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第九章
あぁ素晴らしき退団式
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騎士団の前に重厚な装備に身を固めた団員が集まっている。
そしてその団員を見守るように大勢の観客が騎士団の前に集まっていた。
いや、騎士団の前だけじゃない。
サンサトローズを四つに区切る大通り、その両サイドを埋め尽くさんばかりの人が押し寄せていた。
一体どこからこの人たちは沸いてきたんだろう。
いや、ほんとどう考えてもこれだけの人がこの街にいること自体がおかしい。
宿に居ましたとかいうレベルじゃない。
恐らく朝早くやってきたり、街の外で待機していたりしたんだろうなぁ。
どうやら俺が思っていた以上の退団式のようだ。
もっとこうこじんまりとした物かと思っていました。
これじゃあ野球の優勝パレードと同じ規模ですよ。
「すごい人ですね。」
「本当に、カムリさんに呼んでいただかなければたどり着けないところでした。」
昨夜お世話になった冒険者ギルドに騎士団の遣いが来たのが日が昇ってすぐ。
それから急いで準備したものの、外に出たらもうこの状態だった。
「御主人様、脱がなくてだいじょうぶですか?」
「この状態なら大丈夫です。それに今脱ぐと着るまでがまた大変なので。」
俺の全身を覆っているのは騎士団員にも負けないような重厚な鎧。
俗に言うフルプレートというやつだ。
あまりにごつすぎて着るのも脱ぐのも一人では出来ない。
お貴族様が召使に着させてもらうのも納得だ。
それに重すぎる。
鍛えている騎士団員ならともかく、俺なんかが着ようものなら動くのすら大仕事だ。
これを着て戦うとか精神を疑うよ。
因みに俺達が陣取っているのは騎士団のちょうど真正面。
恐らくそこそこの身分であろう皆様の陣取るエリアの一番良い所になる。
正直に言って目立つ。
いや、いいんだけどね。
ここならシルビア様にもすぐ見つけてもらえそうだし。
最初は騎士団の中に案内されそうになったのだがそれは丁重にお断りした。
今日の主役はシルビア様だ。
俺達はあくまでも観客の一人に過ぎない。
「ユーリも良くお似合いですよ。」
「そうですか?普段このような服を着る事はありませんので少し違和感があります。」
「それを言うなら私もなんだか恥ずかしくて。」
「二人とも何処から見ても立派な冒険者ですね。」
俺の衣装は武器屋の親父さんから借りたが、ユーリとニケさんの服は冒険者ギルドからお借りした。
ユーリは狩人のような感じだろうか、草木色のチュニックに革の胸当て、腰周りの革鎧がスカートのようだ。
あえてズボンではなくスパッツなのが高ポイントです。
いいよねスパッツ。
ニケさんは水色のローブを纏っていて、魔法使いと言うよりも僧侶のような感じだな。
二人ともいつもは大人しい格好なので結構新鮮だ。
俺の装備も相成って本当に冒険者として異世界に召喚されたような気分になる。
「リア奥様もご一緒にお借りすればよろしかったのに、残念です。」
「私はやっぱりこの服装が落ち着きます。それに、私にとってこれが一番の晴れ着みたいなものですから。」
三人が冒険者風なのだからエミリアも魔法使いのような格好を!
と、期待したのだが今着ているのはいつもの商店連合の制服だ。
いや、いいんですよ?
エミリアらしくて。
一目惚れしたのもその服でしたし。
でも、いつもと違う格好も見たかったなーなんて。
「ご主人様もリア奥様に着て欲しかったと申しております。」
「シュウイチさんはこの服お嫌いですか?」
「そんな事ありません。一番最初に着ていた服ですから良く覚えています。」
「そういえばそうでしたね。」
タイトスカートから見える足がセクシーだったなんて口が滑ってもいえない。
言えないのでユーリは黙っているように。
「むぅ、先を越されてしまいました。」
「あ、そろそろ始まるみたいですよ。」
ニケさんの声に視線を向けると、詰所のドアが開いたところだった。
管楽器の高らかな音と共に、胸の前で剣を構えた格好の騎士団員が二列になってゆっくりと出てくる。
先程のまでの喧騒が一瞬にして静寂に変わった。
厳かな空気が辺りを包み込む。
いよいよか。
10人程出てきた所で列が左右に開いて詰所の入口を円を描くようにぐるりと囲み、『ザン』という音と共に行進が止まった。
そしてゆっくりと全員が円の中心を向く。
演奏が止まり、中から他の団員とは違う鮮やかな青の鎧を身に着けた団員が出てきた。
「これより、サンサトローズ騎士団シルビア騎士団長の退団式を始める!」
この声はカムリか。
普段なら黄色い歓声が聞こえそうなものだが、さすがに今日はそれも無い。
宣言を終えたカムリが入口左側によけると、自分も同じように剣を抜き入口に向けて剣を掲げる。
「我等がこの街を守るのは誰の為だ!」
「「「親愛なる領主様と尊き市民の為!」」」
「我等が剣を抜くのは何の為だ!」
「「「恐るべき魔物からこの地を守る為!」」」
「我等が命を守り指揮したのは誰だ!」
「「「偉大なる戦乙女シルビア様!」」」
「我等が戦乙女に敬礼!」
カムリの問いに騎士団員が答える度に、空気がビリビリと震える。
そして敬礼の合図と共に胸元に構えた剣を頭上高く掲げ、
『応!』
という声と共に剣を円の中心に向けてかざした。
おぉぉぉぉ、カッコイイ。
あまりのかっこよさに観客からため息が漏れた。
だがこれはまだ始まりだ。
そもそも本人はまだ出てきていない。
にもかかわらずこのかっこよさ。
俺、こんな格好で場違いじゃないでしょうか。
10秒ほどそのままの状態が続いただろうか、観客の中にいた子供が『あ!』と声を上げる。
円陣から入口に目を向けると、いつもと同じ姿のはずなのにいつもとは違うシルビア様が出てくる所だった。
燃えさかる炎のような鮮やかな赤色のハーフプレート。
具足をつけずに真っ白いズボンをはいているからか、余計鮮やかに見える。
表情はまだわからないが、同じ色をした髪が風になびいていた。
サンサトローズ騎士団の象徴、戦乙女のシルビア。
その人が我々の前に姿を現した。
歓声は無かった。
誰もがその姿に息を呑み、声を出す事を忘れている。
もちろん俺もその一人だ。
本物のヴァルキリー(戦乙女)が目の前に現れたらこんな感じなんだろうか。
神々しくて息をするのを忘れてしまう。
まるで魅入られたかのように全員がその姿に釘付けになった。
カムリの横を通り過ぎ、円陣の中心に向かってゆっくりと歩いてくる。
中心まで来た時に初めてシルビア様の表情を見ることが出来た。
何者にも曲げられない、強い信念と強さを持った凛とした表情。
誰もがあこがれるシルビア様がその場所に立っていた。
そら女性でも惚れるわ。
某国民的アイドルのような上辺のかっこよさじゃない。
その人が持つ本当のかっこよさだ。
だが、その表情が真正面にいる俺に気づいた瞬間に少しだけ崩れる。
それも一瞬、すぐに凛とした表情に戻った。
気づいてくれた。
それだけでなんだか嬉しくなってしまった。
でもここで邪魔をしてしまったら折角の式が台無しになってしまう。
ここは大人しくしておこう。
シルビア様を囲んでいた騎士団員が掲げていた剣を降ろし、円を作った時を巻き戻すように最初の位置に戻る。
そしてカムリの後ろに横一列に整列した。
過客に向かって一人で立つシルビア様。
「皆、朝早くから私の為に集まってもらい感謝の言葉が絶えない。」
俺に向かうようにしてシルビア様が話し始めた。
あれ、マイクも何もつけていないはずなのになんでこんなにはっきり聞こえるんだろう。
それに、ここだけじゃなくて遠く離れた場所からも同じように声が聞こえてくる。
これっていったい・・・。
「声の拡散魔法を使っているんですよ。」
「そんなのがあるんですね。」
キョロキョロと辺りを見回していた俺にエミリアがこそっと教えてくれた。
なるほどそんな物があるのか。
便利なものだ。
「親愛なるサンサトローズの諸君、私がこの職に着いてからの長きにわたり我ら騎士団の無理な願いにも快く答えていただき感謝の言葉しかない。この街が、いや、この国が平和である為に我々は力を惜しまない。だが、我々だけではどうにもならないときがきっと来るだろう。そのときはどうか力を貸してほしい。諸君らと我らの力があれば、どんな困難にも立ち向かっていけると私は確信している。私は今日この日をもって騎士団長の任を解かれるが、諸君らの為に戦えた日々を決して忘れる事はないだろう。だから諸君らも覚えていて欲しい、これまでも、そしてこれからも、我ら騎士団は諸君らと共にある。」
一言一言かみ締めるようにシルビア様が言葉を紡ぐ。
その言葉を観客一人一人がいろんな気持ちで聞いているんだろう。
感じる事は色々有るに違いない。
世話になった人もいるだろうし、迷惑と思っていた人も居るだろう。
だがその誰もに絶対に伝わっている言葉がある。
騎士団は諸君らと共にある。
どんな困難にも騎士団は逃げ出す事無くサンサトローズと共にある。
それだけは全員に伝わったはずだ。
サンサトローズ騎士団は不滅也。
某監督の言葉のようにこれから語り継がれていくんだろうな。
と、突然俺達観客の方を向いていたシルビア様がくるりと反転し、騎士団のほうを向いた。
「そして、騎士団の諸君。私の過酷なしごきに良く耐えてくれた。今までの頑張りは誰の為か。それは、目の前に居る人々の顔を見ればわかることだろう。君達がこれまでも、そしてこれからも守り続けるのはここにいる全ての人達だ。忘れるな、君達の背中には頼れる仲間がいる。恐れるな、今までの訓練は決して無駄にならない。私の教えはただ一つ『力無き者の為に戦い続ける事』だ。これからの騎士団は君達のものだ、驕らず怠けず腐らずただ真っ直ぐに戦い続けろ、以上だ。」
騎士団員達に向けた言葉。
これもまた一生語り継がれていくんだろう。
『力なき者の為に戦い続けろ』・・・か。
なんて残酷でかっこいい言葉なんだろうか。
逃げることは許されない。
この街の、この国の為に命を捧ろ。
そう言っているのと同じだ。
無責任にいえるような言葉じゃない。
騎士団員を束ね、信頼を得ているからこそ言える言葉なんだろうな。
その証拠に今の言葉を聞いた騎士団員の何人かの肩が震えている。
騎士団員じゃない俺でも感動するんだ、現場の人間はもっとだろう。
「全員、シルビア様に敬礼!」
カムリの掛け声に団員全員が敬礼する。
式に参加している団員も、観客を整理誘導している団員も、おそらく詰所の中で聞いているであろう団員もだ。
全員が真っ直ぐにシルビア様を見つめる。
自分達に向けられた最後の言葉をしっかりと胸にしまったことだろう。
これからの騎士団を担うのは俺達だ。
そう思ったに違いない。
やっぱりすごい人だよ、シルビアという人は。
その後滞りなく退団式は進行していった。
役人の挨拶、貴族の挨拶、街の子供達からの花束贈呈etc・・・。
最初こそ厳かな空気が満ちていたが、最後の挨拶の後からは少しずつ緊張がほぐれ皆に笑顔が戻ってくる。
もちろん、シルビア様本人にも。
時折こっちに目を向けてはニコニコと笑う。
その度に俺達は小さく手を振りそれに応える。
一緒にいるよ。
言葉に出さなくてもそう伝わっただろう。
「最後に、サンサトローズ領主プロンプト様よりお言葉を頂戴します。」
退団式もこれで終わりだ。
騎士団前に臨時で増設された台の上にププト様が上り、シルビア様が膝をつく。
騎士が任命される時の構図と同じだ。
ってそりゃそうか。
だって騎士団長なんだもん、除名される時も同じ事をするわけだな。
「顔を上げよ。」
「ハッ!」
「サンサトローズ騎士団長シルビア、長きに渡りこの街に平和と秩序をもたらし続けた事は領主としてまた一人の人間として感謝が尽きない。貴殿の働きはここにいる全ての人間を勇気付け、鼓舞し、安心をもたらした。数々の武勲や功績がそれを証明している。正直に言って貴殿が居なくなるのはサンサトローズ、いやこの国の損失だと言えるだろう。欲を言えばもう少しここに留まり団を率いてくれればとも思ったが、今後は一人の領民として夫を支える良き妻として夫共々頑張ってくれ。」
「ありがたいお言葉ありがとうございます。」
「この街は、いやここにいる全ての者は貴殿の来訪を歓迎する。私達は貴殿の味方である、その事を忘れないで欲しい。」
「私もまた領民としてお力添えする事をお約束いたします。」
「うむ、そなたの旦那にはこれからも世話になるだろう宜しく頼むぞ。」
あの、素晴らしいお言葉なのはわかるのですが何故、所々俺が出てくるんでしょうか。
そして何故ププト様が俺のほうを見るんでしょうか。
今はシルビア様へのお言葉を述べる時だと思うんですけど?
がっつりこれからも色々頼むから覚悟しろよって言ってるじゃないですか。
勘弁してください。
「本日この時をもって私は騎士団長の任を返還いたします。後任にはサンサトローズ騎士団副団長カムリを推薦させていただきます。彼の下で騎士団はプロンプト様への忠誠を忘れず尽くす事でしょう。」
「後任確かに聞き届けた、副団長カムリ!」
「ハッ!」
傍で控えていたカムリがシルビア様の横に並び同じように膝を突く。
「副団長カムリ、そなたは前任シルビアの推薦を受け騎士団長の任に付く覚悟はあるか。」
「この命をかけ、騎士団を導く所存です。」
「そなたの武器はなんだ。」
「雷の如き剣は必ずや敵を討ち滅ぼします。」
「そなたの志はどこにある。」
「志は遥か空に、目指すべき先は雲の果てに。」
「守るべき者は誰だ。」
「私の目に映る全ての者達です。」
真っ直ぐにプロンプト様をみつめ返事をする。
さすがイケメン、まるで絵画に描かれたシーンが現実に飛び出してきたようだ。
絵になるねぇ。
周りの女性が頬を赤らめて魅入っている。
あ、もちろんうちの女性陣は問題ありません。
「そなたの意思、確かに受け取った。剣をここに。」
「ハッ!」
立ち上がったカムリが剣を抜き両手でププト様に捧げる。
それを受け取ったププト様が刃の部分をカムリの両肩と頭の上にそっと押し当てた。
この世界でも同じような感じなんだな。
「今この時より、この者を騎士団長と認める。しっかり励めよ。」
「ありがたきお言葉、前任者の威光を崩さぬよう邁進して参ります。」
「騎士団をよろしく頼むぞ。」
「おまかせください。」
シルビア様に肩をポンと叩かれ、カムリがしっかりと頷く。
「それでは我が騎士団長の証ここに御返却させていただきます。」
ここで終わりと思いきや、シルビア様が一歩前に出て腰の剣を抜きカムリのように剣を差し出した。
え、ちょっとまって。
その剣シルビア様のものじゃなかったの?
もしかして代々受けつがれてきた的なやつ?
マジか、鞘作っちゃったんですけど!
思わずエミリアのほうを向くと、エミリアも同じように目をまん丸にして驚いていた。
何この子驚いた顔も可愛すぎるだろ。
じゃなくて、どうすんだよこれ。
俺の手元にはシルビア様の為に作った鞘が握られてる。
もしかして無駄だったの?
それならそうと武器屋の親父さんも教えてくれたらいいのに。
「ご主人様、どうされるんですか?」
「どうするも何も無駄には出来ませんし・・・。」
「まさかお返しになられるとは思ってもいませんでした。」
「私もですよ、てっきり私物だと思っていたのでまさか返さないといけないものだっとは。」
うろたえる俺達を他所にシルビア様が剣を返却する時をじっと待っていた。
あとはププト様がそれを受け取れば終わり。
の、はずなんだが何時までたっても受け取る気配が無い。
シルビア様を見つめるだけで手を出そうとしなかった。
「プロンプト様?」
「私は今日この瞬間まで、この剣を受け取って良いものかずっと悩んでいた。この剣は戦乙女として武勇を誇った貴殿のいわば半身、貴殿と共にあるからこそ輝くものだと思っている。確かに代々団長に引き継がれてきたものではあるが、この剣は新しい団長には少々重たすぎるのでは無いか?」
そう言ってチラッとカムリのほうを見る。
「確かに私のような者には些か荷が重いかと。」
「そうであろう、雷の如き速さはこの剣には出せぬ。そこでだ、これまでの貴殿の功績を称えこの剣を貴殿に譲ろうと今ここで決めた。受け取ってくれるだろうか。」
「このように素晴らしい剣を私のような一介の領民が戴くなど恐れ多い事です。」
「確かにただの領民には荷が重いものだ。しかし、そなたには守らねばならない者がいるのではないか?」
「・・・おります。」
「ならばその者の為にこの剣をふるってくれ。彼は私の友でありこの国にとって無くてはならない存在だ。貴殿とこの剣が合わさればどんな相手にも立ち向かえる、妻として彼をしっかりと支えてくれないだろうか。」
騎士団長を辞すればシルビア様はただの領民だ。
その人に代々受け継がれてきたオリハルコンの剣を与えるなんて前代未聞の事だろう。
だがこの剣が誰に相応しいかという話しになったとき、相応しい人間は一人しかいない。
では、どうすれば誰もが納得するのか。
相応しい人間にしか出来ない仕事を任せればいい。
名目があれば皆が納得し易い。
俺の事を友と呼び、国にとって無くてはならない人間と言ってくれた。
その人を守るために使うのであれば誰もが納得するだろうという、判断なんだと思う。
「それにだ・・・。」
と、ププト様が台から降りたかと思うとシルビア様の横を抜けズンズンとこちらに向かってくる。
ちょっと、一体なんですか?
一番大切なときに一番重要な人間が場から離れるとか聞いたこと無いんですけど!
「このような品を作られては返してくれと言えるわけないではないか。」
俺の所まで歩いてくると、無造作に大切な鞘を奪い取り頭上高く掲げてしまった。
風に吹かれて巻いていた布が飛んでいく。
白日の下に晒された鞘は太陽の光を十二分に反射して神々しく輝くのだった。
どよめきの後、歓声が辺りを埋め尽くす。
その姿はまるで聖剣を抜いた勇者のようにも見えた。
「妻にあれを託すのだ、これからもよろしく頼むぞ友よ。」
「このような場でそのように言われてしまうと、断る理由が見つからないではありませんか。」
「それが狙いだ。」
狙いだってあっさり認めちゃったよ。
っていうかこの鞘を作っているって一体何処でかぎつけてきたんだろう。
ガスターシャ氏が言っていたようにこの国で隠し事はできないということなのかな。
この人のこういう所がすごいと思うけど、周りからしたらついていくのが大変なんだよな。
「妻が待っているぞ、手渡してくるがいい。」
鞘を降ろし俺の両手にしっかりと握らせる。
その向こうでは嬉しそうにこちらを見つめるシルビア様の姿があった。
まさかこんな場で渡すことになろうとは。
行きます、行きますよ!
鎧が重すぎてまるでロボットのようだが、ぎこちなくも一歩ずつシルビア様の所へ向かう。
1歩進むごとに嬉しそうな顔が近づいてくる。
そんなに喜んでもらえるなんて、作った甲斐があったというものだ。
まぁ、作ったの俺じゃないけど。
そして手の届く所まで来た時、俺はとうとう力尽きシルビア様の前で膝をついた。
慌てて手を差し伸べようとするシルビア様を手で制す。
この格好でちょうどいいのかもしれない。
顔を上げシルビア様を下から見上げる。
「今日というこの日まで長い間お疲れ様でした。騎士団長という職はここで終わりですが、今からは家族としてみんなと一緒に戦ってくださればと思っています。この鞘と共にどうかこれからも私達をお守り下さい。」
男が守ってくれなんてかっこ悪いって思う人もいるだろう。
実はこの台詞二度目なんです。
つまり俺は二回もかっこ悪い事を言っている。
いいじゃないか、男が守ってもらったってさ。
カムリがププト様に剣を掲げたように両手で鞘を掲げる。
一瞬躊躇した後、シルビア様は両手で受け取ると愛おしそうにそれを抱きしめた。
「この式では絶対に泣くまいと誓っていたのだが、まさかこのような形で涙を流す事になるとは思わなかった。まったく、お前にはいつも驚かされる。」
「こんな形で渡すことになるとは思いませんでしたが、気に入ってもらえると嬉しいです。」
「武芸しか秀でた物がなかった私に、この鞘のように帰る所を与えてくれたお前には感謝しかない。騎士団長を辞すれどもこのシルビア命にかえてお前を守るとここに誓おう。」
「宜しくお願いします。」
シルビア様の手を借りてゆっくりと立ち上がる。
真っ赤な瞳には溢れんばかりの涙が溜まっていた。
「泣いている顔もまた素敵ですよ。」
誰にも聞こえないように小さな声でそっと囁く。
すると、怒ったような笑ったような複雑な顔でシルビア様が俺を睨んだ。
「皆待っています、一緒に帰りましょう。」
「あぁ、帰ろう。」
あとは街の中を練り歩いたら退団式は終了だ。
と、言う事はこのまま一緒について歩くのか?
いや、さすがにそれは無理だ。
後は主役に任せて俺は退散するとしよ・・・。
シルビア様が剣を仕舞おうと鞘を持ち上げた時だった。
鏡のように磨かれた鞘に信じられないようなものが写っていた。
何故だ?
誰がそんな・・・。
様々な疑問が一瞬にして俺の頭の中を埋め尽くす。
ちがう、考えている場合じゃない。
俺は溢れてくる疑問に思考を埋め尽くされる前にただ一つだけの行動をとることができた。
「シルビア!」
全体重をかけてシルビアを突き飛ばす。
その次の瞬間。
とてつもない衝撃が俺の右肩を襲う。
衝撃は瞬く間に全身へと駆け巡り、瞬きをするまもなく俺の意識は闇へと消えた.
そしてその団員を見守るように大勢の観客が騎士団の前に集まっていた。
いや、騎士団の前だけじゃない。
サンサトローズを四つに区切る大通り、その両サイドを埋め尽くさんばかりの人が押し寄せていた。
一体どこからこの人たちは沸いてきたんだろう。
いや、ほんとどう考えてもこれだけの人がこの街にいること自体がおかしい。
宿に居ましたとかいうレベルじゃない。
恐らく朝早くやってきたり、街の外で待機していたりしたんだろうなぁ。
どうやら俺が思っていた以上の退団式のようだ。
もっとこうこじんまりとした物かと思っていました。
これじゃあ野球の優勝パレードと同じ規模ですよ。
「すごい人ですね。」
「本当に、カムリさんに呼んでいただかなければたどり着けないところでした。」
昨夜お世話になった冒険者ギルドに騎士団の遣いが来たのが日が昇ってすぐ。
それから急いで準備したものの、外に出たらもうこの状態だった。
「御主人様、脱がなくてだいじょうぶですか?」
「この状態なら大丈夫です。それに今脱ぐと着るまでがまた大変なので。」
俺の全身を覆っているのは騎士団員にも負けないような重厚な鎧。
俗に言うフルプレートというやつだ。
あまりにごつすぎて着るのも脱ぐのも一人では出来ない。
お貴族様が召使に着させてもらうのも納得だ。
それに重すぎる。
鍛えている騎士団員ならともかく、俺なんかが着ようものなら動くのすら大仕事だ。
これを着て戦うとか精神を疑うよ。
因みに俺達が陣取っているのは騎士団のちょうど真正面。
恐らくそこそこの身分であろう皆様の陣取るエリアの一番良い所になる。
正直に言って目立つ。
いや、いいんだけどね。
ここならシルビア様にもすぐ見つけてもらえそうだし。
最初は騎士団の中に案内されそうになったのだがそれは丁重にお断りした。
今日の主役はシルビア様だ。
俺達はあくまでも観客の一人に過ぎない。
「ユーリも良くお似合いですよ。」
「そうですか?普段このような服を着る事はありませんので少し違和感があります。」
「それを言うなら私もなんだか恥ずかしくて。」
「二人とも何処から見ても立派な冒険者ですね。」
俺の衣装は武器屋の親父さんから借りたが、ユーリとニケさんの服は冒険者ギルドからお借りした。
ユーリは狩人のような感じだろうか、草木色のチュニックに革の胸当て、腰周りの革鎧がスカートのようだ。
あえてズボンではなくスパッツなのが高ポイントです。
いいよねスパッツ。
ニケさんは水色のローブを纏っていて、魔法使いと言うよりも僧侶のような感じだな。
二人ともいつもは大人しい格好なので結構新鮮だ。
俺の装備も相成って本当に冒険者として異世界に召喚されたような気分になる。
「リア奥様もご一緒にお借りすればよろしかったのに、残念です。」
「私はやっぱりこの服装が落ち着きます。それに、私にとってこれが一番の晴れ着みたいなものですから。」
三人が冒険者風なのだからエミリアも魔法使いのような格好を!
と、期待したのだが今着ているのはいつもの商店連合の制服だ。
いや、いいんですよ?
エミリアらしくて。
一目惚れしたのもその服でしたし。
でも、いつもと違う格好も見たかったなーなんて。
「ご主人様もリア奥様に着て欲しかったと申しております。」
「シュウイチさんはこの服お嫌いですか?」
「そんな事ありません。一番最初に着ていた服ですから良く覚えています。」
「そういえばそうでしたね。」
タイトスカートから見える足がセクシーだったなんて口が滑ってもいえない。
言えないのでユーリは黙っているように。
「むぅ、先を越されてしまいました。」
「あ、そろそろ始まるみたいですよ。」
ニケさんの声に視線を向けると、詰所のドアが開いたところだった。
管楽器の高らかな音と共に、胸の前で剣を構えた格好の騎士団員が二列になってゆっくりと出てくる。
先程のまでの喧騒が一瞬にして静寂に変わった。
厳かな空気が辺りを包み込む。
いよいよか。
10人程出てきた所で列が左右に開いて詰所の入口を円を描くようにぐるりと囲み、『ザン』という音と共に行進が止まった。
そしてゆっくりと全員が円の中心を向く。
演奏が止まり、中から他の団員とは違う鮮やかな青の鎧を身に着けた団員が出てきた。
「これより、サンサトローズ騎士団シルビア騎士団長の退団式を始める!」
この声はカムリか。
普段なら黄色い歓声が聞こえそうなものだが、さすがに今日はそれも無い。
宣言を終えたカムリが入口左側によけると、自分も同じように剣を抜き入口に向けて剣を掲げる。
「我等がこの街を守るのは誰の為だ!」
「「「親愛なる領主様と尊き市民の為!」」」
「我等が剣を抜くのは何の為だ!」
「「「恐るべき魔物からこの地を守る為!」」」
「我等が命を守り指揮したのは誰だ!」
「「「偉大なる戦乙女シルビア様!」」」
「我等が戦乙女に敬礼!」
カムリの問いに騎士団員が答える度に、空気がビリビリと震える。
そして敬礼の合図と共に胸元に構えた剣を頭上高く掲げ、
『応!』
という声と共に剣を円の中心に向けてかざした。
おぉぉぉぉ、カッコイイ。
あまりのかっこよさに観客からため息が漏れた。
だがこれはまだ始まりだ。
そもそも本人はまだ出てきていない。
にもかかわらずこのかっこよさ。
俺、こんな格好で場違いじゃないでしょうか。
10秒ほどそのままの状態が続いただろうか、観客の中にいた子供が『あ!』と声を上げる。
円陣から入口に目を向けると、いつもと同じ姿のはずなのにいつもとは違うシルビア様が出てくる所だった。
燃えさかる炎のような鮮やかな赤色のハーフプレート。
具足をつけずに真っ白いズボンをはいているからか、余計鮮やかに見える。
表情はまだわからないが、同じ色をした髪が風になびいていた。
サンサトローズ騎士団の象徴、戦乙女のシルビア。
その人が我々の前に姿を現した。
歓声は無かった。
誰もがその姿に息を呑み、声を出す事を忘れている。
もちろん俺もその一人だ。
本物のヴァルキリー(戦乙女)が目の前に現れたらこんな感じなんだろうか。
神々しくて息をするのを忘れてしまう。
まるで魅入られたかのように全員がその姿に釘付けになった。
カムリの横を通り過ぎ、円陣の中心に向かってゆっくりと歩いてくる。
中心まで来た時に初めてシルビア様の表情を見ることが出来た。
何者にも曲げられない、強い信念と強さを持った凛とした表情。
誰もがあこがれるシルビア様がその場所に立っていた。
そら女性でも惚れるわ。
某国民的アイドルのような上辺のかっこよさじゃない。
その人が持つ本当のかっこよさだ。
だが、その表情が真正面にいる俺に気づいた瞬間に少しだけ崩れる。
それも一瞬、すぐに凛とした表情に戻った。
気づいてくれた。
それだけでなんだか嬉しくなってしまった。
でもここで邪魔をしてしまったら折角の式が台無しになってしまう。
ここは大人しくしておこう。
シルビア様を囲んでいた騎士団員が掲げていた剣を降ろし、円を作った時を巻き戻すように最初の位置に戻る。
そしてカムリの後ろに横一列に整列した。
過客に向かって一人で立つシルビア様。
「皆、朝早くから私の為に集まってもらい感謝の言葉が絶えない。」
俺に向かうようにしてシルビア様が話し始めた。
あれ、マイクも何もつけていないはずなのになんでこんなにはっきり聞こえるんだろう。
それに、ここだけじゃなくて遠く離れた場所からも同じように声が聞こえてくる。
これっていったい・・・。
「声の拡散魔法を使っているんですよ。」
「そんなのがあるんですね。」
キョロキョロと辺りを見回していた俺にエミリアがこそっと教えてくれた。
なるほどそんな物があるのか。
便利なものだ。
「親愛なるサンサトローズの諸君、私がこの職に着いてからの長きにわたり我ら騎士団の無理な願いにも快く答えていただき感謝の言葉しかない。この街が、いや、この国が平和である為に我々は力を惜しまない。だが、我々だけではどうにもならないときがきっと来るだろう。そのときはどうか力を貸してほしい。諸君らと我らの力があれば、どんな困難にも立ち向かっていけると私は確信している。私は今日この日をもって騎士団長の任を解かれるが、諸君らの為に戦えた日々を決して忘れる事はないだろう。だから諸君らも覚えていて欲しい、これまでも、そしてこれからも、我ら騎士団は諸君らと共にある。」
一言一言かみ締めるようにシルビア様が言葉を紡ぐ。
その言葉を観客一人一人がいろんな気持ちで聞いているんだろう。
感じる事は色々有るに違いない。
世話になった人もいるだろうし、迷惑と思っていた人も居るだろう。
だがその誰もに絶対に伝わっている言葉がある。
騎士団は諸君らと共にある。
どんな困難にも騎士団は逃げ出す事無くサンサトローズと共にある。
それだけは全員に伝わったはずだ。
サンサトローズ騎士団は不滅也。
某監督の言葉のようにこれから語り継がれていくんだろうな。
と、突然俺達観客の方を向いていたシルビア様がくるりと反転し、騎士団のほうを向いた。
「そして、騎士団の諸君。私の過酷なしごきに良く耐えてくれた。今までの頑張りは誰の為か。それは、目の前に居る人々の顔を見ればわかることだろう。君達がこれまでも、そしてこれからも守り続けるのはここにいる全ての人達だ。忘れるな、君達の背中には頼れる仲間がいる。恐れるな、今までの訓練は決して無駄にならない。私の教えはただ一つ『力無き者の為に戦い続ける事』だ。これからの騎士団は君達のものだ、驕らず怠けず腐らずただ真っ直ぐに戦い続けろ、以上だ。」
騎士団員達に向けた言葉。
これもまた一生語り継がれていくんだろう。
『力なき者の為に戦い続けろ』・・・か。
なんて残酷でかっこいい言葉なんだろうか。
逃げることは許されない。
この街の、この国の為に命を捧ろ。
そう言っているのと同じだ。
無責任にいえるような言葉じゃない。
騎士団員を束ね、信頼を得ているからこそ言える言葉なんだろうな。
その証拠に今の言葉を聞いた騎士団員の何人かの肩が震えている。
騎士団員じゃない俺でも感動するんだ、現場の人間はもっとだろう。
「全員、シルビア様に敬礼!」
カムリの掛け声に団員全員が敬礼する。
式に参加している団員も、観客を整理誘導している団員も、おそらく詰所の中で聞いているであろう団員もだ。
全員が真っ直ぐにシルビア様を見つめる。
自分達に向けられた最後の言葉をしっかりと胸にしまったことだろう。
これからの騎士団を担うのは俺達だ。
そう思ったに違いない。
やっぱりすごい人だよ、シルビアという人は。
その後滞りなく退団式は進行していった。
役人の挨拶、貴族の挨拶、街の子供達からの花束贈呈etc・・・。
最初こそ厳かな空気が満ちていたが、最後の挨拶の後からは少しずつ緊張がほぐれ皆に笑顔が戻ってくる。
もちろん、シルビア様本人にも。
時折こっちに目を向けてはニコニコと笑う。
その度に俺達は小さく手を振りそれに応える。
一緒にいるよ。
言葉に出さなくてもそう伝わっただろう。
「最後に、サンサトローズ領主プロンプト様よりお言葉を頂戴します。」
退団式もこれで終わりだ。
騎士団前に臨時で増設された台の上にププト様が上り、シルビア様が膝をつく。
騎士が任命される時の構図と同じだ。
ってそりゃそうか。
だって騎士団長なんだもん、除名される時も同じ事をするわけだな。
「顔を上げよ。」
「ハッ!」
「サンサトローズ騎士団長シルビア、長きに渡りこの街に平和と秩序をもたらし続けた事は領主としてまた一人の人間として感謝が尽きない。貴殿の働きはここにいる全ての人間を勇気付け、鼓舞し、安心をもたらした。数々の武勲や功績がそれを証明している。正直に言って貴殿が居なくなるのはサンサトローズ、いやこの国の損失だと言えるだろう。欲を言えばもう少しここに留まり団を率いてくれればとも思ったが、今後は一人の領民として夫を支える良き妻として夫共々頑張ってくれ。」
「ありがたいお言葉ありがとうございます。」
「この街は、いやここにいる全ての者は貴殿の来訪を歓迎する。私達は貴殿の味方である、その事を忘れないで欲しい。」
「私もまた領民としてお力添えする事をお約束いたします。」
「うむ、そなたの旦那にはこれからも世話になるだろう宜しく頼むぞ。」
あの、素晴らしいお言葉なのはわかるのですが何故、所々俺が出てくるんでしょうか。
そして何故ププト様が俺のほうを見るんでしょうか。
今はシルビア様へのお言葉を述べる時だと思うんですけど?
がっつりこれからも色々頼むから覚悟しろよって言ってるじゃないですか。
勘弁してください。
「本日この時をもって私は騎士団長の任を返還いたします。後任にはサンサトローズ騎士団副団長カムリを推薦させていただきます。彼の下で騎士団はプロンプト様への忠誠を忘れず尽くす事でしょう。」
「後任確かに聞き届けた、副団長カムリ!」
「ハッ!」
傍で控えていたカムリがシルビア様の横に並び同じように膝を突く。
「副団長カムリ、そなたは前任シルビアの推薦を受け騎士団長の任に付く覚悟はあるか。」
「この命をかけ、騎士団を導く所存です。」
「そなたの武器はなんだ。」
「雷の如き剣は必ずや敵を討ち滅ぼします。」
「そなたの志はどこにある。」
「志は遥か空に、目指すべき先は雲の果てに。」
「守るべき者は誰だ。」
「私の目に映る全ての者達です。」
真っ直ぐにプロンプト様をみつめ返事をする。
さすがイケメン、まるで絵画に描かれたシーンが現実に飛び出してきたようだ。
絵になるねぇ。
周りの女性が頬を赤らめて魅入っている。
あ、もちろんうちの女性陣は問題ありません。
「そなたの意思、確かに受け取った。剣をここに。」
「ハッ!」
立ち上がったカムリが剣を抜き両手でププト様に捧げる。
それを受け取ったププト様が刃の部分をカムリの両肩と頭の上にそっと押し当てた。
この世界でも同じような感じなんだな。
「今この時より、この者を騎士団長と認める。しっかり励めよ。」
「ありがたきお言葉、前任者の威光を崩さぬよう邁進して参ります。」
「騎士団をよろしく頼むぞ。」
「おまかせください。」
シルビア様に肩をポンと叩かれ、カムリがしっかりと頷く。
「それでは我が騎士団長の証ここに御返却させていただきます。」
ここで終わりと思いきや、シルビア様が一歩前に出て腰の剣を抜きカムリのように剣を差し出した。
え、ちょっとまって。
その剣シルビア様のものじゃなかったの?
もしかして代々受けつがれてきた的なやつ?
マジか、鞘作っちゃったんですけど!
思わずエミリアのほうを向くと、エミリアも同じように目をまん丸にして驚いていた。
何この子驚いた顔も可愛すぎるだろ。
じゃなくて、どうすんだよこれ。
俺の手元にはシルビア様の為に作った鞘が握られてる。
もしかして無駄だったの?
それならそうと武器屋の親父さんも教えてくれたらいいのに。
「ご主人様、どうされるんですか?」
「どうするも何も無駄には出来ませんし・・・。」
「まさかお返しになられるとは思ってもいませんでした。」
「私もですよ、てっきり私物だと思っていたのでまさか返さないといけないものだっとは。」
うろたえる俺達を他所にシルビア様が剣を返却する時をじっと待っていた。
あとはププト様がそれを受け取れば終わり。
の、はずなんだが何時までたっても受け取る気配が無い。
シルビア様を見つめるだけで手を出そうとしなかった。
「プロンプト様?」
「私は今日この瞬間まで、この剣を受け取って良いものかずっと悩んでいた。この剣は戦乙女として武勇を誇った貴殿のいわば半身、貴殿と共にあるからこそ輝くものだと思っている。確かに代々団長に引き継がれてきたものではあるが、この剣は新しい団長には少々重たすぎるのでは無いか?」
そう言ってチラッとカムリのほうを見る。
「確かに私のような者には些か荷が重いかと。」
「そうであろう、雷の如き速さはこの剣には出せぬ。そこでだ、これまでの貴殿の功績を称えこの剣を貴殿に譲ろうと今ここで決めた。受け取ってくれるだろうか。」
「このように素晴らしい剣を私のような一介の領民が戴くなど恐れ多い事です。」
「確かにただの領民には荷が重いものだ。しかし、そなたには守らねばならない者がいるのではないか?」
「・・・おります。」
「ならばその者の為にこの剣をふるってくれ。彼は私の友でありこの国にとって無くてはならない存在だ。貴殿とこの剣が合わさればどんな相手にも立ち向かえる、妻として彼をしっかりと支えてくれないだろうか。」
騎士団長を辞すればシルビア様はただの領民だ。
その人に代々受け継がれてきたオリハルコンの剣を与えるなんて前代未聞の事だろう。
だがこの剣が誰に相応しいかという話しになったとき、相応しい人間は一人しかいない。
では、どうすれば誰もが納得するのか。
相応しい人間にしか出来ない仕事を任せればいい。
名目があれば皆が納得し易い。
俺の事を友と呼び、国にとって無くてはならない人間と言ってくれた。
その人を守るために使うのであれば誰もが納得するだろうという、判断なんだと思う。
「それにだ・・・。」
と、ププト様が台から降りたかと思うとシルビア様の横を抜けズンズンとこちらに向かってくる。
ちょっと、一体なんですか?
一番大切なときに一番重要な人間が場から離れるとか聞いたこと無いんですけど!
「このような品を作られては返してくれと言えるわけないではないか。」
俺の所まで歩いてくると、無造作に大切な鞘を奪い取り頭上高く掲げてしまった。
風に吹かれて巻いていた布が飛んでいく。
白日の下に晒された鞘は太陽の光を十二分に反射して神々しく輝くのだった。
どよめきの後、歓声が辺りを埋め尽くす。
その姿はまるで聖剣を抜いた勇者のようにも見えた。
「妻にあれを託すのだ、これからもよろしく頼むぞ友よ。」
「このような場でそのように言われてしまうと、断る理由が見つからないではありませんか。」
「それが狙いだ。」
狙いだってあっさり認めちゃったよ。
っていうかこの鞘を作っているって一体何処でかぎつけてきたんだろう。
ガスターシャ氏が言っていたようにこの国で隠し事はできないということなのかな。
この人のこういう所がすごいと思うけど、周りからしたらついていくのが大変なんだよな。
「妻が待っているぞ、手渡してくるがいい。」
鞘を降ろし俺の両手にしっかりと握らせる。
その向こうでは嬉しそうにこちらを見つめるシルビア様の姿があった。
まさかこんな場で渡すことになろうとは。
行きます、行きますよ!
鎧が重すぎてまるでロボットのようだが、ぎこちなくも一歩ずつシルビア様の所へ向かう。
1歩進むごとに嬉しそうな顔が近づいてくる。
そんなに喜んでもらえるなんて、作った甲斐があったというものだ。
まぁ、作ったの俺じゃないけど。
そして手の届く所まで来た時、俺はとうとう力尽きシルビア様の前で膝をついた。
慌てて手を差し伸べようとするシルビア様を手で制す。
この格好でちょうどいいのかもしれない。
顔を上げシルビア様を下から見上げる。
「今日というこの日まで長い間お疲れ様でした。騎士団長という職はここで終わりですが、今からは家族としてみんなと一緒に戦ってくださればと思っています。この鞘と共にどうかこれからも私達をお守り下さい。」
男が守ってくれなんてかっこ悪いって思う人もいるだろう。
実はこの台詞二度目なんです。
つまり俺は二回もかっこ悪い事を言っている。
いいじゃないか、男が守ってもらったってさ。
カムリがププト様に剣を掲げたように両手で鞘を掲げる。
一瞬躊躇した後、シルビア様は両手で受け取ると愛おしそうにそれを抱きしめた。
「この式では絶対に泣くまいと誓っていたのだが、まさかこのような形で涙を流す事になるとは思わなかった。まったく、お前にはいつも驚かされる。」
「こんな形で渡すことになるとは思いませんでしたが、気に入ってもらえると嬉しいです。」
「武芸しか秀でた物がなかった私に、この鞘のように帰る所を与えてくれたお前には感謝しかない。騎士団長を辞すれどもこのシルビア命にかえてお前を守るとここに誓おう。」
「宜しくお願いします。」
シルビア様の手を借りてゆっくりと立ち上がる。
真っ赤な瞳には溢れんばかりの涙が溜まっていた。
「泣いている顔もまた素敵ですよ。」
誰にも聞こえないように小さな声でそっと囁く。
すると、怒ったような笑ったような複雑な顔でシルビア様が俺を睨んだ。
「皆待っています、一緒に帰りましょう。」
「あぁ、帰ろう。」
あとは街の中を練り歩いたら退団式は終了だ。
と、言う事はこのまま一緒について歩くのか?
いや、さすがにそれは無理だ。
後は主役に任せて俺は退散するとしよ・・・。
シルビア様が剣を仕舞おうと鞘を持ち上げた時だった。
鏡のように磨かれた鞘に信じられないようなものが写っていた。
何故だ?
誰がそんな・・・。
様々な疑問が一瞬にして俺の頭の中を埋め尽くす。
ちがう、考えている場合じゃない。
俺は溢れてくる疑問に思考を埋め尽くされる前にただ一つだけの行動をとることができた。
「シルビア!」
全体重をかけてシルビアを突き飛ばす。
その次の瞬間。
とてつもない衝撃が俺の右肩を襲う。
衝撃は瞬く間に全身へと駆け巡り、瞬きをするまもなく俺の意識は闇へと消えた.
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