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第十三章

穏やかに時は過ぎていく

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 年が明けた。

 あけましておめでとうございます。

 本年もよろしくお願い致します。

 以上!

 元の世界では年明け三が日まではお休みとよく言うけれど、この世界に正月はない。

 むしろ年越し年明けの概念もない。

 昨日は無理を言って年越しなんて事をしてみたけれどそもそも時計が無いのでカウントダウンすらできず、眠たくなった頃に解散という流れとなった。

 朝起きたら年が明けていた。

 職場のソファーで初日の出を浴びたことを考えると、ベッドで朝日を浴びれることをありがたいと思うべきだよな。

 本年もしっかり頑張ります。

「あー、さぶ。」

「なんだシュウイチ情けない声を出して。」

「日は随分と冷え込んだなぁと思いまして。」

「もう冬も草期だ、これからもっと寒くなるぞ。」

 裏口から外に出ると家から出てきたシルビアとばったり出くわした。

 二人とも吐く息が白い。

 そうだよな、1月って寒かったよな。

「寒いのは苦手なんですよね。」

「体を動かせば暖かくなるものだ、どうだ軽く手合わせするか?」

「したいのは山々なんですが、昨日の後片付けが溜まってまして・・・。」

 昨日は夜も遅いからという理由で片づけをしなかったので、朝から開店準備に大あらわだった。

 机を直して掃除をして、洗い物なんかは桶にまとめて井戸の前に放置してある。

 なんとか開店には間に合わせたものの、まだまだ散らかったままだ。

「手伝いたいのは山々なんだが、この後父上に呼ばれていてな。」

「こっちは大丈夫ですから気にせず行ってください、先日の件についてですよね?」

「あぁ、報告書は騎士団とプロンプト様に上げてあるからその返事だろう。同様の被害が他の場所でも起きていたそうだからそれについても聞いてくるつもりだ。」

「時間があったら顔を出しに行きます。」

「無理はするなよ。」

 よく見ると外套の下にいつものハーフプレートを着こんでいる。

 話を聞きに行く割には重装備だ。

 はて、何かあるのかな?

 言い出さないってことは何か事情があるのかもしれないけど・・・。

 シルビア様の事だ必要があれば言ってくれるだろう。

「シルビアも気を付けて。」

「あぁ、行って来る。」

 カッコ良くくるりと外套を翻してシルビア様が出かけていく。

 さすがうちの奥さん、相変らず絵になりますなぁ。

 さて俺も自分の仕事を片付けちゃいますかね。

 店はエミリアとニケさんに丸投げしているので問題ない、セレンさんの体調もよさそうだしユーリもいるから宿の方も十分回るだろう。

 無理そうなら声をかけるように言ってあるし、なんだったらバッチさんがいる。

 行商に出るのは昼過ぎからだから今頃手伝いをしてくれているはずだ。

「さて、やっちゃいますか。」

 まずは溜まった洗い物を片付けて、その後に冷え切った体を温めるべく倉庫の片付け。

 ついでに在庫を確認して商品補充の手配っと、なんだかんだやる事は多いな。

 仕事が多いのは良い事だ。

 客足が遠のいたときのあの暇さを考えれば苦にもならない。

 そうだ、こっちが片付いたらダンジョン拡張の準備に取り掛からないと。

 いよいよ当初目標にしていた20階層までの拡張だ。

 10階層同様階層主を誰にするか、それも詰めておかないと。

 楽しみだなぁ。

 桶に井戸の水を流し込み、別の小さな桶にジャパネットネムリで買った洗剤を入れておく。

 洗剤を少量取りジャバジャバと水で流しながら汚れを取っていく。

 泡立ちもいいし油汚れも面白いぐらいに取れていく。

 うーむ、この手軽さ今までの苦労は何だったんだろう。

 しかも、これだけ汚れが落ちるのに化学薬品を一切使用していない植物由来の洗剤なので環境にも安心!

 ってどこのショップチャンネルだよ。

 綺麗に洗ったら店の裏に設置している乾燥用の棚に並べて・・・よし、これで水仕事は終了だ。

 ほんとこの時期の水仕事って苦行だわ。

「あ、イナバ様ここに居たんですね。」

「ニケさんどうしました?」

「少し手が空いたのでお手伝いしようかと。」

「ありがとうございます、でも洗い物は終わってしまったのでそのまま在庫確認しちゃいますね。」

「手、痛くありませんか?」

「これぐらいでしたらなんとか。」

 真っ赤になった手を見てニケさんが心配してくれたようだ。

 定期便の日なのにもう手が空いたって、今日は少なかったのかなぁ。

「もし手が必要でしたらおっしゃってくださいね。」

「ありがとうございます。お客さん少なかったんですか?」

「少し少なめでした。なんでも定員いっぱいで乗れなかった人もいたとか。急遽増便して対応しているそうです。」

「珍しいですね。」

「聞いた話では普段見ないような人が定期便の半分を占拠していたとか。」

 はて、いったい誰だろう。

 労働者でも冒険者でもないような人が定期便を利用するだろうか。

 珍しい人といえば元老院のあの方々とかププト様とかがあり得るけど、あの人たちなら専用の馬車で来るもんな。

 わざわざ定期便を占拠するようなことはしない。

 もしかしてシルビア様が鎧を着て行ったのもそれが関係しているのか?

 わからん。

 定期便に乗ってきたのにここに来てないという事はおそらく用事は村だろうけど・・・。

 ま、いっか。

「増便で対応という事はこの後忙しくなるかもしれませんね、急いで在庫確認してしまいます。」

「お願いします。」

「食事もとれる時に早めにとっておいてください、確か昨日の残りがあったはずです。」

「セレンさんに聞いておきますね。」

 さすがにセレンさんのとっておきは昨日食べてしまったけど、それでも食べきれないほどの料理を作ったのでまだまだストックが残っている。

 どれも日持ちする奴なので当分は食事に困らないだろう。

 冒険者に出す食事は別に準備してくれるみたいだし、ご飯だけでも正月気分を味わえるかな?

 悴む手をさすりながら倉庫に入り、これまた押し込まれた荷物の整理から始める。

 あれやこれやとしているうちにあっという間に時間が過ぎ、一息ついた頃にはお昼を随分と回ってしまっていた。

 倉庫から店に戻るとエミリアと目が合った。

 どうやら素材の査定をしているようだ。

「シュウイチさんご苦労様でした。」

「エミリアもお疲れ様です、やっぱり忙しくなったみたいですね。」

「何とかなりました。増便した方は半分以上が冒険者の皆さんだったみたいで・・・。」

「多いわけです。」

「なんでも冒険者は乗るなと急に言われて一度は追い返されたと言っていました。たまたまそれを知った輸送ギルドの人が急遽増便して対応してくださったそうです。」

「そうだったんですね。」

 冒険者を追い出すなんてどういうことだ。

 うちの大切なお客さんなんだぞ。

 輸送ギルドの関係者が増便手配をってことはおそらくバスタさんがやってくれたんだろう。

 今度お礼を言っておかないといけないな。

 覚えておこう。

「冒険者を追い出すだなんて、いったいどういうつもりなんでしょうか。」

「ふふ、ホント困ったものです。」

「どうして笑ってるですか?」

「いえ同じことで怒っていたので思わず。」

 怒った顔も可愛いので二倍美味しい奴です。

 ありがとうございました。

「だって増便されなかったらお客さん少なくなったんですよ。せっかく新年を迎えたっていうのに。」

「本当ですね。」

「いったい誰がこんなことをしたんでしょうか。」

「乗っていた本人に聞くしかないですが、ここに来ていない以上村の方に用事がある人なんでしょう。さっきシルビアさが村に行きましたから何か知っているかもしれません。」

「そう言えばニッカさんに呼ばれているんでしたね。」

「鎧を着て行ってたんですけど、エミリア何か知っていますか?」

「鎧を?ごめんなさい詳しくは聞いていなくて。」

 そうか、エミリアも聞いていなかったか。

 ま、聞いてないなら仕方ない。

「そう言えばあの三人は?」

「朝一の定期便で街に向かわれました。」

「戻ってきたら中級冒険者ですか。仕事も増えますしこっちに来ることも少なくなるかもしれませんね。」

「そうですね。」

「ちょっと残念ですけど、大きくなってまた来てくれる事でしょう。」

「ダンジョンを大きくすればまた来てくださいますよ。」

 中級冒険者になれば仕事が増える。

 仕事が増えればお金も増えるので装備も新調できるし、新調すればより上の仕事だってできるようになる。

 落ち着くまではしばらくかかる事だろう。

 うちのダンジョンは初心者向けだし、ちょうどいいのかもしれないな。

 拡張すれば中級冒険者にも対応できるようになるしそしたらまた来てくれるさ。

「お昼はもう食べました?」

「はい、さっきお先にいただきました。」

「じゃあ私も食べてきます。」

「ごゆっくりどうぞ。」

「ありがとうございます。」

 そんな話をしていたら腹の虫が小さくグゥと鳴いてしまった。

 それもそうか、朝からずっと何やかんやしてたもんなぁ。

 エミリアが反応していない所を見るとどうやら聞こえなかったらしい。

 いや、聞こえてて無視してくれているのかも。

 これ以上邪魔をすると査定に支障が出そうなので後を任せて宿の方に向かう。

 一段落しているとはいえ、こっちもまだまだ忙しそうだ。

 開いている机が無かったので仕方なく相席させてもらう事にした。

「すみません横いいですか?」

「あ、イナバ様!もちろん大丈夫です!」

「すみませんね話し合いの最中なのに。」

「気にしないでください、話し合いっていうか雑談みたいなもんなんで。」

「なぁ、あの噂本当かな。」

「知らねぇよ、聞きたかったら自分で聞けって。」

「でもよぉ・・・。」

 なんだなんだ?

 また変な噂とか称号がついてしまったのか?

 今度は何だろう。

 正直不死身よりも上の称号ってないと思うんだけどな。

 言っとくけど俺死ぬから。

 普通に死ぬから、そこんところ誤解の無いようによろしくお願いします。

「どうかしましたか?」

「あ、いえ、その・・・。」

「おい、今しかないって。」

「わかってるって!」

 仲間にせっつかれるように一番近くの若い冒険者が意を決したようにこちらを向いた。

 愛の告白ならお断りするところだけど・・・。

「あ、あの!ガンドさんがここに来るって本当ですか?」

「はい?」

「噂で、ガンドさんとジルさんがここに就職するって聞いたんですけど・・・。」

 なんだって?

 あの二人がここに就職する?

 えっと、どういうこと?

「申し訳ありません、今のところそんな予定はありませんがそんな噂になってるんですか?」

「ほら見ろやっぱり嘘だったんだって。」

「だってよ、本人から聞いたって奴がいたんだって!」

「それが嘘だったって言ってんだよ。冒険者をやめるって言ったガンドさんがなんで冒険者相手の商売するんだよ。」

「でもさ、前に店開くって言ってただろ?」

「あれは面倒だからやっぱりやめるって自分で言ってたじゃねぇか。」

 おーい、盛り上がってるところ悪いんだけど詳しく聞かせてもらえないかなー?

 確かにあの二人がいたら冒険者は喜ぶだろうけど、あの二人がそれで満足するだろうか。

 片腕が無いとはいえ実力はこの間十分に見せてもらった。

 あの人一人で中級冒険者数人分の実力がある。

 その人がこんな辺境の店でジッとしていられるんだろうか・・・。

「またその噂について詳しい事が分かったら教えてもらえますか?」

「はい、わかりました!」

「確かにこの間は手伝ってもらいましたけど、ガンドさんがここに居る姿想像できます?」

「ジルの姐さんはともかく正直ちょっと・・・。」

「だよなぁ。」

「腕ならしで毎日ダンジョンに潜ってたりして。」

「あはは、ありえる。」

 いやそれは勘弁してください。

 確かに毎日通ってもらえればあの二人なら十分な魔力を回収できるだろうけど、それ以上に魔物を狩られてしまって結果マイナスだ。

 もし就職とかいう話になったらその辺は重々言い聞かせておかないと・・・。

 ま、そんな事も無いか。

「御主人様お食事をお持ちしましたが、お話の途中でしたか?」

「すみません俺達行きますんで!」

「どうぞ気を付けて行ってらっしゃい。」

 ユーリが食事を持ってきてくれたと同時に慌てて荷物をまとめて出て行ってしまった。

 なんだろうまるでユーリを怖がっているような・・・・。

「いくら御主人様とはいえその発言は失礼です。お食事は不要という事でよろしいですね?」

「申し訳ありませんでした。」

「まったく、気を聞かせてくれただけではありませんか。」

「何もしてないんですか?」

「むしろ怖がられる理由をお聞きしたい所です。」

 それもそうか。

 見た目は彼の最高傑作だけあって非常に整っている。

 中身はまぁ、ご存知の通りだが怖がられる要素はどこにもない。

「そういえばガンドさんとジルさんがここに就職するという噂を聞いたんですが、ユーリは何か聞いていませんか?」

「確かにそのような事を話している方はおられましたが、残念ながら詳しくは。」

「そうですか。」

「お二人をお雇いになるんですか?」

「今のところその予定はありませんが、確かにセレンさんの出産のことを考えると春までには後任を決めておきたい所ですね。」

「確かにあのお二人なら冒険者の相手をするに相応しいだけの知識と経験をお持ちです。」

「後は料理が出来るかどうかですけど・・・。」

 ガンドさんが料理好きという話は聞いた事が無い。

 ジルさんはできるかもしれないけれど、その実力は未知数だ。

 最悪ユーリに調理専門で入ってもらう事も出来るけど、それではダンジョンの方がおろそかになってしまうし・・・。

 両方兼ね備えるというのはなかなか難しいな。

 特に住み込みで入ってもらうことを考えると余計にだ。

 別に家を建てるか、村に住んでもらうか。

 でも村にも宿を建てるし、それならいっそそっちで働いてもらった方がいいんじゃないか?

 あ、でもそうしたらお金が回らないか・・・。

 うーむ、難しい所だ。

「御主人様、考えるのは良いですが早く食べないと冷めてしまいますよ。」

「おっと、そうでした。」

 まぁあくまでも噂だし気にすることでもないな。

 それよりも今は腹の虫をなだめてあげるほうが先決だ。

 忙しくも穏やかな一日。

 このままこんな日が続けばいいなと、美味しい食事を食べながら思うのだった。
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