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第十六章
春は遅れてやって来た?
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春が来た。
え、人生に?
違う違う暦の上で春が来た。
あれ?なんかこのやり取り前にした気がするけど・・・。
まぁいいか。
とにかく春だ。
待ちに待った春が来た。
本来であればウキウキ気分で迎える春のはずだったんだけど・・・。
今回はいつものような状態じゃないんですよね。
八方ふさがりというか四面楚歌というか。
ともかく状況が余りよろしくない。
それでも前に進むと心に決めて迎えた春節種期初日。
昨日までの休息日でだらけた体にエンジンをかけ、さぁ仕事開始だ!と勇んでみたものの・・・。
「おかしいですね。」
「今日は定期便の日のはずなんですけど・・・。」
「定期便は到着しているのか?」
「労働者の皆さんは到着したようなんですが、冒険者が全く乗っていなかったそうです。」
いつもなら大挙してやってくる冒険者が全く来ない。
先週なんて夕方まで行く着く暇もなかったのに、いったい何がどうなっているんだろうか。
「休息日は昨日までですよね?」
「あぁ。今日から春節、定期便が来ているのだから間違いない。」
「ですよねぇ・・・。」
思わず一日間違えているのかと思ってしまったがそんなことはなかった。
じゃあなんで冒険者が来ないんだ?
おかしい。
まったくもっておかしい。
「私、ちょっとノアちゃんに聞いてみます。」
「それがいいでしょう、シア奥様お願いします。」
余りの状況にさっそくエミリアが行動を始めた。
こういう時念話って便利だよなぁ。
俺も使えたらいいんだけど・・・、残念ながら精霊の祝福に竜の加護を加えても魔法を使える様子はなかった。
センスが無いと言われればそこまでだが、理由についてはちゃんと調べてある。
使えないのなら仕方がない、無い物ねだりはしない主義なのさ。
「金貨10枚を売り上げねばならんというのに、この調子では先が思いやられるな。」
「焦っても致し方ありません。まだ春になったばかりじゃないですか。」
「だが、一日遅れればそれだけ後々にのしかかってくるのだぞ?」
「そうだとしても今慌てたからってどうにかなるものでもありません。私達はいつも通り仕事をするまでです。」
「いいこと言うじゃねえか、さすがイナバ様だ。」
不満そうなシルビア様とは対照的に何故か嬉しそうな顔をするガンドさん。
そう、春節を迎え我が商店に新たな仲間が加わったのだ。
元上級冒険者のガンドさん、それと・・・。
「えぇ、武器を捨てられそうになって大慌てでイナバ様に泣きついた貴方とは随分違いますね。」
元修道女のジルさんだ。
約束の通り休息日前日に荷物を持ってやってきてくれた。
それはもう大荷物で。
あの日倉庫を増設してもらっていなかったら休息日が休息日になることはなかっただろう。
それぐらいの大荷物だったんです。
もちろんその荷物を運んできたのはお二人を慕う冒険者の皆さん総勢30人ほど。
本当はもっと大勢だったらしいけど、さすがに迷惑になるという事で人数を減らしたそうだ。
それで30人って、どれだけお二人が慕われているかよくわかるなぁ。
お二人には応接間に使っていた部屋を自室として使ってもらい、住み込みで働いてもらうことになっている。
もちろん給金はお支払いします。
もっとも、給金はセレンさん同様商店連合持ちなので懐が痛むことはないけどね。
ほんと素晴らしいホワイト企業だなぁ商店連合は。
「別に俺は泣きついたわけじゃねぇ、ちゃんと許可を取ってから倉庫だって作っただろ?」
「そうでしたかね。」
「なんだかんだ言ってお前も倉庫にものを詰め込んでるじゃねぇか。まったく、何が荷物は少ないだ、俺の倍はあるぞ?」
「あれは教会から寄付で頂いたものばかりです、神から頂いたものを捨てるわけにはまいりません。」
「まぁまぁ、皆さんお茶が入りましたよ。」
冒険者が来ずに慌てる俺達を落ち着かせるためか、セレンさんが香茶を淹れてくれたようだ。
ちなみに産休に入ってもらうはずのセレンさんがここにいるのは引継ぎをしてもらう為で、二・三日一緒に働いてもらって来週までには産休に入ってもらう予定になっている。
その間無収入になってしまうのでどうしたもんかなと思っていたら、従業員の産休中も商店連合が給与の半額を支給してくれるとエミリアが教えてくれた。
もう素晴らしすぎて頭が上がりません。
一生ついていきます!
と、言いたい所だけど俺が意識不明になっていたり攫われて働けなかった時にもノルマを変更してくれなかったので、全幅の信頼を置いているわけではない。
え、それは自分のせいだって?
まぁ半分は冗談ですよ。
半分はね。
「ありがとうございますセレンさん。」
「セレン様仰っていただけましたら私が淹れましたのに。」
「お休みを貰うと言ってもまだまだ動けますし、動ける間は何かしたいんです。」
「その献身的な働きを神はしっかりと見ておられます。間違いなく良い子が生まれることでしょう。」
「ありがとうございます。あ、セリスも喜んでいますよ。」
「触っても?」
「もちろんです。セリス、ジル様が祝福してくださいましたよ?」
愛おしそうにお腹を撫でるセレンさんを見ると幸せな気持ちになってくる。
しっかしあれだね、お腹の中で動くのって服の上からでもわかるんだね。
前は触らないとわからなかったのに、最近だとポコポコ動いているのがなんとなくわかる。
そりゃあ妊婦さんはしんどいわけだよ。
お腹の中に別の生命体がいるんだもんな。
まさにエイリアン状態だ。
「元気ですね。」
「元気すぎて困ってしまいます。」
「うちの人のようにがさつでなければ問題ありません。」
「おい、どういうことだ?」
「言葉通りの意味ですがなにか?」
やり取りは中々激しいものはあるけれど、なんだかんだ言ってこの二人も仲いいよね。
ってか、まだ結婚してなかったのね。
てっきり引退した時に籍を入れたものだと思ってたんだけど・・・。
「いつ死ぬかもわからねぇんだ冒険者が結婚なんざするもんじゃねぇ。」
と言ってガンドさんが首を縦に振らないという事になっているそうだ。
正確には修道女が教会をやめてすぐに結婚する事が慣習として許されていないそうで、それを守るためにガンドさんがワザとそう言っていると他の冒険者が教えてくれた。
義理堅いガンドさんらしいなぁ。
ちなみにジルさんはというと、
「私はそういう事を気にしないのですが、まぁ好きにさせています。」
との事で本人はいたって結婚に前向きなようだ。
早く結婚しちゃえよ!
「だがあれだな、せっかく俺が仕事を始めるってのに誰も来ないってのは妙だ。」
「そうですよね。普通ならガンドさんを慕って多くの冒険者が来そうなものです。」
「イナバ様じゃねぇんだ、そこまで慕われてねぇよ。」
「いやいや何を言うんですか。あれで慕われてなかったら何だっていうんです?」
「あれは慕われているのではなく従わされているんです。」
あぁなるほど・・・って、ジルさんも何言うんですか。
仮にそうだとしたら余計に来ないのがおかしい。
何かあった、そう考えるのが妥当だろう。
「エミリアはまだ念話中か。」
「そうみたいですね。」
「何かあったと考えるべきだが、そうであれば定期便に乗っていた労働者が何か知っているはず。それに非常事態であれば真っ先に騎士団が飛んでくるはずだ。」
「となると冒険者にのみ何かあった、そう考えるのが妥当でしょう。」
「そんなことあり得るか?」
「さぁ、今は何とも・・・。」
サンサトローズに異常はなく冒険者だけが店に来ない。
そんなことが本当にあり得るんだろうか。
「今なら人を出して確認も出来ますがどうしますか?」
「とりあえずエミリアの返事を待ちましょう。一応念話は繋がっているようですし何かわかるかもしれません。」
壁の向こうに向かって何やら会話中のご様子。
大変なことになっているのなら念話を切って報告してくれるだろうから、おそらくそういうわけではないんだろう。
ほんとなんだろうね。
情報が無ければないほど人はネガティブに考えてしまう。
特に今は状況が状況だけにそういった方向に思考がいきがちだ。
決してシルビア様だけが神経質になっているわけではない。
え、お前はなんで落ち着いているのかって?
今更諦めても何が出来るわけでもないと、悟ったんです。
なんせ他力本願120%男ですからね、俺一人慌てたところで何にも変わりません。
なので今日も通常運行で言っております。
「すみませんお待たせしました。」
と、エミリアが念話を終えパタパタと走って戻ってくる。
小走りで走る姿もまた可愛らしいですよ。
「お疲れさまでした、どうでした?」
「商店連合では特に何もおきていないそうです。サンサトローズでも特にこれと言った異常はないと言っていました。」
「冒険者の様子はどうだ?」
「冒険者の皆さんもいつも通りのようです。」
「そうか。」
「何かわかりました?」
「いや、まったくだ。」
ふう、エミリアの方でも異常は無し。
冒険者にもこれと言って目立った動きはないのか。
ってことはあれか?
うちの店だけがハブられているって事か?
休息日だからってこれと言ってハメを外したつもりはないんだけどなぁ。
むしろお金を切り詰めないとって、変に委縮しちゃっていつものように楽しめなかった気がする。
せっかくボーナスが出たのにちょっと残念だ。
って、そう、そうなんです。
ちょっと聞いて下さいよ、ボーナス、ボーナスがが出たんです!
信じられます?
あ、麻婆茄子とかそんなボケじゃないですよ?
正真正銘のあの、ボーナス、またの名を恩給、またの名を賞与ってやつです。
あの元の世界では決して貰えなくて、都市伝説なんじゃないかって言われてたやつですよ。
生れてはじめてもらったんでちょっとテンション上がっちゃって、それで大盤振る舞いだ!って使おうと思ったら全員に止められてしまったあれです。
いいじゃんさぁ、降って湧いたお金なんだから使っても。
え、状況が状況だからダメ?
そうですか・・・。
「エミリアの方でも収穫が無かった以上、自前で何とかするしかないようですね。」
「それしかないな。」
「街に異常が無いのであれば後は冒険者しかないでしょう。一応大丈夫との事ですが、念の為冒険者ギルドに行って事情を説明した方がいいかもしれません。」
「そうだな、ギルドに行けば奴らがいるだろうし何で来なかったのか直接問いただせばいいだけだ。」
「問いたださなくても顔を見せるだけで詫びに来るでしょう。」
「なに、イナバ様んとこでたらふく買い物をすれば許してやるさ。」
それはそれで問題がありませんかね。
彼らにも何かしらの事情があるのかもしれないし、一応話を聞いてからでお願いします。
「では誰が行かれますか?店を放置するわけにもいきませんのでニケ様かエミリア様には残って頂きたいのですが。」
「俺が行けば話は早いんだろうが、任された初日にいないってのも格好がつかないだろ。」
「セレン様に無理をさせるわけにもいきません。それに、この人を一人にできませんので私も残ります。」
「となると自由に動けるのはいつもと同じく私とシュウイチ、ニケ殿とエミリアのどちらかという事になるか。」
「いえ、私は村に行って労働者から話を聞いてみようと思います。備蓄の件でニッカさんとも話をしたいので。」
俺が行くといいんだろうけど、俺には俺でやらなければならないことがある。
本当はお店が落ち着いてからって思ったんだけど、この調子なら抜けても問題なさそうだ。
「お店は私達にお任せください、私は昨日いっぱい楽しませていただきましたから。」
「なら私とエミリアか。」
「シルビア様と二人だなんて、久々ですね。」
「そうだな。妻二人、夫の愚痴でもいいながら行くとするか。」
俺のいない所ででしたらお好きなだけどうぞ!
とは口が裂けても言えない。
でも結婚して半年以上なるんだ愚痴の一つや二つや三つや四つあってもおかしくないだろう。
聞こえないところとはいえお手柔らかにお願いします。
「お願いできますか?」
「あぁ、準備が出来次第すぐ出発する。馬を借りるぞ。」
「たまには好きなだけ走らせてあげてください。」
最近は畑を耕すのに頑張ってもらっているけれど馬とは元来走る生き物だ。
ストレスもたまっている事だろう。
「では私も二人と一緒に出ます、用事が終わればすぐ戻りますのでそれまでお願いしますね。」
春節の出だしからこれでは先が思いやられるなとは思いながらも、今は出来ることをするだけだ。
そう思った、その時だった。
「あーやっと着いた!」
「定期便が出来て近いなぁって思ってたけど歩くとやっぱり遠いな。」
「ばーか、体がなまってる証拠だよ。どうせ三日間女の所に入り浸ってたんだろ?」
「いいじゃねぇか。あの三日の為に命かけてるんだ、好きにさせろよ。」
「おいおいお前らいい加減黙れ。イナバ様の店だぞ。」
「あ、兄貴!それに姐さん!」
「おう、まずは挨拶だ。」
「「「「おめでとうございます!」」」」
突然ぞろぞろと冒険者が入ってきたと思ったら好き放題に話始めた。
あ、好き放題に話すのはいつもの事か。
定期便で冒険者がやってくるときも外にいるときから来たのが分かるもんな。
ガラは悪いし、態度も悪いけど中身はいい人ばかりなんです。
決して悪気があるわけではないんで温かく見守ってくださいと言いたくなる、それが冒険者だ。
って、冒険者来ちゃったよ。
しかもこの人達は確かガンドさんを慕っている中でもかなり親密な方々じゃなかったっけ。
でも何で今頃?
とにもかくにも冒険者はやって来た。
さぁ、ここから本当に春節の始まりだ!
って言いたい所だけど・・・。
毎度のことながら何か起きている気しかしないんだよなぁ・・・。
勘弁してほしいよ。
え、人生に?
違う違う暦の上で春が来た。
あれ?なんかこのやり取り前にした気がするけど・・・。
まぁいいか。
とにかく春だ。
待ちに待った春が来た。
本来であればウキウキ気分で迎える春のはずだったんだけど・・・。
今回はいつものような状態じゃないんですよね。
八方ふさがりというか四面楚歌というか。
ともかく状況が余りよろしくない。
それでも前に進むと心に決めて迎えた春節種期初日。
昨日までの休息日でだらけた体にエンジンをかけ、さぁ仕事開始だ!と勇んでみたものの・・・。
「おかしいですね。」
「今日は定期便の日のはずなんですけど・・・。」
「定期便は到着しているのか?」
「労働者の皆さんは到着したようなんですが、冒険者が全く乗っていなかったそうです。」
いつもなら大挙してやってくる冒険者が全く来ない。
先週なんて夕方まで行く着く暇もなかったのに、いったい何がどうなっているんだろうか。
「休息日は昨日までですよね?」
「あぁ。今日から春節、定期便が来ているのだから間違いない。」
「ですよねぇ・・・。」
思わず一日間違えているのかと思ってしまったがそんなことはなかった。
じゃあなんで冒険者が来ないんだ?
おかしい。
まったくもっておかしい。
「私、ちょっとノアちゃんに聞いてみます。」
「それがいいでしょう、シア奥様お願いします。」
余りの状況にさっそくエミリアが行動を始めた。
こういう時念話って便利だよなぁ。
俺も使えたらいいんだけど・・・、残念ながら精霊の祝福に竜の加護を加えても魔法を使える様子はなかった。
センスが無いと言われればそこまでだが、理由についてはちゃんと調べてある。
使えないのなら仕方がない、無い物ねだりはしない主義なのさ。
「金貨10枚を売り上げねばならんというのに、この調子では先が思いやられるな。」
「焦っても致し方ありません。まだ春になったばかりじゃないですか。」
「だが、一日遅れればそれだけ後々にのしかかってくるのだぞ?」
「そうだとしても今慌てたからってどうにかなるものでもありません。私達はいつも通り仕事をするまでです。」
「いいこと言うじゃねえか、さすがイナバ様だ。」
不満そうなシルビア様とは対照的に何故か嬉しそうな顔をするガンドさん。
そう、春節を迎え我が商店に新たな仲間が加わったのだ。
元上級冒険者のガンドさん、それと・・・。
「えぇ、武器を捨てられそうになって大慌てでイナバ様に泣きついた貴方とは随分違いますね。」
元修道女のジルさんだ。
約束の通り休息日前日に荷物を持ってやってきてくれた。
それはもう大荷物で。
あの日倉庫を増設してもらっていなかったら休息日が休息日になることはなかっただろう。
それぐらいの大荷物だったんです。
もちろんその荷物を運んできたのはお二人を慕う冒険者の皆さん総勢30人ほど。
本当はもっと大勢だったらしいけど、さすがに迷惑になるという事で人数を減らしたそうだ。
それで30人って、どれだけお二人が慕われているかよくわかるなぁ。
お二人には応接間に使っていた部屋を自室として使ってもらい、住み込みで働いてもらうことになっている。
もちろん給金はお支払いします。
もっとも、給金はセレンさん同様商店連合持ちなので懐が痛むことはないけどね。
ほんと素晴らしいホワイト企業だなぁ商店連合は。
「別に俺は泣きついたわけじゃねぇ、ちゃんと許可を取ってから倉庫だって作っただろ?」
「そうでしたかね。」
「なんだかんだ言ってお前も倉庫にものを詰め込んでるじゃねぇか。まったく、何が荷物は少ないだ、俺の倍はあるぞ?」
「あれは教会から寄付で頂いたものばかりです、神から頂いたものを捨てるわけにはまいりません。」
「まぁまぁ、皆さんお茶が入りましたよ。」
冒険者が来ずに慌てる俺達を落ち着かせるためか、セレンさんが香茶を淹れてくれたようだ。
ちなみに産休に入ってもらうはずのセレンさんがここにいるのは引継ぎをしてもらう為で、二・三日一緒に働いてもらって来週までには産休に入ってもらう予定になっている。
その間無収入になってしまうのでどうしたもんかなと思っていたら、従業員の産休中も商店連合が給与の半額を支給してくれるとエミリアが教えてくれた。
もう素晴らしすぎて頭が上がりません。
一生ついていきます!
と、言いたい所だけど俺が意識不明になっていたり攫われて働けなかった時にもノルマを変更してくれなかったので、全幅の信頼を置いているわけではない。
え、それは自分のせいだって?
まぁ半分は冗談ですよ。
半分はね。
「ありがとうございますセレンさん。」
「セレン様仰っていただけましたら私が淹れましたのに。」
「お休みを貰うと言ってもまだまだ動けますし、動ける間は何かしたいんです。」
「その献身的な働きを神はしっかりと見ておられます。間違いなく良い子が生まれることでしょう。」
「ありがとうございます。あ、セリスも喜んでいますよ。」
「触っても?」
「もちろんです。セリス、ジル様が祝福してくださいましたよ?」
愛おしそうにお腹を撫でるセレンさんを見ると幸せな気持ちになってくる。
しっかしあれだね、お腹の中で動くのって服の上からでもわかるんだね。
前は触らないとわからなかったのに、最近だとポコポコ動いているのがなんとなくわかる。
そりゃあ妊婦さんはしんどいわけだよ。
お腹の中に別の生命体がいるんだもんな。
まさにエイリアン状態だ。
「元気ですね。」
「元気すぎて困ってしまいます。」
「うちの人のようにがさつでなければ問題ありません。」
「おい、どういうことだ?」
「言葉通りの意味ですがなにか?」
やり取りは中々激しいものはあるけれど、なんだかんだ言ってこの二人も仲いいよね。
ってか、まだ結婚してなかったのね。
てっきり引退した時に籍を入れたものだと思ってたんだけど・・・。
「いつ死ぬかもわからねぇんだ冒険者が結婚なんざするもんじゃねぇ。」
と言ってガンドさんが首を縦に振らないという事になっているそうだ。
正確には修道女が教会をやめてすぐに結婚する事が慣習として許されていないそうで、それを守るためにガンドさんがワザとそう言っていると他の冒険者が教えてくれた。
義理堅いガンドさんらしいなぁ。
ちなみにジルさんはというと、
「私はそういう事を気にしないのですが、まぁ好きにさせています。」
との事で本人はいたって結婚に前向きなようだ。
早く結婚しちゃえよ!
「だがあれだな、せっかく俺が仕事を始めるってのに誰も来ないってのは妙だ。」
「そうですよね。普通ならガンドさんを慕って多くの冒険者が来そうなものです。」
「イナバ様じゃねぇんだ、そこまで慕われてねぇよ。」
「いやいや何を言うんですか。あれで慕われてなかったら何だっていうんです?」
「あれは慕われているのではなく従わされているんです。」
あぁなるほど・・・って、ジルさんも何言うんですか。
仮にそうだとしたら余計に来ないのがおかしい。
何かあった、そう考えるのが妥当だろう。
「エミリアはまだ念話中か。」
「そうみたいですね。」
「何かあったと考えるべきだが、そうであれば定期便に乗っていた労働者が何か知っているはず。それに非常事態であれば真っ先に騎士団が飛んでくるはずだ。」
「となると冒険者にのみ何かあった、そう考えるのが妥当でしょう。」
「そんなことあり得るか?」
「さぁ、今は何とも・・・。」
サンサトローズに異常はなく冒険者だけが店に来ない。
そんなことが本当にあり得るんだろうか。
「今なら人を出して確認も出来ますがどうしますか?」
「とりあえずエミリアの返事を待ちましょう。一応念話は繋がっているようですし何かわかるかもしれません。」
壁の向こうに向かって何やら会話中のご様子。
大変なことになっているのなら念話を切って報告してくれるだろうから、おそらくそういうわけではないんだろう。
ほんとなんだろうね。
情報が無ければないほど人はネガティブに考えてしまう。
特に今は状況が状況だけにそういった方向に思考がいきがちだ。
決してシルビア様だけが神経質になっているわけではない。
え、お前はなんで落ち着いているのかって?
今更諦めても何が出来るわけでもないと、悟ったんです。
なんせ他力本願120%男ですからね、俺一人慌てたところで何にも変わりません。
なので今日も通常運行で言っております。
「すみませんお待たせしました。」
と、エミリアが念話を終えパタパタと走って戻ってくる。
小走りで走る姿もまた可愛らしいですよ。
「お疲れさまでした、どうでした?」
「商店連合では特に何もおきていないそうです。サンサトローズでも特にこれと言った異常はないと言っていました。」
「冒険者の様子はどうだ?」
「冒険者の皆さんもいつも通りのようです。」
「そうか。」
「何かわかりました?」
「いや、まったくだ。」
ふう、エミリアの方でも異常は無し。
冒険者にもこれと言って目立った動きはないのか。
ってことはあれか?
うちの店だけがハブられているって事か?
休息日だからってこれと言ってハメを外したつもりはないんだけどなぁ。
むしろお金を切り詰めないとって、変に委縮しちゃっていつものように楽しめなかった気がする。
せっかくボーナスが出たのにちょっと残念だ。
って、そう、そうなんです。
ちょっと聞いて下さいよ、ボーナス、ボーナスがが出たんです!
信じられます?
あ、麻婆茄子とかそんなボケじゃないですよ?
正真正銘のあの、ボーナス、またの名を恩給、またの名を賞与ってやつです。
あの元の世界では決して貰えなくて、都市伝説なんじゃないかって言われてたやつですよ。
生れてはじめてもらったんでちょっとテンション上がっちゃって、それで大盤振る舞いだ!って使おうと思ったら全員に止められてしまったあれです。
いいじゃんさぁ、降って湧いたお金なんだから使っても。
え、状況が状況だからダメ?
そうですか・・・。
「エミリアの方でも収穫が無かった以上、自前で何とかするしかないようですね。」
「それしかないな。」
「街に異常が無いのであれば後は冒険者しかないでしょう。一応大丈夫との事ですが、念の為冒険者ギルドに行って事情を説明した方がいいかもしれません。」
「そうだな、ギルドに行けば奴らがいるだろうし何で来なかったのか直接問いただせばいいだけだ。」
「問いたださなくても顔を見せるだけで詫びに来るでしょう。」
「なに、イナバ様んとこでたらふく買い物をすれば許してやるさ。」
それはそれで問題がありませんかね。
彼らにも何かしらの事情があるのかもしれないし、一応話を聞いてからでお願いします。
「では誰が行かれますか?店を放置するわけにもいきませんのでニケ様かエミリア様には残って頂きたいのですが。」
「俺が行けば話は早いんだろうが、任された初日にいないってのも格好がつかないだろ。」
「セレン様に無理をさせるわけにもいきません。それに、この人を一人にできませんので私も残ります。」
「となると自由に動けるのはいつもと同じく私とシュウイチ、ニケ殿とエミリアのどちらかという事になるか。」
「いえ、私は村に行って労働者から話を聞いてみようと思います。備蓄の件でニッカさんとも話をしたいので。」
俺が行くといいんだろうけど、俺には俺でやらなければならないことがある。
本当はお店が落ち着いてからって思ったんだけど、この調子なら抜けても問題なさそうだ。
「お店は私達にお任せください、私は昨日いっぱい楽しませていただきましたから。」
「なら私とエミリアか。」
「シルビア様と二人だなんて、久々ですね。」
「そうだな。妻二人、夫の愚痴でもいいながら行くとするか。」
俺のいない所ででしたらお好きなだけどうぞ!
とは口が裂けても言えない。
でも結婚して半年以上なるんだ愚痴の一つや二つや三つや四つあってもおかしくないだろう。
聞こえないところとはいえお手柔らかにお願いします。
「お願いできますか?」
「あぁ、準備が出来次第すぐ出発する。馬を借りるぞ。」
「たまには好きなだけ走らせてあげてください。」
最近は畑を耕すのに頑張ってもらっているけれど馬とは元来走る生き物だ。
ストレスもたまっている事だろう。
「では私も二人と一緒に出ます、用事が終わればすぐ戻りますのでそれまでお願いしますね。」
春節の出だしからこれでは先が思いやられるなとは思いながらも、今は出来ることをするだけだ。
そう思った、その時だった。
「あーやっと着いた!」
「定期便が出来て近いなぁって思ってたけど歩くとやっぱり遠いな。」
「ばーか、体がなまってる証拠だよ。どうせ三日間女の所に入り浸ってたんだろ?」
「いいじゃねぇか。あの三日の為に命かけてるんだ、好きにさせろよ。」
「おいおいお前らいい加減黙れ。イナバ様の店だぞ。」
「あ、兄貴!それに姐さん!」
「おう、まずは挨拶だ。」
「「「「おめでとうございます!」」」」
突然ぞろぞろと冒険者が入ってきたと思ったら好き放題に話始めた。
あ、好き放題に話すのはいつもの事か。
定期便で冒険者がやってくるときも外にいるときから来たのが分かるもんな。
ガラは悪いし、態度も悪いけど中身はいい人ばかりなんです。
決して悪気があるわけではないんで温かく見守ってくださいと言いたくなる、それが冒険者だ。
って、冒険者来ちゃったよ。
しかもこの人達は確かガンドさんを慕っている中でもかなり親密な方々じゃなかったっけ。
でも何で今頃?
とにもかくにも冒険者はやって来た。
さぁ、ここから本当に春節の始まりだ!
って言いたい所だけど・・・。
毎度のことながら何か起きている気しかしないんだよなぁ・・・。
勘弁してほしいよ。
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最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
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貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
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お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
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注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
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欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
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チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。
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