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第十章
番外編~レミナとレアルの未来の話~
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「姉さんお待たせ。」
「遅いよレアル、待ちくたびれちゃった。」
「姉さんが早すぎるんだよ。まだ始まるまで1刻もあるよ。」
「だって久々のお祭りだよ?楽しまないと勿体無いじゃない。」
サンサトローズ『チャリティ』フリーマーケット当日。
参加者が出店の準備をしている中を二人の姉弟が歩いていた。
姉の名前をレミナ、弟の名前をレアルという。
パッと見では何処にでもいる普通の姉弟だが、実はものすごい特殊能力をもっていたりもする。
人は見かけによらない。
今回その辺りは割愛させていただこう。
「昨日はちゃんと寝れた?」
「うん、姉さんが急に連絡してこなかったらもっと寝れたんだけど。」
「だからごめんって。二人でこうやってお出かけできるのが久々だからつい・・・。」
「いつも離れた所で仕事してるしね。」
「そうよ。だから今日はしっかりと楽しむんだから。」
二人は普段はなれたところで仕事をしている。
正確に言えば離れた所で仕事をしなければならない。
近いと意味は無い、遥か遠くに居るからこそ仕事をする価値がある。
その二人がこうやって一緒の時間を過ごす事は本当に珍しい事なのだ。
「ちゃんと御飯食べてきた?」
「もちろん。姉さんは?」
「昨日あまり仕事をしなかったから普通かな。」
「姉さんは燃費悪いから大変だったんだろうなぁ。」
「失礼ね、ちょっと人より沢山食べるだけよ。毎日美味しいもの食べて幸せだったわ・・・。」
「へぇ、姉さんのお腹が満たされるなんて珍しい。」
「料理は美味しいし、量はたっぷりあるし。その分長時間働かされたけど今思えば理想の職場だったかな。」
準備の邪魔をしないように二人は街の中を歩く。
他愛も無い会話が楽しい。
普段直接話すことの無い二人にとって、顔を見て話す事は非常に新鮮だった。
「お金は両替してきた?」
「もちろんだよ。はい、姉さんの分。」
「ありがとう。」
「銀貨5枚分も両替してよかったの?」
「いいのよ、私も少しは寄付したいから。」
「報酬もそれなりに良かったしね。」
「それよりも念願のあの子をお迎えできただけで私はもう十分だわ。」
レミナは部屋に置いてきた人形を思い浮かべる。
探しても探しても見つけられなかったのに、この仕事を請けたその日に見つけることが出来た。
今思えば彼女にとって最高の仕事場だったといえるだろう。
「それで、今日はどうするの?」
「別に何も、今日は1日好きに過ごすわ。」
「僕も今日は暇を貰っているから好きにしようかな。」
「ちょっと、街を案内してくれるんじゃないの?」
「姉さんが好きにするっていったんじゃないか。」
「私と一緒がイヤなの?」
「イヤじゃないけど・・・。」
何ともいえない複雑な感情がレアルの心を支配する。
姉と一緒に居られるのは嬉しい。
だが、自分の好きなこともしたい。
両方を天秤にかけたときに傾くとしたらそれは・・・。
「うわぁ~ん、レアルに嫌われた~。」
「ちょっと姉さん!」
レミナの顔が急にクシャクシャと歪んだかと思うと瞳から大粒の涙が溢れだした。
それと一緒に大きな泣き声が空気を震わす。
周りにいた全員が一斉に二人のほうを見た。
「だって~、折角一緒になれたのに~、レアルは私の事嫌いなんだ~。」
「人聞きの悪いこと言わないでよ。別に嫌いだなんていってないじゃないか。」
「一緒に居てくれないとやだ~、一人にしないで~。」
「一人にしないでって姉さんは何時も一人で動くじゃないか。」
「私よりも~、他の女の人のほうが好きなのね~。」
「へんなこと言うのやめてよ!」
会話だけ聞けば彼氏が彼女と喧嘩したように見えなくも無い。
少し幼い顔をした女性が、背の高いイケメンに泣かされている。
姉弟のはずだがあまりにも似ていない二人だ。
そう思われても仕方ない。
「わかった、分かったから!」
「一緒にお出かけしてくれる~?」
「姉さんの好きなようにして良いから、だからお願い!」
「うん、わかった。」
何事も無かったかのように泣き止みケロっとした顔で弟の顔を見る姉。
そんな姉を見て弟は大きなため息をついた。
これだからうちの姉は・・・。
世界うん百万の姉を持つ弟よ。
日々ご苦労様です。
「さぁ、最初は御飯を食べに行くよ!泣いたらお腹空いちゃった。」
「はいはい。」
もう好きにしてくれ。
そんな言葉が聞こえそうな後姿だったと後に目の前でやり取りを聞いていた男性は語ったそうな。
そして時は過ぎ。
大勢の人でごった返す街中を二人は歩いていた。
「ねぇ見て!美味しそう!」
「姉さんさっきも食べたよ?」
「甘い物は別腹なのよ。」
「そう言ってさっきも甘いもの食べてたけど?」
「あれは甘じょっぱいの。」
サンサトローズ南通り。
一般参加者ではなく店主自らが店の前で商売をしている。
この日の為に特別な商品を特別な価格で。
その様な取り決めがなされているそうだ。
二人がいるのは飲食店の立ち並ぶ一角で、そこらじゅうから美味しそうな匂いがしてくる。
レミナが見つけたのは白くて丸い塊だった。
「いらっしゃい!」
「これ、美味しいの?」
「あたりまえじゃねぇか!物はためしだ、食べてみな!」
そう言って店主は塊を二つ差し出した。
「僕も良いんですか?」
「姉貴だけ食べて弟が食べないわけにいかねぇだろうが。」
「え、姉弟って分かるの!?」
「分かるに決まってんだろ、こちとらここで何十年と商売してんだ。客を見る目ぐらいイヤでも付くってもんよ。」
「オジサン凄いね!」
「凄いのは俺だけじゃねぇぜ、さぁ食った食った!」
威勢の良い店主に催促されながら二人は白い塊を口いっぱいに頬張る。
柔らかい見た目だが、噛めば口いっぱいに甘酸っぱい果実が溢れてくる。
突然の事に二人は目を丸くしてお互いの顔を見た。
「ふぉいしい!」
「そうだろそうだろ!」
「すごい!中に果実が入ってるんですね。」
「おうよ!王都にもねぇ、サンサトローズだけの特別製その名もイゴッチクフィダだ」
白い塊の中には甘酸っぱい真っ赤な果実が包まれていた。
柔らかな食感を裏切る突然の酸味に食べた人は皆目を丸くするそうだ。
「酸っぱさが甘さを引きたててる!すごい、こんな美味しいの食べたこと無いよ。」
「そうだろそうだろ!今日は祭りだ、いつもなら銅貨6枚って所だが今日は特別銅貨4枚にしてやるよ!さぁ買った買った!」
「じゃあ5個、ううん10個頂戴!」
「姉さん!?」
「嬉しい事言ってくれるじゃねぇか、後二個おまけしてやるよ!」
「やったぁ!」
代金を支払いレミナは嬉しそうに店を後にする。
その時の彼女は知らなかった。
後に二人のやり取りに興味を引かれた客が殺到し、あっという間に店の商品が売り切れてしまった事を。
「そんなにいっぱい食べれるの?」
「みんなにおすそ分けしたら良いじゃない。イナバ様甘いもの好きだって言ってたし、お世話になったお礼もしないと。」
「姉さんがお礼を!?」
「何よ、そんなに驚かなくても良いじゃない失礼ね。」
「まさか姉さんがお礼を言えるようになるなんて。後で僕もしっかりお礼言わなくちゃ。」
「もぅ、怒るよ!」
「冗談だって、そんなに怒らないでよ。」
なんて言いつつも内心驚きを隠せないレアルであった。
「あ、見て子供達が何かしてるみたい。」
南通りを北上し噴水広場に差し掛かった時、教会の前では子供達が歌を披露していた。
「ねぇ、あんなに無邪気に歌っているのにあの中の半分以上が家が貧しくて御飯にありつけないなんて、信じられる?」
「信じられるも何も僕達がそうだったじゃないか。」
「そうだったかしら、昔の事だから忘れちゃったわ。」
「あの日司祭様に御飯を恵んでもらえなかったら僕達は死んでたよ。この力を悪い事に使わせないように守ってくれたのも司祭様だ。忘れるはず無い。」
幼い姉弟が生きていくにはこの世界は厳しすぎた。
満足に食事も取れず、物乞いのような事をして食いつないできた日々。
まだ小さかったレアルにもその記憶はしっかりと焼きついている。
それが姉であればもっと鮮明に記憶されているに違いない。
でも、レミナはそんなそぶりを一切見せずいつも笑っていた。
そんな姉が誇らしく、そして辛かった。
「このお祭りで貧しい人達が寒い冬を飢えずに越える事ができるのよ。屋根があって食べ物があるなんて夢のようだわ。そして私達のような子供が少しでも減るの。そんな事が出来るなんて今まで信じられなかった。でも、イナバ様は出来るって言ったの。一人では無理だけど、みんなでやれば出来るって。」
「うん。そんな事できるはずないって思っていたけど、この光景を見たらそれが間違いだって分かったよ。」
「最初はね、面倒な仕事を頼まれたなって思ったのよ。遠い所まで行かされるし、住む所は追い出されるし。でもね、念話中に少しだけ漏れてくる話を聞いているとこの人たちは本当に一生懸命だって分かるの。自分の為じゃない、全く知らない誰かの為に頑張ってくれているんだって。」
「それは僕も思った。司祭様のように広い心で沢山の人を助けたいんだって。そしてそれをちゃんとやり遂げちゃうんだから凄いよね。」
念話中の会話を彼らは知ることが出来ない。
だが時々、水が漏れるように会話の内容が聞こえることがある。
真剣に議論を交わす彼らの言葉を無意識のうちに二人は拾っていた。
誰かの為に何か出来る事があるはず。
そんな強い思いが漏れ出していたのだろう。
「私ね、しばらくこの街に留まろうと思うの。」
「え!?」
「仕事しないわけじゃないのよ?でも、私にしか出来ない事があるんじゃないかなって思ったの。念話通信以外にも私だから出来る事、無いかもしれないけど探すぐらいはいいじゃない?」
こんなにも真剣な顔をする姉を弟は見たことが無かった。
いつもちょっと抜けていて、子供っぽい姉がまるで大人のように見える。
「いいんじゃない?姉さんの好きにすれば良いと思うよ。」
「レアルはどうするの?」
「僕は王都で次の仕事が決まってるんだ。元老院直々のお誘いなんだよ。」
「すごいじゃない!」
「ガスターシャっていう人なんだけど、念話通信が出来てイナバ様と縁のある人がいいんだって。」
「何でイナバ様?」
「さぁ分からないけど。」
姉弟が別々の場所で仕事をするのは今に始まった事じゃない。
近くに居るよりも遠くに居る方が何かと都合が良い。
どれだけ離れていても二人の心が離れる事は決してない。
「でも私に出来る事なんてあるかなぁ。念話しか取り得ないんだもん。」
「それなら教会に行くと良いよ。」
「教会?」
「プロンプト様が言っていたんだけど、教会にお世話になった司祭様の事を知っている人がいるんだって。確か名前がラナス様だったかな。」
「教会かぁ・・・。」
「女性の保護施設を作るって話しだし、仕事はいっぱいあるんじゃないかな。」
「私にも出来ると思う?」
「姉さんなら出来るよ。」
レアルは確信していた。
普段は頼りない姉だが、いざという時はしっかりと自分の事を決められる。
それに教会だったら昔お世話になっていたという安心感もある。
それだけじゃない。
姉の居場所が分かるのは嬉しい。
お気づきだろうが少々シスコンの気がある弟なのだ。
「レアルがそう言うならやってみようかな。」
「そうと決まればイナバ様に相談しようよ。その御菓子を差し入れするんでしょ?」
「そうだった、すっかり忘れていたわ!」
「まったく姉さんらしいよ。」
「いっぱい考えてたらお腹空いちゃった、いっぱい買ったし一個ぐらい食べても大丈夫よね?」
「だーめ。」
「レアルのケチ!」
シスコンの弟ありてブラコンの姉あり。
だがそれに気付いていない二人だった。
「さぁさぁ、急がないと。」
弟が姉の手を引いて歩き出す。
「ちょっと待ってよ!」
教会が昼を知らせる鐘を鳴らす。
彼らがイナバに出会えたのは一悶着が終わった後だそうだ。
その後彼らがどうなったかは、別のお話。
「遅いよレアル、待ちくたびれちゃった。」
「姉さんが早すぎるんだよ。まだ始まるまで1刻もあるよ。」
「だって久々のお祭りだよ?楽しまないと勿体無いじゃない。」
サンサトローズ『チャリティ』フリーマーケット当日。
参加者が出店の準備をしている中を二人の姉弟が歩いていた。
姉の名前をレミナ、弟の名前をレアルという。
パッと見では何処にでもいる普通の姉弟だが、実はものすごい特殊能力をもっていたりもする。
人は見かけによらない。
今回その辺りは割愛させていただこう。
「昨日はちゃんと寝れた?」
「うん、姉さんが急に連絡してこなかったらもっと寝れたんだけど。」
「だからごめんって。二人でこうやってお出かけできるのが久々だからつい・・・。」
「いつも離れた所で仕事してるしね。」
「そうよ。だから今日はしっかりと楽しむんだから。」
二人は普段はなれたところで仕事をしている。
正確に言えば離れた所で仕事をしなければならない。
近いと意味は無い、遥か遠くに居るからこそ仕事をする価値がある。
その二人がこうやって一緒の時間を過ごす事は本当に珍しい事なのだ。
「ちゃんと御飯食べてきた?」
「もちろん。姉さんは?」
「昨日あまり仕事をしなかったから普通かな。」
「姉さんは燃費悪いから大変だったんだろうなぁ。」
「失礼ね、ちょっと人より沢山食べるだけよ。毎日美味しいもの食べて幸せだったわ・・・。」
「へぇ、姉さんのお腹が満たされるなんて珍しい。」
「料理は美味しいし、量はたっぷりあるし。その分長時間働かされたけど今思えば理想の職場だったかな。」
準備の邪魔をしないように二人は街の中を歩く。
他愛も無い会話が楽しい。
普段直接話すことの無い二人にとって、顔を見て話す事は非常に新鮮だった。
「お金は両替してきた?」
「もちろんだよ。はい、姉さんの分。」
「ありがとう。」
「銀貨5枚分も両替してよかったの?」
「いいのよ、私も少しは寄付したいから。」
「報酬もそれなりに良かったしね。」
「それよりも念願のあの子をお迎えできただけで私はもう十分だわ。」
レミナは部屋に置いてきた人形を思い浮かべる。
探しても探しても見つけられなかったのに、この仕事を請けたその日に見つけることが出来た。
今思えば彼女にとって最高の仕事場だったといえるだろう。
「それで、今日はどうするの?」
「別に何も、今日は1日好きに過ごすわ。」
「僕も今日は暇を貰っているから好きにしようかな。」
「ちょっと、街を案内してくれるんじゃないの?」
「姉さんが好きにするっていったんじゃないか。」
「私と一緒がイヤなの?」
「イヤじゃないけど・・・。」
何ともいえない複雑な感情がレアルの心を支配する。
姉と一緒に居られるのは嬉しい。
だが、自分の好きなこともしたい。
両方を天秤にかけたときに傾くとしたらそれは・・・。
「うわぁ~ん、レアルに嫌われた~。」
「ちょっと姉さん!」
レミナの顔が急にクシャクシャと歪んだかと思うと瞳から大粒の涙が溢れだした。
それと一緒に大きな泣き声が空気を震わす。
周りにいた全員が一斉に二人のほうを見た。
「だって~、折角一緒になれたのに~、レアルは私の事嫌いなんだ~。」
「人聞きの悪いこと言わないでよ。別に嫌いだなんていってないじゃないか。」
「一緒に居てくれないとやだ~、一人にしないで~。」
「一人にしないでって姉さんは何時も一人で動くじゃないか。」
「私よりも~、他の女の人のほうが好きなのね~。」
「へんなこと言うのやめてよ!」
会話だけ聞けば彼氏が彼女と喧嘩したように見えなくも無い。
少し幼い顔をした女性が、背の高いイケメンに泣かされている。
姉弟のはずだがあまりにも似ていない二人だ。
そう思われても仕方ない。
「わかった、分かったから!」
「一緒にお出かけしてくれる~?」
「姉さんの好きなようにして良いから、だからお願い!」
「うん、わかった。」
何事も無かったかのように泣き止みケロっとした顔で弟の顔を見る姉。
そんな姉を見て弟は大きなため息をついた。
これだからうちの姉は・・・。
世界うん百万の姉を持つ弟よ。
日々ご苦労様です。
「さぁ、最初は御飯を食べに行くよ!泣いたらお腹空いちゃった。」
「はいはい。」
もう好きにしてくれ。
そんな言葉が聞こえそうな後姿だったと後に目の前でやり取りを聞いていた男性は語ったそうな。
そして時は過ぎ。
大勢の人でごった返す街中を二人は歩いていた。
「ねぇ見て!美味しそう!」
「姉さんさっきも食べたよ?」
「甘い物は別腹なのよ。」
「そう言ってさっきも甘いもの食べてたけど?」
「あれは甘じょっぱいの。」
サンサトローズ南通り。
一般参加者ではなく店主自らが店の前で商売をしている。
この日の為に特別な商品を特別な価格で。
その様な取り決めがなされているそうだ。
二人がいるのは飲食店の立ち並ぶ一角で、そこらじゅうから美味しそうな匂いがしてくる。
レミナが見つけたのは白くて丸い塊だった。
「いらっしゃい!」
「これ、美味しいの?」
「あたりまえじゃねぇか!物はためしだ、食べてみな!」
そう言って店主は塊を二つ差し出した。
「僕も良いんですか?」
「姉貴だけ食べて弟が食べないわけにいかねぇだろうが。」
「え、姉弟って分かるの!?」
「分かるに決まってんだろ、こちとらここで何十年と商売してんだ。客を見る目ぐらいイヤでも付くってもんよ。」
「オジサン凄いね!」
「凄いのは俺だけじゃねぇぜ、さぁ食った食った!」
威勢の良い店主に催促されながら二人は白い塊を口いっぱいに頬張る。
柔らかい見た目だが、噛めば口いっぱいに甘酸っぱい果実が溢れてくる。
突然の事に二人は目を丸くしてお互いの顔を見た。
「ふぉいしい!」
「そうだろそうだろ!」
「すごい!中に果実が入ってるんですね。」
「おうよ!王都にもねぇ、サンサトローズだけの特別製その名もイゴッチクフィダだ」
白い塊の中には甘酸っぱい真っ赤な果実が包まれていた。
柔らかな食感を裏切る突然の酸味に食べた人は皆目を丸くするそうだ。
「酸っぱさが甘さを引きたててる!すごい、こんな美味しいの食べたこと無いよ。」
「そうだろそうだろ!今日は祭りだ、いつもなら銅貨6枚って所だが今日は特別銅貨4枚にしてやるよ!さぁ買った買った!」
「じゃあ5個、ううん10個頂戴!」
「姉さん!?」
「嬉しい事言ってくれるじゃねぇか、後二個おまけしてやるよ!」
「やったぁ!」
代金を支払いレミナは嬉しそうに店を後にする。
その時の彼女は知らなかった。
後に二人のやり取りに興味を引かれた客が殺到し、あっという間に店の商品が売り切れてしまった事を。
「そんなにいっぱい食べれるの?」
「みんなにおすそ分けしたら良いじゃない。イナバ様甘いもの好きだって言ってたし、お世話になったお礼もしないと。」
「姉さんがお礼を!?」
「何よ、そんなに驚かなくても良いじゃない失礼ね。」
「まさか姉さんがお礼を言えるようになるなんて。後で僕もしっかりお礼言わなくちゃ。」
「もぅ、怒るよ!」
「冗談だって、そんなに怒らないでよ。」
なんて言いつつも内心驚きを隠せないレアルであった。
「あ、見て子供達が何かしてるみたい。」
南通りを北上し噴水広場に差し掛かった時、教会の前では子供達が歌を披露していた。
「ねぇ、あんなに無邪気に歌っているのにあの中の半分以上が家が貧しくて御飯にありつけないなんて、信じられる?」
「信じられるも何も僕達がそうだったじゃないか。」
「そうだったかしら、昔の事だから忘れちゃったわ。」
「あの日司祭様に御飯を恵んでもらえなかったら僕達は死んでたよ。この力を悪い事に使わせないように守ってくれたのも司祭様だ。忘れるはず無い。」
幼い姉弟が生きていくにはこの世界は厳しすぎた。
満足に食事も取れず、物乞いのような事をして食いつないできた日々。
まだ小さかったレアルにもその記憶はしっかりと焼きついている。
それが姉であればもっと鮮明に記憶されているに違いない。
でも、レミナはそんなそぶりを一切見せずいつも笑っていた。
そんな姉が誇らしく、そして辛かった。
「このお祭りで貧しい人達が寒い冬を飢えずに越える事ができるのよ。屋根があって食べ物があるなんて夢のようだわ。そして私達のような子供が少しでも減るの。そんな事が出来るなんて今まで信じられなかった。でも、イナバ様は出来るって言ったの。一人では無理だけど、みんなでやれば出来るって。」
「うん。そんな事できるはずないって思っていたけど、この光景を見たらそれが間違いだって分かったよ。」
「最初はね、面倒な仕事を頼まれたなって思ったのよ。遠い所まで行かされるし、住む所は追い出されるし。でもね、念話中に少しだけ漏れてくる話を聞いているとこの人たちは本当に一生懸命だって分かるの。自分の為じゃない、全く知らない誰かの為に頑張ってくれているんだって。」
「それは僕も思った。司祭様のように広い心で沢山の人を助けたいんだって。そしてそれをちゃんとやり遂げちゃうんだから凄いよね。」
念話中の会話を彼らは知ることが出来ない。
だが時々、水が漏れるように会話の内容が聞こえることがある。
真剣に議論を交わす彼らの言葉を無意識のうちに二人は拾っていた。
誰かの為に何か出来る事があるはず。
そんな強い思いが漏れ出していたのだろう。
「私ね、しばらくこの街に留まろうと思うの。」
「え!?」
「仕事しないわけじゃないのよ?でも、私にしか出来ない事があるんじゃないかなって思ったの。念話通信以外にも私だから出来る事、無いかもしれないけど探すぐらいはいいじゃない?」
こんなにも真剣な顔をする姉を弟は見たことが無かった。
いつもちょっと抜けていて、子供っぽい姉がまるで大人のように見える。
「いいんじゃない?姉さんの好きにすれば良いと思うよ。」
「レアルはどうするの?」
「僕は王都で次の仕事が決まってるんだ。元老院直々のお誘いなんだよ。」
「すごいじゃない!」
「ガスターシャっていう人なんだけど、念話通信が出来てイナバ様と縁のある人がいいんだって。」
「何でイナバ様?」
「さぁ分からないけど。」
姉弟が別々の場所で仕事をするのは今に始まった事じゃない。
近くに居るよりも遠くに居る方が何かと都合が良い。
どれだけ離れていても二人の心が離れる事は決してない。
「でも私に出来る事なんてあるかなぁ。念話しか取り得ないんだもん。」
「それなら教会に行くと良いよ。」
「教会?」
「プロンプト様が言っていたんだけど、教会にお世話になった司祭様の事を知っている人がいるんだって。確か名前がラナス様だったかな。」
「教会かぁ・・・。」
「女性の保護施設を作るって話しだし、仕事はいっぱいあるんじゃないかな。」
「私にも出来ると思う?」
「姉さんなら出来るよ。」
レアルは確信していた。
普段は頼りない姉だが、いざという時はしっかりと自分の事を決められる。
それに教会だったら昔お世話になっていたという安心感もある。
それだけじゃない。
姉の居場所が分かるのは嬉しい。
お気づきだろうが少々シスコンの気がある弟なのだ。
「レアルがそう言うならやってみようかな。」
「そうと決まればイナバ様に相談しようよ。その御菓子を差し入れするんでしょ?」
「そうだった、すっかり忘れていたわ!」
「まったく姉さんらしいよ。」
「いっぱい考えてたらお腹空いちゃった、いっぱい買ったし一個ぐらい食べても大丈夫よね?」
「だーめ。」
「レアルのケチ!」
シスコンの弟ありてブラコンの姉あり。
だがそれに気付いていない二人だった。
「さぁさぁ、急がないと。」
弟が姉の手を引いて歩き出す。
「ちょっと待ってよ!」
教会が昼を知らせる鐘を鳴らす。
彼らがイナバに出会えたのは一悶着が終わった後だそうだ。
その後彼らがどうなったかは、別のお話。
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