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第十三章

二人の絆を信じて

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状況が悪い。

すこぶる悪い。

あと数秒もしたら俺の首と胴体がサヨナラしてしまうぐらいに悪い。

てかいつもなんでいい感じのタイミングで乱入してくるんですかねこの人は!

地獄耳デビルイヤーとかいうレベルじゃないんですけど!

「ヤーナ、大丈夫か、ヤーナ。」

「あぁ、ジュニア。私のジュニア、来てくれたのですね。」

「お前の指示以外で俺が離れる事なんてあるわけないだろ。」

「ジュニアさんこれには深い訳が!」

「いいからちょっと黙っていてくれ、すぐ済む。」

床にひれ伏すヤーナさんに駆け寄り片方の手を頬にあて、もう片方の手を背中を優しく撫で始めるジュニアさん。

すると、先ほどまで興奮状態にあったヤーナさんが見る見るうちに落ち着きを取り戻した。

すごいな、まるで調教師のようだ。

「大丈夫か?」

「はい、もう大丈夫です。ありがとうジュニア。」

「だから俺も一緒に行くと言ったんだ。」

「でも、悪いのは私ですから。私が謝らなければ何の意味もありません。」

「それでまた発作を起こしていたら世話はない。彼にも随分と迷惑をかけてしまったようだぞ。」

「あぁ、私ったらお詫びをしないといけないのにまた迷惑をかけて。イナバ様本当に申し訳ありません。」

「いえ、落ち着いてくださったのならそれで十分です。」

ジュニアさんに支えられながらヤーナさんが上半身を起こす。

発作?の影響かまだ呼吸は荒いが先ほどまでのような焦点の定まらない状態ではない。

まっすぐに俺を見る光には光が宿っている。

よかったよかった。

支えられながらヤーナさんが椅子に腰かけ、ジュニアさんはその後ろに立って肩に手を置きヤーナさんがその手に触れている。

なんていうか、話を聞かなくても良い様な気もするけど一応聞いておくか。

「いくつかお聞きしてもよろしいですか?」

「もちろんです何でもお聞きください。」

「お二人の関係はいつから?」

「・・・もう何年いえ何十年になるでしょうか。」

「そんなに長く。」

「お二人の事をアベルさんは?」

「旦那様も知らないだろう、知ったのはこの家でお前が初めてになる。」

マジか、何十年も実の父親もふくめ家中の人間をだまし続けているのか。

でも、そんな事可能なのか?

あのアベルさんだ、気づいてもおかしくないと思うけど。

「政略結婚もなさいましたがそれはよかったんですか?二人で逃げるという選択肢もあったと思います。」

「そんなことをしてもすぐに捕まってしまいます。本当は結婚したくなんてなかった、でも仕方なかったんです。私が我慢していればジュニアは側にいてくれる、それだけを支えに結婚したんです。でも、あの日があったからこそ今はこうして穏やかな時間を過ごしていられます。それについては感謝しなければなりませんね。」

「だが、お前の心はガラスのように脆くなってしまった。」

「えぇ、でもまた強くなります。そうじゃないとこの先もずっと一緒にいられませんから。」

「なるほどお二人の関係についてはよくわかりました。そして、昨日掴まった時に誰にも見つからない様に私を逃がしてくれた理由も。お二人の未来の為、その為に私をここに呼んだんですよね?」

先程の半狂乱の際に言っていた言葉。

これ以上の幸せを求めるために俺を呼んだ、そうヤーナさんは言っていた。

その為にアベルさんに助言をして俺をラーマさんの旦那に仕立て上げようとしたと。

それも全て二人が幸せになる為というわけだ。

「そこまでわかっているのか。」

「わかっているというか、お二人の話と関係を知ったからこそ気付きました。」

「イナバ様の仰る通りです。私達のこれからの未来を考えた時どうしても足りないものがありました。知恵です。私のような女がどれだけ考えてもお父様を納得させられるような答えは浮かびませんでした。」

「俺もそうだ。旦那様に拾われてから今までただひたすら戦い続けた。何かを考える知恵などありはしない。」

「そこで、辺境で噂になっていた私に目を付けたんですね。」

「えぇ、どんな難しい事でも成功させるすごい商人がいるとお聞きした時、この人しかいないと思ったのです。それからこの家の情報網をすべて使ってイナバ様の事を調べ上げました。そして知ってしまったんです、奥様がいることを。」

知ってなお自分たちの為に策を講じた。

俺を不幸にすると知っていながら。

俺からしてみれば全く関係のない話だし、デメリットしかない。

自分たちの事しか考えていないとっても自己中心的な考えだと思う。

でも、別の方向から考えればそこにしか頼る物がなかったのだろう。

正攻法ではどうしようもできない状況だから非常識な方法をとる事しかできなかった。

「俺達のやり方が間違っていることはわかっている。だが、お前しか頼れる人間がいないんだ。本当はこの状態のこいつから離れる事なんてできなかったんだが、未来の為にと考え喜んでラーマ様のお目付け役に名乗りを上げたんだ。失敗は許されない、ラーマ様だけでは失敗する可能性が高かったからな。」

「これでなぜあの時あんな強引な方法で私を連れだしたのかが分かりました。」

「奥様方と別れていただくにはあの法を持ち出すしかありませんでした。私だけがと言っておきながらこのような手段をとる事しかできず、結果イナバ様だけでなくお父様やラーマにまで迷惑をかけて・・・。特にラーマの純粋な心を利用することは姉としてやってはならないことだとわかっているのです。」

「頼む、俺達にできることがあるなら何でもする。身勝手な事を承知で助けてもらえないか。」

「お願いしますイナバ様。どうか私達に明るい未来を示してもらえませんでしょうか。」

二人が深々と頭を下げる。

なんて、なんて身勝手なんだ。

自分の都合ばかり押し付けて俺の事なんて何も顧みちゃいない。

自分達さえ幸せになればそれでいい。

この二人はそう言っているんだ。

二人を幸せにしたところで俺の未来は保証されないし、帰って来るものは何もない。

攫われて来ただけでこのままではラーマさんと結婚させられるのを待つだけだ。

だが、こう考えるのはのはどうだ?

俺の知らない所で誰が俺を登用するのかというくだらない争いが行われていた。

いずれその争いの流れは王都からこちらまで波及し、商店の営業にも支障が出たかもしれない。

それだけじゃない。

村やサンサトローズにも多大な影響を与えていた可能性だってある。

統率が取れていない状況では誰もがわれ先にと後先考えない行動をとり始める。

そうなれば最悪争いの元である俺がいなかったらなんて話にもなったかもしれないんだ。

また命を狙われるとか勘弁していただきたい。

だけど商家五皇でもあるホンクリー家が独断で行動を起こして主導権を握ったことで、怒りの矛先は俺からホンクリー家へと切り替わった。

おかげで争いが他の人たちに広がる可能性はなくなったわけだ。

俺一人が我慢をすればという考えになってしまうが、確かにその通りだな。

俺が耐えればその他大勢が被害に遭わなくて済む。

なら、この状況を甘んじて受け入れるのか?

答えは否だ。

大切な人と離れ離れにされて好きでもない人と結婚させられる。

そんな状況受け入れられるはずがない。

じゃあどうするかって?

そんなの決まってるじゃないか。

二人を助けて俺も助かる道を探すだけだ。

そんなことできるかって?

やらなきゃわかんないでしょ。

今までもなんだかんだやって何とかなってきたんだ。

どれもギリギリだったけど、それでも何とかして見せたじゃないか。

いつもは他力本願だけど、偶には自力で頑張ってみましょうかね。

やると決めたらやる男。

それがイナバ=シュウイチってやつですよ!

「お二人に力を貸す代わりに条件があります。」

「私達に出来る事であれば何なりと仰ってください。」

「出来る事ならなんだってするぞ、それが汚れた仕事でもだ。」

「そんなことしたら未来が無くなるじゃないですか。まず一つは成功する保証はありません、失敗したからと言って逆恨みすることはやめてください。そしてその責任はすべてお二人にある。」

「イナバ様でも出来ないのなら仕方ありません。」

「あぁ、俺達の思いがそこまでだったという話だ。」

一番面倒なのがここだからね。

手伝ったはいいものの、世の中に絶対という言葉はない。

いくらこれまでうまくやってきた俺とはいえ失敗することだってあるだろう。

そんな時に俺に罪を擦り付けられるのは御免被る。

自分の尻は自分で拭くぐらいの立場でいてもらわないと困るよ。

「了承したと捉えてよろしいですね。次に二つ目です、以前私の部屋に人が来ていたと思いますが、また見逃していただけますか?」

「それは構わないが、野放しにすると旦那様にばれてしまう。入れるのはあの転移魔法の使い手だけだが構わないな?」

「そこまでおわかりでしたか。」

「転移魔法・・・、フィフティーヌさんですね。」

「あの人がいれば外の状況もわかりますし、他の策も考えやすくなります。お二人は私の事を買ってくださっていますが、私一人の知恵でここまで来たわけじゃありません。」

「それだけか?」

「それと、明日教会に同行する時にラナス様へ取り次いでほしいのです。あの方ならきっとお二人にも力を貸してくださいます。」

っていうか、ラナス様の力が無いとどうしようもない。

教会の陰の実力者、貴族や王城にも顔の利くあの人じゃないとこれから行う作戦は成功しないだろう。

「ラナス様には明日お会いする予定でしたから大丈夫だと思います。」

「教会の力で何とかなる話とは思えないが・・・。」

「もちろん教会が口を出したところで何も変わりません。お二人が幸せになる為にはいくつも障害がありますから、それを一つずつ超えていくしか道はないんです。」

「これまで何度も大きな壁にぶつかってきたんですもの、今回もきっとうまくいきますよジュニア。」

「そうだな、始まる前からあきらめる必要はない。」

仮に二人が自由になったところでその先の未来は平坦ではないだろう。

だが始まる前からそれを憂いてなんていられない。

これから挑もうとする戦いはもっと厳しく荒い道なのだから。

「今回の作戦ラーマさんを含め誰にも知られてはいけません。できるだけ怪しまれずに事をなす為にはお二人の協力が欠かせませんのでよろしくお願いします。」

「俺達に一体何をさせようとしているのかそれは教えてもらえるのか?」

「お二人が結ばれる方法はただ一つ、ヤーナ様がこの家を出てジュニアさんには仕事を首になってもらいます。ようは、この家との関係を断ち切ってもらうわけですね。」

「そんなこと出来るのですか?」

「できるんじゃなくてやるんです。そうしなければ二人に未来はありません。」

「俺はともかくヤーナが家を出るなんて事は・・・。」

「もちろんただ家を出るだけではアベルさんは納得しないでしょう。あの人を納得させるにはかなり特殊な状況に持ち込む必要があります。ですが皮肉にもその切り札はもうヤーナ様がお持ちになられてるようですね。」

「私がですか?」

普通のやり方じゃ成功しない。

だから普通じゃ考えないようなやり方で行くしかないんだけど、幸いにもいくつかのカードはもうこちらの手の中にある。

日頃の行いが良いおかげだな。

普通じゃ絶対に手に入れられないカード。

それを有効に使わなければ。

「失礼ですが、ヤーナ様の体は今どういう状況にあると説明を受けていますか?」

「心労がたたり心に亀裂が入っていると。それがいつ壊れるかはわからないので、心穏やかに日々を過ごすようにと言われています。教会に行き神に祈りをささげるのもまた、心穏やかに過ごす為。お医者様に見てただいてはいますがいつも同じことしか仰いません。」

「では壊れてしまったとしたら?」

「おい、なにを不謹慎な事を言っている。」

「いいんですジュニア。壊れてしまったら・・・なるほど、そういう事ですか。」

「えぇ、ホンクリー家の長女が心を病んでしまったと知れたらそれこそ周りに何を言われるか。それが分かった時点でアベルさんは何か手を打つことでしょう。例えば、娘を家から追い出すなんてことを考えるかもしれません。」

「追い出されずに殺されるなんて事はないよな。」

「実の娘に手をかける事はしないでしょうが、しないという保証もありません。幸い家を継ぐのはラーマさんという事で世間には知れ渡っていますのでそこまで強硬な事はしないと思っています。」

だがこれもまた仮定の話だ。

実の子供に手をかける例なんて世界にいくらでもある。

アベルさんがそこまでするとは思えないが、それに対する策も考えておくべきだろう。

「心を壊して家を出る・・・。それしか私に道はないのですね。」

「いえ、壊れる必要はありません。むしろ壊れてもらっては困ります、ヤーナ様には色々とやっていただくことがあるのですから。」

「そんなことで旦那様の目を欺けるとは思えんぞ。」

「だから他の人の力を借りるんですよ。心穏やかに過ごす為には教会で過ごすのが一番、そこで壊れそうになっているので教会に出家しないかとラナス様に打診していただくんです。あの方の話でしたらアベルさんも納得する可能性があります。」

「確かにただの司祭なんかよりもよっぽど身分は上だが・・・。」

「ラナス様がお力を貸してくださるでしょうか。」

「貸してくださいますよ。もちろん、条件を出されるでしょうけども。」

「それが私がやらないといけない事なのですね。」

話が早くて助かるなぁ。

さすがホンクリー家長女。

これまでの人生経験がそうさせるんだろうか。

それに引き換えラーマ様ときたら・・・。

いや、あの人と比べるのはおかしな話だ。

あの人はあの人なりに苦労をしてきている。

ただの世間知らずのお嬢様ではないことは間違いない。

だが、踏んできた場数が違う。

ヤーナ様がこれまで歩んできた道は普通の人と比べて明らかに険しい道だ。

そりゃ心にヒビも入るよ。

「後は俺が旦那様から首を言いつけられる方法だが・・・。」

「不手際を続けて信頼を無くすしか方法はないでしょう。常にそばに置くほどの関係です、なかなか難しいとは思います。」

「死ぬまで仕えると誓った身としては心苦しいが、それしか方法が無いんだよな。」

「恐らくは。とりあえずはヤーナ様の件を優先して行い、その間にメルクリア女史から情報を集めます。その後私を外に逃がしていただきたいのです、できれば食事会の日までに。」

「それってあと二日しかないぞ!」

「つまり明日ヤーナ様には出家していただいて、当日出発するまでに私を逃がしていただく。食事会でお披露目するはずの人間がいなくなればさぞ怒られることでしょう。」

それですぐ首にしてもらえるとは思えないが、心象が悪くなるのは間違いない。

その後も色々と失敗してもらわなければならないので、正直ジュニアさんが一番大変だと思う。

「怒られるのは別に構わないが・・・、その後はどうするつもりだ?必ず追手を差し向けられるぞ。」

「追手の中にジュニアさんもいるはずですからうまくごまかしてもらいます。もちろん私も信頼できる人にかくまってもらうつもりですが、その辺も含めて明日打ち合わせをしたい所です。」

「そんな時間あるのか?」

「無くてもやるんです。それぐらいに大変な事はお二人はよくお分かりのはずです。」

「そうだよな、やるしかないんだよな。」

ジュニアさんが自分に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。

この部屋に飛び込んできた時の目からするとずいぶんと穏やかになったものだ。

しっかし、この人絶対にヘルムを外さないよな。

何か理由があるんだろうか。

まぁ、それはいま関係ないな。

「ひとまず策としてはこんな所ですが、何かご質問はありますか?」

「こんな短時間でよくこれだけの事を思いつくな。」

「さすがイナバ様、噂通りのお人でしたね。」

「それは成功してからの話です。まだまだ始まってもいません、すべては明日ですよ。」

「教会に行き、ラナス様に事情を話してご助力を賜る。」

「旦那様が納得してくれるかも重要だな。」

「納得してくれるのではなくさせるんです、そういう状況に持ち込むしか方法はありません。」

「本当に大丈夫なのか?」

「私は大丈夫、ジュニアがいれば何も怖い物はないわ。」

いいなぁ、こんな関係。

どんな困難があってもこの二人の絆なら大丈夫だ。

俺もエミリア達に会いたくなってきたなぁ。

これだけ会わないのはいつぶりだろうか。

皆ともう一度一緒に暮らせるように、俺は俺で精いっぱい戦うとしよう。

長かった膠着状態に見えた一筋の光。

さぁ、ここから少しずつ反撃といきますかね。
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