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第十五章

交渉の行方

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交渉方法には二種類ある。

一つは最初に希望額を提示してそこからお互いの納得するところを探っていく方法。

メリットは高めに設定しておいて希望額よりも多くもらえる可能性があり、かつ向こうもどこまで欲しいかを把握できるので交渉がスムーズにいきやすい。

デメリットはそれ以上に貰うことが出来ないので向こうがかなり上の金額を想定していた場合、損をしてしまう可能性がある。

さらに交渉の流れで希望額を大きく下回る可能性が出てくるので、交渉の腕が必要という所だ。

もっとも、自分の希望額は満額貰えるので損と言えるかは微妙だけど貰えるものを貰えないというのはもったいない話だ。

二つ目は向こうに希望額を聞く方法。

あえてこちらの希望額を言わずに向こうに金額を提示させる方法。

そこから釣り上げていくことで想定以上の金額を引っ張り出せる可能性がある。

しかしながら提示額が希望額と大幅に乖離している場合は引っ張り上げることが出来ずに結果損をする可能性も高い。

お互いに提示した物の基本価値を正確に把握していなければ使用しにくい方法だ。

相手が基本価値を知っていれば低すぎる価格を言われることも無いので、今回は基本価値を把握している且つ相手が非常に満足していることから後者を選択してみるつもりなんだけど・・・。

はたしてどう転ぶだろうか。

「角に関しては幾分か価値が分かっているのですが、蜜玉に関してはどれほどの価値がつくのか見当がついておりません。もし差し支えなければ言い値をおっしゃっていただけると助かります。」

「ここまでの結果を見ておきながら言い値でいいとは随分と下手でくるじゃないか。何か目的があるように感じてしまうんだけどそこはどうなのかな。」

「もちろん他意はございません。先ほど申しました通り角はこちらで買い取りましたので価値を把握しておりますが、蜜玉に関しては商店連合でも取引が無く、かつこれほど大きいものとなるとどれだけの根を付けたらいいのかわからないのです。商売柄好き勝手に値段をつけるわけにもいきませんし、ご教授頂ければと思っております。」

「確かに蜜玉は市場に出回っていませんもの価値が分からないのも無理ありません。特にこの半年は話すら聞きませんでしたから致し方なくコッペンから買い取ったぐらいです。ではこうしましょうか、『いくらお支払いすれば満足されますか?』」

おぉ、そういった返しで来たか。

さすがやり手の元商人。

子爵の功績の裏に夫人の販売あり、だもんな。

その流れは想定してなかったわけじゃないけど・・・、まぁやるだけやってみよう。

「実は諸般の事情でお金を必要としていまして、その足しにできればという気持ちでやって参りました。満足する金額という事であれば、金貨30枚あれば丸く収まりますのでそのぐらいかと思います。」

「金貨30枚!それはいくら何でも高すぎだ!」

「もちろんそうであろうという事は承知しております。ですがこちらとしてもそういった事情もありまして・・・、少しでも高く買って頂けるのであればそれで十分でございます。」

予定変更。

最初は後者の方法で行こうと思ったけど、夫人がそれを許してくれなさそうなので前者の方法で行くことにした。

しかもわざと高値を付けて行ってみたところ、まぁ案の定の返事なわけで・・・。

さぁどうくる?

「オークションの履歴から考えるとホワイトドラゴンの角であれば多少色を付けて金貨2.5枚程でしょうか。それで大丈夫ですか?」

「十分すぎる金額です、有難うございます。」

目標金額とドンピシャだな。

まるでこちらの心を読まれているようだ。

後は蜜玉が予定通りに転んでくれればだけど・・・。

「次に蜜玉ですが、大きさと抽出出来た魔力から逆算すると金貨12枚・・・、色を付けて13枚といったところでしょう。爵位を持ったとはいえこの家を運営している立場ですので、これぐらいが相場だと判断いたします。」

「金貨13枚・・・。」

目標通りではある。

それだけあれば村で必要としている分は確保できるので、ここで決定してしまって構わない。

でもなぁ、それじゃあ足りない事情があるんですよ。

「いかがです?」

「事情はお話した通りです。それを踏まえたうえでその金額であれば・・・いえ、私も皆の命を預かる身、金貨17枚では難しいでしょうか。」

「どのような事情があるのかは存じませんがその金額は無理です。ですが、もう使用してしまっておりますから今更お返しすることも出来ませんしそれを踏まえても金貨14枚、ここまではお支払いしましょう。」

「まさかこうなることを見越して先に使わせたんじゃないだろうね。」

実はそうだったとは口が裂けても言えない。

使用する前であれば交渉決裂で全てお流れになってしまうが、先に使用してもらえれば向こうはもう引き下がれない。

なので、子爵がすぐ使いたいと言ってくれた時は思わず心の中でガッツポーズをしてしまったぐらいだ。

「とんでもありません!そのような気は決して・・・。」

「そうですわ。交渉もせずにすぐ使用したいと言い出したのはアナタじゃありませんか。」

「む、そうだったか・・・。そういえばそんな気もするな。」

「私も待ちきれずに使用してしまったのは間違いありませんし・・・、ではこうしましょう。金貨15枚、間をとってここで決まりとしませんか?私達としてもせっかくこのような品を提供していただいたイナバ様に対して悪い気持ちを持ちたくはありません、それはそちらも同じではないでしょうか。」

「もちろんでございます。これを機にまた良い取引をさせて頂ければと思っておりますが・・・。いえ、わかりましたラークラ様の寛大なお心に感謝申し上げます。」

「こちらも素敵な品を有難うございました。聞けばイナバ様は冒険者を相手にお商売をされているとか、珍しい物や探しているものがありましたらお声がけをしても構いませんか?」

「是非シュリアン商店をご利用ください。私で手に入れられる物であれば喜んでお探しいたします。」

ここで手を引くのが得策だろう。

おそらく向こうの限界はまだ上にある。

行こうと思えば要求通りの金貨17枚は出してもらえたはずだ。

だが、それでは向こうも気が悪い。

何度も取引をして信頼を重ね、お互いに利を取り合えるような関係になっていれば可能かもしれないが今はまだ一回目の取引だ。

貴族を怒らせたくないという気持ちよりも、今はいい取引先を手に入れたいという気持ちの方が強い。

もうすぐ俺のノルマがやってくる。

でも、それをクリアできればまた新しいノルマが待っている。

その時に使えるパイプは多ければ多いほどいい。

予定金額よりも金貨2.5枚上乗せ出来た、今回はそれを喜ぶべきだ。

「では今回はこれで決まりですね。噂のシュリアン商店と取引が出来て大変楽しかったですわ。」

「こちらとしてはヒヤヒヤ致しました。ですが良い取引であったと私も思っております、有難うございました。」

お互いに笑顔を浮かべながら夫人が差し伸べた手を握り返す。

これにて交渉成立だ。

「君がそれでいいのであれば私は何も言わない。これからも良い品をよろしく頼むとしよう。」

「私達にできることであれば喜んで。」

「では早速探している素材があるのだが構わないか?」

「まぁ、アナタったら気が早いんですから。」

「これまでは騎士団に頼むぐらいしか方法が無かったからな、その点冒険者相手に商売をしているのであればそういった素材を手に入れることも容易だろうといったのは君じゃないか。早手は利を呼ぶ、商売の基本は私も忘れていないつもりだよ。」

「僭越ながら、もし表にしているものがあれば今すぐにでもお応えできるものがあるかもしません。拝見出来ますでしょうか。」

こちらとしては満額回答、さらにはプラスαを仕入れるチャンスだもんな。

さすがエミリアぬかりない。

「それでしたらまずは場所を移しませんと。お客様をこのような場所に閉じ込めておくわけにはいきませんわ。」

「それもそうだな、上に戻りお茶でも飲みながら実のある話をしようじゃないか。」

「実は私シルビア様の応援隊に所属しておりますの。もしよろしければお話など色々お聞かせいただけませんか?」

「もう騎士団長からは身を引きましたが構いませんか?」

「もちろんですとも!あぁ、あのシルビア様とお話しできるなんて夢のようです、これもイナバ様に感謝しなければいけませんね。」

なんだかわからないけど向こうは向こうで盛り上がっているようだ。

まさか夫人がシルビアのファンクラブに所属しているなんて思いもしなかった。

奇妙な縁があるもんだなぁ。

「さぁ、行きましょうか。」

二人の後に続いて地下の工房を出て屋敷へと戻る。

交渉も無事終わったし後は食事を楽しむだけかな。

肩の荷が下りるとなんだかお腹がすいてきた。

一体どんな食事が出てくるのか楽しみだなぁ。


そして陽が森の向こうに沈み、闇が静寂と共にやって来た頃・・・。

子爵に見送られながら俺達は手配してもらった馬車に乗り込んでいた。

夫人はというと楽しさのあまりお酒が進み今は夢の世界に行ってしまったようだ。

なので見送りは子爵だけ。

こっちもシルビアはいい感じに酔っぱらっているし、エミリアはだいぶ眠そうだ。

俺もお腹いっぱいで今すぐにでも寝てしまいそうではある。

それぐらいに楽しい時間だった。

「今日はいい日になりました、本当に有難うございました。」

「こちらこそ楽しい時間を過ごさせてもらった、妻も喜んでいたよ。」

「そう言って頂けると安心いたします。」

「お探しの品については改めて書面でご報告いたします、今しばらくお待ちください。」

「手に入ればと思っていたぐらいの品々だ、また時間がある時で構わない。こちらも別にほしいものがあれば一度連絡すると約束しよう。」

「お待ちしております。」

食事会は滞りなく進み、子爵はエミリアと今後の話を。

夫人はシルビア様の武勇伝を聞き大満足だったようだ。

俺はというと出される料理に舌鼓を打ちながらその様子をのんびりと見つめていた。

いやさ、大仕事を成し遂げたわけですよ。

村のお金だけじゃなく自分の目標分も金貨2枚回収することが出来た。

残るノルマも後一節しっかり売り上げれば決して不可能じゃない数字だ。

そしてなにより、新しいパイプを作り出すことが出来た。

これは非常に大きなことだ。

今日だけでなく明日、明日だけでなく明後日。

未来へ向けて活動できることほど喜ばしい事はない。

それがたとえ厳しい未来だとしても、一歩進めることは大きなことだ。

これからもっと大変な日々が待っているだろう。

その為に引き出しは出来るだけ持っていたいからね。

「では失礼します。」

「気を付けて帰りたまえ。」

子爵に見送られて馬車がゆっくりと動き出す。

ここから商店までは約一刻半。

いや、夜だし速度を出せないから二刻はかかるだろう。

それまではしばしの休憩だ。

どうやらこの馬車も行きと同じくかなり上等なやつのようで、サンサトローズの坂を下っているのに全然揺れない。

こりゃ快適だ。

「二人とも今日はお疲れさまでした。」

「シュウイチさんもご苦労様でした。」

「シルビアは・・・大丈夫じゃなさそうですね。」

「シュウイチが二人いるように見える。いつの間に増えたんだ?」

「増えてませんよ。」

「そうか。増えれば取り合いにならないと思ったんだが、残念だ。」

残念て、増殖する方がむしろ困るでしょ。

自分で言うのもなんだけど、こんなやつが複数人いると周りは大変だぞ?

「家に着くまでもうすこしかかります、ゆっくり休んでください。」

「そうさせてもらおう・・・。だが、このままでは寝にくいな。」

四人乗りの馬車、進行方向に向かって両名が座り俺は進行方向を背に向かい合っている。

確かに横になれない分眠りにくいとは思うけど・・・。

「そうだ、シュウイチがこっちに来ればいい。」

「私がそっちに?」

「そうだ。そうすれば寄りかかってよく寝れるだろう。」

「いやいや狭いですよ。」

「大丈夫だ、たくさん食べたとはいえそこまで太っていない。」

いやいやそういう問題じゃなくてですね。

物理的な話をしているんです。

まったく、これだから酔っぱらいは・・・。

「エミリア少し立ってくれないか?」

「え?」

「シュウイチはさっきまでエミリアが座っていたところに座ってくれ、そうしたら寄りかかって寝れる。」

「いやまぁそうですけどエミリアは?」

「シュウイチの上があるじゃないか。」

この人は何言ってんですか!

俺の上にエミリアが座る!?

確かにそうすればシルビア様は寄りかかって寝れるけどエミリアが大変じゃないですかね。

いくらなんでも俺の上って・・・。

色々な事情で大変だと思うんですけど!

「私はそれでも構いません。」

「エミリア?」

「そうすれば私もゆっくり寝れます。」

「いや、どう考えてもお尻が痛いかと。」

「大丈夫です、お尻は大きいですから。」

意味が解らないよ!

眠気に負けそうなのはわかるけど二人ともしっかりして!

「シュウイチ早くしてくれ。」

「いや、ですが・・・。」

「シュウイチさんどうぞ。」

揺れが少ないとはいえ下り坂で時折跳ねるように馬車が揺れる。

そんなかエミリアが立ち上がり催促するように俺をみつめてきた。

あーもう、どうなっても知らないからな!

色々な意味で!

滑り込むようにしてエミリアの座っていた場所に移ると、すぐさまシルビア様が寄りかかりエミリアが膝の上に乗ってきた。

向かい合わせじゃないのだけが救いか。

目の前にはエミリアの背中、横にはシルビア様の頭。

どちらからもいい匂いがして頭がくらくらしてくる。

「シュウイチさんごめんなさい、やっぱり不安定なので・・・。」

ほら、やっぱり!

「抱きしめてもらえますか?」

「・・・はい。」

もう何も言うまい。

結局家に着くまでの間、拷問のような時間を過ごした。

そんな俺の気も知らないでシルビア様はいびきをかき、エミリアも俺にもたれかかってくる。

何度も膝から落ちそうになるエミリアを引っ張り上げるたび、抱きしめた腕やひざに温かく柔らかいものが当たるこの苦行。

その日、家に帰った俺がどれだけ大変だったかは・・・。

いや、これ以上は何も言わないでおこう。

いや、一言だけやっぱり言わせてくれ。

天国と地獄は紙一重である。

以上だ。
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