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第十三章

父として語るべキモノ

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「だいぶ昔、まだお前たちの母親と会う前の話だ。若くして財を成した私は新たな商売を求めて王都を離れ、辺境を転々としていた。戦争はなく平和な時代だからこそ人々は新しい物を求めている。それにいち早く気づいた私は珍しい物を求めてふと亜人の集まる集落があるという噂を聞きつけそこに向かったのだ。」

いまだ意識の戻らないジュニアさんの横に胡坐を組み、彼の肩を優しく撫でながらアベルさんの口から真実が語られる。

喧嘩腰だったラーマさんもその場にぺたんと腰を落とし、父親の話に耳を傾けていた。

「そこは人々の迫害から逃げて来た亜人が身を寄せ合ってできた集落だった。最初こそ警戒されたが、辺境故に物資が少なく仕入れたばかりの食料を提供する事で私は滞在を許された。はじめは何か珍しい物があるか聞きなければさっさと出ていくつもりだったのだが、そこで出会ってしまったのだ、集落の隅で一人花を育てる彼女と。」

アベルさんの目が遠くを見つめている。

一代で商家五皇まで上り詰めたのだ、若い時の忘れられない記憶の一つや二つあってもおかしくない。

「彼女は栄養の少ない土地でしか育たない珍しい花を育てていて、それに目を付けた私は彼女に声をかけ、いくつか譲ってくれないかと商談を持ち掛けた。だが、一輪売れば王都で一期遊んで暮らせる金額を提示しても彼女は首を振らなかった。イナバ殿、君にはわかるかい?」

「そうですね、思い出があるのかそれとも門外不出か。もしくは亜人以外に売れたくなかったのかのかもしれません。」

「半分は正解ださすがだな。その花はその地に自生ていた物を彼女が手塩にかけて改良し栽培できるようにしたものだった。それ故に自分達を迫害したただの人間に売る事等できなかったのだろう。だが、その時の私には商売の事しか頭になかったからな何が何でも売ってくれと彼女に頼み込み、それからしばらくその地に通い続けた。それから暦が一巡りした頃、ついに私は彼女からその花を買い付ける事に成功したのだ。」

「さすがお父様ですわね。」

「だが、私にはその花を売れなかった。この地に通えば通う程人間のしてきた迫害を耳にし彼女達の苦労が自分の心に突き刺さった。商売の事しか考えていなかった私でさえ、その苦悩の日々は応えたんだろう。それだけじゃない、私は彼女に惹かれてしまったのだ。健気に花を育てる彼女にな。」

それだけ足しげく通えば恋の一つや二つしてもおかしくない年齢だったのだろう。

吊り橋効果まではいかないが、その地の苦労を自分に当てはめる事で同一の体験をしたと錯覚したんだな。

「私はその花に希少価値をつけ有名な貴族だけに売りつけた。人は希少な物に目が無いからね特別にと言えば彼らはこぞって金を積み上げたよ。そして私は財を成し、あの地から彼女を救いたいただそれだけの思いで必死になって花を売り続けた。気づけばまた暦が巡っていたよ。その頃には彼女も私の気持ちに答えてくれてね、気づけば彼女のお腹に命が宿っていた。私は嬉しかった、財も増やし、恋人も出来、ましてや子供まで。人生が一番輝いていたように見えたものだ。」

「ですが上手くいかなかった。」

「人生とは穏やかな川のようにいつまでも穏やかではではないと知ったのもその時だ。子供が生まれ、さぁ家に彼女を呼ぼうと迎えに行った時だった。彼女達の集落が魔物襲われたと王都から隣町についた時に聞いたのは。私は荷を置き危ないからと止める冒険者の声にも耳を貸さず馬だけで集落に向かった。」

「40年ほど前だとしたらまだ冒険者ギルドが上手く機能していなかった頃ね。ここ周辺はともかく辺境の魔物はまだまだ多かった時代よ。」

「そうなんですね。」

もっと前から冒険者ギルドは機能していたと思ったんだけどそうでもないんだな。

おそらく冒険者はいてもそれをうまく管理できていなかったんだろう。

流れの冒険者に討伐依頼を出すとかだったのかもしれないな。

「隣町から集落まで半日、私はひたすら走り続けた。そして日が暮れるほんの少し前やっとの思いでたどり着いた私が見たのは魔物に踏み荒らされ何一つ残っていない集落の姿だった。慌てて彼女の家に行っても残っていたのは骨組みだけ、あの花も無残に踏みつぶされていた。」

「そんな、じゃあその方は・・・。」

「血の跡はなかった。だから無事に逃げ出せたと信じ私は血眼になって二人の行方を捜したよ。でも、見つかったのは別の街で売りに出されていたこいつだけだった。」

そう言いながらまたジュニアさんの肩を優しく撫でる。

その眼は時折ラーマさんに向ける父親の眼と同じだ。

「どうしてジュニアさんだとわかったんですか?」

「売りに出されていた赤子は彼女の作った布が巻かれていた、染めている所をじかに見ていたんだ間違えるはずがないだろう。」

「売主に話を聞いてもダメだったのね。」

「あぁ、金を積んでも流れて来た亜人の男が売ったとしか白状しなかったよ。結局彼女が生きているのか死んでいるのかもわからないまま私はその子を買い三人で帰るはずの家に連れて行った。」

「だとしたら、どうしてジュニアはこの家の人間になっていないんですの?お父様の血を引いているのなら息子として育てれば・・・。」

「あの頃はまだ亜人に対する偏見が強かったのだよ。それにあちこち商売で動く私に息子とはいえ赤子は邪魔だった。それだけじゃない、もしかしたら布だけ彼女の物でこの子は他人の子供なんじゃないか、彼女を無くしたことへの絶望からそんな風に思う事さえあった。いつしかその子を愛せなくなってしまった私は商売柄よく利用していた隊商にこの子を預けたんだ。金は払う、強く育ててやってくれと。」

確かにこれからどんどん大きくなろうとしている中、子供を育てるのは難しい話だ。

奥さんと死に別れしかも奥さんがその子を抱いている姿すら見ていないのだから、そう思ってしまうのも仕方ないのかもしれない。

お腹を痛めて命がけで産んだ女性と違って男性は子供が出来てもすぐ自分が父親と認識できないらしい。

子育てに携わり母親の愛情を目にしてすこしずつ認知していくと話に聞いた事がある。

「それから私は二人の事を忘れる為に働き続けた。その中である貴族と縁を持ち、お前たちの母親と出会ったんだ。ある種の政略結婚という奴だな、落ち目の貴族が勢いのある私と手を組むことでもう一度息を吹き返そうと画策して、私は私で普通では手に入れる事の出来ない貴族という地位をお金で買ったのだ。」

「亜人を近くに置かないようにしたのも思い出してしまうからでしょうか。」

「そういう事になるな。」

「そんな、じゃあお母様の事はなんとも・・・。」

「いいや確かに私は彼女を愛していた。もしかすると、若い時のように燃えるような恋をする余裕などあの頃の私達にはなかっただけかもしれないがないが、前に言ったように愛するよりも慣れの方が先だっただけだ。その後お前たちを生み、あいつは死んでしまった。」

「人生は穏やかな川の流れのままで行くことはできないのですね。」

「君もそれをよく覚えておくと言い。もっとも、今回の件も含めて随分と荒波を越えてきているようだから余計なお世話かもしれないがね。」

「いいえ、肝に銘じておきます。」

どれだけ勉強しても長い事生きて来た人の経験から得られるものには勝てない。

もしかしたら今よりももっと大きな荒波が来るかもしれない。

そう思って日々を生きるべきなんだろうな。

「話を戻そう。仕事が落ち着いていたとはいえ何かと忙しい私はお前たちを育てる為に人を雇う事にした。」

「その時に私を買ってくださったのですね。」

「そうだ、ラーマが一目で気に入ってせがんだのでな。」

「ではジュニアさんも?」

「あいつの事は半分忘れていた。だが、たまたま預けた商隊が戻って来たと聞き様子を見に行った時に私は確信した。こいつは俺の息子だと。亜人の母親の血を濃く受け継いだようでな、見た目は完全に私と違っていた。だが・・・。」

「目、ですわね。前々からジュニアの目がお父様にそっくりだと思っていましたの。」

「そうだ。あの目を見た時に私は確信した、やっぱりこいつは俺の息子だと。それで俺はこいつを家に呼び、ヤーナの護衛にした。兄妹だと悟られないようにヘルムを義務付け、決して脱ぐなと命じてな。」

それがあのヘルムの秘密だったわけだな。

なるほどなぁ。

「どうして息子として呼び戻さなかったんですか?」

「この地位まで登るとな、今更隠し子がというとなかなか面倒な事になる。それにだ、娘二人に良い婿をあてがえばより強固な関係を築ける。それには亜人であるこの子が邪魔だった、それだけの話だ。」

「ですがジュニアさんはアベル様が父親と知っていたのでは?」

「直接私が父親と名乗り出たことはないし呼び寄せた時も護衛として買い受けたという事になっていた。もっともこいつ自身は私の事に気付いていたようだが、それが分かっていて今まで私の護衛をしていたのだから恐れ入るよ。」

「ジュニアは私達が妹だとわかっていて私にもお姉様にも教えてくれなかったのね。」

「そのようだな。だが、ヤーナの護衛につけたのがそもそも間違いだったのだ。」

「ご存じだったのですか?」

「当たり前だ、親として気付かないわけがないだろう。」

あ、やっぱり。

二人は気づいてないって自信たっぷりだったけど親をなめるんじゃないよ。

やっぱり気づいていたじゃないか。

「どういうことですの?」

「ヤーナがこいつに恋をしてしまったのだ。もちろん知らなかったといえ血のつながった同士でそんなことが許されるはずがない。」

「それに気が付かれてヤーナさんの結婚をお決めになったんですね。」

「親として素晴らしい結婚相手を決めてやる事が娘の為に出来る事だと思っていた、だから必死になって相手を探したのだとあの時の私は言い訳したかったのだろう。実際は早く二人を引き離したかっただけだ。」

「お姉様とジュニアが?そんなそぶり全く見せなかったのに。」

「護衛との恋などそもそも認められるものではないわ。ましてやそれが血のつながった相手なら尚更妹にも教えられなかったでしょうね。」

「だがその結婚もうまくいかずあの子はこの家に戻ってきた。もちろんジュニアとの関係が続いていることには気が付いていたが、心の病が悪化する事を思えば離す事などできるはずがない。不幸にもあの子の体は子供を作れないようだし間違いはないだろうと考えていたのだ。」

なるほどなぁ。

そういう経緯があったのか。

皆が皆秘密がばれていないと思い込んでいたけれど、実際は秘密なんて漏れまくりでそれが余計に歯車を狂わせていたんだな。

ヤーナ様自身はジュニアさんと血がつながっていることは知っているだろう。

でも今だにアベルさんに関係がばれていないと思っている。

また、アベルさんもジュニアさんが自分が父親だと気づいていないだろうと思っていたんだな。

その中でラーマさんは一番関係ないポジションにいたはずなんだけど・・・。

「結婚がなくなり跡継ぎはおろか心まで病んでしまった。それに焦った私はラーマ、お前に未来を託そうと思った。しかしだ、お前の頑張りは認めるがこの家を継ぐほどの才覚はない。」

「そしてヤーナさんから私の話を聞いて無理やり連れてきた。」

「ヤーナは無理でも若いラーマであれば子を生すことだってできるだろう。何だったら酒でも薬でも使って無理やり子供を作ればいい、結婚さえしてしまえば後は私達のように子供が出来るだろうと勝手に思い込んでいたのだが、それも全て空想の話だったよ。」

「お父様、私ではお役に立てなのですか?私ではこの家を存続させることはできないと・・・。」

「残念だが今のお前には無理だ。いや、それもヤーナに期待を抱きお前に手をかけなかった私が悪い。」

自分の今までの頑張りを全否定され、ここまで語られた真実に頭がパンクしてしまったのだろう。

呆然とした顔をしたラーマさんの瞳からポロポロと涙がこぼれて来る。

それにいち早く気づいたマオさんがそっとハンカチを差し出すもそれを受け取る事すらできないようだ。

そりゃそうだよな、姉が心の病に倒れてから自分が頑張らなくちゃと一念発起してここまでやって来たのに、その頑張りをバッサリと全否定されたんだもん、放心状態にもなるよ。

父親の亜人との悲恋に始まりそれが兄妹の禁断の恋に移り変わり、一度は引き離したものの娘は娘で禁断の恋を継続するために父親を誘導して俺をここに連れてきたと。

そのことに全く気付かず利用された末の妹は家の為にひたすら孤軍奮闘するも結果実を結ばない。

なんとまぁ、自分勝手な皆さんでしょうか。

報われないラーマさんも可哀想だけど、一番の被害者はどう考えても俺ですよね。

だって俺と全く関係ない所で勝手に話がややこしくなって、結果俺に迷惑が掛かっているわけだし。

何て言うか迷惑にもほどがあるというか、俺の時間返せ!

って感じですよ。

ヤーナさんとの約束の為にここに戻って来たけれど状況が変わりすぎて何が何やら。

どう考えてもジュニアさんは自由になれないよね。

アベルさんの事だから今回の作戦にも半分勘づいているんじゃないかなぁ。

そうなると自由になれないジュニアさんと出家したままのヤーナさんは引き裂かれたままだし、ラーマさんは認められないままだし、家は俺との結婚が無くなって万事休すだ。

アベルさんが家が終わると言った意味はそういう事だったのか。

自分が死ねばこの家は終わってしまうと。

一番は皆全部秘密をばらして一緒に頑張ろうってなることだけど、根が深すぎて難しそうだ。

その中心人物は今も気を失っているわけだし・・・。

あのー、俺もう関係ないんで帰ってもいいですかね。

え、駄目?

そこを何とかお願いしますよ。

「君にも随分と迷惑をかけてしまったな、あの法律が廃案になり不敬罪が無くなった以上君がここに居る理由はない。責任をもって商店へ送り届けるとしよう。それなりの賠償もするつもりだ。」

「賠償ですか。」

「当然でしょ、不当に拘束して連れてきたんだから。拘束した方にその義務が発生するわ。」

なるほどそういうものか。

元の世界でも冤罪になった人が国家賠償請求したりするもんな。

「商店連合にも賠償する用意がある、金額が決まり次第連絡を貰えるよう貴女のお母上にも伝言をお願いでだろうか。」

「わかっ・・・。」

「その必要はないわ。」

さぁ話は終わった。

後は後片付けだけだとアベルさんが切り出した時だった。

部屋に立ち込める重たい空気をよく通る女性の声が吹き飛ばしてしまった。

全員でバッと後ろを振り返ってみる。

「お母様!」

「お母様?」

ドアの前にはメルクリア女史が幼女ではなくなり且つ普通に年を重ねたらこうなるであろうという完成形が腰に手を当ててふんぞり返っていた。
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