていうフィルターはかかっているだろうけど、それでも普通は怖いと思う所だろう。

そして何よりすごいのがその観察眼。

誰がどれだけかけていたかを一瞬で記憶していた。

正直に言って俺には絶対に無理だ。

あの状況で顔まで把握するのは他の冒険者を捕まえても難しいだろう。

今思えばこの間街を出た時も、冒険者がどこで誰に話しかけているかしっかり観察していたからこそできたことなんだよな。

一瞬で状況を把握する事が出来れば、次にどういう行動をすればいいかがすぐにわかる。

これは冒険者に必須のスキルと言ってもいいだろう。

それをしっかりと身に着けている所は、やはり父親譲りというべきなんだろうか。

常識にとらわれず自分の感覚で伸び伸びと、冒険者に囲まれて大勝ちです!なんて言えるはずがない。

「この子もお前の従業員なのか?」

「いえ、この方は依頼主の娘さんです。冒険者を目指しておられましてね、現在勉強中なんです。」

「冒険者になるのに勉強なんかいるかよ。武器を振り回せれば一人前、それでいいじゃねぇか。」

「それではすぐに怪我をして死んでしまいませんか?」

「むしろ死んだのならそこまでだ。そいつには素質がなかったってことだよ。」

「なるほど、それが貴方の考え方ですか。」

「なんだ違うのか?冒険者が生き残れるようにモノを売るのが俺たちダンジョン商店の仕事だ、冒険者がどうのこうの言うのはギルドの仕事だろ。」

この時点で俺と真逆の所にいる人だという事が良くわかる。

冒険者もそれが分かっていてここを利用している。

お互いに利用し合う事で大きくなる、それは決して間違いではない。

事実この店は繁盛し、王都で一番大きなダンジョン商店になっている。

ついている客も多い。

でも、そうだとしても俺にそれをマネする事はできない。

俺には俺のやり方がある。

それを貫いてここまで登って見せるさ。

「それではですね、その彼女の教育の為に是非こちらのダンジョンを利用させていただきたいんです。聞けばまだ未踏破のダンジョンだとか、後学の為に是非そちらも拝見させていただけますか?」

「お前がダンジョンに?」

「はい、私と彼女それと中級冒険者3名の五名で入る予定です。もちろん準備の際はこちらを利用させていただきますが・・・いかがでしょう。」

「つまり手の内を明かせという事だよな、それは。」

「我らが上司にも許可はいただいております。もちろん、私のような弱小店舗に見られて不都合な点があるのであれば致し方ありませんが・・・。」

「言うじゃねぇか、まだ根に持ってんのかよ。」

「なかなかすぐに忘れられる性格ではありませんので。」

向こうとしてみれば上司命令でなければ断りたい所なんだろうけど、残念ながら先手を打って許可をもらっているだけに拒否する事が出来ない。

メルクリア女史のいう行ってみたらわかるというのは、むしろこっちの部分なんじゃないだろうか。

ダンジョン商店が栄えるのは何も品ぞろえだけじゃない。

やはりダンジョンそのものも優秀でないと冒険者は来てくれないからね。

配置などはわかるけれど魔物の強さ戦いやすさなどは俺では判断できないが、今回はうちのダンジョンをよく知っているあの三人が護衛についてくれる。

その辺も含めて話を聞きながら潜ることになるだろう。

「ま入り口付近を見られたぐらいどうってことないさ。せいぜい勝手に想像して自滅するんだな。」

「許可していただきありがとうございます。」

「それじゃ俺はもう行くぜ、さっきも言ったが賭け金の二割はうちの取り分だからな、ちゃんと払って行けよ。」

それだけ言うと来たとき同様冒険者の囲いを押しのけながらベンゼンさんは店の奥へと戻って行った。

店主がいなくなったことで俺達への興味を無くした冒険者達も散り散りになっていく。

残ったのは俺達と数名の冒険者だけだった。

「とりあえず用事は果たせました。おつきあいいただいきありがとうございました。」

「あの、お話を聞いていてよくわからなかったのですが・・・。」

「あぁ、つまりマリアンナ様にはダンジョンに入っていただくという事です。」

「私が」「お嬢様が」「「ダンジョンに!」」

イケメン執事とお嬢様のコンビが良い感じのハモリを見せる。

いいねぇ、その反応嫌いじゃないよ。

「もちろんある程度実力が付き、ダンジョンに入るための基準を満たしたらの話ですが。」

「やります、頑張ります!あぁ、お父様と同じダンジョンに潜る事が出来るなんて、夢のようです!」

「しかしイナバ様、ダンジョンは流石に難しいのでは・・・。」

「もちろんそこに至ればの話です。今週いっぱいは基礎体力作りを行いその後武具の選定、それも終わればいよいよ冒険者に登録していただきます。その後はしばらく屋外の依頼を受け、今期の休息日前に実地試験つまりダンジョンへ入るというわけです。」

「あの、イナバ様はお嬢様を冒険者にしたいのですか?」

「私が依頼されたのはあくまでも冒険者になることを諦めさせること。冒険者にしてはならないとは言われていませんから。」

「冒険者にしたうえで実力がないのならあきらめる、そう言うお約束ですから。」

そうそう、マリアンナさんはその辺ちゃんと理解している。

だからこそ今死に物狂いで訓練に挑んでいるんだ。

今までこれだけ努力した事なんてなかったんじゃないだろうか。

何をするにしてもイケメン執事や家の人がやってくれるお嬢様だったわけだし。

人間たまには何かに本気で挑戦するという事があってもいいと思うんだよね、俺は。

「私としてはお嬢様が冒険者になる事は反対いたしません。レイハーン家に生まれたものの宿命とも考えています。」

「ヒューイさんは肯定派でしたか。」

「ですがあくまでも冒険者としてやっていけるのであればですよ、お嬢様。出来ないのであれば金輪際諦めていただきますからね。」

「まぁ怖い。人の不幸を望むのはいけないことよ?」

「それでお嬢様の命が助かるのであれば喜んで呪われましょう。」

「まぁまぁ二人ともその辺で。」

ダンジョン商店に似つかわしくない美男美女が言い争いをしているのは見た目にあまりよろしくない。

目的は達したわけだしお二人にはお引き取りいただくとしよう。

「私はまだ用事がありますのでお二人は先にお帰りください。そこまで遅くなることはないと思いますが・・・、ほら私に用事のある方もいるようですので。」

と言いながら後ろを振り返ると先ほどから何かを言いたげに待っている冒険者がいる。

君達がいると話しにくいのだよ。

「畏まりました。」

「ヒューイさん、後はお願いします。」

「お任せください。」

「あぁそうだマリアンナ様、まだ余力があるようでしたら今日出来なかった分の鍛錬をしていただいても構いませんよ。」

「はい!頑張ります!」

俄然やる気がわいてきているようだ。

おかしいなぁ、本当は冒険者は怖い存在なんだぞと教えるために連れてきたはずなんだけど・・・。

ま、父親が冒険者なんだしむしろ恐れるはずもないか。

二人を見送り、俺を待っていていてくれた冒険者と話をする。

なんでも前にうちのダンジョンを使ったことがあるらしく、サンサトローズでの俺の噂を知っているようだ。

それで話を聞きたいと。

俺の噂はかなり(当社比150%増しで)盛られているのであまり言いたくないんだけど・・・。

まぁ、真実だけ伝えればいいだろう。

ということで話しかけてくる応研者の相手をしたり店の奥などを見せてもらっているうちに気付けば夕刻になっていた。

やることが多いと一日は早い。

「それではお世話になりました。」

「買い物する時はちゃんとうちを使えよ、絶対だからな。」

「わかっています。」

「最近じゃ冒険者ギルドが道具や武器の支給を始めやがって商売あがったりだ。」

「良い事じゃないですか。中級以上はともかくお金のない初心者には色々と支給するべきです。」

「初心者だからこそ消費が多いんじゃねぇか。」

「ここは冒険者が多いからそれでやっていけますが、辺境はそうはいっていられないんですよ。」

「弱小には弱小なりのやり方があるってことか、せいぜい今日見たことを糧にするんだな。」

「どうもありがとうございました。」

口は悪いが裏を見せてもらっている時も何かと世話を焼いてくれたベンゼンさん。

考えは相反しているが、人としては嫌いじゃないタイプだな。

なんだかんだ言いながら後輩の面倒を見るタイプ。

ほら、一応同じ上司がいて俺の方が後に入ってきた後輩だから。

それで気を使ってくれたんだろう。

多分。

ともかくこれで下準備はほぼ終わりだ。

先程説明したようにマリアンさんの下地をしっかりと作り上げて来週ぐらいには一度冒険に出てみたい所だ。

おそらくあの頑張り方ならそこまではいけるだろう。

アニエスさまにまたお小言を言われそうだけど・・・、仕方ないよね。

未亡人にお小言を言われるってのもまたゾクゾクするんです。

あ、冗談ですよ冗談。

まさか俺にそんな気があるはずないじゃないですか。

やだなぁ。

夕暮れに染まる白亜の王都をそんなバカな事を考えながらレイハーン家へと向かう。

それと、こんなこと考えているなんてエミリア達には内緒ですよ。

分かりましたね。
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