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第九章

作った縁が繋がっていく

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逆光になって見えにくいがそんなにがたいは大きくない。

冒険者のように武器を持っている感じもない。

あー、でも隠している冒険者もいるしなぁ・・・。

誰だ?

「いらっしゃいませ、ようこそシュリアン商店へ。」

とりあえずお決まりの挨拶は忘れない。

顔を見れば思い出すと思うんだけど早くこっちに来てくれないだろうか。

って違う。

一応仕事中だった。

俺から出迎えないと。

と思っていたら向こうからこっちに近づいてくる。

扉が閉まり、顔を隠していた逆行がなくなってようやく見えたその顔は、思いもしない人物だった。

「ナーフさん!」

「お久しぶりです、エミリアさんもお元気そうで。」

忘れもしない、この商店に始めてきたお客さんだ。

名前負けしないあまりの不幸さにダンジョンから救出し冒険者を止めるように説得、最後はサンサトローズの冒険者ギルドまで送り届けた。

あのナーフさんがやってきた。

でもなんで?

冒険者は辞めたはずだし、来る理由がわからない。

お礼を言いに来た?

それにしては今更だ。

なんせあれから三ヶ月経っている。

どうしたんだろう。

「ようこそお越しくださいました。お元気そうで何よりです。」

「おかげ様で、あの時は大変お世話になりました。」

「いえいえ、その後どうされたんですか?たしか冒険者ギルドで新しい仕事を紹介してもらうというお話でしたよね。」

「あの後いくつかお仕事を紹介してもらったんですが、なかなかうまく行きませんでした。そこで、ギルドから売買証明書を発行してもらって薬草類を卸す仕事を始めたんです。」

そういえばこの人は薬草を見つけるのが得意だったな。

サンサトローズからここに来るまでの間に山のような薬草を見つけている。

薬草だけじゃない、麻痺消しハーブの実や毒消しの実などもだ。

なるほど、雇われる仕事は上手く行かなかったから自分の特技を活かす仕事を始めたんだな。

「それはすごい!」

「でも森の中を探されるわけですから、魔物とかは大丈夫ですか?」

エミリアの言うとおりだ。

ナーフさんは魔物にトドメをさせないような人のはずだが、大丈夫なのか?

「最初こそ逃げてましたけど、それじゃ上手く行かないので今では自分で倒すようにしています。一応、前よりも筋肉付いてきたんですよ。」

力こぶを作って見せるナーフさん。

すみません、あんまり変わっていない気がします。

でも雰囲気は変わった感じがする。

前は頼り無さそうな感じだったが、いまは芯がしっかりとしている感じだ。

「倒せるようになったんですね。」

「強い魔物はまだむりですけど。」

「それでも初めてダンジョンに潜った時よりも立派に見えます。」

「エミリアさんにそう言ってもらえると自信がでるなぁ。それでもダンジョンに潜るのはもうこりごりです。」

「あはは、それでいいと思います。自分にあった仕事で成功されているんですから。」

適材適所。

不幸の塊だったこの人もNEWナーフさんになってから人生が変わったようだ。

名前どおりじゃなくなったわけだな。

「ナーフ様、普段は何処に卸しておられるんですか?」

「大半は冒険者ギルドに卸しているのですが、あまりギルドばかりにお願いするのも申し訳ないのでこうして営業に回っているんです。」

「と、いうことは?」

「はい、出来ればこちらで買取っていただければと思いましてやってきました。」

なるほど、新しい営業先の新規開拓か。

これがあるから営業って苦手なんだよな。

新規で全く知らないところに飛び込んで邪険にされるとMPがごそっと削られてしまう。

え、体力じゃないのかって?

精神力のほうですよ。

「確かにうちでは買取を行なっていますが、冒険者ギルドと変わりありませんよ?」

「それはわかっています。ですが定期的に一定量を販売されるこの店であれば、まとまった数を安く買取できるというのは魅力じゃありませんか?」

「確かに薬草はともかく毒消しの実などは買取が少ないので買取できるのは嬉しいですね。」

「薬草は定価で大丈夫なので、麻痺消しハーブと毒消しの実、これを通常よりも銅貨5枚高く買っていただけたら毎月決まった数を納品させてもらいます。その他にも眠りの樹液や沈静香ちんしんこうの茎なども納品できますよ。」

この人は本当にナーフさんなんだろうか。

たった3ヶ月会わなかっただけでこんなにも人が変わるなんて。

俺が知っているのはもっと頼りなくてナヨっとした感じの人なんだけど。

いくらNEWナーフになったからとはいえ、人って変わるんだなぁ。

「うぅむ、確かに買取であれば商店連合よりも安く仕入れることが出来ますし魅力ではありますが・・・。エミリア、眠りの樹液などは何に使うんですか?」

「そのままでは使用できませんが、加工すれば睡眠防止や混乱防止の道具になります。珍しいものですのでその分仕入れは高くなります。我がダンジョンでは罠を多用していますので欲しいと思う冒険者は多いかもしれませんね。」

「イナバさんのダンジョンはこの身をもって経験させてもらいましたから。」

「それでも加工できなければ意味がありませんし・・・。」

残念ながら俺には出来ない。

この世界にはスキルポイントなる異世界でおなじみのコマンドは表示されないので、レベルが上がっても取得不可能だ。

チートとか無双にあこがれるよな。

「その分、薬草をたくさんご準備させていただきます。そうですね、一月に最大200個まででしたら準備できます。」

「そんなに準備できるんですか!?」

「この森は人の手が入らないのか他よりもたくさん手に入るんです。その割には魔物の数も少ないので仕事がしやすいですしね、取り尽すわけにはいかないので限界はありますが200個ぐらいでしたら大丈夫です。」

「村の子供達が1日頑張ってもそんなに見つけられないのに、さすがです。」

「コツがあるんです。」

どこか自慢げなナーフさん。

確かに200個あれば販売には困らないだろう。

薬草の仕入れ価格が銅貨20枚なので、買取定価15枚で買えるだけで銅貨5枚分の利益が増える。

仮にナーフさんの条件を飲んで毒消しの実などを仕入れても、薬草で相殺できるし、むしろ割り増しで買っても仕入れ価格より安い。

それを考えると悪い話では無いか・・・。

「エミリアはどう思いますか?」

「今後需要は増えていくはずなので、安定した供給を約束いただけるのであれば悪い話では無いと思います。何もしないで利益が増えますから。」

「商店連合は何も言いませんか?」

「もともと商品の買い取りには口を出しませんので大丈夫だと思います。」

親会社が何も言わないのであればむしろ乗るべきか・・・。

俺も儲かるしナーフさんも販売先が増える。

両者win-winというワケだ。

悩む必要は無いな。

「わかりました、一つだけ条件を呑んでくださるのであればお受けいたします。」

「条件、ですか?」

「そんなに難しいことではありませんよ。」

ナーフさんと話しをしながら俺は思った。

正直に言って薬草の買取は必要ない。

今でも萎びてしまいそうな量の在庫を抱えているんだ。

販売件数が多いとはいえ、若干供給過多といえる。

その状態で薬草を仕入れるのは、いくら安定して毒消しの実などを仕入れられるとしてもリスクが大きい。

と言うかマイナスしかない。

じゃあ何で受けるのかって?

必要としている人間が他にもいるからですよ。

「条件は簡単です。こちらのシャルさんに薬草を卸していただきたいんです。彼女は非常に良いポーションをお作りでして、同額で彼女に卸してくださるのであれば喜んで条件を飲ませていただきます。」

「イナバ様!」

「こちらの方は錬金術師様なのですか?」

「錬金術師様だなんて、まだポーションしか作れません・・・。」

シュンと小さくなってしまうシャルちゃん。

ただでさえ小さいのに、小人になってしまうぞ。

「それは材料が無いからですか?」

「教えていただいてないんです。私にポーションの作り方を教えてくださった方はすぐに立ち去ってしまったので。」

「では作り方がわかれば作成できる?」

「まだやったことが無いのでわかりません。」

「なるほど・・・わかりました。イナバさんが条件をお飲みいただけるということですので喜んで納品させていただきます。」

何を納得したのかわからないがとりあえず受けてくれるようだ。

すごいな、まだ実績も何も無いのに納品を決めちゃうなんて。

「よろしいのですか?」

「イナバ様に卸すのもこの方に卸すのも変わりありません。むしろポーションを作られる方は需要が多いですからね、良い取引先になっていただけそうです。」

「私、そんな本格的には・・・。」

「これから独り立ちするのであればいいご縁だと思います。ポーションは我が商店で常時買取していますから、出来次第お持ち頂ければ喜んで買取りさせてもらいますよ。」

「錬金術師様と直接取引できる機会なんてなかなかありません。他の道具の作り方をお教えするかわりに、もし作れた時にはたくさん仕入れていただけると嬉しいです。」

なんでそんな事知っているんだ?

「この三ヶ月ただ薬草を集めていただけじゃありません、納品先で色々と勉強したんですよ!」

「その種まきが今、実を結んだわけですね。」

「これも全てイナバさんに助けていただいたからです。あの日が無かったら今も不幸な自分を嘆いてばかりだったと思います。」

心の声が漏れていたのはもうスルーだ。

相変らず俺の心の声は漏れが激しいなぁ。

「私もイナバ様に助けていただいたおかげでこうやってティオと一緒にいられるんです。」

「そうなんですね!」

「私にどこまでできるかわかりませんが、いろいろ教えてもらえますか?」

「もちろんですよ!いやぁ錬金術師様とお近づきになれるなんて今日はなんていい日なんだ!」

不幸を嘆いていたナーフさんが小さな幸運に幸せを感じている。

人は変われる。

そう信じて頑張ってきた結果が、この人を変えたんだな。

助けてよかった。

あの日禁忌を冒してまで助けたことは無駄じゃなかった。

偶々助けた二人がこうやって助け合っているっていうのもすごい確率だなぁ。

「では、シャルちゃんへの納品の件お願い致します。うちへの納品はどうしますか?」

「あまり手持ちはありませんが、いくつか持参しているのでご希望がありましたらお願いします。」

「でしたら詳しい話しはこちらでお願いします。」

仕事モードになったエミリアがナーフさんを応接室へ案内する。

後はエミリアに任せておこう。

あぁ見えてやり手のエミリアさん。

ナーフさんの困った顔が目に浮かぶよ。

「シャルちゃん、急なことですがやれそうですか?」

「はい!」

「無理をして倒れたらいい仕事はできませんから、余裕を見て作ってください。」

「そうですね、気を付けます。」

「詳しい条件等は作れるものが増える度に決めていきましょう。」

「そういう事はイナバ様に全てお任せします。」

「それはダメです。全て相手に任せてしまうと損をしてしまう事もある、ちゃんと交渉をして自分の利益は自分で守ってください。ティオ君と二人で生きていくためにも大切な事ですよ。」

俺を信用してくれるのはありがたいことだ。

だがそれは命を救ってくれたからというきっかけがあるからに過ぎない。

もし初対面の商人同士であれば相手に全部任せる事なんてありえない。

そうじゃないとぼったくられてしまうからだ。

シャルちゃんには今後そういったこともしっかりと教えていかないといけないな。

俺が助けた命だ。

俺が責任をもって社会に送り出せるようにしてあげないと。

それが助けた者の務めってものだ。

「ねぇお姉ちゃん、外に遊びに行ってもいい?」

「もう帰る時間だからダメよ。」

「え~、難しい話ばっかりで僕飽きちゃったよ。」

「お姉ちゃんの分のお菓子も食べていいから、もうちょっと待って。」

「もう食べちゃったもん。」

「全部食べちゃったの!?」

どうやら大人の話についていけなかったティオ君は、暇に任せてお菓子をすべて平らげてしまったようだ。

心なしかお腹がポッコリしている。

晩ご飯食べれなくなってもしらないぞー。

「もぅ!お腹痛くなっても知らないんだから!」

「だからいっぱい動いてお腹空かせるんだよ。」

「そうだけど、すぐ暗くなっちゃうから迷子になるよ。」

「そういう事でしたら私が一緒に行きましょう。」

今までどこにいたのか何時の間にかユーリが俺達の後ろに立っていた。

「やった!ユーリお姉ちゃん大好き!」

「正直者ですね、私が責任をもって森の中を案内しますのでシャル様はどうぞご安心を。」

「でも・・・。」

「難しい話は大人の仕事、子供の仕事はしっかりと遊ぶことです。本当はシャル様にも遊んでもらわねばなりませんが、どうやら大人になられたようですね。」

「・・・ティオをお願いします。」

「いこう、ユーリお姉ちゃん!」

大人と認めてもらった事で心が揺らいだな。

まぁユーリが一緒なら安心だ。

早朝のまだ真っ暗な森を明かりもなしにウロウロできるし。

それにしてもユーリお姉ちゃんか。

どうやら本人もまんざらでもなさそうだ。

「お兄ちゃんとお呼びしましょうか?」

「結構です。」

お兄ちゃんと呼ばれるような年ではない。

オッサンはオッサンで十分だ。

ユーリとティオ君を見送り、エミリア達が戻って来るまでシャルちゃんに商売の基本を伝授していると、先ほどの冒険者が仲間と一緒にこちらに戻って来た。

お連れさんの顔色も大分ましなようだ。

魔力ポーションが効いたようだな。

「あの・・・先ほどはありがとうございました。」

「元気になってよかったです、すみません私がポーションしか作れなくて。」

「とんでもない!貴女に譲ってもらったおかげでこの通り良くなってきました。こいつがどうしてもお礼を言いたいって聞かないくて・・・。」

「本当にありがとう、このご恩は近いうちに必ずお返しします。」

「ご恩だなんて、そんな大丈夫です。」

「それでは私の気が収まりません。聞けば錬金術師様だとか、まだまだ未熟な冒険者ですが出来る範囲でお返しさせてください。街に戻れば錬金術に使えそうな素材があったはずです、またお持ちいたします。」

深々と頭を下げる冒険者にどうすればいいのかわからないシャルちゃん。

助けを求めてこちらを見るが、まぁこれも社会経験だ。

俺はなにもしりませ~ん。

「それと、宿を手配してくださってありがとうございました。」

と、もう一人の冒険者にお礼を言われてしまった。

「私に御礼は不要ですよ、後でちゃんとお代を頂戴しますから。」

「はい、必ず支払いに戻ってきます。」

「そのついでにまた当店をご利用ください、それで十分です。」

リピーター獲得成功だ。

こうやって地道にコツコツと稼ぐ事が商売の基本ってね。

シャルちゃんの方も俺の手から離れて一人立ちできそうだし、世の中上手くいく時は上手く行くもんなんだな。

情けは人の為ならず。

誰かにかけた情けはいずれ自分に帰ってくる。

まさに今日それが起きたわけだな。

巡り巡って俺に戻ってくる。

ありがたい話だ。

しかしあれだな。

今回のようにダンジョンで敗走する冒険者は今後も増えて来るだろう。

そのたびに宿を貸すわけにもいかないし、一度対策を考えなければならない。

救助はできないので、彼らの様に戻ってきた時どうするのか。

街まで送り返す方法もそうだし、道具やお金の貸し付けが必要になる場合もあるだろう。

そう言った時に身分をどう確認するかや、どうお金を請求するのかも一度しっかりと考えなければならないな。

俺は目の前の冒険者を見つめながら、彼らの今後について思案を巡らせるのだった。
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