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第十二章

番外編~三匹のヒナがに大空に羽ばたく日~

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忘れ物がないかもう一度確認する。

持てるだけの食料に非常用の薬も入れた。

この前貰ったお守り代わりのポーションもちゃんと入ってる。

これで何度目かの確認。

それぐらい緊張しているようだ。

「それじゃあ行くわよ。」

「いつでも行けるぜ!」

「予定通り最小戦闘で目的の第8階層を目指します。そこで一度休憩してじっくり8,9階層を攻略。余裕があればいよいよ10階層です。」

「そこを越えれば転送装置が使えるようになるのよね。」

「最初の難関と言えるでしょう。でも、今の私達なら乗り越えられるはずです。」

「当たり前だろ!だってあの襲撃を乗り越えたんだからな!」

あの襲撃。

大量の魔物が村を襲ったが居合わせた冒険者と村人が精霊様の力を借りて見事に撃退したといわれている。

噂は風に乗り今や王都でもその話題でもちきりらしい。

なんでも精霊様に守られた村があるとかないとか。

世のなか全てが伝わらなくていい事もある。

もし伝わっていたら、それでまた大変な事になっていただろう。

小雪の舞う中、三匹のヒナは自らを喰らおうと口を開けるダンジョンの前に堂々と立っていた。

「何とか三日で帰って来たいな。」

「10階層を踏破できれば二日で帰れますよ。」

「ちょっと、そんな簡単に言わないでよ。」

「じゃあ無理なのか?」

「馬鹿言わないでくれる?二日もあったら十分に決まってるじゃない。」

三匹のヒナからは大きな自信が感じられる。

ここに来たばかりの頃と比べればまるで別人のようだ。

それだけあの襲撃という物が大きな糧となったのは間違いないだろう。

自信は強さに変わる。

彼らはお互いの目を合わせて大きく頷くと、ダンジョンの中へ足を踏み入れるのだった。


「行っちゃいましたね。」

「きっと大丈夫ですよ。」

「エミリア様は心配じゃないんですか?」

「心配ですけど、あの三人でしたら無事に帰ってくると思います。もしかしたら初心者を卒業して戻ってくるかもしれません。」

「そしたらお祝いする内容が増えますね!」

「その時はシュウイチさんにお願いをしてとっておきを出してもらいましょう。」

ダンジョンに消えていく三人を見送りながら商店のうら若き乙女が話しに花を咲かせている。

と、そこにもう一つの花が森の中から戻ってきたようだ。

「ただいま戻りました。」

「あ、ユーリ様おかえりなさい。」

「お疲れ様でした、森のほうはどうでしたか?」

「大方回収しきったようで特に問題はありませんでした。残っていたとしても今頃他の生き物のお腹に消えてしまった事でしょう。問題があったとすれば木の皮がだいぶ食べられていましたが、精霊様に言わせれば特に問題ではないそうです。」

鹿が木々の新芽を食べる事は有名だが、それとは別に表皮も食べる。

それによって木々が弱り食べられた部分から腐食、風害により倒木なんて被害も報告されている。

たかが鹿とあなどってはいけない。

「村にも大きな被害はありませんでしたし、これで一安心でしょうか。」

「あれだけの魔物に襲われてこの程度の被害、これもシュウイチさんのおかげですね。」

「御主人様というのには若干語弊がありますが、あながち間違ってはいないのでしょう。私とニケ様はこちらに避難しておりましたのであの日どのような戦いが行われていたかわかりませんが、皆様口をそろえて御主人様のおかげで助かったと申しておりますから。」

「シュウイチさん頑張ったんですよ。」

「それは存じております、あの方はいつも誰かの為に必死ですから。」

本人が聞けば必死で否定しそうなものだが、商店に本人の姿は無い。

恐らくまた誰かの為に何かしているのだろう。

「でも、そのシュウイチさんが珍しく我侭を言ったんです。」

「その為に店をほったらかして買出しにまで行くんですからよっぽどですよね。」

「先日の件で騎士団やプロンプト様への報告もありましたから。でも、今回は何が何でも帰ってくるそうですから心配しなくて良さそうです。」

「シア奥様も一緒ですから大丈夫でしょう。」

今日は冬の節種期休息日前日。

あと三日もすれば草期がはじまる。

また彼が何かを企画したらしい。

それも商店や村の為じゃない、自分の為にだ。

だが、それに関しては語る時ではない。

小雪の舞うダンジョン入口を乙女達がじっと見つめる。

「皆さん間に合うと良いですね。」

「大丈夫、間に合いますよ。」

「あの三人でしたら必ずやり遂げます、私自慢の教え子なのですから。」

稀代の錬金術師に生み出された世界で唯一の人造生命体ホムンクルス

そしてシュリアン商店のダンジョン妖精。

その彼女に師事した者は皆、その後大成したという伝説が残されるのだがそれはだいぶ未来の話である。

そして三匹のヒナもまた、その伝説の一部となる。


「そっち行ったわよ!」

疾風のような遠距離攻撃をすり抜けてオオカミの魔物が彼らに迫る。

俊敏な動きで一気に距離を詰め、狙うは仲間を殺した憎き弓手の喉笛のみ。

ステップを踏むように右に左にと動き、狙いをつけた次の瞬間。

「任せとけ!」

進路を遮るかのように突然現れた剣士の一撃により魔物の命はそこで潰える。

返り血を拭い再度構える頃には、もう一匹が僧侶の重厚なメイスによって頭を叩き潰されていた。

「なかなかやるじゃない。」

「そりゃそうさ、いつまでも昔の俺じゃねぇよ!」

「今まででしたらあんなふうに魔物の前に立ちふさがるなんて事出来ませんでしたね。」

「あの魔物に比べたらこれぐらいどうって事ねぇよ、一匹倒せばそれで終わりだ。」

「いくら弱い魔物とはいえ終わりが見えない事に比べたらマシよね。」

三人には安定感があった。

初心者とはいえそれなりに経験を積んできた三人なのでこれまでもそれなりには戦えていたが、不測の事態にはどうしても弱かった。

接敵されると上手い連携が取れず、結果として怪我をしてしまう。

そうなれば攻略はそこで終了だ。

これまで彼らがなかなか先に進めなかったのもそれが原因の一つだった。

だが、今の彼らは違う。

お互いがお互いを信頼し合い自分の役割をこなしている。

仲間がいるから全力で戦える。

それが彼らを変えた一番の要因と言えるのではないだろうか。

「今どの辺だっけ?」

「もうすぐ6階層です、今までの最速記録ですよ。」

「罠にかかる回数が少ないんだもの当然よ。」

「ユーリさん直伝の観察眼にかかれば罠なんて敵じゃねぇな!」

「ほんと、よく見れば罠ってわかる様になっているのね。」

ここで誤解しない様に言っておくが決して罠がどこにあるかを教えているわけではない。

彼女の教え子ではあるがダンジョンの中に入ればその関係は一切関係なくなる。

ダンジョン妖精と冒険者。

敵対する関係である以上、自分の不利になるようなことは絶対にしない。

ユーリが教えたのはただ一つ。

目の前にある景色をよく観察する事。

おかしな部分はないか、怪しい部分はないか、魔物はどこにいるか。

ユーリと共に森を巡回する中で彼らが獲得したその力は皮肉にもダンジョンの中でいかんなく発揮されている。

これもまた彼らの成長と言っていいのだろう。

「今までどうしてわからなかったんだろうな。」

「私はそれなりにわかったわよ?あんたが何の考えもなく突っ込んでいくから悪いのよ。」

「俺のせいかよ!」

「でも、引っかかるのはいつも決まってトリモチの罠でしたからそれはそれですごいと思います。」

「あれ動きにくくなるから嫌いなんだよな。」

「そういう問題?」

「馬鹿、敵の動きを避けるにはそれが重要なんだよ。」

「アンタ避けたことあったっけ?」

「・・・ないかな?」

彼の持ち味は敵を前にしても動じない安定感。

敵の動きを素早く避けるというよりもしっかりと見極め適切に攻撃を去なしていく。

小さな盾と剣を華麗に使い、仲間の援護を待つのだ。

前衛の多くは大きな盾を持ち重厚な装備を身に纏って攻撃に耐えるがどうやら彼の性分ではないらしい。

「ともかく今は先を急ぎましょう、早く着けばゆっくり食事が出来ますよ。」

ダンジョンでの食事は冒険者のモチベーションを保つために重要なイベントだ。

低階層であればその日のうちに帰還できるのであまり量を持ち込まないが、今の彼らのように日をまたぐ場合にはどうしても荷物が増えてしまう。

良い物を食べたいと思えば思う程荷物が増える。

荷物の増加は動きを阻害し進行を遅らせる。

かといって量が少なければ帰還途中に飢えて力が出なくなる危険もある。

適切な量を見極めて持ち込むのもまた、冒険者に求められる技術と言えるだろう。

普段はあまり食料を持ち込まない彼らも今回ばかりは多目に持ち込んでいるようだ。

これも全て先に進むために必要な物。

ダンジョン内での食事の重要性をよく理解している。

まぁ、今回に限って言えば別の理由によるものだ。

その後、快進撃を続けた三人は無事に第8階層へとたどり着き魔物の出てこない特別な部屋で疲れた身体を癒していた。

「にっくにく~、美味しい美味しいやっきにく~。」

「ちょっとやめてよ。」

「楽しみだなー、こんな贅沢な食事初めてじゃないか?」

「お肉だけはいっぱい貰えましたからね。」

どうやら食事は僧侶の彼が担当するようだ。

背負っていた荷物から素早く調理器具を並べ、食材を調理していく。

メインの食材は肉。

僅かながら野菜などもあるようだが、大部分は肉だ。

その間に残りの二人は装備の整備に時間をかける。

自分達の命がかかっている大切な武器だ、手を抜けばそれが自分達に帰ってくることも良くわかっている。

「お肉もそうだけど今思えばアレのおかげで成長できたのよね私達。」

「それだけではなく見習うべき師がいたことも重要でしょう。」

「シルビア様の教え、『戦士は食べられるときに食べるべし!』だろ。」

「アンタは食べることばかりじゃない。」

『戦士は休める時に休む』というものもあったはずだが、今の彼には食べること以外頭に無いようだ。

それも仕方ない。

ダンジョンに潜って丸1日休み無く戦い続けたのだ。

途中小休止しながら携帯食料などは口にしていたものの、これだけしっかりとした食事は初めてだ。

そうなるのも仕方ない。

「ねぇ、本当に魔物が出てこないのよね?」

「そう聞いています。初心者の為にそういった場所をワザと作っているとか。」

「ダンジョンなのに良いのかよ、いや、ありがたいんだけどさ。」

「それだけ私達の事を考えてくださっているのでしょう。」

「不思議な人だよな、イナバ様って。」

「本当ね。ただの商人なんて言ってるけど絶対に嘘よ、じゃないとあんなずっと最前線に居られる筈ないわ。」

周りを戦える人間が守っていたとはいえ、彼らには信じられない光景として記憶に残り続けるだろう。

襲い来る魔物に恐れる事無く前線で指示を出し続ける商人。

彼が本当に商人かどうかを確かめるすべは何一つ無い。

「あのシルビア様が認めたんだからそれよりも強いってことだろ?」

「ガンドさんやジル様までイナバ様の事を認めておられます。」

「片手でディヒーアを叩き切るあのガンドさんがだぜ?信じらんねーよ。」

「一つ言えるのはアンタよりもすごいって事よね。」

「うるせぇ!今に俺もあの人みたいになるんだよ!」

「期待してますよ、はい二人ともお待たせしました。」

じゃれあう二人の前に焼きあがったお肉が用意された瞬間、お互いの動きがぴたっと止まった。

どこからか腹の虫が鳴いたような気もしないではないが、そんな事につっこむ余裕すらなさそうだ。

「この食事をお与えくださった神に感謝を。」

「「いただきまーす!」」

祈りをささげる間に子供のように肉にかぶりつく二人。

しばし食事を楽しんだ後は交代で仮眠を取り英気を養う。

魔物が出てこないとはいえ警戒を怠ることはできない。

なにがおきるかわからない、それがダンジョンだ。

そのダンジョンの奥、目指すは第10階層。

彼らには未踏の地ではあるものの進む事に不安は無い。

なぜなら自分達が目指す背中がその先にあるからだ。

その背中に追いつく為にもこんな所で止まっていられない。

間近で見た強者の背中が追いかけて来いと呼んでいるように見えたのだろう。

「準備良し、忘れ物ない?」

「薬草が心もとないけど何とかなるだろ。」

「荷物の空きを考えるともう少し補充してから来るべきでした。」

「あー、そこらへんに薬草落ちてないかなぁ。」

「そんな前みたいなことあるわけ・・・」

「呼ばれて飛び出てシュリアン商店ダンジョン出張所、誰かオラを呼んだべか?」

突然三人の前に現れたのは怪しいオッサン。

子供のように小さなオッサンが身の丈に合わない巨大なリュックを背中に背負って不気味な笑みを浮かべている。

失礼、本人からしたら営業スマイルのようなのでこれ以上言うのは止めておこう。

「「「バッチさん!」」」

「ありゃいつもの三人だべ、随分奥まで来たんだなぁ。」

「これから10階層にいくんです。」

「10階層!そりゃ大変だ!足りない物ないか?大丈夫か?足りない物があったらオラが用意してやるから何でも言え!もちろんお代は頂戴するけんど・・・。」

小さなオッサンが揉み手でニコニコしているのは正直言って怖い。

どんな人か分かっているから驚いただけで済んだようなものの、全く知らない人からしたら魔物と間違えてもおかしくない。

彼の売上が伸び悩んでいるのはもしやこれが原因では無いだろうか。

いや、その話はまたにしておこう。

「では薬草をお願いできますか?」

「あ!予備の矢も欲しい!」

「それなら研ぎ石!」

「ちょっと、自前の持ってるじゃない。」

「俺だけ無いとかずるくないか?」

「ずるいとかずるくないかじゃないでしょ!安くないんだからね。」

「えーっと、薬草が銅貨40枚で普通の矢が100本銅貨20枚でそれから・・・、薬草は一つで良いのか?」

「では二つお願いします。」

いつもの値段を考えると少々割高設定だ。

通常価格は薬草銅貨30枚、矢は10枚となっている。

「あわせて銀貨1枚だな。」

「ではこれを。」

「じゃあ商品と、あとおまけだべ。」

「「「おまけ?」」」

小さなオッサンが取り出したのは注文の品、それと一本の小瓶だった。

緑色の液体で満たされた小瓶にはお守りと同じ刻印してある。

「オラからの餞別だ、イナバ様には内緒だぞ?」

「「「ありがとうございます!」」」

三人がお礼を言い頭を上げたときにはもう小さなオッサンは居なくなっていた。

シュリアン商店のダンジョンに出没する小さなおっさん。

そのオッサンに出会った者は小さな幸運に恵まれるという噂があるらしい。

そんな噂を知ってかしらずか、三人の顔はよりやる気に満ちていた。

「バッチさんにここまでされたら負けられないよな。」

「当たり前よ、これで逃げ帰ったら合わせる顔が無いもの。」

「皆さんの御期待に沿えるよう全力で頑張りましょう。」

「うん!」

「まかせとけ!」

目指すは10階層。

そこに居る階層主を倒すことが今回の目標だ。

大勢の人に背中を押されて三匹のヒナが歩みを進める。

未踏の9階層を通り抜け、10階層へ。

そして最後に立ちはだかったのは一つ目の巨人。

この先に待つ大空へと向って目指すべき背中を追って、お互いがお互いを信じ最後の戦いへと身を投じる。

それぞれが死力を尽くした戦いの結末は果たして・・・。


「雪、止みましたね。」

「えぇ。」

「もうすぐ日が暮れますね。」

「そうですね。」

「そろそろ始めるか?」

「いえ、もう少し、もう少しだけ待ってください。」

寒空の下、店の主人がじっと見つめるのは自分のダンジョン。

休息日に入っているので戻ってくるのは中に入っている冒険者だけだ。

彼らがダンジョンに潜ってはや二日。

予定では今日、もしくは明日戻って来る。

できるなら今日戻って来て欲しい、そう願いながら彼は一日に何度もダンジョンの方を見続けていた。

彼は信じていた。

三匹のヒナは必ず帰って来る。

大きな壁を乗り越えて、大空へと羽ばたく為に。

「あ、シュウイチさん!」

「ほら見ろ、ちゃんと帰って来たではないか。」

二人の声に慌てて顔を顔を上げると、そこにいたのは未来の鳳。

傷だらけでボロボロのようにみえるけどしっかりとした足取りでこちらに歩いてくる。

遠くて見えないがその顔は自信に満ち溢れている事だろう。

「二人とも、頼んでいたアレすぐ準備できますか?」

「言われなくても準備万端だ。」

「すぐセレンさんに出してもらいますね!」

慌てて中に戻る二人とは逆に、彼は三人を迎えに店を出る。

こちらに手を振る三人に彼も手を振って応えた。

「おかえりなさい。」

「「「ただいま戻りました!」」」

澄んだ冬の空にどこまでも響く元気な声。

それはまるで彼らの未来を表しているようだった。
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