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第十章
明日に備えて
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その日の夕刻。
明日も早いからと言う理由で会議は解散となった。
決める事は決めた。
やる事はやった。
保護施設の件は教会に引き継げる段階まで持っていったし、お金の使い方も決まっている。
貧困者支援策も寄付金に応じた段階設定をしたので無駄なく機能するだろう。
また、参加者への還元も物品で対応できるよう手筈を整えた。
もちろんお金の動きがしっかりと分かるようにもしてある。
俺の懐には銅貨一枚も入ってこない。
でも、これが成功すれば喜ぶ人が居る。
助かる人が居る。
だからここまでやってきたんだ。
残りあと1日。
やれるだけやろう。
「お疲れ様でした。」
みんなに挨拶をして館から出る。
空は綺麗なオレンジ色に染まっていた。
燃えるようなとはよく言ったものだ。
本当に空が燃えているように見える。
これはもしや企画が大炎上する暗示なんじゃ・・・。
「そんなまさかね。」
そんなことあってなるものか。
ここまで頑張ってきて大炎上とか、勘弁願いたい。
「イナバ様、下まで送っていきましょうか?」
なんて事を考えながらとぼとぼと歩いていると後ろからバスタさんが小走りでやってきた。
「いいんですか?」
「私もギルドに戻りますし、よろしければ。」
「助かります。」
歩いて降りれない距離では無いけれど、1日頑張ったんだ少しぐらい楽をしても良いだろう。
「では馬車を回しますので入口でお待ち下さい。」
「わかりました。」
そうか、馬車は裏に停めてるのか。
そりゃそうだよな、入口にあったら邪魔になる。
「僕も乗せてもらおうかなぁ。」
「いいんじゃないですか?行く方向は一緒ですよ。」
「イナバ様ならそう言ってくれると思ってました!」
後ろからやってきたモア君がおずおずと話しかけてきた。
「でもバスタさんには聞いてくださいね。」
「もちろんですよ。」
モア君にも1日頑張ったんだし乗る権利はある。
でもあれだよな、この感じだと残る二人も方向は一緒だ。
まだ来ないのかな?
「イアンさんとリガードさんはプロンプト様の所に行きました。おそらくさっきの爺さんの件だと思います。」
「大丈夫だと思うんですけどねぇ。」
「あそこまで言われて何かするようだったらしょっぴいてやりますよ!」
「あはは、宜しくお願いします。」
「それにしてもイナバ様がビシッと言い切る所、かっこよかったなぁ。」
「そんなに褒めても何も出ませんよ。」
褒められて悪い気はしない。
ガツンと言ってやらなきゃと思っていたからつい力が入ってしまった。
今思い出すとちょっと恥ずかしい。
「奢って貰おうかなって思ったんですけど今日は二人が戻ってくるんです、たんまり稼いできたと思いますからそっちで食べようと思います。」
「ダンジョンに来てくださったんですね。」
「そりゃあイナバ様にお願いされましたから。稼げると分かっていていかない冒険者はいませんよ。」
「また戻ってきてくれると良いんですけど。」
「大丈夫ですって!今は近くのダンジョンに行ってますけど初心者じゃ奥までいけませんし、結局はイナバ様のダンジョンが良かったってなりますから。」
そうなると良いなぁ。
このまま冒険者が減ってしまうんじゃないかと不安にならないわけじゃない。
この夕日のように燃え尽きてしまうんじゃないか。
そんなわけ無いとわかっていてもついつい感傷的になってしまう。
「そうなる事を期待しています。」
「またこの前みたいなのやってくださいね、絶対行きますから!」
「あはは、やるとしたらまた来年です。」
「来年こそ上位に入りますから!」
モア君が燃えている。
騎士団にいる時よりも冒険者の今のほうが楽しそうだ。
仲間とも上手くやっていってるみたいだし、すぐに強くなるだろう。
彼のようなリピーターを増やす事。
俺のダンジョンが生き残るにはそれしか方法は無い。
そのためにまた色々と企画して頑張らないとなぁ。
モア君と話していると館の裏手から大きな馬車が走ってきて入口前で停車した。
「イナバ様お待たせしました!」
「すぐ行きます。」
相変らず豪華な馬車だ。
一目で高いって分かる。
「バスタさん僕も乗せてもらって良いですか?」
「もちろんですよ。」
「やった!」
ガッツポーズをして喜ぶモア君。
踏み台に足をかけ乗り込もうとすると突然ドアが開き、何故かアヴィーさんが乗り込んでいた。
「あ、イナバ様お疲れ様ッス!」
「アヴィーさんもお疲れ様です。」
「あれ、さっき裏口の方に行ったんじゃ。」
「えへへ、疲れたんで馬車に乗せてもらうことにしたんッスよ。」
「バスタさんは知ってるんですか?」
「もちろんッス!あ、狭いですけど奥にどうぞッス。」
さも当たり前という感じでアヴィーさんが俺を誘導する。
なんだろうこの慣れた感じ。
もしかしていつも乗ってたりするんじゃないの?
よし、ちょっと調べてみよう。
「何時乗っても乗り心地が良いですね。」
「ここまでの馬車は国中探してもここだけッスよ。」
「詳しいんですねぇ。」
「そ、そんな事ないっすよバスタさんに聞いただけッス。」
うん、この感じは7割がたそうにちがいない。
良いと思うよ、仕事がきっかけで付き合うなんてよくある話しだし。
静かに応援するとしよう。
「出発します!」
中でそんなやり取りが行なわれているとはしらず、馬車はゆっくりと動き出した。
さて、みんなが来るまで時間あるしそれまで何しようかなぁ。
この前もそうだったけど、急に暇な時間が出来ると何するか迷ってしまう。
この前はお土産買ったりしたけど、今日帰るわけじゃないからそういうワケにも行かない。
先に宿でゆっくりしとこうかな。
「それではここで、明日も宜しくお願いします。」
「「おつかれさまでした。」」「お疲れさまッス。」
噴水広場で降ろしてもらい大きく伸びをする。
さてっと、ひとまず宿に行って荷物を置いてそれから・・・。
いざ白鷺亭へと一歩踏み出したら何かを軽く蹴飛ばしてしまった。
やば、何かあったかな!?
慌てて視線を下げると俺の足に男の子がしがみついている。
はて、どちら様でしょうか。
「イナバ様!」
「イナバですけど、君は?」
その場にしゃがみ子供と目線を合わせる。
キラキラした目で俺を真っ直ぐ見つめてきた。
眩しい、眩しすぎる。
こんなに純粋な目で汚い大人を見ないでおくれ。
って、そうじゃない。
「あの、えっと、ごちそうさまでした!」
「お粗末さまでした?」
何か御馳走した事があっただろうか。
いよいよわからん。
「コラ!勝手に行っちゃダメでしょ!」
と、今度は正面から女性の声が聞こえてくる。
顔を上げると見たことのある人がこっちに向って走ってきていた。
あの人は先日うちにきた母親じゃないか。
という事はこの子は当日教会に預けられていた二人のうちの一人かな?
「うちの子が粗相をしまして申し訳ございません!お召し物まで汚してしまって、あぁもうどうしたら・・・。」
母親が子供を引っぺがすとその部分が茶色く汚れていた。
泥遊びでもしていたのかもしれないな。
「これぐらいなんともないですよ、洗えば落ちますし。」
「本当に申し訳ありません。」
「どうぞ頭を上げてください。」
何度も頭を下げる母親を宥め俺は再びしゃがみこむ。
怒られてシュンとしてしまった男の子が何とも言えない顔で俺を見てくる。
「お肉、美味しかった?」
「美味しかった!」
「そっか、そのお礼を言ってくれたんだね。」
「ハイ!」
「良いお返事だ。」
男の子の頭をクシャクシャと撫でると嬉しそうに目を細めた。
先日の子もそうだったけどちゃんと礼儀を教えてあるようだ。
すごいなぁ。
子供を育てるって本当に大変な事だと思う。
ましてや母親一人で三人も面倒見ているんだから頭が下がるよ。
「イナバ様には何とお礼を申し上げて良いのでしょう、あの後シルビア様の計らいで無事に冬を越す住まいを貸してただけました。それだけではなく働き口も斡旋していただき、何とか三人でやっていけそうです。」
「それは良かった。」
「ありがとうございました!」
「どういたしまして。」
ひとまず落ち着いて生活できる場所を確保できたようだ。
それがあるのとないのとでは生活の質が全然違うもんなぁ。
「御迷惑でなければ今度改めて上の子にもお礼を言わせたいのですがよろしいですか?」
「別に気にされなくても大丈夫ですよ?」
「どうしても会いたいと言っていまして、大きくなったらイナバ様のようになると聞かないんです。」
「私みたいにですか?」
やめたほうが良いと思うけどなぁ。
こんな他力本願100%の大人になっちゃダメだよ。
「僕も大きくなったらイナバ様みたいになる!それで、お母さんにおなかいっぱいお肉を食べさせてあげるんだ!」
「それは良い心がけですね、ちゃんとお母さんの言う事を聞いていっぱいお手伝いしてあげてください。」
「はい!」
素直だなぁ。
こんな風に真っ直ぐに言われたらなっちゃダメなんて言えないじゃないか。
「そうだ、次の休息日にお祭りをするんですけど何か聞いていますか?」
「もちろんです、この冬を越せるだけの支援を行なってくださるとか。あの日の事を覚えてくださったんですね。」
「それだけではないんですけど少しでもお力になれればと思いまして。」
「本当にありがとうございます。あの日断られた時はどうしようかと思いましたが、こうして前を向いて生きていく事ができるようになりました。もし私達に出来る事があれば何でも仰ってください。私たちも何かしたいんです。」
「なんでもします!」
「その機会がありましたら宜しくお願いします。」
別に恩返しして欲しくてやっているわけではない。
でも、何かしたいと思ってくれるのは嬉しい話だ。
しばらく子供と遊んでいると残りの子供を迎えに行くそうなのでその場で親子と別れる。
二人の姿が小さくなるまで、男の子は俺に手を振り続けていた。
「子供はやっぱり可愛いなぁ。」
「なら今すぐ作るか?お前と私の子ならば良い子に育つぞ。」
「えっ!?」
呟きに驚きの返事が返ってきたので勢いよく振り返る。
何か悪いことを考えている顔をしたシルビアが後ろに立っていた。
「シルビア、如何してここに?」
「どうしても何もお前の手配した馬車で来ただけだが?」
「それにしても早かったですね。」
「予定していた魔物の討伐も終了したので早めに切り上げてきました。これ、買取したジュエルジェリーの核です。」
シルビアがいると言う事はエミリアも居るわけで。
というか皆いるか。
「無事に討伐できたんですね。」
「思っていたよりも多くの冒険者が来てくださいまして、早い時間に終えることができました。」
「ダンジョンは?」
「魔物を大量に召喚した影響で他の魔物に影響が及んでいましたので閉鎖しました。復旧の手筈は整えておりますのでまた休息日が開けましたらいつもどおりに戻ることでしょう。」
まぁ300匹も召喚したらそうなるか。
「冒険者曰く、ひしめき合う様にして襲ってくる魔物は弱いと分かっていても恐怖だったそうだ。」
「ご苦労様でした。」
「イナバ様の手配してくださった馬車に空きがありましたので希望する方に同乗していただきましたがよろしかったですか?」
「大事な功労者ですから良い判断だと思います。」
無理を言って?来てもらったんだからそれぐらいしてバチは当らないだろう。
今頃モア君のお連れさんもギルドに戻っている頃かな。
「それで、子供の件だがどうする?」
「ど、どうするといわれましても。」
「欲しくないのか?」
「そりゃあ、居たら可愛いと思いますが・・・。」
「私はいつでも構わないぞ。なぁ、エミリア。」
「は、はい!」
いきなり話しを振られてエミリアが戸惑っているじゃないですか。
エミリアのほうを見ると俯きながらもチラチラとこちらを見てくる。
やめて、そんな目で俺を見ないで。
「と、とりあえず企画もありますし明日も忙しいですから。」
「ならば企画が終わったら良いのか?」
「入植者の件もありますし。」
「だが約束は冬までにだぞ、いい加減男を見せるべきではないか?」
うぅ、何も言い返せない。
確かに二人には約束したし、別に俺も子供が欲しくないわけじゃない。
童貞っていうワケでもないんだからしない理由もないんだけど、なんとなく今はそのときじゃない気がするんだよな。
って、結局は俺が適当に言い訳しているだけか。
ならば俺に言えるのはこれしかない。
「・・・前向きに検討しつつ善処いたします。」
お馴染みのお茶を濁す言葉でその場を繕う作戦発動。
二人には申し訳ないけど今はそれ所では無いんだ。
本当にごめん。
「それはつまりどっちなんだ?」
「シルビア様これ以上はシュウイチさんがかわいそうなので許してあげてください。」
「だがなぁ。」
「シュウイチさんは別に逃げるような人じゃありませんから、大丈夫です。」
エミリアの言葉がナイフのように俺の心を抉っていく。
やめて、そんな全部信頼していますって笑顔で俺を見ないで!
卑怯にもその場をごまかす発言をするような男なんです。
「でも・・・。」
「でも?」
「私も、シュウイチさんとの子供は可愛いと思います。」
はいアウトー。
これ以上の殺し文句はありません。
可愛い顔してなんて殺人的なキメ台詞をぶち込んでくるんだこの子は。
エミリア、恐ろしい子!
「まったく、ここまで奥様方に言われてどうしてご主人様は抱かれないのでしょう。」
「きっと恥ずかしいんですよ。」
「恥ずかしい事なのですか?大切な事だと思うのですが。」
「男の方は繊細ですから。」
そして外野でダメ出しをされ、さらに慰められる男。
何と情けない事か。
はい、頑張ります。
「ひとまずこれをティナさんの所に持っていって換金しましょう。」
「その後は食事だな?」
「差額が出ますからちょっとだけ贅沢できますよ。」
「やった!」
「さすがご主人様です。」
ニケさんとユーリは嬉しそうだ。
シルビア様はというと何とも腑に落ちないという顔をしているが渋々納得している様子。
そしてエミリアはというと・・・。
「沢山食べて明日に備えましょうね。」
それはどっちの意味なんでしょうか。
いや、普通の意味なんでしょうけど別の意味にも取れるわけでして。
結局俺はエミリアの手の上で転がされているというわけか。
「さぁ、行きましょうシュウイチさん。」
エミリアとシルビア様にがっちり手を捕まれ、俺は連行されるように冒険者ギルドに向うのだった。
え、その後どうするかって?
前向きに検討しつつ善処いたします。
明日も早いからと言う理由で会議は解散となった。
決める事は決めた。
やる事はやった。
保護施設の件は教会に引き継げる段階まで持っていったし、お金の使い方も決まっている。
貧困者支援策も寄付金に応じた段階設定をしたので無駄なく機能するだろう。
また、参加者への還元も物品で対応できるよう手筈を整えた。
もちろんお金の動きがしっかりと分かるようにもしてある。
俺の懐には銅貨一枚も入ってこない。
でも、これが成功すれば喜ぶ人が居る。
助かる人が居る。
だからここまでやってきたんだ。
残りあと1日。
やれるだけやろう。
「お疲れ様でした。」
みんなに挨拶をして館から出る。
空は綺麗なオレンジ色に染まっていた。
燃えるようなとはよく言ったものだ。
本当に空が燃えているように見える。
これはもしや企画が大炎上する暗示なんじゃ・・・。
「そんなまさかね。」
そんなことあってなるものか。
ここまで頑張ってきて大炎上とか、勘弁願いたい。
「イナバ様、下まで送っていきましょうか?」
なんて事を考えながらとぼとぼと歩いていると後ろからバスタさんが小走りでやってきた。
「いいんですか?」
「私もギルドに戻りますし、よろしければ。」
「助かります。」
歩いて降りれない距離では無いけれど、1日頑張ったんだ少しぐらい楽をしても良いだろう。
「では馬車を回しますので入口でお待ち下さい。」
「わかりました。」
そうか、馬車は裏に停めてるのか。
そりゃそうだよな、入口にあったら邪魔になる。
「僕も乗せてもらおうかなぁ。」
「いいんじゃないですか?行く方向は一緒ですよ。」
「イナバ様ならそう言ってくれると思ってました!」
後ろからやってきたモア君がおずおずと話しかけてきた。
「でもバスタさんには聞いてくださいね。」
「もちろんですよ。」
モア君にも1日頑張ったんだし乗る権利はある。
でもあれだよな、この感じだと残る二人も方向は一緒だ。
まだ来ないのかな?
「イアンさんとリガードさんはプロンプト様の所に行きました。おそらくさっきの爺さんの件だと思います。」
「大丈夫だと思うんですけどねぇ。」
「あそこまで言われて何かするようだったらしょっぴいてやりますよ!」
「あはは、宜しくお願いします。」
「それにしてもイナバ様がビシッと言い切る所、かっこよかったなぁ。」
「そんなに褒めても何も出ませんよ。」
褒められて悪い気はしない。
ガツンと言ってやらなきゃと思っていたからつい力が入ってしまった。
今思い出すとちょっと恥ずかしい。
「奢って貰おうかなって思ったんですけど今日は二人が戻ってくるんです、たんまり稼いできたと思いますからそっちで食べようと思います。」
「ダンジョンに来てくださったんですね。」
「そりゃあイナバ様にお願いされましたから。稼げると分かっていていかない冒険者はいませんよ。」
「また戻ってきてくれると良いんですけど。」
「大丈夫ですって!今は近くのダンジョンに行ってますけど初心者じゃ奥までいけませんし、結局はイナバ様のダンジョンが良かったってなりますから。」
そうなると良いなぁ。
このまま冒険者が減ってしまうんじゃないかと不安にならないわけじゃない。
この夕日のように燃え尽きてしまうんじゃないか。
そんなわけ無いとわかっていてもついつい感傷的になってしまう。
「そうなる事を期待しています。」
「またこの前みたいなのやってくださいね、絶対行きますから!」
「あはは、やるとしたらまた来年です。」
「来年こそ上位に入りますから!」
モア君が燃えている。
騎士団にいる時よりも冒険者の今のほうが楽しそうだ。
仲間とも上手くやっていってるみたいだし、すぐに強くなるだろう。
彼のようなリピーターを増やす事。
俺のダンジョンが生き残るにはそれしか方法は無い。
そのためにまた色々と企画して頑張らないとなぁ。
モア君と話していると館の裏手から大きな馬車が走ってきて入口前で停車した。
「イナバ様お待たせしました!」
「すぐ行きます。」
相変らず豪華な馬車だ。
一目で高いって分かる。
「バスタさん僕も乗せてもらって良いですか?」
「もちろんですよ。」
「やった!」
ガッツポーズをして喜ぶモア君。
踏み台に足をかけ乗り込もうとすると突然ドアが開き、何故かアヴィーさんが乗り込んでいた。
「あ、イナバ様お疲れ様ッス!」
「アヴィーさんもお疲れ様です。」
「あれ、さっき裏口の方に行ったんじゃ。」
「えへへ、疲れたんで馬車に乗せてもらうことにしたんッスよ。」
「バスタさんは知ってるんですか?」
「もちろんッス!あ、狭いですけど奥にどうぞッス。」
さも当たり前という感じでアヴィーさんが俺を誘導する。
なんだろうこの慣れた感じ。
もしかしていつも乗ってたりするんじゃないの?
よし、ちょっと調べてみよう。
「何時乗っても乗り心地が良いですね。」
「ここまでの馬車は国中探してもここだけッスよ。」
「詳しいんですねぇ。」
「そ、そんな事ないっすよバスタさんに聞いただけッス。」
うん、この感じは7割がたそうにちがいない。
良いと思うよ、仕事がきっかけで付き合うなんてよくある話しだし。
静かに応援するとしよう。
「出発します!」
中でそんなやり取りが行なわれているとはしらず、馬車はゆっくりと動き出した。
さて、みんなが来るまで時間あるしそれまで何しようかなぁ。
この前もそうだったけど、急に暇な時間が出来ると何するか迷ってしまう。
この前はお土産買ったりしたけど、今日帰るわけじゃないからそういうワケにも行かない。
先に宿でゆっくりしとこうかな。
「それではここで、明日も宜しくお願いします。」
「「おつかれさまでした。」」「お疲れさまッス。」
噴水広場で降ろしてもらい大きく伸びをする。
さてっと、ひとまず宿に行って荷物を置いてそれから・・・。
いざ白鷺亭へと一歩踏み出したら何かを軽く蹴飛ばしてしまった。
やば、何かあったかな!?
慌てて視線を下げると俺の足に男の子がしがみついている。
はて、どちら様でしょうか。
「イナバ様!」
「イナバですけど、君は?」
その場にしゃがみ子供と目線を合わせる。
キラキラした目で俺を真っ直ぐ見つめてきた。
眩しい、眩しすぎる。
こんなに純粋な目で汚い大人を見ないでおくれ。
って、そうじゃない。
「あの、えっと、ごちそうさまでした!」
「お粗末さまでした?」
何か御馳走した事があっただろうか。
いよいよわからん。
「コラ!勝手に行っちゃダメでしょ!」
と、今度は正面から女性の声が聞こえてくる。
顔を上げると見たことのある人がこっちに向って走ってきていた。
あの人は先日うちにきた母親じゃないか。
という事はこの子は当日教会に預けられていた二人のうちの一人かな?
「うちの子が粗相をしまして申し訳ございません!お召し物まで汚してしまって、あぁもうどうしたら・・・。」
母親が子供を引っぺがすとその部分が茶色く汚れていた。
泥遊びでもしていたのかもしれないな。
「これぐらいなんともないですよ、洗えば落ちますし。」
「本当に申し訳ありません。」
「どうぞ頭を上げてください。」
何度も頭を下げる母親を宥め俺は再びしゃがみこむ。
怒られてシュンとしてしまった男の子が何とも言えない顔で俺を見てくる。
「お肉、美味しかった?」
「美味しかった!」
「そっか、そのお礼を言ってくれたんだね。」
「ハイ!」
「良いお返事だ。」
男の子の頭をクシャクシャと撫でると嬉しそうに目を細めた。
先日の子もそうだったけどちゃんと礼儀を教えてあるようだ。
すごいなぁ。
子供を育てるって本当に大変な事だと思う。
ましてや母親一人で三人も面倒見ているんだから頭が下がるよ。
「イナバ様には何とお礼を申し上げて良いのでしょう、あの後シルビア様の計らいで無事に冬を越す住まいを貸してただけました。それだけではなく働き口も斡旋していただき、何とか三人でやっていけそうです。」
「それは良かった。」
「ありがとうございました!」
「どういたしまして。」
ひとまず落ち着いて生活できる場所を確保できたようだ。
それがあるのとないのとでは生活の質が全然違うもんなぁ。
「御迷惑でなければ今度改めて上の子にもお礼を言わせたいのですがよろしいですか?」
「別に気にされなくても大丈夫ですよ?」
「どうしても会いたいと言っていまして、大きくなったらイナバ様のようになると聞かないんです。」
「私みたいにですか?」
やめたほうが良いと思うけどなぁ。
こんな他力本願100%の大人になっちゃダメだよ。
「僕も大きくなったらイナバ様みたいになる!それで、お母さんにおなかいっぱいお肉を食べさせてあげるんだ!」
「それは良い心がけですね、ちゃんとお母さんの言う事を聞いていっぱいお手伝いしてあげてください。」
「はい!」
素直だなぁ。
こんな風に真っ直ぐに言われたらなっちゃダメなんて言えないじゃないか。
「そうだ、次の休息日にお祭りをするんですけど何か聞いていますか?」
「もちろんです、この冬を越せるだけの支援を行なってくださるとか。あの日の事を覚えてくださったんですね。」
「それだけではないんですけど少しでもお力になれればと思いまして。」
「本当にありがとうございます。あの日断られた時はどうしようかと思いましたが、こうして前を向いて生きていく事ができるようになりました。もし私達に出来る事があれば何でも仰ってください。私たちも何かしたいんです。」
「なんでもします!」
「その機会がありましたら宜しくお願いします。」
別に恩返しして欲しくてやっているわけではない。
でも、何かしたいと思ってくれるのは嬉しい話だ。
しばらく子供と遊んでいると残りの子供を迎えに行くそうなのでその場で親子と別れる。
二人の姿が小さくなるまで、男の子は俺に手を振り続けていた。
「子供はやっぱり可愛いなぁ。」
「なら今すぐ作るか?お前と私の子ならば良い子に育つぞ。」
「えっ!?」
呟きに驚きの返事が返ってきたので勢いよく振り返る。
何か悪いことを考えている顔をしたシルビアが後ろに立っていた。
「シルビア、如何してここに?」
「どうしても何もお前の手配した馬車で来ただけだが?」
「それにしても早かったですね。」
「予定していた魔物の討伐も終了したので早めに切り上げてきました。これ、買取したジュエルジェリーの核です。」
シルビアがいると言う事はエミリアも居るわけで。
というか皆いるか。
「無事に討伐できたんですね。」
「思っていたよりも多くの冒険者が来てくださいまして、早い時間に終えることができました。」
「ダンジョンは?」
「魔物を大量に召喚した影響で他の魔物に影響が及んでいましたので閉鎖しました。復旧の手筈は整えておりますのでまた休息日が開けましたらいつもどおりに戻ることでしょう。」
まぁ300匹も召喚したらそうなるか。
「冒険者曰く、ひしめき合う様にして襲ってくる魔物は弱いと分かっていても恐怖だったそうだ。」
「ご苦労様でした。」
「イナバ様の手配してくださった馬車に空きがありましたので希望する方に同乗していただきましたがよろしかったですか?」
「大事な功労者ですから良い判断だと思います。」
無理を言って?来てもらったんだからそれぐらいしてバチは当らないだろう。
今頃モア君のお連れさんもギルドに戻っている頃かな。
「それで、子供の件だがどうする?」
「ど、どうするといわれましても。」
「欲しくないのか?」
「そりゃあ、居たら可愛いと思いますが・・・。」
「私はいつでも構わないぞ。なぁ、エミリア。」
「は、はい!」
いきなり話しを振られてエミリアが戸惑っているじゃないですか。
エミリアのほうを見ると俯きながらもチラチラとこちらを見てくる。
やめて、そんな目で俺を見ないで。
「と、とりあえず企画もありますし明日も忙しいですから。」
「ならば企画が終わったら良いのか?」
「入植者の件もありますし。」
「だが約束は冬までにだぞ、いい加減男を見せるべきではないか?」
うぅ、何も言い返せない。
確かに二人には約束したし、別に俺も子供が欲しくないわけじゃない。
童貞っていうワケでもないんだからしない理由もないんだけど、なんとなく今はそのときじゃない気がするんだよな。
って、結局は俺が適当に言い訳しているだけか。
ならば俺に言えるのはこれしかない。
「・・・前向きに検討しつつ善処いたします。」
お馴染みのお茶を濁す言葉でその場を繕う作戦発動。
二人には申し訳ないけど今はそれ所では無いんだ。
本当にごめん。
「それはつまりどっちなんだ?」
「シルビア様これ以上はシュウイチさんがかわいそうなので許してあげてください。」
「だがなぁ。」
「シュウイチさんは別に逃げるような人じゃありませんから、大丈夫です。」
エミリアの言葉がナイフのように俺の心を抉っていく。
やめて、そんな全部信頼していますって笑顔で俺を見ないで!
卑怯にもその場をごまかす発言をするような男なんです。
「でも・・・。」
「でも?」
「私も、シュウイチさんとの子供は可愛いと思います。」
はいアウトー。
これ以上の殺し文句はありません。
可愛い顔してなんて殺人的なキメ台詞をぶち込んでくるんだこの子は。
エミリア、恐ろしい子!
「まったく、ここまで奥様方に言われてどうしてご主人様は抱かれないのでしょう。」
「きっと恥ずかしいんですよ。」
「恥ずかしい事なのですか?大切な事だと思うのですが。」
「男の方は繊細ですから。」
そして外野でダメ出しをされ、さらに慰められる男。
何と情けない事か。
はい、頑張ります。
「ひとまずこれをティナさんの所に持っていって換金しましょう。」
「その後は食事だな?」
「差額が出ますからちょっとだけ贅沢できますよ。」
「やった!」
「さすがご主人様です。」
ニケさんとユーリは嬉しそうだ。
シルビア様はというと何とも腑に落ちないという顔をしているが渋々納得している様子。
そしてエミリアはというと・・・。
「沢山食べて明日に備えましょうね。」
それはどっちの意味なんでしょうか。
いや、普通の意味なんでしょうけど別の意味にも取れるわけでして。
結局俺はエミリアの手の上で転がされているというわけか。
「さぁ、行きましょうシュウイチさん。」
エミリアとシルビア様にがっちり手を捕まれ、俺は連行されるように冒険者ギルドに向うのだった。
え、その後どうするかって?
前向きに検討しつつ善処いたします。
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幼馴染が俺を裏切った。そして、妹も......固い絆で結ばれていた筈の俺はほんの僅かの間に邪魔な存在になったらしい。だから、奴隷として売られた。幸い、命があったが、彼女達と俺では身分が違うらしい。
俺は二人を忘れて生きる事にした。そして細々と新しい生活を始める。だが、二人を寝とった勇者エリアスと裏切り者の幼馴染と妹は俺の前に再び現れた。
『特別』を願った僕の転生先は放置された第7皇子!?
mio
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特別になることを望む『平凡』な大学生・弥登陽斗はある日突然亡くなる。
神様に『特別』になりたい願いを叶えてやると言われ、生まれ変わった先は異世界の第7皇子!? しかも母親はなんだかさびれた離宮に追いやられているし、騎士団に入っている兄はなかなか会うことができない。それでも穏やかな日々。
そんな生活も母の死を境に変わっていく。なぜか絡んでくる異母兄弟をあしらいつつ、兄の元で剣に魔法に、いろいろと学んでいくことに。兄と兄の部下との新たな日常に、以前とはまた違った幸せを感じていた。
日常を壊し、強制的に終わらせたとある不幸が起こるまでは。
神様、一つ言わせてください。僕が言っていた特別はこういうことではないと思うんですけど!?
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