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第十六章

巨大蜘蛛襲来!

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村人の総数は32人、うち子供が6人老人が8人で残りの18人のうち戦闘に参加できそうなのは8人程だった。

もちろん参加してもらう予定はないが、森を抜けるまでの間不慮の事態に対応できる人間は多い方が良い。

なんせ住民だけならまだしも他に助けなきゃいけないのが大勢いるんだから。

「負傷者は?」

「動ける程度のやつが14人に大けがしてるやつが2人、うち1人はもうそろそろやばいだろう。なにせ運ばれてきた時に片足がなかったからな。」

「命があるのであればその方も助けます。ポーションを持ってきているので傷口に振りかけて、後は飲ませてください。」

「本当に全員助けるんだな。」

「言ったじゃないですか、好き勝手にさせてもらうって。」

「連中の話を聞いてアンタが悪い奴だって思い込んでいたら奴もいるけど、みんなそうじゃないってこれでわかるだろう。」

「そうだといいんですけどね。」

村に逃げ込んだのはまさかの47人。

まさかこんなに多いとは思わなかった。

その半分ぐらいかなぁ・・・なんて思っていた過去の俺を殴ってやりたい。

ほらみろ現実はこんなもんだぞってね。

幸い負傷者はいても動ける程度なので、大怪我をしている人には時間ぎりぎりまでジルさんに治癒魔法をかけてもらうとしよう。

「でもよ、助けてもらっているくせにお前の力を借りないとか言っている奴もいるんだろ?」

「半分まではいきませんがまぁ、それなりには。」

「そいつらは放っておいていいんじゃないか?」

「それじゃダメなんですよ。要らないって言っている人たちにこそ冒険者の存在を認めてもらわないといけません。彼ら無しで世の中が回っているなんて言う甘い考えはこれを機に捨ててもらわないと。」

「自分だけじゃなく冒険者の面倒まで、商人って大変なんだな。」

「こんなことしているのは私ぐらいですよ。」

二人して顔を見合わせ声を出して笑う。

歳が近いからだろうか、それとも考え方が似ているからだろうか。

アドルさんとは波長が合うようだ。

「シュウイチ、ひとまず住民の皆さんの準備は終わったぞ。」

「ありがとうございました。」

「他の連中はここに残るだのなんだの言っているやつもいるが、どうするつもりだ?」

「もちろん連れて行きますが、いう事を聞いてくれないのであればそれなりの待遇は覚悟してもらいましょう。」

「巻くのか?」

「巻きます。」

二人して目を合わせてニヤリと笑う。

その様子を見ていたアドルさんは苦笑いを浮かべていたようだが、まぁ気にしないでもらおう。

「わかった準備をしておく。」

「怪我人優先で、その次に女性子供、最後に巻いた人達でよろしくお願いします。」

「アドル殿、手押しの荷台はあるか?」

「ありますが・・・まさかその上に?」

「引きずるよりはましだろう。」

「いや、そうですけど・・・。」

世の中には簀巻きにした人を馬車で引っ張る拷問があるそうだがもちろんそんなことはしない。

丁重に荷台に放り込んでずらかるつもりだ。

「シュウイチさん、夜が明けてきました!」

「もう時間がありませんね・・・。」

「そろそろ奴ら動き始めるわよ。」

「急ぎ脱出の準備を始めましょう。メルクリアさん、着火の合図は任せます!」

「ちょっと、アンタはどうするのよ!?」

俺には俺の仕事がある。

アドルさんに村の人をお願いして村の中央に急ごしらえで作った高さ2mほどの櫓まで走り、よじ登る。

その上にのぼると村の状況が良く見える。

薄明かりに照らされて周りの木々が良く見えるようになってきた。

あの中に大量の蜘蛛が隠れており今か今かとその時を待ちわびている。

冒険者の皆さんは予定通り外周に等間隔で広がり、襲い来る魔物に対処する予定だ。

え、じゃあ誰が逃げる村人を森の外に誘導するのかって?

さっきも言ったように住民の中で動ける人には松明を持ってもらい、牽制しながら外へと走ってもらう。

予定では騎士団の皆さんに救助と護衛をお願いする予定だったのだが、助っ人が来てくれたので予定を変更し外で待機して貰っている。

というか、迎撃準備かな?

俺達がするのは森の外まで誘導する事。

後は外で待機している騎士団の皆さんがやってくれるはずだ。

俺は大きく深呼吸をして目を閉じ意識を集中させる。

ザワザワという風の音がだんだんと静かになっていき、そして止まった。

「みんな、聞こえる?」

いくら強力な助っ人が二人も来てくれたとはいえ足りない人手は賄えない。

森の中を獲物が逃げるのを奴らがみすみす逃すとも思えないので、間違いなく逃げる背中を狙って来るだろ。

そんな無防備な背中を守れるだけの力、それが俺の切り札だ。

俺の問いかけに返事はない。

逃げ出す気配を察したのか森の中がざわつくのを肌で感じる事が出来る。

おそらく入り口付近で逃げる準備をしている住民の皆さんも同じ気配を感じている事だろう。

それでも悲鳴を上げないのは彼らが俺達を信じてくれているからだ。

その期待に何としてでも応えなければ。

もう一度集中して声をかけようとした、その時。

「聞こえたよ、シュウちゃんの声。」

少し間延びしたような優しい声が右肩の辺りから聞こえて来た。

「ディーちゃん来てくれたんだね。」

「うん、シュウちゃんの声が聞こえて来たかから。」

振り返ると空中にフワフワと浮く青いロングワンピースを着た女子大生・・・ではなく水の精霊ウンディーヌが心配そうな顔をして俺を見つめていた。

「ドリちゃんとルシウス君は?」

「ルシ君は、雪が終わっちゃったから、次に会えるのはまた冬・・・かな。ドリちゃんはね、エフリー君がいるから行きたくないって。」

「喧嘩でもしたの?」

「ウフフ、ちょっとね。」

ふむ、俺の知らない所で精霊同士色々あるようだ。

まぁその辺は俺の関知するところじゃないし、こうやって来てくれただけでもありがたい。

ルシウス君に関しては雪の精霊だし、普通に考えて登場は難しいよな。

「ごめんね急に呼び出して。」

「ううん、いつもシュウちゃんには、お願い聞いてもらっているから。それにね、水路が出来て水を沢山使ってもらえるの。みんなの嬉しい気持ちで、元気いっぱいだから、その恩返し、かな。」

「そっか、こちらこそどうもありがとう。」

「今日は、何をしてほしいの?」

「魔物が弱い人を狙っているんだ。森の外に出るまでついて行ってあげてくれないかな。」

「退治しなくていいの?」

「守ってくれるだけでいいよ、お願いできるかな?」

「それぐらいなら、ちょちょいのちょい、だよ。」

なんだか久々に聞いたな、それ。

こっちの世界にも同じ言い回しがあるのか、それとも俺の記憶みたいなものから知ったのか。

何はともあれこれで皆の安全は保障されたも同然だ。

それから半刻。

ついにその時はやって来た。

「魔物!動き出しました!」

「来るわよ、一匹も逃がさないように!」

「アドルさん!避難開始お願いします!」

「わかった!おい皆行くぞ、心配ない冒険者がついてるからな!」

太陽が木々の隙間から大地を照らし出したのと同時に、ぐるりと囲まれた森の中から巨大な蜘蛛が一斉に飛び出してきた。

デカい。

これだけの数がいっぺんに来られると絶望感が半端ないが、俺以外の人たちは随分と冷静だった。

「よっしゃ、かかってこい!」

「エミリア、第一陣は罠で防ぐから今のうちに動く気がある者だけでも移動させてくれ。」

「わかりました。皆さん安心してついて来て下さい!大丈夫です、冒険者シュリアン商店は皆さんを決して見捨てません!」

「ほら、助かりたいなら言う事を聞け!」

エミリアが脱出を始めた住民に続くよう例の皆さんを誘導していく傍ら、シルビア様が抵抗する人たちに縄をかけていく。

手首と手足を拘束してそのまま荷台へ放り投げるという何とも荒い感じだけど、蜘蛛の登場に恐れをなしたのか簀巻きにされている人は予定数よりも少ないようだ。

そうこうしているうちにも魔物はどんどんと村に近づいてくる。

長き空腹を満たすために中心にいる大量のエサを求めて・・・。

「今よ!」

「まってたぜ!」

メルクリア女史の合図で罠に向かって松明が飛んでいく。

書く冒険者が投げた松明は弧を描き、なみなみと油の注がれた溝へと到達する。

そして、オレンジ色の炎が轟音と共に空を焦がした。

「「「ギィィィィィ!」」」

突然足元から吹き上がった炎に全身を焼かれ巨大な蜘蛛が聞くに堪えない声を上げる。

全身が燃え上がりひっくり返ってのたうち回っていたかと思うとしばらくして動かなくなった。

よし、第一陣はやり過ごせたな。

それでも丸焼きに出来たのは10匹ほど。

まだまだ多くの魔物が森の奥で機会をうかがっているはずだ。

それでも仲間が焼け死ぬ光景を目の当たりにしたんだ、やみくもに突っ込んでくることはしない・・・。

「ダメよ、あの程度じゃ足りないわ。」

「奥からどんどん飛び出してきます!」

「仕方ねぇ、叩き切ってやるさ!」

仲間の犠牲を見てもひるむことなく魔物はこちらへと迫ってくる。

おっかしいなぁ、これで少しはひるんでくれると思ったんだけど・・・。

やっぱり予想通りにはいかないみたいだ。

「大好物の炎だ、たっぷりと喰らいやがれ!」

次に冒険者が取り出したのは腰にぶら下げた酒瓶・・・ではなく、油で満たされた火炎瓶だ。

迫ってくる蜘蛛に向かって投げつけ、着弾するたびに同じような悲鳴が上がる。

また、着弾しなくても地面に広がった油が各所で火柱を上げる。

四方八方から迫りくる蜘蛛をどれだけ抑えることが出来るかがこの作戦の胆だが、今の所はなんとかうまく進んでいると言っていいだろう。

「くそ、弾切れだ!」

「こっちもだ!」

「しゃぁねぇ後は俺達でやるしあねぇか。」

「私も行こう。シュウイチ!一番魔物が集まってるのはどこだ!?」

火炎瓶も無限にあるわけではなくいつかは尽きる。

その後に出来るのは己の肉体で獲物を狩ることだけだ。

ぐるりと周辺を見渡し頭に叩き込んだ村の地図から方向と距離を把握する。

蜘蛛は罠の隙間や火炎瓶の着弾後を縫うようにしてこちらへ向かってくる。

そこから逆算すると・・・。

「目印五番の方向から三匹!十番から四匹!それと二番からも三匹です!」

「十番は任せろ!」

「俺達は五と二だ、行くぞ!」

罠用の溝を掘る時に目印となる数字を地面に書き込んでおいた。

村の北側を12時として時計のように数字を振り分けることで地図を見なくても方向がわかるようにしてある。

この世界には時計のような詳しい時間の区分が無いので説明が難しかったが、時間ではなく番号で言う事でなんとかなった。

俺が司令塔となり櫓の上から各自に指示を出すことで見えない背後の状況もわかるというわけだ。

「シュウイチさんしゃがんでください!」

エミリアの声に慌てて身をかがめると頭上を白い糸が通り抜けていった。

間髪置かずに糸の飛んで来た方向に、お返しとばかりに火球が飛んでいく。

辺りを見渡せる櫓は逆を言えばどこからでも狙えるという事だ。

俺を狙った攻撃に対してはエミリアが対処してくれるがそれでも全方向をカバーできるわけではない。

第一陣第二陣は何とかなったが白兵戦が始まると状況はどんどんと悪くなってくる。

あまり強い魔物ではないとはいえ数で来られると処理が追い付かず、気づけば村のすぐそばまで魔物が迫っていた。

「まずいぞ!家の上に張り付きやがった!」

「燃やせ燃やせ!」

「馬鹿野郎、出来るだけ燃やすなって話だろうが!」

「そんなこと言ってる場合か!まだ半分も避難してないんだぞ!」

張り付いた魔物に関してはメルクリア女史がすぐさま対処してくれたが、どの方向からも魔物が休みなく押し寄せそろそろ限界を迎えそうだ。

気を抜くとすぐほころびが出来る。

まずいな。

見た感じ住民の移動はもうすぐ終わる。

でも逃げ込んでいた人たちの避難はまだ始まってすらいない状況だ。

このまま押し込まれると脱出そのものが出来なくなってしまう。

「脱出路を確保することが最優先です!一番二番三番は捨ててください!」

「くそ、限界か。」

「冒険者は全員六番七番八番に移動。シルビアは四番、メルクリアさんは十一番をお願いします!」

「仕方あるまい。」

「四番かなり密度が濃いです、くれぐれも気を付けて!」

「シュウイチも気をつけろ、上が崩れたんだ足元まで来るぞ!」

ちなみに脱出路は冒険者を派遣した七番付近、現状北部一二三番は魔物の進行が激しく戦線を維持できないので放棄、次に密度の濃い四番をシルビアに何とかしてもらう。

え、激しい場所を放置したらなだれ込んで来るって?

もちろんそれはわかっているさ。

「エミリア二番をやっちゃってください。」

「わかりました!」

ここで村の配置を説明しておこう。

出入口は時計で言うと七時付近、中央は広場になっており四時五時付近に住居が集中している。12時から2時方向の外周付近には大きな倉庫が並んでおり農機具や備蓄を保管しているようだ。

今はその倉庫付近まで攻め込まれてしまっているので、ここを突破されると中央の広場まで邪魔するものが無くなってしまう。

これはまずい。

バリケードは敵を殺す為でなく進路を邪魔するための物で、それが無いとなると一気に押し込まれてしまうだろう。

なら、無いのであれば作るしかない。

合図をして待つこと数秒。

エミリアの頭上に巨大な火球が出来上がってきた。

通常の二倍いや三倍はあるだろうか、かなり巨大な塊に成長しつつある。

後はこれを倉庫にぶつければあらびっくり、中に仕込んであった油に引火して大爆発、まではいかないけれど大炎上することだろう。

村への被害を出したくは無かったが背に腹は代えられない。

アドルさんに許可は貰っているし、最悪ププト様が金銭的援助をしてくれる・・・はずだ。

「いきます!」

倉庫の横を通り抜けて蜘蛛がこちらに顔を覗かせたのとほぼ同時に巨大な火球が一直線に飛んで行く。

木製の壁を突き抜けた次の瞬間、ゴォという音と共に屋根を突き破って火柱が上がった。

夜は明けきっているというのに周りがオレンジ色により明るくなるぐらいの勢いだ。

ちょっとやり過ぎちゃったかな?

なんて思ったのもつかの間、火球が直撃する前に通過した一匹が一直線にこちらへと突っ込んできた。

狙われているのは俺ではなくエミリアのようだ。

だが先程の魔法の影響か顔を下げたままのエミリアが魔物に気づいている様子はない。

マズイマズイマズイマズイ!

大声を出して注意を促すよりも先に俺の体が動いていた。

櫓の上から飛び降り、衝撃をゴロゴロと前転して吸収する。

飛び降りたのはエミリアと魔物のちょうど中間、突然目の前に降りてきた獲物に魔物が反応するのは早かった。

顔を上げた俺の目の前には巨大蜘蛛。

「シュウイチさん!」

こちらに気づいたエミリアの叫び声が夜明けの森に響き渡った。
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