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第十三章

教会へ行こう

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 翌朝。

 何事もなかったかのように朝食の席に座る。

 目の前にはアベルさん、右隣にはラーマさんとマオさん。

 左隣にはヤーナさん。

 ジュニアさんはというと所用で朝食の場には出席しなかった。

 おそらく教会へ行く準備をしているのだろう。

 昨日も行っているので特にこれといった用意はないはずだけど、念には念をという奴かな?

 その辺はよくわからないのでジュニアさんを信じてお任せするしかないか。

「ジュニアはいないようだな。」

「頼んでいた馬車が来ていないようで様子を見に行ったとお聞きしています。」

「昨日お姉様が使ったのに変ですわね。」

「いつもはこんなことないのですけど・・・、私みたいな者が乗ると迷惑なのかもしれません。」

「そんな!お姉様は何も悪くありませんわ!」

「確か輸送ギルドの手配だったな、後で文句を言っておく。」

 朝からテンションダダ下がりの「フリ」をするヤーナさん。

 昨日の話が無かったらどうしたのかと心配したところだったが、ブラフと知っているので安心して聞いていられる。

 やはりお二人ともヤーナさんの調子には敏感なようだ。

「教会へはいつも馬車で?」

「えぇ、暖かい時は健康を兼ねて歩いていく事もあったのですが冬は寒さが厳しくて。」

「風邪をひかれては困るからな。」

「その通りですわ、お姉様の体に何かあったら大変です。」

「こんな調子で歩く事を許してもらえないんです。」

「それだけヤーナ様の事を大切に思われているという事ですね。」

「ふふふ、何かお礼をしなくちゃいけないのですけど今の私ではなかなか・・・。」

「お礼だなんて、ただお姉様がそこにいてくださるだけで十分ですわ。」

 本当にラーマさんはヤーナさんの事が好きなんだなぁ。

 でも、なんていうかただ単なる姉への愛情とはまた違う物を感じる。

 憧れ・・・とはまた違う感じなんだよな。

 うーんわからん。

「お前は何も気にせず体を休めていればいい、さぁ食事が冷めてしまうぞ。」

「えぇ、いただきましょう。」

 微妙な空気が漂う中朝食は滞りなく進む。

 うぅむ、わかっていてもこの空気の中食事を摂るのは気力を使うな。

 ヤーナさんはいつも通りでも他の二人は明らかにペースが遅い。

 何かを気にしている、もしくは心配している感じだろうか。

 もしかすると昨日のヤーナさんの暴走、あれを心配しているのかもしれない。

 あれを止められるのはジュニアさんだけ。

 でも、二人にも関係を秘密にしているという事は表だって止めることを今までしてきていないはずだ。

 となると、あの状態になったヤーナさんの相手をし続けないといけないわけで・・・。

 そりゃ気を遣うわけだな。

 そしてそうなってほしくないから教会に行かせている。

 今回はそれを逆手にとるわけなんだけど・・・。

 あれだな、今までアベルさんはヤーナさんに優しくてラーマさんに厳しい。

 そんな風に感じていたんだけど、実際はヤーナさんの変化におびえて機嫌を損ねない様にしているんだろう。

 だから、優しいように見えた。

 ヤーナさんの好きなようにさせ、そこから生じる歪みをラーマさんが身を持って受け入れている。

 だからアベルさんに逆らわずに何でも言う事を聞いていたのか。

 こうやって見ると一番の犠牲者はラーマさんなのかもしれない。

 そしてさっき感じた違和感。

 あれは、きっと姉への恐怖だ。

 姉の機嫌を損ねれば父親を通じて自分にすべて返って来る。

 それを恐れているんだな。

「お待たせいたしました、馬車の手配完了しております。」

「ジュニア戻ったか。」

「遅くなり申し訳ありませんでした。」

「朝早くから無理をさせたな、時間までゆっくり休め。」

「ありがとうございます。」

 そんな微妙な状況を察してか空気を読んでジュニアさんが戻って来た。

 ナイスタイミング。

 心なしかヤーナさんの表情が和らいだのは気のせいではないだろう。

 これ、本当にばれてないんだろうか。

「手間をかけましたね。」

「どうやら私の手違いで時間を間違えていたようでした、申し訳ありません。」

「手違いだなんてジュニアにしては珍しいわね。」

「どうした疲れているのか?」

「旦那様がお休みだと思い気が抜けていたようです、以後気を付けます。」

「次の食事会が終われば多少時間も出来よう、そうなれば少しはゆっくりする時間も取れるだろう。」

「貴方も今日はゆっくりして構わないのですよ?」

「いえ、ヤーナ様とイナバ様だけで教会に行かせるわけにはまいりません。」

「もぅ、心配性なのね。」

「すまないが今日はよろしく頼むぞ。」

「お任せください。」

 よし、これで外出のフラグは立った。

 もしかするとワザと馬車を遅らせてこういう風になるように仕向けたんだろうか。

 そうだとするとジュニアさんもなかなかの策士だ。

「それでは用意もあるので先に失礼させていただきます。」

「食事はもういいのか?」

「今日はあまり食欲がなくて。イナバ様、時間はまだありますのでゆっくりなさってください。」

「ありがとうございます。」

 優雅にお辞儀をすると何事もなかったかのようにヤーナさんが食堂を出ていく。

 扉がパタンと閉じたと同時に二人が大きく息を吐くのが分かった。

「今日はあまり調子がよろしくないようですわね。」

「そのようだな。」

「食事に同席できませんでしたがそうなのですか?」

「あぁ、今日はいつも以上に気を使ってくれ、疲れているのにすまないな。」

「いえそれが仕事ですので。」

「お姉様をよろしく頼むわね、ジュニア。」

「お任せください。」

 ジュニアさんにヤーナさんの世話を丸投げ、もといお任せしてホッとしたのだろうか。

 二人の表情にやっと明るさが戻って来た。

 本人がいないとはいえ露骨だなぁ。

 ヤーナさんがまるで腫物のような扱いだ。

 初めてここに来た時とは印象が全く違う。

 人の関係なんてうわべだけではわからないもだな。

「それでは私も失礼する、今日は久々にゆっくりと本でも読むとしよう。」

「私も失礼しますわ、書類の整理がまだおわっておりませんの。貴方も時間までゆっくり食事をなさったら?」

「えぇ、そうさせていただきます。」

 肩の荷が下りたと言わんばかりに二人が続けて食堂を後にする。

 残されたのは俺とジュニアさん、それとマオさんだ。

「イナバ様、スープのおかわりはいかがですか?」

「あ、いただきます。」

「私も一緒して構わないか?」

「ジュニアさんもマオさんもどうぞ。」

「私もよろしいのですか?」

「私はまだこの家の人間ではありませんから、どうぞ気を楽にしてください。」

「ありがとうございます。」

 ジュニアさんはともかくマオさんは遠慮するかなと思ったけど、家の人間がいないと気を抜きたくなるのは皆一緒か。

 マオさんがジュニアさんと自分の分のスープを用意して、俺から少し離れた場所に座った。

「同席できなかったがヤーナ様の調子は悪いのか?」

「いつも教会に行った翌日はご機嫌なのですが、今日はご機嫌斜めでした。」

「そうか。旦那様も気苦労が耐えんな。」

「ラーマ様もお疲れのようです。」

「私がこういうのもあれですが、ヤーナ様は少し距離を置かれているのですか?」

「そんな事は無いと言いたいが、実際はその通りだろう。」

「あの一件の後、感情の起伏が随分と激しくなられました。失礼ながらそうなると旦那様でも手が付けられませんので、致し方なく機嫌を損ねないように振舞うようになったのです。」

 なるほど、さっきの推理はあながち間違いではなかったという事だな。

 よしよし、この線でせめていけば案外上手くいくかもしれない。

「私がいう事ではありませんがどの家も問題を抱えているんですね。」

「俺やマオは子供のときに売られたんだ、問題を抱えていない家なんて無いだろう。」

「でもこうやってラーマ様のお世話を出来る私は幸運なほうです。元の家に居ればもっと不幸になっていたかもしれません。」

「物は考えようと言うやつですか。」

「俺は・・・、そうだな俺も旦那様のお陰でこうやって上手い飯にありつけるわけだ。そういう意味では幸せだな。」

 ヤーナさんという人に出会えたからだろ!

 と、野次を飛ばしたくなるのをぐっとこらえる。

 まったくどの口がそれを言うんだか。

「皆さん色々ですね。さて、私もそろそろいく準備をします。」

「ではお部屋までお送りします。」

「いえいえ、マオさんはゆっくり食べて下さい。一人で戻れます。」

「ですが・・・。」

「何かいわれるようでしたら私から弁解しておきます。ジュニアさんもごゆっくり。」

「後で迎えに行くまで部屋で大人しくしているんだな。」

 はいはい、そうさせてもらいますよ。

 時間はまだありそうなのでどの作戦が一番有効かもう一度練り直しておこう。

 チャンスは一回限り。

 相変わらず出たとこ勝負だけどこれが成功すれば俺も逃げ出すことが出来る。

 皆に会うためにも失敗は出来ないぞ。

 頑張れ俺。

 食堂を出て小さくガッツポーズをするとブツブツと呟きながら自室へと戻るのだった。


 そして時は過ぎ、教会へ向かう馬車へと順番に乗り込む。

 四人乗りにしては豪華な馬車だな、しかも行くのは同じ街の教会だ。

 金の無駄遣いとは言わないお約束なのだろう。

 これもヤーナさんのご機嫌を取るため、という事になっているはずだ。

「だしてくれ。」

 俺、ヤーナさんの順で乗り込みジュニアさんが乗り込むと同時に合図を出して馬車は動き出した。

 この静かさ、輸送ギルドの最高級馬車に違いない。

 これはいいものだ。

「イナバ様、朝はあのような感じでよろしかったでしょうか。」

「えぇ、おかげさまで色々と見えなかったものが見えてきました。」

「幻滅されましたか?」

「旦那様もラーマ様もお前を大切にしているのは間違いない。だが、怯えているのもまた事実だ。」

「それも私が悪いんです、発作的にあのように言葉が勝手に出てきてしまって・・・。」

「お二人の未来の為には傷も必要です、誰も傷つかずに進む事は残念ながら出来ません。」

「そうだな。痛みは必要だ。俺にもお前にも全員にもだ。」

 出来れば穏便に行きたい。

 でもそれが許されないのであれば、被害の少ない方法を探す事しかない。

 俺も含めて傷は負うだろう。

 いや、もう負っているか。

 これ以上傷が酷くならないうちに今回の件を終わらせて見せる。

 その為には手段を選んでいられない。

「教会についたらどうすれば良いですか?」

「イナバ様は馬車で待機していただきラナス様に事情をお話して参ります。お知り合いという事ですからすぐに面通りが出来ると思います。」

「あぁそうか、普通はすぐにお会いできないんですね。」

「仮にも教会上層部の人間だ、旦那様でもすぐに会うことは難しいぞ。」

 そんな人に軽々と会っている俺ってこういう部分で無双できているんだなぁ。

 あんまり嬉しくない。

 チートでもないし、むしろ自分で勝ち取った人間関係だし。

 出来るなら転移魔法のチートが欲しかったなぁ。

 そうしたらエミリア達にも毎日会えたのに。

 メルクリア女史のように精霊の力があれば出来なくないはずなんだけど、相変わらず三人から返事は無い。

 俺の精霊『様』は一体何をしているんだろうか。

 謎だ。

「ラナス様にお会いできれば第一関門は突破です。問題はその後なんですよね。」

「俺のほうだな。」

「えぇ、ヤーナ様には切り札が有りましたが残念ながらジュニアさんにはありません。雇われでしたらすぐに辞めることが出来ますが、どうやら複雑な事情があるみたいですし、私を逃がしたぐらいですんなり辞めさせてくれるとは思えないんですよね。」

「それに関してはなんともいえん。」

「お父様の事ですからすぐ首を縦に振ることはないでしょう。」

「理由は説明してもらえなさそうですね。」

「すまん。」

 事情があるのなら無理には聞かないが、必要があるのなら話してもらわなければならない。

 とりあえず今はラナス様に会うことが先決か。

 んでもってつぎをどうするかだけど・・・。

「教会につきましたら別でお願いしたいことがあるのですが、お願いできますか?」

「こいつからあまり離れたくないんだが。」

「あまりお時間は取らせません、この手紙を商店連合に持っていって頂ければ。」

「それでだけか?」

「それだけで大丈夫です。」

「あぁ、あの転移魔法の使い手か。」

「次の一手の準備をしなければなりませんし、監視の目がゆるくなった理由も説明しておかないと色々とややこしいことになります。」

 一度はジュニアさんによって排除されたわけだが、まさかこんな短期間で状況が変わるとは思っていなかっただろう。

 俺を助け出すためにどんな方法を取ろうとしているのかも聞きたいし早めに連絡を取るに越したことはない。

「フィフティーヌさんとも一度ゆっくり話をしてみたいものです。」

「あまり話したりされないのですか?」

「商家五皇、しかも上位を争う関係にある以上仲良くするわけには行きません。と、いうのがお父様の見解です。」

「なるほど。」

「今の地位まで上り詰めることができたのも旦那様の手腕あってこそ、そこは致し方ないだろう。」

 ライバル関係だから馴れ馴れしくしない。

 勿論言いたい事は分かるけど、それではいい関係とはいえないよなぁ。

 やっぱりそういう関係だからこそ話し合いや意見交換が出来るべきだと思う。

 ライバルこそいい見本、人の振り見て我が振りなおせってやつですよ。

「お、そろそろだぞ。」

 外の景色を見てジュニアさんが何かに気づいたようだ。

 つられるように外を見ると窓の外に大聖堂の尖塔がみえる。

 この間も来たけれど今日見る姿はまた違うな。

 あの時はつれさらわれた絶望感が心のどこかにあったんだろう、今日は前よりも輝いて見える。

 囚われの身から脱出できるかもしれないという前向きな気持ちがそう見せるのかもしれない。

「馬車が止まりましたらジュニアと私が先に出ます、イナバ様はそのままお待ち下さい。」

「わかりました。」

「一応旦那様から他の場所に行かないよう釘を刺されているからな、念のためだ。」

「誰かに監視されているとか?」

「俺の知る限りはないが、その可能性は否定できん。」

 警備関係の人間がこういっているんだ、念には念を入れるべきだろう。

 気を抜いて折角の可能性を潰したくない。

 馬車はゆっくりと停まり、先にジュニアさんが外に出て従者に何か話しかけているようだが内容までは分からなかった。

「いよいよなのですね。」

「まずはラナス様と話してからですが、可能性は高いと思います。」

「どうか、どうか宜しくお願い致します。」

「善処します。」

「待たせたな、ヤーナ行くぞ。」

「イナバ様お先に失礼します。」

 ジュニアさんがヤーナさんの手を取って馬車を降りる。

 扉が閉まるのを確認してから俺は大きく息を吐いた。

 まさかこの二人がねぇ。

 昨日の今日だし実感は未だ少ないが、人の色恋なんて様々な形がある。

 それに口を出すのは野暮ってもんだ。

 何がどうあれこの二人の未来は俺の未来に繋がっている。

 その為にできる事をやるしかない。

 それから少しして馬車のドアがノックされた。

「イナバ様お迎えに上がりました。」

 外から聞こえてきた声はジュニアさんではなかった。

 あれ?

 もう商店連合に向かってくれたんだろうか。

 車外に出ると一人の男性が笑顔で俺に手を伸ばしている。

 教会の警備員だろうか鎧の上に法衣のような布を身に着けていた。

「うちの兵士はどうしましたか?」

「ジュニア様は中でお待ちです、ラナス様よりイナバ様を迎えに行くように言われてまいりました。」

「そうですか。」

 ふむ、ヤーナさんに何かあったんだろうか。

 とりあえずラナス様には話は伝わっているようだしまぁいいか。

 そんな軽い気持ちで車外に出る。

 ちょうど太陽が尖塔の横から顔を出す所で眩しさで目をしかめながら一歩進んだその時だった。

「イナバ様確保しました!」

 突然腕を引っ張られ馬車から引き摺り下ろされる。

 慌てて抵抗するものの別の警備員に反対の腕をつかまれ、そのまま担がれるようにして教会の中へと連れて行かれたのだった。
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