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第十三章

今置かれている状況は

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状況を整理しよう。

商家五皇ペンディキュラに名を連ねる大貴族ホンクリー家。

そこの当主が俺という人間に目をつけ、ライバル貴族であるメルクリア家に取られる前に俺を合法的に手に入れようと画策したのがこの誘拐騒動の根幹だ。

かねてより貴族間では俺の存在は大きく、どの貴族が先に召抱えるかという競争に発展しそうになっていたらしい。

それに関してはガスターシャ氏が一計を案じ競争は回避されたわけだが、召抱えるのではなく家族として迎え入れれば競争では無いので問題は無いという屁理屈を考えた人が居た。

だが俺は結婚している。

そこで、今や覚えている人も居ないような大昔の法律を引っ張り出してその法にのっとり俺を強制的に離婚、結婚と持ち込ませようとしたのがホンクリー家の当主というわけだ。

所定の金額を相手に払い、かつ国にもお金を納めれば結婚を解消させることができる。

もちろん条件は厳しく普通は成立しないはずなのだがそれに関しては俺の根性のなさが裏目に出てしまった。

『一年以上子供が出来ないのであれば結婚を解消できる』

はるか昔、結婚したものの子供が出来ない家を救済する為に作られた法律だが悪用され、条件を厳しくする事で逆に使われなくなってしまったそうだ。

その法律そのものをなくしてしまえばよかったものの、使用されなくなった事で世の中から忘れ去られ今に至るというワケだ。

まさか誰も試用されるとは思っていなかっただろ。

それもそうだ、結婚相手に金貨200枚、国に金貨50枚も支払うんだから。

元の世界で言えば二億五千万、今回は結婚相手が二人居るので五億円だ。

いくらお金持ちでもそれだけの金を払うとかありえないだろう。

まぁ、それだけの金を払ってでも手に入れたいと思ってもらえるのはむしろありがたい話しなのかもしれないが当の本人達からすれば良い迷惑だ。

ちなみに攫った理由は、条件を満たさないようにする為。

何かしらの理由をつけて家族から隔離すれば、子供が出来る可能性すら摘み取る事ができる。

やることがせこいよなぁ全く。

「現状貴方は犯罪を犯して連れて来られた事になっているから、それを覆さない事にはここから出られない。ここから出られないという事は法律の適用条件を満たしてしまうということになるわ。」

「そもそも私は手を差し伸べただけであって暴行をした事はありません。また、不敬であるのであればそれを証明する何かが必要になるはずです。その線から攻める事はできませんか?」

「目撃者が貴方の家族だけでは証言として認められないわね。」

「あそこには他の冒険者もいました。彼らがそのどちらも間違いであると証明してくれるはずです。」

「冒険者のような弱い立場で貴族に反発すればどうなるか、貴方もわかるでしょ?」

「それはそうですが・・・。」

冒険者といえば聞こえは良いが、元の世界の言葉で言えばフリーターに近い。

もちろんこっちの世界では職業として認められているし、危険ではあるが皆に必要とされる仕事だ。

だけど、立場で言えば非常に弱い。

依頼を受けられなければすぐに生活に困ってしまうし、逆に危険な仕事を押し付けられて命を落としたり違約金を払わされる可能性だってある。

もちろん断ることは出来る。

でも断れば自分の未来が狭まってしまう。

上級冒険者ぐらい実力があればそこまであくどい事はできないかもしれないけれど、あの日あの場所に居たのはまだまだ成長途中の初心者冒険者だ。

ダンジョン商店の店主として彼らの首を絞めることなんて出来るはずがない。

だけど無実を証明できなければ俺の人生も詰んでしまう。

はてさてどうしたもんか。

「そんな顔するんじゃないわよ。貴方が思っている以上に彼らは強い。貴方が手塩にかけて育てた冒険者は貴方への恩を誰一人忘れては居ないわ、自信を持ちなさい。」

「それはどういうことですか?」

「貴方が攫われて今日で三日、その間何があったと思う?」

「エミリア達がメルクリアさんに連絡をしてこうやって手を打ってくれたぐらいでしょうか。」

「馬鹿ねぇ、そんなわけないでしょ。」

いや、馬鹿って言われても見当がつかない。

平民が貴族、しかも大貴族に出来る事などほとんど無いはずだ。

そんな事をしたら自分の首を絞めてしまう。

誰しもそんな危険は冒したくないはずだ。

「まず最初にその場に居た冒険者が貴方の無実を証明する為に声をあげたわ。その声は瞬く間に大きくなり、冒険者ギルドを通じて国王陛下へ上申される予定になっているの。」

「え!?」

「ありえない話でしょ、でも本当の事よ。彼らは自分の危険を顧みず大貴族に向って異を唱えたの。初心者の声を消さない為に中級冒険者と上級冒険者が間に入り、大きくなった声を更に強固にする為に冒険者ギルドが後ろに着いた。こうなれば多少の力でこの声を消すことは出来ないわね。」

「そんな事に・・・。」

「それだけじゃないわよ。」

まだあるの!?

「貴方がそんな事をするはずがないと村の人たちが嘆願書を出したわ。それがサンサトローズに届き、今度はサンサトローズ中の声がプロンプト様へと届けられた。その嘆願書にプロンプト様自信も署名をして現在ここに向っている最中よ。もちろん邪魔をされないように騎士団と冒険者が合同で警護しているの。ほんと、貴方一人の為に一体どれだけの人が声を上げてくれているかその有り難味を良くかみ締める事ね。」

「私一人の為に、皆が声を。」

「それだけ貴方のしてきたことが大きいということよ。国から見れば辺境の一都市とその属州が声を上げているに過ぎない。だけどその後ろについている人間が大きすぎて届きさえすれば誰もその声を無視することが出来ないの。表ざたにはなってないけど嘆願書には各ギルド長の他ミド博士、リュカさんの名前も書いてあるわ。」

「今度お礼を言わないといけませんね。」

「お礼を言いたいのならここから出る方法を考えなさい。これだけの声は上がっているけど、逆転するにはまだまだ力が足りないわ。」

ここまでしてまだ足りないか。

他に何か足しになりそうなものは無いだろうか・・・。

「メルクリアさん、教会のラナス様が王都に移られた話しをご存知ですか?」

「シルビア様から聞いているわ、なんでも王都でやらなきゃならない仕事が出来たとか。」

「それが今回の件だと解釈してるんですけどどう思います?」

「確かになくは無いけれど、直接聞いたわけではないのでしょう?」

「えぇ、まぁ。それっぽい事は言ってましたけど。」

「もしそうだとした心強い味方になるわよ。なんせ婚姻を取り仕切っているのは教会ですもの、正式な婚姻関係を無理やり解消させるとなったら教会が黙っているはずないわ。」

「同じ日に出ましたので恐らくもう着いている頃だと思うんですけど・・・。」

ってな感じでメルクリア女史と議論を続けていたそのときだった。

「イナバ様失礼致します。」

コンコンと二度ノックの音が部屋に響き一呼吸おいて扉が開きだした。

やばい!

こんな所をホンクリー家の関係者に見られたら一体何を言われるか。

でも今更ダメだと叫んだ所で間に合わない。

大慌てでメルクリア女史を隠そうと布団を持ち上げたところでマオさんと目が合ってしまった。

終わった。

「なにやら声が聞こえたようですけど、一体何をされているんですか?」

「あ、これは、そのですね。」

「お布団が柔らかすぎましたでしょうか、もしそうでしたら少し固めのもご準備できますが・・・。」

「だ、大丈夫です。柔らかすぎてむしろ緊張してしまって。」

一体何を言っているんだ。

落ち着け俺。

と、持ち上げた布団のほうに目を向けるとそこに居るはずのメルクリア女史の姿がない。

どうやらあの少ない時間で転移してしまったようだ。

なんだ、隠さなくても良かったじゃないか。

俺は大きく息を吐き持っていた布団を下ろす。

マオさんにはさぞ変な人間に見えたことだろう。

それでも何か問題があるよりかは何倍もマシだ。

もともと変な人間だって自覚はあるしね。

「お召し物をお持ちいたしました、よろしければこちらにお着替え下さい。」

「ありがとうございます。」

「それと、簡単ではありますがお腹に入れる物もお持ちしました香茶と一緒にお召し上がり下さい。」

「何から何まですみません。」

「いいえ、この程度のおもてなししか出来ず恥ずかしい限りです。本当はもう少し余裕があったのですが・・・。」

「どうかされたのですか?」

「いえ、こちらの話ですお気なさらないで下さい。」

気にしないでくれといわれると余計に気になるのが人の性。

考えられるのはヤーナさんが帰ってきたことぐらいだけど・・・。

それで余裕がなくなるようなものだろうか。

「そういえばジュニアさんはどうされたんでしょうか。」

「ジュニア様でしたらお二人が到着した事を伝えに旦那様の所に向われましたが、何か御用ですか?」

「いえ、姿を見かけないなと思いまして。」

「ラーマ様護衛の任は王都到着時に解かれましたので、いつも通り旦那様の警護に向かわれたはずです。」

「それであの時マオさんと交代されたんですね。」

なるほどなんでわざわざあそこで停車したのか謎が解けた。

俺を無事に攫ってこれた報告に向かったのだろう。

俺を歓迎するのは他の人間でもできるから自分は自分の仕事をしに行く。

まさに忠犬に相応しい働きだ。

「私はお二人の迎えを仰せつかっただけですので。」

「ラーマ様も喜んでおられましたよ。」

「そ、そうですか?」

お、さっきまで無表情だったのにここだけ反応が変わったな。

言われて来ただけと言いながらもマオさんはラーマ様の事を大切に思っているのはまちがいない。

そうでなければあのお嬢様をあそこまでかいがいしくお世話できるはずがない。

「マオさんはずっとラーマ様に仕えておられるのですか?」

「えぇ、物心ついた頃にはこのお屋敷で働いておりました。」

「ではかなりの期間になりますね。失礼ですが奴隷としてここに来られたのですか?」

「その通りです。幼くして売られていた私をラーマ様が気に入り旦那様に買っていただいたと話では聞いております。かなり弱っておりましたのでその頃の記憶はあいまいですが、ラーマ様直々に看病していただいたそうです。最初は犬か何かを飼う様な感覚だったのでしょうが、例えそうだとしても幼い私を嫌うことなくお側においてくださったラーマ様に一生をかけて尽くすと心に決めたのです。」

重い、非常に重い。

軽々しく聞いた俺がバカだった。

でもあれだな、少々痛い感じのお嬢様だが昔は随分と可愛らしい感じだったのかもしれないな。

それも今や昔。

今となっては残念さがそれを上回っているというね。

「ぶしつけな事を聞いてすみませんでした。」

「いえ、この家の人間であれば皆さん知っている事ですから。話が長くなりましたね、旦那様が戻られるまで今しばらくお待ちください。」

マオさんが部屋を出て行き再び広い部屋に一人取り残される。

心が穏やかなのは用意してもらった香茶のおかげなのか、それともメルクリア女史と話をしたからなのか。

おそらくその両方だろう。

安心したからかお腹の虫がクゥと小さく鳴いた。

うむ、腹ごしらえも重要だよな。

どれどれ香茶と一緒にいただきましょうかね。

用意してもらった軽食を食べて心とお腹の両方を満たしていく。

たったこれだけの事なのに幸せを感じる事が出来るなんて、俺も随分と安上がりな男だな。


それからどれぐらいの時間がたっただろうか。

何時まで経ってもお呼びがかからず外はだんだんと薄暗くなってきた。

大きな窓の向こうには綺麗な街並みが広がっている。

その所々にポツポツと明かりが灯り始めていた。

流石にちょっと遅すぎませんかね。

夕方には帰って来るって話だったけどこれじゃあもう夜ですよ?

流石にずっと緊張しっぱなしっていうのもつかれるんですけどねぇ。

あまりの暇さに部屋の探検はとっくの昔に終わってしまった。

着替えをして今はごろごろとベットの上を転がっている状態だ。

え、服がしわになるからやめろ?

俺の服じゃないから別に構いません。

それに、出来る男って思われるよりも『なんだ話に聞いていたよりもダメな男だな』って思われた方がよくない?

こんな男にはうちの娘はやれん!

とか言い出してくれたら最高なんだけど・・・。

え、そんなことはあり得ない?

そんなのやらないとわからないじゃないですか!

「って独り言も飽きたな。」

持ってきてもらった香茶は当の昔に飲み干してしまった。

もちろん軽食も当の昔にお腹の中だ。

お腹空いたなぁ。

もっと持ってきてもらったらよかった。

「失礼します、イナバ様今よろしいでしょうか。」

「どうぞ。」

あれ、この声は。

扉の方を向き入ってきたのはやはりヤーナさんだった。

何故かお付きの人もラーマさんもいないようだ。

俺に何の用だろうか。

「どうされました?」

「せっかくですので少しお話をと思いまして。お父様の帰りも遅いようですしもう少ししたら食事の時間です。それまでで構いませんのでよろしいですか?」

「もちろんです、どうぞお好きな所にかけてください。」

「失礼いたします。」

まるで自分の家のように振る舞っているが、目の前の人がむしろ家主みたいなものだ。

ヤーナさんは近くの椅子に腰かけると小さく息を吐いた。

「お身体の調子がよろしくないと伺いましたが。」

「少し無理をしまして、でも大丈夫ですこうして座っていれば時期に良くなります。」

「よろしければどうぞ。」

部屋は暖かいが弱った体に寒さは酷だ。

俺は近くにあった毛布をとるとヤーナさんに差し出した。

それを無言で受け取り毛布をじっと見つめる。

どうしたんだろうか。

「・・・イナバ様はあの子を、ラーマの事をどう思われますか?」

「どう、というのはどういう事でしょうか。」

「あの子は世間を知らずにここまで育ってきましたがそれでも精いっぱいやってきました。お父様の背中を追いかけ不出来な私の代わりにこの家を背負おうと必死に生きてきたんです。お婿に来てくださる人に姉の私がこんな事を言うのはおかしいですが決して悪い子じゃありません、それだけはわかってください。」

やはりヤーナさんは俺がここに連れて来られたという事実を知らないようだ。

そうじゃないとお婿に来てくださるなんて言い方をするはずがない。

はて、これを訂正するべきかそれともそのまま行くべきか。

悩むところだな。

「正直に言いまして、ラーマ様の事を私個人としてもうまくとらえきれておりません。ですが一つだけ言えるとしたらあの方は決して悪意があって事をなしているわけではない、それだけは私にもわかります。」

「それだけわかっていただけていたら十分です。あの子は自分の信じる道が正しいと信じて疑わない、まっすぐな子なんです。もちろんそこが悪い所でもあるんですけど、そう言った部分も含めて愛してくださる方であれば私は何の文句もありません。」

「愛するですか。」

「その人を信じる事が出来ればいずれ愛が芽生えます。恋とは熱病のようなものですが愛は違う、一度芽生えれば決して枯れる事はありません。」

「ヤーナ様もどなたかを愛しておられるのですね。」

「私は・・・、私の愛は叶いません。」

え?

叶わない?

それってどういう・・・。

「お姉さま!こんな所におられたのですね!」

と、詳しく聞こうとした所でラーマさんが慌てた様子でやって来た。

「ラーマ、どうしたのそんなに慌てて。」

「今王城から遣いが来て、お父様は今日戻らないと言われましたの。所用で出ているとは聞いていたけれどお姉様何か知りませんか?」

「さぁ、私には何も言われなかったから。」

「そう。せっかくお父様にイナバさんを紹介しようと思っていたのに残念ですわ。」

いや、紹介って誘拐の間違いじゃないですか?

紹介されなくても向こうは俺の事調べ尽しているみたいですけどね!

「ではご挨拶はまた後日ですか?」

「そうなりますわね、明日か明後日にはお戻りになるそうだからその時に詳しい話を致しましょう。」

「もうラーマったら、そんな言い方すると可愛くないわよ。」

「か、可愛くなくたって構いません。それにお姉様に比べたら私なんて・・・。」

「ラーマは可愛いわ、だって私の自慢の妹なんですもの。」

「お姉様・・・。」

会話だけ聞けば百合百合した感じだが、残念な事にこの二人は実の姉妹なのだ。

二人には全くそういう感情は存在しない。

あるのはお互いを大切にする気持ちだけ。

さて、気合を入れて待っていたけれど今日は空振りに終わったみたいだ。

むしろ安心したというかなんというか。

王都生活初日。

一先ずは無事に明日を迎えられそうだ。
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