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第十二章

現場へ急げ

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 事の次第をエミリアに説明すると予想通り目を真ん丸にして驚いてくれた。

 うんうん、良い反応です。

 それでも状況に悲観して泣きださないところがすごいよな。

 普通は慌てふためきそうなものだけど・・・。

 え、他の皆はどうなのかって?

 そう言えば全員落ち着いているなぁ。

「それで、どうする?」

「とりあえずバッチさんの解読を待ちたい所ですがそうも言ってられないんですよね。」

「本当に明日魔物が襲って来るのであれば急ぎ村に連絡しなければなりません。」

「冒険者ギルドにも連絡しないと。」

「冒険者ギルドだけでなく騎士団にも連絡するべきだろう。魔物が溢れるのであればそれなりの備えをしなければならん。」

 皆思っている以上に冷静だ。

 まるでいつもと何も変わらない感じなんですけど。

「怖くないんですか?」

「怖がった所で事態が好転するわけではないからな。」

「それよりも今できる事をやるべきだと思います。」

「それにシュウイチさんが一緒ですから。」

「イナバ様と一緒なら何とかなりますよね。」

 いや、なりますよねと言われましても。

 情報がなさ過ぎて軽々しく大丈夫なんて言えません。

「仮に明日魔物が襲って来るとして、今から準備して間に合うと思いますか?」

「それも規模によるだろう。この前のように何千という魔物であれば逃げるしかないだろうな。」

「逃げるのであれば急ぎ大量の馬車を手配しなければなりません。今からでしたら・・・なんとか。」

「でもどこが襲われるかもわからないのに・・・。」

「襲われるのは間違いなく村だろう、そうでなければあんな不可解な事が起きるはずがない。」

「シルビアは妖精が何かを知らせようとしていたと思うんですか?」

「そうだ。バッチ殿が言っていたように理由があるからこそあんなことをしたのだろう。」

 シルビアもそう思うのか。

 そうじゃないとあの不可解な現象の説明がつかないもんな。

「そうだとしたらバッチさんの返事を待つ時間はなさそうですね、すぐに連絡しないと。」

「だがどう説明する?魔物が襲って来るかもしれないから逃げろと言うのか?」

「それしかないでしょう。」

「でもどれだけ来るかわからないんですよ?」

「数はわからなくても襲われることは間違いありません。戦えない人だけでも逃がすべきです。」

 ユーリのいう事にも一理ある。

 襲われるとわかっていて逃げない理由はない。

 仮に戦える数だとしても、被害が出る可能性があるのなら対処すべきだ。

「どちらにせよ情報は伝えるべきです。シルビア、急ぎニッカさんに知らせてください。こっちの詳細が分かり次第人を出します。」

「わかった。」

「ギルドへの連絡はどうしますか?」

「エミリア、リュカさんかノアさんに連絡をして事情を説明してください。」

「それならノアちゃんの方がいいですね、すぐ連絡します。」

 そうと決まれば行動が早いのがうちの奥さんたちです。

 シルビアは武器を掴むと素早く店の入口へ飛び出し、エミリアは虚空に受かって何かを放し始める。

「とりあえず私達は現状維持ですね。」

「ニケ様はお店を、私はセレン様の手伝いをしてきます。」

 しまった、お客が来ないのを良い事にお店をほったらかしにしてしまった。

 それどころじゃないとはいえまだ仮定の段階だ。

 バッチさんが早く解読してくれたらいいんだけど。

 ちょっとせっついてみるか。

「バッチさんどうですか?」

「文字が多すぎてよくわからないんだ・・・。」

「わかるやつだけでも構いません、何か書いてありました?」

「『早く逃げろ』『なんでわからないの?』『どうなっても知らないよ!』みたいに書いてあるんだ。でも、この上に書いてある絵がわからねぇ。」

 やっぱり逃げろって書いてあるのか。

 おそらく悪戯をしても逃げ出さない村の人にやきもきして殴り書きしたんだな。

 一種の掲示板みたいなものか。

 次に気になるのがこの絵だ。

「やっぱり絵なんでしょうか。」

「オラにはそう見えるんだ。」

「私にもそう見えます。」

「でも何の絵なんだべか?」

「それについては書いてないんですか?」

「なーんにもねぇ。文字の様に見えるけど意味らしいもんは何一つ書いてねぇんだ。」

 見た目にはただの絵なんだろうけど、これだけ逃げ出さない人間に対する文句を書いておいて落書きだけってことはないだろう。

 絶対に何か意味があるはずだ。

 はずなんだけど、わからんなぁ。

「もどりましたー!」

「ちょっと静かにしなさいよ。」

「まぁまぁ、ちゃんと戻ってこれたんだから。」

 バッチさんと共に絵とにらめっこをしてくると元気な声が耳に飛び込んできた。

 どうやらズッコケ三人組が帰ってきたようだ。

「あれ、イナバ様それって。」

「おかえりなさいみなさん。ご存知の通り村で見つけたあの材木です。」

「不気味な文字が書いてあるやつだ。」

「でも変ですね、上は絵になってますよ。」

 帰って来てそうそう材木の周りに集まって来る。

 こらこら、帰って来たならやることがあるでしょうに。

「今日はどこまで行かれたんですか?」

「低層で小遣い稼ぎです。安く泊めてもらってるうちに少しでも貯めようって決めたんです。」

「いい心がけですね。装備が整えばより安心して戦えますから。」

 彼らは彼らなりに成長しようと努力しているようだ。

 偉いなぁ。

「あれ、エミリアさんがいませんね。」

「シルビア様もいないぞ、稽古つけててもらおうと思ってたのに。」

「あの二人には別の用事を頼んでいるんです。買取でしたら私が見ますよ。」

「でも何かされていたんじゃないですか?」

「していたというか悩ませていたというか。」

「その絵この間食べたディヒーアみたいだよな、角とかそっくりだ。」

 今なんて言った?

「わかるんですか?」

「いやそう見えただけです。この前食べたやつ美味しかったなぁて・・・。」

「もぅ、アンタ食べる事しか考えてないんだから。」

「でも私にもそう見えます。角と言い形といい、ディヒーアっぽくありませんか?」

 改めて材木に書かれた絵を眺めてみる。

 確かにそう見えなくもない。

 あ、正確には魔物なので鹿じゃないんだけど見た目だけ言えば完全に鹿だ。

 もしかしてこいつが襲って来るって言いたいのか?

「バッチさん、もう一度彼らと話をするので通訳お願いします。」

「これはほっといていいんだべか?」

「かまいません。」

 それよりもこっちの方が大切だ。

「ごめんなさい、買取はニケさんにお願いしてくださいちょっと失礼します!」

 三人組に詫びを入れて急ぎ店の裏へと舞い戻る。

 紙を準備してよし、準備万端だ。

「村に迫っている怖い生き物というのは鹿の魔物で間違いありませんか?」

 誰もいない空間に話しかけるのは変な感じだけど、そこに彼らがいるのは間違いないそうだ。

 妖精はどこにでもいる、ただ見えないだけ。

 でもすぐに情報が欲しいこの状況でいちいちこうやってやり取りするのは正直めんどくさいんですよね。

 なんて事は口が裂けても言えないのだった。

 先程同様用意した紙にうっすらと文字が浮かび上がってくる。

「『そうだよ。』だそうだ。」

「数はわかりますか?」

「『いっぱい』しか書いてないのだ。」

「襲われるのは村だけですか?それともここも?」

「『ここは襲われない』よかった、一安心だ。」

 具体的な数は不明か・・・。

 村が襲われてここが襲われない理由がわからないなぁ。

 それにメッシュさんの家に浮かび上がった文字も気になる。

 村が襲われるから向こうに浮かび上がるのはわかるけど、どうしてわざわざメッシュさんの家に文字を書いたんだろうか。

 気付いてほしかったとしても、メッシュさんの家は余計だと思うんだよな。

 うーん、このままじゃ埒が明かない。

 よし、聞くだけ聞いてみるか。

「申し訳ありませんが、こうやって会話を続けるには時間が惜しい状況です。バッチさんの様に話が出来る方はいますでしょうか。」

「イナバ様?」

「バッチさんには助かっていますが今は少しでも情報が欲しい、知りたいことがたくさんあるのに返事がこれじゃ埒があきません。」

 これで妖精がへそを曲げたとしても致し方ない。

 時間が惜しいこの状況で気を遣うほうが面倒だ。

 返事はすぐに帰ってこなかった。

 こりゃ怒らせたかなとあきらめかけたその時、新しい文字がうっすらと浮かび上がった。

「『村に行って精霊様を呼んで。』って書いてるのだ。なるほど、精霊様がいれば姿を出せるかもしれねぇな!」

「そういえば初めてバッチさんを見た時も、ルシウス君がいましたね。」

「精霊様に魔力を貰えたら力のない妖精でもオラみたいに話ができるに違いねぇだ。」

「最初からこうしておけばよかったですね、でもこれで何とかなりそうです。」

「イナバ様はすごい事を考えるんだな。」

「そうですか?」

「妖精と話をするなんてそうそう思いつく事じゃねぇ、オラ、話ができるなんて考えもしなかった。」

 文字のやり取りで満足していたのがダメだったんだな。

 何事もチャレンジ精神が無いといけないという事だ。

「シュウイチさん連絡完了しました、ノアちゃんが冒険者ギルドと騎士団に報告してくださるそうです。」

「ありがとうございました。」

「何かわかりましたか?」

「襲って来るのはディヒーアで間違いないようです。数は不明ですが、かなりの数がここではなく村を襲うようです。」

「ディヒーアが村を・・・。あまり強い魔物ではありませんが数で来られると対処が難しいですね。」

 ユーリの罠にかかるような弱い魔物かもしれないが、魔物が出る事に変わりはない。

 襲われれば一般人は殺されてしまう。

 それが大量に迫ってくると考えるとかなりの恐怖だ。

「それと、詳しい話ができる妖精を確保しました。村に行き精霊様を呼べばバッチさんの様に詳しい話ができるそうです。」

「筆談できるだけでもすごいのに会話までできるなんて、これで詳しい事がわかると良いですね。」

「急ぎ村に行き話を聞いてくるつもりですが、エミリアはどうしますか?」

「一緒に行きたい所ですけどそろそろダンジョンに潜っていた皆さんが戻ってきます。ニケさん一人にお願いするわけにはいきませんので片付き次第向かうようにします。」

「わかりました、バッチさんエミリアのお手伝いお願いしますね。」

「オラに任せてくれ!」

 ダンジョンから戻って来て店が閉まっていたらうちの信用にかかわる問題になる。

 ダンジョン商店は冒険者あっての商売、彼らを無視することはあり得ない話だ。

「村に行くならユーリを連れて行ってくださいね!」

 こんな状況でも一人で行動させないという決まりは変わらない。

 急ぎ店を出た俺の後ろにユーリが控えていたのには驚かされたが・・・。

 忍者でしょうか、いいえダンジョン妖精です。

 貴女さっきまでセレンさんの手伝いをしていたんじゃなかったでしょうか。

 皿洗いをしていた所まではチラッと見えたんですけど、どうなってるの?

「ダンジョン妖精として当然の技術です。」

「あ、そうですか。」

「話しはおおよそ聞いております、急ぎシア奥様にもお伝えしましょう。」

「心の中が伝わるのはアレですけどこういう時は便利ですよね。」

「あまり離れると読み取れないのが難点ですが。」

「別に普段から読み取らなくてもいいですからね。」

 俺にだってプライバシーは欲しい。

 ユーリの心の中が読めなくて俺のだけが読めるってのもずるい話しだ。

「読めるように致しましょうか?」

「いえ、結構です。」

 ほらまた。

 でも、他人がどう考えているか分かってしまうのもよくないか。

 お互い読みあってしまうと知りたくないことまで知っちゃうもんな。

 俺が我慢すれば良いだけの話しだ。

「ご主人様、精霊様は誰をお呼びするんですか?」

「誰とは考えていませんが、ドリちゃんが適任でしょうか。」

「森の異変ですしね。」

 森で起きた事は森の精霊様にお願いするのが筋ってもんだろう。

 とりあえず村に向いながらコンタクトを取ってみるかな。

 現地ですぐ妖精を呼び出せたら話が早い。

「ドリチャン聞こえる?お願いしたいことがあるんだけど!」

 ユーリと街道を走りぬけながら森中に響く声でドリチャンに呼びかける。

 が、返事は無い。

「来られませんね。」

「おかしいなぁ、いつもなら飛んでくるんだけど。」

 気付いたら目の前に居るぐらいの感覚でいつもなら出てくるんだけど今日は一向に出てくる気配が無い。

 もう一回呼んでみようか。

「お呼びになられましたかイナバ様!」

 大きく息を吸い込み二度目の呼びかけをしようとしたその時、道のど真ん中に何故かルシウス君が現れた。

 あまりの至近距離にぶつかりそうになる。

「おっとぉ!?」

「あ、すみません近すぎました!」

 間一髪の所で身体をひねり正面衝突を避ける事はできた。

 だが体勢を崩しその場で派手に転んでしまう。

 顔面から行く事は無かったが右側から地面に叩きつけられられてしまった。

 受身を上手く取れず叫んでしまったせいで上手く呼吸が出来ない。

 酸素が、酸素が無い!

 慌てて肺を膨らませて酸素を取り込みホッとしたのも束の間、今度は右肩に激痛が走る。

「大丈夫ですかご主人様!」

「あはは、派手にこけてしまいました。」

 慌てて駆け寄ってくるユーリに照れ笑いを浮かべるも痛みで顔が引きつっているのが自分でも分かる。

 この世界に来て大分鍛えてるし、それなりに動けるようになったつもりだったけど所詮は中年オタリーマン。

 半年やそこらで俊敏になれるはずも無いか。

「イナバ様ごめんなさい!」

 ユーリに続きルシウス君が駆け寄ってきたと思うと土下座する勢いで頭を下げてきた。

 なんだろう、まだ10代前半の少年に土下座させてると思うと心が痛む。

 例え年齢が俺より上でも見た目って大切だよね。

「心配しなくても大丈夫ですよ。」

「ダンジョンの魔力奪っただけじゃなくて怪我までさせてちゃって、僕は何でこんなにダメなんでしょう。」

「そんな事ありませんよ、自信持ってください。」

「でも・・・。」

 何故激痛に耐えながら年上の精霊『様』を慰めなければならないんだろうか。

 いや、駄目な事無いんだけどさ。

 精霊『様』のほうが普通偉いはずだよね?

「ご主人様はドリアルド様をお呼びしたはずなのにどうしてルシウス様が来られたのでしょうか。」

「そうです、それは私も思ってました。」

「ドリちゃんに今手が離せないから代わりに行って来てと言われたんです。」

「手が離せない?」

「聖域にいる子が春になったら巣立ちを迎えるんでその準備で大忙しなんです。」

「あぁ、そういう忙しいですか。」

 上半身を起こしながら身体の状態を確認する。

 擦り傷多数、肩は外れたわけじゃ無さそうだけど動かすと痛みが強くなる。

 これから忙しくなるって言うのに参ったねこりゃ。

 シャルちゃんにポーション譲ってもらった方が良いかもしれない。

「何か用があったんですか?」

「ルシウス君は森に異変があるとかドリちゃんから聞いていますか?」

「異変ですか。特に何も言ってなかったと思いますけど。」

「そうですか。」

 おかしいなぁ。

 魔物が大量に押し寄せてるはずなのに異変でもなんでもないのかなぁ。

 精霊の感覚は分からん。

「ご主人様動けますか?」

「無理をすれば何とか。」

「村はすぐそこです、現地で休んでもらう分には構いませんので申し訳ありませんが急ぎましょう。」

「そうですね。」

「村に行くんですか?」

「えぇ、ルシウス君にも手伝ってもらいたいことがあるのですがお願いできますか?」

「もちろんです!何でも言ってください!」

 別に精霊の指定は無かったしルシウス君でも問題ないだろう。

 とりあえず今は村に急がないと。

 ユーリの手を借りて立ち上がり、一歩進んでみる。

 走る事はできないけれど何とかいけそうだ。

 精霊様も確保できたし、今は急いで村に行かなければ。

 ダンジョン妖精と精霊様というレアな二人に挟まれながら俺達は村への道を急ぐのだった。
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