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第十二章

フライングにはご注意を

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もうすぐ陽が昇る。

うっすらと空が白んできた。

それと並行するように気温がドンドンと下がってくる。

吐く息が白い。

風も吹いていないのに寒さで顔が痛くなってくる。

この感じ、間違いなく氷点下だ。

この冬一番の寒さに放射冷却が加わって後一時間もしないうちに一気に冷え込むだろう。

やるとしたら今しかない。

「今どんな感じですか?」

「そうだな、9割方終わっている。後は雪をかぶせて固めれば仕舞いといったところだ。」

「では念には念を入れましょう。」

「まだ何かするのか?」

二人の吐く息が空高く昇っては消えていく。

徹夜明けでしんどいだろうけど皆にはもう一頑張りしてもらおう。

「すみません、水を汲んできてもらえませんか?」

「水ですか?」

「そうですね、甕三つ分ぐらいあれば十分です。」

「分かりました。」

近くで作業をしていた人にお願いすると何人か連れて向かってくれた。

半日続けられた雪壁用のレンガ造りはもう終わっている。

今続けられているのはレンガのつなぎ目に雪を押し込んでいく作業だ。

高さ2mを越える雪の壁が俺達の前に聳え立っている。

幅はレンガ3個分。

横縦横の順で並べることで正面からの衝撃を分散し、ちょっとやそっとじゃ壊れない強靭な雪の壁が出来上がった。

よく半日でこれが出来たものだ。

これも夜を徹して作業に当ってくれた皆のおかげだな。

正面から横に伸びる細い雪壁もほぼ完成だ。

ちょっと高さが足りないのでその辺りは何とか間に合うだろう。

「イナバ様お持ちしました。」

「ありがとうございました。」

と、早くも大きな甕に入った水が運ばれてきた。

あれ、これ防火用の水じゃ・・・。

まぁいっか。

「水なんてどうするんですか?」

「これを雪壁にかけていくんです。」

「そんなことしたら解けちゃいますよ!」

「そうですよ!折角ここまで組み上げたのにどうしてですか!」

「まぁ最後まで聞け、シュウイチのことだまた変な事を考えているのだろう。」

そんなに変な事ばかりしてるかなぁ。

思い返してもそこまで酷くは無いと思うんだけど。

でも自分が思っているのと他人が思っているのは違うって言うし、やっぱり俺は変なんだろう。

自覚がないわけじゃないしね。

「太陽が出ると気温が上がってしまいます。その前に水をかけ、放射冷却が効いているうちに一気に凍らせるんです。」

「「「凍らせる?」」」

シルビアを含め話を聞いていた数人が首をかしげる。

「えぇっと、冬の漁って冷え込みますよね?それも日に寄って冷え込み方が違うと思うんですけど、今日みたいによく晴れて風のない日は地表の熱が空に逃げるので冷え込みが厳しくなるんです。その寒さを利用すれば雪は解けることなく凍る事でしょう。その上からさらに雪をかぶせれば気温が上がっても溶ける心配はありません。」

「シュウイチは学者か何かなのか?どうしてそんなことを知ってるんだ?」

「え、放射冷却しりません?」

「日によって冷え込みが違うのは知っているがそれに名前があるとは知らなかった。確かに晴れた風のない日の方が寒い様な気もするな。」

「イナバ様がそう言うんだから間違いないんだろう。」

「やるか?」

「やるしかないだろ、陽が登るまであと少ししかないんだ。」

「水をかけると言っても軽くでいいですからね。」

とりあえず手本として水を救って軽く目地の部分にかけてやる。

結合部が凍ればより強度が増してくる。

上から順に水をかければ下に落ちる間に他の部分にもかかるので一石二鳥だ。

「後はお願いできますか?」

「任せてください!」

「水をかけ終わりましたらルシウス君に行って雪を追加してもらってください。」

「わかった。」

「シルビア、ユーリの姿が見えないんですけどまだ戻って来てませんか?」

「斥候に出たまままだ戻って来ていないな。時間的にそろそろ戻って来てもいいんだが・・・。」

何度妖精に聞いても詳しい襲撃時間はわからなかった。

なのでユーリにはもう一人を連れて状況を確認するべく現地へと向かってもらっている。

え、もう一人は誰かって?

最近ユーリに弟子入りした三人組の紅一点ですよ。

残りの二人は少々頑張りすぎて現在使い物になりません。

まぁ昼までに回復すればそれでいいか。

「時間的にまだ余裕があると考えておきましょう。ユーリは必ず戻ってきます、下手に緊張しすぎないようにみんなにも言っておいてください。」

「そうだな、緊張しすぎてはいざとなった時に動けなくなる。」

「起きた人から順に食事をとっていただきましょうか、もちろん私達も。」

「腹が減ってはという奴だな。」

「えぇ、空腹は最大の敵ですよ。」

某おばあちゃんのセリフを思い出すなぁ。

おっと、涙が。

現在エミリアとニケさんは仮眠中だ。

二人が起きてきたら交代で俺達も少しだけ休憩する。

流石に完徹出来る程若くはない。

おっかしいなぁ昔はできたのになぁ・・・。

「出来る事なら戦いたく無いものだな。」

「そうですね、お互いに無駄な血を流さすに済めばそれでいいんですけど・・・。相手が相手だけに難しい話です。」

「それでもこれだけ準備したのだ、皆の頑張りが無駄にならないことを祈る。」

「そうですね。そうだ、ガンドさんたちが来てくださったのでシルビアには前線をお願いします。ここが崩れる事はないと思いますが、もしもの時はお願いしますね。」

「任せておけ。私がいる以上一匹たりとも村に入れやしないさ。」

さすがシルビア様カッコいい。

惚れてまうやろー。

あ、もう惚れて結婚してるんでした。

失礼しました。

「後方の指揮はガンドさんに、ここには私とエミリアも残ります。」

「まて、お前とエミリアまで一緒なのか?」

「当たり前じゃないですか、奥さん一人置いて隠れているわけにはいきませんよ。」

「だがもしもの時はどうする。」

「その時はシルビアが何とかしてくれる、そう自分で言ったじゃないですか。それにアリに襲われた時は前線で体を張ったんです、あの時はこんな壁在りませんでしたからね。」

体一つ、盾代わりの大きな木の板を持って一人前線で立ち続けた。

もちろんそのまま戦うはずもなく、罠に嵌める為に囮になっただけだけど。

それでも、あの時に比べたら天国と言っていい。

「お前らしいな。」

「家族三人、戦う時も一緒です。」

「ユーリとニケ殿はどうする?」

「二人にはもしもの時に備えて住民の誘導をお願いするつもりです。考えたくありませんが、壁を抜けられ村に魔物が入るようになった時点で西の壁を内側からぶち破って商店へと脱出します。」

「だが魔物が通り抜ける最中だろう?」

「そこは上手い事魔物を誘導するしかないですね。そうなった時点で北側の防衛を放棄、西側に防衛線を張ってその隙に住民を逃がします。念の為セレンさんを含めた子供と非戦闘員はお昼までに宿に避難してもらいましょう。」

そもそも壁を越えられた時点で作戦は失敗だ。

戦える村人ならまだしも、そうでない人がいると面倒な事が増えてしまう。

そうならない為にも事前避難は重要なのだ。

もしもがあってからでは遅いからね。

「最悪私達が盾になればなんとかなるか。」

「『元」がつくとはいえ上級冒険者二名に騎士団長ですから、どんな魔物も恐れるに足りません。」

「あまり持ち上げないでくれ、さすがの私でも一人でキマイラと戦うのは無理があるぞ。」

「あのお二人と一緒なら?」

「それなら大丈夫だろう。」

戦えないと言わない辺りがシルビア様らしい。

「さて、ちょっと壁の反対側を確認してきます。」

「わかった。」

内側からは飽きる程見ているけれど、魔物が迫って来る外側はまだ確認していない。

三層構造にしているので確認しようがないのだ。

出入り口を作っていないので、村の西門まで周りそこから再び雪壁沿いに南下する。

雪壁はどんどんと高くなり、2mを越える分厚い氷の壁が俺を迎えてくれた。

うん、亀裂無し。

いい感じだ。

先程水をかけた部分が無事に凍れば後方の強度は確保できるし、一層目が崩れたとしても二層目はより強固に作ってある。

どれだけ来るかはわからないけれど大丈夫のはずだ。

と、頑張りの結晶を眺めていた時だった。

ふと背中に何かの視線を感じる。

はて、誰だろうか。

振り返るとそこにいたのは一匹の鹿。

立派な角を頭にのっけたやつが森の奥からジッと俺を見つめていた。

そんな目をしても鹿せんべいはありませんよ。

まったく、あいつらと来たら持ってるとわかったら何の躊躇もなく襲って来るからな。

あの角でつつかれると案外痛い。

子供なら怪我をするレベルだ。

昔山の中に落ちていたやつを拾ったけど、あれ骨とおんなじなんだよな。

通りで固いはずだよ。

ってそうじゃない!

あれは鹿じゃなくて魔物だ!

どうしてディヒーアがこんな所に、まだユーリ達は戻って来ていないのに早すぎるだろ。

だが、俺と目を合わせてもディヒーアは逃げることなくずっと俺を見つめ続けている。

一体何を言いたいんだろうか。

なんて考えていたその時。

「イナバ様危ない!」

森の奥から声が聞こえてきたかと思うと、その声に反応してそいつは角を構えて一気にこちらへ向かってきた。

あ、やばい!

俺は慌てて腰にぶら下げた剣を抜いたが、そいつは背後から何本も矢を受け俺の所に来る前に絶命した。

絶命時の何とも言えない悲鳴が辺りに響き渡る。

「大丈夫ですか御主人様!」

「ユーリ戻ってきたんですね。」

声の主は斥候に出ていたユーリと彼女だったようだ。

初心者冒険者だって聞いていたけどあの短時間にこれだけの矢を打ち込めるって本当はすごい子なんじゃないだろうか。

「遅くなりまして申し訳ありません。まさかこんな所にまで迫っているとは思いもしませんでした。」

「よかった、ちゃんと当たった。」

「おかげで助かりました。」

彼女がいなかったらあの角で一突きにされていたかもしれない。

そう考えると今更ながら背中に寒気がはしった。

「そんな事よりも急ぎ中へ、今や一刻の猶予もありません!」

「どういうことですか?」

「予想よりも早く魔物が迫ってきています。あの妖精が言っていたように日が昇ってすぐ第一波が到着する事でしょう。」

「ものすごい数のディヒーアが森に溢れていました!」

二人の表情から事態がかなり切迫していることがうかがえる。

日が昇ってすぐなんて残された時間はほぼないじゃないか。

「シルビア!」

「さっきの声は魔物か!」

「こっちは大丈夫です、そんな事より今すぐ全員を起こしてください!予想よりも早く奴らが迫ってきます!」

「なんだって!お前もすぐ戻って来い!」

雪壁越しではあるがシルビアの驚く顔がみえるようだ。

「私達も戻りましょう、疲れていると思いますが中でもう一度詳しい状況を聞かせてください。」

「わかりました。」

「あの、うちの二人はなにしてますか?」

「昨日遅くまで作業していましたからね、まだ夢の中かと。」

「こんな時に寝てるなんて何考えてるのよ!」

まぁまぁそんなに怒らないで。

ひとまず急ぎ中へ戻り、仮眠をとっていたドリスを叩き起こして緊急事態を発令する。

まだ朝早い時間ではあったものの、日の出と共に起きる習慣があるからか思っていたよりも皆の行動が早い。

いや、ただ単に深く寝付けなかっただけかもしれないな。

それもそうか、もうすぐ魔物が襲って来るんだ。

そんな状況で寝れるはずないよな。

この二人を除いては。

「ちょっと、いい加減起きなさいよ!」

「まだ眠いんだけど・・・。」

「申し訳ありませんがあと半刻は寝かせてもらえませんか?」

「半刻なんて日が昇っちゃうじゃない!良いから起きなさい!」

『冒険者たる者いついかなる時も寝れるようになるべし。』

そんな格言があるかは知らないけれど、それを見事にやっているのはやはりズッコケ三人組の残り二人だ。

やっぱりこうでないとね。

「すみません遅くなりました!」

「エミリアおはようございます。」

「ニケ殿はどうした?」

「言われた通り、セレンさんと一緒に避難する人を集めています。」

「行動が早くて助かる。今から準備して何とか間に合うと良いが・・・。」

空はだいぶ明るくなってきた。

それと同時に冷え込みも厳しくなっている。

予定していた凍らせる作戦は途中で中断、今はルシウス君に雪で雪壁を再コーティングしてもらっている所だ。

「全員集まりましたねひとまず状況を説明します。ユーリ・・・。」

「斥候に出た所、ここから半刻しない所に多数のディヒーアを確認、まだ夜明け前でしたので寝ているようでしたが夜明けと共にこちらへ向かってくることでしょう。先ほどはぐれていた一匹と雪壁前で遭遇、処分しています。」

「おいおい早すぎないか?」

「妖精の話では陽が沈んでまた登ったらという事でしたから。」

「そうだよ!僕ちゃんと説明したじゃないか!」

「答えが曖昧すぎるんだよ!それなら夜明けすぐとかちゃんと言いやがれ!」

姿こそ見えないモノの妖精の彼?も参加しているようだ。

上を向いて怒鳴り出すオッサンの姿が面白い。

あぁ、こんな時でもそんな事を想う余裕があるんだな。

「やることはやったんだ、後はこいつがどうにかするだろ。」

「ウェリスの言うように出来る限りの策は講じました。後は臨機応変にみんなで対処するだけです。」

「北側は任せてくれ、一匹たりとも入れやしねぇよ。」

「この人だけでは頼りありませんが私もいますのでどうかご安心を。」

「よろしくお願いします。」

ガンドさんもジルさんもやる気満々だ。

やる気っていうよりも殺る気って感じなのは気のせいだろうか。

まぁ頼りになるのは間違いないな。

「南側雪壁には私とシルビア、エミリアの三人が。東西の雪壁には男衆の皆さんについてもらいます。東門は閉鎖済み、西門も避難が終了次第封鎖します。一番戦闘が激しいと予想される北側は冒険者の皆さんにお願いする形になりますが決して無理はしないでください。負傷者が出た場合はすぐに中央広場へ避難、シャルちゃんよりあるだけポーションを預かっていますのでじゃんじゃん使ってください。」

「え、ちょっとの怪我でもいいんですか?」

「長期戦になる場合には少しの傷が命取りです、魔物の姿は確認できましたがどれだけの数が襲って来るかは確認できませんでした。そう言った状況で戦力が減ることは避けたいですからね。」

「アンタがバカな事しなければ大丈夫よ。」

「う、うるさいなぁ。」

「お前らは後ろで見てるだけで十分だ安心しろ。」

「まぁ、お優しい事。若い子の前でカッコつけちゃって。」

「う、うるせぇなぁ!」

何この夫婦。

早く結婚しちゃいなよ!

「戦えるとはいえ村の人は戦い慣れているわけではありません、冒険者の皆さんには危険な事をお願いしますがどうか力を貸してください。」

「まかせといてください!」

「ですが、必要がなければ無理な戦闘は控えてください。魔物はここを通過するだけのようですから無駄な血が流れるのは避けたい所です。」

「そうは言うが、冬の備蓄を増やす意味では出来るだけ数を確保したいんだがなぁ。」

「これだから人間って野蛮だよね。」

「生きるためには殺さなきゃならねぇ、こっちだって命がけなんだよ。」

「確かにディヒーアの肉は美味しいですし革は加工に使えます。」

「うちで買い取ることも?」

「状態にもよりますが、数がそろうのであればそれなりの値段は出せると思います。」

おっと。

ここにきてそんなことを言われると心が揺らいでしまうじゃないか。

でもなぁ、無理に戦おうとすると被害が出るし・・・。

難しい所だ。

「では余裕があればという事でお願いします。あくまで戦闘は最小限に、これは絶対に守ってください。」

「まぁ仕方ねぇか。」

「村の存続をかけた戦いではありますが玉砕するつもりはありません。危険が迫れば予定通りこの村を放棄、商店へ逃げる事とします。よろしいですね?」

「「「「はい!」」」」

逃げるのは決して悪い事じゃない。

むしろ逃げる事こそが最高の選択肢になることだってある。

それは絶対に譲れない所だ。

「お話の途中申し訳ありません、イナバ様避難準備完了しました。」

「ニケさんありがとうございました。では急ぎ商店に向かってもらって・・・。」

避難さえ終わればいつでも、と思ったその時だった。

「来たぞ!ディヒーアだ!」

櫓の上から予想もしていなかった声が飛んでくる。

いや、まだ陽も登ってないんですけど・・・。

ちょっと早すぎませんか?

何事もシナリオ通りに行くとは限らない。

当初の予定を大きく崩され、俺達の長い戦いが始まってしまった。
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