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第十三章

脱出先で出会ったのは

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メルクリア女史に連れてこられたのは古びた一軒家だった。

大通りから一本はずれてはいるが家の前に人通りはそれなりにある。

隠れ家か何かなのだろうか。

「しばらくここに居なさい、後でうちの職員が来るからそれまで絶対に扉を開けちゃダメよ。」

「わかりました。」

「鍵は特定の魔力にしか反応しないから他人が入ってくる事は無いだろうけど一応用心していなさい。」

「用心といっても逃げられないのですが。」

「そういえばそうね。」

そうねって貴女・・・。

いえ何でもありません。

「ともかく状況を確認してくるからここで待ってなさい、後で何があったか詳しく聞かせてもらうから。」

それだけ言い切ると俺の返事を待つこともなくメルクリア女史は黒い壁の向こうに消えてしまった。

いや、後で聞かせてって俺が聞きたいこともあったんですけどー?

まぁ居なくなったものは仕方ない。

のんびりするとしよう。

正面にある窓は擦りガラスになっていて人影は見えるも向こうは見通せない。

沢山の影が通り過ぎるのをボーっと見ていると、まるで一人だけ別世界に迷い込んだような錯覚を覚えた。

ここも別世界なんだけどそれとはまた違う、パラレルワールド的な奴です。

ガラス戸一枚。

たったそれだけしか離れていないはずなのに別の時間軸で世界は動いている。

そう考えると自分一人が取り残されたようでなんだか不安になってきてしまった。

怖いならドアを開ければ良い。

でもそれではここに逃げ込んだ意味が無い。

今は大人しく待つしかないか。

それから待つこと数分。

突然硬く閉ざされていたはずのドアがガタガタと音をたてた。

急なことに思わず体が強張ってしまう。

誰だ?

関係者なら鍵の特性を知っているはずだからすぐに入ってくるはずだけど、手間取っている事は追ってだろうか。

大丈夫と聞いていてもガタガタと激しい音をたてるドアに恐怖を感じてしまう。

「あれおかしいな。あ、こうか!」

そんな声が聞こえたかと思うとドアの鍵がカタンと軽い音をたてそのまま声の主が家の中にはいってきた。

「えーっと、あ、いたいた!やっほー迎えに来たよー!」

「あの、失礼ですが貴女は?」

「あ、私?フィフィに言われてきた職員でーす!え、何課かって?やだーお誘いはだめだめ、だって貴方奥さんいるんでしょ?あーでもでも、商店連合期待の新人さんだし、お茶ぐらいなら別に構わないかな?それぐらいなら別にオッケーだよね?じゃぁじゃぁどこ行く?美味しいお店いくつか知ってるんだ、たっぷり食べるほうが良い?それとも甘い物?え、私?ダメダメ、それだけは絶対はダメだよ?ダメだからね?」

まるでマシンガンのように言葉が襲い掛かってくる。

ショットガンじゃない、マシンガンだ。

終わることのない連続トークに質問する気さえ失せてしまった。

自分で勝手に話を作って今では俺がお誘いをしていることになっているらしい。

確かに魅力的な体つきはしている。

出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる。

笑顔も悪くない。

年齢は俺と同じぐらいかそれとも少し若いぐらいだろう。

狐のようにつりあがった目だが愛嬌のある顔つきだ。

年齢以上にお肌の状態もいいと見える。

それでもエミリアの胸やセレンさんのお尻シルビア様のくびれなどに比べたら足りないものが多いよな。

うん、あくまで一般論として魅力的なだけだ。

俺を虜にするには足りないものが多すぎる。

で、この人何時まで話し続けてるの?

「あの、私を助けに来たとか?」

「そうそうそうなの!ここに貴方がいるって聞いていてもたってもいられなくなっちゃって!だって商店連合期待の新人で、しかもあのフィフィが惚れこんでるって噂だしこれはもう見に行くっきゃないって思っちゃったのよ!そしたらなかなかいい感じじゃない?顔はちょっとあれだけど、それでも悪い事はないし体つきもそれなりに筋肉もついてるし何より頭!頭の良い人って私大好きなの!え、私の好きな物?私はねぇ、甘ーいものと可愛い物が好きかなー。」

ダメだ、話にならない。

一つ話を聞いたら十倍になってかえってきてしまう。

しかもそのうちの九割は全く身のない話ときた。

俺がいつ貴方の好みを聞いたんだろうか。

前言撤回。

一般論としても好ましくない相手と言えるだろう。

「とりあえず私はどうすればいいんですか?ここで待機でしょうかそれとも貴女と一緒にどこかへ行けばいいんですか?」

「えー、そんなの私知らないよぉ。」

「え、でもさっき迎えに来たって。」

「うん迎えに行けって連絡が来たからこうやって来たんだよ?、でもどこに行けとは言われてないし・・・。」

何だよそれ!

誰だこんな無能呼んだ奴!

責任者でてこーい!

「ちょっと!なんで貴女がここに来てるの!?」

「あ、フィフィやっほー!」

って言ったら責任者が帰ってきた。

お早いお帰りで。

「ヤッホーって・・・、貴女には周辺警護をお願いしていたはずですが、持ち場はどうしたんです?」

「えー、周辺警護って飽きちゃうじゃない?それに持ち場は別の子に任せてるから大丈夫だよ?」

「貴女はまたそうやって勝手に・・・。」

「フィフィ、それ以上怒っちゃうと皺が増えちゃうぞ?」

「誰のせいだと思っているの!」

おぉ、メルクリア女史がキレた。

いつも冷静な人がキレると迫力があるなぁ。

って、あのー、お二人さん。

私追われている身なんですけど。

漫才は後でお願いしていいですかね。

「ちょっと、フィフィ、そんなに声出したら外に聞こえちゃう!」

「いいから貴女は持ち場に戻りなさい!」

「えー、私も一緒にいきたいー。」

「いいから、今度持ち場から離れたらお母様に言いつけるわよ!」

「あ、それはダメ!ダメだから!絶対にダメだからね!」

さっきまで我が道を行く感じだったのにメルクリア女史の発言に今までの態度から急変、何かにおびえるように慌てて家から飛び出してしまった。

一体何だったんだろうか。

「まったく、油断も隙も無いんだから。」

「おかえりなさいと言えばいいんでしょうか。」

「そうね、とりあえず追手が無い事は確認できたわ。」

「よかった。」

「とりあえず場所を移すわよ、詳しい話はそこでするわ。」

「畏まりました。」

さっきの人物が無茶苦茶気になるのだがとりあえずは移動だ。

俺が逃げたことは伝わっているはずなのに追手が無いということは、さっき襲ってきた連中が関係しているという事だろうか。

今頃ホンクリー家は大変な事になっているだろうなぁ。

先程とは違い堂々と人混みを歩きながら向かった先はホンクリー家にも負けず劣らずの大きな屋敷だった。

てっきり商店連合の本部にでも行くと思ったんだけど、もしかしてここは・・・。

「入って。」

「失礼します。」

「すぐに行くからそこの部屋で待っていて頂戴。」

そう言って案内されたのは入り口横の小さな部屋。

応接用の部屋・・・にしては狭い様な気がするがいいか。

一応椅子と机はあるのでそこに腰かけて少し待つ。

すると、いつもと違う落ち着いた感じの服に着替えたメルクリア女史が戻って来た。

深緑のロングドレス。

いつもはシックな装いだけどこういう感じの服もなかなかいいな。

ピアノの発表会に行く幼女に見えなくもないが、そこは大人の?色気でカバーしているようだ。

「どうかしまして?」

「いえ、なんでもありません。」

「時間が無いのから手短に話すわね。」

「よろしくおねがいします。」

よかった、視線には気づかれなかったようだ。

危ない危ない。

「まず脱走途中襲ってきたやつらの身元だけど、どうやら今日の貴方のお披露目を阻止したい貴族のうちの誰かが悪党を雇ってやらせたみたいね。犯人は捕まったけど何処の誰かまで口を割る事は無いでしょう。」

「にもかかわらずどうして犯人が他の貴族だとわかるんですか?」

「それしか理由が無いからよ。商家五皇の家に直接入り込むなんて普通の盗賊のすることじゃないわ。何も荒らさず貴方だけを狙ったのが何よりの証拠、問題はどうやって部屋にいるかを見つけたかだけど・・・。」

「部屋に入って来る前に目印があったからいるはずだと言っていたのを聞きました。それがあったのでてっきりメルクリアさんの関係者かと思ったんですが、やっぱり違ったようですね」

「ちょっと、それどういうこと!」

いや、知らんがな。

「目印はジュニアさんと話し合ったときに決めましたから盗み聞きされていたと言う可能性は少ないと思います。」

「そうね、となると目印を決めて部下に伝達させた私の所から流出したとしか考えられないわ。わかりました、この件については追って調査させるわね。」

「宜しくお願いします。」

「裏切り者を容赦するほど私は甘くないわよ、覚悟しなさい。」

なんだか物騒な事をいっているみたいだけど聞かなかったことにしよう。

それよりも話の続きだ。

「ジュニアさんはどうなりました?」

「屋敷への侵入と貴方の脱走をかなり責められているようね。特に脱走に関してはアベル氏の面子を汚したわけだし、今日の為の準備がすべて無駄になったわけだから今後の立場を考えるとかなりの痛手でしょう。普通なら貴族権限で処刑されてもおかしくないところだけど、どうやら謹慎で済んだみたいね。」

「え、謹慎ですか?」

「私も詳しくはわからないわ、隣の部屋まで声が聞こえていたからそれを拾っただけだもの。」

「解雇してもらわないと困るんですけど・・・。」

「どうするかに関してはアベル氏にしかわからないわね。独房に入れられているわけではないみたいだから後で直接聞いてみるわ。」

「今日の登城はどうするつもりでしょうか。」

「食事会には行くんじゃないかしら、ただ貴方がいない以上行った所で何の意味も無いだろうけど。」

「ですよねぇ。」

「娘が出家、頼みの婿候補は逃走。この二日でアベル氏の状況はかなり悪くなったと言えるわね。このまま強制離婚を撤回してくれたら話が早いんだけど、そうはなりそうも無いか。」

間違いなく撤回などしない。

もししようものなら、あの日の頑張りを否定する事になってしまう。

どうにもならなかったからこそ今回それを逆に利用しているんだ。

娘を苦しめた相手法律を許す事は絶対に無いだろう。

「本当にあの法をどうにかする事はできないんですか?」

「現時点ではまだ難しいわね。別に悪用しているわけではないし、法として存在している以上それを正しく運用しているだけだから。でも、手をこまねいているわけではないわ。かなりの反対意見が集まっている以上、その声を無視する事は絶対に出来ない。明日にでも廃止へ向けた案が議会に提出されて、陰日明けに可決される事でしょう。今回はいくらアベル氏でも根回しでどうこうなる状況じゃないわ。」

「後少しの辛抱ですね。」

「法律が廃案となればあとは貴方が不当に拘束されている事を証明すれば終わりよ。それに関しても冒険者の証言が有る以上速やかに開放されるはずだわ。」

「私なんかの為に多くの方が動いて下さったなんて、有り難い話です。」

「それだけ貴方がしてきた事が大きいという事よ。それに関しては私も認めてあげるわ。」

「ありがとうございます。」

「でも、それとこれは話が別。夏までに条件を満たせなかった場合はどうなるかわかっているわね。」

ですよねー。

そんな事で条件を緩和してくれるような人じゃないですよね。

もちろんメルクリア女史が悪いわけではない。

そういう契約を交わした俺にも責任があるし、メルクリア女史も商店連合の社員の一人だ。

上に言われればそうせざるを得ない。

「もちろんわかっています。」

「時間はまだ有るし、私たちに出来る事は出来るだけしてあげる。あとは貴方の力で何とかしなさい。」

「その為にも早く店に戻りたいものです。」

「言ったでしょ、あと少しの辛抱よ。」

あと少しの辛抱、か。

確かにその通りだ。

後一週間もしないうちに俺は自由になる。

そう思える日が来るなんて思わなかったな。

「それまでは仕方ないからここに置いてあげる、前の家みたいに広くはないけど構わないでしょ?」

「いえ、お断りします。」

「お断りってじゃあどこに行くつもりなのよ。」

「予定通り教会に助けを求めるつもりですが・・・。」

「どうしてよ、うちが不満だっていうの?」

「そうではありません。さっきまでホンクリー家にいた私が脱走し、商家五皇のライバル関係にあるメルクリア家に逃げ込んだとなれば世間はメルクリア家が私の脱出を手助けしたと思うでしょう。それはこの家としてよろしくないのではないでしょうか。」

「それは貴方が外に出た時の話よね?」

「つまり外出するなという事ですか?」

「外に出れば追手がいるわ、ホンクリー家だけじゃない他の貴族が貴方を狙っている。」

「であれば余計ここに居ることはできません。」

大人気なのは非常に嬉しいが、できれば俺がじゃなくて店が大人気になってほしいんだけどなぁ。

俺がいない間の数字は全くわからないけれど、ダンジョンの拡張も終わっていないし冒険者の数が足りないことは想像がつく。

売り上げはまぁ別の所から持ってくれば何とかなるし、村の拡張も俺無しで進んでいる事だろう。

冒険者の数だけは俺でどうこうできるものじゃないからなぁ。

やれやれ、ノルマを変更することはできないし困ったもんだ。

「命を狙われるかもしれないのよ?」

「命ならもう狙われてますよ、その時に比べれば別に。」

「あれはただ流れ弾に当たっただけ、でも今回は間違いなく貴方を狙って来るわ。」

「それは私の存在が邪魔だからですか?」

「逆よ、存在が希少だからこそ取られる前に消そうとする輩もいるということ。それぐらいわかるでしょ?」

「それで私がここに閉じ込められるのであれば、ホンクリー家とやっていることは同じです。」

「・・・言うじゃない。」

「失礼な事だとはわかっています、ですがメルクリア家こそ潔白であるべきなんです。実力のあるホンクリー家に意見を言えるのはメルクリア家だけ。その家に私がいては自由な発言が出来なくなります。」

「だから教会に行くのね。」

「自分から教会に行けば向こうは喜んで助けてくれるでしょう。仕方なく助けたという事にすれば中立性は保てますから。」

「それは私達も同じじゃないの?」

「上司と部下という時点で中立性は保てませんよ。」

部下を助けた時点でもう中立ではない。

そもそも前提が不利なのだ。

「そういう事なら仕方ないわね。」

「せっかくの好意、申し訳ありません。」

「いいわ。それにここに居たら別の意味で面倒な事になりそうだし。」

「それってどういう・・・。」

「さっきは追手が無いってわかってたけど教会に行くまでまた襲われないとは限らないわ、さっさと行くわよ。」

「あ、はい!」

メルクリア女史が危惧するのであればなおさらここに居るわけにはいかない。

急ぎ立ち上がり部屋を出ようとした、その時だった。

「あ、こんな所にいたー!もう、家に連れて来るなら先に言ってよね!」

開けようとしたドアが突然開き、あのマシンガン娘が立ちふさがっていた。

「ちょっと、なんでここに居るのよ!」

「それは私のセリフ!いくらフィフィとはいえ抜け駆けは許さないんだからね!」

「抜け駆けって貴女と一緒にしないでよね!」

「こんな狭い部屋に男女が二人っきり、しかも上司と部下だなんて禁断の関係以外ありえないじゃない!ちょっとフィフィ!相手は奥さんがいるのよ!?あれ、でもでも複数の奥さんがいてもおかしくないんだからフィフィが奥さんになるのなら別に構わない?え、じゃあ私も奥さんになったらオッケーとことじゃない?ねぇねぇ、フィフィと一緒に私も一緒に結婚させて!」

「いい加減にしなさい!私がこの男と結婚なんて、そ、そんなことあるわけないでしょ!」

「えー、でもでもいつもこの人の事気にしてたじゃない。」

「それは部下として気になるのであってべっ別に変な事じゃないんだから。」

「あー、嘘ついてる。フィフィって嘘ついてる時は顔を背けるから覚えておいてね。」

ほぉ、それは良い事を聞いた。

で、この人は誰?

「いいから貴女はさっさと持ち場に戻りなさい!」

「今日はもうお休みでーす。」

「お休みって貴女。」

「あの、失礼ですがどのようなご関係で・・・?」

「私?あ、そっか自己紹介してなかったね!私はー・・・。」

「いいから行くわよ!」

「あ、待ってよフィフィ!フィフィお姉ちゃん!」

「お姉ちゃんって呼ばないでって言ってるでしょ!」

確か妹がいるっていうのは聞いた事があるけれど、まさかこんなに真逆の性格だったとは。

「私、サスターシャ、サーシャって呼んでねお義兄さん!」

「お義兄さんって呼ぶんじゃない!」

引きずられるようにして一路向かうのはラナス様とヤーナさんの待つ教会大聖堂。

命を狙われる可能性があるって言っていたのに、その緊張感は妹の出現によってどこかへ行ってしまったのであった。
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