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第十一章

約束を破ったら

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 魔石は手に入ったし、ガンドさん達も助かった。

 普通に行けば大団円となるはずなんだけど、現実はそんなに甘くない。

 怪我人が多いのでゆっくり時間をかけながらダンジョンを脱出し、街に戻った俺達を迎えてくれたのは華やかな出迎えでも大勢の仲間達でもない。

 城壁の下、怒髪天を突く勢いでこちらを睨む俺の家族の姿だった。

 ニケさんは分かる。

 だって一緒にサンサトローズに来ていたんだから。

 だけどエミリアとシルビア様、ユーリまでもがサンサトローズにやって来ていた。

 店はどうしたんだろうか。

「怒ってるわよ。」

「そのようです。」

「あそこまでお怒りのシルビア様も珍しい、命があればまた会いましょう。」

「あの、そういう不穏な言い方はやめてもらえませんかね。」

「エミリアの顔を見たら分かるわ、アレは私が黙ってケーキを食べたときよりも怒ってる顔よ。」

 後輩に何しているんだこの人は。

 食べ物の恨みは怖いんだぞ。

「すまねぇイナバ様。」

「ガンドさんが謝る必要はありません、黙って危険な場所に向ったのは私の判断です。」

「もう一本の腕を差し出すわけにはいかねぇが、動かなくなったこの腕が必要なら遠慮なく言ってくれ。」

 何処の極道ですか。

 小指じゃないんだからさぁ。

 怒られるのは百も承知だ。

 しっかりと謝ればきっと許してくれる。

「ただいま戻りました。」

「カムリ、よく戻ったな。」

「ハッ、一名も欠ける事無く救出完了しております。」

「他の者もよく頑張ってくれた、しっかりと休んでくれ。」

「「「「はい!」」」」

 シルビア様の労いを受けて騎士団の皆さんが大きく返事をする。

 そしてそのまま騎士団と共に行ってしまった。

「冒険者の皆さんもお疲れ様でした、ギルドに暖かい食事を用意してありますのでどうぞ食べてください。報酬に関しては後ほどグランギルド長代理よりお話があります。」

 続いてニケさんが冒険者達を出迎える。

「報酬が出るのか!」

「旨い飯が食えるぞ!」

「酒だ!今日は祝宴だ!」

 ニケさんの伝言に冒険者達も大喜びのようだ。

 報酬が出るという話はなかったはずだけど、ギルドがお金を出すのかな?

 何はともあれタダ働きにならなくてよかった。

 冒険者は身体が資本、頑張りに見合う報酬がないとね。

「ガンドさん達も是非どうぞ。」

「だが、俺達のせいで。」

「お二人の帰りを皆が心待ちにしています、元気な顔を見せてあげてください。」

 ティナさんとニケさんが冒険者を先導して行ってしまった。

 あ、あれ?

 怒られるんじゃないの?

「メルクリア様、リュカさんお疲れ様でした。」

「エミリア!」

「お疲れの所申し訳ありませんがフェリス様がお呼びです。」

「顔を出すように言われていたものね。」

「えー、ちょっとは休みたいんですけどー!」

「すぐ終わるそうですから我慢してください。」

 そして最後にエミリアが魔術師ギルドの二人を出迎える。

 このままフェリス様の呼び出しとはご苦労様だ。

「終わったらさ、御飯食べに行こうよ!」

「私は帰って着替えるのでどうぞお一人で。」

「えー、フィフィのケチ!」

「好きに仰ってください。私は女性としての尊厳を大切にします。」

「ねぇ、エミリア私臭う?」

「少しだけですけど。」

「じゃあ帰る!」

 ダンジョンに潜っている間お風呂はもちろん身体を拭く事もできなかったしな。

 かという俺も汗臭そうだ。

 早くお風呂に入りたい。

 シルビア様、ニケさん、エミリアと各自がそれぞれの担当を誘導していく。

 残されたのは・・・。

「お帰りなさいませご主人様。」

「ただいまユーリ。」

「お疲れの所申し訳ありませんがププト様より事の顛末を報告せよとのことです、どうぞ宜しくお願いします。」

「えっと、何故私が?」

「さぁそう言われただけですので。では私はニケ様のお手伝いに行きますので失礼します。」

 いつものようにお辞儀をしてユーリが冒険者の後ろを追いかけて行ってしまった。

 城門の外に残されたのは俺一人。

 怒られると覚悟していたにもかかわらずまさかの展開になってるんだけど。

 ちょっとこれはマズイんじゃないでしょうか。

 怒りを通り越して呆れている?

 愛想を尽かれて離婚される?

 まさかそんな・・・。

「そうでしたご主人様。」

 と、冒険者を追いかけていたはずのユーリが戻ってきた。

 さすがユーリ、お前だけは俺を見捨てなかったか!

「お帰りの連絡は不要ですのでどうぞ好きなだけププト様のところでお仕事をなさってください。では失礼します。」

 あ、そう。

 そうですか。

 まさかここに来て家族全員に総スカンされるとは・・・。

 ガクリと項垂れ、俺はトボトボとププト様の待つ領主の館へと向うのだった。


「アッハッハ!嫁も含め全員に愛想をつかされるとは中々だな!」

「笑い事じゃありませんよ!怒られるのは覚悟していましたが、まさかこんな事になるとは。」

「それだけ愛されているということではないのか?」

「そうだとしてもさすがに堪えます。」

「それも全部お前のせいだ、せいぜい夫としての責任を全うするんだな。」

 ププト様に事の顛末を報告し、先程の件を愚痴ると大笑いされてしまった。

 分かってはいるんだけどどうしたもんかなぁ。

「何か良い案は無いでしょうか。」

「無い。」

「即答ですか。」

「街の運営よりも難題だぞ、妙案などすぐに出るはずが無いだろう。」

「そんなに難しいことですか。」

「当たり前だ。人の心がそれほどに複雑なのはお前もよく知っているだろう。」

 いや、そうなんですけど。

 年上しかも人の上に立つ立場の人として何か助言をいただければと・・・いえ何でもありません。

 自分で何とかしろって言う事ですよね。

「頑張ります。」

「せいぜい頭を下げ続けるんだな。私の時なんかは一節はまともに口を利いてもらえなかったぞ。」

「一体何をしたんですか?」

「結婚記念日を忘れた。」

「それは自業自得です。」

「それ以降は一回も忘れた事は無いのだぞ!死ぬ間際まで根に持ちおって・・・。」

 そういえばププト様は早くに奥さんを亡くしているんだったな。

 臨床の時にもその話が出てくるって、俺も気をつけなければ。

 いや、まずはどうやって許してもらうかが先か。

「ともかく報告は以上です。ダンジョンは最下層まで攻略され危険は去ったといえるでしょう。」

「街の近くに危険な場所があるのは困るよく攻略してくれた。だが、豪腕のガンドを失ったのは街としても痛手だな。」

「幸い命に別状はありませんが、あの腕では再び冒険者としてやっていくのは難しいと思います。」

「他の冒険者に問題は無いのだな?」

「あの方が抜けた穴を皆で埋めようと一致団結しております。」

 ガンドさんの抜けた穴は大きい。

 あの人しか倒せなかった魔物も居ただろうし、そのおかげで治安が保たれていた部分もある。

 それを皆で埋めようと冒険者はより力をつけ、新たな上級冒険者が生まれるに違いない。

 それぐらいあの人の存在はサンサトローズの冒険者にとって大きかったのだ。

「ならば抜けた穴は他の冒険者が埋めるだろう。話は変わるが入植者達は旨く馴染めたか?」

「おかげ様で無事に入植は完了しました。村人とも手を取り合いながら村づくりに励んでおります。」

「お前が求めた街道の整備も順調だ。春までには村までの舗装が終わるだろう。」

「ありがとうございます。」

「資材価格が高騰しているが想定の範囲内だ。この間の企画も順調に街の者に還元されている。まったく、お前が来てからというもの仕事ばかりが増えて困るな。」

「申し訳ありません。」

「謝るぐらいならさっさと手伝いに来い。」

 早く自分の下で働けと催促されてしまった。

 だが、俺にはやらなければならない事が沢山ある。

 残念ながらまだ応える事はできそうにない。

「その為にも引き続き頑張らせていただきます。」

「早く仲直りしろよ。」

「頑張ります。」

 早く仲直りしたいんだけど・・・。

 どうすれば良いのか検討もつかない。

「そういえばどこぞの貴族が挨拶に来た時に珍しい菓子を持ってきていたな。」

「はい、王都から取り寄せた物と伺っております。」

 いつの間やってきたのかププト様の独り言にテナンさんが淀みなく応える。

 さすが執事マスター。

 いつ入ってきたのかわからなかった。

「酒のつまみになるような物ならよかったものの、悪いが持って帰ってもらえないか?」

「ですが頂き物では?」

「放っておいてもどうせ捨てるだけだ。」

 なるほど。

 これを手土産に許して貰えというププト様の計らいか。

 ありがたく頂戴しよう。

「皆も喜びます。」

「疲れている中呼び出して悪かったな、テナン送ってやってくれ。」

「かしこまりました。」

 これにてお役ごめんだ。

 テナンさんからお土産を受け取り馬車で下まで送って貰う。

 あー、疲れた。

 疲れたけどモヤモヤしすぎて素直に休む気になれない。

 どこに行けば良いだろう。

 白鷺亭に行けば良いんだろうけど、エミリア達をただ待つのもなぁ。

 かといって行く場所もないし。

 噴水広場のベンチに腰掛け行き交う人をぼんやりと眺める。

 ダンジョンに入って出てくると三日も経ていて気づけば聖日になっていた。

 まるでミニ浦島太郎だ。

「帰る場所がないとか倦怠期の夫婦かよ。」

「帰れないの?」

「え!?」

 ボソッとこぼれた愚痴に返事をされ慌てて後ろを振り返ると、不思議そうな顔をした少女が俺を見ていた。

 まだ10歳にもならないような感じだ。

 身なりは綺麗なので孤児という感じでもない。

 親はどうしたんだ?

「おうちがないの?」

「家はあるんだけど帰りづらくてね。」

「私も家に帰りたくないの。」

「どうして?」

「お母さんに怒られたから。」

 どうやら怒られて家を飛び出してきてしまったようだ。

「どうして怒られたの?」

「あのね、お手伝いしてって言われたのにアンナが遊んでたから。」

「それで怒られたんだ。」

「そんな子はいらないっていわれたから出てきたの。」

 なるほどなぁ。

 俺にも覚えがある。

 つい夢中になってしまって親の言う事を聞かないなんてしょっちゅうだ。

 それが子供というものだが、親になるとそれが苦痛になったりもする。

 それで喧嘩になったんだな。

「オジちゃんはどうして?」

「無茶をしないって約束をしたのに破っちゃったんだ。」

「約束は守らないとダメなんだよ?」

「そうだね、守らないとダメだねぇ。」

 その時はそれしか選択肢が無かった。

 あの時すぐに行動したからこそあの二人の命を守ることが出来たという事実もある。

 だが、それとこれとは話しは別だ。

 心配かけない、無茶をしないという約束を破ったのもまた事実。

 皆が怒るのも無理は無い。

「お互いにちゃんと謝らないとね。」

「お母さん許してくれるかな?だっていらないって言われたのに・・・。」

「お母さんは本当にいらないなんて思っていないよ。大丈夫、オジちゃんも一緒に謝ってあげるから。」

「本当?」

「もちろん。」

 不安そうに俯く少女の顔がパッと明るくなる。

 子供はやっぱり笑顔が一番似合う。

 ちなみに、そっちの趣味は無いので少女の相手をしたからといってドキドキする事は無いので安心してくれ。

 少女の手を取りひとまずこっちから来たという方向へ歩き出した。

 いつか子供が生まれたらこんな感じなんだろうか。

 行き交う人から少女を守るようにしながら南通りを真っ直ぐ下っていく。

 途中でわき道に入るとばかり思っていたのだが、気付けば南門のところまで来てしまった。

 あれ?こっちじゃないの?

「こっちであってるの?」

「お母さんとお買い物に来る時はいつもここを通ってるの。」

「その後は?」

「わかんない。」

「前からこの街に住んでるの?」

「ううん。秋にこっちに引っ越してきたの!」

 なるほどそりゃ道が分からないはずだ。

 でも困ったなぁ、このままでは少女を家に送り返すことが出来ない。

 一縷の望みにかけてお店で聞いてみたけれど誰も少女の事を知らないそうだ。

 まいったなぁ。

 陽はだんだんと傾き二人の影が伸びていく。

 伸びれば伸びるほど少女の顔が俯き、気付けば涙でいっぱいになっていた。

「大丈夫、絶対にお母さんが見つけてくれるから。」

「でも、でも、いらないって言われたもん。」

「そんな事無いよ、大丈夫。」

 少女と同じ目線になるように膝を付いて話しをする。

 今にも涙が溢れそうだ。

「もう一度来た道を戻ってみようか。教会にはよく行くの?」

「聖日になったら、お菓子を貰いに行くの。」

「じゃあ、教会の人に聞いてみようか。」

「うん。」

 今はこの子の不安を少しでも取り除いてあげないと。

 少女の手をしっかりと握り、二人で南通りを北上する。

 道行く人が俺達を見てヒソヒソと話しているような気がするのはなぜだろうか。

 顔が似ていないから?

 まさか人攫いだとか思われてる?

「オジちゃん、お母さん居るかな。」

「大丈夫だよ。もう噴水の所まで探しに来ているかも。」

 子供は大人の空気に敏感だ。

 こっちが不安になるとすぐにそれが伝わってしまう。

 最悪騎士団に聞けば何とかなるだろうし、いざとなったら大声で母親を呼べば良い。

 そうだ!

 なんで俺は手を握ったままなんだ。

 もっと良い方法があるじゃないか。

「そうだ、肩車をしてあげようか。」

「肩車?」

「高いところから探したらお母さん見つけてくれるかもしれないよ?」

「うん、して!」

 よし来たとその場にしゃがみ、少女を肩の上に乗せると一気に立ち上がる。

 強行軍だったんでかなり足に来ているがもうひと踏ん張りだ。

 肩車をしたことで周りの人がさっき以上に俺達を見る。

 もしこれで母親が発見してくれればもしくはこの子の事を知っている人が見てくれればオッケーだ。

 不審者に思われるのは致し方ない。

 世間体を考えるともちろん困るが、今は背に腹は変えられない。

 だが、そのまま通りを北上するもそういった人に出会う事もなく気付けば噴水広場まで戻ってきてしまった。

 どうしよう、大丈夫といった手前ダメだったとは良いにくいんだけど。

 と、その時だった。

「アンナ!」

 広場に澄んだ声が響き渡る。

 その声が聞こえた途端、頭の上の少女が身体を硬くするのが伝わってくるのがわかった。

 もしやこの声の主は・・・。

「おいお前!その子を降ろせ!」

 噴水の東側から騎士団員が走ってくる。

「居たぞ!アレじゃないか!」

 今度は噴水の西側から冒険者が走ってくる。

 目的地はもちろんこの俺のようだ。

 ちょっとまって、もしかして誘拐犯とか思われてる?

 いやいや違うから!

 ただの善良な商人ですから!

「「「捕まえろ!」」」

 両手を挙げて無抵抗の意思を示すものの、そんなアピールもむなしく周りを騎士団員と冒険者に囲まれてしまうのだった。
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