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第十六章

水と共に歩む

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翌朝。

開店準備は皆に任せて俺とシルビア様で村へと向かう。

別に昨晩の件があったから・・・というわけではないのだが、どうしても一緒に行くと聞かなかったので同行してもらうことにした。

別に聞かれて困ることはないしシルビア様なりになにか感じるものあるんだろう。

もしかしたら今回の件で襲撃があるかも!みたいに考えてるのかもしれない。

今の所冒険者に定期便を使わせないという事しか起きていないのでさすがにそこまではないと思うんだけど、過去に色々あった人間だけに何も言えない。

「では先にニッカさんの所へ行きます。」

「なら私は村の中を見て回ろう。」

「一緒に行かないんですか?」

「どうせ小難しい話だろう?それに情報収集するのならその方が効率がいい。」

「わかりましたお願いします。」

確かに小難しい話ではあるけれど・・・、まぁいいか。

村長の家の前で分かれて俺は中に入る。

あ、もちろんノックは忘れていませんよ。

「おはようございます。」

「これはイナバ様朝早くから申し訳ありません。」

「いえ、ご用事があるとのことでしたのでそちらを優先していただいて大丈夫です。」

「随分と疎遠になっておりました友人が急にあいさつに来たいとのことでしたので・・・。」

「そうでしたか。せっかくの時間です、お邪魔する前にさっさと終わらせてしまいましょう。」

「来るのは昼過ぎとの事でしたから急がなくても大丈夫ですよ。」

とはいえ準備とか色々あるだろう。

今日は打ち合わせだけだしそんなに時間もかからない、はずだ。

いつものようにテーブルにつくとすぐに温かい香茶を出してくれるところが流石だよな。

「春になったとはいえまだまだ寒いですね。」

「特に朝はまだ冷え込みます。それでも霜が降りないだけましになったのでしょう。」

「霜と言えば野菜の種まきはもう?」

「いえ、もう少し様子をみようかと思っております。遅くとも来週には植える予定です。」

「麦もその時期に?」

「えぇ、今週中にもう一度グッと冷え込む日があるはずですからそれを超えてからというのが例年の流れですな。」

なるほど。

寒の戻りというやつだろう。

長年この土地で培われた経験に勝るものはない、この辺はいつも通りお任せすれば問題ないだろう。

「備蓄は何とかなりそうですか?」

「お陰様でご準備していただきました費用で用意が出来ました。多少余裕を持った量でしたが本当によろしかったのでしょうか。」

「何事も余裕があるに越したことはありません。余れば別の事に使えばいいだけです。」

「お気遣いありがとうございます。」

「いえ、この件ではご心配をおかけしました。今後は商店連合とも話をしながら進めていくので次はないと思います。」

「私も気づき次第ご報告するように致しましょう。」

また同じようなことになれば今度こそどうにもならない。

ってか、今もどうにもなっていないのにこれ以上はマジで無理です。

「宿の方は順調ですか?」

「お陰様で初日からたくさんのお客様に利用していただいております。まだ初日ではありますが、空き室は一室のみ、まずまずといったと事ですな。」

「それを聞いて安心しました。今後は週に一度利用率と収益を報告していただければと思います、ご面倒ですがよろしくお願いします。」

「最初は不慣れからか多少お時間を頂くと思いますが、まぁ大丈夫でしょう。ですがよかったのですか?部屋が埋まったのもイナバ様が値上げをしたからこそ、そちらのお客様を取ったのと同じではないでしょうか。」

「値上げはもともと計画していたことですから。それに、村にお金を落とすのがそもそもの目的。別にお客さんの取り合いをしているわけではありませんし、冒険者からしてみれば安く泊まれる場所があるのは望ましいでしょう。」

そう、今回宿が出来たことに合わせてうちの値上げさせてもらった。

お一人様一泊食事なし銅貨30枚を50枚に、食事付きは50枚を70枚にしている。

これは二人部屋の値段なので四人利用の大部屋の場合はそこから銅貨10枚値下げする。

安く済ませたいのなら相部屋にすればいいという考えもある。

ちなみに村の宿はというと、うちが今まで提示していた値段と同じ。

そうすることで近くて遠い商店の宿と、離れて安い村の宿という構図を作り冒険者に好きな方を選ばせることが出来るというわけだ。

ちなみに値上げの理由は、うちを初心者から中級者向けに変える為でもある。

今回ガンドさんが商店に来てくれたことによって中級冒険者の相談所としても商店が利用できるようになった。

助言が欲しいのであれば宿を利用してもらう。

情報にお金を取るのかよ!という声も聞こえてきそうだが、冒険者にとって経験から裏付けされた情報というのは喉から手が出るほど欲しい物だ。

その情報が直接自分の命に繋がっている。

最初、自分の情報にお金を払わせる事にガンドさんが納得しないかもとと思っていたのだが、話してみると案外簡単に引き受けてくれた。

俺の頼みだからっていうのもあっただろうけど、ジルさん曰く誰かれ構わず聞かれるのが少々めんどくさかったのもあるらしい。

初心者にしてみれば貴重な情報源が遠退いたことになるのだが・・・。

まぁ、そこは我慢してもらうしかない。

決して売り上げが欲しいから値上げをしたわけではないので誤解しないで頂きたい所だ。

「イナバ様がそうおっしゃって下さるのであれば。」

「まだ二日目ですがこれから色々と問題も出てくると思います。その都度ご相談いただければ出来る限りの援助はするつもりです。特に冒険者が暴れたなどあれば、一報いただければうちのガンドが駆けつけますので。」

「奥様は修道女であらせられるとか、そういった方が近くにいてくださるのは心強いですな。」

「どちらも元、ですけどね。」

「ですがどちらも我が村には縁の遠かった方、ますます村が豊かになりそうです。」

確かに村には教会がないもんなぁ。

作るのに申請とかいるんだろうか。

今度ジルさんに聞いてみよう。

もしかしたら教会が作ってくれるって言ってくれるかもしれないし。

自分で作るとほら、お金がかかりますから。

「今年は豊作だった去年の二倍いや三倍は目指したい所です。もちろんその分の税は増えますが、人が増えたことを考えればそれぐらい必要だと考えています。」

「来年への蓄えだけでなく、彼らに不自由させないだけのお金も用意しなければなりません。やはり前にイナバ様が仰っていたように麦とは別の収入を探さねばなりませんな。」

「そのための宿ですから。ですがそれ以外の方法を必要とされるのであれば喜んでお手伝いさせていただきます。」

「その時はどうぞ宜しくお願い致します。」

特産品、酪農、木材の加工や出荷。

出来ることは色々あるけど、どれも俺の専門分野ではない。

多少知識をかじっている程度、その辺に関してはまた専門家の知恵を借りるとしよう。

出来ればあまり土地を荒らさずに自給できるものがいいよなぁ。

林業だとどうしても資源が少なくなってくるし。

麦と違って一年で生えてくるものでもないしね。

いくら森の精霊様ドリちゃんの祝福をいただいているとはいえ、あまりやりすぎると返せって言われかねない。

難しいなぁ。

「っと、話が長くなってしまいました。お客様が来られるんでしたね、これで失礼します。」

「大したお構いも出来ず申し訳ございません。」

「いえ、いつもお世話になっていますから。」

「この後は?」

「シルビアが村を回ってみんなの話を聞いて回っています、それを聞いた後水路の方を見に行く予定です。」

「今日明日には完成とのことでしたから見てやってください。」

「それは楽しみですね。では、失礼します。」

お客様が来るのに長居は無用だ、邪魔者はさっさと退散するとしよう。

村長の家を出て辺りを見回すもシルビアの姿は無し。

ま、狭い村だどこかで出会うだろう。

村の北側には後で行くのでとりあえず南側から聞き込みしていきますかね。

南の広場を抜けて新しく作られた住宅の間を縫うように進む。

途中すれ違う村の人に声をかけながら何か変わったことがないか聞き込みをしてみるも、皆これと言った困りごとはないそうだ。

若干拍子抜けではあるけれどそれだけ村の管理が行き届いているともいえる。

トラブルはないに越したことはない。

何事も平穏が一番ってね。

「お、シュウイチ話は終わったのか?」

「無事に終わりました。なんでも今日は疎遠になっていた知人の方が来ると仰ってましたよ。」

「父上の知人か、実は昔の事はよく知らんのだ。」

「そうなんですか?」

「そう言った話をする年頃はもう騎士団にいたからな。それに、母上を無くしてからというもの父上は昔話をあまりしなくなった。」

「思い出してしまうというのがあったのかもしれませんね。」

「そんな所だろう。もし家にいたらさみしい思いをしたのかもしれんが、今思えば鍛錬に集中できてよかったのだと思う。」

村の西側まで行ったところでシルビアと合流出来た。

なるほどなぁ、そう言う考えもあったのか。

「シルビアが子供の時からもう村長としてこの村にいたんですよね?」

「あぁ、母と共にここに来て私と弟を生んだのだ。だが弟を産んだ後はやり病にかかってな、あいつが言葉を話す前には死んでしまった。」

「すみません思い出させてしまって。」

「さすがの私も幼過ぎてよく覚えていない、気にするな。」

「ありがとうございます。それで、何か変わったことはありませんでしたか?」

空気がしんみりとしてしまうのでとりあえず話題を変えておく。

まぁそんなことしなくてもシルビア様は気にしないだろうけど、俺がね。

「通りがかった労働者に定期便の件を聞いてみたが特に何も言われなかったらしい。」

「そうですか。ちょっと期待していたんですけど・・・なかなかうまい事いきませんね。」

「その辺は冒険者に任せるしかないのだろう。」

「情報が揃うまで数日、もどかしい日々が続きそうです。」

冒険者から情報が上がってくるのにも時間がかかるだろう。

それまでは大人しくしているしかないようだ。

「仕方あるまい。だが北側で従事している労働者からは話を聞いていない、もしかしたら彼らが知っているかもしれん。」

「そうですね、行きましょうか。」

希望はまだ残っている。

とりあえずそっちを終わらせてから考えるか。

シルビアと共に北側へと移動して水路まで向かう。

そこでは大勢の労働者が作業に従事・・・していなかった。

「何事だ?」

「さぁ、でも皆さん楽しそうですよ。」

「うむ。にこやかに談笑している感じだが・・・仕事が無いのか?」

「そんなことないと思いますよ。水路は今日明日には出来上がるとニッカさんも言っていましたし。」

「だがまだ水は来ていないようだが・・・。」

「聞いてみますか。」

百聞は一見に如かず。

とりあえず話を聞いてみよう。

「すみません、楽しそうですけど何かあったんですか?」

「いよいよ水が来るんだよ!いやー、今まで頑張ってきたかいがあったなぁ。」

「水が?という事は完成したのか?」

「その通り!つい今しがた最後の作業が終わったんだ。」

「おめでとうございます。」

ちょうど水路が完成した所のようだな。

ナイスタイミング。

「ここで待っていればいいのか?」

「今現場監督が泉の栓を外しに行ってる、もうすぐ来るんじゃないか?」

「折角だから待たせてもらいましょう。」

目の前には空の水路。

畑側には木製の栓が下されていて水が流れ込まないようになっている。

そりゃそうか、まだ作付も終わってないもんな。

水浸しになったら困る・・・のか?

まぁその辺も後で聞こう。

そのまま労働者の皆さんと待つことしばし、ついにその時はやってきた。

森の奥から歓声のようなものが聞こえてくる。

おそらく栓が外されたんだろう。

だが一向に水は来ない。

「来ませんね。」

「そうだな。」

「そりゃそうさ!そんな一気に水が来たらこの辺全部水であふれちまうよ!」

「あ、それもそうですね。」

「畑に水を流せるようになるまでは少しずつ水を流し込んでここに貯めとくのさ。」

「それでも泉に行かなくても水が汲めるんだ、だいぶ楽になるだろうよ。」

なるほどなぁ。

栓を開けるって言ってもどばっと水が流れてくる訳じゃないのか。

でもそうだよな、川みたいに常に流動するわけじゃないんだからあまりに大量に流れて来られても処理に困る。

最初は村の堀に流すことも考えたんだけど、あまりにも水が溜まってしまうと後々大変なんだよね。

臭いとか汚れとか虫とか。

お城のお堀位に深い物だったらまだしもそこまで深い物じゃないからなぁ。

近くに川があればそこまで伸ばして水を捨てる事も考えたんだけど、残念ながらそんなものもなく。

治水って本当に難しい。

水がくるまでもう少しかかりそうだから今のうちに話を聞いておくか。

「あの、昨日も定期便で来られましたか?」

「いや、俺は今日だけだ。」

「俺は乗ったぞ。珍しく冒険者が少なくて快適だった。」

「少なかった理由って知ってますか?」

「俺は直接みてないが、なんか役人みたいなやつが冒険者に乗るなっていってたらしいな。」

お、有力情報ゲット。

役人みたいな奴ねぇ。

ますますわからん。

「乗るなって言ったんですか?」

「冒険者が文句をいってるのは聞こえたが何を言っていたかまではしらねぇなぁ。」

「そうですか。」

「たまには空いてるのもいいが、あいつ等と乗ると面白い話も聞けるし嫌いじゃない。これから乗らないとなると寂しくなるなぁ。」

「おそらく一時的なものだと思います、また話を聞いてあげてください。」

苦情を言われると思ったが仲良く乗りあっているのがわかってよかった。

とりあえずこれぐらいでいいだろう。

「お、来たぞ!」

「「「「おぉぉぉぉ!」」」」

なんて話をしているうちにいよいよその時はやって来たらしい。

水路の奥、皆が見つめるその先に目を凝らすと、先ほどまで乾燥していた水路の底が濃い茶色に変わっていた。

それがだんだんと広がりながらこちらへ向かって来る。

地味だ。

地味だけど確かな成果がそこにある。

水路を作り出して一節。

やっとその成果が実を結んだのだ。

「いやー長かった、長かったなぁ。」

「本当になぁ。最初水路を作るなんて聞いた時にはどうなる事かと思ったけど、案外何とかなるもんだ。」

「でもこれで終わりか、さみしくなる。」

そうか、労働者の人たちからすると今日で仕事が終わってしまうのか。

皆サンサトローズとか周辺の村から来てる出稼ぎの人たちだもんな。

仕事が無くなればまた次の職場を探さなければならない。

三か月にわたり従事してもらって村の人たちとも仲良くやっていたみたいだし、馴染んでいただけにちょっともったいない気もするなぁ。

「何言ってんだ、これが終わっても次は作付。その後も開拓とやることはまだまだあるぞ。」

「本当か!?村の人は優しいし仕事はあるし、食う物は上手い。いっそこの村に住んじまいたいくらいだ。」

「村に住む!?そりゃいい、その時は俺も一緒に頼む。」

「なんでお前と一緒に住むんだよ、嫁さんと一緒に決まってるだろ。」

「嘘だろ嫁いたのかよ!」

その後も水路に水がいっぱいになるまで嬉しそうな彼らの話に耳を傾け続けた。

この水は希望だ。

春になり新しい一歩を進む為の希望の水。

水が来て終わりじゃない、水が来た所からが始まりだ。

畑に水を流し、麦を植え、野菜を育て、水と共に長い長い収穫までの日々がここから始まる。

春は始まったばかりだ。

役人かなにか知らないが、俺の邪魔をさせるつもりはない。

まだまだここからがんばるとしよう。
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