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第十七章

旅は道連れ

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何故この人がここにいるのか。

何故この人が俺の名前を知っているのか。

何故レットさんはこの人を馬車に乗せたのか。

何故何故何故何故何故何故何故何故

ゲシュタルト崩壊しそうになるぐらいに頭の中に何故があふれ出す。

意味が解らない。

だって、部屋まで譲って関係を断ち切ったはずなのに。

一切のフラグが立たないように細心の注意を払ったはずなのに。

何故この人が馬車に乗っているのか。

まったく意味が解らない。

「そんなお顔をしてどうかされまして?」

「あ、いえ、大丈夫です。」

何が大丈夫かわからないがとりあえず落ち着け俺。

出来るだけゆっくりと深呼吸をして情報を咀嚼する。

理由はわからないが馬車に乗っていて、俺の名前を知っている。

自己紹介はしていない。

どこに行くかも教えていない。

でも彼女はそれを知っている。

何故?

わからない。

わからないから、聞くしかない。

「失礼ですがお名前をお伺いしても?」

「あらやだ、私ったら挨拶もしていなかったなんて、ごめんなさい。」

「別に謝って頂く必要はありません、それと一緒に何故私の事を知っていてなぜ馬車に乗っているかも一緒にお答えください。」

「もぅ、随分せっかちなのね。」

「状況もわからず他人が馬車に乗っていたとして冷静でいられる方がおかしいと思いませんか?」

自分よりもだいぶ年下の『女の子』。

それが不満そうに俺を見つめてくる。

それが例え美人に分類される顔をしていたとしても、不快であることに変わりはない。

「私はマリアンナ、マリーでもアンナでも好きなように呼んでくださいな。」

「マリアンナさん、お名前はわかりました。ではその次をお伺いしても?」

「名前を知っていたのは宿の方が貴方をそう呼んでいたから、馬車に乗ったのは宿の方が王都に行くと言っていたのを聞いたから。これで答えになっていますか?」

「ではもう一つ、何故他人の馬車に乗り込もうと?」

「大きな馬車ですもの、一人ではもったいないと思ったからです。行く場所は同じですし、別に構いませんよね?」

構いませんわよね?

ふざけるなって話だ。

何自分で勝手に決めてるんだよ。

俺の意見っていうか他人の意見全く聞いてないじゃないか。

俺の事を知っていたのも聞き耳を立てていただけで、店の人に聞いたわけではない。

それでいてあたかも知り合いのようにふるまって、何様のつもりだ。

「大変申し訳ありませんがこの馬車は私の為に知人が用意してくださったもの、勝手に他人をのせるわけにはいきません。」

「あら、その方は私が乗ったことがお分かりになるの?」

「そういう問題ではありません。王都に行きたいのであればご自身で馬車を用意さえてはいかがですか?」

「でもこの馬車の従者さんは乗っても構わないと仰ってくれたわ。」

え?

レットさんが?

そんなまさか。

まだ短い付き合いだけどそんな勝手な事をするような人には思えない。

「彼は今どこに?」

「部屋の荷物を取りに行くようにお願いしたの。もうすぐ戻ってくると思うわ。」

部屋の荷物って、それぐらい自分でもって来いよ。

そう思ったけれどあえてそれは言わなかった。

勢いに飲まれるな、考えろ。

何事も情報がすべてだ。

目の前にいる女の子をよく観察してみる。

名前はマリアンナ。

年齢は17かそこらぐらい?かなり若いが子供って感じでもない。

俺みたいな年上とも話しなれているそんな感じさえする。

可愛らしいと美人のホント中間ぐらい、でも間違いなく世の男は振り返るそんな顔立ちをしている。

元の世界で言えば○○年に一度の逸材!みたいな感じだ。

正直好みではない。

うちの奥さん二人には負けますよ。

次に服装だ。

昨日はあまり見ないようにしていたけれど、かなり上等な服を着ている。

ホンクリー家の某お嬢様のようにTHE金持ちです!って感じではないけれど、それなりの恰好をしているところから察するにこの人も貴族とかそんな感じなんじゃないだろうか。

そう考えればこのしゃべり方も振る舞いも合点がいく。

自分の身分を振りかざしてレットさんに命令して馬車に乗り込んだ。

そうすれば先ほどの件も納得だ。

なんて卑怯なんだろう。

でもそんな貴族のお嬢様がどうしてここに?

昨日の感じからするとお金も持ってなさそうだ。

ジュニアさんのような付き人がいる気配もない。

攫われでもしたらどうするつもりなんだろうか。

正直犯されて捨てられましたってなってもおかしくない状況だったんだぞ?

ちょいと無責任すぎやしないだろうか。

「どうかなさいまして?」

急に俺が黙り込んだものだから不思議そうな顔でこちらを見てくる。

「荷物お持ちしました・・・ってイナバ様!」

と、それと同時にレットさんが荷物を持って戻ってきたようだ。

「おはようございますレットさん。」

「こ、こ、これには深い事情があってですね!」

「ちょっと向こうで話せますか?」

「・・・はい。」

まるで叱られた子犬のようにシュンとした顔をするレットさん。

残念ながら俺は男なので母性本能をくすぐられるような事はないのだが、その様子に若干申し訳なさは感じる。

でも確認しなければ先には進めない。

一度馬車を下り宿の中へと戻る。

後ろを振り返るも本人が下りてくる様子は無かった。

意地でも一緒に行くつもりのようだ。

「どういうことか教えていただけますか?」

「申し訳ありません!」

開口一番膝に頭がつくんじゃないかってぐらいに頭を下げるレットさん。

この時点で半分ぐらい察してしまった。

「いえ、謝ってほしいわけじゃないんです。どう考えてもレットんさんが悪いわけではありませんから。」

「これに関しては私には何もできないんです。」

「彼女が誰か知っているんですね?」

「知っているというか、知らされたというか。でもそれをイナバ様にお教えするわけにはいかなくて。」

「脅されているとか?」

「何も言えないんです・・・。もしバレたら仕事が無くなってしまいます。」

「そこまでするか、普通。」

思わず心の声が漏れてしまった。

王都に行くまでにレットさんを脅迫して、しかも仕事を失わせるとかどう考えてもやり過ぎだろ。

ってかそれはつまりそれだけの権力を持っている相手って事だよな。

マジで勘弁してください。

美人が寄ってくるのは二次元だけで十分だ。

しかも寄ってくる美人は全員ワケアリって俺は某有名な盗賊かっての。

「・・・わかりました、彼女を乗せるしかないそういう事ですね。」

「本当に申し訳ありません。」

「いえ、私もレットさんも被害者です。同情しますよ。」

「うぅ、まさかこんなことになるなんて・・・。これだったら家によらず通り過ぎればよかったです。」

「でもそれではあの美味しいお肉にありつけませんでした。現実を受け止めるしかありません。」

「そうなんですけど。」

あと半日、半日の辛抱だ。

彼女をのせて王都まで行く、それでおしまい。

後はもう自由だ。

会話を振られても答えなければいい。

無視して寝ていたらいい。

体調が悪いとかそういう事にしてしまえば向こうも気を使って話しかけてくることはないだろう。

さすがに体調不良の人間を酷使するとか、ない・・・よね?

急に宿に戻ってきた俺達を見て店主が何かを察したのか憐みの目を向けてくる。

憐れむならお前が何とかしてくれ。

ショボショボと馬車に戻ると当の本人は満面の笑みで俺を迎えてくれた。

「お帰りなさいませ、お話は終わりましたか?」

「えぇ、お陰様で。」

「では早速参りましょう!楽しい旅になりますわねイナバ様!」

俺は全然楽しくない。

彼女の反対側の席に座りぶっきらぼうに窓の外を見ると、馬に乗った冒険者が三人裏側に回ったのが分かった。

昨日の三人かな、今日もよろしくお願いします。

「出発します!」

レットさんの合図で馬車がゆっくりと動き出す。

あと半日。

半日の我慢だ。

「イナバ様は王都に行かれたことはありますか?」

「一度だけですが。」

「まぁ、そうでしたのね。」

動き出してすぐ彼女が話しかけてくる。

何度か適当に答えて予定通り体調が悪いという事にしておけば・・・。

「その時にホンクリー家のヤーマ様ラーマ様にお会いしたのですね。」

「お二人をご存じなんですか?」

「晩餐会で何度かお話させていただきました。ラーマ様は嬉しそうにイナバ様の事をお話されていましたよ。」

「それは何時頃の事でしょう。」

「冬節の終わり頃だったかしら。もうすぐ温かくなるとお話した記憶がありますから。」

つまり例の誘拐事件の後の話か。

まぁあの家なら貴族の晩餐会によばれてもおかしくはないけれど・・・。

挨拶に行かないとなって考えてはいたけれど、まさかこんな所でつながると思っていなかった。

おかげで無視できなくなってしまったじゃないか。

向こうは俺の素性を知っている。

でも俺は向こうの素性を知らない。

圧倒的な情報差。

はてさてどうしてくれようか。

「ホンクリー家の皆様にはとお世話になりました。王都につきましたらまたお会いしたいですね。」

「どのぐらい王都におられるの?」

「詳しくはまだ知りませんが一期程かと思います。」

「それだけあればゆっくり王都を堪能できますね。」

「この間色々と見させていただきましたから。それに今回は遊びではなくあくまでも仕事、そのような予定はありません。」

「それはもったいないわ、せっかくの王都しかも春節ですもの。それに、ジッとなんてしていられないと思います。」

「それは何故?」

「フフ、何故でしょう。」

何だこの思わせぶりは。

春節の王都に何があるというんだろうか。

季節的にイベント事はあるだろうけど、さっきも言ったように観光に来たわけではない。

仕事が終わっているならばあれだけど、仕事が終わったのならさっさと帰りたい所だ。

あー、皆に会いたいなぁ。

何とかして会話できる手段を講じたい所だけど・・・。

そうだ、そう言えば王都にはレアルさんがいるんだっけ。

彼を通じてならエミリアと会話できるかもしれない。

確かガスターシャ氏と仕事をしているって話だったけど・・・。

機会があれば聞いてみるとしよう。

「そういえばどうして貴女は王都に?」

「イナバ様、名前で呼んでくださいませ。」

「失礼しました、マリアンナさんは何故王都に行かれるのですか?」

「家が王都にありますの。」

「あそこにいたのは何かご用事で?」

「ん~、そうねそのようなものでしょうか。残念ながら願いはかないませんでしたけど。でも代わりにイナバ様にお会いで来ましたもの、決して無駄ではありませんでした。」

俺にあったことが願いの代わりになるのか?

いったいどういう事だろうか。

「特に私が何もしていませんが?」

「宿を譲ってくださったじゃありませんか。」

「それは面倒が嫌だったから、ただそれだけです。」

「それでも譲ってくださったことに変わりはありません。あまり家から出た事が無い物で買い物も全て家の者がしてくれましたから、対価という物をすっかりと忘れていました。」

「ではどうやってあそこまで行ったんです?」

「行きは親切な方にあそこまで乗せていただきましたの。」

親切というか諦めというか。

おおよそ俺と同じような感じで仕方なく乗せたんじゃないだろうか。

同情するよ。

「次からはしっかりと準備をされるのが良いでしょうね。」

「えぇ、そう致します。もっとも、次があればですけど。」

「無いのですか?」

「願えばかなうと思います、いいえ、必ず叶いますわ。」

「そう、それはよかった。」

「イナバ様にお会いできたことを神様に感謝しなければいけません。」

「別に私は何もしていませんよ?」

「そうですね、今はまだ。」

「いえ、これからもそうだと思いますが・・・。」

王都についても一緒に行動するとかマジであり得ないんですけど。

ついたらすぐに降りてもらって目的の場所に行かなければならない。

もちろん道中なにも無かったらだけど・・・。

おっと、こんなこと言うと何か起きてほしいみたいじゃないか。

危ない危ない。

「到着まで少し時間があります、少し眠っても構いませんか?」

「えぇ、たくさんお話しして申し訳ありませんでした。」

「すみません。」

よし、寝かせろと言う意思は伝わった。

でも随分とあっさり引き下がったなぁ。

もっと食いついてくると思ったけど、まぁいいか。

その後昨日のようなトラブルもなく馬車は予定通り昼頃には王都に到着した。

二度目の来訪だが相変わらずすごい人だ。

そして何より景色がすごい様変わりしている。

明るい。

違うな、あでやか?

うーん、華やかがぴったりだろう。

街のいたるところに花が咲き乱れ、この前と全然雰囲気が違う。

そうか、前来たときは冬だったもんな。

一節違うだけでこの変わりよう、さすが王都シュメリアってところだろう。

「どうですか、春節の王都は素晴らしいでしょう。」

「えぇ、とっても。」

「出歩いてみたくなりましたか?」

「行きたい所はあるので多少は。でも、あくまでも今回は仕事ですので時間があればですね。」

「そう、残念です。」

「王都につきましたがどちらまで行かれるんですか?」

「大聖堂までお願いしています。」

という事はもうすぐか。

馬車の窓から大聖堂の屋根が見えている。

やれやれこれでやっと解放されるのか。

長かったなぁ。

「ではイナバ様またいずれ。」

その言葉だけを残して、大聖堂前でマリアンナさんは馬車を降りて行った。

まぁここまでの縁だろう。

これだけ人がいるんだ、いずれと言ってももう会う事もあるまい。

「イナバ様ご迷惑をおかけしました。」

従者側の小窓が開き、レットさんが申し訳なさそうな顔をしている。

「いえいえ、レットさんもご苦労様でした。」

「目的の場所はすぐそこです、もうしばらくお待ちください。」

「よろしくおねがいします。」

思ったよりも近いようだな。

さて、いったい何が待ち構えているのやら。

ププト様の事だから面倒な事なんだろうなぁと覚悟はしているけれど、どんなもんかねぇ。

残念ながらドキドキワクワクなんて気持ちには一切ならないな。

でも仕事は仕事だ。

未来の為にも頑張れ俺!

馬車は大通りを進み、貴族街に入った所でゆっくりと速度を落とした。

どうやら目的地に着いたらしい。

ホンクリー家も大きかったけど、貴族の家って無駄に広いよなぁ。

掃除大変じゃない?って思ったけど、掃除するのは家の人だから本人には関係ないか。

むしろ彼らを雇う事で経済が回っていると思えばこの広い家も無駄ではないのだろう。

うーむ、奥が深い。

馬車はゆっくりと右に旋回し、緑色の屋根が特徴的な一軒の屋敷に入って行く。

ここか。

と、馬車が入るやいなや屋敷から人が飛び出してきた。

お出迎え、にしては全速力だな。

ものすごいスピードでこちらにやって来たかと思ったら、馬車が止まるのも待たずに扉に駆け寄り・・・。

「お嬢様ご無事ですか!」

開口一番、そう叫んだ。
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