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第十三章

郷に入れば郷に従・・・わない!

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 今なんていった?

 結婚だって?

 いや、こちとらもう既婚者なんですけど。

 あれですか?

 この世界では重婚は認められているから追加でってことですか?

 でも知らない人とはちょっとなぁ。

 それに性格的にも勘弁していただきたい。

「すみません、聞き間違えかもしえないのでもう一度聞いても良いですか?」

「ラーマ様がここに来た一番の理由はイナバ様が結婚相手に相応しいかを見極めるためです。」

 あ、聞き間違いじゃなかったわ。

 最近疲れやすいから耳まで遠くなったのかと自分を疑ったけどそんな事無かった。

 よかったよかった。

 ってよくねぇよ!

「真に申し訳ないのですが、私はもう隣におりますシルビアと結婚しておりますのでそういったお話はちょっと・・・。」

「もちろんもう一人の奥様がおられる事も存じております。」

「それでいて何故?ホンクリー家といえば商家五皇の有力な貴族のはず、次女といえどもそれなりに名のある貴族と結婚するのが普通です。にもかかわらずどうして私のようなただの商人の名前が出てくるのでしょうか。」

「貴方はそのように思われているかもしれませんが、王都で同じような評価をしている人間はおりません。特に貴族の間では争奪戦が行なわれようとしていたぐらいです。それに関しては元老院より強い圧力がかけられておりますので実行されたためしはございませんが・・・。」

「争奪戦・・・ですか?」

「辺境の雄と呼ばれるサンサトローズ明主だけでなく元老院副参謀までもが貴方の行動により名を上げている。聞けば元老院長や国王陛下も貴方を高く評価しておられるとか、平和な治世ではありますが貴族間の足の引っ張り合いは何時の世も変わりません。」

 争奪戦ってどこのドラフト会議だよ。

 ありがたいことに元老院が圧力をかけて止めてくれたようだけど、一体俺に何を求めているんだろうか。

 こちとらただの商人ですよ?

 確かにガスターシャ氏からは他が放っておかないから気をつけなさいといわれた覚えがあるけど、これまでに直接行動を起こされたことは無いし俺一人を召抱えた所で何か出来るわけでもない。

 乱世を渡り歩く軍師じゃないんだからそういった事は学者さんでも呼んだ方が早いんじゃないだろうか。

 過大評価しすぎだ。

「それでシュウイチの知恵に目をつけ奪い合いを始めようと画策しているのか。」

「別に私共は奪い合うつもりはありません。旦那様はただ、自分の大切な娘が優秀な男と結婚して欲しいと望んでいるだけなのです。」

「ちょっと!何勝手に話してるのよ黙りなさいジュニア!」

「ジュニア?」

「申し送れました、お嬢様の御付を命じられましたジュリアーニ=アストと申します、お気軽にジュニアとお呼びください。」

「良いから黙ってなさい!」

 ビックリした。

 てっきりもう子供が居るのかと思った。

 英語圏じゃないんだからそんなわけないよな。

 焦った焦った。

「まったく、誰の許しがあって好き勝手にしゃべっているのかしら。自分の立場という物をわきまえなさい。」

「申し訳ありませんでした。」

「お父様のお気に入りじゃなかったら今すぐに殺してしまう所だったわ。」

「ラーマ様、私の前でそのような言葉はお控えいただけますでしょうか。騎士団の所属から外れたとはいえ正当な理由なく人の命を奪うことは許されません。それが例え有力な貴族だとしてもです。」

「・・・失礼致しました。以後気をつけるようにいたしますわ。」

「ありがとうございます。」

 シルビア様の対応が明らかに違う。

 これはちょっと気をつけて発言したほうがよさそうだ。

「召抱えるのではなく家族として迎えるのであれば何も問題ないと判断したのですか?」

「その通りよ、お父様が何を考えているかなんて分からないけれど貴方は私と結婚しなくちゃいけないの。お分かりになりまして?」

「真に申し訳ありませんが妻が二人居る身として、このお話はお断りさせていただきます。」

「ちょっと、さっきの話し聞いてたの?貴方は結婚しなくちゃいけないの。聞けば異世界から来たって言うじゃない、私だって貴方みたいな良くわからない男お断りよ。」

「それは好都合です、是非お断りしていただきたい。」

「それが出来ないから言っているのよ!お父様の決めた事は絶対なの!」

 出たよ父親の命令に絶対って言う奴。

 でもこれって普通逆のパターンだよね。

 お父様にいわれて他の男と結婚しなくちゃいけないのって奴。

 なんで結婚前提なんだよ。

 勘弁してくれ。

「失礼ですが奥様方との間に子供は?」

「まだですが・・・。」

「それは良かった。」

「よかった?」

「子供が居れば結婚を解消させることはできませんから。」

 結婚を解消させる?

 いや、無理でしょそんな事。

 一体何の権限があって人の婚姻関係をいじくれるって言うんだ?

「それは何の冗談でしょうか。」

「冗談?このような場でそのようなことは申しません。」

「いくらなんでも人の婚姻関係をそんな簡単に解消なんて・・・。」

「確かに・・・出来る。」

「え?」

 横で静かに話しを聞いていたシルビア様が悔しそうな声を絞り出した。

 いや、いやいやいやいや。

 出来たらダメでしょ!

「わが国の法律は次のようになっております『正当な婚姻関係を結んでいる者でも相手に子供はなくかつ金貨200枚と国に金貨50枚を収めれば婚姻関係を破棄できる』お分かりいただけましたでしょうか。」

「何でそんな法律が!?」

「遥か昔に出来た法律でな、一度結婚した者達に子供が出来ない場合、所定の金額を相手に払う事で婚姻関係を破棄出来るようにしたのだ。そうする事でもう一つの家は地を残すことが出来る。当初は支払う金額も安く世が荒れたが今のような金額になってからはほぼ使われる事はなくなった、はずだったのだが・・・。まさかこんな法律を出してくるとは。」

 確かに金貨200枚といえば今のお金にして2億円。

 国に渡すお金も入れれば2.5億円も支払える家は中々ないだろう。

「法律は現在も生きており、そして旦那様にはそれを支払う用意もございます。もちろん、二人分です。」

「でもそれは子供が出来なかったときの話ですよね?」

「えぇ、ですが通常の婚姻関係において1年以上子供が出来ないという事は中々ありえません。ですので法の実行条件は先程のお金、それと1年以上子供を身ごもっていない事でとなっております」

「つまり婚姻より1年を経過した時点で何らかの兆候が見られなかった場合は法を執行することが出来るのだ。」

 何だよそれ!

 金に物を言わせたら何でも出来るって事じゃないか!

 信じられない。

 そんな法律がこの世界にあっただなんて・・・。

 時代錯誤にも程がある。

「お怒りは百も承知ですがそれだけの価値が貴方にはある、旦那様はそうお考えです。」

「ですがそれなら私がそちらとの婚姻を断ればそもそも成立しませんよね?」

「それも承知の上です。私達には最高の条件でイナバ様を迎える用意がございます、それだけはご理解下さい。」

「貴方には勿体無いけど我が家の財産の三分の一を与えても良いとお父様は仰っているわ。一体貴方の何処にそんな価値があるのかしら。」

「いくらお金を積まれても私には結婚する気はありません。それに、私は商店連合に雇われている身、契約が残っている以上勝手に職場を放棄することなど出来ませんよ。」

「違約金に関しては商店連合側とはもう話しがついておりますので御安心を。」

 なんでも金で解決かよ。

 全く持って信じられない。

 世のなか金で何でも解決できると思ったら大間違いだ。

 そんな考えを持つ家に俺が行くだって?

 死んでもお断りだね!

「ともかく、貴方が何を言おうと私と結婚するより他は無いの。分かった?大丈夫よ、お父様が言うには惚れるより慣れだそうだから。」

「話しというのはそれが全てですか?」

「そうね、後は貴方がどういう人か知りたいからしばらく泊めて頂戴。」

「お断りします。」

「ちょっと、わざわざ王都から来てるのよ?将来の奥さんなんだから大事にしなさいよね!」

「別に貴方と結婚する気はありませんしどこから来たかなど関係ありません。」

「ではイナバ様の宿にお客として泊めていただくのはいかがでしょう。」

「それなら結構だ。」

「シルビア!?」

 客を選ぶ権利は店側にもある。

『お客様は神様』なんて間違った理解をしている人が多いけれど、客と店側はあくまでも対等だ。

 客に宿泊する権利があるように、店にもそれを拒否する権利がある。

 何が嬉しくて俺達を別れさせようとする人間を泊めなきゃならないんだ。

 と、思っていたのになぜかそれを迎え入れるシルビア。

 一体どうしたというのだろうか。

「ここで追い返したとしても分が悪いのはこちらの方だ。今客を帰せば王都で何を言われるかわかったものでは無いぞ。」

「ですが!」

「怒っているのは私も同じだ。自分の大切な人間と無理やり別れさせられると分かって黙ってなどいられるか。だが、それをするにはあまりにも相手が大きすぎる。」

「シルビア様はよくお分かりのようですね。旦那様を怒らせるとどうなるか、よくお考え下さい。」

「それは脅迫ですか?」

「とんでもない、こちらからのお願いです。」

「だからジュニアは黙ってなさいって言ってるでしょ!」

「失礼致しました。」

 好き勝手に言っても怒鳴られるだけで済んでいる所を見ると、娘に一応従っているけど服従しているのは父親の方って感じだな。

 どっちかというと娘の監視役みたいな感じか。

「・・・仕方ありません。」

「なんでしたら割増料金をお支払いいたしますが?」

「結構です!」

 なんでも金で解決できると思ったら大間違いだ。

 こうなったら何が何でも一年以内に子供を作って、作って・・・。

 まさか。

「シルビアはこれを予見して?」

「そういうワケではないが、遅かれ早かれこうなるのではないかと思ってはいた。まさかこんなに早くなるとは思いもしなかったがな。」

「そうでしたか・・・。」

 だからシルビア様は早く子供を作ろうと急かしてきたんだ。

 もちろん子供を作りたいって気持ちはあったんだろうけど、それとは別にもしかしたらこうなるかもしれない。

 だから、それを防ぐ為にも早く子供が欲しかった。

 それを知らず俺は自分の都合でズルズル先延ばしにして・・・。

 最低だな。

「ともかく話がこれだけなのであれば失礼させていただきます。宿泊されるのであれば宿のほうにどうぞ、ただし他のお客様がおられますので全員は無理だと思ってください。」

「それは御安心を、私とラーマ様の二部屋で結構です。」

「貴方も一緒なの!?」

「当然です。旦那様よりくれぐれも一人にするなといわれておりますので。」

「仕方ないわね、でもこれ以上でしゃばった真似しないでよね!」

「かしこまりました。」

 ともかく今はここから離れたい。

 一度帰って状況を整理しないと。

 それとこういったことに詳しそうな人に話しを聞いて、それから・・・。

 あぁイライラして冷静に考えられない。

 ホント勘弁してくれよ。

 郷に入れば郷に従えなんていうけれど、こんな法律に従ってられるか!

「シルビア行きましょう。」

「では失礼する。」

「おや、シルビア様にはお嬢様の護衛をお願いしたはずですが・・・。」

「それであれば今お断りさせていただく。そもそもシュウイチに用があるということで受けただけの依頼、それが終わったのであればお役ごめんのはずだ。」

「それは残念です。」

 ヘルムに遮られて表情は伺えないが絶対笑ってる。

 何が残念だ、絶対思っていないくせに。

 ニッカさんの家というのも忘れ荒々しくドアを閉めてしまった。

「イナバ様いかがされましたか?」

「すみませんそれに関してはまた後で。」

「父上、急ぎプロンプト様に手紙を出してくれ。アイツの力を借りねばならんかもしれん。」

 今は一刻も早くここを出たかった。

 シルビアがププト様に連絡しようとしていたみたいだけど後で聞けば良いだろう。

 その後はお互いに無言のまま商店へと向う。

 シルビア達の気持ちに応えなかった自分への苛立ち。

 姑息な手段に出てきた貴族への苛立ち。

 そのどちらもが俺の頭をぐるぐると回り続ける。

 折角戻ったらダンジョンを拡張しようと思っていたのにそんな気さえ起きない。

 一体何が悪いんだろうか。

 いや、俺がダラダラしていたのが悪いんだけど。

 なんで他人に俺達の幸せを壊されないといけないんだろうか。

 考えたくも無いが、シルビアやエミリアに他に好きな人が出来たからとかなら二人の幸せを考えて身を引くことも考えなくも無い。

 でもそうじゃない。

 色恋も何も関係なく、自分の権力の為に俺を使うために別れさせるんだ。

 何故そんな事が出来るんだろうか。

 勝手すぎる。

 こんな法律が残っている事自体がおかしいんだ。

 これさえなかったら・・・。

 ダメだ、さっきからタラレバしか考えられない。

 それじゃ解決策も何も浮かばない。

 この状況を打破できるのは俺だけ。

 何とかしなければ。

 そんな事を考えているうちに気付けば商店の前まで帰ってきていた。

「あ!お二人共お帰りなさ・・・い?」

「どうかされたんですか?」

 難しい顔をして帰ってきた俺達にエミリアとニケさんが心配そうな顔をする。

「おかえりなさいませご主人様、シア奥様。」

 が、ユーリはいつもと変わらず平常運行のようだ。

 今はその方がありがたい。

「ユーリ、ダンジョンの拡張ですが後でも構いませんか?」

「それは大丈夫です。ちょうどお客様が来られていましたのでその方がよろしいのではと思っておりました。」

「お客ですか?」

 このタイミングで更に来客とか勘弁していただきたいのだが客は事情を知らない。

 そして俺も、事情をお客に押し付けてもいけない。

 気分は重たいままだが仕事は仕事だ。

 ユーリに連れられて俺は二階の応接室へと向うのだった。
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