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第十五章

番外編~シルエの初恋~

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最近体の調子がおかしい。

あいつを見ると体が熱くなって、あいつを見ると心が痛くなって、あいつを見ているとイライラする。

何をしてもあいつが頭の中に入ってきて、私の思考を邪魔してくる。

勉強しなくちゃいけないのに、今度こそあいつをギャフンと言わせないといけないのに。

勉強にも身は入らないし、食欲は落ちるし。

あーもう、いったい何なのよ。

気になって仕方がないからママに聞いてみたけど笑うだけで何にも教えてくれないし。

これって病気なのかな。

でも、ドラゴン私達は病気にならないしそもそもなる要素が無いのよね。

体は強靭でよほどのことが無いと傷つくことはない上に状態異常にも強いし、呪いも効かない。

それにいざとなったらそこら中にある魔力を食べて過ごせるから飢えることも無いからぶっちゃけなくても最強なの。

でもそんなドラゴン私達にも平等に訪れるのは『死』。

寿命を全うしたらいずれ死んじゃうらしい。

でもその寿命ってやつはあいまいで、500年で死ぬドラゴンもいれば2000年生きたドラゴンもいたらしいから案外適当よね。

ママも1000年は越えたけどいまだ元気だし。

私もいつか死ぬんだろうけど、それよりも先に人間は死ぬからなぁ。

ママもなんでそんなやつを好きになっちゃったんだろう。

好きになるならブラックドラゴンとかブルードラゴンとか、かっこいい人いっぱいいると思うんだけど・・・。

でもそんな人に限ってたくさん彼女いるからなぁ。

私なんて子供で相手にされないだろうし、後300年は我慢しないと。

あー早く恋がしたい!

恋がしたいよぉ。

前にママに教えてもらった人間が作った本、最高だったのよね。

あの切なくて胸がキュンってなるやつ。

なによ世界の中心で好き勝手言っちゃって。

知らないだろうけど世界樹でそんなことしたらすぐに人間の魔術師が飛んできて追い払われちゃうんだから。

こっちは天下のフォレストドラゴンなのよ?

ホント嫌になっちゃう。

そんなことよりもあいつよ、あいつ。

あいつをどうにかしないといけないのよ。

ママが急に竜の試練をするなんて言い出すから私びっくりしちゃって、すぐに様子をみに行ったら案の定森の中で迷子になってたの。

信じられる?

何にもない森の中をグルグルグルグル回ってるの。

流石の私もあれを見たら心配になっちゃって、ママに内緒でつい手を貸しちゃったのよね。

一回目は木の洞に押し込んで、二回目はマナの樹に引っ張っていって。

そしたらすぐに仲間が来て目を覚ましてあげたみたいだけど、ほんと私がいなかったら何にもできないんだから。

冒険者でも何でもない弱い人間に竜の試練は無理だってママには言ったのよ?

でもママは『貴女の為だから』とか何とかいうしさ。

何よ私の為って。

毎日毎日毎日毎日勉強ばっかりさせてさ。

そりゃあ全知全能を司るフォレストドラゴンに知らない事があったらダメなのわかるけど、それでも勉強ばっかりだと嫌になっちゃうじゃない?

だからついめんどくさくなって逃げだしたの。

そう、私は悪くない。

悪いのは勉強ばっかりさせるママが悪いのよ。

息抜きにフラフラしてたら今度は人間が私達を呼ぶ声がしたから、いい暇つぶしになるかなって思って召喚に応じたの。

そしたらまさかあいつがいるなんて思うはずないじゃない?

魔法陣の向こうには何もないと思ったら急に顔を突っ込んで来て、竜の試練のこと聞かれちゃうし。

あれ、絶対にママに怒られちゃうよ。

人間に試練の事、特に参加者には絶対に試練の事を話しちゃいけないっていわれてたしさ。

あーもう、なんで行くとこ行くとこあいつがいるのよ。

ホント、マジ勘弁してほしいんだけど!

って、この前の本には書いてあったけどこういう使い方でいいのよね?

ともかく、あいつ。

あいつが全部悪いの。

私の気分が変なのも、ママに怒られそうになっているのも、ぜーんぶあいつが元凶なのよ!

「っと、こんな感じかな。」

一日の終わり、まぁ聖域にいる私達には一日なんてどうでもいいんだけどママが今の彼氏に合わせて生活しているからこうやって日が暮れた後に気になったことを紙に書いておくの。

そしたら気分は落ち着くし、何があったか思い返すことも出来るじゃない?

後は、この紙を机の上においておけば準備完了っと。

「あ、ドリちゃん?交換日記書けたからあとで取りに来てね。」

そう、この紙は森の精霊ドリちゃんと交わしてる手紙。

なんでも人間の世界では交換日記っていうものらしい。

今日何があったのかとか思った事とかを書いて相手に読ませると、相手もそれの返事をくれたり何があったのか教えてくれる遊びなんだって。

始めはよくわからなかったけど、やるにつれてどんどん楽しくなっちゃって、気づけば毎日手紙を交わしてるのよね。

「やっほー、お待たせ!取りに来たよ!」

「もう早いよ!これなら別に手紙じゃなくていいんじゃないの?」

「手紙だから面白いんだよ?それに紙に書くと頭の中が整理できるってシュウちゃん言ってたもん。」

「え、あいつが言ってたの!?」

「あいつじゃなくてシュウちゃんだよ。」

「あいつはあいつで十分よ。あんな小さな人間、どうせママの試練で潰されちゃうんだから。」

ママの試練を超えた人間は少ない。

最近では今の彼が100年ぶりに突破したみたいだけど流石に二回連続は無いでしょ。

他のドラゴンはそこまで難しくないからそれなりに加護を渡しているらしいけど、私達はドラゴンの中でもかなり上の種類だから簡単にしちゃいけないんだって。

でもでも今の彼氏が突破できたのって、絶対にママの好みだったからだよね?

だからつい手抜きをしたのよ。

そうじゃないといきなりできるはずないじゃない。

「んー、シュウちゃんなら大丈夫だと思うな。」

「どうしてよ、貴女達の祝福があるのに魔法は使えないし冒険者みたいに魔物と戦うことも出来ないのよ?あいつがママの試練を超えられるはずないわ。」

「じゃあシルエちゃんは越えてほしくないの?」

「え、別に超えてほしくないわけじゃないけど・・・。」

「なら応援してあげたら?」

「私があいつの応援!?するわけないじゃない!」

何で私があんな人間の為に応援しないといけないのよ!

あんなやつさっさと失敗しちゃえばいいんだ。

そしたら、こんな気持ちにならなくて済むんだわ。

絶対にそうなんだから・・・。

でもなんで失敗したら嫌だってどこかで思っちゃうの?

頑張れって、思ってしまう自分がいる。

どうして?

私は全知全能のフォレストドラゴンであいつはただの人間。

ママみたいにはならないって思っているのに・・・。

「私達はもう祝福をあげちゃったからこれ以上何もできないけど、多分シュウちゃんはそれなしでもなんとかしちゃうと思うな。」

「どうして?」

「だってシュウちゃんだから。」

「だからどうしてって聞いてるの!」

「んーなんて言えばいいかな、シュウちゃんはね、諦めないの。いっつも難しい事ばかり考えてるけどそれは前に進むために必要な事なんだと思う。難しくて大変でどうしようもなくても、それでもシュウちゃんはあきらめないんだ。」

「それってただの負けず嫌いじゃないの?」

「それもあると思うけど、それだけじゃない、かな。」

「なにそれ意味わかんない。」

本当に意味が解らない。

確証がないのに大丈夫なんてどうして言えるの?

世の中に絶対はないっていうけど、それでも可能性がほとんどないんじゃ信じるものも信じられないじゃない。

だってママの試練なのよ?

これまでで最難関、人間殺しの試練って言われてるの。

これまで超えてきたのも勇者とか魔王とかそんな常識外れの人ばっかりだし。

それなのにあいつときたら魔法も力も何もなくて、あるのは私を負かした頭だけ。

それでどうやってママの試練を超えられるのよ。

「シュウちゃんはね、特別なの。」

「何が?ただの人間でしょ?」

「うん。見た目も中身もただの人間、でもねシュウちゃんは特別扱いしないんだ。」

「特別扱い?」

「精霊だから、妖精だから、人間だから、亜人だから、奴隷…てのはよくわからないけど普通と違うってだけで判断しない。だからね、特別なの。」

「そんな人間他にもいるでしょ?」

「でも精霊の私やディーちゃん、ルシ君を前にしてもいつもと変わらないで過ごせる人なんて他にいないよ。」

確かにそれはわかる。

あいつは私の正体を聞いても変に遜ったりしなかった。

多少は言葉遣いは丁寧だったかもしれないけどそれはママとも同じだし、相手を見て態度を変えるような奴は大っ嫌い。

そう考えるとあいつはマシなのかな?

「例えそうだとしてもそれはママの試練を超えるのと関係ないでしょ?」

「うーん、なんていえばいいかなぁ・・・。ともかく、シュウちゃんは特別なの、だって私の大好きな人なんだから!」

「えぇ!大好きってそれどういう事!?」

「言葉通りだよ?シュウちゃんはね私を奥さんにしてくれるって約束してくれたんだ。子供は作れないけど、一緒にいることはできるでしょ?」

「でもでも相手は人間なのよ!?それにあいつは女の人ばかり囲ってるし、他の人がいてもいいの?」

「それがどうしたの?そこを含めてもシュウちゃんだよ?誰にでも優しくて、負けず嫌いで、頑張り屋さんで。だからついついお願いしたくなっちゃうんだよね。」

「もしかして祝福を上げたのって・・・。」

「もちろんちゃんとお願いをかなえてくれた対価として祝福を授けたけど、今考えれば半分はそうだったのかもね、えへへ。」

えへへって、そんな事で大切な祝福を授けるって・・・それってどうなの!?

「だからね、大好きな人だから応援したくなるの。シルエちゃんもそうじゃないかなぁ。」

「私があいつを好き?冗談じゃないわ!私はあいつにコテンパンにされたのよ?フォレストドラゴンとしての自分を否定されたのよ?そんな相手を好きだなんて、絶対にありえない!」

「シュウちゃんは否定したの?」

「え?」

「お前はフォレストドラゴンじゃないってシュウちゃん言った?」

あの時を思い返してみる。

私から勝負を挑んで、そして負けた。

でも、負けたからってそれをバカにすることはなかったし否定も・・・されなかった。

「・・・言ってない。」

「でしょ?シュウちゃんはそんなこと言わないもん。」

「でも私があいつを好きだなんてそんなこと・・・。」

「気になるんでしょ?」

「うん。」

「ドキドキするんでしょ?」

「うん。」

「胸が苦しいんでしょ?」

「うん。」

「それが恋なんだよ。」

「・・・そうなのかな?」

「さぁ、本にはそう書いてあったけど私にはわかんない、えへへ。」

何よそれ!

偉そうに言っておいて結局わかんないんじゃない!

なによ自分の事じゃないからって適当なこと言って!

適当なこと言って・・・るわけじゃないのよね。

ドリちゃんは私の為を思ってこうやって話を聞いてくれて。

確かに本に書いてあった事と今の私はよく似てる。

相手の事が気になってドキドキしてイライラして。

でも、頭の片隅から離れない。

これが恋、なのかな。

「よくわかんない。」

「うん、私にもよくわかんない。」

「でも大好きなんでしょ?」

「うん!大好きだよ!」

「でも、向こうに奥さんがいるんだよね?それでいいの?」

「別にいいよ、精霊だから子供は作れないけどシュウちゃんが死ぬまで側にいて上げられたらそれでいいの。」

精霊は死なないけど人間はすぐ死ぬ。

それはドラゴン私達も同じ。

それが分かってママはあの人と一緒にいるんだよね。

そしてドリちゃんもおんなじことを言ってる。

どうしてそこまでできるのかな。

死んじゃったら何にも残らないのに。

「って、こっ子供作りたかったの?」

「大好きな人との子供、欲しくない?」

「無理無理無理無理!私まだ子供だもん!」

「えー、でもドラゴンは人間と子供作れるでしょ?ドラゴニューマがいるじゃん。」

「そりゃあ過去にいたこともあるけど・・・。」

過去っていうか最近までいた気がする。

ドラゴンと人間の子供。

それがあいつとフォレストドラゴンの子だったら・・・。

最高の頭脳を持った子供が生まれるんじゃないだろうか。

「あー、今想像したでしょ。」

「してないしてない!誰があいつとなんて!」

「別にシュウちゃんとは言ってないよね?」

「そ、そう言う話の流れだったでしょ!」

誰があいつとの子供なんて!

絶対にありえないんだから!

「もぅ、シルエちゃんは素直じゃないんだから。好きなら好きって言わないとダメだよ?」

「だから別に好きじゃないっていってるじゃない!」

「でも恋、してるんだよね?」

「わかんないよそんなの。」

「もー、素直じゃないんだから。人間の時間は短いんだからあっという間にいなくなっちゃうよ?」

「うん・・・。」

この気持ちが本当に恋なのかはわからないけど、あいつの事を考えてしまうのは事実だ。

なあ、どうすればいいんだろう。

わかんないよ、恋なんてしたことないんだもん。

「リェースさんに相談してみたら?」

「ママに?」

「だって『恋』してるんでしょ??」

「うん。」

「それなら聞いたほうが早いよ。そしてさ、恋がどんなのかまた交換日記で教えてよ!」

「それなら早くお返事書いてよね。」

「わかった!私がどれだけシュウちゃんのこと大好きかいっぱい書いとくね!」

「やめてよ!」

今度ママに相談してみよう。

一緒に試練をちょっと優しくしてくれないかお願いしてみようかな。

ほ、ほら、あいつが死んじゃったらドリちゃんが悲しむし。

別に私の為なんかじゃない、ドリちゃんの為なんだから。

バイバイと手を振って消えてしまったドリちゃんを見て私はそう思った。

これが恋かどうかはわからないけど、きっとママなら応えてくれる。

だって、私のママはフォレストドラゴンなんだもの。

知らない事なんてあるはずないわ!

「お待たせ、お返事書いてきたよ!」

「って早すぎでしょ!」

それからしばらく恋多き娘達の話は続く。

その間に彼が竜の試練を越えていようとは、思いもしないのだった。
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