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第十三章

隠された真実

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部屋に戻るまでマオさんと俺は終始無言だった。

特に何も話す内容がなかったというのもあるけれど、これからのことを考えているとそんなに余裕がなかったのかもしれない。

部屋の前で立ち止まり扉を開けてもらうと滑り込むようにして部屋の中へと滑り込んだ。

「それでは失礼致します。」

「ありがとうございました。」

「必要な物があれば何なりとお申し付けを。」

「よろしいのですか?」

「外出禁止とはお聞きしましたがもてなすなとは仰っておりません。」

「それは私がラーマさんの旦那になる男だからですか?」

「それもありますが客人をもてなすのが私達の務め、それに従ってるだけです。」

意地悪な質問だったが何事もないようにスルーされてしまった。

全く関係ない人に八つ当たりするとか俺もどうかしてる。

それ以上何も言わないでいるとマオさんはいつもと変わらず丁寧にお辞儀をして部屋から出てった。

窓の外はもう真っ暗だ。

真冬だというのに寒くないのは暖炉に火が入っているからだろう。

暖炉があるという事は煙突がある。

ここから出ていく事は・・・さすがに無理だな。

どこかの狼のように焼け死んでしまうだろう。

それにだ、出て行ったところですぐに捕まってしまうに違いない。

この家の周りをジュニアさんが見回っているそうだし、羽虫が入ってこれないようにしたというのも誇張ではないだろう。

ここにメルクリア女史がいないことが何よりの証拠。

やっぱり俺一人で何とかするしかないか。

「とはいえ一人で出来る事に限界はあるし何から手をつけるかな。」

こんなとき相談できる人がいればいいんだけど・・・。

それすらも叶わない状況なんだな。

大きくため息をつきフラフラとベッドへと向かう。

そして両手を広げて倒れこんだ。

どんな時でもお前は俺を包み込んでくれるんだな。

ありがとうよ。

なんて小芝居が出来るぐらいにはまだ余裕がある。

高い天井をじっと見つめて俺はいくつもの選択肢をシュミレートし続けるのだった。

そしてどれぐらい時間がたっただろうか。

食堂でのやり取りで消耗していたのかいつの間にか眠ってしまっていたらしい。

体を起こすと毛布が掛けてあるのに気づいた。

マオさんが掛けてくれたんだろう。

外出禁止とは言ったがもてなすなとは言われていない、か。

ほんと、独房に入れられていないだけマシなんだろうな。

暖炉の火のせいだろうか喉が渇いて仕方がない。

俺はベット横の机に用意してあった水差しに手を伸ばし、ふと一緒に置かれていた小さな紙に気が付いた。

おもむろに手を伸ばしてみるとそれは何度か折られて小さくなっていたようだ

手紙だろうか。

広げてみると三行ほどの文が殴り書きされている。

『お抱えの護衛のせいで屋敷へ侵入出来なくなった。

次の手段を考えるからそれまで待っていなさい。

それまでは決してやけを越さないように、エミリアを悲しませるんじゃないわよ。』

あぁ、これだけでわかる。

メルクリア女史だ。

たったこれだけを伝えるために危険を冒して再度ここまで来てくれたんだろう。

一体何時の間に入ってきたんだろうか。

まさかあの毛布もメルクリア女史が?

でもジュニアさんが警戒しているからそれは難しいだろうし、逃げ出す前に走り書きしたと考えるべきか。

「自棄を起こすな、か。エミリアの名前を書かいておくなんてずるいよな。」

エミリアの名前を出しておけば俺が変な事をしないと考えたんだろうけど、いくら俺だってそこまで馬鹿じゃない。

そりゃあ色々選択肢を考えている時にそんな感じの案をいくつか考えついたけど結局実行しなかったし・・・。

はい、大人しくしています。

まるで母親に怒られた子供の気分だ。

まいったね。

苦笑いを浮かべながら水差しからコップに水を移し一気に飲み干す。

暖炉の火で温められてぬるくなってしまっているが今の俺にはこのぐらいの優しさがちょうどよかった。

「失礼します、お召し物の替えをお持ちしました。」

と、外からマオさんの声が聞こえて来た。

時計が無いからわからないが体感的には夜中だと思うんだけど、なんで今?

でも、暖炉の火で寝汗をかいてしまったし、ちょうどいいと言えばちょうどいい。

待たせるのもあれだしともかく入ってもらうか。

「どうぞ。」

メルクリア女史の手紙をくしゃくしゃと丸めてマオさんを迎え入れる。

「失礼致します。」

そのまま暖炉の前まで進み、火にあたるようなふりをしながら手紙を火にくべた。

隠していたところですぐに見つかってしまうのがおちだ。

見つかるぐらいなら証拠隠滅するに限る。

「おや?寒いようでしたら薪を増やしますが・・・。」

「お気遣いありがとうございます、でも大丈夫です。」

「着替えはこちらに、水差しは新しいのに変えておきますね。」

「遅い時間なのに何から何まですみません。」

「いいえ、先ほども申しました通りです。」

「ではそのついでに一つお聞きしても?」

「私でわかる事でしたら何なりと。」

振り返って尋ねると真剣な顔をしてマオさんがこちらを見つめていた。

なんだ?

いつもとちょっと反応が違うぞ。

「お願いします、マオさんが知っていることを私に教えてください。」

「初めに断っておきますが、私のような使用人が知っていることなど多くありません。」

「それでも構いません、ラーマ様のお側におられる貴女でしたら色々と耳にしているはずです。」

「仮に私がそれを知っているとして、どうして教えると思われるんですか?」

「一応まだ客人としてもてなしていただけるようですし、それにラーマさんの旦那になるかもしれない男のお願いなら聞いてくださると思いまして。」

「それでも私にはラーマ様が不利になるようなことは何も申し上げられません。」

「別に不利になるようなことは話さなくて構いませんよ。」

「では何が聞きたいんです?」

「今どういう状況なのか、それを知りたいだけです。」

何も申し上げられませんと言いながら視線を俺からそらそうとしない。

答えたくないのかそれとも答えられないのか。

どっちだろうか。

無言のまま時間だけが過ぎていく。

と、マオさんの表情が突然緩みそれにつられるように俺も息を吐いた。

「色々と期待されているようですが本当に私が知っている事はあまりないんです。」

「それでも結構です、話せる事だけ教えて下さい。」

「私が知っているのは、『イナバ様には夏までこの屋敷に滞在していただき、条件を満たしましたら法にのっとりラーマ様と結婚していただく』ということだけでございます。」

「前々から思ってたのですが、その法律そのものがおかしいのではないのですか?」

「そう申されましても法は法です。旦那様自身も、今回の件について国王陛下や教会を含め各方面から色々と言われているそうですが現状ではその法律を廃案とすることはできないとラーマ様にお話しされておりました。」

「そうですか・・・。」

やはり現状では法律そのものをなかったことにするのは難しいみたいだな。

ラナス様や国王陛下の力が合っても尚崩すことのできないホンクリー家の牙城。

この国でどれほどの力を握っているかがよくわかるなぁ。

法律を覆せないという事はこの国の議員の半数以上に影響力を持っているという事だろ?

貴族はともかく国民から選ばれた議員にまで影響力がある。

毎回半数が入れ替わるにもかかわらずだ。

この感じだと元老院にもそれなりの影響力を持ってるんだろうなぁ。

ガスターシャ氏の苦労が目に浮かぶよ。

「では次に、ラーマ様は今回の結婚について何か仰っておられませんでしたか?」

「それに関しては私の口から申し上げることはできません。ですが一つ言えるとすれば、ラーマ様はイナバ様が思っている以上に真剣だという事です。」

「真剣、ですか。」

「申し訳ありませんがこれ以上は。」

結婚についてどう思っているかなんて気易く聞ける話じゃなかった。

それもそうか。

「では、マオさん自身はどう思われますか?」

「私がですか?」

「えぇ、マオさんは今回のこの騒動をどう思われていますか?」

「私はラーマ様が幸せになってくださるのであればそれで十分だと思っています。」

「つまり今のラーマさんは幸せではないと?」

「・・・その言い方はずるいですね。」

「気に障ったのであれば謝ります。ですが、食事の際のあの反応、それに今までの言動から察するに親子間の関係は余りよろしくないのではないかと思いまして。」

俺が一番気になっているのがここだ。

アベルさんのラーマさんに対する反応があまりにも辛辣すぎる。

連れ子や養子だったら話はわかるが、仮にも血の繋がった親子だ。

自分で奥さんとの間に望んでできた子供だ、みたいに言っておきながらヤーナ様と明らかに対応が違う。

それでいて時々心配する父親みたいな顔をするんだよな。

どっちが本当の姿なんだろうか。

「確かに旦那様のラーマ様への当たり方はきつい物があります。ですがそれもこの家を継ぐラーマ様を鍛えるためには必要な物、それはラーマ様自身
が一番分かっておいでです。」

「そもそもそこがおかしいんですよ。何故次女であるラーマさんが家を継ぐんですか?女性しか生まれなかったとしても長女であるヤーナ様が他所から婿を迎えれば済む話ではありませんか。」

「それが失敗したからラーマ様が苦労されているんです!」

「失敗した?」

しまった!という顔をするマオさん。

失敗した。

つまりヤーナさんはホンクリー家の長女として一度他所から婿を迎え入れている。

にもかかわらず今は御一人でこの屋敷にいるわけ。

過去のラーマさんとヤーナさんの会話から察するに導き出される答えは一つしかないな。

「・・・・・・・・・。」

「話せない事、話したくない事であれば無理にお聞きしません。」

「いえ、ラーマ様と結婚してくださるのであれば寧ろ知っていてもらわねばならない事です。」

「ですからまだ結婚すると決まったわけでは。」

「これを聞いてもなおそう仰られるのであれば仕方ありません。ですがラーマ様は決してというだけでイナバ様との結婚を了承したわけではないそれだけはご理解ください。」

おや?

なんだか俺の認識とはずいぶんと違う状況のようだぞ。

ラーマさんは最初村を視察するという名目で結婚相手となる俺がどんな人物か確かめる為に来たと言っていた。

まぁ実際はジュニアさんに俺を無理やりにでも連れて来いと命令していたみたいだけど、表向きはそうなっている。

つまりこの時点ではラーマさんはアベルさんに命令されて仕方なく俺に会いに来たはずなんだ。

なのにマオさんはそうじゃないと言っている。

そこにはいったいどんな思惑があるんだろうか。

「先程言いましたようにヤーナ様はこの家の跡取りをお迎えする為に一度ご結婚されました。王族とも血の繋がりがあるそれはそれは由緒ある家柄で、男の子が生まれれば跡継ぎだけでなく王家とも関係を持つことが出来るそんな素晴らしい縁談だったのです。」

「政略結婚、貴族であればよくある話ですね。」

「えぇ、その相手を見つけるのに旦那様がどれだけ苦労されたか。その後すぐに子供を授かりこれでホンクリー家は安泰だ、そう思われていた矢先の事です。突然ヤーナ様は体調を崩され子供を失ってしまいました。」

「・・・そんなことが。」

「お二人だけでなく旦那様の落胆はそれはすごいもので、病気一つされなかったあの方が一期寝込んでしまわれたほどです。」

「一期もですか。」

ヤーナ様ではなくアベルさん自身が寝込むとかよっぽどショックだったんだろうな。

「幸いヤーナ様はすぐに体調を戻されましたし、子供が流れる事は珍しい事ではありません。年齢的にもまだまだ機会はありますから旦那様も元気を取り戻されました。」

「だが話はそううまくいかなかった。」

「その後、三度子供を授かりましたが全て流れてしまい、お医者様をはじめ呪術師魔術師等各方面の方々に色々見ていただき最終的にヤーナ様自身が子供を産めない体である事がわかったのです。」

「子供を産めない。」

「授かることはできるのです、ですが育てるための部屋に上手く栄養が行きわたらず結果子供が育たず死んでしまう。それを知ったヤーナ様の悲しみがどれほどであったか、私達には想像する事すらできません。」

そんなことがあったのか。

それって確か病気として確立されているはずだよな。

「不育症。知識では聞いた事があります。」

「イナバ様は異世界から来られたとか、なるほどそちらでも同じような方がおられるのですね。」

「えぇ、ですが女性だけに原因のある病気ではなかったと思います。男性にも原因があれば結果として流産してしまう、詳しくは覚えていませんがそう記憶しています。」

「なんて事、それをあの時ヤーナ様が聞いていたらどれだけ心が救われたでしょうか。」

「つまりヤーナ様のせいにされてしまったんですね。」

「その通りです。子供が産めないとわかった途端先方は手のひらを返し結婚を破棄したいと申し出てきました。もちろん旦那様はそんなことお許しになるはずありませんでしたが、色々と手を尽くした所で最後に先方の用いた方法に屈するしかなかったのです。」

「それがあの法律だった。」

「子供が産めないとわかったら強制的に離婚させることが出来る。こんな無慈悲な法さえなければ・・・いえ、その法があったからこそ今のヤーナ様は幸せなのかもしれません。」

「子供が出来ないまま延々と婚姻関係が続けば先方からどんな仕打ちを受けたか、想像に容易いですね。」

執拗ないじめ、いびり、もしかしたら毒を盛られて殺されていたかもしれない。

死ねば家との関係は解消できるし、犯人なんて安く買ってくれば証拠も残らない。

これに関しては実際に命を狙われた身だからよくわかるな。

人の命は金で買える、貴族がそんな風に思っているのは良く知っている。

「今は随分と落ち着かれましたが、それでも時々昔を思い出しては体調を崩されてしまうのです。」

「それでラーマ様は後を継ぐために必死なんですね。」

「ヤーナ様もまた、妹の未来を閉ざしてしまったことを嘆いておられます。ラーマ様自身はそんな風に思っておられないのですがそれがわかるからこそお互いにぎくしゃくしてしまう。表向きは仲の良いお二人ですが、見ているこちらが辛くなるほどです。」

「その関係を改善するためにも、ラーマさんは結婚したがっている。」

「最初イナバ様との結婚の話が出た時、ラーマ様は猛反対されました。が、しばらくしてどんな人物か自分の目で確かめて来ると決意され直接イナバ様の所に向かわれたのです。その後はもうお話しする必要はありませんね。」

だからあの時納得したような顔で、自分の旦那に相応しい人物だと言ったのか。

これで全部納得がいった。

ラーマさんは決して親の操り人形などではなく、自分の意思で自分の未来を、家の未来を切り開こうとしている。

ただのテンプレ勘違いお嬢様じゃなかったんだな。

いままで随分と失礼な事を言ってきたけれど、対応を改めなければなるまい。

そしてなによりあの法律を引っ張り出してきたのがアベルさんじゃないってことが分かった。

てっきりラーマさんと俺を結婚させるために昔の法律を引っ張り出してきたのかと思っていたけれど、むしろ自分が苦労した方だったんだな。

でもさ、それとこれとは話が別だ。

自分の娘が不幸な目に合った法律だと身を染みてわかっているはずなのに、どうしてそれを他人に使用できるだろうか。

同じように苦しむ人が出るとわかっていてなぜそれが出来るのか・・・。

いや、それが出来るからこそここまでの地位に上り詰める事が出来たんだろうな。

俺にはそんなこと絶対にできない。

出来ないということは、この家に相応しくないという事だ。

仮に結婚したとしてこの家をこの地位のまま維持することなど到底できやしない。

断る理由がまた一つ増えたな。

「話が長くなりましたね今日はもう遅いですし早くお休みになってください。」

それだけ言うと一方的に会話を切り上げてマオさんは部屋を出て行ってしまった。

部屋に一人残され、改めてさっきの話を思い返す。

それぞれに事情があり、その事情が今の状況を産み出している。

みんな被害者で誰一人幸せになんてなっていない。

だからこそ、幸せになりたくてみんなもがいているんだ。

・・・でもさ、それは俺には関係ないよね?

俺もまた幸せになりたい。

連れ攫われた時点で俺もまた被害者だ。

俺一人が犠牲になって、みんなが幸せになればいい。

そんな簡単な話じゃない。

だから俺は諦めない。

何が何でもこの家から出て行って見せる。

そして皆の所に帰るんだ。

それが俺達の幸せの為なんだから。

新しくした決意を胸に、俺は次なる策を夜遅くまで考え続けるのだった。
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