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第十三章

彼の本当の姿

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会議が終わり、参加者が引き揚げるのを眺めていると俺の所にも迎えが来た。

レティシャ王女だ。

「イナバ様お疲れ様でした。」

「おかげ様で無事に自由になれました。」

「これもすべてイナバ様の人徳によるものです。」

「人徳だなんてそんな・・・。」

「この後はどうされますか?不敬罪が取り下げられたという事はホンクリー家に戻る必要もありませんが・・・。」

そこなんだよなぁ。

さっきの流れで俺は無事に完全な自由の身になった。

このまま王都にいる必要はなく、さっさと皆の待つ商店に戻っても構わないわけなんだけど・・・。

それが出来ない事情もあるわけでして。

特にさっきの終わり方が非常に後味の悪い物だったので喜びよりも不安の方が勝ってしまっている。

この後アベルさんはいったいどう出るだろうか。

ホンクリー家にいる必要がなくなった一番の原因は俺が脱走したことだ。

そしてその原因を作ったのが現在謹慎中のジュニアさんという事になる。

昨日の時点では謹慎という軽い処罰で済んでいたが、状況が変わればその処罰も変わる可能性があるわけで。

もしかしたら全ての責任を取って死ねと言われる可能性だってある。

解雇してもらうのが目的のはずなのに処刑まで行ってしまったらすべてが水の泡だ。

そうなってしまったらせっかく心の病から立ち直りかけているヤーナ様が後追い自殺してもおかしくはない。

アベルさんは二人の関係を知らないわけだし、まさかジュニアさんと一緒に娘が死ぬだなんて思いもしないだろう。

しらないからこそ、そうなる可能性が高くなる。

それだけは勘弁してほしい。

「行く所はありませんし、ひとまず教会のお世話になろうと思います。その後の用事が終われば商店に帰ります。」

「もし予定が合えばご一緒に食事でもいかがですか?父も喜びますし。それに私も陰日が開ければサンサトローズへ戻りますので道中ご一緒できるとありがたいのですが・・・。」

「私とですか?」

「サンサトローズまで三日、一人の馬車というのはいつもの事ながら味気なくて。その点イナバ様であればお話も上手ですし父も安心してくださると思うんです。」

イヤイヤイヤイヤ。

そんな事になったら俺のメンタルボロボロになるじゃないですか。

ラーマ様でもかなりしんどかったのにそれがガチの王族とかになったらサンサトローズに着く前に俺の紙メンタルが擦り切れてしまうよ。

しかもその前に国王陛下と食事だって?

マジで勘弁してください。

「予定が合えばとは思いますが、まだやることがあるので申し訳ございません。」

「そうですか・・・。」

「せっかくのお誘い申し訳ありません。」

「いえ、イナバ様にとって今回の件はかなりの心労となった事でしょうし致し方ありません。またお時間ができましたら是非、夫も楽しみにしております。」

「ありがとうございます。」

ふぅ、これで地獄の帰還は阻止できたな。

普通であれば王族の誘いなんて断っちゃいけないんだろうけど、今回は事情が事情だけに許してもらえるだろう。

次回同じ手段が使えるかどうかは・・・、まぁその時考えるか。

レティシャ様に見送られて今度は堂々と正面から王城を出る。

すると階段を下りた先に一台の馬車が勢いよく走ってきた。

ナイスタイミング。

帰りは歩きのつもりだったけど誰かが手配してくれたんだろうか。

「イナバ様お待ちしておりました!」

階段を下りてくる俺を確認して従者が馬車から飛び降り駆け寄って来る。

「マオさん!」

「イナバ様、お願いします今すぐ力を貸してください!」

藁をもすがるように俺の手を掴み必死の形相で俺を見つめて来るマオさん。

いつも一線引いたTHEプロフェッショナルな顔をしていたのに、こんな顔をするなんていったい何があったんだろうか。

「どうしたんですか?」

「旦那様が、旦那様が・・・!」

「落ち着いてください、アベルさんに何があったんですか?」

「旦那様が自ら剣を抜いて・・・。」

嘘だろ!

何で無限にある選択肢から最悪の方を選んじゃうかな!

その選択肢だけはやっちゃいけない。

そんなことすれば他の全ても終わってしまうのに。

くそ!

やっぱりあの時声をかけるべきだったんだ。

メルクリア女史に丸投げするんじゃなかった。

「それからどうなったんですか!?」

「ジュニア様が咄嗟に止めに入ってくださり、でもその弾みで剣が肩に・・・。」

「とにかく行きましょう!」

ここにいたって始まらない。

仮に最悪の状況になっていたとしても、もしかしたらまだ出来る事があるかもしれない。

マオさんの手を引いて馬車に乗り込むと、座席に着くまもなく動き出す。

はずみでマオさんに壁ドンするような形になってしまったがそんな事気にしていられない。

「ラーマ様は?」

「あの時はまだ部屋におられました。ですが私の悲鳴を聞いたはずですし恐らくは現場に・・・。」

「ジュニアさんの肩に剣が刺さっただけですね?」

「だけって、あんなに深く刺さったんですよ!?」

あ、そんなに深いんですかそうですか。

俺に言い返した所でマオさんがハッとした顔をする。

「す、すみません大切なお客様に私としたことが。」

「いえ、落ち着いてくれたようで何よりです。私達が慌てた所で馬車がすぐ付く事はありません、状況を詳しく教えていただけますか?」

落ち着きを取り戻した所で向かい合うようにして座る。

かなり急いでいるので乗り心地はかなり悪いが、我慢できないほどじゃない。

「最初に旦那様が戻られた時私はラーマ様の相手をしておりました。家の者がだんな様が戻られた事を知らせてくれたので出迎えに向ったんです。帰ってこられた旦那様はそれはもう酷い顔をされていて、あれはまるで奥様が亡くなられた時と同じ顔でした。」

なんとなく想像できる。

俺が逃げ出したとはいえまだまだ戦えると思っていた事態があっという間に覆されてしまったんだ。

しかも、過去に自分がどうにも出来なかった事をいとも簡単にやられてしまった。

そりゃあ自暴自棄にもなるよな。

「続けてください。」

「戻られた旦那様は私達に声をかけることもなく自室へと戻られました。指示がなかったとはいえ何もしないわけにいかなかったのですぐに追いかけると、扉が開けっ放しで中からブツブツと声が聞こえたんです。」

「どんな事を言っていましたか?」

「もう終わりだ、そんな風な事を言っていたと思います。イナバ様、一体何があったんですか?」

「ちょっと色々とありまして、その後どうなったんですか?」

「私心配になってすぐにお部屋に入りました。すると、顔を真っ青にして短刀を持った旦那様がおられたんです。慌ててお声をかけると、驚いたような顔をして私の方を見ました。でも、その目は私ではなく別の何かを見ていたように思います。」

別の何か。

マオさんの声に反応して振り向いたけれど視線が合わなかったんだろう。

マズイなぁ、最悪の状況じゃないか。

その後はどうなったかなんて聞かなくても分かりそうだ。

「声をかけた時、何か仰っていましたか?」

「何か言っていたと思うんですけど小さくて聞き取れませんでした。私のほうを見た後フラフラとこちらに向ってくるので怖くなってすぐにジュニアさんを呼びに行ったんです。」

「ジュニアさんを?でもジュニアさんは謹慎処分を受けていたはずでは?」

「イナバ様がどうしてそれを?」

「城で聞いたんです。それで、ジュニアさんを呼びにいってどうなったんです?」

危ない危ない。

昨日家を飛び出した俺がその後どうなったかを知っているはず無いよな。

でもまぁ城で聞いたって事にすればいいか。

「ジュニアさんに状況をお伝えするとすぐに部屋を飛び出していかれたんです。私も慌てて追いかけると、旦那様の短剣が肩に・・・。」

「その後私を呼びに来てくださったんですね。」

「私慌ててしまってすごい叫んでしまいました。するとそれに気付いたジュニアさんがイナバ様が城に居るから呼びにいけって・・・。」

「その時アベルさんがどんな様子だったか覚えていますか?」

「申し訳ありません、気が動転してしまって。すぐに家の馬車に乗り込んで城に行くように言ったんです。着いたらすぐイナバ様が降りてくるのが見えたので・・・。」

「それがさっきというワケですか。」

「はい。」

状況は分かった。

短剣が刺さったという事だけど、恐らく大丈夫だろう。

心臓だったら無理だろうけど肩って事は傷は深くても命に直接関る可能性は低い。

その場に他の人も居るし、すぐに治療すれば何とかなる。

縫合とかしなくてもポーションを振り掛ければ傷は戻っていくしね。

アレだけ大きなお屋敷だ、ポーションの備蓄ぐらいはあるだろう。

となると、その後どうなったかだけど・・・。

アベルさんはジュニアさんを殺しに行こうとしたんだろうか。

それとも、自害しようとしてジュニアさんに止められたんだろうか。

その辺が分からないな。

前者と後者ではかなり状況が変わってくるし、その後どうするかも考えなければならない。

仮に前者だった場合は恐らく無事であろうという事を祈るだけだ。

生きてさえ居ればなんとかなる。

問題は後者だ。

マオさんが聞いた『もう終わりだ。』って言葉がホンクリー家そのものの終わりを意味していて、それを悲観したのであればかなりの重傷という事になる。一度止めたくらいでは再度自害する可能性があるので、それこそ教会に行って心のケアをしてもらう必要が出てくるだろう。

大勢の貴族の前でアレだけの失態を犯したんだ、今後の立場は確かに良くないと思う。

でも、国王陛下は今後遺恨を残さずこれからもよろしく頼むと話された。

そりゃあ多少は状況が悪くなったとしても家が取り潰しになったりする事は無いだろう。

にもかかわらず自害しようとしたとなれば俺がどうこう出来る話じゃないと思うんだけど・・・。

まぁ半分は俺のせいみたいなもんだし、いかないわけにはいかないよな。

たとえ俺を誘拐した張本人であっても死ぬほどの罪を犯したわけじゃない。

やれる事をやる、いつもどおりだ。

それからしばらくして馬車が勢いよく角を曲がり、そして停車した。

「着きました!」

「いきましょう。」

マオさんが先に馬車から飛び降り、俺もそれに続く。

屋敷の入口に向かっていると、玄関の横に座っている人影に気がついた。

あれは・・・。

「ラーマ様!」

マオさんもそれに気付き名前を叫ぶと俯いたラーマさんが勢いよく顔を上げた。

あれは、泣いていた?

「マオ!」

「御無事ですか!?」

「お父様が、お父様が・・・。」

マオさんが駆け寄るとラーマさんがその腕にしがみつき大粒の涙を流す。

くそ、遅かったのか?

いや、まだだ。

まだわからない。

「ラーマ様、アベル様は?それにジュニアさんはどこです。」

「何で貴方が・・・。」

「良いから早く!」

マオさんの横に俺がいる事に驚いた顔をしたものの、それで我に返ったのかいつものラーマさんの目に戻った。

「お父様は自室に、ジュニアも傍に居るわ。」

「マオさん先に行きます!」

「お願いします。」

とりあえずラーマさんをお任せして開けっ放しの玄関から屋敷の中へと飛び込んだ。

まさか昨日の今日で戻ることになるとは思いもしなかったな。

なんて思いながらも目指すはアベルさんの自室だ。

あのラーマさんの感じなら最悪の事態は起きていないかもしれない。

仮に自分の父親が死んでしまったとしたら、俺の顔を見ただけで素に戻ったりはしないだろう。

知らんけど。

仮にも数週間住まわせてもらったから屋敷の間取りは大体把握している。

この廊下を進み途中の階段を登れば、ほら目的の場所はもうすぐそこだ。

あれ、扉が開け放たれている。

ってことはノックは要らないな。

開いているのを良い事にそのままアベルさんの部屋に駆け込んだ、その時だ。

「遅い!」

「す、すみません!」

突然怒鳴られて思わず謝ってしまった。

え、遅い?

怒鳴られると同時に目をぎゅっと瞑ってしまったが恐る恐る開けてみるとそこにいたのは服を真っ赤に染めた放心状態のアベルさん。

そしてジュニアさんが床に倒れていた。

嘘だろ、間に合わなかったのか?

「何呆けた顔してるのよ、しっかりしなさい!」

「あれ、メルクリアさんどうして・・・。」

「どうしてじゃないわよ、様子を見てくれって頼んだのは貴方じゃない。いつも私を使いっぱなしにしていい度胸ねって言いたい所だけど、今回に関してはよくやったわ。」

「じゃあ二人とも。」

「えぇ、護衛の彼がアベル様を止めなければ今頃大変な事になっていたわ。大丈夫、気を失っているだけだから。」

そういうことか。

アベルさんはジュニアさんを殺そうとしたんじゃなくて自殺しようとした。

それを止める為にジュニアさんが割って入り肩を刺されたんだな。

幸いにもメルクリア女史がそれを見ていたのですぐさま治療することができた、と。

よく見ればジュニアさんの胸がちゃんと上下に動いている。

死んでいない何よりの証拠だ。

アベルさんはというと、放心状態で心ここにあらずと言ったところだけどまぁ無事と言えば無事か。

「ヘルムは取らないんですか?」

「本人に拒否されたのよ、絶対に取らないでくれって。怪我はしていないみたいだから別に構わないんだけど・・・。」

何か言いにくそうにだまってしまうメルクリア女史。

はて、なんだろうか。

「話しにくい内容ですか?」

「話しにくいっていうか処理しきれないっていうか。でも、どっちにしろ私一人じゃ耐えられないわ、貴方も共犯よ。」

「いったい何の話です?」

共犯っていったい何をやらせようというんだろうか。

「そこの護衛が刺されてすぐ私はこの部屋に入ったの。その時はまだお互いに意識があったんだけど、その時に聞いちゃったのよ。彼が父さんって言ったのを。」

「え、聞き間違いじゃないんですか?」

「私だってそう思ったわよ。でも、その後アベル様が血まみれの手を見て叫び声をあげ彼の名前を呼んだの。あれは護衛に呼びかける声じゃなかったわ、実の子を呼ぶ親の声だった。」

えっと、情報量は少ないのに中身が濃過ぎて着いて行けない。

え?ジュニアさんがアベルさんの子供?

本当にジュニアだったって事?

ちょっと紛らわしいんですけど、今までのは全部俗称?それとも名前?

って英語圏じゃないんだから子供をジュニアなんて呼ぶわけないか。

とりあえず落ち着け俺。

「私だって信じられないわよ。ホンクリー家には娘二人しかいない筈で息子なんて。もしそうなら跡継ぎがいるんだし貴方が攫われる理由が無いもの。」

「そうですよねぇ。」

「でも、確かにそう聞こえたわ。その後彼は気を失ってしまいアベル様はあの調子。私の聞き間違いだと思う?」

「そう思いたい所ですが、実際聞いているわけですし・・・。」

「ちょっとそれどういう事ですの?」

余りの内容に二人して頭を悩ませていると後ろから声をかけられ慌てて振り返った。

すると、そこには信じられないという顔をしたラーマ様が俺達を見ていた。

「それは、ですね。」

「もう一度聞きますわ。さっき言った事は本当ですの?」

「本当かどうかはわからないわ、だって二人はあの調子なんですもの。」

「ジュニアがお父様の息子?そんなこと、そんなことあるはずないわ!」

「どういうことですか?」

「だってお父様は亜人を好いておられないはずですもの。屋敷の人間も警備も絶対に亜人は認めなかった。そんなお父様が一番近くに亜人を置くはずないわ。」

えっと、亜人?

なんで今それが出て来るんだってまさか!

俺は横たわるジュニアさんに近づき、顔を隠すヘルムの前をそっと覗き込む。

表情まではうかがえないが、口元を見ると普通の人にはないものがそこにあった。

「どう?」

「間違いないようです。」

「だからありえないのよ、ジュニアが私達と血がつながっているそんな、そんなことって・・・。」

「いや、いつかは言わねばならないと思っていたことだ。」

と、先ほどまで放心状態だったアベルさんがフラフラと起き上がり俺の方に歩いてくる。

そしてジュニアさんの側まで行くと、外すなと言われていたヘルムにそっと手を伸ばした。

アベルさんの手によってジュニアさんの秘密が暴かれていく。

ヘルムの下から現れたのは、まぎれもない獣の顔をした男性だった。

「詳しくお聞かせいただけますか、アベルさん。」

「この家ももうすぐ終わる。いい機会だ、全て話しておこう。」

そうしてアベルさんの口から少しずつ真実が語られ始めた。
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