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第十四章

元ヒナのヒナ現る。

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翌朝になってもなかなかいい考えは浮かんでこなかった。

今すぐにどうこうなる内容ではないものの、このまま手をこまねいていては状況は悪くなる一方だ。

早急に何とかしなければ。

そう思えば思う程焦りからかいい案が浮かんでこない。

拡張した部分はまだいい。

15階層から先に行けるのは極僅かな冒険者に限られてるので破産の心配はない。

問題があるのは上層部だ。

多くの冒険者が出入りする事によりそこの魔物はすぐに狩り尽されてしまうだろう。

それだけじゃない。

大量のごみや排泄物、罠の撤去などにも多大な問題が生じるのは目に見えている。

不衛生な環境は心象の悪化を招き、結果冒険者数の低下へとつながるだろう。

たったそれだけと思うかもしれないが、そんな些細な事こそがうちのような辺境のダンジョンでは死活問題なのだ。

「早急にダンジョンに潜るべきです。人出は少なくとも少数精鋭を揃えれば何とかなります。」

「ユーリのいう事ももっともだが、さっきそれは難しいとシュウイチが言っていたではないか。」

「仮に難しくとも数をこなせば問題ありません。幸い魔物が増える事はありませんから何度も潜ればいずれ下層にも到達出来るでしょう。」

「ですがそれも体力が続けばの話です。シュウイチさん自身が難しいという程のダンジョンですからかなりの消耗戦になりますよ。私達はともかくシュウイチさんの体力が持つかどうか・・・。」

昨夜同様議論は平行線だ。

早急にダンジョンに潜らなければならないことは皆承知しているが、それを行うための駒が不足しすぎている。

無理やり進めば疲労が蓄積し効率が下がってしまう。

そして効率が下がるのに反比例するように危険が増えてしまうだろう。

短時間での攻略と言えばお馴染みのゾンビ戦法なんてものもあるが、これはゲームなどではない。

死んだらそこですべてが終わってしまうのだ。

そんな人の命を捨て駒にするような事、俺にはできない。

「もうすぐ店を開ける時間ですし少し休憩にしませんか?」

と、過剰に白熱してしまった議論を静める為にニケさんが食後の香茶を入れてくれた。

そうだった、食事しながらつい話し込んでしまったんだ。

「うむ、そうだな。」

「申し訳ありません奥様方、つい熱くなってしまいました。」

「それだけユーリがダンジョンの事を大切にしている証拠です。誰も気にしていませんよ。」

「ありがとうございます。」

一口飲めば心落ち着く様な優しい香りが口いっぱいに広がる。

はぁ、美味し。

「これだけ話し合ってもなかなかうまく進まないものですね。」

「そうだな、使える駒が少なすぎて議論が堂々巡りしてしまうのだ。せめてもう少し選択肢があれば考えようもあるんだがなぁ。」

「選択肢ですか。」

「今問題になっているのは時間と人手だ。せめてそのどちらかでも解決できる手があれば後はシュウイチが何とかしてくれるだろう。」

「いやいや、さすがに私でもすぐには無理ですよ。」

一体どんな無茶ぶりですかシルビア様。

そんな事が出来るのならば朝からこんな白熱した議論を交わしたりしないですよ。

「時間はどうにもなりませんから残されたのは人手です。せめてシア奥様が後二人いてくだされば・・・。」

「世の中には自分の影武者を作る技があると言うが、さすがに私には増やせんぞ。」

「錬金術か何かですか?」

「というよりも魔術に近いだろうな。魔力を具現化して自分をもう一人作り上げる技があると聞いた事がある。もっとも、それも遥か昔、魔王と呼ばれるものと人が戦っていたころの話だ。」

「300年以上前ですか。」

「自分を複製するほどの魔力となると、シュウイチさんのように精霊の祝福があったとしても難しいでしょうね。」

仮にできたとしても一人が限界だろう。

ユーリが言うようにせめて後二人上級冒険者がいればすんなりと話が進んだんだけど・・・。

ジルさんとガンドさんが移ってくるのは春先になってからだし、リュカさんもメルクリア女史も忙しいそうで来てもらえなかった。

頼みの綱の精霊はいまだ返事無し。

ほんと手詰まりですわ。

ちなみに頭数の中に宿で休んでいるあの三人組も含まれてるのであしからず。

何かいい案のある方、いつもの宛先まで連絡してください。

なんてね。

「無い物は仕方ありません、今ある手段で何とかするしかないでしょう。」

「それしかないか。」

「でも本当にどうされるのですか?」

「それも店に行ってから考えます。場所を変えれば何かいい案が浮かんでくるかもしれませんよ。」

「それもそうですね。ダンジョンの整備もありませんし今日はセレン様の手伝いをしっかりする事にします。」

「随分とお腹が大きくなってきて大変そうです、無理をしないようしっかりと補佐よろしくお願いします。」

「お任せください。」

春までは後一期。

ガンドさん達が来るまではなんとか働いてくれるそうだけど、無理だけはしてほしくない。

お腹の子に何かあってからでは遅いからね。

「それじゃあ行きましょうか。」

香茶をぐっと飲み干し勢いをつけて立ち上がる。

これまでも何とかなってきたんだ、きっと何とかなるさ。

そんな楽天的な気持ちも少しはあった。

でも実際店に行ってみた所でいきなり答えが出るはずもなく、準備に追われている間に開店の時間となってしまった。

「おはようござぁぁぁいます。」

「ちょっと欠伸してないでちゃんと挨拶しなさいよ。」

「だってよこんなにゆっくり寝たの久々で、つい・・・。」

「申し訳ありません、改めましておはようございます。」

開店してすぐ三人組が客室から出て来た。

相変らず仲がよさそうだ。

「おはようございます。朝食の準備はできていますからどうぞ机に。」

「やった!セレンさんの朝食だ!」

「喜んでいただけて嬉しいです、すぐに準備しますからね。」

「あ、私手伝います!」

「じゃあこのお皿をお願いできますか?お客様なのにごめんなさい。」

「その代わりあとでお腹触ってもいいですか?」

「もちろん、セリスも喜ぶわ。」

立ってる者はお客様でも使うのがシュリアン商店流だ。

お客様と店員はあくまでも対等、決して神様などではない。

ただし、今回のは自主的な立候補なのでそれには該当しないのであしからず。

と、飛び上がって喜びセレンさんに駆け寄る姿を羨ましそうに見つめる仲間が一人。

「あ~、いいなぁ。」

「そんなに触りたいのならお願いすればいいじゃないですか。」

「バ、バカヤロウ!そんな簡単に女の人のお腹に触ったらダメだろ!?」

「ご本人が承諾すれば構わないと思いますよ。」

「で、でも俺みたいなガサツな男が触って何かあったら・・・。」

「ガサツだって自覚はあったんですね。」

え、つっこむのそこ!?

普通は大丈夫とか、心配ないとか声かけてあげるべきじゃないの?

「ちょっと、何してるのよアンタも手伝いなさい!私一人で三人分運ばせる気!?」

「お、おう!」

「すぐに行きます。」

とか思っていたらそんな彼の気持ちを察してかすぐにお呼びがかかったようだ。

食事を受け取るのかと思いきや背中を押されてセレンさんの前に押し出され、一言二言話した後恐る恐ると言った感じでお腹に触らせてもらう。

最初は腫れモノをは触るような感じだったが、慣れてきたのか嬉しそうにニ三度撫でさせてもらっていた。

と思ったら、あ、怒られた。

慌てて離れて何度も頭を下げる。

うーむ、彼の動きを見ているだけで面白いな。

「そんなことを言っている御主人様も、初めてセレン様のお腹を触られた時は同じような感じでしたよ。」

「え、そうでしたか?」

「彼のあの動きは、まるであの時を再現しているかのようです。」

「記憶にございません。」

「皆さんに気にかけてもらいセリス様も喜んでいる事でしょう。」

「わかるんですか?」

人造生命体ホムンクルスの勘です。」

勘ですかそうですか。

てっきりそういう能力があるんだと思ってしまったじゃないか。

残念。

三人共触らせてもらったようで嬉しそうな顔をしながら戻って来た。

「よかったですね。」

「女の人ってすごいよな、あんな小さな体の中で子供が育ってるんだろ?」

「当たり前じゃない。」

「あのような貴重な体験をさせていただいたのです、子供が生まれましたらお礼にお祝いしなければなりませんね。」

「あ、それ賛成!」

「ガンガン稼いででっかい玩具買ってやるか!」

「何言ってんのよ赤ちゃんが急におもちゃで遊ぶわけないでしょ。」

「え、そうなのか!?」

「ほんと戦うこと以外何にも知らないんだから。」

ほんとこの三人のやり取りは見ていて飽きないなぁ。

若いって素晴らしい。

俺もこのぐらいの年齢の時は友達と馬鹿みたいにはしゃぎまわったっけ。

学校にいる間ずっとゲームの話ばかりしてたもんな。

それが大人になったらそんなことする暇もなくなって・・・っと、これ以上はマズイ。

こんな時に深淵を覗き込む必要はない。

「今日もダンジョンに潜られるんですか?」

「もちろんそのつもりです。」

「玩具買うためにしっかり稼がないとな!」

「アンタ私の話聞いてた?」

「聞いてたって、小さいのなら別に構わないだろ!」

「それなんですがちょっと事情がありまして・・・。」

話が脱線する前に三人に事情を説明する。

最初こそ驚いた顔をしたがすぐに真面目な顔に戻りしっかりと話を聞いてくれた。

「わかりました、そう言う事情でしたら今日は休むことにします。」

「申し訳ありません。」

「仕方ないわよね、ダンジョンが使えなくなっちゃ困るもの。」

「だよな。」

「ありがとうございます。」

ダンジョン目当てに来てくれた三人には申し訳ないと思う。

冒険者にとってダンジョンは生活の糧だ。

そこを使うなというのはつまり働くなと言っているのと同じ事になる。

なんとか別の手段で補てんできればいいんだけど。

「でもどうする?ダンジョンに潜れないんなら戻るか?」

「えー、定期便が来るのは明日でしょ?今日はゆっくりでいいんじゃないの?」

「別に来た時と一緒で歩けばいいんじゃないか。」

「いやよ寒いじゃない!」

「もっと寒い中歩かせた奴が何言ってんだよ。」

そう言えばそうでしたね。

まだ夜も明けきらぬ時間からここまで歩いてきてくれたんだっけ。

それなのにこんなことになって・・・。

何か簡単な仕事でもおお願いしようかな、そんな事を思っていた時だった。

カランカランと音を立てて入り口のドアが開いた音がした。

「いらっしゃいませ、ようこそシュリアン商店へ。」

誰が来たのか確認もせずに反射的に挨拶をしてしまうあたり職業病だなと思ってしまう。

挨拶をしてから後ろを振り向くと、そこにはシャルちゃんぐらいの少女が立っていた。

だが見た目とは裏腹に手に持つのは不相応なほどに大きい刀。

鞘に入っているそれをその身長でどうやって抜くんだろうか。

「あ、先輩!」

「ターニャ!どうしてここに!?」

ターニャと呼ばれた少女は最初こそ不安そうな顔をしていたものの彼女を見つけると満面の笑みを浮かべて走り出した。

剣を引きずりながら。

あ、だからそんなに鞘の下が汚れているのね。

納得です。

「他の仲間は?後二人いたでしょ?」

「それがひどいんですよ!私が女だからって雑用ばかり押し付けて、食事の準備も探索の準備も全部!私はお母さんになりに来たんじゃないの!冒険しに来たの!」

「それでどうしたの?」

「しかもですよ!ちょっと隙を見せたらいきなりお尻触って来て、ぶん殴って出てきました。」

「出てきましたって・・・うん、それは仕方ないわね。」

そりゃ仕方ないわ。

俺も同意見です。

「そうですよね、私は悪くないですよね?」

「でもいきなり殴ったのはダメかな、一応仲間なんだし役割分担とかそういう所もしっかり話し合わないと。」

「でもでもこれが初めてじゃないんですよ?この間なんて着替えている所覗こうとして来たし、そりゃあ着替える場所がないからって不用意に木陰で着替えた私も悪いんですけど。」

「なぁ、何であんな小さい子の着替えを覗くんだ?」

「さぁ存じ上げません。」

「覗くならさ、せめてセレンさんみたいに綺麗でお尻の大きな・・・。」

「アンタは黙ってなさい!」

どうやら彼は年上が好みのようだ。

だが、そんな彼を電光石火のツッコミが襲いあえなく轟沈。

床でもだえ苦しむ仲間をよそに少女二人は男の悪口を言い続けていた。

合掌。

「話は分かったわ、でもこんな所まで一人で来て何かあったらどうするの?」

「街道工事の人がたくさんいるので魔物なんて出てきませんよ。それに、この辺の魔物なら私一人でもなんとかできます!」

「確かにターニャは強いけど、それでも一人で冒険するには無理があるよ。この間だって罠にハマって動けなくなってたじゃない。」

「そ、それはちょっと油断して。」

ゲームや漫画ではよくある話だが、単身で冒険するにはかなりリスクが付きまとう。

罠もそうだし魔物もそうだ。

数で押し込まれてしまうとどうしても不利になってしまう。

せめてバーグさんのように強くなり経験を積めば何とかなるのかもしれないけれど、どう見ても初心者の彼女にはそこまで実力はまだなさそうだ。

「そう言えばそんなことあったな。」

「初めてお会いした時がそうでしたね。」

「ダンジョンの隅でトリモチに引っかかって、しかもあんな格好で・・・。」

「思いださないでください、この変態!」

「な、なんで俺ばっかり・・・。」

何とか立ち上がった所を今度は強烈な突きが襲い、再び地に伏してしまう。

変態って、いったいどんな格好で罠にかかったと言うのだろうか。

「と、ともかく私にはもう仲間は要りません。先輩が何と言おうと私一人でもなんとかやっていけます!」

「それじゃあもう助けてあげないからね。」

「えぇぇ、そこは助けてくださいよぉ。」

「ダメよ、冒険者はそんなに甘い物じゃないの。私達だって昨日何度も命の危険にあったけどその度に仲間の力で助かったわ。そりゃあ、今はこんな情けない格好してるけどダンジョンの中ではそれなりに使えるんだから。」

「それなりってお前なぁ。」

「何よ。」

「・・・何でもありません。」

やっぱり力関係は弓士の彼女の方が上のようだ。

そしてそんな彼女も僧侶の彼のいう事は聞くと。

良いバランスだなぁこの三人は。

こういうのを見ると、やっぱり仲間っていいなって思うよ。

「うぅ、せめて罠さえ見破れるようになったら何とかなるんですけど・・・、そうだ先輩!私に罠の見破り方を教えてください!」

「えぇぇぇ!!」

「お願いします!先輩しか頼れ人がいないんです!」

「で、でも私達にも用事ってものが。」

「用事あったか?」

「いえ、今日は休養するという話でした。」

「だったら是非!お願いします!」

大きくなって帰って来た鳥が今度はヒナを成長させるのかな?

なんだかおもしろい事になって来たのでもう少しだけ様子を見てみよう。

え、ダンジョンはどうしたんだって?

それはそれ、これはこれですよ。
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