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第十五章

進めばそこが道になる

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金貨20枚。

実質必要なのは後10枚だけど、最初と違って吐き出すものはすべて吐き出してしまった。

もう自分で引き出せるだけのネタは持っていない。

しっかしまいったね。

まさかここにきて大どんでん返しに合うなんて。

普通は逆転満塁ホームランを打つもんだけど、今回はまるきり逆。

逆転満塁ホームランを打たれた方の立場だ。

かろうじて助かったのはそれがサヨナラじゃなかったってこと。

タイミングで言えば8回の裏。

ここから後二回を使って再逆転を狙うしかない。

「まぁまぁみんなそんな暗い顔しないで、何とかなりますよ。」

メルクリア女史が帰り、いつもならさぁ夕食!って感じで迎える時間なのだが、今日はお通夜のようになってしまっている。

あのー、皆さん。

まだ死んでません、死んでませんからね?

まだ足はちゃんと地面についてますよ。

「何とかなるというが出来る限りの策を尽くしてこれなんだぞ?」

「もちろんわかっています。自分で出来るだけの手段を講じて獲得できたのが実質金貨2枚。春節で稼ぎ出せるであろう利益が金貨6枚。それに加えてネムリからもらえる指輪の使用料が金貨3枚・・・ですが、おそらく何かしらで減るので金貨2枚。今用意出来そうなのはこの金貨10枚です。」

「後10枚・・・そんな大金いったいどうやって準備すればいいんでしょうか。」

「やぱり私を猫目館に戻してもらうしかありません。」

「それは出来ない話だとご主人様が言ったではありませんか。ニケ様を再度売りに出すなどありえません。」

「ユーリの言う通りです、ニケさんは決して手放しません。夏には自由になれるんですからそれまではおとなしくしてください。」

「では自由になってから自分で売りに行きます!」

「残念ですがそれでは間に合いません。なのでこの話はもう終わり、わかりましたね?」

まったく事あることに自分を売るっていうんだから。

いくら買われた身だからって女性がそんなこと言うもんじゃありません!

と、目線で言ってみたんだけど逆にキッっと睨まれてしまった。

そんなに怒らなくてもいいじゃないか・・・。

「なにも次の休息日までに準備しろって話じゃないんです。後一節、後一節あります。それまでに何とか出来る方法をみんなで探しましょう。それに、今回は使えませんでしたが融合結晶の代金も頂いていませんしもしかしたらそれが金貨10枚行くかもしれません。万策尽きたわけじゃないんです。」

「だがそれが少なかったらどうする?」」

「その時はその時、友人としてププト様にお金を借りに行きますよ。」

だって今日そういってくれたんだから。

あの人なら喜んでお金を貸してくれることだろう。

そしてそれと同時にとんでもない仕事を任せてくれるに違いない。

店と同時進行はかなりの負担になるだろうけど、背に腹は代えられないよね。

一応まだ若い?んだし、何とかなるさ!

「でもそれは借金をするという事ですよね?」

「借金というよりも融資という方が良いでしょう。事業を継続するためには時に借り入れも必要です。」

「物は言いようだが本質は同じだ。借金はしたくないと言っていたのはシュウイチではなかったか?」

あれ?そんなこと言いましたっけ?

確かに借金をするとそこからずるずると嵌っていくイメージはある。

でもそれを言い出すとシャルちゃんも俺に借金をしているし、別に悪い事をしているわけでもない。

先に進むには必要な場合だってある。

ダメなのは私利私欲の為の借金、という事をその時の俺は言いたかったんじゃないだろうか。

多分。

「前はそうだったかもしれませんが今はそうも言ってられません。それに、遊びたくてお金を借りるんじゃないんです。みんなと一緒にいられるのならば恥なんて気にしませんし、それは最後の手段ですからそれまでは何とか頑張ってみます。だから、エミリアもそんなに落ち込まないでください。悪いのは間違えていた私なんですから。」

「でも、私がもっとしっかり管理していれば・・・、せめて冬節の初めにわかっていたら何とかなったかもしれないんです。」

「どこから間違えていたかさえわからないんです、もしかしたら冬のはじめはまだ正しく認識していたかもしれません。それにタラレバを考え始めるとしんどいだけですよ。」

もしかしたら、こうしていれば。

世の中やり直しがきかないからこそ後悔が付きまとう。

でも後悔に囚われていては何時までも先に進めない。

過去に戻れないからこそ、未来に希望を託すのだ。

と、何かのアニメで言っていた気がするんだけど・・・、思い出せないんだよなぁ。

これも年のせいだろうか・・・って、まだ若いって今言ったばかりじゃないか。

「どうしてシュウイチさんはそんなに前向きになれるんですか?」

「そりゃあこれまで何度も後悔してきたからですよ。あぁしとけばよかった、こうしとけばよかった。今思い出しても涙が出そうになることだってあります。」

あの時撤退を指示していれば轟沈することはなかった少女。

あの時選択肢を間違わなければ刺される事の無かった少年。

ナイスボートが有名だけど、初代はあの先輩だと思うんだよね。

刺される恐怖、今思い出しても恐ろしい。

「確かにそうだ。いくら後悔しても失った命は戻ってこないからな。」

「その通りです。むしろそれを糧にして前に進まなければ失った者に顔向けできません。」

「・・・糧にして前に進む。」

「金貨10枚足りないとわかったのが今でよかった、そう思うことも出来ます。春節の今頃だったらもっと大変でしたよ。」

大変どころじゃすまないだろう。

もしかしたら発狂しているかもしれない。

でも今は違う。

後一節ある。

チャンスはまだあるんだ。

「それに、ご主人様の事ですからまた何とかしてしまいますよ」

「それは言いすぎじゃないですか?」

「そうですよね。今までどんなに大変でもイナバ様はやり遂げてこられました。」

「死ぬ思いをしてもこうやって生きて帰ってきたしな。」

「攫われても帰ってきてくださいましたね。」

「ですから今回も大丈夫です。奥様方は安心して子作りに励んでください。」

いやいやいやいやいや、何でそうなるかなユーリさん。

安心してくださいで終わっていいんじゃないですかね。

「子供が出来ればシュウイチはもっと頑張らざるを得ないという事だな。」

「さすがシア奥様、その通りです。」

「まだ一節ございます、上手くいけば花期にはわかるのではないでしょうか。」

妊娠したら二か月ぐらいでわかるのか。

その辺はあんまり詳しくないんだよね。

ほら、薄い本だとすぐ腹ボテになったりして・・・オホン。

「ともかく、いつもの通り今できることをするまでです。明日はお店をお任せしてニッカさんにお金を渡しに行きますのでシルビア一緒に来てくださいね。」

「わかった。」

「さぁさぁ、暗い話はここまでです。ユーリ、寝かせておいたお酒がまだありましたよね?ニケさん、今日は奮発してとっておきお肉をたっぷり使った料理をお願いします。エミリアはニケさんの手伝いをしてもらって、シルビアは私と一緒に薪割りをお願いします。美味しいご飯とお酒を楽しんで最後に熱いお風呂に入れば、イヤなことは忘れて明日をいい気分で迎えられますよ!」

パンパンとわざと大きな音を立ててて手を叩き、飛び切りの笑顔をみんなに向ける。

明るい気持ちで春を迎えるんだ。

こんな所でウジウジしているなんてもったいない。

「ではご主人様の許可が出ましたのでププト様より頂戴しました例のお酒を準備いたします。」

「私もお肉いっぱいの料理で精を付けてもらえるよう頑張りますね!」

「料理に酒、最後に女とはシュウイチも豪気になったものだ。」

「え、何時そう言いました!?」

「風呂に入るという事は抱くという事だろ?そう言った誘いも嫌いじゃないぞ。」

「昨日はお疲れでしたから今日は二人一緒でも・・・。」

どうしてそうなった!

いや、二人一緒は初めてじゃないしむしろ歓迎なんですけど、最近どんどん大胆になって来るよねうちの女性陣。

別にいいんですけどね!

「受けて立ちましょう。」

「おぉ、ご主人様が強気ですよ。」

「さすがイナバ様ですね。」

「言ったな、ではまずはしっかり体を動かし飯に備えるとしよう。」

何時までもウジウジしてたってしょうがない。

進めばそこが道になるんだ。

行けばわかるさ。

何せ俺には最後まで寄り添ってくれる強い仲間がいるんだからね!


そして翌朝。

宣言通り最高の気分で朝を迎え、やる気十分で村へと向かっていた。

ついこの間も同じことをしたのにあの時と違ってもう変な空間に飛ばされる事も無い。

もちろんシルエさんのあの視線を感じる事もなさそうだ。

「この金があればシュウイチは無事に夏を迎えられるんだがな。」

「それは言わないお約束です。それを言い出したら入植の時に経費を貰えばよかったって話になりますよ。」

「それもそうだな。タラレバは言い出したらキリがないと昨日話したばかりだ。」

「その通りです。このお金があれば村の皆が幸せに暮らせる、それでいいじゃないですか。」

村と商店は一蓮托生、村の幸せは俺の幸せにもつながっているというわけだ。

村にはまだまだ大きくなってもらわなければならない。

ここで止まっているわけにはいかないのだよ。

「話は変わりますが休息日前にガンドさん達が来るという話を冒険者の方が話していました。今日明日には来られるのではないでしょうか。」

「そうか、もうそんな時期か。」

「あの二人がいれば冒険者たちも安心でしょう、もちろん私達も。」

「片腕になったとはいえ元上級冒険者だ、この間のような事は御免だが戦力は多い方が良い。」

「もちろん何もないのが一番ですが、いざとなった時に心強いですよね。」

アリに襲われディヒーアに襲撃されと何かと魔物に襲われているだけに、次はないとも言いづらい。

二度あることは三度ある。

あ、いや、催促しているわけじゃないんです。

誤解しないでいただきたい。

「そうなるとセレン殿ももうすぐ休みか。」

「夏前は出産する予定ですからさすがにもう無茶はさせられません。」

「今でも大分無理をさせている、良い子を産んでもらうためにもいい時期なのだろう。」

「楽しみのようなさみしいような、複雑な感じですね。」

セレンさんとはこの店がオープンした時からの付き合いだ。

最初はお尻の大きな未亡人なんて失礼な事を言ったような気がしないでもない。

それが何時の間にかウェリスとくっついて、子供までできるんだから人生分からないものだ。

でもそうか、今のメンバーで過ごすのもあと少しか。

もちろんこれからの時間も大切だけど、今の時間をしっかり噛み締めておこう。

村に着くとまず目に飛び込んできたのは大きな宿、それと横にある小さなお店。

シャルちゃんのお店からは何やら作業する音が聞こえて来る。

手伝いたい所だがやることやってからだな。

対照的に宿は出来上がって入るものの中はガランとしている。

でもそれも今日までだ。

そう意気込んでいるとそのがらんとした宿から誰かが出て来た。

あれは村長?

「これはイナバ様、それにシルビア。今日はどうしました?」

「おはようございますニッカさん、お約束のお金を持って参りました。」

「もう手配できたのですか!ささ、こんな所ではあれですので家へどうぞ。」

「父上はあそこでなにをしていたのだ?」

「大切な宿に何かあってはいけませんからな、毎朝見回っていたんです。ですが、それも今日で終わりのようですな。」

冒険者が入りこんでいないかとか村長自ら見てくれていたんだろう。

ありがたい話です。

「ではこちらが当面の費用です、ご確認ください。」

村長の家について早々に俺はカバンから金貨の入った革袋を取り出し机の上に乗せた。

「拝見します。」

それを受け取り革紐をほどいて中身を机の上に積み上げる村長。

詰みあがった金色の硬貨は計15枚。

間違いない。

「金貨15枚確かにございます。まさかこんな短時間にこんな大金を・・・、本当にありがとうございました。」

「こちらこそ心配をおかけして申し訳ありませんでした。でもこれで皆が良い春を迎えられると思うとホッとします。」

「早速次の休息日に村の者を連れて買い付けに行きましょう。」

「よろしくお願いします。」

これで宿は稼働できるし皆の食料も確保できる。

ふぅ、肩の荷が下りたよ。

「ですが本当によろしいのですか?」

「何がです?」

「なんでもイナバ様も大金を所望しておられるとか・・・、私達は後回しでも構わないのですよ?」

「もうニッカさんの耳にも届いていたんですね。」

「昨日ププト様が来られましてな、色々お話をさせていただきました。」

あ、村にもよっていたのか。

そりゃそうだよな。

ここまで来て自分の領地を視察しない手はない。

入植が行われた後の様子とか話で聞くよりも自分の目で見たほうが正しく物事を見定める事が出来る。

おそらくその時に漏らしたんだろう。

まったく、あの人と来たら。

「自分の事も大切ですがそれと同じ位に村の事が大切です。シルビアの故郷をほったらかしになんてできませんよ。」

「ここまでしていただきイナバ様には何とお礼を申していいのやら。もう一人の息子にも見習わせたいものです。」

「あの方はあの方でププト様の補佐をしっかりとされているご様子、あの方が自由に動き回れるのも息子様のおかげですよ。」

「口には出さないがあいつも心配しているだろう、そういう奴だ。」

「そうだとよいのですが。」

「今度顔を出すように言っておこう、私も久しく会っていない。」

「そういえば私もお会いしたことはないんですよね。マヒロさんの家に御厄介になっていた時も、結局お会いできませんでした。」

話には聞くが顔を知らない義理の弟。

まぁどこかで会う機会もあるだろう。

「そう言えばそうだな。」

「家族が全員揃うことがあれば妻も喜ぶでしょう。」

「母上の命日も近いからな、いい機会だ。」

「お会いできることを楽しみにしています。」

「ともかくだ、こちらの件はこちらで何とかする。父上は引き続き村をよろしく頼む。」

「このお金を決して無駄にしないと約束しましょう。」

ドリスのオッサンならまだしもこの人なら大丈夫だ。

誰よりも村の事を思ってくれているのだから。

「作付は何時頃ですか?」

「水路の完成が少し遅れていますが種期の二週目には間に合うかと。」

「それまでに畑を広げればいい、手伝える事があれば何でも言ってくれ。」

「もちろんだとも。」

「私も微力ながらお手伝いします。」

「シュウイチは・・・いや、時には倒れるまで体を動かすのもいいだろう。」

「いやいや倒れちゃダメでしょ。」

「春はやることがいっぱいありますからな、義理の息子とはいえ容赦はしませんぞ。」

「お手柔らかにお願いします。」

娘が戻って来て初めての春。

義理の息子が出来て初めての春。

村が大きくなって初めての春。

新しい春は新しい事がいっぱいだ。

俺も新しい季節を新しい気持ちで迎えよう。

大丈夫なんとかなる。

今はそれだけを信じて進めばいいさ。

だって進めばそこが道になるんだから。
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