[第一部完結]サラリーマンが異世界でダンジョンの店長になったワケ

第十五章

尽き欠けた運はよそから補充する

店に戻り一息ついてから今日一日の報告を受ける。

定期便の到着日だけあってダンジョンも店もかなり盛況だったようだ。

売上もそれなりにあるし、素材の買い取りも多い。

一番儲かるのはもちろん道具の販売だが、素材の買い取りも時に大きな利益を生む。

珍しい素材をいかに安く買えるか、そこはエミリアの腕の見せ所というわけだ。

「で、これを買い取ったんですね。」

「お金がないのはわかっていたんですけど、間違いなく利益が出ますので金庫のお金を全て使ってしまいました。ごめんなさい。」

「どうして謝るんですか？お店の利益になると思って買い取ってくださったんです、それに対して文句を言うなんてことはありませんよ。」

「シュウイチの言う通りだ。それにしても立派な角だな。」

「私ドラゴンの角なんて初めて触りました。」

ニケさんが目を輝かせて触っているの鈍く輝く純白の角。

ユニコーンの角にも見えなくはないけれど、長さは一メートル半ぐらい太さは俺の腕ぐらいある。

それを片手で握りしめる手つきが妙に生々しく見えるのは俺の心が汚れているからだろう。

純白の角はよく見るとごつごつとしており、層のように積み重なってるのが見て取れる。

なるほど成長するごとにこれが積み重なって長くなっていくのか。

年輪みたいなものかな。

「でもよくドラゴンの角だってわかりましたね。」

「ドラゴンの角は年月を重ねるごとに層のように積み重なっていきますのでわかりやすいんです。後、この色の角をはやしている魔物はホワイトドラゴンとホーンドリーフィンしかいなくて、後者は層のようになることはないんです。」

「なるほど数が限られているんですね。」

「ホワイトドラゴンの角は薬にもなりますし、用途は幅広くあるのに必要数が集まらずいつも高騰しています。一応ここで買取していいか何度も聞いたんですよ？」

「ちなみにいくらで買い取ったんだ？」

「金貨1枚と銀貨20枚、それで何とか納得してもらえました。」

金貨1.2枚かぁ・・・。

うちの全財産を使ったわけだけど、使用料の残りもあるし今日の利益を全部使ったと思えばまぁ悪い取引ではないだろう。

「ちなみにいくらで売買されているんですか？」

「安く見積もっても金貨２枚、オークションに出して上手くいけば金貨3枚の記録もあります。」

「金貨3枚！？」

「それはすごいな。」

流石エミリア！いい仕事してますねぇ。

「しかしその金額で売れるのにどうしてその方はうちで手放されたのでしょうか。」

「確かにそうだな。倍で売れるのであればワザワザうちで売りに出す理由がない。」

「冒険者ではコネがないとオークションに出品できないんです。商店連合やギルドでは金貨1枚までしか出せませんし、個人で取引するにも金額が大きすぎます。その方も即金が必要という事でしぶしぶ承諾されましたから。」

「うちで出すのが一番高かったというわけか。」

「ちなみにオークションは何時頃開催されるんですか？」

「夏節草期の休息日に王都で行われています。」

それじゃ間に合わないなぁ・・・。

春節であれば一気にお金が増えておいしいなと思ったんだけど、それまでに処分できなければむしろマイナスだ。

だからエミリアも申し訳ないような顔をしたのか。

「ちなみに買い取り額は金貨1枚ですが、いつものように素材買取に出すといくらになりますか？」

「金貨1.8枚まで何とか押し通します。」

「銀貨60枚は十分な収益と言えるだろう。エミリア、よくやったな。」

「ありがとうございます。」

「私達で何か活用できればよかったんですけど、生憎ここまで高価な物を使える人がいなくて・・・。」」

「それは致し方ありません。」

さすがのシャルちゃんもこれを使った薬は作れないだろう。

作れるようになるまでおいておくという手も無くはないが、今の俺たちにそこまでの金的余裕はない。

「薬以外になににつかうんですか？」

「一番多いのは薬ですが、加工して杖の先に付け魔術の触媒に使うこともあります。その他には魔装具や呪いなんかにも利用されますね。」

「呪い？」

「呪術的な魔術体系の一種です。その地霊や妖精などの力を借りて様々な現象を起こします。シュウイチさんの世界で言う交霊術などがそれに近いかもしれません。」

「つまり呪いに使用するとしてもこの角はかなり珍しくて価値のあるものと考えてもいいですか？」

「そうなりますが・・・、どうかされたんですか？」

ナイスタイミングすぎてちょっと引いてしまうがこれを利用しない手はない。

エミリア本当に有難う。

「シルビア、先ほどの手紙の件ですが・・・。」

「わかっているこの角と蜜玉を利用するんだな？」

「蜜玉だけでも大丈夫だとは思いますが、この角もあれば間違いなく返事が返ってくるでしょう。」

「ふむ、あまり得意ではないが考えてみるとしよう、私に任せておけ。」

「よろしくお願いします。」

「ご主人様、何が起きているのか詳しく教えて頂けますか？」

「サンサトローズで何かあったんですよね？」

おっと、角の買い取りで盛り上がってしまいすっかり忘れていた。

「実はですね・・・。」

その後ネムリから買ったお土産を広げながら今日一日の流れを説明した。

ちなみに買ってきたグラスは大変好評でしたとさ。

まる。


「今日は大変でしたね。」

「四度も機会を失うとは、いよいよご主人様の運も尽きたという事でしょうか。」

「私もそう思いましたがここにきてエミリアが新しい運を運んできてくれたようです、有難うございます。」

「そんな、本当に偶然だったんです。何とかしてお金を増やさなきゃって思っただけで・・・。」

とうとう運に関しても他力本願するようになってしまった。

え、今更だって？

他力本願100％が120％になっただけだしそれもそうか。

「マイユール子爵の噂は猫目館にいた時にも聞いたことがあります。怪しげな呪いを受けると妊娠しなくなるとか、薬を安く売りに来て後日効果を聞きに来るとか。私は経験ありませんが、実際呪いを受けたって子はいました。」

「それでどうなったんですか？」

「確かにしばらくは妊娠しませんでしたが、身請けされた後にすぐ身籠ったと聞いています。」

「それは一定の効果があったんでしょうか。」

「私達も自衛で避妊薬は飲んでいましたから効果があったのかはわからないですけど・・・。」

「呪いに関する知識はあの人もあまり持ち合わせていないようです。私を作る時に多少は研究したようですが、降霊術では別人の命が入ってしまう為すぐにやめたみたいですね。」

かの天才魔術師ユリウストなら知っているかもと思ったけど残念ながら呪いには精通していなかったか。

残念だ。

「蜜玉を探しておられるのはその方の奥様なのですね？」

「手紙に書いてあったのは子爵夫人ですのでおそらくは。」

「ご夫婦で呪いをされているのですか？」

「さぁ・・・、でもお二人ともそれなりに癖のある方だとは聞いていますのでおそらくはそうだと思います。」

ユーリが矢継ぎ早に質問してくるも俺も詳しい事は何も知らない。

シルビアも変人だという噂くらいの事しか知らなかったようだ。

対策を考えようにも情報が少ないんじゃ何もできないなぁ。

「みなさん香茶が入りましたよ。」

「ありがとうございますニケさん。」

夕食後のいつもの団欒タイム。

シルビアは先に部屋に戻り手紙に取り掛かってくれている。

俺たちはというと、今日あったことを話しながらマイユール子爵の情報を集めていた。

と言ってもあまり有力な情報はない。

むしろもっと変人だったという事が分かっただけだった。

後はエミリアが仕入れてくれている情報が頼みの綱だ。

エミリアは現在部屋の隅で誰かと念話中である。

もう少しかかるかな。

「そうだ、ユーリここ最近森で変わったことはありませんでしたか？」

「変わったこと、ですか？そうですねご主人様がマナの樹を触りながらぼーっとしていたことぐらいでしょうか。」

「そのほかには？」

「森はいたって正常です。春が近づき獲物が活発になっているので罠を確認しに行くのが大変なぐらいです。」

「何かあったんですか？」

「いえね、昨日今日と街道を歩いていると森の中から何かの視線を感じたものですから。私だけならまだしもシルビアも何かを感じ取ったようなんです。その後冒険者の皆さんに確認してもらいましたが特に何もみつかりませんでした。」

あの不思議な現象はまだ黙っておいた方がいいだろう。

この二日再発することはないしもしかしたら疲れからくる白昼夢だったのかもしれない。

それよりも今は優先すべきことがある。

変なことを言って皆を心配させたくないしね。

「そんなことが・・・。でも冒険者の方々は何もおっしゃっていませんでしたよ。」

「そうですか。なら気のせいだったんだと思います、すみません変なことを言って。」

「冒険者といえば今日大きな倉庫を作って帰られましたね。」

「ガンド様があんなにも器用だとは知りませんでした。あの器用さでしたら宿をお任せしても問題ないと思います。」

「ガンドさん自身で作られていたんですか？」

「指示を出しながらご自身が柱の上に乗り頑張っておられました。ご主人様はまだご覧になられてませんでしたね。」

「また明るくなってからゆっくり見せてもらいます。」

どんな大きさのを作ったんだろうか、楽しみだ。

「・・・うん、ありがとう、まだ寒いから毛布かけて寝るようにね？うん、それじゃあまた。」

と、部屋の奥で話をしていたエミリアが誰かと話をしながら戻ってきた。

どうやら念話は終わったようだ。

会話の感じからするとノアちゃんだろうか。

さすがにメルクリア女史に向かって毛布を掛けて寝ろとは言わないだろう。

「すみませんお待たせしました。」

「念話疲れたでしょう、ちょうどニケさんが香茶を入れてくださいました。」

「わぁ、ありがとうございます。」

「お砂糖入れますか？」

「じゃあ一つだけ。」

椅子に腰かけ大きく息を吐くエミリアの前に香茶の入ったカップが置かれる。

息を吸い込むと同時に香茶の香りが肺を満たし、幸せそうに目を細めた。

疲れた顔も可愛いとか反則じゃないですかね。

「リア奥様如何でしたか？」

「子爵夫人についてノアちゃんが詳しかったので色々と聞くことが出来ました。子爵が呪いに詳しいのは周知の通りなのですが、夫人は呪いというよりも魔素、魔力の研究をしている方のようです。」

「魔力の研究ですか。」

「それは魔術師とは何か違うのですか？」

「魔力は魔力でも、魔物の持つ魔力を研究しているようですね。子爵が地霊や妖精から力を借りるように、夫人は魔物から力を借りる、抽出する研究をしているとのことです。それで魔力の塊である蜜玉を収集しているみたいですね。」

なるほどなぁ。

自分の魔力を使うのではなく、他の魔力を使うのか。

俺みたいな魔力の無い人間でも魔法が使えるようになる可能性を秘めているわけだな。

まぁ地霊や妖精よりも上の存在である精霊の力を借りても火力を使えないんだから可能性は薄いかもしれないけど・・・。

それでも可能性はゼロではないわけだ。

なんだ、変人変人って聞いていたからもっとあれな人かと思っていたけど案外普通じゃないか。

心配して損した。

「でも、魔力を抽出してどうするんでしょうか。」

「なんでも美容に使うとか。」

「「「美容！？」」」

驚いた時の反応が俺と女性陣で明らかに違う。

片や訝しそうな俺に対して女性陣は驚きと興味に満ちた反応だった。

皆さんお好きですねぇ。

「確かに蜜玉は美容に効果があり、そこから蜜玉酒なんてのが作られたそうですが本当に効果があるんですか？」

「それに関しては夫人にお会いして頂ければ納得してもらえるとノアちゃんは言っていました。」

「今おいくつなんでしょうか。」

「子爵が４２、夫人が４５歳だそうです。」

「え、子爵夫人の方が年上なんですか？」

「そうみたいです。」

へぇ、めずらしいなぁ。

お貴族様なんて身分を使って若い嫁さんを貰うもんだと思っていたけど、何か理由があるんだろうか。

「あの、ニケ様は何に驚いておられるのでしょうか。」

ニケさんの反応にユーリが不思議な顔をして尋ねる。

「一般的に貴族の男性が結婚する時は若くて綺麗な人を娶るものなんです。」

「なぜですか？」

「若い方が子供を産みやすいからです。年をとればとるほど出産の可能性が減り、後継ぎを作る機会が失われます。一定の年齢を超えて後継ぎが生まれなかった場合は後妻を娶りその人に産ませるのが習慣ですね。」

「確かに若い母体の方が出産には適していると思いますが・・・。なるほど、それで驚いておられたのですね。」

「お二人は結婚されてから爵位を取られたので普通と違うのは仕方ないかもしれません。」

そういう理由でしたか。

平民時代に結婚されていたのであれば納得だ。

でも戦争もない時代に子爵まで上り詰めるってお金の力があっても難しいと思うんですけど・・・。

「どうやって爵位を賜ったのでしょうか。」

「なんでも数々の飢饉や災害を鎮めてきた功績を称えられてだそうです。夫人が稼いだお金を使って子爵が貧しい村々を救って回ったとか。爵位を賜ってからもそういった話が出れば自ら現地に出向いて地の霊や妖精に掛け合っておられるそうですよ。」

「そんな素晴らしい功績があるのにどうして変人と言う噂ばかりが先行するのでしょうか。もっと称えられてもいいものだと思うのですが・・・。」

「それは・・・、お二人が対価として求められる物に問題があるんだと思います。」

ふむ。

てっきり対価は要りません的な美談かと思ったんだけど違うようだ。

変人と言われる理由になるほどの物。

例えば魔物の死骸とか、そんな感じか？

「うーん、思いつきませんね。魔物の死骸や不気味な道具とかを集めているとか？」

「そういったものでしたらまだマシかもしれません。記録によれば初潮を迎えた少女の経血や双子の臍の緒、奇形で産まれた動物の死骸などを要求したとか。」

「うわぁ・・・それはちょっと・・・。」

「変人って呼ばれても仕方ないかもしれません。」

うん、俺もそう思う。

動物の死骸はまぁ許そう。

呪いっていうぐらいだし生贄に使うのかもしれない。

でも経血とかはさすがに・・・。

一体何に使うんだろうか。

想像すらできない。

「功績は素晴らしいのに各地でこのような物を収集しており、その噂ばかりが広まって変人と呼ばれているようですね。」

「ですが為されている功績は確かなものです。変人と聞いて構えてしまいましたが、何とかなるかもしれません。」

「お二人にあの角と蜜玉をお売りになるんですね？」

「それがお金を集める数少ない選択肢です。明日手紙を出し、早ければ二三日で返事があるでしょう。それまで出来る限りの情報を集めたいと思います。」

「わかりました。魔術師ギルドにも連絡してなにか話題になるようなものがないか探しておきます。」

「よろしくお願いします。」

何はともあれ手紙を出して反応があってからの話だ。

間違いなく食いつくとは思うけど、それまでは待つしかない。

なんせシルビア渾身の力作だからね。

「今日はお手伝いできませんでしたから明日は素材の仕分けなど裏方は任せてください。」

「たくさんありますから無理なさらないでくださいね。」

「大丈夫ですよ。それじゃあ、先に休みます。」

「あ、お風呂は？」

「今日はやめておきます、そのまま湯船で寝ちゃいそうなので。」

「ご主人様どうぞおゆっくりお休みください。」

「おやすみなさい。」

色々あって今日は疲れた。

明日は一日店でゆっくり仕事をしよう。

そうしよう。

階段をゆっくりと上がり、明かりの漏れるシルビア様の部屋の前を通り過ぎ、自室に戻る。

明かりをつけずそのままベッドに倒れこむと、暖かな毛布に包みこまれながら落ちるように眠りについた。