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第十三章

どんな場所でも出来る事はある

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再び馬車が動き出してから体感時間で行くと10分ぐらいだろうか。

ゆっくりと馬車が停車した。

いよいよ敵の本拠地に到着したようだ。

窓の向こうに見えるのは大きな建物。

入り口はうかがえないが、二階建ての立派な館だ。

さてさて、どんな歓迎をしてくれるのかな。

一、例の兵士にすぐ囲まれてそのまま監獄行き。
二、最上の歓迎ということなのでレッドカーペットでお出迎え。
三、何にも変わらず歩いて屋敷の中へ

まぁこんな感じか。

「中に知らせてきますのでお二人はこのままお待ち下さい。」

完全に停車したことを確認してから、マオさんがペコリと頭を下げて馬車から降りる。

再びお嬢様と二人っきりになったわけだが、なんだろう雰囲気が最初と違う。

出会ったときに比べると随分丸くなった感じだ。

最初はかなりツンツンしていてTHEお嬢様!って感じだったのに、こっちが素なんだろうか。

「長旅ご苦労様でしたわね、お父様は夕刻までお戻りになられないそうだからそれまでゆっくりすると良いわ。」

「ゆっくりさせてもらえるならですけど。」

「ここに帰ってきたんだから監獄に連れて行かれることは無いでしょう。ジュニアがもてなすと言ったんだものそのままお父様の発言として捉えて問題ないでしょう。」

「確かに身体を伸ばしたいところではありますね。」

三日間馬車の中に押し込まれて体がバキバキだ。

宿にとまるたびにストレッチはしたけれど安眠できたっていうワケじゃないから疲れは抜けていない。

でも、敵の本拠地に入る以上余計に気を抜けないわけでして。

一応さっき考えた歓迎その1の線がなくなっただけでもよしとするか。

「ラーマ様イナバ様お待たせいたしました。」

と、外からマオさんの声がする。

ついさっき出て行ったのに早いな。

ゆっくりと馬車のドアが開かれると方角的にちょうど東向きなのか冬の太陽が直接目に飛び込んできた。

眩しい。

一瞬目の前が真っ白になり少しずつ視界が戻ってくる。

瞬きをすること数回。

回復した俺の目に飛び込んできたのは、まさかの歓迎その4だった。

ずらっと並んだ使用人。

レッドカーペットは無いけれど並んだ使用人が花道を作って俺達を迎えようとしていた。

「これは何の冗談かしら?」

「手の離せない使用人もおりますのでこれが精一杯でした。」

「・・・お姉様のお世話も必要だもの仕方がないわね。」

「本当はこの倍の人数でお出迎え出来るはずなんですけど、イナバ様お許しください。」

お許しくださいってそっち!?

イヤイヤイヤ、この倍の人数とか勘弁してください。

今でも十分ビビってるんですから。

それでも人数不足が不服なのかラーマさんの機嫌がすこぶる悪くなってしまった。

やっぱりTHEお嬢様の方が素のようだ。

「仕方ありませんわね、改めましてようこそ我がホンクリー家へ、お父様に代わり歓迎いたしますわ。」

先に下に降りたラーマさんが館の方に手を広げ、俺を迎え入れる宣言をする。

それに反応するように使用人の皆さんが同時に頭を下げた。

一糸乱れぬ動きに思わず見惚れてしまう。

って何を冷静に受け入れてるんだ。

おかしいだろどう考えても。

俺は犯罪を犯した身として攫われてきたんだぞ?

しかもその被害者は目の前にいるこの人だ。

被害者本人が加害者を迎えれ入れるって普通あり得ないよね?

「どうされまして?」

「最大のもてなしという意味が良くわかりました。」

「この程度で最大だなんていうつもりはありません、むしろこの程度しか出来ないなんてホンクリー家としてあるまじき行為。お父様に知られたら何と言われる事か・・・。」

「私のような人間には十分すぎる歓迎です、ありがとうございます。」

「お二人共どうぞこちらへ、先にお部屋へ御案内いたします。」

「私も御一緒しますわ。」

「長旅で疲れているのはラーマ様も同じでは?」

「妻として夫を労うのは当然のこと、このような歓迎しか出来なかったと思われるのは心外ですから部屋の確認もさせていただきます。」

ここまでされてそんな事思うはずないんだけどなぁ。

よっぽどウチは凄いんだぞ!って自慢したいと見える。

それが逆効果になる場合もある事をこの人は知らないんだな。

マナさんを先頭に花道を抜け大きなお屋敷へと足を踏み入れる。

大体ププト様のお屋敷を二倍ぐらいに大きくした感じだ。

いや、二倍は言いすぎか?

でもそれぐらいに広く感じる。

まるで魔術師ギルドのエントランスみたいだ。

「ラーマ、よく戻りましたね。」

「お姉様!」

エントランスにも沢山の使用人が居て俺達を迎えてくれたのだが、その中の一人がスッと俺達に歩み寄ってきた。

驚きの声を上げてその人めがけてラーマさんが駆け寄る。

お姉様ということはあの人がヤーナさんになるのかな。

確かに良く似ている。

ラーマさんが典型的なキツメのお嬢様風だとしたらヤーナさんはほんわか年上のお姉さん系だ。

え、わかりにくい?

考えるな感じろ。

でも、姉妹でこんなにも雰囲気が違うものだろうか。

「ラーマ様とヤーナ様はお母様が違うのです。」

「あぁ、そういうことですか。」

「驚かれないんですね。」

「貴族の皆さんでは良くある話しかと思いまして。」

「ヤーナ様をお産みになってすぐ奥様は亡くなられました。決して手当たり次第というワケではありませんので誤解なさらないで下さい。」

「失礼しました。」

てっきりそうなのかと思ったが俺の誤解だったようだ。

俺を誘拐するぐらいの人だから好き勝手やってると思ったけど、そうじゃないみたいだ。

それに、もしそうだとしたら下にもう何人もいておかしくない。

でも話ではラーマさんが一番下みたいだし、好色家というわけではないようだな。

「イナバさん、私の姉を紹介させていただけますかしら。」

「はじめまして、妹がお世話になっています姉のヤーナと申します。まさかこの子がこんな素敵な男性を連れてくる日が来るなんて思いもしませんでした。」

「お姉様!」

「お初にお目にかかります、イナバ=シュウイチと申します。」

「噂に名高いシュリアン商店の店主様が来てくださるなんて夢のようです。」

「私を御存知なのですか?」

「私もホンクリー家の一員ですもの、そういったお話は嫌でも耳に入ってきます。」

なんだろう、妙に引っかかる言い方だな。

良く考えれば、次女の結婚相手を探すぐらいならまず長女の結婚相手を探すのが普通じゃないのか?

結婚している可能性はあるけれど療養のためにわざわざ実家に戻ってくるだろうか。

まぁ何か理由があるんだろうけど、今つっこむのは薮蛇だな。

「なにか?」

「いえ、お話に聞いていた通りお美しい方だと思いまして。」

「こちらも噂の通り口がお上手ですね、でもダメです私なんかよりもラーマの方が貴女にはお似合いですよ。」

「そんな事ないですわ!それにお姉様にはもっと相応しい人が!」

「あの方とはもう終わった話です。さぁ、長旅でお疲れでしょうから早くお部屋に御案内差し上げて。」

「・・・後でお話できますか?」

「お父様がお帰りになるまでならね。でもまずはイナバさんのお相手をして差し上げなさい。」

「わかりました。」

随分と込み入った事情があるようだ。

つっこまなくて正解だったみたいだな。

セーフ。

しかし妹を可愛がる姉と、姉に幸せになってほしい妹ですか

古今東西こういった関係の場合どっちかが不幸になるってのが定番なんだよな。

俺との結婚を強制されているという意味ではラーマさんの方が不幸と言えなくもないけど・・・。

姉の方も姉の方でなかなか大変そうだ。

「では失礼致します。」

「どうぞ旅の疲れをゆっくりとお取りになってください。」

にこやかに笑うほんわかお姉さん。

ちなみに胸はエミリアに負けないぐらいあるみたいだ。

べ、別にたまたま視界に入っただけでたわわに実った果実を凝視したとかそういうんじゃないからな!

なんて心の名でいるはずのない人達に弁解しながらマオさんに連れられて二階へと上がる。

長い廊下を抜け、ひときわ大きな扉の前で立ち止まった。

「イナバ様のお部屋はこちらになります。」

「さぁお入りになって。」

両開きの扉をゆっくりと引き開ける。

その先にあったのは白鷺亭の特別室よりも更に広くて尚且つとても豪華な内装が施された部屋だった。

いったい何畳あるんだろうか。

50畳?

そんな適当な言葉が出てくるぐらいに広い部屋だ。

あまりの豪華さに声も出ない。

「さぁお入りになって、ここが特別なお客様にしか使用できないホンクリー家最上の部屋ですわ。」

「中にある物は自由に使っていただいて構いません。もし足りないものがございましたら入り口のベルを鳴らしてくださればすぐに人が参ります。」

「あ、はい・・・。」

語彙力がどこかに行ってしまった。

なんていえば良いか分からない。

ともかく凄い。

テレビで見た某ヴェルサイユな宮殿がこんな感じだった気がする。

「気に入っていただけましたかしら。」

「なんていいますか落ち着きませんね。」

「どうしてですの!?」

「豪華すぎるんですよ、それに普段はこんなに広い部屋で寝る事はありませんから。」

「これからはこれが当たり前になるんです、イナバさんには何不自由のない生活をお約束させていただきますわ。」

「結婚もしていないのにですか?」

「将来の旦那様ですから当然です。」

何故マオさんが胸を張っているんだろうか。

「マオ、後で軽食をお持ちして差し上げて。それとお召し物の換えも必要だわ。」

「もう手配しておりますので御安心を。ラーマ様もお部屋でゆっくりとお待ち下さい、後で温かい香茶をお持ちいたします。」

「貴女の香茶も久しぶりね。」

「あの、着替えは別に大丈夫ですが・・・。」

「お父様にお会いいただくのにその恰好はさすがによろしくありませんわ。」

あ、そうですか。

確かに庶民が着るような服だけどそれは自分達が拉致したせいであって、俺だってまともな服の一着や二着・・・。

あー、あんまりないか。

ププト様の食事会の時は確かガスターシャさんの衣装を借りたんだっけな。

高級レストランでもないのにドレスコードが必要なんて困ったもんだ。

「さぁ何時までも私達がいてはイナバ様がおくつろぎになれません、行きましょうラーマ様。」

「そうですわね。それではイナバさんまた後で。」

お上品に挨拶をして二人が部屋を出て行く。

広い、とても広い部屋に残され改めて俺は一人なんだと言う事を自覚した。

いつもなら俺の横にエミリアやシルビア、ユーリやニケさんがいて寂しいと感じることはない。

先日の一件以降絶対に誰かが傍にいた。

安心だったし、心地よかった。

それが当たり前だったから。

でも今は違う。

俺は一人だ。

商店から遠く遠く離れた王都の大きな屋敷の一室で俺は孤独だった。

でもなぜだろう、最初ほど絶望感がない。

熱烈な歓迎を受けたからだろうか。

それとも命令を出した張本人がいないと分かったからだろうか。

ともかく今は身体を休めよう。

シルビアが言っていたじゃないか、休める時に休め。

休息は戦士の重要な仕事だってね。

という事で遠慮するなと言われたし、こちらももう遠慮する気はないぞ。

どう見ても高そうだけどそんなことは知ったこっちゃない。

とはいえ土足はちょっとあれなので・・・。

靴を脱ぐとフカフカの絨毯がかなり気持ちいい。

そして奥に鎮座するキングサイズをさらに二倍ぐらい大きくしたようなベッドにめがけて思いっきりダイブした。

スプリングという考えがないのか、フカフカすぎるぐらいフカフカのベッドに体が沈んでいくのがわかる。

いかん!このままでは窒息する!

なんてことはなく、半分ぐらい身体が沈んだところで体は固定された。

危ない危ない。

「あー、でもこの柔らかさ反則だ。」

体中を包み込むような感じ、これは羽毛の布団だろうか。

さすが金持ち、使っている素材が庶民と違うぜ。

緊張が解けると同時に疲れがどっと押し寄せて来るのがわかる。

あぁ、このまま泥のように眠ってしまいたい・・・。

でもここは敵の本拠地、すぐに親玉が帰って来て呼び出されるかもしれない。

でもでも、この幸せな状況に逆らえるはずもないし・・・。

「ちょっと、心配で見に来てあげたのに随分と府抜けてるじゃない。」

「え!?」

誰もいないはずの部屋に聞き覚えのある声が響く。

沈みゆく意識を無理やりたたき起こし俺はベッドから飛び起きた。

「メルクリアさん!?」

「ちょっと静かにしなさい、貴族の家しかも商家五皇の家に直接転移するなんてバレたらただじゃすまないんだから。」

「すみません。」

「ともかく、元気そうで安心したわ。」

そこにいたのはやれやれと言った感じで腰に手を当てて俺を見つめる鬼女、もとい女上司。

そうか三日離れているとはいえこの人の転移魔法があればすぐ飛んでこれるのか。

「よくここがわかりましたね。」

「わかるもなにも昨日から張り込んでいたもの、そして招かれるとしたらこの部屋になることもわかっていた。あの高飛車女が普通の部屋に案内するはずないわ。」

「この前から思っていたんですが、あまり親しくなさそうですね。」

「当たり前じゃない、我がメルクリア家と真っ向から敵対しているのがこのホンクリー家なのよ。幼い頃から何かにつけてケンカを売って来て、いい迷惑だわ。」

「なんとなくわかります。」

「あの性格だし婚期が遅れるのも当然と思っていたけどまさかそれを逆に利用してくるとは思いもしなかったわ。貴方がうちの関係者であることがどうしても許せなくて、無理やり引き抜こうとした作戦がこれというわけよ。」

なるほどそういう関係なのか。

通りで喧嘩腰だったわけだよ。

どちらも気の強いお嬢様。

でも力関係で言えば若干メルクリア家の方が上って感じなのかな。

「そういう事ですか。」

「貴方が攫われたと聞いて飛んで来たらそれはもう大変だったんだからね。」

「あー・・・、なんとなくわかります。」

「エミリアもそうだけどシルビア様の取り乱しようと言ったら。貴方、よっぽど惚れられているのね。」

「ありがたい話です。」

「当分は私が間に入って連絡を取り合うからそれで辛抱しなさい。」

「店はどうしていますか?」

「取り乱したのも最初だけ、翌日からは通常営業していたわ。」

みんな頑張ってくれているんだな。

攫われた俺だけが大変な目に合ってるみたいに思っていたけど、皆俺の為に頑張ってくれて居るんだ。

「なによ、府抜けた顔がすっかり元に戻ったじゃない。」

「おかげ様で気合が入りました。」

「それでこそエミリアの旦那、と言いたい所だけど状況は良くないわよ。」

「ここについたばかりで詳しく知らないんです、教えていただけますか?」

その後メルクリア女史から自分の置かれている状況を聞き、事態の深刻さに頭を抱える。

話はなかなかに難しい様だ。

俺が貴族に誘拐されたなんて簡単な話じゃどうもないみたいだな。

やれやれ参ったな。

でも、自分が一人じゃないとわかっただけでこうも気持ちが軽くなるのか。

凹んでいても仕方がない。

こんな状況でもやれることをやるだけ。

それがイナバシュウイチに出来ることだ。

さぁ、マイナスの状況ではあるけれどとりあえず目指すは損益分岐点。

その後どうやってプラスにもっていくかが重要だよな。

やれることをやる。

さぁ、いつもと変わらず頑張っていきましょうかね!
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