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第十二章

襲い来る恐怖

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大急ぎで商店に戻るもそこに見覚えのある人影はなかった。

あれ、どこ行ったんだ?

入れ違いになるような場所はなかったと思うんだけど。

「おかえりなさいませ。」

「ただいま戻りました。あの、誰か来ませんでしたか?」

「商店もお休みですので今日は誰も来ていませんが・・・。」

不思議そうな顔で首をかしげるユーリ。

ふむこっちじゃないのかな。

「ありがとうございます。」

「家に戻られるのならシア奥様に声をかけてくださいますか?三人が戻ってこられたら知らせるようにとお願いされているんです。」

「わかりました。」

三人はもう部屋に戻っているようだ。

夕食にはまだ早いし、また稽古をつけてあげるんだろう。

「おられませんね。」

「てっきりうちに用があると思っていたんですけど見間違えだったんでしょうか。」

「ダンジョンに用のある方ではありませんし、ここでないとしたら家じゃないですか?」

用があったら商店じゃなくて家の方に来てくれても構わないって言ったの俺だしな。

そのままぐるっと自宅側へ回り込むと、予想通り見覚えのある人物が家の前にいた。

いたんだけどどうも様子がおかしい。

落ち着かない様子で何度も玄関の前を行ったり来たりしている。

一体どうしたんだろうか。

「メッシュさん?」

「イナバ様!」

「こんな所でどうしたんですか?」

「どうしたもこうしたもあんなこと初めてでどうしたらいいかわからなくて、それで・・・。」

「落ち着いてください、ここでしたら安全です。ゆっくり話を聞かせてください。」

「すみません、でも本当にどうしたらいいかわからなくて。」

「大丈夫ですからどうぞ中へ。」

何かあったのは間違いなさそうだ。

とりあえず中に誘導して話を聞くとしよう。

玄関を開けると中で作業をしていたシルビア様が駆け足で出迎えてくれた。

「シュウイチ遅かっ・・・。」

「ただいま戻りました。」

「その方はゴブリンか?」

「あ、この方は!」

しまった、事情も何も説明してなかった。

急に知らない人が、しかもゴブリンが入ってきたらさあぞびっくりして・・・。

「ティオたちを助けてくれたという親切な方だな、よく来てくれた。どうか我が家だと思ってくつろいでくれ。すぐにお茶の用意をしよう。」

シルビア様はメッシュさんを見るなり素早く姿勢を正し深々と頭を下げたかと思うと、そのままパタパタと台所の方へと行ってしまった。

さすがシルビア様、動揺することなく自然に出迎えてくれた。

もし俺が同じ立場だったら絶対に動揺していただろう。

いきなり魔物のような見た目の人が入って来たのに眉一つ動かさないなんてうちの奥さんは本当に肝が据わっていらっしゃる。

「おかえりなさいイナバ様。あ、お客様ですね!ようこそお越しくださいました。」

続いてやってきたニケさんもごく自然にメッシュさんをテーブルへと誘導してくれる。

怖いとかそう言うそぶりは一切ない。

ほんとうちの女性陣には頭が下がるなぁ。

メッシュさんを案内してしばらくするとなぜかユーリが帰って来た。

どうやら一向にシルビア様が戻ってこないので心配したようだ。

これまた同じくメッシュさんを見ても特に気にする様子もなくお辞儀をするとお茶の準備を手伝いに行ってしまった。

そんな自然な対応が良かったのか、人数分のお茶が出てくる頃にはメッシュさんも少し落ち着いたようにみえた。

「まず紹介させてもらいますね、こちらがシルビア私の妻です。エミリアは先ほど紹介しましたね、その横にいますのがユーリとニケさん。商店の仲間です。」

「メッシュと申します、その、見ての通りゴブリンです。」

「メッシュさんはナーフさんに薬草を卸しておられる薬草探しの達人なんですよ。」

「そうなんですね!」

「森の南側についてもよくご存じだとか、是非ご教授頂きたいものです。」

「ご教授だなんて、それしか取り柄が無いだけです。」

余り褒められることがないからかメッシュさんが恐縮してしまっている。

他の亜人同様よく見ると表情ってわかるもんなんだな。

「それで、今日はどうかされたんですか?ずいぶんと慌ててここに来たようでしたけど・・・。」

「そうでした!」

下を向いていた顔がバッと跳ね上がり目を真ん丸にしてこちらを向く。

「文字が!見たことの無い様な文字が襲って来るんです!」

えっと、よくわからないんですけど。

文字が襲って来る?

そんなバカな事があるのか?

いや、異世界だしあるのかもしれないけど・・・と思って他の皆を見ると、同じくぽかんとした顔をしている。

あ、異世界でもないのか。

「えっと文字が襲って来るとはいったい。」

「いきなり模様みたいなものが浮かび上がったかと思うと、壁中にそれが広がってきたんです!あまりの事に驚いて部屋を飛び出たら私を追いかけるように通路にまで広がって来て・・・どうしたらいいかわからなくて・・・。」

「それで私を頼って逃げてきたんですね。」

「こんな時にお力をお借りできそうなのがイナバ様しか思い浮かばなくて、ご迷惑だと思いますがどうかお願いします助けてください!」

メッシュさんが泣きそうな顔をしながら頭を下げる。

そんな顔されてもなぁ、助けてって言われてもどうやって対処したらいいのか。

「それは大変だったな、でも大丈夫だ。シュウイチならきっと何とかしてくれる。」

「その通りです。御主人様の事ですからすぐに解決してくださるでしょう。」

「ちょっと二人ともいったい何を言うんですか!」

「できないのか?」

「出来ないも何も状況がわからない以上そんな無責任に出来ますなんて言えませんよ。」

「じゃあ状況が分かればできるのだな?」

「それも見てみないとわかりません。」

まったく、この二人は何を言い出すんだ。

前もあったけど、俺だったらできるっていうその絶対の自信はいったいどこから出て来るんだ?

そりゃあ信じてもらえているのはありがたい話だけど、できもしないことを出来るっていうのは流石にまずいんじゃないでしょうか。

「メッシュさん、その文字がどんな感じか覚えていらっしゃいますか?」

「すみません突然の事にびっくりして詳しくは覚えていないんです。今思えば文字だったのかさえも・・・。」

「見た事も無いと仰ってましたね、模様みたいな感じにも見えましたか?」

「模様と言えば模様の様にも見えたような・・・。」

ふむ。

つまりは文字か模様かもわからないがとにかく急にそれが壁中に浮かび上がってきたと。

そしてあろうことか逃げた先まで追いかけてきたという事だな。

そりゃ怖いわ。

俺ならビビッて叫び声を上げてるね。

「襲われたわけではないんだな?」

「何かされたわけじゃないんですが、追いかけて来るとは思わなくて。」

「最初はどこに浮かび上がったんですか?」

「食事の準備をしようと机を片付けていたら黒い汚れを見つけまして、それを拭こうとした途端に一気にそれが広がったんです。あっという間に机から壁に至るまでそれで覆われてしまいました。」

机に浮かんだ模様か。

はて、どこかで聞いた話だな。

でもあれは材木だったし・・・。

「シュウイチさん、もしかしたら村で見たやつと同じじゃないでしょうか。」

「でもあれはただの材木ですよ?」

「新しい机にするために切り出してきたと言っていました、もし机に現れるものなのだとしたら・・・。」

「塀の上にもありましたし、机だけと言った感じではなさそうですけど。」

「いったい何の話だ?」

「実はですね、先ほど村に行った時に不思議な模様が悪戯描きされる事件があったんです。エミリアはその模様とメッシュさんの言っている物が同じじゃないのかと考えているみたいで・・・。」

確かに突然描かれたという点では状況は合致する。

ひとまず村であった出来事について簡単に説明しておこう。

「そんなことがあったのか。」

「でも村で見た模様からは魔術的な反応がありました。魔術的というか神聖な気配、何ですけど。」

「神聖な気配?ますますわからんぞ。」

「原因を突き止める事が出来なかったので一先ず帰ってきた所なんですが、まさか同じような現象が起きてるとは思いもしませんでした。」

「あの文字は何か特別な物なのですか?」

「メッシュさんの所で浮かび上がった文字が同じかどうかもわからないので今はまだ何とも。」

仮に同じものだとしてもあれが何かわからない以上答えを出すのは難しい。

とりあえず現物を確かめるほうが早いかもしれないな。

となればやることは一つだけだ。

「とりあえず今日はうちでゆっくり休んでください、後でお部屋を用意します。」

「え?」

「またいつ文字が浮かび上がるかもわからない家に帰りたいですか?」

「帰りたいかと言われれば帰りたくないですけど、でもご迷惑じゃ・・・。」

「幸い宿には空きがありますし、別の方も宿泊しています。今更一人増えたところでなにもかわりませんよ、ねぇユーリ。」

「もちろんです。すぐに準備いたしましょう。」

家にお化けが出たとして、そこに帰れと言われたら俺は全力で断る。

野宿してでも断る。

仮に今から家を見に行って文字が同じかどうかを確かめたところで、文字がまた浮かび上がらない保証はどこにもない。

それなら時間をおいてゆっくりと調査するべきだろう。

メッシュさんの家に浮かび上がった文字が村のやつと同じかどうかは、三人組の彼に調べてもらうのが一番手っ取り早い。

となれば、事情を説明して明日一気に終わらせるのが最善の策ではないだろうか。

怖くて逃げてきた人を追い返す様な事は流石に出来ないしね。

「本当にいいんですか?」

「もちろん、メッシュさんにはティオ君たちを助けてもらったご恩があるんですから気になさらないでください。」

「本当にありがとうございます!」

よし、そうと決まれば今日のご飯は張り切っちゃうぞ。

「エミリア、来客用の美味しいお酒がありましたよね。」

「もちろんです。」

「ならそれに合うつまみも必要だな。」

「それでしたらプロンプト様から頂戴した荷物の中にあったはずです。」

「すぐにとってきますね!」

そうと決まればうちの人間は行動が早い。

全員が一斉に立ち上がり準備の為に動き始めた。

美味しいお酒におつまみ、そしてなにより料理が重要だ。

「料理はどうしますか?」

「昨日罠にかかっていたディヒーアの肉が解体して寝かせてあります。量が多いので燻製にするつもりでしたが、せっかくですのでみんなで食べてしまいましょう。」

「上で休んでいる彼らも喜びますよ。」

昨日もお肉!と喜んでいたなぁ。

若いんだししっかりお肉を食べて力をつけてもらわないとな。

ちなみにディヒーアとは鹿の魔物だ。

性格はおとなしく普段は森の奥深くにいて用心深いのでなかなかお目にかかることはないが、この時期は食べ物が少ないせいでこの辺まで出てくることがあるそうだ。

そいつが昨日ユーリの仕掛けていた罠にかかっていたらしい。

これも何かの巡り合わせという奴だろう。

「泊めていただいた上に、そこまでしてもらうわけには。」

「私達が食べたいだけですから、肉は御嫌いですか?」

「狩りが下手なのであまり食べる事はありませんけど・・・大好きです。」

「ならよかった。一杯食べてくださいね、たくさんありますから。」

足りなければ別のお肉を出せばいい。

ユーリのおかげで備蓄用のお肉には困ってないしね。

足りなければ店の食材を使うまでだ。

え、それって横領じゃないかって?

店主だから構わないんです。

それに使った分はポケットマネーでお支払いをするので横領にもなりません。

ご安心ください。

その夜メッシュさんの歓迎会とお礼を兼ねた食事は大いに盛り上がり、文字の件などすっかり忘れて翌朝を迎えた。

訳なんだけど・・・。

「なんじゃこりゃぁぁぁぁ!」

お祭り騒ぎの後始末をするべく朝早くに商店へと戻った俺達を迎えたのは、想像もしていなかった状況なのであった。
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