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第十三章

対応に困るお客の帰し方

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 久々にゆっくりと昼食を食べ、さぁ残りの作業をしようと立ち上がったその時だった。

 商店の扉が開き誰かが入ってくる。

「いらっしゃいませ。」

 ニケさんが素早く反応し声を掛けるもスルーされてしまった。

 おや、珍しい客だな。

 年齢で言えば30代後半、もしかしたら40代かもしれないがそれを追求するのは野暮ってものだ。

 どうみても冒険者には見えないぴちっとした鮮やかな緑色のショート丈のドレス。

 オフィスレディの制服みたいなのを想像して貰えるとわかりやすい。

 冒険者がこんな服を着ていたら大丈夫か?と聞いてしまうだろう。

 某国民的RPGではきわどい水着のほうが防御力高かったりするけれど、残念ながらこの世界はそんな事無いらしい。

 そのOL風のお客さんは誰かを探しているようで、右から左に品定めするように動く目が俺の顔を見た途端にピタリと止まる。

 あ、ロックオンされた。

 そしてそのまま俺の前まで来ると、ジッと見下ろしてきた。

 なんだよこの上から目線は。

「貴方がイナバシュウイチ?」

「そうですが貴女は?」

「名前を聞く前にまずご自身で名乗られてはどうですの?」

「もうお名前はご存知のようですし、其方から聞かれているのですからまずご自身が名乗られるべきではありませんか?」

 いきなり上から目線で来られ少しカチンときてしまった。

 いけないいけない。

 まずは冷静にいかないと。

 敵意剥き出しの相手に容赦する必要は無いと爺さんが昔言っていたが、このぐらいは許してやろう。

「私を知らない?それなのにあんなにもてはやされて・・・お父様に言われて来たけれど、どうして私がこんな田舎に。」

 この人は一体何を言っているんだろうか。

 名前を聞いてきたと思ったら今度は勝手にブツブツ言い出したぞ。

 いくら俺だってココまで酷くないよな・・・?

 不安になったのでユーリのほうを見てみると首を横に振られてしまった。

 嘘だろ、俺もこんな感じなの?

 マジか・・・。

 気をつけよう。

「すみませんが、私も忙しい身でして用が無いのでしたらお引取り頂きたいのですが・・・。」

「ちょっと、私がわざわざ出向いたって言うのに追い返すと言うの?」

「わざわざといいますがこちらとしては事前に連絡も無く勝手に来られただけの話です。」

「なんてこと!私は商家五皇ペンディキュラの一角ホンクリー家の代表としてやってきたのよ!?」

「お名前も頂戴しておりませんので何処の何方かは存じませんが、御用があるのであれば事前に連絡するのが筋というもの。身分のある方であるならば、それこそ筋を通すべきではありませんか?」

 ペンディキュラってどこかで聞いたことあるんだよなぁ・・・。

 なんだっけか。

 何かとっても重要なものだった気がするんだけど。

 どうしても思い出せない。

 思い出せないという事はその程度という事だろう。

「ぐっ・・・!」

 正論で返されぐうの音も出ないようだ。

 ざまぁ見ろ。

 そのまましばらくワナワナと拳を握りしめたままジッと俺を睨んでいたのだが、

「つっ次に会う時は覚悟する事ですわね!」

 まるで茹で蛸のように顔を真っ赤にしながら捨て台詞をはくと、扉を荒々しく開けて出て行ってしまった。

 これで勝ったと思うなよ!

 なんて声が聞こえてきそうな去り際だ。

 突然降ってわいた嵐のような出来事に周りがシーンと静まり返っている。

 本当に一瞬の出来事だった。

 時間にして3分も経ってないんじゃないだろうか。

 インスタントラーメンよりも早く退場するとか、一体何しに来たんだろうか。

 わからん。

「皆さんお騒がせしました。」

 ぺこりと頭を下げると同時に固まっていた冒険者が一斉に息を吐くのがわかった。

 俺だってため息つきたいよ。

「災難でしたね御主人様。」

「まったくです。結局名前も言わずに帰ってしまいました。」

「雰囲気ではそれなりに身分の高い人のようでしたが大丈夫でしょうか。」

「大丈夫でしょうかと言われても私にはわかりません。」

 追い返しておいていまさらどうこうできるものではない。

 仮に身分の高い人だったとしてもまぁ、何とかなるだろう。

 最悪国王陛下に力を貸してもらうという手もある。

 チートを持たずにこの世界に来たけれど、自分で作り上げた他力本願の能力はチート級にまで成長した。

 普通は国王陛下に直接お会いする事なんて無いだろうからね。

「あれ、何か騒がしかったようですけど何かあったんですか?」

 と、騒ぎを聞きつけたのか穴から顔を出す子ウサギのようにエミリアがカウンターの奥から顔を出した。

「なんでもありません、大丈夫ですよ。」

「そうですか。」

 素材の買取で裏にこもっていたのでエミリアはさっきのやり取りを見ていないようだ。

 ご苦労様です。

「買い取り番号7番の方お待たせしました。」

 休息日明けは特に買い取り品の持込が多い。

 俺も少しは手伝えるがエミリアに追いつくのはまだまだかかりそうだなぁ。

 エミリアに呼ばれて冒険者がカウンターに向かう。

 仲間がいないところを見るとどうやら女性一人のようだ。

 珍しいな。

 さっきの人と違ってこちらは物腰も柔らかいしいい感じ。

 育ちがいいんだろうか。

 貴族だからって育ちが良いわけじゃないんだなぁ・・・。

 なんて、買取も終わったみたいだし査定品の仕分けにでも行きますかね。

「ユーリ、裏で仕分けをしているので何かあったら呼んでください。」

「わかりました。」

 なんだか嫌な予感がするけど今は仕事が優先だ。

 食事をしている間もひっきりなしで買取が行われていたから裏はすごい事になっているだろう。

 今日の夕方には商店連合の馬車が来て買い取り品を持って行ってくれる。

 それまでに何としてでも終わらせなければ。

 俺は気合を入れなおすと再び裏の倉庫へと戻るのだった。


「イナバ様これで以上ですか?」

「その箱で最後です。」

「全部で8箱、確かに確認いたしました。」

「よろしくお願いします。」

「またご贔屓に!」

 商店連合のエンブレムが描かれた専用の馬車に荷物が積み込まれていく。

 何とか集荷に間に合った。

 買取が山のように来てどうなる事かと思ったけど、バッチさんの手も借りてなんとか捌き切る事ができた。

 ほんと助かります。

 こうやって回収された素材は商店連合で再度検品され、買い取り金として別に振り込まれる。

 大体買取金額に二割上乗せされる感じだ。

 物によってはそれ以上の場合もあるそうだけど、今の客層からするとあまり珍しい素材が混ざることはない。

 あるとすればバーグさんが買取に来たときぐらいだろうか。

 馬車を見送り大きく息を吐くと白い吐息がオレンジ色の空へと昇っていく。

 気付けば外はもう夕暮れ。

 また前よりも陽が短くなっているような気がする。

 冬も本番、ほんの少し外に出ただけなのに指先が悴んでくる。

 あーさぶ、中に入ってあったかい香茶でもいただきますかね。

「シュウイチさんありがとうございました。」

「エミリアもお疲れ様です、すごい量でしたね。」

「査定し甲斐がありました。」

「あれを全部仕分けできるなんて、やっぱりエミリアはすごいです。」

「そんな、褒めても何も出ませんよ。」

 なんだ出ないのか、残念だ。

 出迎えてくれたエミリアと一緒に開いていた椅子に腰かける。

 この時間になると冒険者はダンジョンに潜っているか夕方の定期便で帰ってしまうのでほとんど残っていない。

 セレンさんが帰れば後は閉店するだけだ。

 今日は宿を利用する人もいないみたいだな。

「シルビア様帰ってきませんね。」

「そうですね。」

「何かあったんでしょうか。」

「仮にそうだとしたら村から誰か飛んできそうなものですけど。」

 つい先日大変な目に合ったばかりなのでこれ以上何かあってもらっても困るのだが、確かに遅い。

 迎えに行くべきだろうか。

「定期便を占拠した人と何かあったとか?」

「私じゃないんですからそれはないと思います。」

「御主人様にも自分が原因だという自覚があったんですね。」

「ユーリ、お茶を置くのか私をけなすのかどっちかにしてください。」

「別にけなしてなどおりません、驚いていただけです。」

「そんな驚くようなことですか?」

「てっきり無自覚なのだと思っておりましたので。」

 俺だって好き好んでトラブルに巻き込まれているわけではない。

 でもこの世界に来てから起きた数々の事件を考えると、やはり自分が原因じゃないかと思ってしまう。

 まさか自分が週刊誌の名探偵みたいな状況になるなんて。

 毎週誰かが死なないだけましか。

「別にシュウイチさんが悪いわけじゃないんですよ?」

「ほら。エミリアもそう言ってるじゃないですか。」

「ですが今日だって面倒なお客様に絡まれていたじゃありませんか。」

「面倒なお客ですか?」

「あぁ、エミリアは査定していて知りませんでしたね。」

 不思議そうに首をかしげる姿もまた可愛いですよ。

 ってそうじゃない。

「お昼にお金持ちそうな格好をした女性が一人やって来て、イナバ様に名前を尋ねたんです。」

「短いドレス姿でどう見ても冒険者ではありませんでした。」

「結局名前も名乗らず帰ってしまったんですけど・・・、そうだエミリア『ペンディキュラ』って何かご存知ですか?」

「え!?」

 単語を聞いた途端に目を真ん丸にして驚くエミリア。

 そんな顔も・・・(以下略

「エミリア様何かご存知なのですか?」

「ご存知も何も商家五皇ペンディキュラといえばメルクリア家も名を連ねる五大商家の総称ですよ!」

「えぇ!あの五大商家ですか!?」

「そう言えばそんな名前ありましたね。」

 そういえばそんなものがあるとこの世界に来て最初に説明を受けた気がする。

 商売人としては覚えておかないといけない存在。

 なるほど、そんな偉い人だったのか。

 知らなかった。

 ニケさんも驚くわけだよ。

 それならそうと最初に言ってくれたらいいのにさ。

 名前を名乗らないから・・・って名乗ってもわからなかったか。

「確かホンクリー家の代表がどうのと言っていましたね。」

「ホンクリー家と言えばメルクリア家と肩を並べる程の名家ですよ!」

「そうなんですか。」

「い、いったい誰が来たんですか?」

「さぁ、名前は名乗らなかったので30~40代ぐらいの女性でした。」

「という事はヤーナ様かラーマ様のどちらかですね。」

 あ、二人いるんだ。

 残念ながらそのどちらかまではエミリアにもわからないらしい。

 それにしても商家五皇ペンディキュラかぁ。

 ちょっとやばい人を邪険にしちゃったかな。

 商人の中でもかなり上の人みたいだし、前みたいにちょっかいかけられたりしないだろうか。

 あの兄妹もそこそこの立場の人間だったけど今回は格が違うみたいだ。

「例えばその二人のうちどちらかが怒らせると怖いとかあります?」

「そうですね、ヤーナ様でしたら比較的温厚な方ですから話せばわかってくださると思いますがラーマ様だとなかなか・・・。」

「なかなか?」

「思った事が叶わないと何をするかわからないです。」

「いや、子供じゃないんですから。」

「半分子供みたいな方なんです、本当に。家族のどなた様にも可愛がられ、特にヤーナ様には溺愛されておられます。そのせいか随分と我儘に育たれたようで・・・。あの、こんなこと言っていますが私やシュウイチさんよりも年上ですからね。」

 あー、うん。

 後者だわ。

 絶対後者だわ。

 まいったねこりゃ。

 よりによってそっちが来ましたか。

「でも、何故うちに来たんでしょうか。」

「さぁ、そこまではわかりません。」

「御主人様の噂を聞きつけたとか?」

「私の噂なんて不死身だ盗賊殺しだなんてものばかりですよ。そんな身分の高い人がわざわざ来る理由がわかりません。」

 問題はここだ。

 そもそも何しにこんな所まで来たんだろう。

 身分的にも普段は王都で暮らしているであろう人がこんな辺境の地に来るか?

 それこそよっぽどの事情が無いと普通来ないだろう。

 でだ、そのよっぽどの事情ってなんだよ。

 この辺にあるのは森とダンジョンそれと村ぐらいで誇れるものなんて正直何もないんですけど・・・。

 まさか!この俺の命を狙って!?

 ってこれはもう前回やられたのでもう結構です。

「状況から考えると定期便を半分占拠したというのもおそらく先ほど来られた方のせいでしょう。」

「まったく迷惑な話です。」

「事情があるんだと思いますがそれがわからない以上対応にも困りますね。」

「先ほどはどう対処されたんですか?」

「話があるのであればまず事前に連絡するのが筋ですとお話ししたんです。」

「御主人様に言われものすごく悔しい顔をされて出て行かれました。」

「そんな、追い返したんですか!?」

「名前も仰いませんでしたし、少しカチンときたものですからつい・・・。」

 俺だって相手がどういう人物かさえ分かっていればそれなりの対応はしましたよ?

 上から目線で来られてもぐっと我慢もできたものです。

 え、大人ならそこはぐっと我慢するべきだって?

 人を聖人君子か何かと間違えておられるのですか?

 イライラする時だってもちろんありますよ。

「今さら起きてしまったものは仕方ありませんね。」

「そうですよ落ち込まないでくださいイナバ様。」

「御主人様の骨はちゃんと拾いますのでご安心を。」

「不吉なこと言わないでもらえますかね!」

 こんな所で死ぬつもりはさらさらないぞ。

 いざとなったら国王陛下に泣きついてやる。

 本気だぞ。

 俺は本気だからな!

「シルビア様が戻ってこられないのもそれが理由でしょう。」

「大丈夫、シルビアなら何とかしますよ。」

 今頃事情を知って呆れた顔をしているんだろうなぁ。

 シルビアの困った顔が目に浮かぶようだ。

 なんて話していたその時。

「失礼する!ここにイナバシュウイチ殿はおられるか!」

 扉をバンと開け放ち本日二回目のお客様襲来。

 私設の兵士だろうか、家門入りの立派な鎧を身に着けている。

 ヘルムが邪魔で年齢まではわからないが、それなりの年はいってそうだ。

「私がイナバですが、どのようなご用件ですか?」

「ホンクリー家を代表してラーマ様よりお話がございます。明朝村まで参られよとのことです。」

「それは強制ですか?」

「ホンクリー家当主様のお言葉と思っていただきたい、拒否すればそれなりの報いを受けていただきます。」

 報いだってさ。

 それって立派な脅迫ですよね。

 これだから偉そうにしている人は嫌いなんだ。

 でも、俺だけならともかく断ったら他の皆にも迷惑がかかるんだよな。

 仕方ない、受けるしかないか。

「畏まりました。ですがこちらにも準備があります、時間を明朝から昼前までにずらすことは可能ですか?」

「確かに急な申し出です、致し方ありません。」

 お、この人は案外話の分かる人なんだな。

 育ちが良いと見える。

「では明日昼までにそちらへ参りますと、お伝えください。」

「確かにお伝えいたします。では!」

 拳で胸元をドンと叩くように礼をすると来たときと同じように勢い良く出て行った。

 やれやれ、面倒な事にならないと良いけど。

 後ろを振り返ると三人が不安そうな顔で俺を見ている。

 まぁ、なるようになるか。

 不安そうな三人に笑いかけ、俺は明日をどう乗り越えようか思案を巡らせるのだった。
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