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第十四章

ダンジョンの異変

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三人の反応はおおむね良好だった。

罠で死にかけたことは数知れず、魔物の強さもなかなかなようだ。

うんうん、やっぱり生の声が聴けるのは非常によろしい。

ダンジョン運営をする上で貴重な情報源となる。

もちろんこれをすべて鵜呑みにするわけではないが、こういった声をしっかりと吸い上げて次に生かす事こそが良いダンジョンを作ることになるだろう。

とりあえずは現状維持といった所かな。

「まさかあんな所で魔物と出くわすと思わなかったよな、危なく死にかけた。」

「それはアンタが罠に引っかかったからでしょ、ちゃんと見ればわかるんだからしっかりしなさいよ。」

「イヤイヤ、あれは絶対に無理だって。罠を避けた上でそのさらに先に罠があるんだぜ?しかも見え見えの罠を囮にしてっていういつもの感じとは全く違うんだ、あれは絶対に無理だって。」

「私は見えてたけどね。」

「あ、僕も見えていました。」

「じゃあ教えてくれよ!」

相変らず仲がよろしい。

仲が悪ければたったこれだけの事で解散!ってこともあり得るからね。

お互いを信じる事が出来ないチームに未来はない。

その点この三人は信じあっているからこそ多少の無茶もできる。

なんだかんだ言いながらこれからもやっていける事だろう。

「貴重な意見ありがとうございました、今日はどうされます?このまま泊まりますか?それとも戻ります?」

「俺は休みたいんだけど・・・。」

「私も賛成!雪が降らないにせよこの寒い中戻るのはもう嫌よ。」

「じゃあ決まりですね、部屋をお願いします。」

「毎度ありがとうございます。いつもの部屋が開いていますのでどうぞご利用ください。」

「「「ありがとうございます!」」」

「素材の買取が終わり次第お声がけしますからお部屋へどうぞ。」

ちなみにいつもの部屋というのは男女混合パーティー用の大部屋だ。

四人まで宿泊出来て真ん中にパーテーションを置きプライベートを確保している。

親しき中にも礼儀あり、些細な所だけどこういった所がなかなかに好評だとニケさんが言っていた。

ワイワイと部屋に向かう三人を見送って俺は小さく息を吐いた。

「なんだかんだ言いながらも上手い事進んだようですね。」

「えぇ、結構難しくしたつもりなんですけどもう少し罠の配置などを練り直した方がよさそうです。」

「悔しいのですか?」

「初見で17階層まで行くとは思いませんでしたから、悔しさ半分嬉しさ半分って所でしょうか。」

「それでも18階層前の大部屋は越えられなかったようですからしばらくは大丈夫でしょう。」

話を聞いていたユーリが俺の横に来て同じく三人を見送る。

冒険者が入ればダンジョンは荒れる。

それを手直しするのもダンジョン商店の大切な仕事だ。

拡張エリアは半分まで攻略された。

初見で完全クリアされなかっただけ喜ぶべきなんだろうけど、ユーリの言うように作り手として悔しい部分はある。

それを踏まえたうえでしっかり手直ししようじゃないか。

毎回同じダンジョンだと思ったら大間違いだ。

ちなみに18階層前の大部屋にはルシウス君のダンジョンを参考に超大型の魔物を配置、さらに罠を利用したギミックを使わなければ苦労するように調整してある。

簡単な毒矢をわざと見えるところに設置してあり、それを魔物に当てる事で倒しやすくするというゲームではおなじみの手法なのだが、罠を警戒する冒険者にとってはわざと罠を作動させるなんて事はあり得ない話だ。

それに気づかなくても倒すことはできるけれど、そこで体力を使えばその先はもっと辛くなる。

ある物は最大限に利用する。

ゲームと現実のギャップを上手く融合させたダンジョンにこれからもしていくつもりだ。

「シュウイチさん嬉しそうですね。」

「エミリア様もそう見えますか?」

「えぇ、生き生きとしています。」

「でも、ダンジョンを作るなんて事普通の商人にはできませんよね?」

「それをお願いする為にこの世界にお呼びしたんです、私の目に間違いはありませんでした。」

「間違いなかったのはそれだけじゃありませんよね?」

「もぅ、揶揄わないでくださいニケさん。」

何やら後ろから楽しそうな話声が聞こえて来るけれどあえて反応しないでおこう。

決して恥ずかしいからじゃないからな!

「ただいま戻った。」

「シア奥様お帰りなさいませ。」

玄関が開き寒い風と共にシルビアが戻って来た。

ティオ君の鍛錬に行くって言って朝出て行ったことを考えれば随分と遅かったな。

「おかえりなさい、ティオ君はかなり頑張ったみたいですね。」

「鍛錬自体はすぐ終わったのだがな、父上に呼ばれて時間がかかってしまった。心配かけてすまない。」

「大丈夫です。むしろ何かあったんですか?」

「なに、元の住民と新しい住民達との状況を聞いていたのだ。先日の一件以降住民間の諍いが減ったと父上も喜んでいた。」

「そうでしたか。」

大変ではあったけど命を預け合うと信頼関係が生まれるのは冒険者も住民も同じなんだな。

こんな短時間で柔和が図れるとは思っていなかったのでかなりの進展といえるだろう。

これなら春先の作付も問題なく行えそうだ。

「中にはいい関係になっている若いのもいるようだし、次の冬までにはセレン殿に続き新しい命が芽生えそうだな。」

「それは大変です、リア奥様も負けていられませんよ。」

「わかっている。すぐにユーリ達にも順番を回すから楽しみにしているがいい。」

「できれば夏までにお願いいたします。」

コラコラ天からの授かり物に時間制限を設けるんじゃない。

ってか他の冒険者もいるんだから家族計画的な事は声を控えてですね・・・。

「他の冒険者はもうおりませんので問題ありませんが。」

「いや、せめて家に帰ってからにしましょうよ。」

「では家ならよろしいのですね。」

「昨日はエミリアだったからな、今日は私の番だ。」

「嬉しそうですねシルビア様。」

「当たり前だ、最初こそ気恥ずかしかったが案外いい物だな。何故もう少し早くしなかったのかとシュウイチを小一時間程問い詰めたいぐらいだ。」

「それに関しては何も言いませんからね。」

だからそういった話は家に帰ってからですね・・・、何故かって言われても私がチキンだっただけの話です。

これ以上俺の傷をえぐるのは勘弁してください。

「皆さん楽しそうですね、何の話ですか?」

と、セレンさんが台所の奥からゆっくりと歩きながら会話に混ざって来た。

たった半期店から離れていただけなのにお腹が随分と大きくなっている。

子供の成長は早いんだなぁ。

「お疲れ様です、体調は大丈夫ですか?」

「これぐらいの作業でしたら休みながらすれば何とか。」

「セレン様あまり無理されないでください、お腹の子に障ります。」

「これぐらい動かないとすぐ運動不足だってお医者様に怒られてしまうんです。それに、台所仕事をしているとセリスも機嫌が良いみたいでポコポコ楽しそうにお腹を蹴るんですよ。」

「あ!名前決まったんですね!」

「お医者様が言うには女の子だろうって、もし男の子ならウォーレンって呼ぶことにしています。」

そうかCTがないからお腹の中がどうなっているかを見ることはできないのか。

元の世界の医学はやっぱり進んでいたんだなぁ。

「セリスにウォーレンか、どちらも良い名前だな。」

「いっそどちらも生まれれば問題解決です。」

「そうですね、もしかするとユーリ様の言う通りかもしれませんよ。」

「もぅ、ニケさんまで!」

怒ったような口調だが、その表情はどこか嬉しそうだ。

愛おしそうにお腹を撫でる姿はまさに聖母だな。

セレンさんに限らず妊娠中の女性はみな聖母のようなものだけど。

「ニケさんはどうしてそう思うんですか?」

「猫目館にいる時に何度も妊娠している子を見てきましたけど、その子たちと比べてもセレンさんのお腹が大きいからです。」

「じゃあもしかすると本当に・・・?」

「わからないですよ?女の子二人かもしれませんし。」

女の子二人に囲まれるウェリスを想像するとなんだか笑ってしまいそうだ。

最初は良いけれど思春期になるとお父さん臭い!とか言われて凹むんだろうな。

そしてそれを俺とドリスのオッサンで茶化すと。

まるで十何年後が目に浮かぶようだ。

俺の十何年後は残念ながら見当もつかないけれど・・・。

きっと今まで以上に幸せだろう。

いや、絶対にそうなる。

そしてそうなるために今頑張るんだ。

「楽しみだな。」

「えぇ、本当に。」

「私達も頑張りましょう奥様方!」

「え、えぇ。」

「大丈夫お二人とも私より若いんですからすぐですよ、すぐ。」

「なんだなんだ客がいないのに随分と賑やかだな、こんな事ならもう少しこき使うべきだったか?」

そしてナイスタイミングで現れたのは話題のお父さん。

ほらほら、一人のはずが二人に増えるそうですよ。

こき使われるようになるのは自分じゃないんですか?

「あれ以上は仕事にならないので勘弁していただきたいのですが。」

「運動不足なんだよお前は、セレンを見習え。」

「ウェリスの言う通りだ。シュウイチはもうすこし運動するべきだと思うぞ。」

「シルビアまでそんなこと言って。」

「向こうにいる間まともに運動しなかっただろう。今のシュウイチぐらいならティオでも倒せてしまうぞ。」

「ちがいない!」

俺が攫われたのは不可抗力でして、サボりたくてサボっていたわけじゃないんです。

それに一応筋トレは続けていたんですよ?

一応は。

「さぁ、ユーリ私達も仕事をしましょう。ダンジョンの整備をしないと。」

「お、逃げたな。」

「逃げではありません仕事です。」

「御主人様、なんでしたら現地で直接整備するという方法もありますがいかがなさいますか?」

「それはいい、ダンジョン中を歩き回るだけでもそれなりに良い運動になる、是非そうすべきだ。」

ちょっとユーリさんいったい何を仰るんでしょうか。

いつも通りあの部屋でゆっくりと香茶を飲みながらですね・・・。

ってか、今日一日働いたんですから勘弁してください!

「大変だなぁダンジョン商店の店主ってやつは。まぁ、俺達は帰るけどしっかり頑張れよ。」

「では皆さんお疲れ様でした。」

「気をつけてな。」

皆に見送られてウェリスとセレンさんが帰途につく。

あの、本当にダンジョンに潜って整備をするんでしょうか。

「御主人様もお疲れ様でした。」

「それじゃあ・・・。」

「さすがに今からダンジョンに潜るのは酷という物だ。それに、疲れ果ててもらっては色々と困るからな。」

良かったと思いたい所だけど理由が理由だけに素直に喜んでもいいのやら・・・。

え、贅沢言うな?

そりゃそうだ。

「こっちは片づけておきますから、もうひと頑張りお願いしますね、シュウイチさん。」

「シア奥様がそう言うのであれば仕方ありません、いつも通り整備するとしましょう。」

「お手柔らかにお願いします。」

何はともあれダンジョン整備を終わらせないと明日を迎えられない。

もうひと頑張りと行きましょうかね。

昨日同様残りの仕事をみんなに任せてユーリと共に秘密基地へと向かい整備を始める。

お馴染みの床マップを広げてダンジョンの状況を確認。

昨日と違って他に潜っている冒険者はいないようだ。

折角だし下層も手を加えてみようかな。

「ユーリ、下層から順に表示してください。」

「下層ですか?」

「せっかくなので色々と手を加えてみようかと思いまして。」

「畏まりました。」

床MAPに第一階層が表示される。

ここには全くの初心者の事も考えて魔物も罠もあまり置かないようにしているのだが、それでも階層の特性上ひっかかる冒険者も多い。

主に非殺傷系の罠を置いているので命に別状はないが、それでも不幸にも魔物と遭遇すればかなり危険だ。

「トリモチ系の罠をいくつか落とし罠に変更しましょう、落とし罠の中身もトリモチから多少怪我をする程度の物に替えましょうか。」

「それでは負傷する冒険者が増えませんか?」

「むしろケガをすることで早期離脱の選択肢が増えます。入り口ではなく中間から奥に設置して引き上げるよう促しましょうか。」

「ならば第一階層だけでなく第二第三階層にも同じような配置をするべきでしょう。比較的引き帰しやすい場所に設置して帰還率を上げ商店の回転率も上げるわけですね、さすがご主人様です。」

「なんだか久々にそれを聞いた気がします。」

「そうですか?」

「やはり本家は良いですね。」

さすが系は色々と聞いてきたけれどやはりユーリのやつが一番落ち着く。

何故だろうか。

「では早速配置変更いたします。」

オーブに手を当てて何かを考えるように俯くユーリ。

実際に現場に行かなくていいのがこのシステムの魅力だよね。

ありがたやありがたや。

「おかしいですね。」

「どうしました?」

「罠が配置できません。」

「え?」

「昨日までは確かに問題なかったのですが。」

「他に何かおかしい事はありませんか?」

「少々お待ちください。」

罠が配置できない?

ダンジョン妖精であるユーリにそんなことがあり得るのだろうか。

むしろユーリに出来ないのならいったい誰にできるんだ?

「魔力の増加はここからでも確認できているのですが、魔物が配置できません。」

「魔物まで?」

「何処にいるかは把握できているんですが・・・おかしいですね。」

「バーチさんはどうですか?」

「聞いてみます。」

再び目を閉じてブツブツと何かをつぶやくユーリ。

オーブ越しにならば念話のような事も出来るんだろう。

もしくは妖精同士なら会話できるとか。

そうだとしたら非常に便利だなぁ。

俺も使えるようになりたい。

「・・・転移はできるようですが他の作業はやはりできないようです。」

「現地にいるバーチさんもという事はここの不具合とかそう言う感じではなさそうですね。」

「そういう事になります。」

「もしかして私もでしょうか。」

ダンジョン妖精私達と契約できている以上御主人様がダンジョンマスターであることに変わりはありません。ですが絶対とは言えない状況ではあります。」

「ならば話は簡単ですね。」

ここでダメなら現地に行ってみればいい。

バーチさんがだめでもユーリならできる可能性もある。

可能性を一つずつ潰せばおのずと答えも出て来るだろう。

そうなればすぐに行動開始だ。

地下の扉を開けて階段を駆けあがる。

そのままカウンターを抜けて扉の側にかけてあった外套を手に取った。

「シュウイチさんどうしたんですか?」

「何か問題か?」

「いえ、ちょっと気になったことがあったのですぐ戻ります。」

「私も同行いたしますので奥様方はご安心を、では行ってまいります。」

飛び出すように外に出てそのままダンジョンへと走る。

外は真っ暗だし早く家に帰って温かい食事とお風呂にありつきたいという気持ちもある。

なによりトラブルは早期解決が重要だ。

黒い壁の前に立ち深呼吸を一つして俺はダンジョンに突入する。

外とは違い中は寒くない。

むしろ少し暑いぐらいだ。

「特に問題はありませんね。」

「そのようです。」

「今はどんな感じですか?」

「先ほどと変わらずダンジョンに干渉できません。」

ふむ、現地に行っても解決しないと。

ということは遠隔操作の不具合というわけではないのか。

「となると向かうべきは最下層ということですかね。」

「オーブに触れればすべてわかると思います。私が無理でも御主人様であれば問題解決、のはずです。」

「随分曖昧な返事ですね。」

「申し訳ありません、このような事例は初めての経験ですので。」

「150年以上で初めてですか。」

「はい。」

そりゃ大事件だ。

ひとまずそのまま辺りを確認しながらダンジョンを進むと俺達の前に一匹の魔物が飛び出してきた。

モフラビットだ。

森の外にもいる何の変哲もない魔物。

まだ実戦経験の少ない俺でも倒せたぐらいの弱い弱いやつだ。

それに加えて俺はダンジョンマスターなので魔物に襲われる心配もない。

さっさと横を通り抜けて・・・。

そんな気持ちで魔物に近づいた次の瞬間。

いつもは動くことのないそれが突然俺に襲い掛かって来た。
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