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第十三章

救済の道はある

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 何がなにやら分からないまま教会の中へと連行され、今俺がいるのはどこかの一室。

 窓はないが階段を降りていないので地下では無いだろう。

 それなりに広く、調度品も中々良い感じだ。

 拘束されていないことと、部屋の感じから牢獄とかそんな感じの場所でない事は分かる。

 わかるんだけど、いったい何がどうなっているんだ?

 ジュニアさん達がなにか言い方を間違えたんだろうか。

 部屋の外には誰かいるようだがいくら呼びかけても返事は無かった。

 うーむ。

 攫われた先でまた別の人に攫われるとか、俺は某お姫様っかっての。

「とはいえ状況はよくないなぁ。」

 早く事情を説明してラナスさんの力を借りたいんだけど、いったいどうなっているんだろうか。

 時間はあまりない。

 今日の夕方までに結果を出さなければ作戦は失敗だ。

 困ったなぁ。

 開かないドアを見つめながら盛大なため息をついていると、コンコンと静かに扉がノックされた。

 どうぞというのも変なのでそのまま黙っていると静かにドアが開き一人の女性が入ってきた。

「ラナス様!」

「イナバ様良く御無事で。」

「どうしてここに?」

「それはこちらがお聞きしたい所です、ホンクリー家のヤーナ様から話を聞いた時には自分の耳を疑ってしまいましたよ。」

「それについては誤解があるのです、ホンクリー家のお二人は今何処に?」

「誤解?」

 ほら、やっぱり意思疎通が出来ていないじゃないか!

 ラナス様側からしたら連れ攫われた俺を助けようとしてくれたんだろうけど、こちらにも色々事情があるんです。

「とにかく詳しくお話しますので私を二人の所に戻してください。」

「それは出来ません。ここはホンクリー家や元老院、王家でさえも侵す事の出来ない不可侵の場所、この機会を逃せば次は何時保護できるか分かりません。」

「それでも二人に会わなければならないのです。」

「自分を犠牲にしてもですか?」

「犠牲に?とんでもない、自分で自分の未来を切り開く為です。保護していただいた事は大変ありがたく思っています。ですがこのままでは私は何も出来ないまま、ホンクリー家にいる時と同じになってしまいます。」

「・・・何か事情がおありのようですね。」

「私とは別に是非ラナス様のお力をお借りしたいのです。これがそのまま、私を助ける事につながっています。」

 王族でさえも侵す事の出来ない不可侵の領域。

 ここにいれば確かに安全だろうけど、それでは元の生活に戻る事はできない。

 軟禁されている場所が変わっただけだ。

 そりゃあエミリア達には会えるだろうけど、今回の件が終わるまでずっとこの部屋に居なければならないというのは苦痛で仕方ない。

 もちろんホンクリー家に戻りたいわけでは無いけど、俺らしい生き方が出来ないという意味では同じだ。

「わかりました。ですが、イナバ様を保護したいという皆の願いを踏みにじる事は出来ませんので、イナバ様はここに残っていただきホンクリー家のお二人に来ていただきましょう。」

「それで構いません。」

「まったく、どれだけの人々が貴方を救いたいと願っているかお分かりですか?」

「隔離されていましたのでその辺りは何にも・・・。」

「では今の状況も含めて、後でお話させていただきます。」

 やれやれといった顔でラナス様が大きなため息をつく。

 どれだけといわれても困るんだけどなぁ。

 でもこれで二人と合流する事ができる。

 どうなる事かと思ったけど、まだ何とかなりそうだな。

 閉ざされた扉の向こうを見つめながら、どういう風に切り出していこうか俺は再び知恵をめぐらせるのだった。

 それからしばらくして再び扉がノックされた。

「どうぞ。」

「イナバ様!」

「ヤーナ様御心配をお掛けしました。」

「いきなりお前にはあわせないと言われて肝を冷やした、ともかくこうして会えてなによりだ。」

「簡単な事情は二人から聞きました、イナバ様を逃がす為にご助力を賜ったとか。しかし、ホンクリー家の長女である貴女が一体何故?」

 部屋に飛び込んできたヤーナ様が安堵の表情を浮かべ、ジュニアさんがその肩を優しく撫でる。

 随分心配をかけたようでヤーナさんの顔色が大分悪い。

 ひとまず近くの椅子に腰掛けてもらったほうがいいだろう。

「事情は私から説明します。」

「いえ、それよりも先に今の状況をお伝えしておきましょう。それをふまえて事情を聞かせ下さい。」

「わかりました。」

 俺を遮るようにしてラナス様が話しをはじめる。

 ふむ、なにか考えがあるんだろう。

 状況を把握する事はもちろん大切だし話をするのはそれからでも遅くない。

「イナバ様がホンクリー家に捕らえられてから冒険者を中心に声が上がり、サンサトローズ領主プロンプト様を通じて解放を求める嘆願書が教会に提出されました。嘆願書は即座に王都へと輸送され現在は国王陛下の元に届いています。また、ホンクリー家当主アベル様の用いられた法律が時代に則しておらず人権を軽視しているという意見が多数届けられ教会としても婚姻の強制的な解除は違法であるという見解ですので、現在修正若しくは廃棄するようにと議会に意見しています。王都貴族だけでなく地方貴族からも同様の嘆願が上がっていますからのでいずれ修正すると見込まれていますが、アベル様は撤回の意思を見せていません。ここまではよろしいですか?」

「はい、そこまではなんとなく伺っております。」

「商店連合は所属している社員を不当に拘束しているとホンクリー家と争う姿勢をとっています、その急先鋒が同じ商家五皇のメルクリア家というわけですが・・・。そうだ、御息女とは今も連絡を?」

「この後ジュニアさんに手紙を託す予定でした。」

「それはもう不要でしょう、イナバ様確保の報はもう伝えてありますので時間を置かず来ると思います。彼女かなり必死でしたよ?」

「メルクリア様が?」

 あの鬼上司が?

 エミリアのお願いがあるからだろうけど以外だなぁ。

 いや嬉しいよ?

 でもあのメルクリア女史が必死という姿がちょっと想像できない。

「メルクリア家が我が家と戦うだなんて・・・。」

「旦那様は大丈夫なのか?」

「大多数の敵を前に孤立無援にもかかわらず姿勢を曲げないアベル様には驚きを隠せません。一体何をそこまでして守りたいものがあるのか教えていただきたいぐらいです。」

「お父様はただホンクリー家を守りたいだけなのです。」

「他人を不幸にしても?」

「それは・・・。」

 ラナス様の勢いが中々にすごい。

 前にお話した時とは別人のようだ。

 もしかするとあの時は大人しくしていただけなのかもしれない。

 内容も内容だったし、俺の機嫌を損ねないようにと無意識にそうしていたのかも。

 いや、それはないか。

 そういう考えを一番嫌っているのがラナス様だもんな。

「まぁまぁ、それについては後で。他になにか情報はありませんか?」

「つい昨日レティシャ第三王女ともお話させていただきましたが、王女も今回の件を大変憂慮しておられました。自らの婚姻が同じように解消される可能性がある、そんな法律があってはならないとのことです。王家を敵に回すとどうなるのか、分からない方では無いと思うのですが・・・イナバ様はどう思われますか?」

「貴族としての立場は危うくなるでしょう。何かやましい事をしてきたのであればそこから追求される可能性があると思います。あくまでも、やましいことがあればですが。」

「このような流れもあり今はまだ機が熟していません、ですのでイナバ様にはここにいて様子を見ていただきたいのですが・・・どうやらそういうわけにはいかない事情がおありのようです。」

「そうですね。」

「今の話しを聞いても尚、之だけの人間が貴方の無事を願っていると知って尚、それは成し遂げなければならないのですか?」

 その言い方は卑怯じゃないかなぁ。

 そりゃ助かるだけならここに居れば済む話しだ。

 だけど、俺ってお人よしなんですよ。

 困っている人を全員助けたいなんていう馬鹿じゃないけれど、目の前に居る困った人、しかも同じ法の被害者をさも知りませんでしたって顔で知らん振りできるほど神経図太くも無いんです。

「皆さんの考えは良くわかりました。いつも他力本願の私としては願っても無い状況ですし助かるだけならこのままでも良いでしょう。ですが、それでは都合が良くない。」

「都合が良くない?」

「まず第一にホンクリー家として都合が良くない。もちろん今回の主犯ではありますが、お家を潰されるほどの状況ではないはずです。それにこの家もまた被害者、こんな事で貴族が潰される前例を作ってしまえばこの国の未来にも都合が良くないでしょう。」

「確かに、それは言えますね。」

「次に商店連合としても良くない。いくら社員を助ける為とはいえ貴族に喧嘩を売ったとなればこの先の商売にも支障が出てくるでしょう。組織が大きいからこそ守るべき社員も多い、私一人の為にその他大勢を危険さらすのは都合がよくありません。」

「それに関しては商店連合が判断すれば良いのでは?」

「最後にもう一つ、教会としても都合がよくありません。」

「教会としても?」

 お、ラナス様の目つきが変わった。

 国の都合といわれたときはそうでもなく、商店連合の話しをしたときはどうでも良いみたいな顔をしていたのに。

 本当にこの人は教会を大切にしているんだなぁ。

「教会とはどういう組織ですか?」

「教会は全ての迷える人達に神の慈悲を与え、伝える組織です。」

「ではその組織は差別や贔屓をしても良いのですか?」

「もちろん公平でなければなりません、誰か一人を贔屓するなどもってのほかです。」

「では私を助ける事は贔屓ではないのですか?」

「イナバ様を助ける事は大勢の人間の意志です、皆がそれを望んでいるからこそこうして手を差し伸べたのです。」

「誰か一人を皆の総意だという事で保護する事は公平でしょうか。他に助けるべき人がいたとして、その人を助けなかったらどうなりますか?」

「それは・・・。」

 当たり前だという感じで応えていたラナス様の返答が止まる。

 意地悪な質問だが致し方ない。

「話しを少し変えましょうか、助けを求める人が居たらどうされますか?」

「もちろん喜んで救いの手を差し伸べます、それが教会の存在意義です。」

「つまり、私個人が自ら助けを願えばそれは教会として当然の事をしたことになりますよね?」

「そうなります。なるほど、相変らずずるい人ですねイナバ様は。」

「国も商店連合も教会も、もちろんホンクリー家も。誰もが悪者になってはいけないんです。ですから今は保護を受ける事が出来ません。」

「わかりました。ですが、状況が悪くなれば強制的に保護しますからそれだけはお忘れなく。これは教会としてではなく私個人の決定です。」

「我侭を聞いていただきありがとうございます。」

 よし、これで下地は整った。

 ちょいと時間はかかったけど、ここからが本番だ。

 話について来れていない二人は目を点にしているけど、貴方達の話ですよ?

 戻ってきてください。

「少し休憩しましょうか、今お茶をお持ちします。」

 さあ今から!と思ったらラナス様が立ち上がり部屋の外に出てしまった。

 せっかく勢いで押し通そうと思ったのに、そうはさせてくれないらしい。

 さすがラナス様、一筋縄では行きませんな。

「お二人共大丈夫ですか?」

「え、えぇ、なんていうか圧倒されてしまいました。」

「話が難しすぎて俺みたいな学の無い人間にはさっぱりだったが、一応話しは聞いてくれるんだよな?」

「そのようです。」

「話には聞いていましたがお父様は大分苦しい立場におられるのですね。」

「ちょっと過剰に周りが反応してしまっているようですが、それだけの内容だということです。」

「家はなくなってしまうんでしょうか・・・。」

 ヤーナ様が心配するのも無理は無い。

 家を出ようと言ってはいるが、それもジュニアさんとの関係を成就する為。

 家が嫌いになって出て行こうというワケではないし、実の父親が苦しい立場にいる事を理解出来ない年でもない。

 なんだかんだ言いながらもこの人は妹の事も大好きなはずだ。

 自分の思っている以上に状況が悪くて不安になっているんだろう。

「そうならない為に話し合うんです。何故私達がここに来たのか、それも忘れてはいけません。」

「そうは言っても、俺達の我侭で旦那様が苦しい立場に立つのは・・・、いやそんな事を言えばここに来た意味が無くなる。覚悟を決めろと言われたしな。」

「その通り、私達は私達のやり方で未来を勝ち取ります。全員が都合よく幸せになる方法、それがあればもちろん構いませんが残念ながら今の私には思いつきません。」

 そんな都合の良い話は二次元の中だけで十分だ。

 それが出来るなら今頃俺はこんな所にいるはずがない。

「お待たせしました。」

 それからしばらくしてラナス様が人数分の飲み物を持って戻ってきた。

 香茶の良い香りが窓の無い部屋を満たしていく。

 机の上に並べられ、それぞれが適当なカップを手に取った。

「飲みながらでもかまいませんか?」

「構いません。」

「ラナス様は何故ヤーナ様が教会に来ているか御存知ですよね?」

「心に傷を負い神に癒しを求めていると伺っています。」

「その通りです。では何故傷を負ったかご存知ですか?」

「そこまでは。」

 それを聞いて俺はヤーナさんのほうに視線を移す、すると俺の意図が伝わったのか小さく頷いてくれた。

 後ろに立つジュニアさんもヤーナさんの肩を掴んで頷いている。

 了承は貰った。

「ヤーナ様は数年前王族とつながりのある貴族と結ばれましたが、子供に恵まれず色々手段を尽くしましたが結局実を結ぶ事はありませんでした。」

「神も万能ではありません、どうしても授からない事はあるでしょう。」

「そしてその事実に業を煮やした貴族はある手段に出ます、跡取りを残せないのであればこの婚姻は無効だと言い出したのです。」

「それはまさか・・・。」

「はい、ヤーナ様もまたあの法律により強制的に離婚させられました。その事実と子供を授かれ無かった事に心を痛められ、神の許しを得ようとここに来ておられるのです。」

 カップを手に持ったままラナス様が固まっている。

 それもそうだろう、あの法律の被害者がまさかホンクリー家に居るとは思いもしなかったはずだ。

「父はあの法律をどうにか覆せないかと奔走いたしました。もちろん当時の教会にもご助力いただけないかとお願いしたそうです。ですが良い返事は貰えず、法が執行されて私は家に帰されました。」

「そうだったのですね・・・。」

「別にこの法律の撤回をやめてくれとは言いたいのではありません。むしろ撤回していただかなければ私が同じ目に合ってしまいます。」

「では何を求めておられるのですか?」

「ラナス様に一芝居うっていただきたいのです。ヤーナ様を家という呪縛から解き放ち、新しい未来を手に入れていただくにはそれしか手がありません。」

 目が点になるラナス様。

 おーい戻ってきてくださーい、なんて出来る相手では無いのでしばし反応を待ってみる。

 戻ってきてからが本番だ。

 ラナス様の協力を得られない場合は・・・いや、今はそんな事を考える余裕は無いな。

 どんな返事が返ってみても遣り通してみせる。

 不安そうにラナス様の返事を待つ二人を見つめながら俺はそう決意した。
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