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第十七章

世の中なかなかうまくはいかない

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親方!空から女の子が!

とまではいかないまでも、入り口の扉から突き飛ばされた女の子が降ってくる。

本日二度目、二度あることは三度あるというけれどこれってつまり二回目までは確実にあるって事なんだろうか。

ともかく女の子が降ってきた。

え、どうして女の子だと思ったかだって?

それは後で説明するから!

目の前に迫ってくる女の子の肩を重量挙げの如く両手で抑え、足を前後に開いて体重を支える。

酔っぱらっているとはいえこれぐらいはできるぞ。

じゃあ、さっきもしろって?

オッサンを助ける義理は無いし、そもそもさっきはそんな時間は無かった。

支え終えたら今度はそのまま押し出して元の状態に戻してあげる。

突き飛ばしたはずの相手が目の前に戻って来たから店主が目を丸くして驚いていた。

「大丈夫ですか?」

「は、はい!有難うございます。」

「これはイナバ様!申し訳ございませんでした!」

後ろに俺がいるとは思わなかったんだろう、店主が慌てて詫びを入れてくる。

まぁ今回は潰されてないし、女性にもケガはない。

流れはよくわからないけど、『金が無いなら出て行け』って言ってたし大方ゴネたかなんかなんだろう。

「どちらにも怪我はありませんし、大丈夫です。でも次からは気を付けてください、女性を突き飛ばすのはさすがにアレだと思いますよ。」

「そ、それはですねぇ・・・。」

「本当ですよ、私を突き飛ばすとかお母様に知られたら大変なことになるんですからね!」

「貴女も宿泊するのであればそれ相応の対価が必要です、お金が足りないので有ればご自身に見合った場所に宿泊されてはどうですか?」

まさか自分も説教されると思っていなかったのだろう、キョトンとした顔で俺を見てくる。

ちなみに、女の子と分かったのはスカートを履いていたから。

それと身長だな。

ホビルトだと俺よりも年上の可能性が有るからめんどくさい。

でもまぁ、背の低いスカートをはいた女性が降って来たら普通女の子と思うよね?

そこ、男の娘とかややこしいこと言わない!

「私に見合った所?」

「私達は商人ですのでお金を対価に商品を提供します。提供できる商品は対価に見合ったものになりますから、この宿は対価に見合わなかった、だから追い出されたんです。そうですよね?」

「足りなかったと言いますか何と言いますか・・・。」

「私が一番良い所に泊まるのは当たり前ですよ?」

「ですから、対価が・・・。もしかして払ってないんですか?」

「だって、払った事ありませんもの。」

まじか。

お金を払わず宿に泊まろうとかいったいどういう教育受けているんだ?

ん?

待てよ?

この子さっきなんて言った?

確か、お父様に知れたらどうのとか・・・。

アカン。

こりゃアカンで。

なんで口調が変わったかはわからないけどとりあえずアカン。

関わったらアカンやつや!

アカンで〇藤!

「急にやって来ては一番良い部屋に泊めろと言い出しまして。そのお部屋はイナバ様がご予約されていますし、お金を払わずに泊めることはできないと何度も申し上げたのですが聞いて頂けなくてですね。」

「そういう事でしたか。」

「私共としても荒事は出来れば避けたい所なのですが、他のお客様のご迷惑にもなりますので致し方なく・・・。」

「私の方こそ事情も知らずに失礼しました。」

「そんな!こちらこそ危なくイナバ様に怪我をさせる所でした、誠に申し訳ございませんでした。」

お酒に酔っていたとはいえ事情も知らずに店主に説教とかお客として恥ずかしい。

お互いに深々と頭を下げて何度も詫びる。

それがおかしかったのか当事者である女の子が突然笑い出した。

「ウフフ、どうしてそんなに頭を下げているのですか?おかしな人達ね。」

いや、もとはと言えばお前が原因・・・!

とキレそうになる気持ちをグッと抑える。

落ち着け、落ち着くんだイナバシュウイチ。

関わってはまずい。

俺のセンサーが関わるなとアラームを鳴らしている。

どう考えても面倒な奴だ。

俺は無事に王都につかなければならない、厄介ごとなんて抱えている暇ないんだからな!

「まぁ、お互いに怪我が無くてよかった。では私はこれで。」

こういう時は話を切り上げるに限る。

女の子に挨拶をして店主と目を合わせる。

お互い面倒ごとはごめんだとばかりに小さく頷き合うとそのまま女の子の横を通り過ぎ、宿の中へ・・・。

「・・・何か?」

「この宿を利用されているんですか?」

「えぇ、まぁ。」

「それは私が使用するはずのお部屋ですよ。」

「はい?」

「ですから、そのお部屋は私が使うお部屋です。勝手に使わないでください。」

何言ってるんだこいつは、と店主と顔を見合わせる。

お人よしだと今まで言われてきた俺だが、さすがにここまでの人に会うのは初めてだ。

前回王都でお世話になったあのお嬢様ですらここまでひどくなかった。

そういえば元気にしているだろうか。

王都に行ったら一度挨拶に行くべきだなって、今はそれどころじゃない。

「先に予約をしていたのは私です。そもそも貴女は対価を支払っていない、そうですよね?」

「はい、お代は銅貨一枚頂いておりません。」

「でしたら貴女が使うことはできません。」

「どうしてですの?」

「どうしてって・・・。」

ダメだ、話にならない。

ここで論破してしまう事は出来るかもしれないけれど、それに欠ける労力が正直もったいない。

俺は早く部屋に戻って寝てしまいたいんだ。

「すみません、空室は他にありますか?」

「ご利用予定の部屋からはいささか質が落ちてしまいますが・・・。」

「かまいません、いくらですか?」

「銀貨2枚になります。」

そりゃ冒険者が寄り付かないわけだ。

「ちなみに私が使う予定の部屋は?」

「銀貨5枚でご利用いただいております。」

どこの三ツ星ホテルだ!と言いたい所だけど、今はそれを惜しんでいる場合ではない。

このままではまずい。

そんなアラームが頭の中で鳴り続けている。

ならば俺がとる手段は一つだけだ。

「ではその部屋をお願いします、代金はこれで。」

「・・・かしこまりました。」

どうやら店主も察してくれたようだ。

店主は部屋が埋まるし、おれは面倒ごとから解放される。

「後でお湯をお持ちします、せめてそれぐらいはさせてください。」

「お気持ち有難うございます。」

お湯までサービスしてくれるとは、ありがたいじゃないか。

「では、私はこれで。」

「ですから、そのお部屋は!」

「えぇ、貴女のお部屋にはまいりませんのでどうぞご自由にお使いください。」

「まぁ!なんてすばらしい事でしょう、神に感謝いたします!」

「疲れているので失礼します。」

何が神に感謝しますだ、俺に感謝しろよ!

と言ってやりたい気持ちをなだめつつ、まだ何か言いたそうな女の子を振り切り急ぎ新しい部屋に案内してもらう。

せっかく美味しい食事にありついてお酒も飲んで幸せな気分だったのに、ひどい話だ。

でもまぁ面倒ごとに巻き込まれなかったと考えればプラマイゼロか。

案内された部屋はこじんまりはしているものの、綺麗に整っており清潔感もある。

さすが銀貨2枚出すだけの事はあるな。

「イナバ様ほどの方をこのようなお部屋にご案内する形となり本当に申し訳ございません。」

「いえ、お互いにこれが最善だったんです。」

「まったく、どこから来たのか知りませんが迷惑な。」

「明日になっても出て行かなければ警備を呼んで対処してもらうといいでしょう。」

「そのようにさせて頂きます。では、ひとまず失礼します。急ぎお湯を持ってまいりますので。」

「でしたら水差しもお願い出来ますか?美味しい食事とお酒を堪能させていただきました。」

「それはようございました。」

食事をとるまでは良かった、でも終わりがこれだからなぁ・・・。

ベッドに腰かけ深くため息を吐く。

だめだ、テンションがどんどん下がっていく。

こんな時はさっさと寝ることにしよう。

短剣を外しカバンを机の上に放り投げる。

行儀悪いけど誰も見てないし別にいいだろう。

そのままベッドに倒れフカフカの布団に額をこすりつける。

太陽の匂いがする。

ちゃんと干しているようだ、偉いなぁ。

なんて考えていると『トントン』とドアがノックされた。

慌てて飛び起きドアに駆け寄ると外には水差しを持った女中さんが立っていた。

足元には湯気の出ているたらいが置かれている。

「あの、お湯とお水です。」

「ありがとうございます。」

さっきの女の子と年は変わらないだろう。

16とか17とかまぁそれぐらいだろうか。

まだ10代、手を出すと犯罪ですよ。

ってこの世界で犯罪かどうかは知らないけど個人的な倫理観で行けばアウトだ。

「あの、他に何かありますか?」

「いえ、大丈夫です有難うございました。」

「朝食は日の出前からでも大丈夫です、お部屋で食べますか?」

「いえ、食堂がありますよね?」

「あります。」

「じゃあ、そちらで頂きますとお伝えください。」

「わかりました!」

うんうん、元気でよろしい。

たらいを部屋の中に引き込み、ドアに鍵を掛ければこれでもう完全オフだ。

服を脱ぎ備え付けの布で体を清めたら下着のままベッドに入り込む。

いい感じにお酒が残っているので目を瞑るとそのまま眠ってしまいそうだ。

あー、明日は何事もありませんように。

そう願っているうちに気づけば夢の世界へと旅立っていた。


ちなみに出てきたのはエミリアとシルビア。

立った二日で夢にいるとかどれだけ寂しがりやねん!というツッコミはご遠慮ください。

前回は急な別れだったけれど今回はあれだけ入念にお別れをしたというのに、このありさまだよ。

あー、皆の声が聞きたいなぁ。

「まぁ、素敵な朝食ね。」

ってお前じゃないよ。

朝の準備を済ませ食堂に降りた俺の目に飛び込んできのたは昨日の女の子。

一番奥の席で豪華な食事に囲まれ大変お喜びのようだ。

本当はあれを俺が食べていたはずなのにとやっかんではいけない。

あれは生贄だ。

部屋と朝食を生贄に俺は厄介ごとから解放されたのだ。

「イナバ様おはようございます。」

「おはようございます。」

「どうぞお好きな席にお掛け下さい、すぐにご準備いたします。お飲み物は何になさいますか?」

ボーイさんがスッと差し出したメニューを確認する。

そうだなぁ、二日酔いではないけれどあっさりしたのがうれしいなぁ。

「香茶を、出来れば後味の軽いものをお願いします。」

「かしこまりました。」

白鷺亭まではいかないけれど、ここのスタッフさんは中々に洗練されている。

さすが高級店、代金に見合うだけのサービスは重要だよね。

出来るだけあの女の子が視界に入らない場所を選び小さく息を吐く。

食事を済ませたらすぐに移動だ。

レットさんの話では昼頃には王都につく予定になっている。

到着後すぐププト様のご友人である今回の依頼主に会い、依頼内容を確認。

どう対処するかを考えるんだけど・・・。

俺にしかできないみたいなこと言っていたしなぁ、いったい何をさせられるのやら。

楽しみよりも今は不安が勝っている。

でもみんなの為に何とかしないとな。

なんて考えていると朝食が運ばれてきた。

焼きたてと思われるパンにサラダにメインは卵。

あぁ、いつもと同じ料理だ。

いつもと違うのはフルーツが置いてあることぐらいか。

ユーリの朝食が懐かしい。

ってまだ二日、まだ二日しかたってないぞ。

これからが長丁場なんだ、頑張れ俺!

手を合わせて気持ちを切り替え朝食を頂く。

うん、美味しい。

サクッと食べてさっさと出発しよう。

そう考えていたはずなんだけど・・・。

用意を済ませ店主にお礼を言って宿を出る。

前に横付けされているのはおなじみになった馬車。

あと半日、こいつのお世話になるわけだな。

えーっと、レットさんはどこだ?

馬はいれどもレットさんはおらず。

ぐるりと回ってみても姿は無い。

あれ?

まぁ、いいかすぐに来るだろう。

そんな軽い気持ちで馬車の扉を開けた俺の目に飛び込んできたのは・・・。

「お待ちしておりましたわ、イナバ様。さぁ、参りましょう。」

そこにいたのは宿に置いてきたはずの厄介事。

世間的に言えば美少女と言われるであろうその女の子はこれまた誰もが喜びそうな笑顔で俺に微笑みかけた。
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