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第九章

捨てる神あれば拾う神有り

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わかってはいた。

絶対そうなるだろうなって。

もちろん望みは捨てなかったけど、急ぎ宿に戻って用意された衣装を見て現実を突きつけられた。

用意された衣装は各自2種類。

そのどれもがサイズが合わなかったり色が変だったりして着れる様な物ではなかった。

その場に担当者がいないのもおかしい。

支配人曰く、衣装だけ置いておくからいらなかったらそのまま置いておいて欲しいとだけ言われたそうだ。

回収は後日、使用していなかったら代金は不要だそうだ。

うん、それって完全に客として見られていないよね。

他の上客で忙しいから末端の客には一応対応したという形だけ取ったんだろう。

最初に俺の名前を出せばもしかしたら変わったかもしれないけれど、今更言い出してもきりがない。

予定は全滅。

神様に見捨てられたようだ。

「よろしければお召し上がり下さい。」

宿の待合室でうなだれている俺達に支配人がお茶を差し入れてくれた。

トゲトゲした心が優しい香りで落ち着いていく。

香りってすごい力があるんだなぁ。

「ありがとうございます。」

「衣装屋のほうには私から良く言い聞かせておきますので。」

「そこまでしていただかなくても大丈夫です、来るかもわからない客に時間を割くよりも目の前のお客に対応する。商人として至極当然の事をなさっただけですから。一応衣装も準備してくださいましたし。」

「イナバ様がそう仰るのであれば構いませんが、どうされるおつもりですか?」

「そこなんですよねぇ・・・。」

強がっては見たものの、現状は最悪だ。

衣装も花も宿泊先すらない。

明日の晴れ舞台を前に何も準備できていない。

こんな事だったら荷物になっても衣装とか花とか持ってくればよかった。

エミリアの「もしも」が大切だって、こういう状況になって初めてわかったよ。

荷物が多いのは仕方ない事。

次回からはもう少し甘く見てあげるとしよう。

「衣装はこのまま行くしかないでしょう、問題は宿泊先です。」

「ユーリの言うとおりですね。服はこのままでいいとしても体調不良のまま参加するわけには行きません、やはり先程提案したやり方で宿泊先だけでも確保するべきでしょう。」

「それは絶対にダメです。」

「ですがここにいても状況は良くなりません。早めに動いて明日に備えるべきです。」

「イナバ様の言い分ももちろんわかります。しかし、自分のご主人様を差し置いて自分だけ寝床に着くなど奴隷として許されない事です。」

「奴隷といっても形だけのものですし、三人には明日の準備もありますから・・・。」

俺が何を言っても三人は頷いてくれないわけで。

でもなぁ、ここにいるのも支配人の迷惑になっちゃうし。

この足りない頭で何とかしなければならないのだが・・・。

「とりあえず何かお腹に入れてから考えましょうか。この時間ならまだ空いているお店があるはずです。」

腹が減っては何とやら。

簡単な食事は摂ったがお腹を満たすほどではない。

それに空腹はネガティブな思考を増長させるしね。

「この時間でしたら中央通りに美味しいスープを出すお店が出ていますよ。」

「それはいいですね、ちょうど用事もありますしそこにいきましょうか。」

体感的に時間は夜8時ごろ。

一杯ひっかけて〆のラーメンみたいな感じだろうか。

温かい食事って言うのもポイント高い。

「では行って来ます。」

「いってらっしゃいませ。」

何も手が無い時は『何もしない』か『何かをする』のどちらかしか選択肢はない。

人間何かをしている時は悪い事を考えないものだ。

「中央通りに行く用事があったんですか?」

「別に明日の朝でも良かったんですけどこんな時ですし、ついでにと思いまして。」

本当は皆には内緒にしておきたかったんだけど。

まぁ知られて困る事でもない。

「何処に行く予定だったんですか?」

「前回の催しの時にお世話になった武器屋です。」

「「「武器屋?」」」

三人の頭にクエスチョンマークが出たのが見えた。

いや、出るはずが無いんだけど絶対に出た。

俺には見えたんや!

「お花のプレゼントもいいですが、何か形として残る物をあげたかったんです。」

「そうだったんですね。」

「内緒にするつもりは無かったんですけど、バタバタしそうだったので黙っていました。」

「素敵だと思います。」

「さすがご主人様、こんな時の為の秘策を用意しておられたんですね。」

「いや、秘策でもなんでもないですから。」

何故か女性陣に褒められながら目的の武器屋へ向かう。

こんな夜遅くなのにまだ開いているなんて、労働基準法は大丈夫だろうか。

「こんばんはまだ大丈夫ですか?」

「誰かと思ったら兄ちゃんか、話が終わったら閉めるつもりだったが『アレ』を受け取りに来たんだろ?」

「お話の途中でしたか、でしたら終わってからでも大丈夫ですよ。」

カウンターでは武器屋の親父さんと女性がなにやら話しこんでいた。

邪魔するのもアレだし静かにしていよう。

「あれ、イナバ様じゃありませんか!」

と、親父さんと話していた女性が驚いた顔でこちらを振り返る。

「ティナさん、どうしてこんな所に?」

驚いた顔の女性は、つい先日もお世話になった冒険者ギルドのティナギルド長だった。

「こちらとは新人冒険者に提供する装備で色々とお世話になっていまして、今日もその打ち合わせに来ていたんです。」

「駆け出しの冒険者に無料で武器を提供しようなんて、兄ちゃんみたいな事をするんだとよ。」

「そんな、イナバ様のような立派な志しでやっているわけじゃありません。」

「体一つで出てきて満足に戦えない奴でも、武器があるのと無いのとじゃ生きて帰る可能性が変わるからな。うちも弟子達の武器を買ってもらって助かってるってワケだ。」

「そうだったんですね。」

冒険者ギルドが初心者冒険者の補助に力を入れている事は知っている。

その一例としてうちのダンジョンを紹介してもらっているわけだし。

しかし無料で武器を提供するだなんて、すごい事を考え出したな。

「無料でだなんて、原資はどうされているんですか?」

「プロンプト様をはじめ、賛同してくださるギルドや企業から援助を頂いています。」

「ププト様がですか。」

「はい、イナバ様も御存知の方が色々と根回しをしてくださったんですよ。」

俺の知っている人物が根回しねぇ。

はて、ププト様関係で知っているとしたらイアンぐらいしか知り合いはいないけど・・・。

あの人、冒険者は不要だっていう考えを持ってなかったっけ。

「冒険者が成長すればうちの武器も売れるし、護衛や魔物討伐でこの辺りも平和になるって言ってたな。役人なんて頭の固いやつしかいないと思っていたが面白いやつもいるもんだ。」

「冒険者ギルドと言えば地域の皆さんからあまり良い目を向けてもらえませんでしたが、最近は快く思ってくださる方も増えてきています。ありがたい話です。」

あー、うん。

イアンだわ。

だって俺が言ったのと全く同じ内容だもん。

チーズの件といいこの件といい、旅行から帰ってきたら色々聞かせて貰う内容が増えたな。

「っと、頼まれてた奴だったな。」

思い出したように親父さんが頼んでいた物を取り出す。

大きな布に包まれたそれは静かにカウンターの上に置かれた。

「現物が無いから苦労したぜ。」

「すみません無理言いました。」

「なに、シルビア様に使ってもらえると思えば名誉な事だからな。」

「シュウイチさん何をお願いしたんですか?」

「あの、私も見せていただいていいですか?」

中身を知らないエミリア達が目をキラキラさせながら包みを見つめる。

「期待されるようなものでは無いかもしれませんよ。」

俺は包みを抱き上げ、ゆっくりと布を剥がしていく。

思っていたよりも重くない。

もっとズシリと来ると思ったんだけど特殊な素材だろうか。

予算そんなにないんだけどな。

大切に包まれた布の下から現れたのは銀色に輝く金属の塊だった。

「鞘、ですか?」

「さすがティナさんよくお分かりですね。」

「こんなに綺麗な彫刻見たことありません。」

銀色に輝く鞘には細かな彫刻が施されていた。

よく見ると騎士団の紋章も刻まれている。

これを親父さんが彫ったのか?

いや、まさかな。

「獅子の紋章に戦乙女の姿。シア様にふさわしい品ですね。」

「知り合いの彫金師に話しをすると喜んで彫ってくれたよ。今思えば、あいつシルビア様愛好会の会員だったわ。」

「悪い人ですね。」

「適材適所って奴だ、その分良い物ができただろ?」

「現物が無いのに鞘を作るなんて無理だと思っていましたがおかげ様で思っていた以上の物が仕上がりました。」

「一度鍛えさせてもらったからな。」

「それで大きさを忘れないなんてさすがとしかいえません。」

当たり前の話しだが、鞘を作るためには現物が必要だ。

長さや太さを計測し、最適な大きさを見極めなければ作ることが出来ない。

鞘を送ろうと考えた時、一度は無理だろうと諦めたのだがこの親父さんを信じてお願いした所快く快諾してくれた。

今思えば無茶なお願いをしたものだ。

「冒険者からこの話しを聞いた時は信じられなかったが、あの人に鞘を送ろうなんて考えるのはお前ぐらいだからな。いい仕事させてもらったよ。」

「お代はどうすればいいですか?」

「御代?そうだな金貨3枚。」

ですよねー。

それぐらいしますよねー。

余裕で予算オーバーなんですけど、分割ってしてくれるんだろうか。

「といいたい所だが、シルビア様退団の品なんて名誉な仕事させてもらったんだ、銀貨10枚で手を打ってやるよ。」

「いや、それはありがたいですがそれでは公平な取引になりません。せめて原価ぐらいは請求していただかないと。」

「そのかわりにだが、これを店に飾る事を承諾してくれ。」

そういいながら親父さんがもう一つの鞘を取り出す。

俺が持つ鞘と全く同じもの。

いや、よく見ると彫刻なんかが少し違う。

「これは?」

「一度作ったんだが彫刻の途中で失敗しやがってな、それにこいつの出来はあまり納得のいくものじゃなかった。捨てるのも勿体無くて一応最後まで仕上げたんだが・・・。まぁ、店に飾るには十分な出来だからな、仕事をしたという証拠として飾らせてくれ。」

シルビア様に捧げられた鞘のレプリカ。

それだけでこの鞘の価値は計り知れないものになる。

それに、そんな名誉な仕事を任されたという宣伝にもなるだろう。

なるほど銀貨10枚で売ってもお釣りがくるわけか。

「本当に銀貨10枚でいいんですね?」

「あぁ、お前が許してくれるならな。」

「交渉成立です。いい仕事をしていただきありがとうございました。」

「こっちこそ久々に腕が鳴ったぜ。」

むさい男同士ががっちりと握手を交わす。

この人に任せてよかった。

心からそう思った。

「シルビア様きっと喜びますよ。」

「絶対に喜びますよ。だってイナバ様からの贈り物なんですから。」

「シア奥様が泣いて喜ぶ顔が目に浮かびます。」

「いや、さすがに泣かないでしょう。」

「シュウイチさんは何も分かっていませんね、あぁみえてシルビア様とっても涙もろいんですから。」

「そうなんですか?」

「お強い方ですが中身はとっても可憐な乙女だと聞いています。」

「ティナさんまで。」

確かに可愛らしい一面があるのは知っているが、泣くほどか?

「戦場の戦乙女も結婚すればただの乙女ってか?」

親父さんまでが大声で笑い出す。

本人の前でそんな事言ってどうなっても俺は知らないからな。

「お花は渡せませんでしたが最高の贈り物が手に入りましたねシュウイチさん。」

「そうですね。あとは寝床と衣装を何とかできれば最高なんですけど。」

「どうかされたんですか?」

「明日の退団式の為に宿を取っていたんですが手違いで宿泊できなくなりまして。」

「それだけではなく、頼んでいた衣装も用意しようとしていたお花も手に入らず途方にくれておりました。」

「そんなことが・・・。」

二人からものすごい慰めの視線を感じる。

やめて、そんな目で俺を見ないで!

計画不足だってわかっているから、これ以上俺の心を苛めてあげないで。

「エミリア達の宿は何とかなりそうなので私はその辺りで野宿をするつもりだったんですが、皆が許してくれないんです。」

「「「当たり前です!」」」

「ね?」

「そういう事でしたらギルドに来られますか?仮眠室でよろしければお使いいただけますよ。」

「本当ですか!?」

ティナさんからの突然の提案。

武器屋に来て寝床が手配できるとは誰が想像しただろうか。

「寝袋しかありませんが新調したばかりですので臭いは大丈夫です。」

「臭い、取れませんもんね。」

「天日干ししてもなかなか・・・。」

なんだろう、寝袋の臭いにエミリアとティナさんが深く頷き合っている。

そんなに臭くなるものなのだろうか。

洗濯できない?

そんな時は『〇ァブリーズ!』

ってこの世界には無かったね。

「けど本当に大丈夫ですか?」

「おもてなしは出来ませんし、それに私も後でお邪魔する形になりますがそれでもよろしければどうぞお越し下さい。」

「本当にありがとうございます。」

「皆様にはいつもお世話になっていますので。」

いやーマジでありがたい。

このまま野宿かと思っていた所で寝床が確保できるなんて。

縁って大事だなぁ。

捨てる神あれば拾う神ありってやつだ。

「後は私達の衣装ですね。」

「ニケ様さすがにそれは難しいでしょう。この格好でもきっとシア奥様は喜んでくださいます。」

「そうですよね。」

「なんだ服を探しているのか?」

「服と言いますか退団式に相応しい衣装を探していたんです。」

「退団式に相応しい衣装だぁ?そんなもん目の前にあるじゃねぇか。」

目の前?

俺の目の前にあるのはシルビア様に渡す鞘だけだけど・・・。

さすがにこれは着れないなぁ。

「何馬鹿な事言ってやがる。仮にも冒険者相手に商売する店の店主だろ?お前に相応しい衣装ならいくらでもあるじゃねぇか。」

冒険者相手の商売をするに相応しい衣装。

それってもしかして。

「これを着て退団式に出るんですか?」

「おぅ、うちの最高級品だ。これなら他の騎士団員にも負けやしねぇよ。」

そう言って親父が指差したのは、店の奥に鎮座する重厚な鎧だった。
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