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第十六章

敵は誰だ

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それから一刻程。

連行された人物を追って俺も騎士団の詰所にいた。

現在絶賛尋問中という事で、ティナさんやカムリ騎士団長を含めた関係者数人と一緒に応接室で待たせてもらっている。

なんていうか暇だ。

獲物はかかった。

予定していた通りの展開ではあるが、この先どうなるかが読めないんだよな。

正直に言って、すんなり情報をはくとは思えないんだよね。

やっていることは小さくてもそれなりに費用は掛かっているし、それを払えるという事はそれなりの身分である可能性が高い。

そうなると、捕まえた人物が情報をはく可能性はどんどんと低くなる。

あれですよ、『守秘義務があります』的な奴ですよ。

もしくは黙秘コースだね。

何を言われても聞かれてもだんまりで最後の最後まで言わないパターン。

言えば殺される。

言わなかったら殺されることはない。

じゃあ言わないでおこうってわけですよ。

そうなると、せっかく捕まえたのに情報を聞き出すことが出来ず、また手詰まりになってしまう。

そうならない為にもあの爺さんにはしゃべってほしいんだけど・・・。

「失礼します、尋問を行ってはおりますがなかなか口が堅くいまだ何も白状しません。」

ほら、いわんこっちゃない。

年寄りって頑固だし義理堅いから絶対に言わないんだよね。

参ったなぁ。

ここまで来て振出しに戻るのか。

「そうか、引き続き尋問を続けろ。ただし後ろに誰がついているかわからない以上、手荒な真似はしない様注意して行え。」

「畏まりました!」

途中経過を伝えに来てくれた団員が入って来てすぐ部屋を出ていく。

予想で来ていたとはいえ落胆は大きく、報告を受けた俺達は大きなため息をついた。

「想定の範囲内とはいえ、これで振出しに戻ったわけだ。」

「そのようです。」

「でもあの方が定期便を妨害したのは間違いないですし、もし単独犯なのであれば次回以降はないのではないでしょうか。」

確かに単独犯ならそうだろう。

単独犯なら。

でもそうじゃないのは火を見るより明らかだ。

「定期便の妨害だけが目的であればそうでしょうが、サンサトローズとダンジョン同時多発的に悪戯を受けています。全て手配されたものだとしても費用はかなり掛かっているでしょうし、そのお金を出せる人物とは思えないんですよね。」

「どこかの貴族、もしくは商人の線も考えて照会していますが今の所引っかかった様子はありません。」

もちろんデジタルのデータベースなど存在しないので人相のみで探しているようだが、全部が全部新しい情報ではないだけに見つけるのは難しいだろう。

ちなみに名前も黙秘しているのでそちらでの検索も不可能だ。

まったく迷惑な話だよ。

「ぽろっと漏らしてくれれば話が早いのですが、一言も発しないのであればそれも難しそうです。」

「あそこまで徹底できるのは普通の人間には無理でしょう。」

「となると、軍人の線もあると?」

「そこまでは何とも。うちはともかく他の騎士団でも冒険者を毛嫌いしていることは間違いありません。」

なるほどなぁ。

ここの騎士団が冒険者と喧嘩をしていたように、他の諸都市でも同様の状況だということか。

騎士団を嫌う冒険者と、冒険者を嫌う騎士団。

両者が融和しているサンサトローズはかなり珍しい部類であるという事だ。

「引き続き尋問を続けつつ情報を集める、それしかないか。」

「そうなりますね。」

「冒険者は当分護衛任務にかかりっきりでしょうから、騎士団はギルドと連携して魔物関係の依頼を消化、一般の依頼はププト様に何とかしてもらうという流れでお願いします。」

「魔物の件は了解しました。全力で当たらせていただきましょう。」

「依頼が出ましたらすぐにご連絡するように致します。」

「尋問を続けてもらって、もし何か情報が出たら教えてください。」

「という事はイナバ様は戻られるんですね?」

「ここにいても仕事はありません。店に戻ってゆっくりさせてもらいますよ。」

冒険者がサンサトローズにいない以上店には閑古鳥が鳴いているだろう。

それならばそれでいい。

他にもやれることは沢山あるしね。

なかなかできなかった帳簿の整理に字の勉強、それに村に行って作付の手伝いもしなければならない。

まあ作付け自体は来週になるだろうから畑を耕すぐらいなものだけど、いないよりかはましだろう。

それよりもかわいそうなのはシャルちゃんのお店と宿だ。

こちらに関しては何か援助をしなければならない。

金銭的に・・・と言いたい所だがそんな余裕は残念ながらない。

しまったなぁ。ププト様と話す機会があったんなら、そっちの援助だけでもお願いするんだった。

俺個人への援助はできなくても、自分の領民が困っているのであればそれを助ける義務はあるだろう。

しかも自分が原因でこの事態を引き起こしたわけだし、多少は何とかしてくれる・・・はずだ。

「では帰りの馬車を手配しましょう。」

「定期便で帰るので大丈夫ですよ。」

「そうしていただけると助かります。」

騎士団の人手も無限ではない。

ギルドの依頼をこなす為に人手を割いているし、尋問だって一人でやるわけじゃない。

そんなタイミングで俺一人を守るべく人を動かすというのはナンセンスだ。

なに、さすがに一般人が乗っている定期便を攻撃する事はないだろう。

あくまでも例の連中の標的は冒険者。

いくら冒険者向けの商売をしている俺がいるとはいえ直接何かしてくることはない・・・はずだ。

「では後はお任せして・・・。」

やるべきことはやった。

後は家に帰るだけ、そんな気持ちで立ち上がったその時再び応接室の扉が開いた。

「失礼します、シルビア元騎士団長が参られました。」

「シルビアが!?」「シルビア様が!?」

突然の来訪者にカムリ騎士団長と綺麗にハモってしまった。

まさかシルビアが来るとは思っていなかったなぁ。

でもまぁ、俺を一人にしないという流れで考えれば当然と言えば当然の人選だろう。

報告に来た団員の後に続きシルビア様が応接室に入って来る。

いつもと違って強張っていた表情が俺の顔を見るなり崩れるのが分かった。

だけどそれも一瞬。

すぐにいつもの凛々しい表情に戻る。

騎士団を辞めたとはいえ古巣で気の抜けた顔はできないのだろう。

「シュウイチ、無事か。」

「おかげ様でピンピンしています。」

「プロンプト様から報告を受けた時は驚いたが・・・まぁ、お前が行って何事もないわけがないな。」

「私は帰るつもりだったんですけど、残念ながらそう言うわけにはいかなくて。でも、残った甲斐はありましたよ。」

「というと犯人を捕まえたのか?」

「限りなく犯人に近い容疑者という所でしょうか。今はだんまりを続けているようです。」

言質は取った。

だけど犯人と断定できたわけではない。

なので今のような表現を使うのが妥当だろう。

「昨日の話では犯人探しに時間がかかると聞いていたが、さすがだな。」

「運が良かっただけです。店の方は問題ありませんか?」

「あぁ、客が来なくて暇なのは別として特に問題はなかったぞ。」

「それはよかった。」

「良い訳があるか!客が来なければお前は、お前は!」

「まぁまぁ。それに関してはププト様から直接お言葉をいただいていますから何とかなると思います。冒険者がいなくなるのもせいぜい今期だけですから。」

「今の流れで行けば陰日頃には護衛依頼はなくなるかと思います。最後の依頼を終えて冒険者が戻ってくるのが翌週とすれば後二週はあるかと。」

そのとおり。

客が少ないのは今だけだ。

二週間、いや遅くとも三週間待てば冒険者は戻ってくる。

彼らはいなくなったわけではない、ちょっと外出しているだけだ。

それだけじゃない。

「だが二週しかないんだぞ?」

「シルビアよく考えてください、別に彼らは遊びに行っていなくなったわけではないんです。ちゃんと依頼をこなしお金を稼いでいます。普通の依頼なんかじゃありません、とっておきの高収入の依頼です。」

「確かにそうらしいが・・・。」

「そんな彼らが街に戻ってきたら、まず何をしますか?」

「まずは休息だろう。」

「そして休息が終われば?」

「・・・言いたいことはわかった。だが本当にそうなるのか?」

「なります。私が知っている冒険者はそういう生き物ですから。」

簡単な話だ。

冒険者という生き物は宵越しの銭を持たないらしい。

もちろん堅実なタイプもいるがそれはごく少数だ。

大抵の冒険者は銭を持てば使う。

それはもう湯水のごとく。

今回、護衛依頼を受けた冒険者はかなりの依頼料をゲットする事になる。

そんな彼らが真っ先に使う物、それは食事だ。

良い酒を飲み良い飯を食う。

人としてごく当たり前の欲求を満たすわけだな。

女を買うなんて奴も多いだろう。

今は消費が冷え込むのは仕方がない。

だが、その冷え込みは間違いなく何倍にもなって帰って来る。

これはサンサトローズ全体に言える事なのだ。

おそらくそれに気づいている商人は今のうちに準備を進めている事だろう。

冒険者がいなくなり一瞬需要が下がればどうしても供給過多になる。

そうなると必然的に値が下がる。

それを狙って在庫を抱え、時期が来たら一気に放出するわけだ。

いつもより多少高くても彼らは買ってくれる。

それが分かっていれば今のこの冷え込みなど願ってもない事だろう。

それは俺にとっても言える事だ。

三大欲求『睡眠欲』『食欲』『性欲』が満たされれば次に望むのは何か。

そう、『物欲』だ。

普通であればアクセサリーや家財道具など生活必需品も含めたものに手を出すだろうが、彼らは違う。

彼らは冒険者だ。

定住地を持たず自分の命を糧にその日を生きている。

逆を言えば糧を失えば彼らは生きていけない。

じゃあどうするのか。

自分の命を守るものにお金を使うだろう。

武器、防具、魔装具。

買いたい物を買えるだけの金は手元にある。

それを消費するのは至極当然の事だ。

え、そんなにすぐに使って大丈夫かって?

大丈夫だ、使えば稼げばいい。

それも今までとは違う、強い武器防具に身を包んでだ。

間違いなく効率は上がるだろう。

もちろん武器防具に過信しなければの話だが、そんなことをするような連中じゃない・・はずだ。

「なるほど。お金を持った冒険者はこぞって武具を買い求めるわけですね。」

「えぇ。もちろんサンサトローズで多くは消費されるでしょうが、当商店にはサンサトローズにない強みがあります。」

「ガンドさんとジルさんですね。」

「使い手に合わせた助言が出来る元上級冒険者がいる宿。そしてそれを提供できる店。これが一緒になったのは当シュリアン商店だけですから。」

「今は嵐が来る前、そう言いたいのだな。」

「忙しくなりますよ。今はそのための休憩時間だと思えばいいんです。」

休める時には休めばいい。

何だったら店を閉めてバカンスにでも行こうかなぁ。

温泉・・・はさすがに時季外れか。

でも真剣に考えてもいいかもしれない。

「ですがそれも例の団体がいなくなったらの話です。彼らがサンサトローズにいる以上冒険者は戻ってこれませんよ。」

「そこなんですよねぇ。」

「まったく迷惑な話だ。」

「黙秘がいつまで続くか、ですね。」

「尋問が甘いのではないか?私が見てこよう。」

「お手数ですがよろしくお願い致します。」

いやいやシルビア様?

貴女はもう騎士団の関係者じゃないんですよ?

ってかカムリもなによろしくお願いしますとか言ってんだよ。

今の最高責任者はお前だろうが!

何、昔の流れでお願いしてるんだよ。

「イナバ様、それだけシルビア様の人望が厚いという事ですよ。」

「そうだとしても一般人に尋問させるとか・・・。」

部屋を出て行っ二人を見送りながら盛大なため息をつく。

まったくどうなっているんだこの騎士団は。

そういうとこしっかりしないとダメだと思うんですけど!

「シルビア様の尋問はかなり厳しいと聞きます。さすがに黙秘したままというのは難しいかと。」

「そうなんですか?」

「昔は仲が悪かったので、そう言った噂だけはよく入ってきたんですよ。」

「噂であることを祈りますよ。」

うちの奥さんが実は凄腕尋問官だったとかはちょっと嫌だなぁ。

あれでしょ?

急にライトを顔に向けたりするんでしょ?

それでも駄目なら急に優しくなって『かつ丼食うか?』とか言ったり。

あ、この世界にはかつ丼はないのか。

ソーラーメンぐらいならいい感じ?

「尋問するのならもう少しかかるでしょうね。すぐに帰ろうかと思いましたがシルビアもいますし、終わってから帰ろうと思います。」

「それではこちらはお任せして、私はギルドに戻ります。別に人をよこすとカムリ騎士団長にお伝えください。」

「わかりました。ティナさんも無理しないでくださいね。」

「ありがとうございます。」

ティナさんを入り口まで見送ろうかと立ち上がったその時、廊下の方からドタバタと足音が聞こえて来た。

複数人が走り回っている感じだ。

なんだろう何か進展があったんだろうか。

「シュウイチ!」

そんな事を思っているとシルビア様が慌てた様子で戻って来る。

「どうしたんですか?」

「尋問室にいる男、あれはお前が捕まえたのか?」

「えぇ。冒険者に扮している所を話しかけられました。」

「他に何か言っていなかったか?」

「別に何も・・・。しいて言えば冒険者なんてやめなさいと忠告されたぐらいでしょうか。」

最初は罵詈雑言飛んでくるものとばかり思っていたが話しているとそう言う感じでもなかった。

最初は優しい感じで辞めた方が良いとも言っていたな。

「気づいていなかったのか?」

「何がです?」

「いや、こちらの話だ。ともかくあの男はマズイ、早めに手を打たなければ面倒な事になるぞ。」

「いったいどういう・・・。」

「カムリ様!元老院の遣いという方がやって参りました。」

「くそ!いくらなんでも仕事が早すぎる。」

「何がどうなっているんです?」

わからない。

分からないが大変な事になっているのは間違いない様だ。

今元老院って言ったか?

何でそんな偉いとこの人がここに来るんだろう。

「シュウイチ、お前が捕まえたあの男だがあれは先日父上の所に来た男だ。」

「えぇ!シルビアが会わない方がいいって言ったあの?」

「そうだ。そしてあの男の素性だが・・・。」

「おい!勝手に出歩くな!お前の身はまだ騎士団が・・・。」

「無礼者!この方は元老院の議員様だぞ!」

シルビアが入って来た時にドアを開けっぱなしにしたのだろう。

廊下のやり取りがドストレートに聞こえて来る。

そのやり取りはどんどんと近づいて来て・・・。

「ここにおられましたか、シルビアさん。」

「いくら元老院の議員とはいえ騎士団内を勝手に出歩いてもらっては困ります。」

「それは貴方も同じことでは?もう騎士団を退団されたはずだ。」

その人物は周りを騎士団とは別の兵士に囲まれながら応接室に入って来た。

「さきほどはどうも。」

「おやおや、まさか貴方がシルビアさんの旦那とは思いもしませんでしたよ。こんな男とはさっさと別れた方が良い、そう忠告したはずですが?」

「余計なお世話だ。」

「ニッカ殿の娘でなければ今の発言で首を撥ねるところですが・・・まぁいいでしょう。それよりも本題は貴方です。」

「私がどうかしましたか?」

「貴方の悪名は王都にも轟いていますよ。冒険者をそそのかし、彼らに武器を売りつけ、自分の私腹を肥やしている悪どい商人だとね。」

「それはそれは随分と偏った情報のようですね。名も知らぬ人に好き勝手言われて黙っているほど出来た男ではないのですが。」

出会った時の感じと明らかに違う。

なんていうか雰囲気が別人だ。

だけどその顔は間違いなく俺が捕まえた男。

「貴方のような男に名を名乗るのは癪ですがまぁいいでしょう。私はザキウス、貴方達の敵ですよ。」

その爺さんはさも当たり前のような顔をしながら、そう言い放った。
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