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第十六章

泣きっ面に蜂。でも慌てない。

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「冒険者は出ていけー!」

「「「「出ていけー!」」」」

「冒険者は要らなーい!」

「「「「要らなーい!」」」」

街の大通りを大勢の人が声をあげて歩いてく。

冒険者を追い出せというシュプレヒコール。

プラカードはないけれど、腕を振り上げ声を揃えて歩く姿はこの世界では異様な光景だった。

元の世界では最近よく見られるようになってきたけれど、この世界にもデモ行進なんてあるんだな。

冒険者は要らない。

冒険者を追放しろ。

私達の生活に安全を。

そんな感じの内容で街中を練り歩いている。

それだけじゃない。

「貧困者を餌食にするシュリアン商店を追放しろ!」

「「「「追放しろー!」」」」

「人の命で私腹を肥やす商人を許すな!」

「「「「許すなー!」」」」

「イナバシュウイチは敵だー!」

「「「「敵だー!」」」」

冒険者に交じって名指しで攻撃されている人物がいる。

そう、俺だ。

シュリアン商店を許すな!

そういう風に思っている人ももちろんいるだろうけど、これほどの人間に言われるとさすがの俺でもメンタルが傷つく。

例の団体が裏で操っているとわかっていてもだ。

いやー、いい感じに叩かれていますねぇ。

「これはまたすごい。」

「イナバ様これ以上は危険です、急ぎ館に戻りましょう。」

「ですが・・・。」

「シュウイチさん戻りましょう、今見つかれば何をされるかわかりません。」

「イナバ様がそのような事をしていないのはこの街の住民であれば皆わかっています。今声をあげているのは全く関係のない人間、そんな者達の為に心を痛める必要はありません。」

どうしても声の正体を確かめたくて館を出た俺の目に飛び込んできたのは街中を練り歩き声を上げる大勢の人達。

高い所に館がある分街の様子がよくわかる。

さすがに貴族街までは来ていないようだけど街中は大騒ぎになっている事だろう。

「そう・・・ですね。」

「さぁお早く。」

皆に促されて一度館へと戻る。

扉がバタンと閉まる音と同時に俺は大きく息を吐いた。

「気は済んだか?」

「思っていた以上の展開ですが、なんとか。」

「今騎士団に遣いを出した。しばらくすれば騒ぎもおさまるだろう。」

「出来るだけ穏便にお願いします。」

「わかっている、怪我人など出そうものなら奴らの思うつぼだからな。まったく卑怯な手を使いおって。」

騎士団が鎮圧に乗り出し負傷者なんて出ようものなら、今度は騎士団やププトさんが叩かれてしまう。

冒険者の味方だ!とか、イナバシュウイチを助けるのか!とう感じにだ。

それがわかっているからこちらとしても中々手を出すことが出来ない。

これだけの人が冒険者を不要だと思っていると思うとなんだか悲しくなってくるなぁ・・・。

「シュウイチさんの名前が出ているという事は、やはりジルさんの感じた視線の通り監視されていたんですね。」

「間違いなくそうだろう。今出て行けば奴らに何をされるかわかったものではない、今日はおとなしくしておけ。」

「エミリア様やシルビア様も同様に危険かと思われます。」

「それだけじゃありません、あの集団が街を出て村に向かったら・・・。」

「それは心配ない、先ほど騎士団へ連絡するついでに村への街道を封鎖するように指示を出しておいた。これで奴らが出ていくことは出来ん。」

「ありがとうございます。」

さすがププト様仕事が早い。

でも街道を封鎖するという事は、村にも商店にも行けなくなってしまうという事だ。

今日の定期便はもう出れないな。

「しかし、奴らも随分と過激なやり方をしてくるじゃないか。」

「あの人達はこれをする為にやって来たんですね。」

「あれだけ大声で歩けば、わかっていても冒険者やお前への悪い印象が植えつけられるだろう。奴らは本気でお前たちを抹殺しに来ている、そう考えるべきだ。」

「抹殺って、シュウイチさんの命を狙ってきているんですか?」

「そうではない。冒険者を追放するというのはあくまでもオマケだ、本当の狙いはお前の商売をつぶす、もしくはこの国から追い出そうとしているんだろうな。」

「まさか!元老議員とはいえそこまでの権力はないはずです。」

「ないからこそ国民の力を使うのだ。今はこの街だけだが同じような事が国中で行われればお前の居場所は無くなるだろう。」

俺の居場所がなくなる。

たった一人の元老議員を怒らせたがためにそこまでされてしまうのか。

確かに『後悔させてやる』みたいなことは言われたけれど、ここまでしてくるとは正直考えていなかった。

最初は本当に冒険者を追放することが目的だったんだろうけど、あの一件以降ターゲットが俺に切り替わったそんな感じだろうか。

まじかぁ。

俺一人の為にそこまでする?

ちょっとそこまでは考えていなかった。

「冒険者を追放するだけじゃなくシュウイチさんまでも追い出そうなんて、そんなの許せません!」

「策は講じているがここまでの事をやられるとそれも考え直さねばならん。それにだ、表立って何かをすれば火に油を注ぐも同じ、今はおとなしくしておくしかないだろう。幸い部屋はたくさんある、夫婦三人歓迎するぞ。」

「申し訳ありませんがお世話になります。」

「なに、滞在費はしっかり払ってもらうさ。」

「まさかそれが目的とか?」

「お前には私がそこまでひどい人間に見えるのか?」

「とんでもございません。」

とは口で言うものの、この人ならやりかねないんだよなぁ。

何かにつけて俺に仕事を押し付けようとするんだから。

まぁ、別に構わないんだけどね。

「幸い私は狙われておりませんので連絡役はお任せください。店にも事の次第を連絡しておきます。」

「私もメルクリア様とノアちゃんに連絡を取ってみます。ノアちゃんに聞けば街の様子もわかりますから。」

「そうですね。街中の様子はここからではわかりませんので何かあったら教えてもらいましょう。」

「お前の周りにはいい人材が集まっているな。」

「ほんと、頼りになります。」

いつでも他力本願全開でございます。

その日の夕刻には俺達と同じ方法でシルビアがププト様の館に戻ってきたので、それと入れ替わりでジルさんには村に戻ってもらう。

『最近身体が鈍っていましたのでいい運動になります』とは言ってくれたものの、歩きで帰ってもらうのは申し訳なかった。


そして次の日。

先日の夕刻まで続いたデモは日暮れと共に一度終息したものの、日の出と共にまた再開された。

朝早くからご苦労な事だ。

朝食を済ませ、あてがわれた自室に戻ってから窓からこっそりと外の様子を伺う。

どこから見られているかわからないのでスパイのように覗いたが、昨日と違う様子はない。

シルビア様は暇そうにベッドに寝転がり、エミリアは誰かと念話で話している。

ある種の軟禁だな、これは。

「・・・うん、ありがとう。またわかったら教えてね。」

「終わったか?」

「はい。ノアちゃん曰く昨日よりも人数は増えているようです。」

「昨日以上にか。」

「他の町にいた人が加わったんじゃないでしょうか。」

「うーむ、あれ以上増えるとなると騎士団だけでは対応出来んぞ。住民の生活にも影響が出てきているだけに、いくら犯罪を犯していないとはいえ放置するわけにもいかん。」

「ですが追い出す理由がありません。無理に追い出せば向こうの思うつぼです。」

一度住民から苦情が出ているという理由で退去させたそうだが、また別の入り口から戻ってきてしまったようだ。

永続的に追い出せる法律が無い為にいたちごっこになっている。

「今回の件で商店は軒並み休業、稼働しているのは宿ぐらいだそうです。その宿も仕入れが出来なくてに三日で受け入れられなるとか。」

「自分で自分の首を絞めているようなものか。つまりあと二日我慢すれば奴らはいなくなる、そういう事だな。」

「でも仕入れを行えば戻ってきます。宿に客を受け入れるなというわけにもいきません。」

「だが連中のせいで他の人に迷惑が掛かっているのも事実だ。宿屋だけが儲けてと悪く思う人も出てくるのではないか?」

「それはそうなんですけど・・・。」

わかってはいる。

わかってはいるが対応できない。

今日明日中になにか手段を講じることが出来ればいいのだが、昨日の今日ではさすがにそれも難しいだろう。

ププト様もできるだけ穏便に追い出せる方法がないか現在模索しているようだ。

こういう時議会などが無いのでププト様の一存で命令を出せるのが強みだよね。

「様子をみるしかないというのはやはり歯がゆいですね。」

「そうだな。できれば現場に出て何かしたいのだが私が出て行けばそれこそ面倒なことになる。」

「王都の方では教会が声明を発表し、ガスターシャ様を含む反対派の元老委員からも今回の騒動について早期に収束させるべきだという意見が出ているそうです。また、混成議会でも元老院の分裂について話し合われているそうですから、時間が経てば落ち着くのではないでしょうか。」

「時間か・・・。」

「時間が無い時に限ってこうなるのはどうしてなんでしょうか。」

エミリアさんそれは言わないお約束ですよ。

どこの世界でもそうだけど良くないことは立て続けに起こる。

泣き面に蜂ってやつですよ。

「エミリア、いる?」

と、夫婦水入らずの部屋に乱入してくる人物が一人。

こんな状況にもかかわらず自由にあちこち移動できる人といえば一人しかいないよね。

「メルクリア様!」

「随分とすごい事になっているようね。」

「メルクリア殿か私達の代わりに色々と調べてくださっているそうだな、礼を言う。」

「貴女達だけの問題ならここまでしないんだけど商店連合わたしたちにも問題が出ている以上、上司である私が動くのは当然です。この男の為ではない、とだけ断言しておきましょう。」

「エミリア達の為に動いてくださってありがとうございます。」

「ちょっと嫌味を真面目に返すのはやめなさいよ。」

「いえ、正直な気持ちですので。」

「まぁ、いいわ。それよりもさらに面倒なことになって来たわよ。」

さらに面倒?

それは聞きたくないなぁ。

なんて露骨に嫌な顔をするとキッときつく睨まれてしまった。

見た目は幼女とはいえその視線は魔物をも殺すことが出来・・・嘘です冗談ですそんな目で見ないでください。

「さらに?外の状況よりも悪くなるって事ですか?」

「昨日の通告に対して元老院が譲歩してきたのよ。」

「譲歩ですか?それっていい事なんじゃ・・・。」

「旦那の首を差し出せばっていう条件が付いているんだけど、それでもいい事だと思う?」

俺の首!?

それって譲歩でも何でもないじゃないか。

むしろひどくなってませんかね。

「メルクリア殿、冗談はいいので詳しく教えてはくれないか?」

「元老院が連絡してきたのはこうよ、『シュリアン商店が廃業すれば各社への増税を見送る』ってね。」

「店を廃業って、どうしてうちを狙い撃ちにするんですか!?」

「それだけ恨みを買うようなことをしたって事よ。」

「なるほど。それで今回の通告を受けても商店連合としての立場は変わりませんか?」

「今の所・・・と言いたいけど今回の通告を受けて早く切り捨てるべきだって意見も出てきているわ。今は大丈夫だけど仕入れを行っている取引先から仕入れを拒否される可能性も否定できないわね。」

うーむ、四面楚歌まではいかないけど各方面からプレッシャーをかけられる状況になって来たか。

うちを潰せば税金が上がらないなんてわかりやすい餌をぶら下げて、えげつないことしてきやがったなぁ。

「冒険者を排除するなんて言いながら本当の狙いは私ですか。敵ながら狙いをそらすのが上手いなぁ。」

「何のんきなことを言ってるんだ、店が潰れるかもしれんのだぞ!」

「流石の貴方も今回は相手が悪かったわね。」

「メルクリア様まで!まだ潰れるって決まったわけじゃないんですよ!」

暢気に構える俺とメルクリア女史に大慌ての奥様方が雷を落とす。

そんなに潰れる潰れる連呼しなくてもいいんじゃないかなぁ。

ほら、実際まだ潰れてないんだしさ。

「それで、分の悪い状況だけど貴方はどうするつもりなの?」

「そうですねぇ、正直に言って打つ手なしなのでここは様子見に徹しようかと。」

「あら、随分と余裕じゃない。時間がたてばたつほど首が締まっていくのに。」

「そうでもないですよ。王都では教会が声明を発表してくださっていますし、元老院に続き混成議会も動き出しています。それにどうやら抗議の声を上げているのはこの街だけみたいですし、そういった声がここに届きだせば何か別の動きを見せるはずです。」

「そしてその隙を狙って反撃するのね。」

「反撃って程ではないですが、気になっているのは抗議の声を上げている人がそもそも誰なのかという事です。お金で雇われたのか、意見に賛同しているのか。もしかすると言われるがまま参加しているのかもしれません。」

一番の疑問はそこだ。

彼らはいったい何者なのか。

金で雇われたにしては綺麗すぎるし、立ち振る舞いも粗悪じゃなかった。

彼らがどういう意図で参加しているかが分かれば何かしらの対処が出来るかもしれない、そう考えている。

「例の団体をどうにかするのではないのか?」

「相手は元老院議員ですよ?さすがに私の力じゃどうにもなりません。」

「よくわかってるじゃない。」

「今までが上手くいきすぎたんです。もちろんそれであきらめるつもりはありませんよ、やることをやってからです。」

「それが素性を調べるってことなんですね。」

声を封じ込める事が出来れば向こうの目論見は崩れ、新しい事を仕掛けて来るだろう。

そうやって時間を稼いで、俺以外の人たちがどうにかしてくれることを祈る。

なんて他力本願な作戦なんだろうか。

ま、俺らしいと言えば俺らしいんだけどね。

「出来るだけ時間を稼ぎつつ相手の様子を伺い、外堀が埋まっていくのを見守ります。もし反撃の機会があればそれを逃さず突撃する・・・そんな感じでしょうか。」

「時間稼ぎか、確かに今はそれしかできそうにないな。」

「店が心配ですけど・・・まぁ何とかなるでしょう。因みにもし私が商店連合から除名された場合店や村はどうなるんですか?」

「そうね・・・、別の人間に変わってもらう事になるかしら。ダンジョンも育っているし村の開発を途中で投げ出すわけにはいかないもの。」

「ちなみに私の処遇は?」

「商店連合から除名された以上この世界にいる理由はないわね、元の世界に戻ってもらう事になるわ。」

それは困るなぁ。

二人やみんなと別れてブラック企業に戻るぐらいなら、この世界で奴隷になった方がまだましだ。

「そうならない為にも何とかこの危機を乗り越えなければなりませんね。」

「それから、この先もな。」

「そうでしたね・・・。」

仮にこの危機を乗り越えられたとしてもまだ本当のノルマを達成できていないわけで・・・。

泣き言を言いたいところだけど、今は出来る事をするしかないか。

と、いう事で今できる事。

それは様子見だ。

「まぁ、なんとかなりますよ。そうだ、メルクリアさん。せっかくですしお茶でも飲んでいかれますか?」

焦らずビビらずマイペースで。

仕方ないわねと言った感じでメルクリア女史が肩の力を抜いたのを確認して、俺はテナンさんを呼ぶべく部屋の外へと向かった。
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