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第十四章

異変の正体

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突然の出来事に体が上手く動かなかった。

襲って来るはずのないヤツが俺に牙をむいている。

そんなバカな。

俺はダンジョンマスターなんだぞ?

それなのに何で襲われないといけないんだ?

そんなことを考えている間にもモフモフとした塊は俺への距離を詰めて来る。

こいつは敵だ。

甘く見ていると死ぬぞ。

そう理解した後の反応は早かった。

飛びかかってくるモフモフをすんでの所で避けつつ、腰に刺した短剣をすれ違いざまに振りぬく。

ダマスカスで作られた黒光りのする刃はまるでバターでも切るようにそいつの体を引き裂き、わずかな抵抗すら感じなくなり後ろを振り返るとそこには血まみれの毛玉が一つ転がっていた。

危なかった。

あと少し判断が遅れていたらモフラビットに腕をかみちぎられる所だ。

こんな弱い魔物に後れを取ったとしたらシルビア様に何を言われることか。

「大丈夫ですか御主人様!」

「とりあえず何とか。」

「魔物がダンジョンマスターである御主人様を襲うなんて・・・。」

「やはりそうですよね。」

「魔物は間違いなく御主人様を狙っていました。まるで普通の冒険者を見つけたようにです。」

「普通の冒険者のように・・・。」

確かに俺が普通の冒険者と同じ立場だったら、あんなふうに襲われただろう。

でも俺はそうじゃない。

ダンジョンマスターはこの空間の絶対的な主であり、攻撃されることはありえない。

どのぐらいあり得ないかというと、北海道と沖縄が物理的にくっついてしまうぐらいだ。

そんな事何がどうあっても起きたりしない。

でも、それが今起きてしまった。

一体何がどうなっているんだ?

「これはあくまで可能性の話ですが御主人様がダンジョンマスターの資格をはく奪されるようなことがあれば、先ほどの様に襲われることも考えられます。」

「はく奪される・・・と、いう事は私が何かしたんでしょうか。」

「そこまでは何とも。ダンジョンマスターの資格がはく奪されたなんて話聞いた事ありませんし、そもそも可能性は低いと思います。先ほどのはあくまでも偶然と考えるのが妥当です。」

「ではまた魔物に遭遇し襲われたとしたら?」

「限りなく低い可能性でそれが起き、資格がはく奪されたと考えるべきでしょう。」

微レ存なんて言葉があったけれどまさにそれが当てはまる状況だ。

普通はあり得ない。

でも、そうじゃないと説明がつかない。

もしダンジョンマスターじゃなくなったとしたら、俺はダンジョン商店の店主と名乗っていいんだろうか。

「御主人様、今はまだそれを考える状況にありませんよ。」

なんて考えていたらユーリの冷静なツッコミを受けてしまった。

そうだよな、兎にも角にも今の状況だけで判断する事はできない。

もうすこし情報を集めるべきだろう。

「とりあえずもう少し先に進んでみましょうか。」

「そうしましょう。」

次に魔物に遭遇した時、その時答えが出る。

まさか自分のダンジョンでこんなにドキドキする時が来るとは思いもしなかった。

そりゃ、ダンジョンマスターになる為にここに潜った時はドキドキしたよ?

落とし罠にハマって孤立した時とかこの世の終わりかと思った。

でもそれは自分のコントロール下になかったからだ。

今はそうじゃない・・・はずなんだけどなぁ。

「仮にユーリの言う通りになったとして、どうなったら資格が無くなると思いますか?」

「そうですね・・・、何者かがダンジョンの最下層に到達し階層主を撃破。その際に誤作動が生じてオーブが出現し冒険者がそれに触れたらでしょうか。」

「そんなことあり得ると思いますか?」

「そもそも拡張したダンジョンは攻略されていませんし、オーブが出る事はまずありません。」

「つまり普通はあり得ないという事ですよね?」

「そうなりますが・・・。」

話しながらダンジョンを進むことしばし、ついにその時はやって来た。

見え見えの落とし罠を避けながら角を曲がったその先に見えるはモコモコの毛玉。

そいつは先程同様俺を見るなり牙をむいて威嚇して来た。

「これで決まりですね。」

「はい。従来であれば見えるはずの罠をここまで視認する事できませんでしたし、魔物は明らかに私達を狙ってきています。御主人様が何らかの理由でダンジョンマスターの資格をはく奪されたと考えるべきでしょう。」

「え、罠見えてなかったんですか?」

「そこにある事は分かりますがいつものように罠そのものが浮かび上がるようには確認できませんでした。」

「となるとこのままダンジョンに潜るのは危険ですね。」

「罠はともかく魔物に対処する事はできません。早急に人を雇いオーブを確認するために最下層に向かうべきです。」

「そうしたいのは山々ですけど、拡張前でしたらエミリアとシルビアさえいれば大丈夫でしたが今回はそう言うわけにいかなそうです。なんせ15階層から先はこれまで以上の難易度にしてしまいましたから。」

まさか念願の拡張があだになるとは思いもしなかった。

参ったねこりゃ。

一先ず威嚇してくるモフラビットを睨みながら少しずつ後ろに下がる。

先程同様に簡単に倒せる魔物とはいえ戦闘はできるだけ避けるべきだ。

何せオレは冒険者でも騎士団員でもないただの商人。

戦いは専門外だからね。

「ゼロの合図で走りますよ。」

「畏まりました。」

「3、2、1・・・ゼロ!」

じりじりと後退しながら合図と同時に後ろを振り向き走り出す。

え、罠は大丈夫なのかって?

ご心配なく。

例え罠が見えなかったとしてもこれを作った本人からすればどこに罠があるかなんて手に取る様にわかるものです。

「御主人様そこはダメです!」

「おっとぉ!」

とか何とか言っていたくせにさっき避けた落とし罠を踏むところだった。

だれだよ、こんな所に罠を設置したやつ。

って俺か。

大急ぎでダンジョンを抜け出し商店に戻ると、中は真っ暗になっていた。

どうやら閉店作業を終え家に戻ったようだ。

自宅に戻ると食事の準備をしながら三人が談笑していた。

「遅かったな。それで、確認とやらはできたのか?」

「できれば確認したくなかった所ですが出来てしまいました。」

「なんだそれは。」

「良くない事なんですか?」

「残念ながら非常に良くないと言えるでしょう。御主人様がダンジョンマスターの資格を喪失しました。」

「「「えっ?」」」

突然の告知にキョトンとする三人。

ですよねー、そんな反応になりますよねー。

俺も同じ立場ならそうなるわ。

「えっと、シュウイチさんがダンジョン主じゃなくなったってそんなことあるんですか?」

「残念ながら事実です。先ほど二人でダンジョンに潜り、ご主人様が魔物に襲われるのを確認いたしました。」

「魔物だって?」

「最初こそ後れを取りましたが御主人様が見事に撃退しております。二度目の確認時は戦闘せず撤退しております。」

後れを取りましたがってさりげなくバラさないでよユーリさん。

「でもそうなったらダンジョンの運営はどうなるんですか?」

「今は何もできない状況です。勝手に増える魔物はいますが整備をしたり再召喚する事が出来ないので放っておくとすぐに荒れてしまいます。」

「ならばすぐに潜ればいいではないか。」

「そうしたいんですけど拡張した15階層から先は今まで以上に難しく作ってしまったんです。自分で作っておいてなんですが恥ずかしながら罠がどこにあるのかおおよその見当しかつきません。」

大体の見当はつく。

でも具体的にどこにある!っていう所まではわからないのが本音だ。

「でも先ほどは地下に潜ってなにかされていましたよね?」

「その通りだ。その時までは確認が出来ていたのだろう?」

「そう言えばそうですね。罠が設置できない事に慌てていましたが、完全に資格をはく奪されたのであれば装置そのものが作動しないはず・・・。」

「申し訳ありません私も慌ててしまい失念しておりました、ニケ様のご指摘の通りです。」

「じゃあシュウイチさんは完全に資格を無くしたわけじゃないんですね?」

「それに関してご満足いただける答えを持ち合わせておりません。私もこのような事は初めてで、何がどうなっているのか・・・。」

ダンジョン妖精にもわからない音が俺にわかるはずがない。

でもニケさんの言う通りあの時装置は確かに床MAPは起動していた。

完全に資格を喪失していたら起動すらしないはずだから、何らかの理由で権限が弱まっていると考えるべきだろうか。

ともかく情報がなさすぎる。

「ユーリにわからないのであれば今私達に出来る事はあまりないだろう。とりあえず良く戻って来た。」

「ご飯の準備はもうすぐできますからまずはお腹を満たしてそれからどうするかを考えましょうか。」

「イナバ様は先に着替えられますか?袖に血がついていますよ。」

「あ、本当ですね気が付きませんでした。」

「私としたことがご主人様の倒したモフラビットを解体するのを忘れていました、申し訳ありません。」

そういえばそうだった。

折角番ご飯のおかずが一品増えるところだったのに惜しい事をしたな。

「あのシュウイチが一人で魔物を倒して戻って来たんだ、これまでの訓練も無駄ではなかったというわけだな。」

「無意識に体が動いてくれたのもシルビアのおかげです。」

「これからも鍛錬を怠らなければそれなりに戦えるようにもなるだろう。」

「できれば戦いたくないんですけど・・・、頑張ります。」

俺はただの商人だからと言いたい所だけど、魔物はともかくせめて自分の身は自分で守れるぐらいにならないとな。

そしたら他の皆が俺を気にすることなくのびのびと戦えるようになる。

本音を言えば後ろで引きこもっていたいんだけど、魔物はどこから襲って来るかわからない。

この前はメルクリア女史が戻って来てくれたからよかったけれど、あんな幸運はもうないだろう。

「次からは私達も一緒に行きますからね。」

「私も、といいたい所ですが足手まといになるのでお留守番しておきます。」

「ニケ殿は仕方ない。その分この店の事をよろしく頼む、これはニケ殿にしかできない事だからな。」

「お任せください。」

裏方がしっかりしているからこそ何も気にせず戦える。

俺が攫われた後もみんなが店を守ってくれたからこうしていつものように店を開けるんだよな。

ありがたい話だ。


「御主人様一つ質問なのですがよろしいですか?」

夕食後、のんびりと香茶を飲んでいるとユーリが申し訳なさそうに近づいてきた。

「どうしました?」

「今までずっと聞きづらかった事なのですが・・・。」

「えぇ。」

「どうして今回も精霊様に助力を頼まないのですか?」

おっと、とうとうツッコまれてしまった。

まぁ隠していたわけじゃないんだけど別に言う事でもないと思っていたわけで。

まぁいい機会だからみんなにも知ってもらっておくか。

「それは私も思っていたところだ。」

「私もです。」

「この間村に魔物が押し寄せてきたことがありましたよね?」

「ありました。」

「あの後から呼びかけても反応が無いんです。正確に言えばドリちゃんはあの時から返事がありませんでしたけど・・・。」

「だからあの時ルシウス様とウンディーヌ様しか出て来られなかったのですね。」

あの時ディーちゃんは『ドリちゃんは忙しいから』って言っていたとおもう。

何に忙しいかまでは教えてくれないけど、あの後から三人の反応が無いんだよね。

二人はともかくルシウス君まで返事がないのが不思議だ。

何かしているのは二人だけで生まれたてのルシウス君は関係ないとおもうんだけどなぁ。

「そちらも祝福が無くなったとかではないのか?」

「祝福自体はなくなっていません、それはメルクリアさんにも確認してもらっています。」

「ならどうして返事がないんでしょうか。」

「それが分からないんですよね。急に呼びかけても返事が無くなってしまったので。」

「不思議だったんです、精霊様の力があれば逃げ出すことなんて簡単なのにどうしてシュウイチさんは逃げ出さないのかって。それを聞いて納得しました。」

そりゃ不思議に思っただろう。

俺もできればそうしたかったんだけど、結果としてはしなくてよかった。

色々あったけど、もしあの時逃げ出していたら話はもっとややこしい事になっていただろう。

だから結果オーライだ。

「しかしそうなるとダンジョンに潜るのは難しくなるな。助力を賜れるのならば私達だけでもなんとかなるのではと思ったのだが、そうでないとなると人手が欲しい所だ。」

「そうですね。シュウイチさんには罠を確認していただかなければなりませんし、そうなると先頭に立てるだけの実力が求められます。」

「それも中級冒険者以上でなければなりません。あそこは今までのような優しいつくりにはなっていませんから。」

「中級冒険者以上か、かなり数は限られるな。」

「そうなると誰でもいいというわけにはいきませんね。」

俺を置いて話がどんどんと進んでいく。

いつもの事ながらうちの女性陣のバイタリティは半端ない。

やると言いだしたら止まらないんだよな。

「それはすべて御主人様の為です、そこをお忘れなきようお願いします。」

「わかっています。」

「具体的にどうする?人手が必要となるとここでどうこうなる話ではないぞ?」

「冒険者ギルドに助っ人を頼みましょう、人数を集めるのであればそれが一番です。」

「でもそれでは時間がかかりませんか?シュウイチさんが整備が出来ない以上ダンジョンを放置する事は良くないと思います。」

「ユーリ様、整備が出来ないと具体的にどういう不具合が生じるのでしょうか。」

「整備を怠るとダンジョン内にごみが溢れ、不衛生な状態が続けば病気が蔓延します。また魔物の数が極端に少なくなり、最下層までの到達が容易になるでしょう。そうなれば金銭的な意味でもよろしくないかと。」

それはまずい。

放置して破産するとか目も当てられないぞ。

それにだ、ダンジョン内の清掃が出来ないという事は冒険者の心象も悪くなってしまう。

たったそれだけの事でも冒険者はうちのダンジョンを毛嫌いしてしまうだろう。

印象をよくするのは難しいのに悪くするのは簡単だ。

元の状態に戻したところでそれを回復するのにどれだけの時間がかかるのやら・・・。

結局その日答えが出ることはなく、明日また考えようということになった。

ほんとどうなる事やら・・・。
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