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第十章

母の強い思い

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入植問題をどうにかしなければならないとはいうものの、俺はただの商人である。

俺の仕事は何か。

それは商店を営業して冒険者を相手に商売する事である。

と、言う事で本日も元気に営業開始だ。

利き腕が復活したことで前と同じく普通に業務にあたることができる。

効き手が使える幸せ。

御飯は美味しく食べれるし、イライラする事もない。

動くようになって本当によかった。

とりあえず入植の件は担当者から入植希望者の詳細を貰ってからという事になった。

抽選するにしてもどういう人が来ているのかぐらいは当事者として把握しなければならない。

それまでは普通の店主に戻るとしよう。

「昨日の今日であれですが、本当に大丈夫なんですね?」

「昨日は本当にありがとうございました。でも本当に大丈夫ですから働けるまでは働こうと思っています。」

「俺がどれだけ言っても聞きやがらねぇ、お前からも何とか言ってくれ。」

困り顔のウェリスというのも中々珍しいが、昨日それ以上の顔を見ているので新鮮味が少ない。

ちなみに何故困り顔なのかは見ての通り、セレンさんがいつもどおり出勤しているからである。

「別に本人が大丈夫といっているのだから良いではないか、体調が優れないのであればすぐに休憩する。これを守れるのであれば働いてもらうべきだ。」

「お医者様も休んでいるよりかは適度に身体を動かすほうが赤ちゃんの為に良いですよって言ってましたし。」

「セレン様は私がしっかりと監視いたしますのでウェリス様はどうぞお引取り下さい。」

「そうですね、みんなで気をつけていけば特に問題ないと思います。」

ウェリスの不安ももっともだが、寝てばかりというのも身体によくない。

女性陣はセレンさんの復帰に大賛成のようだ。

「と、いう感じで反対する人間はいないようですね。」

「お前はどうなんだよ。」

「私も復帰には賛成です。妊娠中の適度な運動は推奨されていると聞きますし、それに今セレンさんが居なくなると宿のほうが回らなくなるのが本音でして・・・。」

「けっ、役にたたねぇなぁ。」

「これで約束どおりお仕事に復帰する事を許してくれますね?」

「約束ですか?」

「ウェリスさんがあまりにも心配するので『もし誰か一人でも反対したら考え直します』と約束したんです。」

「あぁ、なるほど。」

そしてそれに一縷の望みをかけたウェリスだったが残念ながらダメだったわけだ。

通りで俺を見る目が恨めしいわけだよ。

「約束しちまったものは仕方ねぇ、くれぐれも無理するなよ。」

「ありがとうございますウェリスさん。」

「なんだ、案外簡単に引き下がるのだな。」

「困った事に俺がなんて言おうと自分が決めた事は曲げねぇからな。これ以上言ったって時間の無駄だ。じゃあ、後は頼んだぞ。」

「お任せ下さい、全員でセレンさんの事をお守りしますので。」

なんだかんだ言いながらセレンさんの好きにさせてあげるのがウェリスらしい。

惚れた女には弱い。

昨日部下の皆さんから聞いたとおりだな。

「ふふっ。」

さびしそうなウェリスの背中を見送るとセレンさんが急に笑い出した。

「どうされたのですか?」

「まさかお腹の中に赤ちゃんが出来ただけでなくウェリスさんと一緒になれるだなんて、油断するとついつい笑ってしまうんです。」

「うむ、幸せなのはいい事だ。だが、ウェリスが心配しているように決して無理だけはしないように頼むぞ。」

「その通りです。無理をしていると感じた場合にはすぐにお休みいただきます。」

「御迷惑かけますが皆さん宜しくお願いします。」

セレンさんがペコリと頭を下げる。

みんな、特にユーリがいるから大丈夫だろう。

「食材と水の運搬は私とユーリが担当しますのでセレンさんは指示だけお願いしますね。」

「そんなイナバ様の手まで煩わすなんて。」

「折角腕が戻ったんです、力仕事をして右手の感覚を取り戻さないといけませんから。」

「うむ、良い心がけだ。見たところ右の筋力が低下気味だからな、右手でのまき割を増やすのが良いだろう。」

シルビアがなにやら恐ろしい事を言っているようだが気のせいだろう。

何で見ただけで分かるんだろうか。

恐るべし。

「薪拾いは任せてくださいね、シュウイチさん。」

「私もお手伝いします!」

何故だかエミリアとニケさんもやる気満々だ。

これはサボったらすぐばれるパターンだな、頑張ろう・・・。

「さぁ、今日も1日頑張りましょうか。」

「「「「はい!」」」」

何はともあれ今日も笑顔でお客様をお迎えしますかね!


「あの、ここにイナバさんっていう人がいるって聞いたんですけど・・・。」

そう張り切って迎えた昼過ぎ、当店の客層とは大分離れたお客様がやってきた。

そのお客様がお店に入った途端に中に居た冒険者の視線が一斉にそちらを向く。

本人達には何も悪気はない。

扉が開いたのでただ気になってそっちを振り向いただけだ。

だが、入ってきた当事者からしてみれば屈強で強面の冒険者が睨んできたように見えるのだろう。

あまりの怖さに顔が引きつってしまった。

「どうしましたか?」

入口で固まってしまったお客様にニケさんが素早く近づく。

ニケさんの顔を見た途端にその人の顔がほころぶのが分かった。

「こちらにイナバさんという方がいらっしゃると聞いてきたんです。」

「そうでしたか、よかったらこちらへどうぞ。」

「でも、お忙しいんじゃ。」

「お子さんも怖がっていますから遠慮なく。」

ニケさんに誘導されて移動するお客様。

お店に来たのは若い母親とまだ二つか三つぐらいの男の子だった。

どう見ても冒険者じゃない。

それでいて村の人でもないな。

「どなたでしょう。」

「さぁ、でも私に用が合ってきたようですね。」

エミリアと俺は外向きのカウンターで接客しているので後ろの様子は伺えない。

一体何の用だろうか。

「イナバ様、お客様が来られています。」

「そのようですね。」

「ここは私が替わりますので行ってあげてください。あと、大分子供さんが怖がっているので危なくなければ個室のほうが良いかもしれません。」

「だったら私と一緒に行くのが良いだろう、いきなり個室に入れられるのは怖がるはずだ。」

「シルビアが居れば大丈夫ですね。」

一昨日の一件があったのでシルビアは店内の監視を続けていた。

今の所怪しい人物はいないようだ。

「では行きましょうか。」

シルビア様と共に若い親子の所へと急ぐ。

若い女性に飢えた?冒険者の視線が二人に注がれている。

うむ、あまり良い状態では無いな。

「お待たせしました私がイナバです。」

「貴方が・・・!」

「シルビアだ、上の部屋で話を聞かせてもらえるか?」

「あの、お話を聞いてくださればすぐに帰ります。」

「ここでは子供が怖がったままだろう、見ろ子鹿のように震えているではないか。」

そこで初めて母親は子供の様子に気がついた。

冒険者達が怖いのか母親の背中に隠れるように震えていた。

「無理にとは言いません、ですがお子さんの事を思うのであればどうかお願いします。」

「・・・わかりました。」

渋々という感じで了承してくれた。

ユーリに飲み物を持って来て貰える様に目配せをして二階の応接室へ向かう。

まぁ元はただの客室だったんだけどあまりにも来客が多いので応接室にしてしまった。

増築するのも大変だからね。

部屋に入り親子を手前の椅子に案内する。

子供は部屋が珍しいのかキョロキョロと辺りを見回していた。

「こら、静かにしなさい。」

「壊れて困るものは無い好きにさせれば良いだろう。坊主面白い物があるぞ、見るか?」

棚に置いてあったボールのような物を手に取り子供に見せた。

「見る!」

「あ、こら!」

母親の制止を聞かずに子供がソファーから飛び降りてシルビア様に駆け寄る。

前から思ってたけどシルビア様って子供好きだよね。

「まぁまぁ、ここまで来るのは子供には大変だったでしょう。定期便で来られたんですか?」

「いえ、歩いていきました。」

「歩いて!?」

「その、お金がかかるので・・・。」

サンサトローズから村まで徒歩だとほぼ半日だ。

仮に街から来たとなるとこの人は日の出前から子供を連れて歩いてきたことになる。

よく見れば二人共足元が泥だらけだ。

昨日は寒かったから霜が降りたのだろう。

そんな中こんな遠い所まで子供を連れてくるなんて・・・。

大変だっただろうなぁ。

「それはそれは遠い所ありがとうございました。今お茶が来ます、それとお腹に何か入れたほうがいいでしょうね、それも用意させましょう。」

「そ、そんな話を聞いてもらえるだけで十分です。」

「私に用が合ってきてくださったのであれば私のお客様です、お客様をもてなすのが私の仕事です。どうか気になさらないで下さい。」

「こうなるとシュウイチはてこでも動かんぞ。それにその様子じゃ満足に食べておらんだろう、子供の為にも大人しく言う事を聞いておけ。別にとって喰ったり恩を売りたいわけではない事は私が保証しよう。」

まぁ知らない男にいきなり食事を出されたら普通は疑うよな。

この世界じゃ奴隷だって居るんだし、人攫いにあったらとか子供が売られたらとか母親なら警戒するだろう。

シルビアに来てもらって本当によかった。

「何から何までありがとうございます。」

「坊主何が好きだ?」

「僕?」

「そうだ。」

「お母さんの御飯大好きだよ!」

「そうだな、お母さんの御飯が一番美味しいな。」

「うん!」

満面の笑みでシルビア様の問いに答える。

この頃の子供って純粋だなぁ。

元の世界ならカレーライス!とかハンバーグ!とか言うんだろうけど。

どの世界でもお母さんの御飯が一番好きだよな。

「失礼します。」

ちょうどいいタイミングでユーリが飲み物を持って来た。

「熱いお茶とお子様には果汁を入れたお水をお持ちしました。」

「ユーリ、お二人に食事を持ってきてもらえますか?」

「今日の定食でよろしいですか?」

「そうですね、子供さんにはパンとチーズが良いでしょう。お肉食べれますか?」

「食べる!」

「食べれるそうなので柔らかい部分を選んであげてください。」

「畏まりました。」

今日の定食は罠に獲物がかかっていたので鹿肉を使ったメニューのはずだ。

元の世界では害獣みたいに言われ始めているけどこっちでは貴重な蛋白源だ。

ちゃんと食べて数を減らせば増えすぎる事も無いと思うんだけど、衛生関係の法律が厳しいんだろうなぁ。

ほら、寄生虫とか。

ちゃんと中まで火を通せば問題ないそうだけど、実際こっちじゃ生なんてありえないし。

きっちり調理すれば特に何も問題ありません。

「お肉だなんて・・・そんな貴重なものまでありがとうございます。」

「ぶしつけな質問ですが普段あまり食べられないのですか?」

「はい、できれば子供だけでも食べさせてやりたいのですがなかなか難しくて。」

「お肉は特別な日に食べるんだよ!」

「今日は特別な日だからな食べていいのだぞ。」

「本当!?」

「あぁ、しっかり食べろ。」

なんだかんだでシルビア様とすっかり仲良くなったようだ。

騎士団の時のシルビアはカッコ良すぎてちょっと怖い印象があったけど、退団してから少し雰囲気が丸くなった気がする。

良いお母さんになりそうな感じだ。

「お子さんはお一人?」

「いえ、まだ後二人います。この子が一番小さいので仕方なくつれてきました。」

「お兄ちゃんとお姉ちゃんがいるよ!」

「父親はどうした。」

「お父さんどこか遠くに行っちゃって帰ってこないの。」

「そうだったのか。」

俗に言うシングルマザーという奴だろうか。

この世界の社会保障制度がどうなっているかは分からないが、母子家庭だからと言って国が何かを補助してくれるわけではなさそうだ。

それで子供三人ってかなり無理ゲーなんじゃ・・・。

なんとなく嫌な予感がする。

これはそう、俺が昨日心配した部分についてだ。

「普段はどちらに?」

「いつもはサンサトローズの市場で下働きをさせていただいています。」

「二人のお子さんもそこに?」

「今頃は教会のお手伝いをしているとおもいます。」

「・・・・・・・・・。」

「お姉ちゃんどうしたの?」

急にシルビアが黙り込んでしまった。

何か思い当たる節でもあるのだろうか。

教会と言えばジルさんが所属している場所のはずだ。

中級冒険者ではあまり縁のない場所とのことだが、一般市民は受け入れているんだな。

「いや、なんでもない。上の二人は好きか?」

「お兄ちゃんすぐ怒るけどいっぱい遊んでくれるよ!お姉ちゃんはいつも僕にご飯をくれるんだ。」

「そうかそうか。」

自慢げに兄弟の話をする子供の話を目を細めて聞く母親。

俺にはわからないような苦労をたくさんしてきているのだろう。

それに対して無責任に大変でしたねなんて言えるはずがない。

赤の他人ができるとこと言えばその苦労を一瞬でも忘れる事が出来るようにする事。

帰りには二人の子供にも何か持って帰ってもらうほうがいいだろう。

不公平はよくないよね。

下から美味しそうな匂いが漂って来る。

食事中は二人でゆっくり食べてもらうのが良いよね。

なんて考えていた時だった。

笑顔を浮かべていた母親が真剣な顔をして俺の方をじっと見る。

そして、意を決したように一つ頷くと突然俺の足元に土下座をした。

「お願いします!どうか、私達を村に住まわせてもらえないでしょうか!」

いきなりの事に目が点になる。

だがシルビアの反応は早く、すぐに母親の肩を掴み頭を上げさせた。

「子供の前でそのような態度をとるものではない。」

「それが無理ならせめて子供達だけでも、どうかお願いします!」

肩を掴まれながらも必死に頭を下げる母親の勢いに思わず半歩下がってしまう。

そんな母親の後ろでは子供が不安そうな顔をしてその様子を見つめていた。

「頭を上げてください。」

「お願いします!」

「頭を上げないか、そのようにしてもシュウイチには何もできん。」

「でも移住の知らせには確かにイナバさんの名前が!」

「確かにシュウイチの立案だが管理しているのはプロンプト様だ、そなたが今頭を下げた所でどうにもならんぞ。」

「そんな・・・あの子たちになんて言えば・・・。」

きっと俺に直接言えば何とかなると思っていたのだろう。

いや、自分が何とかしなくてはという強い意志でここまで歩いて来たに違いない。

寒空の下、ぐずる子供を背負って半日以上歩き続ける。

「申し訳ありません。」

「私はどうなっても構いません、売られても慰みに使ってもらっても結構です!せめて、せめて子供達だけでも・・・。」

「申し訳ありません。」

「あぁ、神様・・・。」

俺の反応に項垂れ涙を流す母親。

そんな母親を俺はただ黙って見下ろすことしかできなかった。

男の俺だけならこの場で裸になってでも頼んだかもしれない。

それぐらいの気持ちでここにやってきたんだと思う。

そうじゃないとさっきのような言葉は出てこないはずだ。

自分の体を使ってでも自分の子供を何とかしたい。

母親の強い思いは確かに感じた。

感じたのだが、俺にはどうにもできない。

何とも言えない虚無感と、恐れていた現実に俺は心をえぐられるような気がした。

「失礼します、お食事をお持ちしました。」

何とも言えないタイミングでユーリが食事を運んでくる。

美味しそうな肉の焼ける匂いが部屋をみたしていく。

「お母さん、美味しそうな匂いがするよ。お肉食べようよ。」

シクシクと泣く母親の肩をゆすって子供が母親を誘う。

子供ながらに何か感じるところはあるのだろう。

食べれば元気になるよと、思っているのかもしれない。

「御主人様これは。」

「料理を置いてセレン殿の所に戻ってくれるか?」

「畏まりましたシア奥様。」

ユーリが無言で料理を机の上に置き、ぺこりと頭を下げて部屋を出ていく。

「坊主、私が食べさせてやろう。」

「でもお母さんが。」

「いいの、お母さんは今お腹空いてないから食べさせてもらいなさい。」

「・・・うん。」

涙声で母親が子供を促す。

今回の移住計画、いつも以上に一筋縄ではいかない気がする。

涙する母親を前にしてそう感じた。
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