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第十六章

完璧を求めるな、最善を求めろ

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状況を確認しに行っていた団員の報告によると、襲われたのはサンサトローズと隣町を結ぶ街道の丁度中間付近。

その付近は街道が森に接するぐらい近くなっており、その森から魔物が飛び出してきたらしい。

街道を進んでいたのはやはり街でデモ運動を行っていた人達のようで、護衛を付けていなかったため飛び出してきた魔物に蹂躙され多数の死傷者が出たそうだ。

隊列の前方中ほどに魔物が襲い掛かり、襲われなかった人たちは散り散りに逃げ出したようで後方の使徒たちがサンサトローズまで逃げ込み事態が発覚。

途中サンサトローズまで逃げ込めなかった人が近くの村に助けを求め、そこに魔物が追いかけてきて現在取り囲まれているという状況らしい。

先行した団員だけでは対処できずそのままサンサトローズに帰還、という感じか。

「襲撃現場に取り残された者はおりませんでした、おそらくもう魔物の腹の中かと・・・。」

「死んだ者は今更どうにもできん、それよりも今は取り囲まれた村の救出が最優先だ。」

「どのぐらいの魔物に囲まれていたんですか?」

「かなり遠方より視認しただけですが、森付近に100近くはいたかと。」

「それは多いな。」

「現場に残っていた魔物の死骸からジャイアントアラーニャであることは判明しております。」

「クリムゾンアラーニャじゃないだけましか・・・。」

100ってかなり多くないですか?

昨年アリに襲われた時はせいぜい50ぐらい、それでもかなり多い様に感じたけどなぁ。

ディヒーアに襲われた時は数を数える余裕なんてなかったけど、あれは通り過ぎるのをやり過ごすのが最優先だったし、今回のように直接狙われたってわけじゃない。

100匹の巨大な蜘蛛に取り囲まれるって、生きた心地がしないだろうな。

「クリムゾンアラーニャではダメなんですか?」

「アラーニャ種は基本火に弱いのですが、クリムゾンアラーニャだけは別なんです。火に怯えずむしろ向かってくる感じでしょうか。」

「大型種になると火の魔法まで使ってくる、まぁそこまで巨大な奴はダンジョンや洞窟の中にしかいないから大丈夫だとは思うが・・・。」

「ジャイアントと言うぐらいですからかなり大きいんですよね?」

「立ち上がればイナバ様の身長以上あるかと。」

コワ!なにそれ!

ちょっとデカすぎません!?

そんなんが100匹って、そりゃ蹂躙されるわ。

「どのぐらい生き残っているかもわからないんですよね?」

「こっちに逃げてきたのが20人程、仮に前方にも同様の人数が逃げたとしても総数がわからない以上何とも。」

「現場の状況からは詳しい人数はわかりませんでした。遺体の損傷が激しく正確に何人かまでは・・・。」

よし、それ以上は何も言うな。残念ながらグロ耐性はないんだ。

まぁそれだけの魔物に襲われて逃げ出せただけむしろ幸運と思うべきか。

「どれだけ生き残っているにせよ、その数の魔物が再び村を襲えばひとたまりもないだろう。時間はないぞ。」

「幸い夜は活動を停止します、今のうちに準備をして日の出までに現地につけば何とかなるかもしれません。」

「だが100匹近くいるのに対しこちらは10にも満たない数だ、私が言うのもあれだが本当に大丈夫なのか?」

「普通に考えれば厳しい戦いになるでしょう。ですがその為に彼がいるのではありませんか?」

そういいながらカムリが俺の方に視線を向け、それにつられるように全員が俺を見てきた。

そんな見つめられると照れるんですけど・・・。

「もちろん最善を尽くします、ですが過度の期待はお控えください。」

「なに、シュウイチはこう言っているが私達が現場に出るんだ、何が何でも成し遂げるだろう。」

「頼りにしていますねシュウイチさん。」

そういって両サイドの二人までもがにっこりと俺を見つめてくる。

あのー、それってズルくないですか?

そりゃあ二人が現場に出ている以上、失敗は二人の死を意味するわけだから何が何でも成功させるつもりだけど・・・。

俺が出れば何でも解決って思われるのはかなりのプレッシャーなんだけどなぁ。

「よし、そうと決まれば時間が惜しい。すぐに馬車を手配しシュリアン商店に冒険者を迎えに行け、カムリは余剰人員を再編成し手配できるだけの兵を準備せよ。」

「かしこまりました!」

「説明には私が行きますのでシルビア様はシュウイチさんをお願いします。」

「すまないがよろしく頼む。」

「くれぐれも気を付けてください。」

「大丈夫です、騎士団の皆さんが一緒ですから。」

さすが騎士団話が決まってからの動きは早い。

号令一つで会議室に詰めていた人たちが一斉に立ち上がり、慌ただしく動き始めた。

俺の仕事はというと作戦を考えること。

とはいえ、サンサトローズの完全封鎖が見送られたので救出作戦に回す人員に余裕が出来たが他の状況が全くわからない。

どういう地形なのか、囲まれ方は、逃げた人はどこに隠れているのか、使える道具は、魔物の数は・・・。

作戦を考えようにもその辺りの情報が一切ないのでどうしても行き当たりばったりになってしまうだろう。

でもそれでは困る。

なんせ俺の大切な妻が二人、それに前途有望な冒険者が参加するんだ。

もちろん騎士団の皆さんも出来るだけ無事に帰らせたい。

甘いのはわかっている。

誰も死なないなんてどう考えても無理な状況だ。

だけどそうならない為に俺がここに呼ばれたんだ。

呼ばれた以上はその期待にこたえなければ。

他の人達が出て行っても俺は会議室に居残り、提供してもらった現場付近の地図を睨みながらいくつものパターンを考え続ける。

正面から、側面から、裏から。

魔物が村の中にいる場合、外を取り囲んでいる場合、波状攻撃を仕掛けてくる場合。

迎撃か、防衛か、強襲か。

魔法で薙ぎ払うのか、武力で叩き潰すのか、罠を仕掛けるのか。

新たに追加される情報を考慮しながら何度も何度も何度も作戦を考え続ける。

正直に言って楽しい。

そんな風に思ってはいけないんだけど、なんていうか追い込まれれば追い込まれるほど燃えるタイプなので・・・つい周りが見えず集中しちゃうんですよね。

「シュウイチ、少し休んだらどうだ?」

突然聞こえてきたシルビアの声にハッと顔を上げると、両手にカップを持ったシルビアが目の前にいた。

「あれ?そんなに時間経ちました?」

「もう一刻以上その状態だぞ・・・にしてもすごいな。」

「すみません散らかしちゃって。」

「それは別にいい、まだ先は長いんだ根を詰めずこれでも飲んでおけ。」

「ありがとうございます。」

地図の周りは書きなぐったメモが乱雑に置かれ中々にひどい状況だった。

やれやれと言った顔をしたシルビアからカップを貰い一口飲む。

スッキリとした香りが喉から鼻に抜けていくき、その後にかすかな甘みだけが残った。

うん、美味しい。

「美味しいです。」

「それだけ美味そうな顔で飲んでくれると淹れた甲斐があったというものだ。それで、どんな感じだ?」

「毎度のことながら情報が少なくて。それに加えて村の場所が場所なだけに色々考えてはみるんですけど・・・。」

「逃げ込んだ先が魔物の飛び出してきた森の中、なぜわざわざそこに逃げ込んだのか見当もつかん。」

「たまたまその村の出身者がいて村の存在を知っていた、ぐらいの状況じゃないと逃げ込みませんよね普通は。」

彼らが逃げ込んだ村は魔物が飛び出してきた場所から少しサンサトローズに戻った森の中にあった。

一応看板は立っており踏み固められた道もあるのでそっちに逃げたのも仕方ないとの事だったがなんでわざわざ魔物の多い森の方に逃げるかね。

四方を森で囲まれている為どこからでも魔物が出てくる可能性が有り、絶対に安全という保障がない。

せめて片面だけでも平地と接していたら考えようもあるんだけどなぁ。

まさに四面楚歌。

夜だから動かないって話だけど、動き出せばそれこそ一瞬で魔物の餌食になってしまうだろう。

火に弱い魔物なのに森の中の為火計らしい火計も使えない。

一網打尽ってわけにもいかなさそうだ。

塀とかもないらしく今まで魔物に襲われなかったのが不思議なくらいだ。

って、そうならない為に冒険者に駆除を頼んでいたんだよな。

自分の首を自分で絞めただけでなく関係ない村にも迷惑をかけて・・・。

ホント勘弁してほしいよ。

「冒険者はどのように駆除していたんでしょうか。」

「奴らは土の中に巣を作って越冬し、春が近づくとその中の何匹かが周囲の状況を確認しに出てくるのだ。その時を狙って餌を置きそれを持ち帰るのを追いかけ巣の場所を確認すれば後は油を流し込んで火をつけるだけで駆除は完了する。だが、その途中に感づかれ襲われる可能性が高いので冒険者以外ではなかなか手を出せないというわけだ。」

「なるほど。今回はその機を逃したために巣の中の魔物が溢れ出たというわけですか。」

「森の中は奴らの庭だ、糸を使ってこちらの動きを妨害するだけでなく木の上からも狙ってくる。数が少ないならまだしも大量に相手をするのであれば森の中は分が悪いぞ。」

「この間みたいに簡単に焼き払えそうにはないですね。」

あの時は自分から罠にかかってくれるような相手だったからこそ成功したんだ。

場所も良かった。

高い所から油を流し火をつけるだけの簡単なお仕事。

いや、やっている人たちは命がけなんだけどそれでも今回のように難しい状況ではなかった。

でも今回は違う。

例えるなら敵の城の中に少数精鋭で乗り込み仲間を救助する。

そんな感じか。

見つかれば四方八方から糸が飛んできて捕まれば即死亡。

敵の数はこっちの数倍。

圧倒的不利。

普通なら見捨てる選択肢を選ぶ必要があるんだろうけど、今回は助けなければならない理由がある。

彼らを助けて冒険者のありがたさを実感させ、ついでにシュリアン商店の悪評も払拭する。

それさえなければ正直助けたくない相手だ。

だって散々サンサトローズで迷惑かけて、自分たちが冒険者を追い出したせいでこんなことになったんだよ?

ざまぁ!

と、言ってやりたいぐらいだ。

「コラ、また考え込んでるぞ。」

「あ、すみません。」

シルビアがいることをすっかりと忘れていた。

こつんと頭を叩かれてしまう。

二人に危険が及ぶのは今回が初めてじゃないはずなのに、つい考え込んでしまう。

「まったく。エミリアが戻ってくる前に軽く食事を摂っておくぞ。」

「いえ、戻ってきてからでも・・・。」

「戻って来たら戻ってきたで彼らの意見を聞きながら作戦を詰めねばならんのだ、今食べずにいつ食べる。ほら、いくぞ!」

強引に腕を引っ張られ、通り過ぎる団員の皆さんに驚いた顔をされながら食堂へと連行されてしまった。

食堂に入った途端、肉の焼ける匂いが一瞬で肺を満たしお腹がグゥとなったのが分かった。

「腹が減っては難しい事も考えられん、そうだな?」

「その通りです。」

「よし、戦士たる者食べられる時に食べる。今日はププト様の計らいで良い肉が出るそうだ、よかったな。」

「それは喜んでいいんでしょうか。」

「命を懸ける戦いの前に食べたのが普通の食事と美味い食事、嬉しいのはどっちだ?」

「美味しい食事です。」

「明日死ぬかもしれないんだ。美味い物を食べさせてやりたい、そう考えるのが上に立つ者が出来る数少ない事なんだよ。」

自分の命令で危険な目に合わせるんだから、せめてこれぐらいはしてやりたい。

命令を出しておきながら自分だけが安全な所に居る申し訳なさ、そんな気持ちと常に戦い続けているんだろう。

上に立てる人というのはそういう気持ちとも戦えないといけないんだな。

益々俺には無理だわ。

「ありがたく頂戴します。」

「そしてお前も考えすぎるな。誰一人死なせるななんて難しい事は言わないし、仮に誰かが死んだって誰もお前を恨まない。お前は出来る限りの事をした、それは誰もがわかっている事だ。だから気負わずいつものお前でいればいい。私もエミリアもお前を信じている。お前が私達の為を思って考えてくれた作戦を信じている。だから私達は全力を尽くす。お前の期待に応えるために。」

「それ、矛盾していませんか?」

「完璧を求めるな、最善を求めろ。」

「・・・それでも私は誰にも死んでほしくない。そう言ったらどうしますか?」

「そしたらお前は誰も死なないような作戦を考え抜くだろう。私達はその作戦を信じ行動するだけだ。」

完璧を求めるな、最善を求めろ・・・か。

たどり着く答えが完璧だったとしても、目指すのはあくまでも最善。

完璧な作戦なんてない。

常に状況は変化し、いずれ作戦は意味をなさなくなる。

だから常に好手を選び続ける。

最善を求め続ける。

つまりはあれだ、なるようになるってやつだ。

俺がいくらここで頭を悩ませたって相手がそう動いてくれるとは限らない。

だから、いくつもの可能性を視野に入れ常に考えたらいいんだ。

現場で。

そうだよ、俺も現場に行くんだ。

死ぬときは死ぬ。

いや、むしろ死にかければドリちゃんが出て来てくれるからその方がいいかもしれない・・・。

「自ら危険な目に合うのは許さんぞ。」

「ばれましたか。」

「そんな顔していたからな。」

「あはは、さすがシルビアですね。」

「まったく、どうしてお前は危険な事ばかり選ぶんだ?」

「それが最善だと思うからですよ。」

「ならば私はそれが最善ではないという事を示し続けよう。」

席に着いてすぐ大きなステーキ肉が運ばれてきた。

周りにも同じものが振舞われており、皆嬉しそうに肉にかぶりついている。

これが最後の食事になるかもしれない。

いや、そうならない。

そうさせない。

どんな困難な状況であれ、何とかなる可能性はどこかにある。

その可能性を自ら否定してはいけない。

考えろ。

肉を食べて頭に栄養をいきわたらせて考えろ。

血の滴る肉にかぶりつき、咀嚼し、胃に落とす。

美味しい。

このおいしさが今日だけなんて、それはもったいない。

また帰ってきて皆で美味しいお肉を食べよう。

「そうだ、その顔だ。」

そんな風に思う俺の顔を見てシルビアが満足そうに笑っていた。
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