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第十七章

一度あることは(ほぼ確実に)二度ある

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迫り来る人のような何か。

俺がシルビア様のように運動神経抜群の人間だったのなら、この人を華麗に避けて店に入るなんて事も出来たんだろうけど、残念ながら俺にそんなものはないので、巻き込まれるようにして地面に放りだされた。

重い、そして痛い。

「ちょっと!お客さんに迷惑かけるんじゃないよ!さっさとどきな!」

「お前が突き飛ばしたんだろうが!」

「アンタにお前って呼ばれる筋合いは無いよこの負け犬!」

「誰が負け犬だこの野郎!」

「野郎じゃないよ、なんだい元嫁の顔も分からなくなったのかい!?」

俺の上で喧嘩をはじめるご両人。

いいから早くどいてくれませんかね。

「ちょっと!何をしているんですか!」

と、そんな状況の俺に助けの手を差し伸べてくれたのは先程まで馬車を操っていた従者さんだった。

確か名前はレッドさん。

・・・のはずだ。

レッドさんは俺の上に乗っている人を突き飛ばして引っ張り起こしてくれた。

いや、突き飛ばさなくてもと思ったのも束の間。

「ちょっと、この人を誰だと思っているんですか!」

「しらねぇよそんなやつ、っていうか俺を突き飛ばすなんて良い度胸だなレット。」

あ、レットさんだった。

失礼しました。

「この人はサンサトローズ領主プロンプト様から頼まれた大切なお客様なんですよ!?怪我をしたらどう責任をとるつもりですか!」

「プトンプト様ってあの、城塞都市の領主か?」

「そうですよ!あーもう、お召し物までドロドロじゃないですか。イナバ様本当に申し訳ありません。」

ドロドロってか砂埃がついただけなんだけど、レッドさんいもといレットさんは甲斐甲斐しく俺の土埃を叩いてくれた。

いやね、シルビア様と同じ真っ赤な髪の毛をしているものだからついね。

「そこまでしていただかなくても大丈夫ですよ、幸い怪我もありませんし。」

「いけません!無事に送り届けるという約束でご依頼いただいているんです。それが例え馬車を降りられた後でも同じ事、すぐ診ていただきましょう!」

「いやいや、ホント大丈夫ですから。」

っていうか早く御飯を食べたい。

お店から漂ってくる美味しそうな匂いに俺の腹の虫が悲しい声を上げている。

何だか良くわからないことに巻き込まれたけど怪我は無いし気にもしていない。

夫婦喧嘩は犬をも食わないって言うしね。

「こいつと夫婦だったのは随分と昔の話だよ。とはいえこいつがお客さんに迷惑掛けたのも事実だね、償わせておくれよ。」

「そんな、大丈夫ですよ。」

「いいからいいから。レットさんも世話かけたね、食べてくだろ?」

「いいんですか?」

「もちろんだよ、さぁ入っとくれ!」

何だか良くわからないけれど美味しい食事にありつけそうだ。

招かれるままお店のドアを通り抜けて・・・。

「おい、詫び一つねぇのか・・・ぷげ!」

放置された事に抗議しようとした元旦那さんらしき哀れな人に女将さんの剛速球(お玉)が炸裂。

木製とはいえかなり危険な音が聞こえた気がするけど、まぁいいか。

「さぁさ、とびっきりのやつを御馳走させてもらうよ!」

そんな事を気にする様子もない女将さんに連れられて店の奥へと進む。

店内は冒険者だけでなく一般のお客でも賑わっていた。

テーブルの横を通り抜けるたびにお客さんからさっきの件をからかわれている。

どうやら女将さんの名前はライラというらしい。

俺よりも10は上かな、恰幅の良いTHE女将さんって感じだ。

太っているわけでは無いけれど決してやせているわけでは無い。

綺麗というよりも威勢が良い、健康的で見ていて気持ちの良い笑い方をするっていう印象だ。

あれだ一目見ただけでこの人の作る料理は美味しそうって感じる人っているよね。

あんな感じ。

え、分かりにくい?

考えるな感じろ。

「好きなところ腰かけとくれ。」

レットさんと共に一番奥のカウンターに案内されたのだが、真ん中って気分では無いので一番端っこを使わせてもらう。

「もっと真ん中にすわりゃ良いのに。」

「中心って落ち着かないんですよね、この辺が丁度良いんです。」

「面白い人だねぇアンタ。プロンプト様の知り合いって事は役人とか貴族とかそんなんじゃないのかい?」

「イナバ様は有名な商店を経営されているんですよ。」

「有名なんかじゃないですよ、辺境の小さなダンジョン商店です。」

席に着くやいなやジョッキに並々と注がれたエールがカウンターに二つ置かれた。

ジョッキが汗をかいている所をみると良く冷えているようだ。

へぇ、魔石冷蔵庫を置いているのか。

ジョッキを掴み軽く持ち上げてから一気に喉に流し込む。

キンキンに冷えているわけでは無いけれどそれなりに冷えた液体が喉の奥を通り抜けていく。

うーん、何もしてないけどお酒って美味しいなぁ。

「へぇ、良い呑みっぷりだねぇ。」

「冷やされたエールがでてくるなんて思いませんでした。」

「ちょいと馴染みの奴から教えてもらってね、初期投資としては高くついたけど今思えば良い買い物したよ。」

「冒険者に限らずコレ目当てに来るお客さんばかりのようですね、さすがオススメされるだけの事はあります。」

「何をお勧めされたのかは知らないけど、うちの売りはコレだけじゃないよ。やっぱり料理で勝負しないと。」

ニヤリと笑ってライラさんが厨房へと消えていった。

一人でやっているわけではなくほかにも何人か働いているようで、誰もが忙しそうに動き回っていた。

期待できるなコレは。

「そうだ、レットさん先程はありがとう御座いました。」

「とんでもありません、こちらこそ御迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。」

「レットさんのせいじゃありませんよ。それに、さっきも言いましたように気にしてませんから。」

「そう言っていただけると助かります。プロンプト様直々に依頼されたのに何かあったらもう仕事できなくなってしまいます。」

「そんな大げさな。」

「大げさなんかじゃありませんよ!」

俺が怪我したとしても状況を聞けばあの人のことだ笑って済ませるだろう。

又面倒ごとに巻き込まれたなってね。

「怪我もありませんでしたしこうして美味しい食事にもありつけそうです、レットさんには感謝しています。」

「明日無事に送り届けるまでは私の責任ですから。でも、美味しい食事にありつけたのは私も同じです。ここの料理は絶品ですから期待してくださいね。」

「よく利用されるんですか?」

「急いでいる時は通り過ぎたりもしますけど、そうでないときは必ず利用します。遠すぎず近すぎず、良い場所にあるんですこの宿場は。」

なるほどなぁ。

後ろを振り返って改めて店内を見渡す。

冒険者4一般客6って感じだ。

店内はほぼ満席、その誰もが楽しそうに食事を口に運びお酒を呑んでいる。

一般客も俺みたいな商人も居れば普通の家族連れもいる。

冒険者も店にあわせてか余り騒いでいないようだ。

出禁にならないようにしているのかもしれない。

「そうだ、ダンジョン商店って事は冒険者相手の商売だね?」

「そうです。近くに村があるので一般のお客様も居ますがほとんどが冒険者です。」

「あんな連中ばかりだと大変だろ?」

奥から顔を出すやいなや酒を呑みながら笑っている冒険者を指差すライラさん。

手にはお肉の乗ったフライパンを持っている。

いや、ジュージューいってますけど出てきて良いんですか?

「そんな事ないですよ、皆さん良い人ですし頼りになります。」

「へぇ、本当にそう思っているんだ気に入ったよ。」

「どうしてそう思ったんですか?」

「少しでもそんな気がある奴は顔に出るのさ、でもアンタはそうじゃなかった。確かに煩いけど私も嫌いじゃないよ。」

「まぁ、煩いのは何処も一緒ですけどね。」

「でも彼らのおかげで安全に移動できるんです。冒険者無しで移動しようなんて考えられませんよ。」

レットさんもまた冒険者を好意的に思ってくれているようだ。

ありがたいなぁ。

「それでも冒険者は要らないなんて言い出したバカがいるんだろ?ホント迷惑な話しだよ。」

「その通りです!」

ライラさんの発言に身を乗り出して反応するレットさん。

輸送業の方々からすれば冒険者は持ちつ持たれつの関係だもんなぁ。

「いいね、益々気に入ったよ。」

再びニヤリと笑い厨房に戻っていくライラさん。

あのフライパンに乗っていたお肉が一体どう化けるのか。

楽しみのような不安のような。

よく冷えたエールを呑みながらしばしレットさんとの会話を楽しむ。

馬車に乗っている時は話さないし、昨夜の宿ではすぐに部屋に戻ってしまったのでこういった機会がなかったもんなぁ。

折角の長旅だしこういった機会は大切にしないと・・・。

「さぁ二人ともまたせたね、コレがうちのとっておきだよ!」

と考えていた所に巨大な皿を両手に持ったライラさんが戻ってきた。

皿の上に載っているのは厚み五センチはあろうかという巨大な肉の塊。

先程のフライパンに乗っていた奴よりも明らかにデカイ。

ユーリの作る料理でもここまでの奴は出てこなかった。

大きさは掌を広げたぐらい。

って事はおおよそ20センチ。

体積で良くと100立方センチメートル?

ともかくでかい。

横に添えられたブロッコリーみたいなやつとマッシュポテトみたいな奴が可愛く見える。

「こ、これは?」

「コレがうちの看板商品、ランドドラゴンステーキさ!」

「まってました!コレを食べると他のお肉が食べれないんですよね。」

「そりゃそうさ、うちのは一味も二味も違うからね!」

「でもその手間は教えてくれないんですよね?」

「そりゃそうさ、それが知れたら他所でも同じ事をされちまうからね。コレはうちだけでしか食べれない特別な料理、だから連日満員なのさ!」

ランドドラゴンといえば集団暴走のときに谷に押し寄せてきた魔物にも居たはずだ。

空は飛べないけれど立派なドラゴン種。

すげぇ、コレがリアルドラゴンステーキか。

焼けた肉から香る匂いにお腹の虫が大暴れをはじめる。

さぁ喰え!

今喰え!

齧り付け!

と催促してくる。

「でも、お高いんじゃ?」

「迷惑掛けた詫びもあるし、それに久々に気持ち良い人間に出会ったからね。コレはサービスでいいよ!」

「さすがライラさん!愛してる!」

「嫁さん居る奴が何いってんだい!さっさと喰って帰りな!」

「えー、でもお義母さんが帰ってきてるし・・・。」

「あれ、レットさんここに家があるんですか?」

「実はそうなんです。あ、この宿場を利用するのはそれだけが理由じゃないですよ!本当にいい場所にあるからなんです。ほ、ほら、料理も美味しいですし!」

必死に弁解するレットさん。

まぁそういう理由でも良いよね。

俺は美味しい料理を楽しめるし、レットさんは実家に帰れる。

でもお義母さんかぁ・・・。

そんなに嫌なものなのかなぁ。

俺にとってはニッカさんがそうなるんだけど、別に気にならないし。

そりゃあ気は使うけど、それぐらいだしなぁ・・・。

いまいち分からん。

でも、エミリアの御両親にはあったこと無いし、もし同居するとかなったらレットさんのようになるんだろうか。

謎だ。

あー、思い出したら二人に会いたくなってきた。

皆元気かなぁ。

「アンタも家族が居るのかい?」

「えぇ、仕事で王都に行く間店をお願いしています。」

「それは寂しいねぇ、どのぐらい行くんだい?」

「予定では一期、長くても夏までには戻るつもりです。」

「子供は?」

「それはまだ。」

戻るまでに出来てると良いなとはさすがにいえない。

どういう結果になっても授かりものだ。

過度の期待は御法度です。

「ならこの肉食べて栄養つけないとね!頑張るんだよ!」

頑張ろうにも一期は戻れないんですけど!というツッコミをしてはいけない。

ライラさん的に元気付けようとしてくれたんだろう、たぶん。

少しぬるくなったエールを流し込み、目の前に鎮座する肉塊と対峙する。

いや、退治する?

最初こそ見知らぬオッサンにぶつかられて大変な目に合ったけれど、結果を見ればこうして美味しそうな肉にありつけたわけだ。

有難う名も知らぬライラさんの元旦那さん。

成仏してくれ。

パンッと手を合わせ心の中で合唱しつつ・・・。

「ではいただきます!」

「あいよ、召し上がれ。」

倒すべきは目の前の肉塊。

見せてもらおうか、ランドドラゴンの実力とやらを!


結果はどうだったかって?

惨敗・・・までは行かなかったけど惜敗ではあった。

後一口、いや、二口?三口?

ともかくもう少しの所で胃が悲鳴を上げた。

肉々しくてでも油っぽすぎず、『あ、肉食べてるわ俺!』って感じを終始体験することが出来た。

自慢するだけの事はある。

非常に美味しかった。

随分と遅くまでご厄介になってしまったが明日もあるので早めに失礼する事にした。

「また寄ってくれよ?」

「もちろんです、戻る時には是非。」

「次回も腕によりをかけてまってるよ。」

「次こそ食べきって見せます。」

「あっはっは、あれぐらい食べれないと男とはいえないからねぇ。」

残念、俺はまだ本当の男では無いようだ。

ライラさんに見送られながら少しふらつく足取りで宿へと向う。

といっても宿は三件隣。

ほら、もう目の前に綺麗な門が見えてきた。

俺、部屋に戻ったらお湯を貰って身体を綺麗にしたらベッドに倒れこむようにして寝るんだ。

なんて死亡フラグのような事を考えながら扉に手をかけたその時だった。

「金がないのなら他にいけ!」

突然扉が開き前から店主に突き飛ばされた女性が俺に向かって降ってきた。
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