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第七・五章
前夜の宴は無礼講で
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大分日は陰ってきた。
あれだけ並んでいた馬車の列も今はもうない。
いやー、働いた働いた。
これでもかってぐらいに働いた。
もうこれ以上働きたくない。
でもこれで終わりじゃないんだよなぁ。
まだまだやらなきゃならないことが盛りだくさんだ。
さて、頑張りますか。
「恐らくもう荷馬車は来ないでしょうからここをお任せしていいですか?」
「はい、大丈夫です。」
「そう言えば食事ってとりましたっけ。」
「私はいただきましたがイナバ様はまだだと思います。」
通りでお腹が空いているわけだ。
お腹と背中がくっつくぞ。
どれ、そろそろ調理場の準備もできているだろうし挨拶ついでに何かつまませてもらうとしよう。
ニケさんに現場を任せて南広場へと足を向ける。
横を通り過ぎる冒険者の皆さんが俺を見る度に頭を下げて通っていくんだが、俺よりも忙しくしているのになんだか申し訳ないなぁ・・・。
「お、誰かと思ったら兄ちゃんじゃないか入り口はもういいのか?」
「おかげ様で何とか落ち着きました。広場の方はどうですか?」
「ちょうど調理場の準備ができたところだ、今日は豪華な飯が食えそうだな。」
ドリスのオッサンが嬉しそうに笑っている。
普段はどうしても質素な食事になるので、せめてお祭り騒ぎの間だけでも楽しんでもらいたい。
「村の皆さんは上手くやれそうですか?」
「今の所これといった問題はないな。むしろ冒険者が随分と丁寧な対応をするもんだから逆に恐縮してる感じだ。」
「今日はこの人数ですが明日以降はもっと大勢の冒険者が来ます。できる限り統率しますが、何かあった場合はよろしくおねがいします。」
「シルビア様も団員も来るんだろ?騎士団の姿を見ればみんな落ち着くさ。」
今日はこの人数で済むが明日はこの5倍だ。
できるだけコントロールするつもりだが、すべてというのはなかなかに難しい。
「では出店してくださった方に挨拶に行ってきますね。」
「お、それなら俺もご相伴にあずかるとするかな。」
「別に構いませんが食べ過ぎないでくださいよ。」
「わかってるって。」
このオッサンこんなに食べ物に貪欲だったっけ?
いや、俺が知らないだけか。
広場の奥には調理台が設けられ辺りにはいい匂いが漂っていた。
揚げ物とラーメンの匂い、これは凶悪だ。
「おや、誰かと思ったらこの前のお客さんじゃないか。」
「この度は急な出店に賛同いただきありがとうございました。」
「冒険者の客を増やそうってのは俺達の希望だったからなむしろ助かってるよ。」
「俺達、ですか?」
ラーメンと唐揚げ、隣り合った両方の店主が顔を見合わせて頷き合っている。
お知り合いでしょうか。
「実はな、俺達同じ師匠に就いた兄弟弟子なんだ。」
「町を転々としてるからなかなか出会う事はなかったが、まさかこんなところで出会えるとは思っていなかったわけよ。」
「同じ街にいるから噂ぐらいは聞いていたが、まさかこいつとは思ってもみなかったぜ。」
「それはまたすごい偶然ですね。」
法被姿というのは二人とも同じだが、唐揚げ屋の親父はねじり鉢巻きをつけているのでわかりやすい。
ラーメン屋の親父は俗にいうつるっぱげだ。
「というわけで、たらふく食べて行ってくれよな。」
「ちょうど出来上がったところだ最初の一杯、景気よくいってくれ。」
「ありがとうございます。」
せっかくだありがたく頂こう・・・。
あれ、今日お金持ってきたっけ?
「あ、でも今持ち合わせが無くてですね。」
「今日は祝いだからな、特別だぜ。」
まさかこの二人が兄弟弟子とは思いもしなかった。
確かに『胃』文化シリーズではあるけれど、珍しいこともあるもんだなぁ。
そのままもう二件、快く出店してくれたお店に挨拶を済ませ(こちらでも大量に料理を頂いて)、クロアさん達が作ってくれたテーブルに腰掛ける。
中々いい出来だ。
大き目の材木を使い、全面使って合計15人ぐらいは座れるだろうか。
これが5個調理場の前に設置されている。
丁度冒険者の半分か、時間差で食べてもらえば何とかなるかもしれないな。
「いい出来ですね。」
「そうだろ、あの冒険者見かけによらず中々腕がいい。邪魔だった切り株がまさかこんな形で再利用できるとはなぁ。」
「捨てるのが惜しいぐらいですね。」
「でもまぁ今後は使い道もないし、最後に燃やしてやればいいだろ。」
ソーラーメンにザンギアーゲ、そして積み上げられたボアと牛の串焼き。
これなんてお祭りメニュー?
食べ損ねた昼食というよりガッツリ夕食になりそうだ。
「ではいただきましょうか。」
「おう!」
俺が手を合わせているうちにオッサンは串にかぶりついていた。
「そんなにお腹空いていたんですか?」
「お前はあそこから動いていないからいいけど、俺達はこの炎天下で働きづめだぜ、いくら食ってもたらねぇよ。」
「でもそのおかげで随分と形になってきました。」
この席からは丁度南広場が見渡せる。
冒険者は忙しそうに荷を運んでいるし、ウェリスの部下の皆さんはどうやら追加で伐採した木を輪切りにして椅子にしているようだ。
なるほど賢いな。
塀が邪魔で奥は見えにくいが、堀の南側は天幕でいっぱいだろう。
後は必要な物をリストアップして順次配置、そして明日の受付の段取りと番号札の振り分けか。
「まさかこの村にこれだけの人が来るとはなぁ。」
「感慨深いものがありますか?」
「過去には飢え死にを覚悟した事もあるんだ。それがアリに襲われてからというもの見る見る大きくなっちまった。」
「明日にはこの5倍は来るんですからまだまだ頑張ってもらいますよ。」
「良いもの食わせてもらっているからな、張り切ってやるさ。」
「そうだ、日が暮れたら準備に関わってくれた皆さんにお酒を振舞いますので忘れず伝達しておいてください。もちろん宿泊する人前提ですけど。」
折角のお祭り騒ぎだ。
前夜祭的な事をやろうかと思っている。
それに準備に奮闘してくれた人を労う必要もある。
明日からは目が回る忙しさだろうし、今日ぐらいはいいだろう。
あれ、昨日も同じようなこと言ったような気が・・・。
まぁいいか。
「それは村の奴等も参加していいんだよな。」
「折角のお祭り騒ぎです、参加しない理由がありますか?」
「そう来なくっちゃ!」
「『くれぐれも』のみ過ぎないでくださいよ。」
エミリアのように釘を刺しておかないと。
家にも遅れるって連絡しておいた方がいいかな。
「お、この忙しい中随分と旨そうなもん食ってるな。」
「昼食を食べ損ないましてね、よかったら一本いかがです?」
積み上げられた山から串焼きを一本差し出す。
ウェリスは黙ってそれを受け取ると豪快にかぶりついた。
「これはサンサトローズの店か?」
「良くご存知ですね。」
「昔、肉を卸した事がある。あぁ、まだ堅気だった頃にな。」
「挨拶にいかれたらどうですか?」
「随分と前の話しだし忘れてるだろ。俺は食えれば別に構わない。」
「夜にはお酒も出しますから皆さんにもそのようにお伝え下さい。」
「これだけ頑張ったんだ、当然の計らいだな。」
確かにその通りだ。
この二日ほどウェリス達には随分と無茶をお願いしている。
労わない理由がない。
「料理も山ほど出ますから食べつくす勢いでお願いします。」
「言ったな、今のあいつ等は飢えた狼よりも食うぞ。」
「望む所です。」
串の山を両手で全て持つとウェリスはまた南門のほうへと消えていった。
恐らく皆に差し入れするんだろうな。
「あいつ、俺の分まで持って行きやがった。」
「また食べればいいじゃないですか。」
「それとこれとは話が違うんだよ。」
「食べ物の恨みはという奴ですか・・・。」
食べ物の恨みは恐ろしい、それはどの世界でも変わらないな。
「そうだ、村の女性陣に料理を多めに作るように伝えてください。食材は山ほどあります、好きな料理を好きなだけお願いしますと。」
「そうだな、あいつらに食い尽くされるわけにはいかねぇ。」
結局急遽建設した二つ目の倉庫からも溢れるほどの食料品が届いた。
それだけの量が届きながらその半分はコッペンからの協賛品だ。
あの量となると、一体裏でどれぐらい儲けたんだろうか。
聞くのが恐ろしいが一応報告だけするように言っておこう。
オッサンはソーラーメンを一気にかき込むと、たまたま通りがかった村人を連れて何処かへ行ってしまった。
あれだけあればなくなることは無いだろう・・・。
たぶん。
さて、俺もゆっくりしてるわけには行かない。
さっさと食べて作業の進捗状況を確認しておかなくては。
俺は残りの料理を胃に収め、再び仕事に取り掛かった。
そして太陽が森の木々に隠れてしまった頃、最後の荷物が到着した。
「・・・荷物はこれで全てです。あ、そうだ、輸送ギルドより伝言です、『本日の荷物はこれで終了、明日の朝御挨拶に伺います』だそうです。」
「伝言確かに受け取りました。」
「帰りの便を利用されるのはこちらで全てですか?」
「そのようですね。」
帰りの便に乗り込んだのは数名だった。
「では出発しまーす!」
最後の便が夜の森へと消えていく。
ふぅ、これにて無事終了っと。
「イナバ様お疲れ様でした。」
「ニケさんこそお疲れ様でした。来てもらえなかったら未だに荷物に埋もれていましたよ。」
「そう言っていただけて嬉しいです。」
「この後は前夜祭ですがどうされますか?」
「一度帰ります。」
「でしたらウェリスがセレンさんを迎えに行くといっていましたから一緒に送ってもらってください。夜の森は物騒ですので。」
本当は俺が送るべきなんだろうが、ウェリスなら送り狼になる心配も無い。
あいつにはセレンさんっていう奥さんがいるんだから。
あ、まだ奥さんじゃないんだっけ?
まぁいっか。
「ウェリスさんでしたら安心ですね。」
その意図を汲み取ったのかニケさんが笑顔で返事をする。
「では私はニッカさんに作業終了の連絡をしてきます。」
「帰りは遅くなるんですよね。」
「明日も早いですから出来るだけ早く戻ります。ティナギルド長が宿を利用すると仰っていたので手配もお願いできますか?」
「伝えておきます。」
村長宅の前でニケさんと分かれ、俺は家のドアをノックした。
「イナバですがお時間よろしいでしょうか。」
「どうぞお入り下さい。」
「失礼します。」
ドアを開けて中に入ると書類を整理していたニッカさんが立ち上がって出迎えてくれた。
「お仕事中申し訳ありません。」
「丁度終えようと思っていたところですので大丈夫です。」
「急ぎの書類でしたらお待ちしますが・・・。」
「今年の税に関する書類ですからまだ大丈夫です。」
税金についてか。
折角だから聞いておこうかな。
「よろしければ教えていただいてもよろしいですか?」
「そういえばイナバ様は御存知ありませんでしたね。」
「商店に関してはエミリアに聞けば済む話なのですが、村については全くでして。」
「どうぞこちらへ。」
村長の前に座ると一枚の羊皮紙が出てきた。
うーむ、数字は分かるが文字が分からん。
税金の額だろうか。
「これは税額についての通知書ですか?」
「もう読めるようになられたのですか?」
「文字はまだまだですが、数字でしたら何とか。」
「いかにもこれは納税の通知書です。こちらが総額、そしてこれがその内訳です。」
総額が金貨15枚かな?
多くない?
元の世界で住民税って月1万前後ぐらいだったからそれを考えても一桁多いな。
「多くありませんか?」
「昨年の収穫から税額が算出され、それを人数分かけたのが総額です。我が村には現在42名の村人がおりますので一人頭銀貨40枚ほどになります。」
一人頭年間40万か。
やっぱり多いな。
「昨年は豊作だったんですか?」
「実りが悪く少し減ったぐらいでしょうか。」
「となると、減った上でこの金額なワケですか。」
「奴隷がおりませんので少々高くなっていますね。」
「奴隷は安いんですか?」
「住民の半分ほどになります。」
ということは、ニケさんは俺の半分になるわけか。
まてよ、ユーリはどうなってるんだ?
ダンジョン妖精ってそもそも税金払うのかな・・・。
「昨年の収穫を換金したとして実際いくらになったんでしょう。」
「自分達で消費する分を除き金貨20枚ほどになりましたな。」
「金貨20枚!?」
それ少なすぎでしょ。
ほとんど税金で持ってかれてるじゃないか。
それなんてブラックですか。
「いくらなんでも多すぎませんか?」
「食べる分を確保しつつ金貨5枚残れば上々といえましょう。それ以外にも狩をして売りに出すものも御座いますから何とかやっていけます。」
そういえばネムリに毛皮と干し肉を売っていたな。
物々交換で消耗品は確保していたのか。
それでも村全体の貯金が金貨5枚じゃ、不作になった瞬間に破産してしまう。
オッサンが飢えを覚悟したと言ったのも誇張じゃなかったのか。
「それはいつ支払うんですか?」
「今年の収穫の際に昨年の分を収めるのです。幸い今年は実りも多く畑も広がりましたし、イナバ様に換金していただきました蜜玉のお金も御座います。おかげで今年は良い冬を迎えられそうです。」
「そういえばそんな物もありましたね。」
この世界に来て一番最初に遭遇したトラブルだ。
まさかいきなりアリの魔物に命を狙われるとは思って居なかったなぁ・・・。
「イナバ様が来られてから村には良い出来事ばかりが起こります。飢えを覚悟する日々から実りを楽しむ余裕さえ出て参りました。そしてなにより村人の笑顔、あんなに生き生きとした彼等の顔を見ることが出来るなんて本当にどうお礼を申していいのやら。」
「何を仰いますか。私がここまでやれたのも全てニッカさんや村の人たちが温かく迎え入れてくれたからです。右も左もわからない私を迎え入れてくれた時の恩は一生かけてお返ししますよ。」
「それは我々も同じこと。どうかこれからもこの村を宜しくお願いいたします。」
お互いに深々と頭を下げる。
この人はどれだけ苦しい選択を強いられてきたんだろうか。
顔に刻まれた深い皺はその苦労の証なんだろう。
「今日もそして明日からも皆さんの力が必要になります、御迷惑をお掛けしますが宜しくお願いします。」
「我々の力でよければどうぞお使い下さい。」
「点検が終われば今日の作業はずべて終了です。今日までの労いと明日からの英気を養っていただく為にささやかな宴を催すつもりなのですが御一緒にいかがですか?」
「私が行けば皆が気を使うでしょう、どうぞ若い人でお楽しみ下さい。」
「わかりました。最終日はぜひ参加してくださいね。」
「まったく、イナバ様はいつ休まれるのやら。」
「それは言わないお約束ですよ。」
俺が休むのは全部終わってからだ。
後夜祭はこの村で行なわれていた祭の復活もかねている。
村長の為にも失敗できない。
「ではこれで失礼します。今日は貴重なお話ありがとうございました。」
「余り夜更かししませんよう、おっとこれも年寄りの小言でしたな。」
家族でもない俺の体まで心配してくれるなんてありがたい話しだ。
報告を済ませて村長の家を出る頃には外は真っ暗になっていた。
そんなに長居したつもりは無いんだけど、話しこんでしまったからなぁ。
村のいたる所に松明がかけられ、夜だというのにいつも以上に明るい。
特に南広場の方は人の声で賑やかだ。
もう始まっているのかな?
「こんな所にいやがったのか、どうりで探しても見つからないわけだよ。」
「すみません報告だけと思ったんですが話しこんでしまいました。」
「冒険者の連中が待ちわびてるぞ、さっさと始めようや。」
おや、まだだったのか。
オッサンに引っ張られるように広場へ行くと、真ん中にはキャンプファイアーのように大きな組木が焚かれており食事用の机は満席だった。
村人と冒険者が混じって座っている所を見ると、だいぶ打ち解けたようだ。
「おーい、やっと見つかったぞ。」
「やっとか、あと少し遅かったらこいつ等が暴れだす所だったぞ。」
「暴れそうだったのは兄貴じゃないですか。」
「うるせぇそこは合わせとくもんなんだよ!」
ウェリスはもう帰ってきたのか、早いな。
という事は最低1時間は経っている計算になる。
そりゃあ外も暗くなるよ。
「すみませんお待たせしました。」
「丁度みなさんに食事が回った所ですから大丈夫ですよ。」
「あれ、セレンさんこっちも手伝ってくれるんですか?」
「私だけ家で休ませてもらうのもおかしな話ですから。それに、こんな楽しい集まりに引きこもっているほうが勿体無いです。」
「疲れているのにありがとうございます。」
と、いいつつさりげなくウェリスの横に座っている所を見ると一緒にいたかったというのが良くわかる。
部下の皆さんがそこを弄らないのは暗黙の了解という奴だな。
「それじゃあさっさとはじめようぜ。」
ウェリスにお立ち台へ突き出され、乱暴にコップを持たされてしまった。
当の本人は開いた席に座り同じくコップを持ちそわそわしている。
ウェリスの前には大量の食事が置かれていた。
串焼きが多い所を見ると昼間の恨みを忘れていないようだ。
前夜祭だけに出店してくれた親父さん達も相席しているのがなんだか面白いな。
まぁ、明日からはそんな暇も無いだろうし今日ぐらいはいいだろう。
「えー、みなさん今日は朝からお疲れ様でした。皆さんのおかげで無事明日の準備を整える事ができました。これも増援に来てくれた冒険者の皆さんと村の皆さんのおかげです、ありがとう御座います。」
「いいからさっさとはじめようぜ!」
「ウェリスさんダメですよ、イナバ様の話しの最中なんですから。」
「えー、私もこの匂いの中これ以上我慢できませんので挨拶はこれぐらいにして、これだけは言わせてください。ここまで出来たのも皆さんのおかげです、明日からもっと忙しくなりますがどうかお力をお貸し下さい、ではこの辺にして・・・乾杯!」
「「「「乾杯!」」」」
全員がコップを宙に掲げ声が重なる。
カップの中身を一気に喉へ流し込む。
キンキンまでは行かないけれどよく冷えたエールだった。
この一杯の為に生きてきたってよく聞くけど、満更でもないよな。
さぁ、宴会の始まりだ。
今日ぐらいは仕事を忘れてはしゃいでもいいだろう。
美味しい料理に美味しいお酒、これにエミリア達もいたら最高だったのに。
「そう仰ると思って参上いたしました、何とか間に合いましたね。」
「お待たせしましたシュウイチさん。」
突然の声に後ろ振り返るとそこには商店にいるはずのエミリア達が立っていた。
「エミリア様に遅くなるとお伝えすると、それを聞いていたユーリ様が行くと言って聞かないものですから。」
「だからお店を早く閉めてきちゃいました。」
「ご主人様だけ美味しい物を食べるなんて許せません。」
許せませんって、悪い事したんじゃないんだからさぁ。
「食べ物の恨みは怖いですよ。」
「それは良く知っています。ニケさん往復してもらってすみません。」
「いえ、こうやって皆さんと御一緒できるだけで十分です。」
お立ち台を降りて三人の所へ行こうとした時、足が絡まってしまいつんのめるような形になってしまった。
「おっとぉぉ!?」
その場で踏ん張ろうとするも体が思うように動かず、踏ん張りがきかない。
そしてそのまま倒れこんだ先は固い地面ではなく・・・。
「シュウイチさんお疲れ様でした。」
「す、すみません。」
柔らかいエミリアの胸の中だった。
「おいおい、酒が回ったにしては早すぎるだろ。そんなに嫁さんの胸が恋しかったのか?」
それを見たウェリスがはやし立てる。
それを見た冒険者達からも口笛や歓声が上がった。
「すみませんすぐどきます。」
「ダメです、お疲れなんですからゆっくり休んでください。」
「ですがこのままでは食事が取れません。」
「イナバ様、なんでしたら食べさせてあげましょうか?」
「いえ、そうじゃなくてですね。」
なんだなんだ、何でこんなにエミリアが大胆なんだ?
「イナバ様よろしければここが開いていますよ。」
「と、とりあえず座りましょう。」
助け舟を出してくれたティナさんの横に滑り込むようにして座る。
あれ、満席だったはずなのになんで開いているの?
っと思ったら押し出されるように冒険者が数人立ったまま食事を取っていた。
「席を取ってしまいすみません。」
「いいんです、みんなお酒が入ったら自由にしていますから。」
「ティナさんも今日はお疲れ様でした。」
「イナバ様もだいぶお疲れのようですね。」
「そうなんです、なのでシュウイチさんは早く休んでください。」
「よろしければ食事もお取りしますので言って下さいね。」
ティナさんとエミリアに挟まれるようにしてまるで接待を受けているような感じだ。
あれ、ティナさんってこんな感じの人だっけ。
「今度はギルド長まで捕まえてさすがだなぁ兄ちゃん!」
「嫁だけじゃ満足できないんだってよ!」
「ウェリス様はセレン様で満足できるのですからいいじゃありませんか。」
「そうですよ、兄貴にはセレンの姉さんがいるじゃありませんか!」
「な、何行ってやがるお前等!」
「ほら、セレン様も何か言って上げてください。」
「そんな急に言われても何を言ったらいいか・・・。」
「今なら証人がたくさんいますから言いたい放題ですよ。」
いいぞユーリもっとやれ!
「じゃ、じゃぁ・・・。」
その後も前夜祭のはずなのに後夜祭のように盛り上がりながら夜が更けていく。
本番はいよいよ明日。
さぁ、イナバシュウイチ一世一代の大勝負だ。
「シュウイチさん、こっちの串焼きが美味しいですよ。」
「イナバ様よろければ一緒にこちらの揚げ物はいかがですか?」
目の前で見えない火花が散っているのは気にしないようにしとこう。
そうしよう。
「イナバ様も大変ですね。」
「あはは・・・。」
ニケさんにお酒を注いでもらいながら楽しい時間がいつまでも続くように感じた夜だった。
あれだけ並んでいた馬車の列も今はもうない。
いやー、働いた働いた。
これでもかってぐらいに働いた。
もうこれ以上働きたくない。
でもこれで終わりじゃないんだよなぁ。
まだまだやらなきゃならないことが盛りだくさんだ。
さて、頑張りますか。
「恐らくもう荷馬車は来ないでしょうからここをお任せしていいですか?」
「はい、大丈夫です。」
「そう言えば食事ってとりましたっけ。」
「私はいただきましたがイナバ様はまだだと思います。」
通りでお腹が空いているわけだ。
お腹と背中がくっつくぞ。
どれ、そろそろ調理場の準備もできているだろうし挨拶ついでに何かつまませてもらうとしよう。
ニケさんに現場を任せて南広場へと足を向ける。
横を通り過ぎる冒険者の皆さんが俺を見る度に頭を下げて通っていくんだが、俺よりも忙しくしているのになんだか申し訳ないなぁ・・・。
「お、誰かと思ったら兄ちゃんじゃないか入り口はもういいのか?」
「おかげ様で何とか落ち着きました。広場の方はどうですか?」
「ちょうど調理場の準備ができたところだ、今日は豪華な飯が食えそうだな。」
ドリスのオッサンが嬉しそうに笑っている。
普段はどうしても質素な食事になるので、せめてお祭り騒ぎの間だけでも楽しんでもらいたい。
「村の皆さんは上手くやれそうですか?」
「今の所これといった問題はないな。むしろ冒険者が随分と丁寧な対応をするもんだから逆に恐縮してる感じだ。」
「今日はこの人数ですが明日以降はもっと大勢の冒険者が来ます。できる限り統率しますが、何かあった場合はよろしくおねがいします。」
「シルビア様も団員も来るんだろ?騎士団の姿を見ればみんな落ち着くさ。」
今日はこの人数で済むが明日はこの5倍だ。
できるだけコントロールするつもりだが、すべてというのはなかなかに難しい。
「では出店してくださった方に挨拶に行ってきますね。」
「お、それなら俺もご相伴にあずかるとするかな。」
「別に構いませんが食べ過ぎないでくださいよ。」
「わかってるって。」
このオッサンこんなに食べ物に貪欲だったっけ?
いや、俺が知らないだけか。
広場の奥には調理台が設けられ辺りにはいい匂いが漂っていた。
揚げ物とラーメンの匂い、これは凶悪だ。
「おや、誰かと思ったらこの前のお客さんじゃないか。」
「この度は急な出店に賛同いただきありがとうございました。」
「冒険者の客を増やそうってのは俺達の希望だったからなむしろ助かってるよ。」
「俺達、ですか?」
ラーメンと唐揚げ、隣り合った両方の店主が顔を見合わせて頷き合っている。
お知り合いでしょうか。
「実はな、俺達同じ師匠に就いた兄弟弟子なんだ。」
「町を転々としてるからなかなか出会う事はなかったが、まさかこんなところで出会えるとは思っていなかったわけよ。」
「同じ街にいるから噂ぐらいは聞いていたが、まさかこいつとは思ってもみなかったぜ。」
「それはまたすごい偶然ですね。」
法被姿というのは二人とも同じだが、唐揚げ屋の親父はねじり鉢巻きをつけているのでわかりやすい。
ラーメン屋の親父は俗にいうつるっぱげだ。
「というわけで、たらふく食べて行ってくれよな。」
「ちょうど出来上がったところだ最初の一杯、景気よくいってくれ。」
「ありがとうございます。」
せっかくだありがたく頂こう・・・。
あれ、今日お金持ってきたっけ?
「あ、でも今持ち合わせが無くてですね。」
「今日は祝いだからな、特別だぜ。」
まさかこの二人が兄弟弟子とは思いもしなかった。
確かに『胃』文化シリーズではあるけれど、珍しいこともあるもんだなぁ。
そのままもう二件、快く出店してくれたお店に挨拶を済ませ(こちらでも大量に料理を頂いて)、クロアさん達が作ってくれたテーブルに腰掛ける。
中々いい出来だ。
大き目の材木を使い、全面使って合計15人ぐらいは座れるだろうか。
これが5個調理場の前に設置されている。
丁度冒険者の半分か、時間差で食べてもらえば何とかなるかもしれないな。
「いい出来ですね。」
「そうだろ、あの冒険者見かけによらず中々腕がいい。邪魔だった切り株がまさかこんな形で再利用できるとはなぁ。」
「捨てるのが惜しいぐらいですね。」
「でもまぁ今後は使い道もないし、最後に燃やしてやればいいだろ。」
ソーラーメンにザンギアーゲ、そして積み上げられたボアと牛の串焼き。
これなんてお祭りメニュー?
食べ損ねた昼食というよりガッツリ夕食になりそうだ。
「ではいただきましょうか。」
「おう!」
俺が手を合わせているうちにオッサンは串にかぶりついていた。
「そんなにお腹空いていたんですか?」
「お前はあそこから動いていないからいいけど、俺達はこの炎天下で働きづめだぜ、いくら食ってもたらねぇよ。」
「でもそのおかげで随分と形になってきました。」
この席からは丁度南広場が見渡せる。
冒険者は忙しそうに荷を運んでいるし、ウェリスの部下の皆さんはどうやら追加で伐採した木を輪切りにして椅子にしているようだ。
なるほど賢いな。
塀が邪魔で奥は見えにくいが、堀の南側は天幕でいっぱいだろう。
後は必要な物をリストアップして順次配置、そして明日の受付の段取りと番号札の振り分けか。
「まさかこの村にこれだけの人が来るとはなぁ。」
「感慨深いものがありますか?」
「過去には飢え死にを覚悟した事もあるんだ。それがアリに襲われてからというもの見る見る大きくなっちまった。」
「明日にはこの5倍は来るんですからまだまだ頑張ってもらいますよ。」
「良いもの食わせてもらっているからな、張り切ってやるさ。」
「そうだ、日が暮れたら準備に関わってくれた皆さんにお酒を振舞いますので忘れず伝達しておいてください。もちろん宿泊する人前提ですけど。」
折角のお祭り騒ぎだ。
前夜祭的な事をやろうかと思っている。
それに準備に奮闘してくれた人を労う必要もある。
明日からは目が回る忙しさだろうし、今日ぐらいはいいだろう。
あれ、昨日も同じようなこと言ったような気が・・・。
まぁいいか。
「それは村の奴等も参加していいんだよな。」
「折角のお祭り騒ぎです、参加しない理由がありますか?」
「そう来なくっちゃ!」
「『くれぐれも』のみ過ぎないでくださいよ。」
エミリアのように釘を刺しておかないと。
家にも遅れるって連絡しておいた方がいいかな。
「お、この忙しい中随分と旨そうなもん食ってるな。」
「昼食を食べ損ないましてね、よかったら一本いかがです?」
積み上げられた山から串焼きを一本差し出す。
ウェリスは黙ってそれを受け取ると豪快にかぶりついた。
「これはサンサトローズの店か?」
「良くご存知ですね。」
「昔、肉を卸した事がある。あぁ、まだ堅気だった頃にな。」
「挨拶にいかれたらどうですか?」
「随分と前の話しだし忘れてるだろ。俺は食えれば別に構わない。」
「夜にはお酒も出しますから皆さんにもそのようにお伝え下さい。」
「これだけ頑張ったんだ、当然の計らいだな。」
確かにその通りだ。
この二日ほどウェリス達には随分と無茶をお願いしている。
労わない理由がない。
「料理も山ほど出ますから食べつくす勢いでお願いします。」
「言ったな、今のあいつ等は飢えた狼よりも食うぞ。」
「望む所です。」
串の山を両手で全て持つとウェリスはまた南門のほうへと消えていった。
恐らく皆に差し入れするんだろうな。
「あいつ、俺の分まで持って行きやがった。」
「また食べればいいじゃないですか。」
「それとこれとは話が違うんだよ。」
「食べ物の恨みはという奴ですか・・・。」
食べ物の恨みは恐ろしい、それはどの世界でも変わらないな。
「そうだ、村の女性陣に料理を多めに作るように伝えてください。食材は山ほどあります、好きな料理を好きなだけお願いしますと。」
「そうだな、あいつらに食い尽くされるわけにはいかねぇ。」
結局急遽建設した二つ目の倉庫からも溢れるほどの食料品が届いた。
それだけの量が届きながらその半分はコッペンからの協賛品だ。
あの量となると、一体裏でどれぐらい儲けたんだろうか。
聞くのが恐ろしいが一応報告だけするように言っておこう。
オッサンはソーラーメンを一気にかき込むと、たまたま通りがかった村人を連れて何処かへ行ってしまった。
あれだけあればなくなることは無いだろう・・・。
たぶん。
さて、俺もゆっくりしてるわけには行かない。
さっさと食べて作業の進捗状況を確認しておかなくては。
俺は残りの料理を胃に収め、再び仕事に取り掛かった。
そして太陽が森の木々に隠れてしまった頃、最後の荷物が到着した。
「・・・荷物はこれで全てです。あ、そうだ、輸送ギルドより伝言です、『本日の荷物はこれで終了、明日の朝御挨拶に伺います』だそうです。」
「伝言確かに受け取りました。」
「帰りの便を利用されるのはこちらで全てですか?」
「そのようですね。」
帰りの便に乗り込んだのは数名だった。
「では出発しまーす!」
最後の便が夜の森へと消えていく。
ふぅ、これにて無事終了っと。
「イナバ様お疲れ様でした。」
「ニケさんこそお疲れ様でした。来てもらえなかったら未だに荷物に埋もれていましたよ。」
「そう言っていただけて嬉しいです。」
「この後は前夜祭ですがどうされますか?」
「一度帰ります。」
「でしたらウェリスがセレンさんを迎えに行くといっていましたから一緒に送ってもらってください。夜の森は物騒ですので。」
本当は俺が送るべきなんだろうが、ウェリスなら送り狼になる心配も無い。
あいつにはセレンさんっていう奥さんがいるんだから。
あ、まだ奥さんじゃないんだっけ?
まぁいっか。
「ウェリスさんでしたら安心ですね。」
その意図を汲み取ったのかニケさんが笑顔で返事をする。
「では私はニッカさんに作業終了の連絡をしてきます。」
「帰りは遅くなるんですよね。」
「明日も早いですから出来るだけ早く戻ります。ティナギルド長が宿を利用すると仰っていたので手配もお願いできますか?」
「伝えておきます。」
村長宅の前でニケさんと分かれ、俺は家のドアをノックした。
「イナバですがお時間よろしいでしょうか。」
「どうぞお入り下さい。」
「失礼します。」
ドアを開けて中に入ると書類を整理していたニッカさんが立ち上がって出迎えてくれた。
「お仕事中申し訳ありません。」
「丁度終えようと思っていたところですので大丈夫です。」
「急ぎの書類でしたらお待ちしますが・・・。」
「今年の税に関する書類ですからまだ大丈夫です。」
税金についてか。
折角だから聞いておこうかな。
「よろしければ教えていただいてもよろしいですか?」
「そういえばイナバ様は御存知ありませんでしたね。」
「商店に関してはエミリアに聞けば済む話なのですが、村については全くでして。」
「どうぞこちらへ。」
村長の前に座ると一枚の羊皮紙が出てきた。
うーむ、数字は分かるが文字が分からん。
税金の額だろうか。
「これは税額についての通知書ですか?」
「もう読めるようになられたのですか?」
「文字はまだまだですが、数字でしたら何とか。」
「いかにもこれは納税の通知書です。こちらが総額、そしてこれがその内訳です。」
総額が金貨15枚かな?
多くない?
元の世界で住民税って月1万前後ぐらいだったからそれを考えても一桁多いな。
「多くありませんか?」
「昨年の収穫から税額が算出され、それを人数分かけたのが総額です。我が村には現在42名の村人がおりますので一人頭銀貨40枚ほどになります。」
一人頭年間40万か。
やっぱり多いな。
「昨年は豊作だったんですか?」
「実りが悪く少し減ったぐらいでしょうか。」
「となると、減った上でこの金額なワケですか。」
「奴隷がおりませんので少々高くなっていますね。」
「奴隷は安いんですか?」
「住民の半分ほどになります。」
ということは、ニケさんは俺の半分になるわけか。
まてよ、ユーリはどうなってるんだ?
ダンジョン妖精ってそもそも税金払うのかな・・・。
「昨年の収穫を換金したとして実際いくらになったんでしょう。」
「自分達で消費する分を除き金貨20枚ほどになりましたな。」
「金貨20枚!?」
それ少なすぎでしょ。
ほとんど税金で持ってかれてるじゃないか。
それなんてブラックですか。
「いくらなんでも多すぎませんか?」
「食べる分を確保しつつ金貨5枚残れば上々といえましょう。それ以外にも狩をして売りに出すものも御座いますから何とかやっていけます。」
そういえばネムリに毛皮と干し肉を売っていたな。
物々交換で消耗品は確保していたのか。
それでも村全体の貯金が金貨5枚じゃ、不作になった瞬間に破産してしまう。
オッサンが飢えを覚悟したと言ったのも誇張じゃなかったのか。
「それはいつ支払うんですか?」
「今年の収穫の際に昨年の分を収めるのです。幸い今年は実りも多く畑も広がりましたし、イナバ様に換金していただきました蜜玉のお金も御座います。おかげで今年は良い冬を迎えられそうです。」
「そういえばそんな物もありましたね。」
この世界に来て一番最初に遭遇したトラブルだ。
まさかいきなりアリの魔物に命を狙われるとは思って居なかったなぁ・・・。
「イナバ様が来られてから村には良い出来事ばかりが起こります。飢えを覚悟する日々から実りを楽しむ余裕さえ出て参りました。そしてなにより村人の笑顔、あんなに生き生きとした彼等の顔を見ることが出来るなんて本当にどうお礼を申していいのやら。」
「何を仰いますか。私がここまでやれたのも全てニッカさんや村の人たちが温かく迎え入れてくれたからです。右も左もわからない私を迎え入れてくれた時の恩は一生かけてお返ししますよ。」
「それは我々も同じこと。どうかこれからもこの村を宜しくお願いいたします。」
お互いに深々と頭を下げる。
この人はどれだけ苦しい選択を強いられてきたんだろうか。
顔に刻まれた深い皺はその苦労の証なんだろう。
「今日もそして明日からも皆さんの力が必要になります、御迷惑をお掛けしますが宜しくお願いします。」
「我々の力でよければどうぞお使い下さい。」
「点検が終われば今日の作業はずべて終了です。今日までの労いと明日からの英気を養っていただく為にささやかな宴を催すつもりなのですが御一緒にいかがですか?」
「私が行けば皆が気を使うでしょう、どうぞ若い人でお楽しみ下さい。」
「わかりました。最終日はぜひ参加してくださいね。」
「まったく、イナバ様はいつ休まれるのやら。」
「それは言わないお約束ですよ。」
俺が休むのは全部終わってからだ。
後夜祭はこの村で行なわれていた祭の復活もかねている。
村長の為にも失敗できない。
「ではこれで失礼します。今日は貴重なお話ありがとうございました。」
「余り夜更かししませんよう、おっとこれも年寄りの小言でしたな。」
家族でもない俺の体まで心配してくれるなんてありがたい話しだ。
報告を済ませて村長の家を出る頃には外は真っ暗になっていた。
そんなに長居したつもりは無いんだけど、話しこんでしまったからなぁ。
村のいたる所に松明がかけられ、夜だというのにいつも以上に明るい。
特に南広場の方は人の声で賑やかだ。
もう始まっているのかな?
「こんな所にいやがったのか、どうりで探しても見つからないわけだよ。」
「すみません報告だけと思ったんですが話しこんでしまいました。」
「冒険者の連中が待ちわびてるぞ、さっさと始めようや。」
おや、まだだったのか。
オッサンに引っ張られるように広場へ行くと、真ん中にはキャンプファイアーのように大きな組木が焚かれており食事用の机は満席だった。
村人と冒険者が混じって座っている所を見ると、だいぶ打ち解けたようだ。
「おーい、やっと見つかったぞ。」
「やっとか、あと少し遅かったらこいつ等が暴れだす所だったぞ。」
「暴れそうだったのは兄貴じゃないですか。」
「うるせぇそこは合わせとくもんなんだよ!」
ウェリスはもう帰ってきたのか、早いな。
という事は最低1時間は経っている計算になる。
そりゃあ外も暗くなるよ。
「すみませんお待たせしました。」
「丁度みなさんに食事が回った所ですから大丈夫ですよ。」
「あれ、セレンさんこっちも手伝ってくれるんですか?」
「私だけ家で休ませてもらうのもおかしな話ですから。それに、こんな楽しい集まりに引きこもっているほうが勿体無いです。」
「疲れているのにありがとうございます。」
と、いいつつさりげなくウェリスの横に座っている所を見ると一緒にいたかったというのが良くわかる。
部下の皆さんがそこを弄らないのは暗黙の了解という奴だな。
「それじゃあさっさとはじめようぜ。」
ウェリスにお立ち台へ突き出され、乱暴にコップを持たされてしまった。
当の本人は開いた席に座り同じくコップを持ちそわそわしている。
ウェリスの前には大量の食事が置かれていた。
串焼きが多い所を見ると昼間の恨みを忘れていないようだ。
前夜祭だけに出店してくれた親父さん達も相席しているのがなんだか面白いな。
まぁ、明日からはそんな暇も無いだろうし今日ぐらいはいいだろう。
「えー、みなさん今日は朝からお疲れ様でした。皆さんのおかげで無事明日の準備を整える事ができました。これも増援に来てくれた冒険者の皆さんと村の皆さんのおかげです、ありがとう御座います。」
「いいからさっさとはじめようぜ!」
「ウェリスさんダメですよ、イナバ様の話しの最中なんですから。」
「えー、私もこの匂いの中これ以上我慢できませんので挨拶はこれぐらいにして、これだけは言わせてください。ここまで出来たのも皆さんのおかげです、明日からもっと忙しくなりますがどうかお力をお貸し下さい、ではこの辺にして・・・乾杯!」
「「「「乾杯!」」」」
全員がコップを宙に掲げ声が重なる。
カップの中身を一気に喉へ流し込む。
キンキンまでは行かないけれどよく冷えたエールだった。
この一杯の為に生きてきたってよく聞くけど、満更でもないよな。
さぁ、宴会の始まりだ。
今日ぐらいは仕事を忘れてはしゃいでもいいだろう。
美味しい料理に美味しいお酒、これにエミリア達もいたら最高だったのに。
「そう仰ると思って参上いたしました、何とか間に合いましたね。」
「お待たせしましたシュウイチさん。」
突然の声に後ろ振り返るとそこには商店にいるはずのエミリア達が立っていた。
「エミリア様に遅くなるとお伝えすると、それを聞いていたユーリ様が行くと言って聞かないものですから。」
「だからお店を早く閉めてきちゃいました。」
「ご主人様だけ美味しい物を食べるなんて許せません。」
許せませんって、悪い事したんじゃないんだからさぁ。
「食べ物の恨みは怖いですよ。」
「それは良く知っています。ニケさん往復してもらってすみません。」
「いえ、こうやって皆さんと御一緒できるだけで十分です。」
お立ち台を降りて三人の所へ行こうとした時、足が絡まってしまいつんのめるような形になってしまった。
「おっとぉぉ!?」
その場で踏ん張ろうとするも体が思うように動かず、踏ん張りがきかない。
そしてそのまま倒れこんだ先は固い地面ではなく・・・。
「シュウイチさんお疲れ様でした。」
「す、すみません。」
柔らかいエミリアの胸の中だった。
「おいおい、酒が回ったにしては早すぎるだろ。そんなに嫁さんの胸が恋しかったのか?」
それを見たウェリスがはやし立てる。
それを見た冒険者達からも口笛や歓声が上がった。
「すみませんすぐどきます。」
「ダメです、お疲れなんですからゆっくり休んでください。」
「ですがこのままでは食事が取れません。」
「イナバ様、なんでしたら食べさせてあげましょうか?」
「いえ、そうじゃなくてですね。」
なんだなんだ、何でこんなにエミリアが大胆なんだ?
「イナバ様よろしければここが開いていますよ。」
「と、とりあえず座りましょう。」
助け舟を出してくれたティナさんの横に滑り込むようにして座る。
あれ、満席だったはずなのになんで開いているの?
っと思ったら押し出されるように冒険者が数人立ったまま食事を取っていた。
「席を取ってしまいすみません。」
「いいんです、みんなお酒が入ったら自由にしていますから。」
「ティナさんも今日はお疲れ様でした。」
「イナバ様もだいぶお疲れのようですね。」
「そうなんです、なのでシュウイチさんは早く休んでください。」
「よろしければ食事もお取りしますので言って下さいね。」
ティナさんとエミリアに挟まれるようにしてまるで接待を受けているような感じだ。
あれ、ティナさんってこんな感じの人だっけ。
「今度はギルド長まで捕まえてさすがだなぁ兄ちゃん!」
「嫁だけじゃ満足できないんだってよ!」
「ウェリス様はセレン様で満足できるのですからいいじゃありませんか。」
「そうですよ、兄貴にはセレンの姉さんがいるじゃありませんか!」
「な、何行ってやがるお前等!」
「ほら、セレン様も何か言って上げてください。」
「そんな急に言われても何を言ったらいいか・・・。」
「今なら証人がたくさんいますから言いたい放題ですよ。」
いいぞユーリもっとやれ!
「じゃ、じゃぁ・・・。」
その後も前夜祭のはずなのに後夜祭のように盛り上がりながら夜が更けていく。
本番はいよいよ明日。
さぁ、イナバシュウイチ一世一代の大勝負だ。
「シュウイチさん、こっちの串焼きが美味しいですよ。」
「イナバ様よろければ一緒にこちらの揚げ物はいかがですか?」
目の前で見えない火花が散っているのは気にしないようにしとこう。
そうしよう。
「イナバ様も大変ですね。」
「あはは・・・。」
ニケさんにお酒を注いでもらいながら楽しい時間がいつまでも続くように感じた夜だった。
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