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第十四章

足りなかった覚悟

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三人組がつけた目印は消えることなく俺達を迷路の奥へと誘導してくれる。

それが二又でも三叉路でも十字路でも真実はいつも一つ!

これほどありがたいものはないな。

この目印がなかったらまだ入り口のあたりをうろうろしていたことだろう。

体感的にそろそろ中盤。

途中何度か魔物と遭遇したものの、どれも待ち伏せなどではなく魔物自体が迷路に迷ってたまたま出くわしたという感じだった。

魔物も驚いた顔するんだな。

面白い。

「次は・・・左です。」

「前方に敵の気配はありません、大丈夫です。」

「罠はどうだ?」

「それらしいのはなさそうですね。というよりも床罠はほとんど作動していて動いていないのを探す方が大変ですよ。」

「全部魔物が起動しちゃったんですね。」

「そうでしょうね。落とし罠にかかって死んでいるのもいましたから、よっぽど慌てていたんだと思います。」

自分より強い魔物の気配を感じ上層階へと殺到する魔物。

まるでゾンビから逃げる人間のようだ。

そして大半が逃げる途中で死んじゃうんだよな。

ショッピングモールに逃げ込んでも誰かがバカなことしちゃうし。

まぁそうしないと話が面白くないから仕方ないんだけどさぁ。

食料も大量にあって入り口もガチガチに封鎖されているならおとなしく籠城したらいいのに。

どこかに逃げようとする方が間違いなんだよ。

時間がたてばどうにかなるかもしれないなんていう淡い期待にすがって、自分がどうにかしようとか思わなければその間は安全に過ごせるのにね。

食料がなくなったらそれが自分の終わりというわけだ。

その時点でゾンビに立ち向かって死ぬのならば仕方のない事。

いっそ、食べられるのならば自害するという手もある。

そうなるとゾンビ化しないのだろうか。

考えた事なかった。

教えてゾンビ映画に詳しい人!

「そのおかげでこうやって安全に進めているわけだが・・・と、そんなこと言っていたらお出ましのようだ。」

先を進むシルビアが音もなくしゃがみ通路の先をにらみつける。

「二体、いえ三体です。」

「何かを引きずるような音もするな。」

「コボレートやオーグルだったらいいんですけど、ちょっとやっかいな奴がここにはいるんですよね。」

シルビア様の警戒にネーヤさんが素早く反応する。

なんで真っ暗で何も見えない通路の先にいる魔物の数が分かるんだろうか。

本人曰く音が違うそうだけどそもそも俺にはその音すら聞こえない。

ちなみにシルビア様は気配だそうだ。

ごめん、こっちも全くわからない。

「どうやらシュウイチの言うやっかいな方が来たみたいだぞ。」

シルビアの声がさっきよりも緊張している。

息をひそめ全神経を真っ暗な通路の奥に向けると、少しずつズルズルという何かが這うような音が俺の耳にも聞こえてきた。

それと同時に何かが腐敗したような臭いも漂ってくる。

「ひどい臭いですね、でも気配からするとアンデットではないようです。」

「ということはこの前は遭遇しなかったんですね。」

それはよかった。

こいつを相手にするのは三人組には無理がある。

遭遇したが最後、おとなしく引き下がるしかないだろう。

「シュウイチ後ろに下がれ。誰も攻撃するなよ、合図があるまで決して何もするな。」

シルビアはもう何か分かったようだ。

そしてエミリアも。

最後尾にいるエミリアがブツブツと口の中で詠唱を始める。

いつもならそんな長い詠唱なんて必要としないのに、ワザワザそれをするという事はそれだけ危険な存在だとわかっているからだ。

「スライム・・・?」

「あぁ、それも普通のじゃない。取り込まれたが最後痕跡一つ残さずに喰らいつくす掃除屋だ。」

ズルズルという音がはっきりと聞こえてくると同時にランタンの明かりに照らされてその姿が少しずつあらわになってくる。

黄色いゼリー状の体。

半透明のその体の中には獲物を捕まえた後なのか魔物の姿があった。

だが、皮膚はただれ中々スプラッタな見た目になってきている。

そう、こいつはシルビアの言う掃除屋の名にふさわしく生きていても死んでいても目の前にある有機物は全て食べ尽くす。

また、体を満たす腐食液にふれれば最後どんな名刀もすぐに溶かされてしまうだろう。

なので物理攻撃は一切効かない。

片栗粉を使うなんて言う戦法もこいつには無意味だ。

倒す方法はただ一つ、自分が持ちうる最大火力の『魔法』で消し去るしかない。

特に炎が有効なのはどんなゲームでもおんなじなんだよな。

「ウーズイーター。スライム種の中でもかなり異色で凶悪な魔物です。」

「これはまた、ずいぶん色々食べてきたようですよ。」

食事中の魔物のほかにも、消化できなかった武具や骨などが下の方に沈殿している。

今日はずいぶんとたくさんの食事にありついているようだ。

見た目こそあれだがこいつが掃除してくれているおかげで、ダンジョン内がきれいになっているのも事実。

けど、できれば今は出合いたくなかったな。

「うわ、こっち向いた、気持ち悪ぅ・・・。」

スライムのような見た目だが一番の違いは大きな目だ。

キュプロスのような巨大な目が獲物はどこかと体中を動き回っている。

だが巨大な目の割に目の前の俺たちに気づいていないのか、キョロキョロとあたりを伺っていた

「もしや、光が分からないんですか?」

「あぁ、あの目は動くものを確認しているだけのようだ。」

「臭いもわからないんですかね。」

「どうだろうな。どこからともなく現れては死骸や遺体を食い尽くすことから考えると、死臭のようなものはわかるのかもしれん。」

「こっちに来ちゃいますよ?ど、どうするんですか?」

「こいつを物理的に倒すことは無理だ。おとなしくここはエミリアに任せておけ。」

詠唱はまだ続いている。

こんなにも長い詠唱をしているところを俺はまだ見たことがない。

よほどすごい魔法なんだろう。

エミリアの使う魔法は主に炎、何か手伝えることはないだろうか。

「ネーヤさん、ランタン用の燃料って持ってきていますか?」

「あ、それでしたら私が持っています。念の為に多めに準備いたしました。」

「いただいても?」

「もちろんです。」

大きなカバンを下ろしてビクターさんが中を漁る。

仲間の戦闘スタイルからするとビクターさんが荷物持ちになるのは致し方ないのだろう。

「エミリアの魔法だけでもなんとかなるのではないか?」

「念には念をというやつです。」

別にエミリアが失敗するとは思っていない。

あくまでも補助的に何かできればと考えただけだ。

ビクターさんから燃料を受け取り、シルビアを後ろに下がらせてその場所に撒いておく。

後は火を着ければよしと。

「・・・炎に意思を、我が身を通じて灰塵と化せ。シュウイチさん下がってください!」

と、ナイスタイミングでエミリアの詠唱が完了したようだ。

でも魔物は予定していた着火位置よりもまだ少し遠い。

いや、そんなこと言っている暇ないな。

慌ててシルビアの後ろまで下がると同時に俺の横を巨大な火球が通り過ぎていった。

熱!

火球はまっすぐにウーズへと向かい着弾と同時に轟音が響き渡った。

酸素が全部持っていかれる。

呼吸するたびに熱波が灰を焼いていく、そんな感覚さえ覚える破壊力だ。

精霊の力なしでこの破壊力ってエミリア恐ろしい子!

「さすがエミリアですね。」

「久々にこんな魔法を使いました。」

「これだけの火力だ、消し炭も残らんだろう。」

炎が通路を覆い向こう側の様子はうかがえない。

シルビアの言うように俺の準備なんて取り越し苦労だったようだ。

燃料もったいなかったかな。

「いえ、まだいます!」

なんて思っていたら炎の向こうを凝視していたネーヤさんが緊張した声で注意を促してきた。

黒い影が炎壁の向こうに現れたかと思うと、そいつは炎をものともせず壁を突っ切りこちらへと向かってきた。

「そんなあの魔法でもダメなんて・・・。」

「一匹残ったか。」

「おそらく前にいた二匹が壁になったことで最後尾まで炎が届かなかったのでしょう。」

「どうするんですか?まっすぐ向かってきますよ!」

動きこそ遅いもののギョロギョロと動き回っていた眼はまっすぐにこちらを凝視している。

血走っていて随分とお怒りのようだ。

って当然か。

こいつらに感情があるかはわからないけど、仲間ごと燃やされたんだ怒らないわけがない。

「このまま下がって・・・いえ待ってください。」

後ずさりするビクターさんとネーヤさんを静止させる。

ゼリー状の体内は沸騰しているかのように沸々と気泡が沸き上がっていた。

炎を身に宿したままのウーズはまっすぐにこちらへ向かってきて・・・そして俺がぶちまけた燃料の上までやってきた。

ゴゥ!という音とともに火柱が再び通路を照らし出す。

身にまとった炎が足元の燃料に引火して再び強い炎がウーズに襲い掛かった。

さすがに二度の炎には耐えきれなかったのだろう。

勢い良く燃え上がったかと思うと爆ぜるようにしてその体は霧散していった。

熱気だけが通路に残される。

「これを見越して燃料を撒いていたとはおそれいった。」

「いえ、偶然です。」

「さすがシュウイチさんですね。」

「いえ、本当に偶然です。」

「魔法しか効かないウーズを別の方法で倒せるなんて知りませんでした。」

「ですから偶々うまくいっただけで、この方法で倒せるのであればとっくに判明しているはずですよ。エミリアの魔法のおかげです。」

「どちらにせよ危機は去ったわけですね、神に感謝しなければ。」

もう好きにしてくれ。

さっきも言ったけど燃料で焼き殺せるのであればとっくの昔に噂になっているはずだ。

それをしてもダメだったから魔法じゃないと倒せないって広まったわけで、今までの冒険者が試さなかったわけがない。

本当に偶然成功しただけの話だ。

「と、ともかく先を急ぎましょう。ティナさんたちが待っているはずです。」

危機は去った。

それならば急ぎ先を進んで目的を達成せねば。

そう思って再び通路の先に目を向けたその時だった。

ウーズの体内に残されていた残留物の中に見覚えのある印が描かれた盾があった。

慌てて駆け寄りそれを手に取る。

「騎士団の印だな。」

木製だからだろうか溶かされることなく残されたそれには、サンサトローズ騎士団の紋章が大きく描かれている。

このダンジョンを騎士団員が利用したことは何度もある。

だけど、ここまで深い場所に来たことはないはずだ。

じゃあなんでこんな所にこんなものがあるんだ?

「それ・・・モア君がいつも持っていたやつ・・・。」

一瞬思い浮かんではすぐに消した仮定をネーヤさんが思い出させる。

いやいやいや、偶然だって。

偶々似た紋章なだけ・・・。

「確かにこれは我が騎士団の紋章。確か団を抜ける時にモアが持っていったはずだ。」

「嘘、嘘でしょ?」

「随分と損傷が激しいですね、持ち手は腐食していて原形を留めていません。」

盾を見て冷静に分析をするビクターさん。

いやいやいや。

そんなことあるはずない。

だって魔術師の仲間もいたはずだし、ティナさんがウーズイーターを知らないわけがない。

すぐに魔法で対処するようにって指示を出すはずだし、そしたらモア君が戦うはずないじゃないか。

きっとこれは何かの偶然で、そうつい落としてしまった所を取り込まれたんだ。

そう、そうだって。

現実を認めたくなくていくつも否定が頭を駆け巡る。

そんな、ついさっきまで一緒にいたのに。

そんなことあるはず・・・。

「だって、この傷この前あたしを守った時についた傷・・・。モア君、嘘でしょ・・・。」

仮定が確定へと変わる。

その盾はモア君の物。

前衛の彼が命の次に大事な盾を手放す、そんな事態があるとすればそれは一つしかない。

その命が尽きた時・・・。

冒険者がダンジョンで命を落とすのは日常茶飯事だ。

むしろそれを求めて魔物を配置している。

じゃあその魔物を呼んだのは誰だ?

俺だ。

つまり俺がモア君を殺した?

知り合いの命を俺が奪った・・・?

目の前がぐるぐると回り出し、力が抜けてしまい盾を落としてしまった。

カランという軽い音が通路に響く。

こんなにも軽く人の命が消えていく。

分かっていたし覚悟していた。

人殺しと同じことをしているって。

それを理解して割り切ってダンジョンを運営していた。

そのつもりだった。

でも、現実を突きつけられるとそれは想像よりもはるかに重くて、俺一人なんかじゃ受け止めきれなくて。

「大丈夫か。」

「シュウイチさんしっかりしてください。」

奥さん二人に支えられてかろうじて気持ちをつなぐことが出来た。

「モア君が死んだの・・・?じゃあ、ジュリアンも、ティナ様もみんな・・・。私だけ生き残っちゃったの?あそこで逃げたから?私、私だけ・・・。嫌、嫌よ、そんなの嫌!」

シルビア様の言葉で一度は立ち直ったネーヤさんの心がこたたび崩れていくのが分かる。

悲壮な声が口から漏れ出し、そして。

「モア君が、皆が死んじゃったぁぁぁぁぁぁぁ。」

大粒の涙と共に抑えきれなかった気持ちが溢れだした。

叫び声がダンジョンの奥へと響いていく。

モア君が死んだ。

という事はティナさんも・・・。

その現実に全員が下を向き打ちのめされそうに

ほんの一瞬だけ。

「すごい音が聞こえたと思ったら、誰が死んだって?」

「モア!それにティナ殿、無事だったのか!」

「僕もいますよー。」

「ジュリアさんも良くご無事で、本当に良かった!」

聞いた事のある声にハッと顔を上げると見覚えのある顔がキョトンとした顔でこちらを見ていた。

聞いた事あるはずだし見覚えもあるはずだ。

だって、今死んだと思っていた本人なんだから。

「イナバ様ご心配をおかけしました。」

「ティナさんも、無事で本当に良かった。」

崩れ落ちそうになっていた気持ちを何とかリセットして立てなおそうとする。

でもなかなかうまくいかなくて言葉に力が入らなかった。

それを感じ取りティナさんがまた申し訳なさそうな顔をする。

悪いのは俺だ。

覚悟していたつもりだったのにまだ全然足りなかった。

俺一人でなんて絶対に耐えられない。

でもそれじゃいけない。

再びダンジョンマスターになってダンジョン商店の店主としてやっていくのならば、いつかはこういう日が来るはずなんだ。

実際に何度かあったじゃないか。

なじみの冒険者がケガをしたり命を落としたことが。

その時には確かに心が痛んだけど、ここまでじゃなかった。

もっとしっかりしないと。

そうじゃないと、命を貰った意味がない。

もっともっともっともっと。

強く握りしめたせいで爪が皮膚を突き破って刺さってしまった。

鈍い痛みがジンジンとひろがる。

自傷して罪が軽くなるわけじゃない。

これは自分への戒めだ。

「何はともあれ全員無事でよかった。ひとまず上に戻ろうではないか、何があったのか道中聞かせてくれ。」

「久々に疲れました。」

「すみません俺が盾を壊されてしまったばっかりに。」

「いえ、あの時助けてもらわなければ危なかったのはこちらです。」

「モアがティナ殿を助けた?」

「現場から離れすぎてしまった私の落ち度です、これからはもうすこし体を動かすようにしないと、反省します。」

反省するのは俺の方だ。

ネーヤさんはモア君とジュリアさんに茶化されて恥ずかしそうに顔を伏せている。

俺はというと、行き場のない感情をコントロールできずに立ち尽くす事しかできなかった。

「シュウイチさん大丈夫です。みんな無事だったんですから。」

そんな俺に気付いたのかエミリアが握りしめた手の上にそっと手を重ねて優しく包み込んでくれる。

「さぁ皆さん待ってますよ。そんな顔しているとまたティナさんが心配してしまいます。」

分かっている。

分かっているんだけど上手く表情が作れなくて。

その後何とか気持ちを落ち着かせてモア君達をねぎらえたのは11階層に戻ろうかという所だった。

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