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第十一章
新しい祝福
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三日間も慣れないダンジョンに潜ったのだから、せめて翌日ぐらいはゆっくりしたかった。
だが自分の身体はそう思っていないようで、いつもと変わらない時刻に目を覚ましてしまった。
太陽の光が眩しい。
朝が来た。
一瞬、もしかしたら寝すぎてもう夕方なのかもと思いはしたが俺の部屋に夕日は差し込んでこない。
となるとこれは朝日だ。
いやまてよ、まる1日寝ていたとしたらどうだろう。
24時間ぶっ続けで寝ていたらこれが朝日だとしても翌日はゆっくりできたと言えるのでは無いだろうか。
「シュウイチさん起きていますか?」
「起きてますよ。」
「失礼します。」
いつもは声掛けだけなのにどうしたんだろうか。
申し訳無さそうな顔をしてエミリアが部屋に入ってくる。
何かあったんだろうか。
「おはようエミリア。」
「おはようございますシュウイチさん。」
「どうしたんですか?」
「いえ、昨日の今日なのに起きておられたのでもしかして眠れなかったのかなとか思ってしまって。」
なるほど。
興奮して眠れなかったと思ったのだろう。
誤解しないでほしいのだが、別にそういう事をして興奮したわけじゃない。
ダンジョンに潜るという非日常に興奮してという意味だ。
え、そんな事は分かってる?
このヘタレ?
うるさいなぁ。
「シュウイチさん?」
「あ、いえ何でもありません。」
「お疲れでしたら今日はゆっくり休んでくださって構わないんですよ?ニケさんが戻ってきてくださったのでお店は私達で何とかなりますし。」
「折角戻ってきたんですから働かないと。それに、ダンジョンの整備もしないといけませんから。」
「ダンジョンの整備でしたらユーリがもう終わらせていましたよ?」
「あれ、ドリちゃん達は来ていないんですか?」
おかしいな。
てっきり戻ってきているとばかり思っていたんだけど。
まさか魔石がまだ届いていないのか?
「精霊様でしたら聖日の朝に来られましたが何も仰っておられませんでしたよ?」
「そうですか。」
「あ、もしかしたらシルビア様が何か知っているかもしれません。直接お話したのはシルビア様なので。」
「ではシルビアに聞いてみましょう。」
シルビアのことだから伝達漏れは無いと思うけど、昨日は急ぎサンサトローズに向ったそうなので忘れていた可能性もある。
まぁ聞けば分かる話しだ。
「お着替えお手伝いします?」
「もう腕は治りましたから、大丈夫です。」
「そうですか・・・。」
なんだろう、昨日といい今日といいエミリアが積極的な気がする。
積極的というか甲斐甲斐しいというか。
ともかくいつもとちょっと違う。
そのまま部屋を出て行くのかなと思ってもそうするわけでもなく俺をずっと見ているようだ。
えっと、着替えにくいんですけど。
「もう勝手にどこか行ったりしませんよ。」
「本当ですか?」
「ドアの前にエミリアがいたら逃げられません。」
「・・・分かりました外で待っています。」
どうやら分かってもらえたようだ。
エミリアが部屋を出たので急いで着替えてしまおうか。
えっと、確か下着の換えがここで新しい服がこっちで。
寝巻き代わりにしている服を脱ぎ上半身裸のまま部屋をウロウロしていると椅子に足をぶつけてしまった。
その拍子に椅子が倒れバタン!と大きな音が部屋に響く。
「どうしましたか!」
その音に反応する事コンマ何秒。
勢いよくドアが開きエミリアが部屋に飛び込んできた。
「すみません椅子に足をぶつけてしまって。」
「よかった・・・。」
ホッと胸をなでおろしたかと思うと、今度は俺の状況を見てエミリアが顔を真っ赤にする。
「ご、ごめんなさい!」
そして慌ててドアを閉めて出て行ってしまった。
うーん。
どうやらエミリアの心配性に更に拍車がかかってしまったようだ。
この感じだと某国民的RPGよろしく後ろをずっとついてくるようになるかもしれない。
お風呂はともかくトイレはさすがに困るなぁ。
え、昨日は背中流してもらったのかって?
もちろん丁重にお断りしましたよ。
でもドアの前からは移動してもらえなかったので見張られたままお風呂に入った。
そういう意味ではエミリアだけでなく他のみんなも心配しすぎといえるだろう。
メルクリア女史のように転移魔法が使えるわけじゃないんだから、そこまで心配しなくても良いのに。
手早く着替えを済ませて下に降りると、もう朝食の準備は終わっていた。
さすがに少しは寝坊したようだ。
「おはようございます。」
「おはようございますご主人様、卵はいくついりますか?」
「今日は目玉焼き?」
「いえ、茹でる方です。」
「では二つお願いします。」
ゆで卵とは珍しい。
個人的にはマヨネーズよりも塩を振りかけて食べたい派だ。
「シュウイチパンは何枚食べる?」
「では二枚お願いします。」
「イナバ様スープは多めにしますか?」
「少し少なめでお願いします。」
なんだなんだ。
どうしたんだ?
いつもはこんな風に聞いてくること無いのに、皆いったいどうしたんだ?
「どうぞシュウイチさん。」
席に着くと同時にエミリアが香茶を淹れてくれ、すぐにパンとサラダ、スープが用意される。
そして少し遅れてゆで卵がコロンと添えられた。
「至れり尽くせりですね。」
「シュウイチはそこにいてくれればそれで良いんだ。」
「私達がお世話しますのでご主人様はゆっくりなさってください。」
「して欲しい事があったらなんでも言って下さいね。」
「食べさせてあげましょうか?」
うちの女性陣はいったいどうしてしまったんだろうか。
これまで色々と手を焼いてもらった事はあったけれど、ここまで過剰な事はなかった。
なんだろう何かをたくらんでいるような気がする。
子供が玩具を買ってほしくて親に色々してあげるような感じだ。
「自分で食べれますので大丈夫です。ではいただきましょうか。」
「「「「いただきます。」」」」
腹が減っては何とやら、思うところはあるがとりあえずお腹を満たすことが先決だ。
うん、今日のスープも美味しいなぁ。
「いかがですか?」
「とっても美味しいです。」
「よかった。」
いつものも美味しいけれど今日のは特に手がこんでいる気がする。
うーむ。
明らかにいつもと違うんだよな。
何が違うって言われるとわからないんだけど、とりあえず変なんだ。
「ユーリ、ダンジョンのほうはどうですか?」
「整備は完了しています。ですが魔力は足りない状態が続いていますね。」
「留守の間に何かありましたか?」
「特に何も。」
「冒険者はほとんど来なかった。まぁ、あのような事になっていたのなら当然だろう。」
「村のほうはどうですか?」
「新しい村人もすぐに馴染んだような。今のところ何の問題もないと聞いている。」
それは何よりだ。
かなりの人数が入植したので何かしらの問題が起きると思ったが、今の所は問題無さそうだな。
気をつけないといけないのは不満の出やすい一節後ぐらいか。
その頃になったらもう一度様子を確認しよう。
「そうだ、シルビアこの間ドリちゃんかディーちゃんが来たと思うんですけど何か聞いてませんか?」
「あっ!」
俺の質問を聞いた途端にシルビア様の動きが止まる。
シルビア様だけじゃない、全員の動きがピタリと止まった。
なんだ?
今日は一体どうしたんだろうか。
「どうしました?」
「と、特に何も聞いていないぞ。」
「魔石がどうのとか言ってませんでしたか?」
「魔石とは言っていなかったな。」
魔石とは という事はそれ以外に何か言っていたんだろうか。
でも何も聞いていないって言ってたし・・・。
怪しいな。
何か隠しているんじゃないだろうか。
「それ以外の事は?」
「そ、それはだな・・・。」
「シルビア?」
何故かシルビア様が俯いて黙ってしまった。
心なしか顔が赤いように見えるんだけど・・・熱でもあるんだろうか。
「ご主人様一つよろしいでしょうか。」
「ユーリ!」
シルビア様の代わりにユーリが話し始めるとシルビア様がそれを遮ろうとする。
「どうしました?」
「単刀直入にお伺いしますが、精霊様と子供を作るというのは本当ですか?」
「えぇ!?」
「ご主人様が『私達に子供はどうやって作るのか教えてもらえ』と言っていたと伺っております。これは精霊様にそういう知識を授けそのような事をなさる為なのでしょうか。」
どういうことだ?
いったいなにがどうなって・・・。
そこで俺はある事を思い出した。
この間ダンジョンに潜った時、あの二人と何を話したのか。
どうやって子供を作るのかと聞かれた俺は咄嗟になんて言った?
エミリア達に聞いてくれって言ったんじゃないか?
だから二人はそれを聞いて・・・そうか!
「そ、そんな事あるはず無いじゃないですか!」
「ではどうしてそんな事になったのでしょう。まさか、子作りを実演してみせる為に・・・。」
「そんな事しません!」
一体何がどうなってそういう考えになるんだろうか。
「だ、だが精霊様はシュウイチと子供を作る約束をしたと。」
「約束なんてしていません!」
「ではそんな事は無いのだな?」
「もちろんです。」
「よかった・・・。」
ホッと胸をなでおろすシルビア様。
一体どういう流れでそう思ったんだろうか。
「いよいよイナバ様が覚悟を決められたのかと思ったんですけど、違うんですね。」
「命の危険を感じると子孫を残したくなるとの知識があるのですが、おかしいですね。もしやご主人様はダンジョンに潜られても命の危険を感じなかったとか。」
「それはあるかもしれん。」
「では命の危険を感じるような事をすれば・・・。」
「そんな危ない事ダメです!」
危険な流れをエミリアが綺麗にぶった切ってくれた。
危ない危ない、ユーリのことだから何かとんでもないことをしでかす可能性があるからな。
「だが冬が始まったのにも関わらずシュウイチはそんなそぶりも見せん。昨日だって折角背中を流そうとしたのに断ったではないか。」
「三日もお風呂に入っていなかったんですよ?いやじゃないんですか?」
「だからこそ手伝いたかったのだ。」
いやそういわれてもですねぇ。
「仮にですよ、シルビア様が同じ立場でしたらどうですか?」
「三日も風呂に入っていない身体でシュウイチに抱かれるわけにはいかん。」
「私も絶対にいやです。」
「身体を清めてからでないと・・・。」
「ダンジョン妖精は老廃物が出ませんので私は別に構いませんが。」
え、そうなの?
アイドルはトイレになんて行きませんを地でいけちゃうの?
あ、アイドルじゃ無くてダンジョン妖精か。
「だから昨日はお断りしたんです。なるほど、皆がソワソワしていた理由が分かりました。」
俺がみんなを抱く決心をしたと思ったんだろう。
それでいつもよりも過剰に世話を焼いてくれたんだな。
自分があの二人にあんな事を言わなければこんな事にならなかったのか。
口は災いの元とはこのことだ。
冬の節にはと約束してしまっているし、いよいよ俺も覚悟を決める必要が出てきたなぁ。
いや、そんなかしこまるような事でもないしむしろ自然な事なんだけど恥ずかしいというか何と言うか。
とりあえず今は棚上げしておくとしよう。
そうしよう。
「それでですね、先程の件とは別にダンジョン用の魔石をあの二人に預けてあるんです。この間のダンジョンから見つけてきた奴なんですけど、魔石に詳しいイラーナさんに寄ればダンジョンで取れた魔石を使えば効率良く魔力に変換できるそうです。」
「そうだったのか。」
「食事が終わったら二人に聞いてみます。上手く行けば魔力不足が解消できるかもしれません。」
「ある程度魔力が戻れば効率良く運用できるようになります。急ぎ手筈を整えましょう。」
魔力が戻ると聞いてユーリの顔がパッと明るくなった。
綱渡りのような魔力管理をしてくれているユーリには大分無理をさせているからなぁ。
魔力さえ戻れば魔物を召喚できるし、魔物が増えれば冒険者を呼べる。
早ければ早いほうが良い。
その後はいつもと同じような空気に戻り、急いで朝食を食べた俺達はその足でダンジョンの入口へと向かった。
「ドリちゃんディーちゃん聞こえる?」
入口前で二人の名前を呼ぶ。
「シュウちゃん呼んだ?」
すると一瞬のうちに笑顔いっぱいのドリちゃんが姿を現した。
あれ、ディーちゃんがいないぞ。
「この間はどうもありがとう。魔石を貰おうかなって思ったんだけどディーちゃんは?」
「えぇっと、それはねぇ・・・。」
別に用事があって来れないならかまわないんだけどどうやらそういう感じでも無さそうだ。
「忙しかったら魔石だけでも貰えたら後はこっちで何とかできるけど・・・そうだルシウス君は?」
「えぇっと、それもちょっと・・・。」
「ドリちゃん?」
「ごめんシュウちゃん!」
突然ドリちゃんが俺に向って頭を下げる。
今度は一体何なんだ?
「一体どうしたの?何か大変な事になってるなら聞かせて欲しいんだけど。」
「大変な事といえば大変なんだけど、あのね、そのね。」
「うん。」
もじもじと胸元で手を交差させている姿がいじらしい。
俺は随分となれたが、エミリア達からしたら立派な精霊『様』だ。
さぞ珍しい光景になるだろう。
「シュウちゃん、お待たせ。」
と、森の奥から声がしたかと思うとディーちゃんがゆっくり歩いてくる。
横には黒ちゃんと、ルシウス君?
なんだか下を向いて元気がない様子だ。
ドリチャンの様子が変なのもアレが原因だろうか。
「おはようディーちゃん、ルシウス君。」
「おはよう、シュウちゃん。」
「おはよう、ございます。」
ディーちゃんは相変らずだがルシウス君に元気がない。
「ほら、ちゃんと言わないと。」
「う、うん・・・。」
「どうしたのかな?」
昨日の少女のように目線を合わせて話しを聞く。
一応妖精『様』なので年齢は上なんだけど、なんとなく見た目で年下に見えてしまう。
「そ、その、あの、ごめんなさい!」
「ごめんなさい?」
「それじゃあ、シュウちゃん分からないよ。」
「えぇっと、その、あの・・・。」
「怒らないから言ってごらん。」
「本当ですか?」
「まぁ、内容によるけど。とりあえず言ってみようか。」
よっぽどでなければ怒らないつもりでいる。
今は妖精だが未来の精霊『様』でもある。
あまり失礼な事はできない。
ルシウス君は何度か深呼吸をして呼吸を整えると、意を決したように俺の目を見つめてきた。
「黒ちゃんの中にあった魔石、食べちゃいました!」
「え!?」
ちょっと待て。
魔石を食べた?
いや、この間うちの魔力を食べて反省したんじゃなかったっけ。
それでいてまた魔石を・・・?
食べたって?
「私がいけなかったの、黒ちゃんに魔石を出してもらって、眺めていたらつい眠くなっちゃって。気がついたら、この子が食べてしまったの。」
「まさか食べちゃいけないものだと思わなくて!つい・・・。」
「え、えっと・・・どのぐらい食べたのかな。」
怒りを通り越して笑えて来た。
ガンドさんを助けに行ったついでとはいえ、命を掛けて手に入れたものだ。
それを勝手に食べちゃったって。
嘘だろ。
「黒ちゃん、出して。」
ディーちゃんに促されて黒ちゃんこと黒いスライムがお腹の中に溜め込んでいた魔石を吐き出していく。
吐き出されたのは当初よりもかなり少ない魔石だった。
間違いなく半分は無い。
もしかしたら7割ぐらいないんじゃないだろうか。
「これで全部?」
「そうなの。」
一応ゼロではない。
現状を考えれば魔力は増えるわけだし、なくなった時の事を考えればダメージは少ない。
少ないんだけど・・・。
「ご主人様、これが話していた魔石ですか?」
「そうです。」
「これでどのぐらいの魔力が増えるのでしょうか。」
「わかりません。」
ダンジョン産の魔石は他の魔石と違ってロスが少ないはずだ。
だから目の前にある量でもそこそこは増えると思うんだけど、具体的にどれぐらい増えるかは未知数だ。
確かに分け合うつもりではあったけど、まさか先にとられるとは思っていなかった。
当初の予定ではとりあえずダンジョンに吸収させて、元の魔力まで戻ったら残りをあげる感じだった。
そうすればうちのロスはなく、ルシウス君もかなりの魔力を回収できる。
こちらが被害者なので彼には少し割を食ってもらう。
そのはずだったんだ。
でもまさか、食べられるとはなぁ・・・。
ん?
待てよ?
「ねぇ、これを食べたことでルシウス君の魔力はどうなったのかな。」
「お、お腹いっぱいになったので無事に精霊になれました!見てください!」
そう言いながらルシウス君が手を頭上にかざすと掌から細かな雪の結晶が飛び出した。
ありの~ままの~。
まさにそんな感じだ。
「そっか。精霊にはなれたんだ。」
「シュウちゃんが、あそこの魔石を全部持って来てくれたから、無事に精霊になれました。」
「でもそのせいで僕はまた・・・。」
こう考えるのはどうだろうか。
もともとあのダンジョンにあった魔石を全部使えば彼は精霊になれた。
うちの魔力を食べたとはいえ足りない分は予定していた魔石を使った計算になる。
目の前に残っているのは当初予定していた魔石のあまりだ。
つまりこれがダンジョンに元々入っていた魔力と同数になるんじゃないだろうか。
ものはためしだ、やってみよう。
「ユーリ、今すぐに魔石を魔力に返還できますか?」
「やってみます。」
「黒ちゃんおねがい。」
スライムが再び魔石をお腹に仕舞い、ユーリの後を追いかけてダンジョンの中へと入る。
そういえば黒ちゃんはもともとユーリが作り出した魔物だったな。
ダンジョン産の魔物は外に出ることが出来ない。
にも関わらずあのスライムが出てこれるのは人工的に作られた魔物だからだ。
いわば里帰りって奴か。
「シュウちゃん本当にごめんなさい。」
「二人が謝る必要は無いよ。それに、ルシウス君も謝ってくれたわけだし。精霊になれたんだねおめでとう。」
「ありがとうございます。あ、あのお詫びになるか分からないんですけど僕も祝福を授けて良いですか!」
「え?ルシウス君が?」
「なりたての僕じゃ力も弱いし、雪なんて冬しか役に立たないけど僕に出来るのはそれしかないから・・・。」
えっと、これは喜んで良いんだろうか。
精霊の祝福を授かる事は非常に名誉な事で、二精霊同時に授かる例はかなり少なかったと思うんだけど。
そこに来て彼から祝福なんて授かろうものなら三精霊同時に祝福されることになるわけでして。
エミリアのような魔法のセンスのある人間ならまだしも全く無い俺なんかがそんなに貰っていったいどうすれば良いんだろうか。
「これはすごい事だぞ!精霊の祝福を三つも授かるとは前代未聞だ!」
「その通りです!シュウイチさんこれはすごい事なんですよ!」
後ろで話しを聞いていたエミリアとシルビア様がものすごい驚いている。
いや、すごいのは分かるんだけどさ。
それを生かせないといいますか何と言いますか。
「祝福を貰っても、魔法が使えないから何にも出来ないよ?」
「でも、呼び出して貰えたら何でもお手伝いします!」
「シュウちゃん貰っておいたら?この間みたいに何かお手伝いできるかもしれないし。」
「貰ってあげて?その方が、この子も喜ぶと思うの。」
いや、貰ってあげてって。
普通は精霊主導で授けるものじゃないんでしょうか。
いいのかなぁ。
「本当に良いの?」
「はい、よろしくおねがいします!」
ルシウス君が元気に返事をする。
くれるって言うならもらわない理由は無い。
名誉な事なんだしありがたく頂戴するとしよう。
ルシウス君が俺の近くまで走ってきて、そっと頭に掌を乗せた。
その途端に頭の天辺から足に掛けて冷気が一気に身体の中を駆け抜けていくのが分かった。
思わずぶるぶると身震いしてしまう。
「これで出来ました!」
「よかったね。」
「はい!初めてがイナバ様でよかったです!」
いや、その言い方は勘弁してください。
ドリちゃんとディーちゃんによしよしと頭を撫でられているルシウス君。
なんでうちの精霊『様』はこんなにも精霊っぽくないんでしょうか。
メルクリア女史のエフリーはなんていうか威厳みたいのがあったような気がするんだけど。
まぁ、別に良いんだけどね。
「ご主人様!」
なんて思っていたらユーリが大慌てで転送装置から出てきた。
「どうでした?」
「魔力が!魔力が全部戻ってきました!」
「え?」
「それどころか若干増えてこのままで行けば無事に拡張できそうです!」
マジか!
まさかの目減りどころか増量ですか!
でもなんで?
「でも一体どうして・・・。」
「おそらく水の精霊様より戴いていた魔力の分が増えたのだと思われます。これで今すぐにでも魔物を増やし冒険者を迎えられます!」
なるほどな。
エコモードにしていたおかげで無駄な魔力を使わずに済んだのか。
この前の企画で使用した魔力まで戻ってくるとは思わなかった。
ありがたやありがたや。
「シュウちゃん、どうなったの?」
「無事にルシウス君が食べた分が戻ってきました。安心してください、これでダンジョンも元通りです。」
「本当!」
「よかったね、シュウちゃん。」
「よかった!ほんとうによかった!」
大喜びの精霊が三人手を取り合ってくるくると回っている。
こういう所が子供っぽいんだろうなぁ。
「あれ、あそこに見えるのは・・・。」
と、大騒ぎのダンジョン前とは反対側、村の方角から何かが近づいてくるのにニケさんが気付いた。
アレはもしかして。
「イナバ様冒険者が、冒険者の皆さんがやってきました!」
「なんだって!」
「一人じゃありません、三人四人、もっといます!」
あ、そうか。
ダンジョンが攻略されたとなればいつものところに行くしかないよな。
それに、ガンドさんの一件で冒険者のやる気はうなぎのぼりだ。
初心者冒険者達も早く一人前になろうと気合十分だろう。
どうやら暇は昨日で終了らしい。
今日からはまた忙しい日常が帰ってくる。
「とりあえず急いで準備をしましょう!エミリアとニケさんは商品の準備を!シルビアはセレンさんが来るまで宿をお願いします。ユーリは大急ぎで召喚の準備をしてください、それから・・・。」
「僕達も何か手伝いましょうか!?」
「いえ、三人は今までどおりどうかこの店を見守っていてください。」
三精霊に祝福されるダンジョン商店なんて世界広しといえどここぐらいだろう。
世界で一番のダンジョン商店になるべく今日からまた頑張らなければ。
「さぁ開店しますよ!」
寒い冬がやってきた。
でもこの冬は、いつもと違う冬になりそうだ。
「いらっしゃいませ、ようこそシュリアン商店へ!」
だが自分の身体はそう思っていないようで、いつもと変わらない時刻に目を覚ましてしまった。
太陽の光が眩しい。
朝が来た。
一瞬、もしかしたら寝すぎてもう夕方なのかもと思いはしたが俺の部屋に夕日は差し込んでこない。
となるとこれは朝日だ。
いやまてよ、まる1日寝ていたとしたらどうだろう。
24時間ぶっ続けで寝ていたらこれが朝日だとしても翌日はゆっくりできたと言えるのでは無いだろうか。
「シュウイチさん起きていますか?」
「起きてますよ。」
「失礼します。」
いつもは声掛けだけなのにどうしたんだろうか。
申し訳無さそうな顔をしてエミリアが部屋に入ってくる。
何かあったんだろうか。
「おはようエミリア。」
「おはようございますシュウイチさん。」
「どうしたんですか?」
「いえ、昨日の今日なのに起きておられたのでもしかして眠れなかったのかなとか思ってしまって。」
なるほど。
興奮して眠れなかったと思ったのだろう。
誤解しないでほしいのだが、別にそういう事をして興奮したわけじゃない。
ダンジョンに潜るという非日常に興奮してという意味だ。
え、そんな事は分かってる?
このヘタレ?
うるさいなぁ。
「シュウイチさん?」
「あ、いえ何でもありません。」
「お疲れでしたら今日はゆっくり休んでくださって構わないんですよ?ニケさんが戻ってきてくださったのでお店は私達で何とかなりますし。」
「折角戻ってきたんですから働かないと。それに、ダンジョンの整備もしないといけませんから。」
「ダンジョンの整備でしたらユーリがもう終わらせていましたよ?」
「あれ、ドリちゃん達は来ていないんですか?」
おかしいな。
てっきり戻ってきているとばかり思っていたんだけど。
まさか魔石がまだ届いていないのか?
「精霊様でしたら聖日の朝に来られましたが何も仰っておられませんでしたよ?」
「そうですか。」
「あ、もしかしたらシルビア様が何か知っているかもしれません。直接お話したのはシルビア様なので。」
「ではシルビアに聞いてみましょう。」
シルビアのことだから伝達漏れは無いと思うけど、昨日は急ぎサンサトローズに向ったそうなので忘れていた可能性もある。
まぁ聞けば分かる話しだ。
「お着替えお手伝いします?」
「もう腕は治りましたから、大丈夫です。」
「そうですか・・・。」
なんだろう、昨日といい今日といいエミリアが積極的な気がする。
積極的というか甲斐甲斐しいというか。
ともかくいつもとちょっと違う。
そのまま部屋を出て行くのかなと思ってもそうするわけでもなく俺をずっと見ているようだ。
えっと、着替えにくいんですけど。
「もう勝手にどこか行ったりしませんよ。」
「本当ですか?」
「ドアの前にエミリアがいたら逃げられません。」
「・・・分かりました外で待っています。」
どうやら分かってもらえたようだ。
エミリアが部屋を出たので急いで着替えてしまおうか。
えっと、確か下着の換えがここで新しい服がこっちで。
寝巻き代わりにしている服を脱ぎ上半身裸のまま部屋をウロウロしていると椅子に足をぶつけてしまった。
その拍子に椅子が倒れバタン!と大きな音が部屋に響く。
「どうしましたか!」
その音に反応する事コンマ何秒。
勢いよくドアが開きエミリアが部屋に飛び込んできた。
「すみません椅子に足をぶつけてしまって。」
「よかった・・・。」
ホッと胸をなでおろしたかと思うと、今度は俺の状況を見てエミリアが顔を真っ赤にする。
「ご、ごめんなさい!」
そして慌ててドアを閉めて出て行ってしまった。
うーん。
どうやらエミリアの心配性に更に拍車がかかってしまったようだ。
この感じだと某国民的RPGよろしく後ろをずっとついてくるようになるかもしれない。
お風呂はともかくトイレはさすがに困るなぁ。
え、昨日は背中流してもらったのかって?
もちろん丁重にお断りしましたよ。
でもドアの前からは移動してもらえなかったので見張られたままお風呂に入った。
そういう意味ではエミリアだけでなく他のみんなも心配しすぎといえるだろう。
メルクリア女史のように転移魔法が使えるわけじゃないんだから、そこまで心配しなくても良いのに。
手早く着替えを済ませて下に降りると、もう朝食の準備は終わっていた。
さすがに少しは寝坊したようだ。
「おはようございます。」
「おはようございますご主人様、卵はいくついりますか?」
「今日は目玉焼き?」
「いえ、茹でる方です。」
「では二つお願いします。」
ゆで卵とは珍しい。
個人的にはマヨネーズよりも塩を振りかけて食べたい派だ。
「シュウイチパンは何枚食べる?」
「では二枚お願いします。」
「イナバ様スープは多めにしますか?」
「少し少なめでお願いします。」
なんだなんだ。
どうしたんだ?
いつもはこんな風に聞いてくること無いのに、皆いったいどうしたんだ?
「どうぞシュウイチさん。」
席に着くと同時にエミリアが香茶を淹れてくれ、すぐにパンとサラダ、スープが用意される。
そして少し遅れてゆで卵がコロンと添えられた。
「至れり尽くせりですね。」
「シュウイチはそこにいてくれればそれで良いんだ。」
「私達がお世話しますのでご主人様はゆっくりなさってください。」
「して欲しい事があったらなんでも言って下さいね。」
「食べさせてあげましょうか?」
うちの女性陣はいったいどうしてしまったんだろうか。
これまで色々と手を焼いてもらった事はあったけれど、ここまで過剰な事はなかった。
なんだろう何かをたくらんでいるような気がする。
子供が玩具を買ってほしくて親に色々してあげるような感じだ。
「自分で食べれますので大丈夫です。ではいただきましょうか。」
「「「「いただきます。」」」」
腹が減っては何とやら、思うところはあるがとりあえずお腹を満たすことが先決だ。
うん、今日のスープも美味しいなぁ。
「いかがですか?」
「とっても美味しいです。」
「よかった。」
いつものも美味しいけれど今日のは特に手がこんでいる気がする。
うーむ。
明らかにいつもと違うんだよな。
何が違うって言われるとわからないんだけど、とりあえず変なんだ。
「ユーリ、ダンジョンのほうはどうですか?」
「整備は完了しています。ですが魔力は足りない状態が続いていますね。」
「留守の間に何かありましたか?」
「特に何も。」
「冒険者はほとんど来なかった。まぁ、あのような事になっていたのなら当然だろう。」
「村のほうはどうですか?」
「新しい村人もすぐに馴染んだような。今のところ何の問題もないと聞いている。」
それは何よりだ。
かなりの人数が入植したので何かしらの問題が起きると思ったが、今の所は問題無さそうだな。
気をつけないといけないのは不満の出やすい一節後ぐらいか。
その頃になったらもう一度様子を確認しよう。
「そうだ、シルビアこの間ドリちゃんかディーちゃんが来たと思うんですけど何か聞いてませんか?」
「あっ!」
俺の質問を聞いた途端にシルビア様の動きが止まる。
シルビア様だけじゃない、全員の動きがピタリと止まった。
なんだ?
今日は一体どうしたんだろうか。
「どうしました?」
「と、特に何も聞いていないぞ。」
「魔石がどうのとか言ってませんでしたか?」
「魔石とは言っていなかったな。」
魔石とは という事はそれ以外に何か言っていたんだろうか。
でも何も聞いていないって言ってたし・・・。
怪しいな。
何か隠しているんじゃないだろうか。
「それ以外の事は?」
「そ、それはだな・・・。」
「シルビア?」
何故かシルビア様が俯いて黙ってしまった。
心なしか顔が赤いように見えるんだけど・・・熱でもあるんだろうか。
「ご主人様一つよろしいでしょうか。」
「ユーリ!」
シルビア様の代わりにユーリが話し始めるとシルビア様がそれを遮ろうとする。
「どうしました?」
「単刀直入にお伺いしますが、精霊様と子供を作るというのは本当ですか?」
「えぇ!?」
「ご主人様が『私達に子供はどうやって作るのか教えてもらえ』と言っていたと伺っております。これは精霊様にそういう知識を授けそのような事をなさる為なのでしょうか。」
どういうことだ?
いったいなにがどうなって・・・。
そこで俺はある事を思い出した。
この間ダンジョンに潜った時、あの二人と何を話したのか。
どうやって子供を作るのかと聞かれた俺は咄嗟になんて言った?
エミリア達に聞いてくれって言ったんじゃないか?
だから二人はそれを聞いて・・・そうか!
「そ、そんな事あるはず無いじゃないですか!」
「ではどうしてそんな事になったのでしょう。まさか、子作りを実演してみせる為に・・・。」
「そんな事しません!」
一体何がどうなってそういう考えになるんだろうか。
「だ、だが精霊様はシュウイチと子供を作る約束をしたと。」
「約束なんてしていません!」
「ではそんな事は無いのだな?」
「もちろんです。」
「よかった・・・。」
ホッと胸をなでおろすシルビア様。
一体どういう流れでそう思ったんだろうか。
「いよいよイナバ様が覚悟を決められたのかと思ったんですけど、違うんですね。」
「命の危険を感じると子孫を残したくなるとの知識があるのですが、おかしいですね。もしやご主人様はダンジョンに潜られても命の危険を感じなかったとか。」
「それはあるかもしれん。」
「では命の危険を感じるような事をすれば・・・。」
「そんな危ない事ダメです!」
危険な流れをエミリアが綺麗にぶった切ってくれた。
危ない危ない、ユーリのことだから何かとんでもないことをしでかす可能性があるからな。
「だが冬が始まったのにも関わらずシュウイチはそんなそぶりも見せん。昨日だって折角背中を流そうとしたのに断ったではないか。」
「三日もお風呂に入っていなかったんですよ?いやじゃないんですか?」
「だからこそ手伝いたかったのだ。」
いやそういわれてもですねぇ。
「仮にですよ、シルビア様が同じ立場でしたらどうですか?」
「三日も風呂に入っていない身体でシュウイチに抱かれるわけにはいかん。」
「私も絶対にいやです。」
「身体を清めてからでないと・・・。」
「ダンジョン妖精は老廃物が出ませんので私は別に構いませんが。」
え、そうなの?
アイドルはトイレになんて行きませんを地でいけちゃうの?
あ、アイドルじゃ無くてダンジョン妖精か。
「だから昨日はお断りしたんです。なるほど、皆がソワソワしていた理由が分かりました。」
俺がみんなを抱く決心をしたと思ったんだろう。
それでいつもよりも過剰に世話を焼いてくれたんだな。
自分があの二人にあんな事を言わなければこんな事にならなかったのか。
口は災いの元とはこのことだ。
冬の節にはと約束してしまっているし、いよいよ俺も覚悟を決める必要が出てきたなぁ。
いや、そんなかしこまるような事でもないしむしろ自然な事なんだけど恥ずかしいというか何と言うか。
とりあえず今は棚上げしておくとしよう。
そうしよう。
「それでですね、先程の件とは別にダンジョン用の魔石をあの二人に預けてあるんです。この間のダンジョンから見つけてきた奴なんですけど、魔石に詳しいイラーナさんに寄ればダンジョンで取れた魔石を使えば効率良く魔力に変換できるそうです。」
「そうだったのか。」
「食事が終わったら二人に聞いてみます。上手く行けば魔力不足が解消できるかもしれません。」
「ある程度魔力が戻れば効率良く運用できるようになります。急ぎ手筈を整えましょう。」
魔力が戻ると聞いてユーリの顔がパッと明るくなった。
綱渡りのような魔力管理をしてくれているユーリには大分無理をさせているからなぁ。
魔力さえ戻れば魔物を召喚できるし、魔物が増えれば冒険者を呼べる。
早ければ早いほうが良い。
その後はいつもと同じような空気に戻り、急いで朝食を食べた俺達はその足でダンジョンの入口へと向かった。
「ドリちゃんディーちゃん聞こえる?」
入口前で二人の名前を呼ぶ。
「シュウちゃん呼んだ?」
すると一瞬のうちに笑顔いっぱいのドリちゃんが姿を現した。
あれ、ディーちゃんがいないぞ。
「この間はどうもありがとう。魔石を貰おうかなって思ったんだけどディーちゃんは?」
「えぇっと、それはねぇ・・・。」
別に用事があって来れないならかまわないんだけどどうやらそういう感じでも無さそうだ。
「忙しかったら魔石だけでも貰えたら後はこっちで何とかできるけど・・・そうだルシウス君は?」
「えぇっと、それもちょっと・・・。」
「ドリちゃん?」
「ごめんシュウちゃん!」
突然ドリちゃんが俺に向って頭を下げる。
今度は一体何なんだ?
「一体どうしたの?何か大変な事になってるなら聞かせて欲しいんだけど。」
「大変な事といえば大変なんだけど、あのね、そのね。」
「うん。」
もじもじと胸元で手を交差させている姿がいじらしい。
俺は随分となれたが、エミリア達からしたら立派な精霊『様』だ。
さぞ珍しい光景になるだろう。
「シュウちゃん、お待たせ。」
と、森の奥から声がしたかと思うとディーちゃんがゆっくり歩いてくる。
横には黒ちゃんと、ルシウス君?
なんだか下を向いて元気がない様子だ。
ドリチャンの様子が変なのもアレが原因だろうか。
「おはようディーちゃん、ルシウス君。」
「おはよう、シュウちゃん。」
「おはよう、ございます。」
ディーちゃんは相変らずだがルシウス君に元気がない。
「ほら、ちゃんと言わないと。」
「う、うん・・・。」
「どうしたのかな?」
昨日の少女のように目線を合わせて話しを聞く。
一応妖精『様』なので年齢は上なんだけど、なんとなく見た目で年下に見えてしまう。
「そ、その、あの、ごめんなさい!」
「ごめんなさい?」
「それじゃあ、シュウちゃん分からないよ。」
「えぇっと、その、あの・・・。」
「怒らないから言ってごらん。」
「本当ですか?」
「まぁ、内容によるけど。とりあえず言ってみようか。」
よっぽどでなければ怒らないつもりでいる。
今は妖精だが未来の精霊『様』でもある。
あまり失礼な事はできない。
ルシウス君は何度か深呼吸をして呼吸を整えると、意を決したように俺の目を見つめてきた。
「黒ちゃんの中にあった魔石、食べちゃいました!」
「え!?」
ちょっと待て。
魔石を食べた?
いや、この間うちの魔力を食べて反省したんじゃなかったっけ。
それでいてまた魔石を・・・?
食べたって?
「私がいけなかったの、黒ちゃんに魔石を出してもらって、眺めていたらつい眠くなっちゃって。気がついたら、この子が食べてしまったの。」
「まさか食べちゃいけないものだと思わなくて!つい・・・。」
「え、えっと・・・どのぐらい食べたのかな。」
怒りを通り越して笑えて来た。
ガンドさんを助けに行ったついでとはいえ、命を掛けて手に入れたものだ。
それを勝手に食べちゃったって。
嘘だろ。
「黒ちゃん、出して。」
ディーちゃんに促されて黒ちゃんこと黒いスライムがお腹の中に溜め込んでいた魔石を吐き出していく。
吐き出されたのは当初よりもかなり少ない魔石だった。
間違いなく半分は無い。
もしかしたら7割ぐらいないんじゃないだろうか。
「これで全部?」
「そうなの。」
一応ゼロではない。
現状を考えれば魔力は増えるわけだし、なくなった時の事を考えればダメージは少ない。
少ないんだけど・・・。
「ご主人様、これが話していた魔石ですか?」
「そうです。」
「これでどのぐらいの魔力が増えるのでしょうか。」
「わかりません。」
ダンジョン産の魔石は他の魔石と違ってロスが少ないはずだ。
だから目の前にある量でもそこそこは増えると思うんだけど、具体的にどれぐらい増えるかは未知数だ。
確かに分け合うつもりではあったけど、まさか先にとられるとは思っていなかった。
当初の予定ではとりあえずダンジョンに吸収させて、元の魔力まで戻ったら残りをあげる感じだった。
そうすればうちのロスはなく、ルシウス君もかなりの魔力を回収できる。
こちらが被害者なので彼には少し割を食ってもらう。
そのはずだったんだ。
でもまさか、食べられるとはなぁ・・・。
ん?
待てよ?
「ねぇ、これを食べたことでルシウス君の魔力はどうなったのかな。」
「お、お腹いっぱいになったので無事に精霊になれました!見てください!」
そう言いながらルシウス君が手を頭上にかざすと掌から細かな雪の結晶が飛び出した。
ありの~ままの~。
まさにそんな感じだ。
「そっか。精霊にはなれたんだ。」
「シュウちゃんが、あそこの魔石を全部持って来てくれたから、無事に精霊になれました。」
「でもそのせいで僕はまた・・・。」
こう考えるのはどうだろうか。
もともとあのダンジョンにあった魔石を全部使えば彼は精霊になれた。
うちの魔力を食べたとはいえ足りない分は予定していた魔石を使った計算になる。
目の前に残っているのは当初予定していた魔石のあまりだ。
つまりこれがダンジョンに元々入っていた魔力と同数になるんじゃないだろうか。
ものはためしだ、やってみよう。
「ユーリ、今すぐに魔石を魔力に返還できますか?」
「やってみます。」
「黒ちゃんおねがい。」
スライムが再び魔石をお腹に仕舞い、ユーリの後を追いかけてダンジョンの中へと入る。
そういえば黒ちゃんはもともとユーリが作り出した魔物だったな。
ダンジョン産の魔物は外に出ることが出来ない。
にも関わらずあのスライムが出てこれるのは人工的に作られた魔物だからだ。
いわば里帰りって奴か。
「シュウちゃん本当にごめんなさい。」
「二人が謝る必要は無いよ。それに、ルシウス君も謝ってくれたわけだし。精霊になれたんだねおめでとう。」
「ありがとうございます。あ、あのお詫びになるか分からないんですけど僕も祝福を授けて良いですか!」
「え?ルシウス君が?」
「なりたての僕じゃ力も弱いし、雪なんて冬しか役に立たないけど僕に出来るのはそれしかないから・・・。」
えっと、これは喜んで良いんだろうか。
精霊の祝福を授かる事は非常に名誉な事で、二精霊同時に授かる例はかなり少なかったと思うんだけど。
そこに来て彼から祝福なんて授かろうものなら三精霊同時に祝福されることになるわけでして。
エミリアのような魔法のセンスのある人間ならまだしも全く無い俺なんかがそんなに貰っていったいどうすれば良いんだろうか。
「これはすごい事だぞ!精霊の祝福を三つも授かるとは前代未聞だ!」
「その通りです!シュウイチさんこれはすごい事なんですよ!」
後ろで話しを聞いていたエミリアとシルビア様がものすごい驚いている。
いや、すごいのは分かるんだけどさ。
それを生かせないといいますか何と言いますか。
「祝福を貰っても、魔法が使えないから何にも出来ないよ?」
「でも、呼び出して貰えたら何でもお手伝いします!」
「シュウちゃん貰っておいたら?この間みたいに何かお手伝いできるかもしれないし。」
「貰ってあげて?その方が、この子も喜ぶと思うの。」
いや、貰ってあげてって。
普通は精霊主導で授けるものじゃないんでしょうか。
いいのかなぁ。
「本当に良いの?」
「はい、よろしくおねがいします!」
ルシウス君が元気に返事をする。
くれるって言うならもらわない理由は無い。
名誉な事なんだしありがたく頂戴するとしよう。
ルシウス君が俺の近くまで走ってきて、そっと頭に掌を乗せた。
その途端に頭の天辺から足に掛けて冷気が一気に身体の中を駆け抜けていくのが分かった。
思わずぶるぶると身震いしてしまう。
「これで出来ました!」
「よかったね。」
「はい!初めてがイナバ様でよかったです!」
いや、その言い方は勘弁してください。
ドリちゃんとディーちゃんによしよしと頭を撫でられているルシウス君。
なんでうちの精霊『様』はこんなにも精霊っぽくないんでしょうか。
メルクリア女史のエフリーはなんていうか威厳みたいのがあったような気がするんだけど。
まぁ、別に良いんだけどね。
「ご主人様!」
なんて思っていたらユーリが大慌てで転送装置から出てきた。
「どうでした?」
「魔力が!魔力が全部戻ってきました!」
「え?」
「それどころか若干増えてこのままで行けば無事に拡張できそうです!」
マジか!
まさかの目減りどころか増量ですか!
でもなんで?
「でも一体どうして・・・。」
「おそらく水の精霊様より戴いていた魔力の分が増えたのだと思われます。これで今すぐにでも魔物を増やし冒険者を迎えられます!」
なるほどな。
エコモードにしていたおかげで無駄な魔力を使わずに済んだのか。
この前の企画で使用した魔力まで戻ってくるとは思わなかった。
ありがたやありがたや。
「シュウちゃん、どうなったの?」
「無事にルシウス君が食べた分が戻ってきました。安心してください、これでダンジョンも元通りです。」
「本当!」
「よかったね、シュウちゃん。」
「よかった!ほんとうによかった!」
大喜びの精霊が三人手を取り合ってくるくると回っている。
こういう所が子供っぽいんだろうなぁ。
「あれ、あそこに見えるのは・・・。」
と、大騒ぎのダンジョン前とは反対側、村の方角から何かが近づいてくるのにニケさんが気付いた。
アレはもしかして。
「イナバ様冒険者が、冒険者の皆さんがやってきました!」
「なんだって!」
「一人じゃありません、三人四人、もっといます!」
あ、そうか。
ダンジョンが攻略されたとなればいつものところに行くしかないよな。
それに、ガンドさんの一件で冒険者のやる気はうなぎのぼりだ。
初心者冒険者達も早く一人前になろうと気合十分だろう。
どうやら暇は昨日で終了らしい。
今日からはまた忙しい日常が帰ってくる。
「とりあえず急いで準備をしましょう!エミリアとニケさんは商品の準備を!シルビアはセレンさんが来るまで宿をお願いします。ユーリは大急ぎで召喚の準備をしてください、それから・・・。」
「僕達も何か手伝いましょうか!?」
「いえ、三人は今までどおりどうかこの店を見守っていてください。」
三精霊に祝福されるダンジョン商店なんて世界広しといえどここぐらいだろう。
世界で一番のダンジョン商店になるべく今日からまた頑張らなければ。
「さぁ開店しますよ!」
寒い冬がやってきた。
でもこの冬は、いつもと違う冬になりそうだ。
「いらっしゃいませ、ようこそシュリアン商店へ!」
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