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第十三章

第一回食堂大決戦

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 おかしい。

 話に聞いていたのは年齢的にも初老になろうかという男性のはずだ。

 にもかかわらず俺の目の前にいる人はどうだ?

 どう見ても40代、もしかしたら30代と言っても通るかもしれない。

 子供っぽくないからエルフィーじゃないと思うけど、いったいどうなっているんだろうか。

 細身でなで肩、甘いマスク。

 元の世界なら即座にモデルで大ブレイク、その後俳優に!

 的な流れが十分に想像できる。

 これで大貴族の当主とかスペック違いすぎませんかね。

 合コンに行ったら女の子総取りしちゃう奴ですよこいつは!

「どうした、私の顔に何かついているか?」

「し、失礼致しました。」

「そんなに固くなるな、初めて私を見た人間は大抵こうなる。」

「お父様お久しぶりです。」

「ラーマも良く帰った、しっかりと私の命を果たせたようで安心している。」

「当然ですわ、ホンクリー家の未来を担う私の旦那様になる方ですもの失敗するわけがありません。」

「お前にしてはよくできたほうだ。」

「ありがとうございます。」

「さぁ、イナバ様どうぞお席へラーマ様もこちらへお願いいたします。」

 簡単な挨拶を終えマオさんに誘導されて席に着く。

 もちろん場所はラスボスの真正面。

 ですよねー、そうなりますよねー。

 ああ、何も気にすることなく食事をとっていや日々が懐かしい。

 席に着くなり素早く前菜が運ばれてきて気付けばお酒まで用意されている。

 これはあれか、飲まなきゃいけないやつか。

 席についている四人全員に同じものがあるんだから間違いなくそうだろう。

「さぁ、積もる話もあるがまずは食事にしようじゃないか。

「お父様乾杯の合図をお願いいたします。」

「はて、何に乾杯すればいいんだ?」

「ラーマとイナバ様のこれからの未来に。」

「あぁ、それがいい。未来ある二人に、乾杯。」

「「「乾杯。」」」

 未来なんてない。

 そんな言葉がのどまで出かかったが、グラスに注がれたお酒を流し込みぐっとこらえる。

 今ここで抵抗するのは愚の骨頂。

 時期を待ちタイミングを狙わなければ。

 空いたグラスには早くも次が注がれている。

 緊張でのどが渇いてしまい何度も飲んでしまいそうになるのをぐっとこらえて、俺は食事に手を付け始めた。

 それから暫くは家族水入らず?な感じで俺を除いた三人の会話が進む。

 どれも他愛の無い会話ではあるのだが、聞けば聞くほど違和感が強くなる。

 特にラーマさんへの返事はかなり投げやりな感じだ。

 ヤーナさんとはちゃんと顔を見て会話するのに、ラーマさんへの返事は簡潔で感情が無い。

 そんな返事のたびにラーマさんの表情がこわばっていくのがわかる。

 この差は何なんだろうか。

 二人とも自分の血の通った子供のはずなんだけど・・・。

 見た目の若さもそうだけどわからないことばかりの親子だな。

「さて、多少腹も満たされた所で本題に入るとしようか。」

 会話が途絶えたタイミングを見計らっていよいよボスが動き出した。

 さっきまでの穏やかな空気は何処へやら部屋中に緊張が広がっていく。

 俺も含めた全員の視線を集めてその人は話し始めた。

「自己紹介がまだだったな。私はアベル、商家五皇に名を連ねるホンクリー家の当主でありこの子たちの父親だ。」

「シュリアン商店店主イナバ=シュウイチと申します。詳しくはもうご存知かと。」

「この一年で知らぬ者が居ないほどに名を上げた若き商人。異世界の知識と謙虚さで、元老院だけでなく教会にも顔が利くようだな。これまでに上げた功績の中でも突出すべきは魔石の横流し事件だろう、誰も気付かなかった事件にいち早く気付いただけでなく末端組織を単独で捕縛したのは賞賛に値する。あれに気付かなければ富の多くが国外に流出していた事になるからな。」

「お褒めに預かり光栄です。」

「第三皇女暗殺事件の際には流れ弾により負傷したと聞いているが、その怪我はもう良いのかな?」

「おかげさまで回復いたしました。」

「最近では上級冒険者と共に未開のダンジョンに潜り単独で最下層までたどり着いたとか。一つ聞くが本職は一体何なのかな?」

「私はただの商人でございます。たまたま精霊様の祝福を頂戴し、事件を解決しただけでダンジョンに関しても素晴らしい冒険者がいな蹴れば踏破する事などできなかったでしょう。」

 一つ一つ冷静に、言葉を選びながら答えていく。

 この質問を投げかけてくる間、一瞬たりとも俺から目線を外す事は無かった。

 冷たい氷のような視線が俺を貫いていく。

 甘いマスクにこの視線、ギャップまで兼ねそろえたパーフェクト人間とかそっちこそ一体何なんだよ。

「そして噂どおりのこの謙虚さ。なにより私と話しながら一度も目線を逸らさない男は初めてかも知れん。」

「そういう風に教育されましたので。」

「その教育をメルクリアの娘がしたのならば彼女への考えを改めなければならんな。」

「まさか!あの女がそんなこと出来るはずありませんわ!」

「もちろんお前にも出来ん。口だけで人は動かず行動でのみ動かす事ができるとお前にも教えたつもりだったが、まだまだのようだな。」

「・・・申し訳ありません。」

 ほらまた。

 鋭い刃がラーマさんの心をえぐるのが見えるようだ。

「そうだイナバ君、私はまず君に謝らなければならない。娘の為とはいえ強引な方法でここまで連れ出してしまい申し訳ないとおもっている。」

 突然の申し出に一瞬何が起こったかわからなかった。

 対面に座ったアベルさんが机に頭がつくんじゃないかってぐらいに頭を下げている。

 え、謝った?

 誘拐してきた事を謝ってきたの?

 まじで?

「そういうことはお止めください。」

「これも全てこの不出来な娘のことを思った親心だという事をまずはわかってほしい。君に結婚相手がいることはもちろんわかっているが我ホンクリー家の未来を考えたとき、君のような男でなければ私の後を継ぐことはできないと確信したのだ。その為に手段は手段を選んでいられない、よってこのような強硬な手段に出たというわけなのだが・・・改めて君にお願いしたい。今の奥さんと別れラーマと結婚してはくれないか?」

 イケメンと侮る事無かれ。

 その甘いマスクから投げられた一球はまるで160kmのストレートのように俺の胸へと飛び込んでくる。

 この剛速球にどう反応するべきだろうか。

 それをしっかりと受け止めるかそれとも打ち返すかはもちろん俺次第なのだが、まさかここまでど真ん中に投げてくるとは予想していなかったな。

 でも相手がその気なら俺もその勝負に乗るしかない。

 ガチンコ勝負嫌いじゃないですよ。

「申し訳ありません大変素晴らしい申し出かとは思いますがお断りさせて頂きます。私には心に決めた妻がおり彼女たちと別れるつもりはありません。それがたとえホンクリー家を敵に回す事になってもです。」

「自分が何を言っているかわかっているんだな?」

「もちろん、商家五皇ペンディキュラに名を連ねる大貴族に反発することになるのは理解しております。ですがそれが何だというのでしょうか。私の商売相手は冒険者であって貴族ではありませんし、そもそも接点は無かったはずです。各貴族が私を登用しようと必死になっているとの事でしたが、私はどの貴族にもつく気はございません。シュリアン商店はこれまでもこれからも冒険者とともに歩んでいきます。」

「イナバさん、何もそこまで言わなくても良いでは有りませんか。」

「別にラーマ様が素晴らしい人ではないといっているのではありません。アベル様は人ではなく家と結婚しろと申しておられる、それに答える気は私にはありません。」

「自分で言うのもあれだが、この国で一二を争う商家であり貴族だ。将来何の苦労も無くその椅子が自分に転がり込んでくるというのにそれを断るというのか?」

「私は別に貴族になりたいわけではありませんから。」

 俺がなりたいのはダンジョン商店の店主兼エミリアとシルビアの旦那だ。

 貴族なんてものはえらそうに出来る人がなれば良いだけで俺みたいな性格の人間には合わないと初めからわかっている。

 名誉でつれなかったら次何で来るだろうか。

 やっぱりお酒かな?

 それともお金かな?

「まったく異世界から来た人間は皆こうなのか?前に来た料理人も同じような事を言ってさっさと出て行ってしまった。君たちには欲というのはないのか?」

「もちろんあります。ですが私の求める道とアベル様が求める道には明らかな隔たりがあり、それが交差することは間違いなくありません。」

「その答えがどんな結果をもたらす事もわかっていると。」

「そうですね、仮に何かあったとしても私の後ろには同じく商家五皇ペンディキュラの一員であるメルクリア家がおります。また、地方貴族、地方都市の領主やギルド、そして多くの人が私の行動を支持してくださるでしょう。」

「たかだか地方貴族に何が出来る。」

「色々出来ますとも。少なくともあの人達は他人の人生を狂わせるような事は致しません。」

「はっはっは、言うではないか。」

 相手が誰であれやられっぱなしというのはよろしくない。

 一応言葉は選んでるけど従順でない事はしっかりと伝えておく必要があるよな。

「そこまで言うのであれば私も手の内を少し見せよう。拒否すればどのようなことが起きるか、そのほんの一例に過ぎないがね。」

「お聞かせいただけますか?」

「お父様!?」

「お前は黙ってなさい、これは男同士の戦いだ。」

 若造なんかに舐められたままというのが嫌なんだろう。

 聞かせてもらおうじゃないか、大貴族の汚いやり方って奴をさ。

「まず最初に君には外の見えない独房に入って貰い自分のした事を後悔してもらうとしよう。さっきまでの様に羽虫が飛んでくることもないし、誰も君に会うこともない。あぁ、結婚させてくれと懇願するのなら出してあげるから安心したまえ。」

「それからどうされるんですか?」

「君の大切な物を全て壊してしまおう、メルクリアの娘は難しいが方法が無いわけではない。騎士団長とはいえ今はただの女、戦うだけの女どうとでも出来る。奴隷は再び売りに出せばそれなりの値段で売れるだろうし従業員も同様に売りに出すか圧力をかけてこの国に居られなくしてもいいな。店は壊しても良いが、そうだ近くに私の店を出してあげよう。圧倒的な安さと品揃え、冒険者共が群がる価格にして半年持てば褒めてあげようじゃないか。問題は村だが・・・お前が居なければなんて事は無い。あんな辺境、また魔物に襲われてつぶれることだろう。」

 しゃべりだしたら止まらない。

 悪行の数々が出るわ出るわ。

 もちろんこれは空想であって実際に起きた話ではないが、半分ぐらいは本当にやってるんじゃないかなぁ。

 そうじゃないとこんなにスムーズに出てこないだろう。

 君がお前になっているのもまた素が出てきている。

「それだけですか?」

「強がりかな?」

「いえ、なのかと思いまして。」

 次の瞬間、甘いマスクの当主の瞳に明らかな怒りの炎が見て取れた。

 やばい、ちょっとやり過ぎた。

「この私相手に随分な言い方じゃないか、ここにジュニアがいたらこの時点で君の首と胴は離れ離れになっていた所だがそうなっていない強運もまた素晴らしい。それでこそ我がホンクリー家に相応しい男だよ。」

「やはりラーマ様とではなく家と結婚しろ、そう仰るのですね。」

「ラーマはきっかけにすぎん、35を過ぎていまだ嫁の貰い手が無い女には願ってもない話だろう?」

「それはご本人がどう思われているかです。惚れるより慣れろでしたっけ?好きでもない男と結婚して幸せになった話はあまり聞きませんがね。」

「事実私はそうやって妻と結ばれこの子たちを授かっている。」

「幸せでしたか?」

「もちろんだ。」

「いえ、奥様が。」

「イナバさん、私の為を思うのであればそれ以上はお止めください。」

「・・・失礼、過ぎた事を言いましたお許しください。」

 確か奥様はもう亡くなられているとか、聞くことのできない問いを死者に投げかけるのは失言だった。

「私は大丈夫です、それにイナバさんが結婚してくださるというのであればこれ以上うれしい事はありません。お父様のように素晴らしい仕事のできる方が夫になるだなんてこれ以上幸せな事はありませんわ。」

「だ、そうだ。それでも君は結婚を拒むというのだね?」

「はい。ラーマ様の気持ちは大変うれしいですが私にはもう心に決めた人がいます。その気持ちを裏切ることはできません。」

「もちろんそれもわかっております。その中に私も加えていただくことはできませんか?」

「申し訳ありません。」

 二人を忘れる必要はない、その中に私も入れてくれないか。

 本音がポロリとこぼれたことにラーマさんは気が付いただろうか。

 おそらく気付いていないだろう。

 それについてアベルさんが突っ込むことはなく、難しい顔でじっとラーマさんを見つめていた。

 この目はさっきと違う。

 子を思う親の目だ。

 いったいこの人の本音はどこにあるんだろうか。

 ラーマさんにだけきつく当たっているように見えるけど今の目を見るとそうじゃないし・・・。

「お父様、今日はまだ顔合わせです。それに話を聞けばイナバ様は無理やりここに連れて来られたとか。てっきり二人は愛し合ってやってきたのとばかり思っていたのだけど違うのですね。」

「お姉様それは。」

「これに関しては時間が解決するより他ないと思います。せっかくこうしてみんな揃ったんですもの今日はこのぐらいにして食事を楽しみませんか?話を聞けば明日も王城に呼ばれているのでしょう?」

「あぁ、今回はいつも以上に面倒な事が多い。」

「それはイナバ様の事ですよね。」

「半分、いや三分の一はそうだな。」

「なら余計に今答えを出すのは早急だと思います。」

 今の今まで会話に混ざってこなかったヤーナさんが凛とした態度で父親に意見している。

 てっきり親には従順なタイプなのかと思っていたけど実際はそうじゃないのか?

「ふむ、確かにお前の言う通りだ。無理やり連れて来ておいてすぐに慣れろと言うのも無理な話、仕方ない今しばらく時間を与えることにしよう。時間は夏までたっぷりある、それまでに君の気持ちが変わることを期待しているよ。」

「ご期待には添いかねるかと。」

「それでも構わん。興がそれたな、この話はここまでだ。」

 そう言うと食事の途中ながらアベルさんは立ち上がり俺の後ろにある出口に向かい始めた。

「今日はラーマが物見に連れ出したようだが状況が変わった、明日以降の外出は禁止させてもらうからそのつもりでいたまえ。独房に入れられない事をあの子に感謝するんだね。」

 俺の横を通り過ぎる時に立ち止まり、それだけ言うと部屋を出て行った。

 静寂が部屋を支配する。

 美味しそうなスープの香りも今の俺には受け入れられない。

 食欲が完全になくなってしまった。

 食べ物は粗末にしないタイプの人間だけど、今日はさすがに無理だなぁ。

「すみません私も失礼致します。」

「イナバ様・・・。」

「気を悪くしないでください、お父様はきっと貴方を試したかったんですわ。」

「仮にそうだとしてもお互いに少しやり過ぎたました。お二人にはお見苦しい所を見せてしまいましたね。」

「私は気にしておりません、もちろんラーマもです。」

「そうですわ、私の事は気にしないでください。いつもの、いつものことですもの。」

 いつもの事か。

 親の期待に応えようと頑張って来たのに、報われないままここまで来てしまった。

 ある種の諦めのようなものを感じてしまうな。

「今日は一日ありがとうございました、最後に素敵な街を見る事が出来て良かった。」

「最後だなんてそんな・・・。」

「それでは先に部屋に戻らせていただきます。」

「ではご案内します。」

 立ち上がった俺の椅子をマオさんがサッと引き、扉を開けて誘導してくれる。

 勝手にどこかへ行かないように監視する為だろうな。

 彼女もまたラーマ様には使えている物のこの家の使用人なのだ、当主であるアベルさんの意向に背くことはないのだろう。

 ここは敵陣のど真ん中。

 メルクリア女史という最高の手札を失った俺が次にどう動くべきか。

 そこをしっかりと考え直さなければならない。

 相手がどんな手段に出ようともやられっぱなしは性に合わない。

 いつもは他力本願100%男だけど、今回ぐらいは自力でやってやろうじゃないか。

 強い決意を胸に俺は戦場となった食堂を後にするのだった。
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