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第十章

名も知らぬ誰かの為に

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 折角良い気分で買い物していたのに、この爺ときたら相変らず空気が読めない。

 っていうか参加しなくても良いって言ってるのに何でいちいち絡んでくるかな。

 文句があるなら終わってからにしてもらいたいものだ。

 しかし、この空気はよろしくない。

 偽善者だ守銭奴だといいたい放題してくれたものだから、爺の言葉を否定しつつももしかしてそうなのか?と疑いの目を向けてくる人が居る。

 俺が悪く言われるのはかまわないが、この企画やこの企画に賛同してくれている皆が悪く言われるのは許せない。

 ここはガツンと言ってやらないと。

「どうした!本当の事を言われて何も言えなくなったかこの嘘吐きめ!口では耳障りの良いような事を言っておきながら皆から金を独り占めする気なんだな!皆目を覚ませ!こいつは貧乏人を助ける振りして俺達から金を巻き上げるつもりだぞ!」

 爺さんの割には口が達者だな。

 って、俺も1歩間違って歳を取ったらこうなるのかもしれない。

 気を付けないと。

「御老人、随分な物言いだがそれが嘘であった場合はどうするつもりなのだ?」

「どうするだと?私が嘘をついているというのか!こいつは真実を知っている私が参加しては困ると無理やり参加を拒みあらぬ罪で騎士団に連れて行こうとした極悪人だぞ!こいつを庇うのならお前も同罪だ!」

「その言葉に嘘偽りは無いな?」

「当たり前だ!」

 シルビアが仲裁に入るが爺の勢いは止まらない。

 よくまぁそんな簡単にデマカセが言えるなぁ。

 騒ぎを聞きつけて周りに人が集まってきた。

 このままやられっぱなしというのも癪だ。

 どれ、嘘をつく爺に制裁を加えるのも正しい若者の仕事だよな。

 オッサンだけど。

「向こうはそう言っているが、何か言う事はあるか?」

「ありません。」

「それ見たことか!」

 俺の答えに周りがざわつく。

「弁解するつもりは無いというのだな?」

「真実一つ無く自分勝手に解釈をして出鱈目を言うような人に一体何を言えというのでしょうか。そのような人に対して弁明する必要など何もありません。」

「つまり先程の言葉は嘘だというのだな?」

「その通りです。」

 こちらには真実がある。

 いくら向こうが嘘偽りで身を固めてきたとしても、こちらはそれを打ち砕くだけの事実を積み重ねていけば良い。

「偽善者の言う事など誰が信じるか!」

「まず第一に商品を盗んだといっていますがきちんと購入したものになります。商品の代金は銀貨85枚分、盗んだのであれば如何して私が代金を知っているんでしょうか。私が購入した事実は販売担当の彼女が証明してくださいます。」

 そういいながら接客してくれた彼女の方を見る。

「た、確かにイナバ様はこちらの商品を御購入されました!」

 一瞬戸惑ったそぶりを見せたが、すぐに我に返り答えてくれる。

「なら何故代金を支払わなかったんだ!」

「現在仮のお金が不足しており皆様には御迷惑をお掛けしております。そのような状況で私が大量に所持するのは非常におかしな話です。ですので、この場では使用せず企画終了後にお支払いする形を取らせていただきました。ですが、それが商品を盗むように見えたのであればそれは私の行いが紛らわしかったということ、それについてはお詫びいたします。」

 誤解を生んだのであればそれについては謝る。

 しかしながらそれ以外のことに謝る理由は何一つ無い。

「そ、そんなものお前達が口裏を合わせれば何とでもなるではないか。」

「では終了後皆様の前でお支払いすれば御納得いただけますか?」

「そうやって皆の目をごまかして裏で金を返してもらうんだろ?そうに違いない!そうやって皆から巻き上げた金を懐に入れておるのだ!」

 ああ言えばこういう。

 だがその反論にもかげりが見え、傍から見ても爺が勝手に決め付けている事が分かるだろう。

 俺は粛々と真実を言い続ければ良いだけだ。

「集められた寄付金の内訳は全て瓦版にてお知らせするようになっております。先日お話させて頂いた時に御説明させて頂いたとおり、私の懐には銅貨1枚も入ってまいりません。」

「そんなものいくらでもごまかせるではないか!」

「このやり方に御納得いただけないのであれば参加してくださらなくても結構ですともお話させていただきました。ここにおられる皆様はその『チャリティ』という考えに賛同してくださっている皆様です。貴方の身勝手な言い分で無関係な皆様が迷惑を受けているとの事でしたので騎士団にお願いして御退場いただいたまでのこと。それを自己都合で非難されるのはお辞めいただけますでしょうか。」

「つまりこの御老人の言っている事は嘘だというのだな?」

「私は真実を述べただけです。どう判断されるかはそちらにお任せいたします、元騎士団長シルビア様。」

 シルビア様の名前を聞いて爺がハッとした顔をした。

 嘘だろ、今の今までシルビアだって気付かなかったのか?

 なるほどだからお前も同罪だ!なんてことを言ったんだな。

 爺の顔色がどんどんと青ざめていく。

 やっと自分が何をしているのか理解したようだ。

 やれやれ、手の焼ける事だ。

 と、思ったら青くなった爺の顔が再び真っ赤になった。

「どいつもこいつも偽善者に騙されおって!何が元騎士団長じゃ!
 何の権限があって処罰できる!自分の金儲けの事しか考えず私のような貧しい者を食い物にする極悪商人めが!」

 怒髪天を突く勢いでまくし立てる爺さん。

 俺はともかくシルビア様を悪く言うのはいただけないな。

 もうちょっとお灸を据えて・・・。

「イナバ様を悪く言うな!」

 と、思っていたら俺と爺さんの間に小さな男の子が割って入ってきた。

「そうだ!悪く言うな!」

「イナバ様は悪くないんだぞ!」

 それに続くようにもう二人男の子が乱入してくる。

 あれ、この子は確か。

「なんじゃお前達は!子供はだまっとれ!」

「イナバ様は悪くない!悪いのは嘘ばっかり言うお前だ!」

「そうだそうだ!」

「嘘ばっかり言うと悪い神様に舌を抜かれちゃうんだぞ!」

「えぇい、煩い!こんな子供まで誑かしおってこの卑怯者!」

 こっちの世界では嘘吐きは舌を抜かれるのか。

 鼻が伸びるとかはあったけど、そうか閻魔様も舌を抜くよな。

 子供を諭す方法はどの世界も同じなんだなぁってそんな事に感心している場合じゃない。

「卑怯は貴方では無いですか?イナバ様がどれだけ苦労されているかも知らずに自分勝手に文句を言って、大人として恥ずかしいと思いませんか?」

「何じゃお前は!そうか、こいつ等の母親だな。まったくどういう教育をしたらこんな出来の悪い子供が育つんじゃ!お前こそ恥ずかしいと思わんのか!」

「私の子供達は何処に出しても恥ずかしくないように育てています。悪い事は悪いと言う、恥ずかしいなんて思うはずがありません。」

「年寄りを敬えと教育せずに何処が恥ずかしくないんじゃ!」

「年配の方には声をかけ、手伝いをするようにしっかりと教えています。貴方のように年齢を振りかざして好き放題する人を手伝うようには育てていませんので。」

「この!言わせておけば子供もも子供なら母親も母親じゃな!その様子じゃ旦那にでも逃げられ満足に教育できておらんのだろう。これだから女は・・・。」

 ちょ、それは関係ないだろ。

 世の中には言っていい事と悪い事があるぞジジイ!

「母さんを悪く言うな!」

「そうだそうだ!母さんは偉いんだぞ!」

「毎日美味しい御飯を作って僕達の為に頑張って働いてるんだ!母さんを悪く言うな!」

 母親を馬鹿にされ子供達がジジイに反論する。

 親を馬鹿にされて怒らない子供は居ない。

 俺だって怒り心頭だ。

 それ以上言うようなら物理的に黙らせてやっても良いんだぞ。

「おい爺さんいい加減にしろよ。言っていい事と悪い事があるだろ。」

「そうだ!聞いていたら好き勝手言いやがって。イナバ様がどれだけ俺達の為に動いてくださっているのか分かってるのか?」

「なにが女のクセによ!女舐めるんじゃないわよ!」

「あんたこそ嫁に逃げられるようなダメ男じゃない!」

 俺がどうにかする前に話しを聞いていた人達が反論を始めた。

 ジジイは越えてはならない一線を越えてしまったのだ。

「イナバ様は私達のような貧しくて弱い者が安心して冬を越せるようにと思って、このお祭りを考えてくださったんです。それを偽善者だなんて、何も知らないくせに知ったような事を言わないで下さい!」

「シルビア様も悪く言って、タダじゃおかないんだからね!」

「おい、騎士団員連れて来い!連れてってもらえ!」

「牢屋で反省して来い!」

 石こそ飛んでこないものの周りの勢いにジジイが圧されている。

 傍から見れば老人を苛めているようにも見えなくは無いがこいつは自業自得だ。

 良いぞもっとやれ!

「ど、どいつもこいつも騙されおって!何が『チャリティ』じゃ!いつも貧乏人だからと見下しておいてこんな事があるとすぐ掌を返しよる。お前らもこの偽善者と同罪じゃ!お前らがワシの事を臭いだの邪魔だの言ってきたのワシは忘れんからな!」

 このジジイもまた貧困者の一人で周りに疎まれた経験があるのだろう。

 だから掌を返したように貧しい人の為に何かをしようとする人の事を許せないのかもしれない。

 でもな、違うんだ。

「それは貴方が近所の迷惑も顧みずゴミを集め、被害妄想から全く関係のない人に迷惑を掛けたからです。貴方こそ自分のしてきた事を思い出されてはいかがですか?」

「あれはゴミではない!私が拾ってきた必要なものだ!」

「ではどこから?」

「ゴミ捨て場に決まっておる!」

 だからそれをゴミだって言ってるんだよ。

 ダメだこの爺さん。

 周りに圧されながらも文句を言い続ける爺さん、そこに数人の騎士団員が駆けつけた。

「暴れている者がいると聞いて参りました!」

「うむ、ご苦労。」

「何故じゃ!何故騎士団員がこいつの言う事を聞いておる!」

「今回の警備責任者はシルビアですから。」

「じゃが元騎士団長であって、現役の騎士団長ではない!」

「現役の騎士団長がお願いして責任者になっていただいているんです。異議を申すのであれば直接私の所まで言いに来なさい。」

 駆けつけた騎士団員の中になぜかカムリまでがいた。

 こうなる事を予見していたんだろうか。

「「「「カムリ騎士団長!」」」」

 驚きの声と共に黄色い歓声が上がる。

 これだからイケメンは・・・。

「イナバ様への暴言ならびに女性への侮辱発言、連行中逃亡の罪で身柄を確保する。おい、次は逃げられるなよ。」

「「「「ハッ!」」」

 あ、逃げられたんですか。

 なるほどそれでカムリまで出張ってきたのね。

 納得です。

「大変御迷惑をお掛け致しました。」

「いえ、連行してくださりありがとうございます。」

「高齢の割には逃げ足が速く油断いたしました。以後気を抜かぬよう職務に当ります。」

「なに気にする事は無い。後は頼んだぞ。」

「お任せ下さい。」

 かっこよく一礼してカムリが先を行く騎士団員を追いかける。

 まったく迷惑なジジイだったなぁ。

 っと、まずはお礼を言わないと。

「すみません皆さん、御迷惑をお掛けしました。」

「そんな、イナバ様は何も悪くありません!」

「私が紛らわしい事をしたばっかりに以後気を付けます。」

「それもちゃんと理由があっての事じゃないですか。イナバ様がそんな事しないって俺達わかってますから。」

「そうですよ。あんなジジイの言う事気にしないで下さい。」

「女のクセにだなんて、誰の腹から出てきたのか分かってるのかしら。」

「地面から生えてきたんじゃないの?」

 お、おぅ。

 オバサマ達は容赦ねぇな。

「君達も有難う。」

 一番最初に飛び出してくれたのは彼らだ。

 俺は三人の前にしゃがみしっかりとお礼を言う。

 一番下と真ん中の子には会ったので一番上の子は始めましてだな。

「どういたしましてです!」

「イナバ様と母さんを悪く言う奴は僕達がやっつけるんだ!」

「嘘ついたから連れて行かれたんだ!」

「その通りだ、偉かったな。」

 俺の横に来たシルビア様が三人の頭を順番に撫でた。

「良かったわね、シルビア様に褒めてもらって。」

「「うん!」」

「大きくなったら騎士団員になるんだ!」

「あれ、イナバ様みたいになるんじゃないの?」

「どっちにもなるの!」

 どっちもかぁ、中々荊の道だけど君達なら出来るかもね。

 でもなるならシルビア様みたいになりなさい。

「頑張ってくれた三人には何かご褒美を上げないと・・・そうだ!。」

「これですね。」

 エミリアが順番に三人の手に何かを握らせる。

「あ、お金だ!」

「そんな、お金なんていただけません。」

「これで何か買ってあげてください。今日しか使えないお金ですから。」

「ですがここでお金なんて貰ったらまた何を言われるか・・・。」

 あ、確かにそうか。

 子供を買収していたなんて噂が立つ可能性もある。

 むぅ、めんどくさいなぁ。

「坊主達、おっちゃんが旨いもん食わせてやろう。」

「「「いいの!」」」

「おぅ、だからそれはイナバ様に返しな。」

 そんなやり取りを見ていた一人の男性が救いの手を差し伸べてくれた。

「よろしいのですか?」

「こんなちっこいのが男気見せたんですよ、褒めてやらないと。」

「それでしたら後で代金を請求してもらって・・・。」

「俺が勝手にやってるだけなんでイナバ様は気にしないで下さい。」

「おい、お前だけずるいぞ。そんなら俺は玩具を買ってやる。」

「「「玩具!」」」

 おっと、別のご褒美が増えたぞ。

「そんな、そこまでしていただかなくても・・・。」

「じゃあおばちゃんはお母さんにお茶でも御馳走しようかしら。」

「さっき美味しいお菓子を買ったのよ、良かったらいかが?」

「私までそんな・・・。」

「いいからいいから。」

 お母さんの方までオバサマに囲まれて連れて行かれてしまった。

 そうだよな、お母さんも頑張ってくれたんだもんな。

「なんだか申し訳ないですね。」

 あの親子が連れて行かれると同時に周りを囲んでいた人の輪が無くなり、何事も無かったように皆は買い物に戻った。

 俺は子供達が返してくれた仮のお金をギュッと握り締める。

「なにがだ?」

「お礼をしたいだけなのに色々言われてしまうのは仕方ないんでしょうけど・・・。」

「大丈夫だ、その分皆が手を貸してくれる。」

「一人に返せないなら全員に返せば良いじゃないですか。そしたら、手を貸してくださった皆さんにもちゃんとお返しが出来ます。」

 何かをすればそれが良いようにも悪いようにも取られてしまう。

 有名税のようなものだけど、自由が無くなったようでなんだか悲しい。

 でもそうだよな。

 一つの方法で出来ないのなら別の方法で気持ちを表せば良いんだよな。

「見知らぬ誰かの為に手を貸すなどなかなか出来ん、それが自然に出ているのはそれだけシュウイチの思いが皆に伝わっている証拠だ。」

「改めてこの街の皆さんが私を認めてくれていると感じました。」

「やっと認めたか。」

「全部シュウイチさんが頑張ってくれたからですよ。」

「でも・・・。」

「もちろんシュウイチ一人ではないことも分かっている。だが、きっかけはお前だ。もっと胸を張れ。」

 俺ひとりの力では無いが俺の頑張りでもある。

 それを誇らない方が帰って失礼に当るか。

 いい加減俺もそういった部分をちゃんと理解しないとな。

「あ、ちょっと待ってください。」

 と、突然エミリアが立ち止まり空中に向って話し始めた。

「はい、え?回収したお金が行方不明?でも回収は選任の騎士団員しか・・・はい、わかりましたすぐ戻ります。」

「問題か?」

「換金所で回収したお金のうち一袋が行方不明になったそうです。金額は把握しているのですが誤って別の騎士団員に渡してしまったとか。しかも誰だったのかまでは判明していないそうで、ちょっと戻って確認してきます。」

「私が戻ろう、二人はそのまま買い物を続けてくれ。」

「でも。」

「折角の休息時間だ、有意義に使え。」

 お金関係はエミリアの管轄だが、警備や騎士団関係となるとシルビア様のほうが強い。

 颯爽とその場を後にするシルビアを二人で見送る。

 折角シルビアが気を使ってくれたんだ、その好意に甘えさせてもらお・・・。

「エミリア様大変です!お金が合いません!」

 またですか!

 後ろを振り返ると息を切らせながらエミリアに助けを求める本部担当の姿があった。

 うん、無理だね。

「戻りましょう、まだまだやる事が沢山あるようです。」

「そうみたいですね。」

 残念だがエミリアを見るとなんだか嬉しそうな顔をしている。

「どうしたんですか?」

「いえ、最後まで忙しいのが私達らしいなと思いまして。」

「確かにそうですね。」

 なんだかんだあっていつもゆっくり出来ていない気がする。

 これが俺達なんだろうなぁ。

「さぁ、全部終わるまでが私達の仕事ですもう一頑張りしましょうか。」

「はい!」

 ここまで上手く行っているんだ、最後の最後まで気を抜いちゃいけない。

 俺はエミリアの手を取り走り出した。

 一人では無理でもみんなでやれば大丈夫。

 俺には心強い仲間が居るんだから。

「これが終わったら、お店のほうも頑張りましょうね。」

 あ、そうですね。

 本業の方も頑張ります。

 何せ俺はダンジョン商店の店長なんだから。
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