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第十四章

新しい朝、新しい関係、新しい始まり

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どれだけ部屋が狭かったって、どれだけベッドが固かったって。

やはり自分の部屋は良い。

ゴロゴロと転がりながら俺は自分の枕に顔をうずめていた。

思い出すのは王都の事。

それもあの夜の事ばかりだ。

いかん。

頬が緩みっぱなしだ。

落ち着け。

このままの顔で店に出れば何が起きたか皆にばれてしまう。

まずい。

それだけはまずい。

そうならない為に俺に出来る事はただ一つ。

気持ちを引き締め、仕事に集中する事。

そう、仕事だ。

ドタバタ大騒ぎの誘拐事件も無事解決し、陰日も聖日も明けた今日から仕事再開だ。

え、時系列が合わない?

そんなに早く帰ってこれるはずがない?

よくご存じじゃないですか。

でも出来る方法があるんですよね、これが。

ってか、それが出来るのなら始めっからそれを使えよと思ったそこのあなた。

色々と事情があるんですって。

それでは時計を少し巻き戻してみましょうか。


陰日が明け、さぁ三日間の長旅だと馬車をチャーターしようと大鳳亭を出た俺達を待っていたのはアベルさんとメルクリア女史だった。

これまた珍しい組み合わせだなと思っているといち早くエミリアがメルクリア女史に駆け寄る。

「メルクリア様!」

「エミリア久しぶりね。」

「今回沢山の無理を言いまして申し訳ありませんでした。」

「本当よ、まさか上司を顎で使う部下がいるとは思わなかったわ。」

「すみませんでした・・・。」

「馬鹿ね、貴女じゃなくて貴女の旦那の方よ。」

あ、私ですか。

どうもすみません。

「こんな朝早くにどうされたんですか?」

「そろそろ出発だろうから見送りに来たんだけど、そこで面白い提案を受けたのよ。」

「提案という事はアベル様が?」

「あぁ、君達にはいくら詫びても足りないだけの迷惑をかけたからな。せめてもの罪滅ぼしだと思ったのだ。」

「話はシュウイチから聞いている。そちらにはそちらの事情があったようだし、国王陛下もこの件に関しては終わりにせよとの話だったはず。あまり気を使われると我々も恐縮するのだが?」

「それはわかっている。だが、これが最後の我儘だと思ってほしい。」

宿もお世話になったし、陰日の最中も色々と便宜を図ってくれた。

これ以上何か気を使ってもらうとシルビアの言うように申し訳なくなってしまう。

あれはあれ、それはそれ、俺達の中では一応決着のついた話だ。

「いったいどういう事でしょうか。」

「貴方達これからサンサトローズに帰るんでしょ?」

「はい、馬車を手配して戻るつもりです。店は休みにしていますしのんびり帰ります。」

「だが店を休めばその分売り上げはなくなる、それは君にとって良くない事なのだろう?」

「えぇ、まぁ。」

メルクリア女史の事だから全部を話したってことはないだろうけど、アベルさんはそれが気になるようだ。

今から帰ると到着は三日後。

明日が聖日、その次の次の日の夕方サンサトローズに到着する予定だ。

イメージは土曜日に出て火曜日の夕方に着くと思ってくれ。

「そこでだ、馬車よりも早い足があると言ったら君はどうするかね?」

「もしあるのならぜひ利用したい所ですが、そんな便利な物があるのでしょうか。」

メルクリア女史ならばそんな事出来るかもしれないけれど、残念ながら俺達の中に出来る人間はいない。

一体どんな魔法を使うつもりなのだろうか。

「それがあるのよ。本当は前々からあったんだけど選択肢にはなかったの。」

「前々からあった?」

「契約した時の内容なんて覚えてないわよね。」

「記憶力はそれなりにあるつもりですが一年前ですから・・・、何でしたかね。」

「メルクリア様、もしかして転送陣の事ですか?」

「もぅ先に答えを出しちゃダメじゃない。」

「あ、申し訳ありません。」

転送陣?

それはダンジョンについているようなあれだろうか。

それとも一度行った事のある場所に連れて行ってくれる渦だったりして。

あれが今でいうファストトラベルの先駆けなんだよなぁ。

「つまりそれを使えばすぐに戻れるわけですか?」

「そうね、各商店連合の事務所をつないでいるから使用すればサンサトローズの事務所に一瞬で戻る事が出来るわ。」

「それはすごいじゃないですか!それさえあれば物流の未来が大きく変わりますよ!でも、なんで前から使わなかったんですか?」

「使わなかったんじゃない、使えなかったのよ。」

「壊れているとか?」

「値段が高すぎるのだ。」

値段が高すぎる。

なるほど使用料が高いという事か。

それで元が取れないから結局使われないという事だな。

何という無駄技術。

使って使って使いまくったら低コスト化できたりしないんだろうか。

「各騎士団にも一応王都と繋がっている転送陣が設置されてはいるが、百年単位で使われた事はないな。今は倉庫の隅で埃をかぶっているだろう。」

「私も話だけは聞いた事があります。ものすごいお金持ちの方が使う物だと思っていました。」

「ニケ様の言うものすごいお金持ちとはどのぐらいの事を言うのですか?」

「そうですね・・・一期で金貨を500枚以上稼ぐ方でしょうか。」

一期で金貨五百枚!?

ってことは一年で金貨二千枚。

つまり年商20億だ。

そりゃすごいお金持ちだな。

でも、どうしてそんなお金持ちしか使えないんだろう。

「それだけの商人となると必然的に数が限られてくる。つまり使える人間がほとんどいない技術ってわけね。」

「でも今回はそれを使うんですよね?そんなお金持ってませんよ。」

「わかっている。だから今回はうちがその金額を負担させてもらえないかとメルクリア殿に提案したのだ。」

「はじめ聞いた時は耳を疑ったわ、そんな事する人今までいなかったんだもの。」

「私だってこんなことを言うのは初めてだよ。」

商家五皇に名を連ねる貴族ですら使う事をためらう技術。

一体いくらぐらいするんだろうか。

「仮に使用させていただくとして一体いくらぐらいするんですか?」

「聞いて驚きなさい、一人金貨二枚よ。」

「はい?」

「何もよもっとちょっと面白い反応できないの?」

「いやそんなことする余裕なんてありませんよ、冗談じゃないんですよね?」

「あぁ、使用するにはかなりの魔力を必要としてね。一人転移させるのに必要な魔石を買うのにそれぐらい必要なのだ。」

馬鹿じゃないの。

一回金貨二枚じゃなくて、一人金貨二枚だよ?

つまり片道二百万円。

往復すれば四百万円だ。

そりゃよっぽどの金持ちしか使えないわな。

プライベートジェットかっての。

「エミリア、ちなみに手配する予定の馬車はいくらぐらいですか?」

「帰りは少し豪華な馬車でゆっくり帰る予定でしたので、途中の滞在費も入れて銀貨50枚ほどです。」

「それは五人でですよね?」

「もちろんです。」

片道一人十万円。

二泊三日の旅行と思えば贅沢すればそのぐらい行くだろう。

それでも金貨一枚にも満たない金額だ。

それを五人分となれば総額一千万円。

当初の二十倍の金額が必要になる。

いくら時間をお金で買うとはいえ、三日頑張って営業してもそれだけの金額を売り上げることはできない。

そのお金をもらった方が色々とありがたい・・・、いえ何でもないです。

無粋な発言でした。

「どうだろうこれぐらいしか私達に出来る事はないのだ。元々君たち夫婦を別れさせるために用意しておいたお金ではあるし、それを考えても安い物だ。」

「いやまぁそうでしょうけど、さすがにこの金額は。」

「あら、じゃあ断るの?私は良い誘いだと思うけど。」

「いくら時間を金で買えるとはいえ金貨10枚は流石に多すぎです。そのお金は皆さんで使うべきではないでしょうか。」

「これは皆の総意でもあるのだ、わかってくれ。」

この有無を言わせない感じ、いつものアベルさんが戻って来たみたいだな。

色々あって下手には出ているが元は大貴族様だ、俺みたいな弱小商人が気軽に話をしていい相手ではない。

「・・・みんなはどう思いますか?」

「確かに店を任せっきりなのには不安がある、早く戻れるに越したことはないだろう。」

「でもいくらなんでも私達の分まではもったいないと思います。それならイナバ様と奥様方だけ使われて私達は馬車で帰りますよ。」

「私もニケ様の意見に同意します。」

シルビア様は賛成、ニケさんとユーリが半分賛成ときた。

さて、エミリアはどう出るかな。

「私はシュウイチさんとゆっくり帰りたいなと思うんですけど・・・。」

「あら、エミリアは反対なのね。」

「反対ではないんですけど、せっかくゆっくりとした時間が取れるのでもったいなくて。」

「それなら戻ってからゆっくりしたらいいじゃない。」

「うーん・・・。」

ありがたい話ではある。

でもこの金額は気が引けてしまうなぁ。

「まぁ、その反応も予想済みよ。そこで商店連合からも提案があるの。」

「商店連合からですか。」

「使用してくれるなら商店連合が代金の半分を持つわ。」

「え!?」

「別に貴方の為じゃないのよ?元々転送陣は非常時用に設置されたモノなんだけど、その有用性から民間にも貸し出されている技術なの。でも、使用があまりにも少ないと撤去されてしまう可能性があるわ。撤去が検討されるまでの期限は10年間。最後に使用したのが7年ほど前みたいだから、これを逃せば期限内に使う可能性がほとんどなくなるのよ。それに、魔石の備蓄はそれなりにあるから、たまには使用しないと使えなくなっちゃうのよね。」

「なるほど、負担が半分に減るのであれば商店連合としても願ってもないという事ですか。」

「そういうことね。」

それならばホンクリー家の負担は減るし、商店連合としても当分安心できる。

別にすぐ使う技術ではないけれど、もしもの時にすぐ使える物がないのは不安だという事か。

安心をお金で買うと思えば安い物なのかな?

「どうだろう君だけに利のある話じゃない、商店連合も私としても利のある話なのだ。」

「わかりました、そこまでおっしゃっていただけるなら喜んで利用させていただきます。」

「本当か!」

「うちとしても経費が浮きますし、やはり時間をお金で買えるのはありがたい話です。サンサトローズに戻っても、ププト様への報告や各方面へお礼を言いに行ったりしないといけないので。」

「君もなかなか律儀だな。」

「商人は信頼が全てです、恩を受けたのであればしっかりと返さなければ未来がありませんよ。」

「確かにそうだな。私も今回の件を機に色々と見なおすべきなのだろう。」

「私のような商人が言うのもあれですが、これからもホンクリー家とはいい関係を築いていきたいと思っています。どうかこれからもよろしくお願いします。」

「それは私からお願いしたい所だ。メルクリア家の顔もあるだろうが何かあれば遠慮なく頼るといい。」

そう言いながらお互いに手を出し固く握りあう。

普通では手に入らない大貴族とのパイプ。

それが出来ただけでもこの誘拐騒動には価値があったのかもしれないな。

「さぁ、そうと決まればさっさと行くわよ。もう準備はできてるんだから。」

「もうですか!?」

「当たり前じゃない、時間が惜しいんでしょ?さぁ行くわよ。」

「あ、待ってくださいメルクリア様!」

慌てる俺達をよそにメルクリア女史が先に行ってしまう。

「すみませんアベル様。それではまた!」

「あぁ、気を付けて。」

挨拶も程々に急かされるようにして商店連合へと向かい、噂の転送陣とやらと対面する。

かなり大規模な魔法陣を想像していたけれど、ダンジョンにある転送装置と何ら変わりのないモノだった。

「これに乗ればいいんですね。」

「私は先に向こうで待ってるから転送陣が光ったら順番に入って頂戴。」

一回金貨2枚もする転移を自前で賄えてしまうメルクリア女史。

つい先日母親も転送できることは確認できたし、大至急の用事の時は俺も転移させてもらえないだろうか。

「半分私と一緒の実の母親だからできただけで、普通は他人を連れて転移なんてできないわよ。それに他人を連れて転移すると結構大変なんだから。」

残念。

一足先に黒い壁の向こうに消えてしまったメルクリア女史を追いかけるように転送陣も淡い光を放ち始める。

えっと、もうちょっと待つべき?

「シュウイチさん、もう大丈夫ですよ。」

「あ、これでいいんですね。」

「あんまりのんびりしていると魔力が切れちゃいます。」

「わかりました!」

折角お金を出してもらっているんだから何かあったら大変だ。

慌てて転送陣に乗り込むと淡い光が急に明るくなり、一瞬たじろいだ後にはもう転送は終わっていた。

え、これで終わり?

一歩前に出て後ろを振り返ると誰もいないので、転移に成功したことは間違いない様だ。

やっぱりダンジョンのそれとほとんど一緒だな。

これで金貨二枚かぁ。

便利とはいえ高すぎるよなぁ。

って、この考えはいけない。

俺は技術にお金を払ったのであって過剰な演出にお金を払ったわけじゃないんだ。

鍵開けや水道修理に高いお金を払うのもあれは技術料なんだから。

なんて考えているうちに目の前の陣が淡く光り、皆が順番に転送されて来た。

「随分呆気ないモノだな。」

「私もそう思いました。」

「ダンジョンのアレと技術は同じなのかもしれません。もしや、アレも改良すれば同じことが出来るのでは?」

「仮にできたとしてその分の魔力が調達できませんよ。」

「残念です。」

皆もおおむね同じような感想だったようだ。

「戻って来たわね。」

「本当にサンサトローズに着いたんでしょうか。」

「外に出ればわかるわよ。」

到着はしたようだけど部屋は王都のそれと全く同じだ。

けれどメルクリア女史に言われたように外に出ると、慣れ親しんだサンサトローズの空気が俺達を出迎えてくれる。

戻って来た。

この空気、この雰囲気。

やっぱりここが俺のホームグラウンドだ。

「さぁ、ボーっとしてないでさっさと行くわよ。」

「いくってどこにですか?」

「お礼を言いに回るって貴方が言ったんじゃない。それに明日は聖日だし今日中に済ませておかないとまたここに来る羽目になるわよ。」

「転移させていただいてそれはもったいない話です。エミリア達もいいですか?」

「もちろんです。」

皆問題なさそうだ。

俺がこうやって自由になれたのはここサンサトローズの皆のおかげだ。

冒険者やププト様だけでなく街の大勢の人達も俺の無実を願ってくれた。

この世界に来てこうしていられるのもこの街で俺が多くの事を成してこれたからだ。

それは決して俺一人の力では成し遂げられなかったことばかりで、たくさんの人に助けてもらっていることを今回の件で改めて実感した。

俺が何かをしたからみんな返してくれた。

じゃあ、それをまた何倍にもして返していこう。

そうする事でお互いにもっともっと良くなれる。

それだけは間違いない事実だ。

さてっと、そんじゃま挨拶周り頑張りますかね!


っとまぁこんな感じで無事にサンサトローズに戻って来たわけだけど、全ての用事が終わったのは結局聖日の夕方。

それから慌てて馬車に乗り込んで村に戻り、それからニッカさん達に無事に戻った事とお礼を言ってから家に戻って来たというわけだ。

家に帰ってきた俺は食事をする元気もなく、フラフラと自室に戻り気づけば朝まで爆睡していた。

目が醒め自分の部屋に安堵し、今までの事を思い返し、そして悶絶する。

あぁ、あれは夢だったんだろうか。

いやいやもちろん現実なんだけど、夢のような時間だったからつい。

だって朝起きたら左右に生まれたままの姿の二人がいるんですよ?

天国に昇っちゃったかと思うじゃないですか。

慌てて自分の脈を確認しましたとも。

ちゃんと生きてました。

よかったよかった。

「おはようございます、シュウイチさん起きておられますか?」

と、ドアがノックされエミリアの声が聞こえて来る。

「あ、はい起きてます。」

「食事の準備ができました、みんなもう起きて来てますよ。」

「すぐ行きます。」

何時までも惚気ている訳にもいかないな。

お客さんは今日の再開を楽しみにしてくれているんだ、もう冒険者ギルドにも告知しちゃったしね。

勢いよく弾みをつけて体を起こし、ベッドから飛び起きる。

いつの間にか用意してあった服に着替えてドアと開けるとエミリアが待っていてくれた。

「おはようエミリア、お待たせしました。」

「おはようございますシュウイチさん。」

「行きましょうか。」

エミリアに挨拶をしてさぁ下にと思ったら、一歩進んだ所で何かに引っ張られてしまった。

慌てて後ろを振り返るとエミリアが俺の服の裾を掴んでいる。

どうしたんだろうか。

「あ、あの・・・その・・・。」

「どうしました?」

「わ、忘れ物です。」

忘れ物。

はて、何か部屋に忘れただろうか。

色々考えてみるけど特に必要な物はなかっ・・・。

色々と思案を巡らせる俺の頬に何か柔らかい物がそっと触れる。

ハッとしてエミリアの方を見るとうちの可愛い可愛い奥さんが顔を真っ赤にして俯いていた。

夢じゃなかった。

「い、行きましょう!」

そして自分のやったことに耐えきれなくなり慌てて先に行ってしまうエミリア。

あぁいつもの日常が戻ってきたんだなぁと実感しつつ、そうじゃない部分もやっぱりある。

新しい関係。

いや、より深くなった関係?

なんだか生々しいな。

とにかく、前よりも一歩も二歩も進むことが出来た。

だから今日からの俺はもう今までのヘタレではないのだ!

NEWイナバシュウイチ、今日からまた頑張ります!

エミリアの触れた頬を撫でながら緩み切った顔で決意も新たに皆の待つ一階へと降りて行ったのだった。

もちろん何があったかをみんなに茶化されたのは言うまでもない。
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