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第十一章

イナバの上級ダンジョン:前哨戦

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「前方開けました、一気に行きます!」

「押し返せ、今のうちに走り抜けるぞ!」

「応!」

「イナバ様今のうちに!」

「置いていくわよ!」

 前哨戦とか言ってすみませんでした。

 本当にごめんなさい。

 まさかこんなに激しいとは思っていませんでした。

 むせ返る血の臭いに魔物の叫び声。

 響く金属音に鈍い破壊音。

 阿鼻叫喚とはまさにこのことなのだろう。

 兎にも角にもそんな状況で俺はひたすら走り続けた。

 魔物が予想よりも多いとは聞いていた。

 聞いていたけど、それは予想をかなり上回る量だった。

 通路という通路に魔物がうろつき、思うように進行速度が上がらない。

 一度停滞しようものなら途中の通路から別の魔物が出てきて被害が出てしまう。

 我々に出来る事はただ一つ。

 致命傷まで行かないぐらいに痛めつけて怯んだ隙に先を急ぐ事。

 転送装置がないので帰りにも同じ事をしないといけないが、時間をかける余裕もない。

 帰りは時間をかけながら殲滅していけば良い。

 確かにそういう話にはなっているけど、それでも半殺しにするには時間がかかる。

「次の通路を左です!」

「わかりました。」

「反対の右側に騎士団展開、魔物が居た場合抑えているうちに魔法お願いします。」

「まっかせなさい!」

 先行するバーグさんを誘導しつつ、駆け抜ける為に必要な手段も講じる。

 それを指揮するのはティナさんでもカムリでもなく何故か俺だった。

「通路の先何も居ません!」

「反対側に敵影、オイルワーミーです!その数4!」

「騎士団は密集陣形のまま盾で通路を封鎖、魔法はメルクリアさんお願います。」

「仕方ないわね!」

 事前情報通りの魔物しか出てこないのが救いだ。

 魔物の種類を聞いて何が弱点かを即座に判断、対処法を提示する。

 オイルワーミーは体長1m程の芋虫で名前の如く引火性の強い体液を吐き出してくる。

 身体は耐火性の強い粘膜に覆われており通常の魔法では引火させることが出来ない厄介な魔物だ。

 集団が角を曲がると同時に魔物の居る通路を騎士団員が盾で封鎖、メルクリア女史が魔法の詠唱を始める。

 スパルタの兵士の如く隙間なく並べられた盾によって体液はこちらに届く事無くはじかれた

 効果がないと判断した芋虫は体当たりをするべく向ってくるが・・・。

 詠唱が完了し、突進しようとした芋虫の正面に炎の壁が立ちふさがった。

 壁を作るなら普通の魔術師にも出来る。

 だが、ここからが一味違う精霊師の腕の見せ所だ。

「炎よ、その者達を等しく滅ぼせ!」

 立ち往生する四匹の芋虫を挟み込むように反対側にも炎の壁が立ち上がる。

 その壁はゆっくりと動きながら芋虫を完全に包み込んでしまった。

「エフリーの加護を舐めるんじゃないわよ。」

 この炎はただの炎ではない。

 火の精霊の加護を受けた特別な炎だ。

 中の温度は数千度まで上がり包まれた魔物を等しく焦がしていく。

 いくら耐火性に優れた皮膚でも、内側から高熱に晒されれば溜まったものじゃない。

 体内のオイルが発熱によって引火し、芋虫は内側から爆発した。

 飛び散った破片も包み込んだ炎に焼かれ、芋虫が居た場所には焦げた後しか残されていなかった。

「敵影消滅しました。」

「次、いくわよ。」

 メルクリア女史がどのような顔をしていたかはその場から離れていた為確認できないが、満足げな顔をしていたに違いない。

 リュカさん曰く仕事ばかりで魔法を使う暇がなかったとのことだ。

 たまにはストレスを発散させるのも大切という事だな。

 その後隊員と共にメルクリア女史は集団に合流、同じような流れで魔物を撃破していく。

 かなりのペースで進んでいるつもりだが、魔物に対処している分時間がかかりまだ階層一つ進めていなかった。

「今どの辺りですか?」

「あと三回曲がるとやっと大部屋ですね。」

「やっと!?後もう一回これをするの?」

「そうなります。」

「次で休憩するのよね?」

「大部屋を制圧しましたら斥侯を出しますので、その間小休止できますよ。」

「イナバ様本当にこのダンジョン初めてなんですか?あまりにも指示が的確すぎてちょっと・・・。」

 ティナさんが少し怯えた顔で俺を見るのは何故でしょうか。

 そんなにおかしいかな。

「道が分かっているので迷う心配はありませんし、敵が何処にいるかはバーグさんが教えてくれるのでティナさんでも指示を出せると思いますよ。」

「無理ですよ!冒険者の動きはわかっても騎士団の皆さんをあんなに的確な指示で動かすなんて絶対に無理です。」

「それは私も同じですね、騎士団に指示は出せても冒険者には出せません。」

「その両方に指示を出せるアンタはやっぱりおかしいのよ。」

 そうか、俺はおかしいのか。

 なら仕方ないよな。

「さっきも魔物の名前を聞いた途端に陣形や攻撃方法まで指定したでしょ。それが普通は出来ないって言ってるのよ。」

「名前の横にどういう攻撃するかも書いてありましたよ?」

「書いてあってもそれを覚えているのがおかしいって言ってるの。しかもその情報を仕入れたのはついさっきでしょ?なんでそれが出来るのよ。」

 できるのよといわれても出来ちゃうんだから仕方ない。

 攻略ページ見て次がどんなダンジョンでどんな魔物が出てきてどういう攻撃手段が有効かを予習するのっておかしいことなんだろうか。

 情報こそ最大の攻撃。

 動きさえわかればそれが例え強力なボスでも完封する事は可能だ。

 そう思ってたんだけど俺がゲーム脳すぎるんだろうか。

 まてよ、これがかの有名な『俺何かやっちゃいましたか?』ってやつなのか!

 すごい、凄いぞ俺!

 こんな所でチート的な行動が出来るなんて!

「さすがイナバ様、噂は本当だったんだ。」

「不死身のイナバは伊達じゃねぇな。」

 話しを聞いていた冒険者がざわついているが気にしないでおこう。

 ここで図に乗ると失敗するのがいつもの俺だ。

 慎重に行かねば。

「曲がり角見えてきました。」

「バーグさんお願いします、後ろ問題ないですか?」

「敵影確認できません。」

 後ろは問題なし。

 バーグさんが音もなく駆け出し壁に張り付きながら曲がり角の先を確認する。

「居ないみたいですね、それに気配もありません。妙ですね。」

「さっきまであんなに魔物で溢れていたのに。」

「どうしましょうか。」

 ふむ。

 魔物が居ないのはむしろ好都合だ。

 でもここまで魔物だらけだったのに急に居なくなるのもおかしな話しだよな。

 罠は無いはずだし。

 それに気になるのは魔物の密度だ。

 魔物にもパーソナルスペースがあって、一応それをおかなさないように生息しているはず。

 小競り合いを起こすほどに密集するには何か理由があるはずなんだよな。

 魔物の居ない場所があるならそこに行けば喧嘩も起きないはず。

 それをしないという事は・・・。

「後ろを警戒しつつ進みましょう。曲がり角はあと二つ、それを越えたらバーグさんに大部屋間までの道を探ってもらいます。」

「まかせてください。」

 進まないという選択肢は無い。

 敵がいないのであればその分時間を短縮できる。

 なんだか嫌な気配はするが、今は進むしかないだろう。

「念の為エフリーかシルフィーを呼べるようにしておいてください。」

「急にどうしたのよ。」

「なんだか嫌な予感がするんですよね。」

「やめてよ、そういうこと言うと本当になったりするんだから。」

 いや本当になっているのを虫の知らせで感じてるだけなんですけど・・・。

 まぁ逆に考えればそうなるのか。

「念には念を入れて、ですよ。さぁ行きましょう。」

 嫌な感じのまま進行するのには抵抗がある。

 本当なら斥侯を出して状況確認してから進むのが普通だ。

 闇雲につっこんで挟撃されるのが一番怖い。

 一応後ろには気を配っているけれど、魔物を全部倒したわけでは無いので残した敵が襲ってこないとも限らない。

 もし、俺の想像通りであれば残した敵が来ることは無いだろう。

 でも想像通りだったら想像通りで大変なわけでして。

「イナバ様曲がり角まで来ました。」

「この先は大部屋まで一直線です。見てきてもらえますか?」

「わかりました。」

 バーグさんにお願いをして大部屋の様子を見てきてもらう。

 問題なければ小休止をして次の階層の様子を伺う。

 問題があれば・・・。

「カムリ騎士団長。」

「なんですか?」

「一人で戦うのとみんなで戦うのどっちが得意ですか?」

「得意不得意で言えば集団の方が得意です。」

「隙を見つけて攻撃する?」

「シルビア様の剣と違い私の剣は速度が命、隙を作れない戦いは苦手です。」

 なるほどな。

 シルビア様の剣は受けることも切ることもどっちでも出来るが、カムリの持つ細身の剣では切る事はできても受ける事は難しい。

 騎士団の盾を最大限に使い、隙を突いて攻撃するスタイルだろう。

 シルビア的戦いが出来るのはバーグさんの斧か。

 静かに近づき致命傷を一撃。

 亜人独特の強靭なバネと大きな体格を生かした武器だ。

 隠密みたいな事をしてもらっているけれど、恐らく乱戦になっても強いと思う。

 そうじゃないと一人で上級冒険者なんて出来ないよな。

「何か問題でも?」

「いえ、私の嫌な予感が正しければカムリ騎士団長のお力が必要になるなーと思いまして・・・。」

「イナバ様!」

 ほらー、やっぱり。

 様子を見に行っていたバーグさんが慌てた感じで戻ってきた。

 虎顔でも焦るのはわかるんだな。

 面白い。

「どうしました?」

「通路に魔物は居ませんでしたが大部屋に大物が。」

「「「大物?」」」

「ゴアキュプロスです。」

「まさかそんな!」

 名前を聞いた途端にその場に居る全員がざわつきだした。

 えっと、キュプロスキュプロスっとどこかで聞いたような。

 えーっとあれだ。

 別名だ。

「キマイラだけでなくキュプロスまでいるのか。」

「しかもゴア種となるとかなり凶悪です。」

「弱点が分かり易いのが救いだけど、アンタがへんなこと言うから大変な事になっちゃったじゃない!」

 そうだ思い出した!

 サイクロプスだ!

 キュクロープスって呼ばれているんだよな。

「かなり大きな魔物でしたよね。」

「高さで言えば3m近くはあるでしょうか。」

「大きな図体している割には動きが素早いのよ。あの大きな腕で吹き飛ばされたらアンタなんて一瞬でぺちゃんこなんだからね。」

 そりゃそうだろう。

 体長3m以上となれば腕の長さも腕の太さも中々だ。

 俺の知ってる知識では一つ目が弱点でそれ以外にはダメージが通りにくかったはず。

「戦った事ある人います?」

「ゴア種でなければ何度か。」

 と、答えたのはバーグさん。

 さすがです。

「昔に何度か、でも一人ではなく複数人でかつ怪我人も多く出ました。もちろんゴア種ではありません。」

「ティナさんでもやっとですか。」

「ちなみに精霊師のお二人は?」

「あるわけないでしょ。」「あるわけないじゃない!」

 はい、綺麗に被ってもらってありがとうございます。

「騎士団では一度だけゴア種を討伐しています。ですがあの時はシルビア様が先陣を切って隙を作って下さいましたので投石器も無しに戦うのはさすがに難しいでしょう。」

 ですよねー。

 動きの早い巨人とかどうやって戦うんだって話ですよね。

「普通は拘束して動きを鈍らせてから弱点である目を叩く感じですか?」

「そうなります。」

「ちなみにバーグさんはどういう風に戦います?」

「私は足の腱を切って立てなくしてから頭を狙います。」

「ゴア種の場合は?」

「足を狙えば何とかなると思いますが、動きも強さも桁違いですのでそこまで辿りつけるか。」

 なるほどなぁ。

 魔物にはいくつかランクがあり、上位種には『ハイ』とか『ゴア』という冠をつけて差別化している。

 ゴア種とは某ハンターゲームでいう亜種的存在だ。

「魔物の密集度が高かったのもキュプロスから逃げ出していたと考えれば納得できますね。」

「どうしますか?」

「行くしかないでしょう。」

「でもどうやって、俺達みたいな中級じゃ太刀打ちできないですよ。」

「もちろん分かっています。皆さんは後ろを守っていただければ大丈夫です。」

 冒険者と騎士団をここで失うわけには行かない。

 戦える者が行くしかないだろう。

「イナバ様には何か策があるんですね。」

「策なんてないですよ。」

「「「「え!?」」」」

「え!?」

 何ですかその顔は。

 そんなに驚いたら目がこぼれちゃいますよ。

「何もないんですか?」

「バーグさんの方法が一番効率的ですから。動きを止めて弱点を叩く、最高の策です。」

「でもどうやって動きを止めるのよ。さすがのシルフィーでも動きを停めるなんて事出来ないわよ。」

「あれ、出来ないんですか?」

「当たり前じゃない!シルフィーは風の精霊、重量のあるものを固定するには不向きなのよ!」

 そうかなぁ。

 俺は出来ると思うんだけどなぁ。

「何よその顔。」

「いえ、出来るんじゃないかなって思いまして。」

「なに聞いてたの?私が出来ないって言ったらできないの!」

「でもそれは『リュカさん』の考えですよね?」

「ちょっと、それどういう・・・。」

「とりあえず呼んでいただくことはできますか?」

 まぁ出来ると思うのは俺の考えだから本人に聞いてみれば分かる話しだ。

 ブツブツ文句を言いながらもリュカさんがシルフィーを呼び出す。

 初めてみる精霊の姿に冒険者や騎士団からは感嘆の声が漏れた。

「折角気持ちよく寝てたのにまた呼び出すの!今日二回目だよ!」

「仕方ないじゃない!こいつが呼び出せって煩いんだもん。」

「あれ、さっき会ったのにまた何か聞きたいの?」

「何度もお呼び立てして申し訳ありません、シルフィー様のお力をお借りしないといけない事態になりまして。」

「また暴れさせてくれるの!?」

 そんなに暴れたいんだろうか。

 精霊ってもっと大人しいものだと思っていたんだけど、もしかしたら違うのかもしれない。

「暴れるのはもう少し後になりそうです。」

「なんだつまらないなぁ。それで、僕は何をすればいいの?」

「この奥に大きな部屋があるのですが、上部の空気だけを抜くことは出来ますか?」

「空気を抜く?」

「部屋全体を抜くのはもちろん難しいので上層部の空気を別の場所に追い出すという感じでしょうか。」

「ちょっと、アンタ一体何を言って・・・。」

「ん~、たぶん出来るよ!」

 あ、出来るんだ。

 随分とアッサリ言うんだな。

「こいつが何を言ってるかわかってるの?」

「良くわからないけど、とりあえず上のほうにある奴をなくしちゃえば良いんでしょ?」

「その通りです。」

「消す事はできないからどこか別の場所に移す必要はあるけど。」

「部屋に下へ降りる階段があります。そこから排出するのはいかがでしょう。」

「それなら大丈夫かな。」

 それが出来るのならしめたものだ。

 安全かつ効果的に動きを鈍らし、さらに弱点を攻撃し易くなる。

「では早速お願いできますでしょうか。」

「手伝うのは良いけど、その後ちゃんと暴れさせてくれるんだよね?」

「もちろんです。大暴れしていただきますよ。」

「じゃあすぐやろう!」

「ちょっとちょっと、なんでこいつの言う事を聞くのよ!」

「だって祝福持ちでしょ?ってことは他の精霊に認められているんだから僕が認めない理由は無いよ。」

 そう言う理由もアリなのか。

 なるほど。

 ともかくシルフィーの協力を取り付けたし、いっちょ巨人退治と行きましょうか。

 もっとも、倒すのは俺じゃなくてカムリ騎士団長だけどね。
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