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第十五章

形を成す者

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東門でウェリス達を見送り三人で子爵の家へと向かう。

もちろん行くのは俺とエミリアシルビア様の三人だ。

今日中に帰る予定ではあるけれど、最悪の事態を考えて予定通りニケさんとユーリには店に戻ってもらった。

こうすれば俺達がいなくても店は回る・・・はずだ。

定期便の日だからあれだけど、明日の朝一で帰れば何とか間に合う計算ではある。

大丈夫何とかなるさ。

「なんだかドキドキしますね。」

「噂通りの人間ではないという事はわかったが、噂が出回るほどの変人であるというのもまた事実。いったいどうなるころやら。」

「出たとこ勝負なのはいつもの事ですし、貴族の家に行くのも初めてではありませんから。何とかなると思います。」

「確かにこれまでの事を考えれば臆するほどではないか。」

「今までがちょっと異常だったんです。私のような平民がお会いできるはずの無い人ばかりですから。」

「いえ、お会いできたのは全てシュウイチさんのお力あっての事。シルビア様は役職上何度もお会いしていると思いますが、私なんてフィフティーヌ様ぐらいしか貴族の知り合いはいません。」

「その唯一の貴族が商家五皇の一角なのだ、十分すぎる相手だと思うぞ。」

シルビア様の言う通りだ。

なんだかんだ言ってそれなりの身分の方が知り合いにいる、この状態こそが普通じゃない。

でもまぁそれはそれ。

今までの経験が臆することはないと背中を押してくれているんだ。

出来ることをしよう。

って・・・。

「あ。」

「どうした?」

「その、初めてお会いするんですしお土産持っていくべきでしたかね。」

「そういうと思ってちゃんと用意しておきました。」

「その辺に抜かりはない、任せておけ。」

さすがうちの奥様方、たよりになるぅ!

「さっきそれを買いに行ったんですね?」

「そういうわけではないんですけど、途中で気づきよさそうなものを選んでおきました。」

「じゃあ何を買いにいってたんです?」

「それはだなぁ。」

「シルビア様ダメです、秘密です。」

「と、いう事だ。すまんが家に帰るまで我慢してくれ。」

秘密ですか。

でもその秘密も家に帰れば教えてくれるみたいだし・・・。

じゃあ今教えてくれても良くない?っていうのはダメなんだろうな。

何か理由があってだろうし、俺をだますために何かしているってことも無いだろう。

とりあえず今は目の前のことに集中してくれっていう事なのかもしれない。

「帰ったら教えてくれるんですね、わかりました。」

「なんだ、随分アッサリだな。」

「聞いた方がいいですか?」

「いや、意外に思っただけだ忘れてくれ。」

この件についてはあまり気にしない方がいいだろう。

ともかく、お土産は持ったし持参の品もばっちりだ。

服装もそれなりにカッチリしたやつ着て来ているし粗相はない、と思う。

東門から中央の噴水広場を抜けて北側の区画へと移動する。

貴族やお金持ちが住むこのエリアの一番西の端、城壁と断崖絶壁に挟まれた所にマイユール子爵の館はあった。

「思っていたよりもこじんまりとしているな。」

「てっきりシルビアは知っていると思ったんですけど初めてだったんですね。」

「正直に言って騎士団と全く縁のない人だったからな・・・。あ、いや縁はあったか。」

「どんなご縁ですか?」

「珍しい魔物が手に入ったらその死骸を持ってきてくれと言われていたんだ。過去に何度か部下が持って行ったように記憶している。」

それはまた面白いな。

「珍しい魔物の死骸ですか、変な噂が立つのも仕方ないですね。」

「何に使うかまでは聞いていないが出来るだけ血抜きをせずに持ってきてくれと言われてな、血抜きができない分荷台が汚れて子爵が買い替えの代金を支給してくれたのだ。」

「そこまでして手に入れたい死骸だったんですね。」

「なんていう魔物だったんですか?」

「シャドウリノセロスという二本角の魔物でな、影の中を移動して背後や足元から角で突き上げてくる恐ろしい奴だった。四方に火を灯して影の向きを調整し、出てくる場所を絞って撃退したのだ。」

影の中を移動する魔物ってのはゲームでもよく出てくるけど、ワザワザ角で突き上げてくるってのが面白い。

出てくる場所さえわかれば後は避けるだけ、が途絶えたら移動できないっていう感じなんだろう。

いい作戦だ。

「リノセロス系の角は武具としても薬としても重宝しますが、特にシャドウリノセロスは数が少なく撃退することも難しいのでそれだけする価値はあると思います。」

「そうか、そんなにも珍しい魔物だったのか。」

「出現させない方法として灯を絶やさないはよく言われますが、出現場所を制限するという戦い方が出来るのはよほどの実力が無いと難しいとおもいますよ。」

「さすがシルビアですね。」

出てくる気配を一瞬で感じて回避して仕留める。

今後も一撃必殺のできるシルビアにしかできないだろう。

近くまで行くと細身の男性が門から出てこちらに向かってきた。

「イナバ様ですね、お待ちしておりました。どうぞお入りください。」

「お待たせして申し訳ありません。」

「子爵も奥様も皆様の来訪を心よりお待ちしておりました。それはもう昨夜は寝付けなかったぐらいに。」

「え?」

「冗談、と言いたい所ですが半分本当です。少々あくびが多いかもしれませんが悪気はありません、どうぞお許しください。申し遅れました、お二人のお世話ならびに屋敷の管理を仰せつかっておりますオーティと申します。どうぞ宜しくお願い致します。」

「シュリアン商店のイナバシュウイチです。それと、妻のエミリアとシルビアです。今日はよろしくお願い致します。」

自分の主人をネタにできる執事はなかなかにいない。

お茶目な方なんだろう。

多分。

ギギギギという鈍い音と共に鉄門が開き、オーティさんを先頭に屋敷まで誘導される。

さすがにププト様の屋敷ほど大きな庭ではないが、それでも一般の家に比べると十分に広い。

だが、庭のほとんどは手入れをされておらず雑草が伸び放題になっていた。

これでいいのか?

「手入れをしていないのだな。」

「秋から冬にかけては枯れ草を集めるためにわざとこのままにしております。春になり新芽が出る前に刈り取りまして日陰で一節ほど乾燥させますといい触媒になるのだそうです。私としましては寒い時期に草刈りをしなくて済みますので大変助かっております。」

「正直者だな。」

「お客様に世辞を言いましてもお給金が上がることはございません。もっとも、お二人に世辞を言いましても上がることはありませんのでそのような言葉は忘れてしまいました。」

気になった所をシルビア様がズバッと聞いてくれたのだが、そういう理由があったのか。

かなり本音が垂れ流しだけどそういうのは嫌いじゃない。

この人とは面白い話がたくさんできそうだ。

庭を抜け屋敷に入ると外と違い中は綺麗な状態で保たれていた。

絨毯にはシミ一つなく、埃っぽいにおいもしない。

口ではああいっているけど案外綺麗好きなのかもしれないな。

「いえ、中は別の者が担当しておりますので。ここまでするのはもはや病気です。」

「誰が病気ですか。これぐらいするのが雇われている者として当然の事、汚いままにする神経がそもそもおかしいんです。」

廊下を進むオーティさんの前に現れたのは真っ黒いワンピースに真っ黒のエプロンを付けた若い女性だった。

若いと言ってもエミリアやシルビア様ぐらいだろう。

俺の少し下ぐらいだろうか。

「面倒な人間に見つかってしまいました。コン、後はお願いします。」

「お客様のお出迎えは貴方が命じられたのでしょう?最後まで仕事を果たしたらどうですか?」

「他にも用事がありまして・・・。」

「用事と言ってもさぼっていた仕事ですよね?お客様の誘導が終わってからでお願いします。」

「仕方ありません。」

仕方ないって、それがあなたの仕事なんじゃ・・・。

いや、何も言うまい。

「申し訳ありません、今のような事情の為少し急ぎます。」

「あ、はい・・・。」

「では行きましょう。」

先ほどよりも明らかに速いペースで廊下を進み、到着したのはよくある応接室・・・。

ではなくかなり暗くジメっとした地下だった。

まさかこんな場所に通されるとは、さすが変人子爵。

普通ではない。

「お二人はこちらでお待ちです。多少暗く居心地が悪いと思いますが諦めて頂ければと思います。」

「案内有難うございました。」

「では私はこれで。」

「あの勝手に入ってはまずいのでは?」

「お二人にはお通しするようにと言われただけですので・・・。」

それだけ言うと俺たちを置いてオーティさんは来た道を戻っていってしまった。

不気味なドアの前に残される三人。

仕方ない、入ってもいいって言われているんだしそうさせてもらおう。

「シュリアン商店のイナバシュウイチと申します、失礼します。」

ドアをノックして名乗るも中から返事はない。

あれ?

ここにいるんじゃないの?

「聞こえておらんのかもしれんな。」

「どうしますか?」

「呼ばれているんですし怒られる事はないないと思います、入りましょう。」

念のためもう一度ノックをするも返事はない。

仕方ない、入るか。

地下の湿気で若干錆びているようでギギギギという音を立てながら扉を開ける。

中は廊下と同じぐらい薄暗いが、奥の方でゆらゆらと影が動いているのが見て取れる。

どうやらあの辺りにいるようだ。

「失礼します!マイユール子爵はおられますでしょうか。」

「おや、誰かの声がするぞ。」

「アナタ、今日はお客様が来られる日だったでしょ?お迎えに行かないと。」

「おぉ、そうだったそうだった。念願のホワイトドラゴンの角がやってくるんだったな。」

「そうですとも、愛しの蜜玉もやってくるんです。さぁ行きましょう。」

「うむ行くとしよう。」

姿は見えないが声は聞こえる。

なんていうか想像していたよりもずいぶんと若い声だな。

壁に映る影がだんだんと大きくなっていく。

そしてその影が大きくぶれた次の瞬間、ドアの前に置かれたパーテーションの横から少年と少女が現れた。

「ようこそ我が屋敷に、私がここの主のローグンマイユールだ。それと・・・。」

「妻のラークラです。シュリアン商店の皆様ようこそお越しくださいました。」

「お初にお目にかかりますシュリアン商店のイナバシュウイチです、こちらは妻のエミリアとシルビア。本日はお招きいただきまして有難う御座いました。」

「こんな暗くて狭いところにお呼びして申し訳ない。本来であれば応接室に通すべきなんだろうけどどうしても現物を見てすぐに確認したくてね。それで、手紙にあったものは持ってきてくれたんだよね?」

「現物はこちらになります、どうぞご確認下さい。」

挨拶も程ほどに本日の目玉をかばんから取り出し二人に手渡す。

本来であれば渡す前に交渉したり焦らしたりとするべきなんだろうけど、今回は相手が相手なのでそういう面倒なことはしない事にした。

お二人の見た目とか色々と突っ込みたいところではあるのだけど・・・。

ま、今それを聞くのは野暮ってもんだな。

まるで子供みたいに・・・てか完全に見た目は子供なんだけど、そんな感じで目を輝かせて手渡した角と蜜玉を見つめている。

「お話では私よりも年上のはずでしたが・・・、ホビルトでしたら納得です。」

「おそらくはそうだろう。部下から子供が対応したという報告を受けた事があったが、なるほどそういうことか。」

「メルクリア様もそうですが見た目ではなかなか判断付きません。」

子供が親戚から新しい玩具をもらったような構図だが、相手の方が身分が上なので気をつけなければならない。

今まで相手をしてきた人は大丈夫だったが相手は貴族、見た目で判断しちゃいけない。

「アナタ、アナタ、お客様がお待ちですよ。」

「あ、あぁ、そうだったそうだった。いや、あまりにも立派な角だったものでつい見とれてしまった。いやいや話に聞いていたとおり、いやそれ以上の品のようだ。」

「本当に、私も長年蜜玉を集めてきましたがこんなにも立派なものは見たことがありません。手に入れられるのはさぞ苦労したことでしょう。」

「気に入って頂きまして大変恐縮です。角はつい先日手に入れたばかりですし蜜玉は一年ほど寝かしておりましたが状態も良くコッペンからのお墨付きもいただいております。」

「最初あの男から紹介を受けたときは色々と疑いの目を向けたものですが・・・、こんなに素敵なものだったとは思いませんでした。」

「あの男の品、あれはよくなかった。君が疑うのも無理ないよ。」

コッペンめ。

自分が失敗したから尻拭いの意味も兼ねて俺を紹介しやがったな。

後で文句を言ってやろう。

「君、えーっと・・・。」

「イナバです。」

「イナバ君、悪いんだがちょっと席をはずしていいかな。すぐに試したいんだ。」

「もちろんどうぞ。」

「アナタよかったら皆さんに見てもらったらどうかしら。折角こんなに素晴らしい角を持ってきてくださったんですもの、皆さんにはその権利がありますわ。」

「よろしいのですか?」

「勿論だとも!君たちにはその権利がある、是非見ていってくれ。」

なんだか良く分からないが角を使った何かを見せてくれるようだ。

確か博士は呪いの専門家だったよな。

「足元には気をつけてくれ、それと壁のものにも触らないで欲しい。後々面倒なことになる。」

お二人に連れられて部屋の奥へと進むと、足元には大きな魔方陣。

奥には巨大な錬金釜とTHE研究室って感じの場所に案内された。

地下だというのに天井が高い。

いや、地下に半地下を設けて高低差を出しているのか。

「すご、不思議な魔力が渦巻いています。」

「魔術に縁のない私でも分かるぞ、このなんともいえない不思議な感覚これが魔力なのだな。」

「おぉ、君にはわかるのか。いかにもこの部屋には様々な魔力が満ち溢れている。どれも自然に存在するものだが、それをこの魔方陣に封じ込め儀式の触媒とするんだ。」

シルビア様でも分かるのになぜ俺は何も感じないんだろうか。

なんとなく不思議な感覚はあるが、これが魔力なのか確証がない。

うーむ難しい。

「この角を使って何をなさるんですか?」

「召喚だよ。」

「召喚?」

「この角に宿る魔力を使い、持ち主の霊を呼び出しこの部屋に満ちる魔力で具現化するんだ。ドラゴン種ともなるとなかなか難しいがコレだけの一品ならもしかしたら・・・。」

召喚していったいどうするつもりなんだろうか。

むしろこの狭い部屋に呼び出せるのか?

いやだぞ、召喚したら押しつぶされましたとか。

「アナタ、角をこっちに。」

「あぁ。君たちは魔法陣の外で待っていてくれ。」

婦人に誘導されて魔方陣の外で様子を伺う。

子爵が中央に真っ白い角を置き、なにやらぶつぶつとつぶやき始めた。

見た目は子供が魔方陣の真ん中で遊んでいるように見えなくもない。

だが、魔方陣が淡く発光したかと思うと突然強い風が部屋の中を暴れ始めた。

ここ地下なんですけど!

右に左にと風が吹き荒れ、危なく身体を持っていかれそうになる。

両横にいる二人の肩をつかみ、お互いがお互いを支えながら暴れる風に耐え続けた。

「力は満ちた、さぁ目覚めるがいい偉大なる空の王者よ!」

子爵の声が風に乗り部屋中に響き渡る。

するとあれほど暴れまわっていた風がゆっくりと落ち着き始め、魔方陣を中心に回り始めた。

「いいぞ、この触媒は最高だ!」

「アナタ気を抜かないで!」

「大丈夫だよ、声はもう届いた。」

風はだんだんと小さくなり魔法陣の中心で形を取り始める。

だけどどう見てもそれはドラゴンのようには見えなかった。

なんていうか、だんだんと人の形を描き始め・・・。

「誰よ!私を呼び出したのは、気持ちよく寝ていたのに!」

それはどこか聞き覚えのある声でそう叫んだ。
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