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第十四章

新米冒険者と行くダンジョン体験ツアー:野営編

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野営地にはいい匂いが漂い始めていた。

十一階層に降りてすぐの大部屋にはいくつものテントが設営され、それぞれの前に小さなたき火が用意されている。

あの後興奮冷めやらぬ皆を連れて階層を降りるとバッチさんが野営の準備を進めていた。

新米達はてっきりうちの関係者だと思っていたようだけど、ダンジョン妖精だと知ったときのあの驚いた顔は忘れられない。

特に楽しみにしていた彼女の落ち込みようといったら。

まぁそれはそれとして。

その後それぞれの班にテントを設営させ、たき火を起こさせてみたわけだけど・・・。

これがまぁ一仕事だったわけですよ。

「火が付いてないじゃない、ちょっとちゃんとしなさいよ。」

「してるさ!でもいくらやっても種火が移らないんだ。」

「ちょっと貸してみなさい・・・あれ、本当につかない。」

「こっちもダメだ。」

「ちょっと、ちゃんと支えなさいよ傾いてるじゃない。」

「お前こそ引っ張りすぎなんだよ!」

おやおや、至る所から不満の声が聞こえて来るぞ。

何事も初めての経験だもんな、頑張れお若いの。

「どうかしましたか?」

「すみません上手く火がつかなくて。」

「火が付かない?」

良くみると焚き火の骨組みは出来上がっているものの、種火を移す為の枯れ草が無い。

そりゃいきなり薪に移らんわな。

でもなんでだ?

「確か種火を移す用の藁があったと思うんですがどうしました?」

「え、藁ですか?」

「なかったよなぁ。」

「うん。」

マジか。

あれが無いとどうしようもないんだけど・・・。

「バッチさん着火用の藁って持ってきましたよね?」

「あれか?あれなら焚き付け用に使っちまったべ。」

「えぇ、全部ですか?」

「ここは火の付きが悪くてなぁ・・・まずかったべか。」

「いや、まぁ準備してもらったのは私ですしメインの火があればなんとかなるんですけど・・・。」

幸い俺達が休む用のテントの前にはもう焚き火が出来上がっているのでそれから移せば早いんだけど、でもそれじゃ新米達の勉強にならないんだよね。

さて、どうしたもんか。

代用品代用品・・・。

お、あるぞ!

俺は素早くポケットに手を突っ込み爪で隅の方をこするとお目当ての物が引っ掛かった。

「今回はこれを使いますか。」

「ゴミですか?」

「一見すればゴミですがこんな時に役に立つとっておきです。皆さんのポケットもしくは袋の隅をさがしてみてください。それと一緒に先程食べた携帯食料の包み紙もお願いします。」

「わかりました。」

他の子がポケットを漁っているうち俺は取り出した埃を薪の下にセットして、携帯食料を包んでいた油紙をその上に乗せる。

湿気ていたら使えないけど、幸い乾燥した物を包んでいたのでその心配はなさそうだ。

「イナバ様どうぞ。」

「これだけあればなんとかなるでしょう。」

三人分の埃を塊にして追加された油紙を細く千切る。

後は種火を埃に近づければ・・・。

「あ!燃えた!」

「後は慌てずに紙を足しながら細い木に移せば完璧です。」

「「「ありがとうございます!」」」

屋外であれば枯れ葉や木くずなど仕えるものが多いんですけど、ダンジョンの中にはそれがありません。なのである物を代用しようというわけです。」

「他に何が使えますか?」

「もったいないですが予備の衣服をほどいたり切ったりしてもいいでしょう。ある物を使う、これがダンジョンの鉄則です。」

「なんで薪なんか持っていくんだろうと思ってたんですけど、こういう事だったんですね。」

「野営に火は必須です。料理もそうですが魔物が来た時の明かりにもなりますから。」

それにどこに野営場所を設定するかも重要だ。

いざというときに戦いやすく、かつ襲われにくい場所。

この前ガンドさん達が逃げ込んだような細い通路の奥にある小部屋なんかは最適だ。

今回は転移装置で飛んでくる十一階層入り口をそれに見立てて使用している。

ここなら後ろが階層主のいる十階層なので後ろから敵が襲って来る心配はないし、正面の通路さえ気を付けていれば魔物もわかず安心だ。

何処が危険でどこが安全か、またさっきの様にどうやって火をつけるか等こういった事も先輩冒険者から教わったりするんだけど今回は体験会という名の勉強会だから別にかまわないだろう。

「天幕の設営はできましたか?」

「それはなんとか。」

「荷物は奥に、武器は手前に。いつでも戦えるよう最低限の武具は身に着けてくださいね。」

「交代で仮眠するんですよね?」

「三人いますからそれなりに眠る事が出来るでしょう。今回は集団ですが各班同じように仮眠を回してもらいます。」

「うぅ、俺なかなか起きれないんだよな。」

「むしろ起きていられるかな。」

冒険者としてそれなりに経験すれば嫌でもすぐ起きて行動できるようになるらしい。

俺にはそんな経験はないけれど、もともと眠りが浅い方なのですぐ起きて行動できる。

こんな所でこの癖が役に立つと思わなかったな。

「では準備が出来た班から食事にしましょう。持ち込んだ飲み水や食料を上手く使って各班好きなように料理してください。ただし、水も食料も限りがありますから注意してくださいね。温かいスープだけはバッチさんが作ってくださいましたから安心して取り掛かってください。」

「えぇ、料理まで作るの!?」

「俺作ったことないんだけど。」

「私もあんまり得意じゃない。」

「とりあえず今ある物で何とかしようよ。」

「えぇっと、肉と簡単な野菜と携帯食料の残り・・・。ねぇ調理器具はどれ?」

「これじゃない?この鍋じゃあまり大きいのは作れないね。」

「火はあるんだし炒め物を一人分ずつ作ればなんとか・・・でも調味料が無い。」

そう、各自が持ち込んだものには限りがある。

特にダンジョンなんて言う閉鎖空間に持ち込める量はおのずと少なくなってしまうので、その限られた荷物の中に何をどれだけ入れる必要があるのかを今後は考えて行かなければならない。

無限収納袋なんてチートアイテムはありませんよ。

ほんと、あの機能って元の世界でも十分無双できるよな。

質量保存の法則なんてガン無視できるし、食糧廃棄物を食料の足りない所にもっていけばそれだけで救われる命がいくらでも出て来る。

好きな場所に好きな物を好きなだけ。

さすがファンタジーの道具だ夢がある。

「あのさちょっといいかな。塩あげるから代わりにその野菜少し分けてくれない?」

「え!塩あるの!?」

「むしろ塩ばっかりで・・・お肉はあるんだけど野菜が全然入ってなかったの。」

「あげる!野菜嫌いばっかりだからむしろ全部もってっちゃって!」

「いや、全部はいらないかな。」

と、アタフタする新米達を眺めていると各班の中で自然と交流が生まれ始めていた。

足りないものがあれば余っている所からもらえばいい。

ダンジョン内で他の冒険者と交流する事はあまりないけれど、無い話ではない。

もしそう言うことがあれば食料だけでなく道具の融通などもできるだろう。

もっとも、それを悪用して別の冒険者を襲ったりする不届き者もいるわけでして・・・。

初心者用のダンジョンなのでまだそう言った事例は少ないが、深くなればなるほど増えてくる傾向にある。

皆深部に行けば行くほど不足する物が増えて来るので致し方ないと言えば致し方ない。

それをどうやって取り締まるかがダンジョン商店店主としての腕の見せ所なんだよな。

警備とか巡回させた方が良いんだろうか。

悩ましい所だ。

さてさて新米達が上手に交流を始めた所で俺も休憩させてもらうとしよう。

「シュウイチさんお帰りなさい。」

「ちょうど料理が出来た所だ。と言っても肉と野菜を一緒に炒めただけだがな。」

「すみません何から何までやってもらっちゃって、ありがとうございますいただきます。」

「彼らの様子はどうだ?」

「なんとかなりそうですね。自然と交流が始まっていますし、この会が終わればいくつかの班が新たに出来て冒険するようになるんじゃないでしょうか。」

「わざと単独の冒険者ばかり集めたというティナ殿の策が見事にはまったわけか。」

「社交性のある子はともかくどうして初心者は孤立しやすいですからね。いいきっかけになると思います。」

そう、今日やってきた新米達のほとんどが普段から一人で行動するようなタイプばかりなのだ。

初心者でダンジョンに一人で入るなど命を捨てるようなもの、またダンジョン外でも最初はできるだけ孤立しない方が何かと便利な事が多い。

おそらく今までも孤立した状態で冒険に出て命を落とす新米が多数いたんだろう。

それを知っているからこそ、ティナさんは一計を案じたんだな。

とても良い事だと思います。

ターニャさんもそれが分かってくれるといいんだけど・・・ってあの子はどこ行ったんだ?

きょろきょろと辺りを見回すと・・・いた。

三人組にぴったりとくっついて歩いている。

まぁ、あれも一つの処世術だよね。

ティナさんと一緒のテントにしたけどさすがにギルド長と一緒じゃ疲れちゃうか。

「ティナさんもこちらに呼びましょうか、ターニャさんがあの調子のようですから。」

「そうですね、明日の打ち合わせもしたいですし良いと思います。」

「さすがに天幕の中でするわけにはいかんからな、自制する為に是非来ていただくとしよう。」

「えーっと、シルビア?」

「冗談だ。あ、いや半分は本気かもしれん。最近お前と一緒だとついそんな気分になってしまってな。」

「余裕があると言いますかさすがといいますか・・・、でも今日はダメですからね。」

「わかっている。私とて別に他人に見てほしいわけではない。」

まさかそう言ったプレイがお好みなんですか?

とか勝手に思ってしまったけどすかさず訂正が入ったので安心した。

確かに俺も二人っきりになるとついそんな風に思ってしまうんです。

仕方ないじゃないですか、新婚なんですから。

30過ぎたとはいえ俺もまだまだ男なんです。

さすがに10代の頃のギラギラとした感じはなくなってきたけどね。

「じゃあ呼んできます。」

「エミリアすまんな。」

「でも、せめて手をつないで寝るぐらいは良いですよね?」

ちょっとエミリアさん?

去り際にそんな爆弾発言を言うのはやめていただけませんかね。

「それぐらいは別に構わんだろう。」

「いや、まぁ構いませんけど。」

「ダメなのか?」

「ティナさんの目もありますから。」

「それならティナ殿の手も握ってやればいい。きっと喜ぶぞ。」

「またまたそんなこと言って。」

ティナさんの手を握るだって?

それ、セクハラになりませんかね。

大丈夫?

「と、ともかくその話は置いておいて明日について打ち合わせをしてしまいましょう。」

「すぐに呼んできます。」

小走りで離れていくエミリアを目で追いかけながら小さく息を吐く。

まったく、うちの奥さんたちにも困ったものだ。

まさかこんなに積極的だとは思いもしなかったよ。

エミリアに呼ばれてティナさんが天幕から顔を出す。

何やら話をしているようだが内容まではわからない。

わからないんだけど、なんであんなに嬉しそうな顔をしているんでしょうか。

謎だ。

お、小走りで戻って来たぞ。

「お待たせいたしました。」

「すみません無理を言いまして。」

「いえ、一人で寝るのはさみしかったのでむしろありがとうございます。でもお邪魔じゃないですか?」

「別に邪魔なんかではないぞ、安心してくれ。」

「そうですか。それで、明日の件でしたよね。」

「そうなんです。今日の様子から見ても明日一日で最下層に行くのはちょっと無理があるように思いまして。」

「そこで先程同様に先発隊を出し魔物の掃討に当たろうかと考えているのだ。もちろん罠も多くなるし危険も増えるだろうが十五階層までならそこまで問題はないと思っている。問題は誰を行かせるかだ。」

ここまで初心者向けの階層を進んできたわけだけど、ここから先はもっと魔物も強くなる中級向けの階層になっていく。

ここまで余裕だった中級冒険者もそれなりに苦戦してくるだろう。

そうなると必然的に行軍速度は下がり、結果として一泊の予定が二泊になってしまうのは間違いない。

ならば魔物が増えない今の状況を逆に利用して先に魔物だけでも排除できればスムーズにいくのではないだろうか。

そう考えたわけだな。

「そうですね、時間を考えると少しでも魔物を減らしておくべきだと思います。でも、人手を割けばそれだけ危険も増えますよ?」

「罠の危険はほぼないと考えていいですし、背後にさえ気を付けていれば魔物もどうにかなると思うんです。」

「後は誰が先行して魔物を減らすかなんですけど・・・。」

「それなら私が行きましょう。シルビア様とエミリア様にはイナバ様を守っていただく役目がありますし、この企画の主催者はシュリアン商店です。冒険者ギルドはそのお手伝いをする身ですからこういった雑務はお任せ下さい。」

「でも罠とか大丈夫ですか?私が言うにもあれですけど、15階層より先はかなり難しく配置していますよ?」

「これでも一応上級冒険者の端くれ、それなりにダンジョンには潜ってきたつもりです。ここで後れを取るようではギルド長として立つ瀬がないですから。」

さすがティナさんカッコいい。

冒険者ギルドの若き長って噂になっているぐらいだもんな。

隠れたファンも結構いるって話だ。

冒険者だったころも結構有名だったみたいだし、ここはお任せするべきかな。

「他に誰を連れて行きますか?」

「ではモアさんの班をお貸しいただけますか?彼らがいれば助かります。」

「わかりました、是非連れて行ってあげてください。元上級冒険者とはいえティナさん程の方と一緒に行くことで彼らも色々と学べることでしょう。」

「そんな私なんてまだまだですよ。」

「冒険者の皆さんは私達にお任せください、怪我のないよう気を付けて引率いたします。」

「よろしくお願いします。」

よしよし、これで何とかなりそうだ。

後は明日に向けてゆっくり休むとしようかな。

なんだか安心して眠くなってきてしまった。

さっき仮眠したばかりなのに、やっぱりいつも以上に気を張っていたってことだろうか。

明日はもっと大変になるんだし頑張らないとな。

「イナバ様随分と眠そうですね。」

「恥ずかしい所を見られてしまいました。」

大欠伸したところをバッチリティナさんに見られてしまった。

どうもすみません。

「さっさと食事を終わらせて早く休むとしよう。先の見張りは私がしておく、シュウイチはゆっくり休むといい。」

「こちらの天幕でお世話になるんですし私も代わりますよ?」

「ティナさんは明日に備えてゆっくりお休みください、その後は私が見張りますから。」

「なんだか申し訳ないです。」

「いやいや、こちらが無理言っているんだティナ殿が気にすることは何もない。」

「ではお言葉に甘えて。」

折角の機会だしゆっくり話が出来ればいいんだけどこの眠気には勝てそうにない。

その後夕食を素早く済ませて寝袋に潜り込むんだ俺はあっという間に夢の世界へと落ちていった。

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