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第十五章
ここではないどこかにて
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もうすぐ春が来る。
その気配を感じさせるような暖かな日差しがなどから降り注いでいた。
お昼過ぎ。
少し早い昼食を終えて、窓際でのんびり日光浴としゃれこんでいるわけだけど・・・。
こりゃ気持ち良すぎる。
「シュウイチさ・・・あ、お休み中でしたか。」
「ちょっとうとうとしていただけです、どうしました?」
「帳簿の確認をお願いしたくて。机の上に置いておきますので後で目を通してもらえれば大丈夫です。」
「わかりましたやっておきます。」
「よろしくお願いします。」
ちなみに俺が今いるのは応接室に改造した客室だ。
え、仕事をさぼるなって?
この時間は冒険者の波もひと段落するので余剰人員は休憩しておくべきなんです。
エミリアがゆっくりと扉を閉めた、かと思ったらもう一度扉が開きエミリアがこちらを見て来る。
「風邪をひきますから何か羽織って寝てくださいね。」
「あ、うんありがとう。」
てっきり怒られるのかと思ったけど逆に気をつかわれてしまった。
最近忙しかったからこんなにゆっくりな日も久々だ。
草期はバタバタだったからなぁ・・・。
花期に入って多少マシになったとはいえ宿の建設や水路の工事が佳境に入ったからまだもうすこし忙しい日々が続くだろう。
そうこうしているうちにもう春が来てしまう。
この世界に来て1年。
色々あったけれど、楽しかった。
残るは夏まで後一節。
課題はクリアしてきているけれど、未達のノルマもあるわけでして・・・。
さてどうするのが一番だろう。
なんて考えながら目を瞑っていると柔らかな日差しに誘われるように眠りの国へと誘われてしまった。
「んで、ここはどこ?」
ふと目覚めた俺は広い草原の上に立っていた。
大草原のなんとかの家とかの舞台になりそうなぐらいに広くて、そして何もない。
青々とした草が膝下ぐらいの高さで揺れている。
おかしい。
俺は確か応接室の窓際で寝ていたはずなんだけど・・・。
仮に寝ぼけていたとしても家の周りにあるのは鬱蒼とした森だけなので草原まで歩いていくという事はまずありえない。
と、いうことはだ。
ここはさっきまでいた現実ではない別のどこかと考えるのが妥当だろう。
つまるところ夢だ。
いや、知らない間に別の異世界に飛ばされたという可能性も否定できない。
うーむ、異世界とかありえない!ならこれは夢なんだ!と割り切れればいいんだけど、残念ながらそれは難しいんだよね。
困ったなぁ。
一面草原で目印になるようなものも一切ない。
とりあえずこういう時は動かないのが鉄則なんだけど・・・。
何時までもここに居るわけにはいかないよな。
と、いうことでまずはスタート地点をしっかりと確認しよう。
今いる場所を中心に足で草を踏み固めていく。
円を描くように踏んで踏んで踏んで踏んで・・・。
っとこんなもんかな。
夢だとしたら随分とめんどくさい夢だ。
結構疲れるし。
でもこれでどこから来たのか大体わかるな。
草原に出来上がったのは半径3mぐらいの円。
俗に言うミステリーサークルという奴だ。
これでベースキャンプはできた。
次はここを基地にして周囲の探索に出るとしよう。
オープンワールド系の洋ゲーで培った探索能力をなめてもらっては困る。
いきなりよくわからないフィールドのど真ん中に放置されるという点では同じ状況だと言えるだろう。
えぇっと太陽っぽい光源があっちなので、それを左手にして・・・よしとりあえずこっちに行くか。
出発地点をこれまた足で踏み固めてひとまずまっすぐに進んでみる。
草を踏みつけながらなので速度は遅いがランドマークになるような物がないので致し方ない。
まずは100歩。
一回戻って次は同じ道を200歩。
何度も同じ道を歩く事で足元が踏み固められ道が出来上がっていく。
誰が言ったんだったっけ、自分が歩いた場所がそのまま道になるって。
まさにその通りだ。
それからどのぐらい歩いただろうか。
500歩まで数えたから最低でも4往復はしたことになる。
だが行けども行けども景色は変わらず。
だだっ広い草原が広がるだけだ。
しかし参ったね。
それなりに時間がたっているはずなのに太陽っぽいやつの位置は変わらずそのままだ。
そこから考えられるのは二つ。
日の出日の入りのない世界なのか、それとも夢なのか。
風は感じるから時間が止まっているって感じではなさそうなんだけど・・・。
喉が渇いてきたぞ。
心なしかお腹が空いた気もする。
ってことはこれは夢ではない?
だとしたらこんな悠長なやり方をしているわけにはいかないな。
食事はともかく飲み水を確保できないと1日たたずにアウトだ。
山は見えないし木々も見えない。
そんな場所に川があるとは考えにくいが、可能性はゼロじゃない。
仕方ないちょっと強引に進むか。
先程と違い進めるところまで進む。
途中何度も後ろを振り返り歩いてきた道を確認しながら進むこと1096歩目。
ついに目的の物を発見する事が出来た。
小川が草原を真っ二つに切り裂いている。
透明な水の流れる幅2m程の川。
急ぎ駆け寄りまずは小指をつけてみる。
刺激無し。
次に匂い、問題なし。
最後に味。
うん、美味しい。
遅行性の毒があるかどうかはわからないがとりあえず大丈夫そうだ。
両手ですくってのどに流しこむ。
冷たい水が渇いたのどに染みわたっていくようだ。
もう一度両手を差し込むと水の中をキラキラとしたものが横切って行った。
あれは、魚か。
ということは、危ない毒が入ってるってことはなさそうだな。
よかったよかった。
のどを潤し一息つく。
ベースキャンプから逆算するとおよそ1600歩。
多少距離はあるが水場が確保できただけでも良しとするか。
後は食料をどうにかして・・・。
と思ったその時だった。
突然暗雲が立ち込め風が強くなってきた。
あ、なんかやばい気がする。
俺は慌ててきた道を戻りベースキャンプへと急ぐ。
その間も風はどんどんと強くなり、遮るもののない草原を駆け抜けていく。
吹き飛ばされそうになるのを何とかこらえながら俺はがむしゃらに走り続けた。
次第に雨も降り出し、濡れた体が吹き付ける風で急激に冷えていくのが分かる。
どこか雨宿りできる場所、と考えてもそんな場所があるはずもなく。
何とかベースキャンプに戻った俺は倒れこむと同時にミノムシのように丸くなり体温を逃すまいと自分の体を抱きしめた。
それでも風は吹き付け体が冷たくなっていく。
これが夢じゃなかったら、こんな所で俺は死ぬのか?
誰にも知られる事も無く、何もこの場所で一人きり。
昔ならそれでよかったかもしれない。
でも、エミリア達と知り合ってからその気持ちは変わった。
嫌だ。
こんな所で死ぬなんて。
絶対に嫌だ。
そう思っても冷えていく身体を止めることはできず、意識はだんだんと遠ざかっていく。
あぁ、嫌だ・・・。
いやだ・・・。
いや・・・。
「シュウイチ、おい、シュウイチ起きろ!」
シルビア様の声に急激に意識が覚醒し、俺は目を見開いた。
そこはさっきの草原、ではなく見慣れた商店の応接室。
俺が昼寝を決め込んでいた窓際だった。
「どうしたんだそんな顔をして。うわ、唇が真っ青じゃないか!何かを羽織らないと風邪をひくとエミリアに言われなかったのか?」
「シルビア?」
「何を寝ぼけているんだ?おいおい随分と冷たい体だな、本当に大丈夫なのか?」
「私は、さっきまで草原にいて・・・。」
「なんだ変な夢でも見たのか?とりあえずこれを巻いておけ、温かい香茶を持ってくる。」
羽織っていたカーディガンのようなものをそっとかけ、足早に出て行ってしまった。
あまりの暖かさに思わず抱きしめ、そして大きく息を吐く。
あれは夢だったのか。
でもあまりにもリアルで夢とは思えなかった。
あの体温の奪われていく感じ。
もしシルビア様に起こしてもらえなかったらあのまま死んでいたんじゃないだろうか。
その証拠に今でも体の芯が寒くて震えあがりそうだ。
注ぎ込んでくる日差しが体を芯から温めてくれるのが分かる。
これだけ暖かい場所にいたのにこんなにも体が冷えるなんて、そんなことあり得るんだろうか。
分からない。
さっきのはいったい何だったんだろうか。
「待たせたな。」
「すみません、ありがとうございます。」
お盆の上には二人分の香茶が乗っている。
あれ、確かシルビア様は村に行ってたんじゃなかったっけ。
「意識ははっきりしたみたいだな。」
「すみません寝ぼけていたようです。」
「この間まで随分と忙しかったからな、疲れがたまっていたんだろう。」
「でもここ最近は特に問題もありませんでしたよ?」
「今までの疲れが出たんだろう。おまえはすぐ無理をするからな、困ったものだ。」
「あはは、気をつけます。」
それを言われると反論できない。
手渡されたカップに口をつけると優しい香りが肺を満たすのが分かった。
口に含み今度はお腹が温められていく。
美味しいなぁ。
「朝から村に行ってましたよね?何かあったんですか?」
「ついさっき宿が出来上がってな、日の暮れる前に感謝の儀をしたいと父上が言い出して慌てて呼びに来たんだ。」
「ついにできたんですね。」
「本当は昨日の予定だったんだが、雨で作業が中断していたからな。これで残すノルマもあと一つだ。」
「無事に間に合ってよかったです。」
「水路はもうすこしかかりそうだ。水量を調整する板に苦労しているようだがそれでも春までにはなんとかなるだろう。」
感謝の儀か。
名前的に完成を祝った竣工式みたいなものだろう。
どの世界も神様に感謝するってのは同じなんだなぁ。
いや、この村の場合は神様よりも精霊様かもしれない。
随分とお世話になっているしね。
「一年で随分と変わりましたね。」
「まったくだ。たった一年で村がこんなにも変わるとは思いもしなかったぞ。」
「今更ですが迷惑だったでしょうか。」
「迷惑だったら誰も手伝ってはくれないさ。もちろん思う所は色々とあるだろうが、それでもお前に対する感謝の気持ちは皆一緒だ。」
「そうだと良いんですけど。」
「なんだ今日は随分と弱気だな。」
「いえ、ふと思っただけです。それにまだまだ村には大きくなってもらわないといけないんですから、こんな所で立ち止まるつもりはありません。」
今のノルマは夏までだ。
それを達成すればまた新しいノルマが課せられる。
サラリーマンである以上目標を決められそれに向かって切磋琢磨するのはどの世界でも変わらない。
もちろん俺も現状で満足するつもりはない。
これからもどんどんダンジョンや村を大きくしていくんだ。
「その通りだ。私の夫がそんな弱気では困るぞ。」
「気をつけます。それで、儀式は今日中にするんですよね?」
「出来上がった日にしなければならないと言い出して聞かなくてな。まぁ、あれだけ立派な建物だ、父上が心配するのもわかる。」
新しくできた宿は村で一番大きな建物になった。
地上三階地下一階。
地下は倉庫、一回は食堂兼受付、二階と三階が客室だ。
部屋数が8つあるのでそれなりの人数が宿泊できる。
横にはシャルちゃんの新しいお店も出来る予定だ。
「着替えたほうが良いでしょうか。」
「そんな畏まった儀式ではない、精霊様と土地神様に感謝を伝えるだけだその格好でいいさ。」
なら余計に着替えた方がいいと思うけど、まぁいいか。
「わかりました。」
「そうだ、できれば商店からも貢物としてお酒か食べ物を納めてほしいと言われているのだが・・・。」
「もちろんそのつもりです。小さいとはいえ大切な儀式ですから。」
「すまんな。」
村と商店は一蓮托生。
色々お世話になっているんだからこういったイベントにはしっかり参加しないとね。
「じゃあ準備してしまいましょうか。」
「体調はいいのか?」
「寝ていただけですから大丈夫です。」
シルビア様と話しているうちに随分と体は暖かくなった。
さっきまでの震えが嘘のようだ。
やっぱり夢は夢だったという事だろう。
流石に夢で人が死ぬというのは聞いた事ない。
俺が知っているのはVRMMOの世界の話だけだ。
え、あれも二次元だって?
気のせいですよ、きっと。
そのままシルビアと共に下に向かい、事情を説明して倉庫から荷物をとりだす。
結婚祝いで大量に頂いたお酒はもう飲んでしまったが、偶々仕入れた良いお酒があるのでそれを持っていこう。
もちろん持ってきてくれたのはジャパネットネムリだ。
まさかこれを見越しておいて行ったんじゃないだろうな。
いや、彼なら十分にあり得るか。
「忘れ物はないな?」
「大丈夫です。」
お酒とユーリが今朝持ち帰ったお肉をもって店を出る。
店は暇なので俺一人いなくなっても問題ないだろう。
「宿が稼働するといよいよ村も賑やかになるな。」
「シャルちゃんのお店が始まればそれなりにお金が落ちるようになると思います。欲を言えば飲食店が欲しい所ですが、当分は宿の食堂で賄ってもらうしかないですね。」
「むしろその方がいいかもしれん。冒険者が出歩くことに良い顔をしない者もまだいるからな。」
「色々と難しいですね。」
「まだ一年しかたっていないんだ、これからゆっくりと解決していけばいいさ。」
うちの宿にはガンドさん達が来てくれるが、村の宿は村の男衆と女衆から当番制で人を出すことになっている。
娯楽施設が無いので夜に出歩く事はないと思うが、それでも警戒しないわけにもいかない。
自警団も忙しくなることだろう。
シュリアン商店としても宿や商店を利用する人が少なくなるから影響が出て来る。
だがそれはもう作る時からわかっていた話だ。
遠くて安い村と近くて高い商店。
おそらく最初は初心者が村、中級以上が商店となると予想している。
すみわけも重要だ。
なにより村が栄えるためにはお金を落とす必要がある。
今回はその第一歩というわけだな。
「春になれば益々仕事が増えるだろう。こんな風にゆっくりできる時間などもうないかもしれんな。」
「大丈夫ですよ、みんなで助け合えば何とかなります。今までもそうやって来たんですから。」
「そう言えばそうだな。」
「もっとも、この前みたいに面倒な事が起きなければですけど。」
「おいおい、お前が言うのか?」
ですよねー。
いつも何かしらの問題が起きるのは決まって俺のいる所。
おっと、これ以上は言わないでおこう。
世の中には言霊って言葉があるからね。
何事もなく平和が一番。
わかりましたか?
平和が一番ですからね!
そこ、お間違えの無いようにお願いします。
と、誰に言うわけでもなく力説するのだった。
その気配を感じさせるような暖かな日差しがなどから降り注いでいた。
お昼過ぎ。
少し早い昼食を終えて、窓際でのんびり日光浴としゃれこんでいるわけだけど・・・。
こりゃ気持ち良すぎる。
「シュウイチさ・・・あ、お休み中でしたか。」
「ちょっとうとうとしていただけです、どうしました?」
「帳簿の確認をお願いしたくて。机の上に置いておきますので後で目を通してもらえれば大丈夫です。」
「わかりましたやっておきます。」
「よろしくお願いします。」
ちなみに俺が今いるのは応接室に改造した客室だ。
え、仕事をさぼるなって?
この時間は冒険者の波もひと段落するので余剰人員は休憩しておくべきなんです。
エミリアがゆっくりと扉を閉めた、かと思ったらもう一度扉が開きエミリアがこちらを見て来る。
「風邪をひきますから何か羽織って寝てくださいね。」
「あ、うんありがとう。」
てっきり怒られるのかと思ったけど逆に気をつかわれてしまった。
最近忙しかったからこんなにゆっくりな日も久々だ。
草期はバタバタだったからなぁ・・・。
花期に入って多少マシになったとはいえ宿の建設や水路の工事が佳境に入ったからまだもうすこし忙しい日々が続くだろう。
そうこうしているうちにもう春が来てしまう。
この世界に来て1年。
色々あったけれど、楽しかった。
残るは夏まで後一節。
課題はクリアしてきているけれど、未達のノルマもあるわけでして・・・。
さてどうするのが一番だろう。
なんて考えながら目を瞑っていると柔らかな日差しに誘われるように眠りの国へと誘われてしまった。
「んで、ここはどこ?」
ふと目覚めた俺は広い草原の上に立っていた。
大草原のなんとかの家とかの舞台になりそうなぐらいに広くて、そして何もない。
青々とした草が膝下ぐらいの高さで揺れている。
おかしい。
俺は確か応接室の窓際で寝ていたはずなんだけど・・・。
仮に寝ぼけていたとしても家の周りにあるのは鬱蒼とした森だけなので草原まで歩いていくという事はまずありえない。
と、いうことはだ。
ここはさっきまでいた現実ではない別のどこかと考えるのが妥当だろう。
つまるところ夢だ。
いや、知らない間に別の異世界に飛ばされたという可能性も否定できない。
うーむ、異世界とかありえない!ならこれは夢なんだ!と割り切れればいいんだけど、残念ながらそれは難しいんだよね。
困ったなぁ。
一面草原で目印になるようなものも一切ない。
とりあえずこういう時は動かないのが鉄則なんだけど・・・。
何時までもここに居るわけにはいかないよな。
と、いうことでまずはスタート地点をしっかりと確認しよう。
今いる場所を中心に足で草を踏み固めていく。
円を描くように踏んで踏んで踏んで踏んで・・・。
っとこんなもんかな。
夢だとしたら随分とめんどくさい夢だ。
結構疲れるし。
でもこれでどこから来たのか大体わかるな。
草原に出来上がったのは半径3mぐらいの円。
俗に言うミステリーサークルという奴だ。
これでベースキャンプはできた。
次はここを基地にして周囲の探索に出るとしよう。
オープンワールド系の洋ゲーで培った探索能力をなめてもらっては困る。
いきなりよくわからないフィールドのど真ん中に放置されるという点では同じ状況だと言えるだろう。
えぇっと太陽っぽい光源があっちなので、それを左手にして・・・よしとりあえずこっちに行くか。
出発地点をこれまた足で踏み固めてひとまずまっすぐに進んでみる。
草を踏みつけながらなので速度は遅いがランドマークになるような物がないので致し方ない。
まずは100歩。
一回戻って次は同じ道を200歩。
何度も同じ道を歩く事で足元が踏み固められ道が出来上がっていく。
誰が言ったんだったっけ、自分が歩いた場所がそのまま道になるって。
まさにその通りだ。
それからどのぐらい歩いただろうか。
500歩まで数えたから最低でも4往復はしたことになる。
だが行けども行けども景色は変わらず。
だだっ広い草原が広がるだけだ。
しかし参ったね。
それなりに時間がたっているはずなのに太陽っぽいやつの位置は変わらずそのままだ。
そこから考えられるのは二つ。
日の出日の入りのない世界なのか、それとも夢なのか。
風は感じるから時間が止まっているって感じではなさそうなんだけど・・・。
喉が渇いてきたぞ。
心なしかお腹が空いた気もする。
ってことはこれは夢ではない?
だとしたらこんな悠長なやり方をしているわけにはいかないな。
食事はともかく飲み水を確保できないと1日たたずにアウトだ。
山は見えないし木々も見えない。
そんな場所に川があるとは考えにくいが、可能性はゼロじゃない。
仕方ないちょっと強引に進むか。
先程と違い進めるところまで進む。
途中何度も後ろを振り返り歩いてきた道を確認しながら進むこと1096歩目。
ついに目的の物を発見する事が出来た。
小川が草原を真っ二つに切り裂いている。
透明な水の流れる幅2m程の川。
急ぎ駆け寄りまずは小指をつけてみる。
刺激無し。
次に匂い、問題なし。
最後に味。
うん、美味しい。
遅行性の毒があるかどうかはわからないがとりあえず大丈夫そうだ。
両手ですくってのどに流しこむ。
冷たい水が渇いたのどに染みわたっていくようだ。
もう一度両手を差し込むと水の中をキラキラとしたものが横切って行った。
あれは、魚か。
ということは、危ない毒が入ってるってことはなさそうだな。
よかったよかった。
のどを潤し一息つく。
ベースキャンプから逆算するとおよそ1600歩。
多少距離はあるが水場が確保できただけでも良しとするか。
後は食料をどうにかして・・・。
と思ったその時だった。
突然暗雲が立ち込め風が強くなってきた。
あ、なんかやばい気がする。
俺は慌ててきた道を戻りベースキャンプへと急ぐ。
その間も風はどんどんと強くなり、遮るもののない草原を駆け抜けていく。
吹き飛ばされそうになるのを何とかこらえながら俺はがむしゃらに走り続けた。
次第に雨も降り出し、濡れた体が吹き付ける風で急激に冷えていくのが分かる。
どこか雨宿りできる場所、と考えてもそんな場所があるはずもなく。
何とかベースキャンプに戻った俺は倒れこむと同時にミノムシのように丸くなり体温を逃すまいと自分の体を抱きしめた。
それでも風は吹き付け体が冷たくなっていく。
これが夢じゃなかったら、こんな所で俺は死ぬのか?
誰にも知られる事も無く、何もこの場所で一人きり。
昔ならそれでよかったかもしれない。
でも、エミリア達と知り合ってからその気持ちは変わった。
嫌だ。
こんな所で死ぬなんて。
絶対に嫌だ。
そう思っても冷えていく身体を止めることはできず、意識はだんだんと遠ざかっていく。
あぁ、嫌だ・・・。
いやだ・・・。
いや・・・。
「シュウイチ、おい、シュウイチ起きろ!」
シルビア様の声に急激に意識が覚醒し、俺は目を見開いた。
そこはさっきの草原、ではなく見慣れた商店の応接室。
俺が昼寝を決め込んでいた窓際だった。
「どうしたんだそんな顔をして。うわ、唇が真っ青じゃないか!何かを羽織らないと風邪をひくとエミリアに言われなかったのか?」
「シルビア?」
「何を寝ぼけているんだ?おいおい随分と冷たい体だな、本当に大丈夫なのか?」
「私は、さっきまで草原にいて・・・。」
「なんだ変な夢でも見たのか?とりあえずこれを巻いておけ、温かい香茶を持ってくる。」
羽織っていたカーディガンのようなものをそっとかけ、足早に出て行ってしまった。
あまりの暖かさに思わず抱きしめ、そして大きく息を吐く。
あれは夢だったのか。
でもあまりにもリアルで夢とは思えなかった。
あの体温の奪われていく感じ。
もしシルビア様に起こしてもらえなかったらあのまま死んでいたんじゃないだろうか。
その証拠に今でも体の芯が寒くて震えあがりそうだ。
注ぎ込んでくる日差しが体を芯から温めてくれるのが分かる。
これだけ暖かい場所にいたのにこんなにも体が冷えるなんて、そんなことあり得るんだろうか。
分からない。
さっきのはいったい何だったんだろうか。
「待たせたな。」
「すみません、ありがとうございます。」
お盆の上には二人分の香茶が乗っている。
あれ、確かシルビア様は村に行ってたんじゃなかったっけ。
「意識ははっきりしたみたいだな。」
「すみません寝ぼけていたようです。」
「この間まで随分と忙しかったからな、疲れがたまっていたんだろう。」
「でもここ最近は特に問題もありませんでしたよ?」
「今までの疲れが出たんだろう。おまえはすぐ無理をするからな、困ったものだ。」
「あはは、気をつけます。」
それを言われると反論できない。
手渡されたカップに口をつけると優しい香りが肺を満たすのが分かった。
口に含み今度はお腹が温められていく。
美味しいなぁ。
「朝から村に行ってましたよね?何かあったんですか?」
「ついさっき宿が出来上がってな、日の暮れる前に感謝の儀をしたいと父上が言い出して慌てて呼びに来たんだ。」
「ついにできたんですね。」
「本当は昨日の予定だったんだが、雨で作業が中断していたからな。これで残すノルマもあと一つだ。」
「無事に間に合ってよかったです。」
「水路はもうすこしかかりそうだ。水量を調整する板に苦労しているようだがそれでも春までにはなんとかなるだろう。」
感謝の儀か。
名前的に完成を祝った竣工式みたいなものだろう。
どの世界も神様に感謝するってのは同じなんだなぁ。
いや、この村の場合は神様よりも精霊様かもしれない。
随分とお世話になっているしね。
「一年で随分と変わりましたね。」
「まったくだ。たった一年で村がこんなにも変わるとは思いもしなかったぞ。」
「今更ですが迷惑だったでしょうか。」
「迷惑だったら誰も手伝ってはくれないさ。もちろん思う所は色々とあるだろうが、それでもお前に対する感謝の気持ちは皆一緒だ。」
「そうだと良いんですけど。」
「なんだ今日は随分と弱気だな。」
「いえ、ふと思っただけです。それにまだまだ村には大きくなってもらわないといけないんですから、こんな所で立ち止まるつもりはありません。」
今のノルマは夏までだ。
それを達成すればまた新しいノルマが課せられる。
サラリーマンである以上目標を決められそれに向かって切磋琢磨するのはどの世界でも変わらない。
もちろん俺も現状で満足するつもりはない。
これからもどんどんダンジョンや村を大きくしていくんだ。
「その通りだ。私の夫がそんな弱気では困るぞ。」
「気をつけます。それで、儀式は今日中にするんですよね?」
「出来上がった日にしなければならないと言い出して聞かなくてな。まぁ、あれだけ立派な建物だ、父上が心配するのもわかる。」
新しくできた宿は村で一番大きな建物になった。
地上三階地下一階。
地下は倉庫、一回は食堂兼受付、二階と三階が客室だ。
部屋数が8つあるのでそれなりの人数が宿泊できる。
横にはシャルちゃんの新しいお店も出来る予定だ。
「着替えたほうが良いでしょうか。」
「そんな畏まった儀式ではない、精霊様と土地神様に感謝を伝えるだけだその格好でいいさ。」
なら余計に着替えた方がいいと思うけど、まぁいいか。
「わかりました。」
「そうだ、できれば商店からも貢物としてお酒か食べ物を納めてほしいと言われているのだが・・・。」
「もちろんそのつもりです。小さいとはいえ大切な儀式ですから。」
「すまんな。」
村と商店は一蓮托生。
色々お世話になっているんだからこういったイベントにはしっかり参加しないとね。
「じゃあ準備してしまいましょうか。」
「体調はいいのか?」
「寝ていただけですから大丈夫です。」
シルビア様と話しているうちに随分と体は暖かくなった。
さっきまでの震えが嘘のようだ。
やっぱり夢は夢だったという事だろう。
流石に夢で人が死ぬというのは聞いた事ない。
俺が知っているのはVRMMOの世界の話だけだ。
え、あれも二次元だって?
気のせいですよ、きっと。
そのままシルビアと共に下に向かい、事情を説明して倉庫から荷物をとりだす。
結婚祝いで大量に頂いたお酒はもう飲んでしまったが、偶々仕入れた良いお酒があるのでそれを持っていこう。
もちろん持ってきてくれたのはジャパネットネムリだ。
まさかこれを見越しておいて行ったんじゃないだろうな。
いや、彼なら十分にあり得るか。
「忘れ物はないな?」
「大丈夫です。」
お酒とユーリが今朝持ち帰ったお肉をもって店を出る。
店は暇なので俺一人いなくなっても問題ないだろう。
「宿が稼働するといよいよ村も賑やかになるな。」
「シャルちゃんのお店が始まればそれなりにお金が落ちるようになると思います。欲を言えば飲食店が欲しい所ですが、当分は宿の食堂で賄ってもらうしかないですね。」
「むしろその方がいいかもしれん。冒険者が出歩くことに良い顔をしない者もまだいるからな。」
「色々と難しいですね。」
「まだ一年しかたっていないんだ、これからゆっくりと解決していけばいいさ。」
うちの宿にはガンドさん達が来てくれるが、村の宿は村の男衆と女衆から当番制で人を出すことになっている。
娯楽施設が無いので夜に出歩く事はないと思うが、それでも警戒しないわけにもいかない。
自警団も忙しくなることだろう。
シュリアン商店としても宿や商店を利用する人が少なくなるから影響が出て来る。
だがそれはもう作る時からわかっていた話だ。
遠くて安い村と近くて高い商店。
おそらく最初は初心者が村、中級以上が商店となると予想している。
すみわけも重要だ。
なにより村が栄えるためにはお金を落とす必要がある。
今回はその第一歩というわけだな。
「春になれば益々仕事が増えるだろう。こんな風にゆっくりできる時間などもうないかもしれんな。」
「大丈夫ですよ、みんなで助け合えば何とかなります。今までもそうやって来たんですから。」
「そう言えばそうだな。」
「もっとも、この前みたいに面倒な事が起きなければですけど。」
「おいおい、お前が言うのか?」
ですよねー。
いつも何かしらの問題が起きるのは決まって俺のいる所。
おっと、これ以上は言わないでおこう。
世の中には言霊って言葉があるからね。
何事もなく平和が一番。
わかりましたか?
平和が一番ですからね!
そこ、お間違えの無いようにお願いします。
と、誰に言うわけでもなく力説するのだった。
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